よもやま話(13):説明的描写を、らしい描写に~情景描写編~ 

 今回は情景描写についてです。


 情景描写は、下手をすると小説を読み難くしたり、続きを読む気を失せさせたりする主犯となりかねません。私はしつこい情景描写は控えるように心がけています。


 しかしです。まったく情景描写をしないのも問題ですし、情景描写には情景描写なりのテクニックというか技法があると思っています。


 面倒な話はさておき、次の例文を見てみましょう。


『校門へと続く桜並木からはひらひらと花びらが舞い散り、制服姿の生徒たちに降り注いでいる。校門の脇には大きく入学式と書かれた看板が立てかけられていて、その横でピースサインを作る娘を撮影する母親らしき姿があった』


 上の例はありふれた入学式の一コマを描写したものですが、どこか説明的でありきたりな描写です。私にはそう見えてしまいます。


 なにが足りないのでしょうか? あるいは、なにが余計なのでしょうか?


 この描写からは、ああ、入学式なんだな。とか、四月なんだな。とか、平和だなぁ。くらいしか読み取ることができません。


 さて、主観者はどんな目的でここにいるのでしょうか? なにを感じているのでしょうか? 景色がどんな順番で見えたのでしょうか?


 そんなことを織り込むように例文を書き換えてみます。


『すがすがしい風に乗り、淡い桃色の花びらが舞い散っている。見あげると、満開の桜が咲き誇っていた。なんて美しいのだろう。まるで僕たちを祝福しているようだ。延々とつづく桜並木を歩く。これから毎朝この道を通うことになると思うと、心が弾むようだ。しばらく歩くと校門が見えてきた。大きく入学式と書かれた看板が立てかけられている。その横で制服姿の女の子が笑顔でピースサインを作り、母親らしい人がカメラを構えていた。きっと彼女も僕の同級生だ。凄く可愛い。こんど話しかけてみようか。いや、そんな大それたことはできない』


 すこしくどいかもしれません。でも、らしい描写にはなっていると思います。Web小説でここまでやる必要はないと思いますが、情景描写に視線の移り変わりや感情を加えると、そのときの主観者の立場が分かり、より感情移入できるような気がしています。


 情景描写は、見えた景色をただ羅列するのではなく、そこに感情や目的、視線の移り変わりなどを加えると、小説っぽい描写になるような気がします。


 ただし、使いどころはよく吟味し、くどくならないように心がけたり、場面にあった描写量になるように気をつかったりするといいのかもしれません。


 今回はココまでです。


 

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