SS5 ステイツへの一時帰国(1日目:移動)

『あらすじ』

魔法狩りが暴走

右腕の魔法式が消えない

精霊殺しの短剣をレンタル

 

 ***


 ニホンから東海岸行きの飛行機。

 機内への搭乗ゲートが開いて間もないので、客の着席はまだ3分の1も完了していない。

 しかし俺はすでに荷物を置いて、リラックスの態勢を作っていた。


 テトラドの会本部での精霊との戦いで、俺は“魔法狩り”を自分の意思に反して暴走させてしまった。

 精霊殺しの短剣で自傷することで止めることができた。

 しかし右腕に浮き上がった魔法式が未だに消えていない。


 包帯やテーピングを巻いて隠してあるが、このままにしておくにはあまりにも不便だ。

 何より、またいつ暴走するのか分からない。

 俺の魔法式はローズかあさんが編み出したものであり、能力の根源なので最も秘すべきこと。

 東高や第5公社の人間に調べさせる訳にはいかない。

 そこで任務の際中だが、検査を受けるためにステイツへと一時帰国することにした。


 上司のフレイさんと顔を合わせるのは3カ月ぶりになる。

 そして軍の施設で、医者であり研究者でもあるクレアさんの診察を受ける予定。

 ついでに左腕に仕込んでいたファイアボールの魔法式も再び刻んでもらいたい。

 霊峰で吸血鬼ダニエラとの戦いで使った俺の奥の手だが、たった1発で魔法式が破損してしまうピーキーな代物。


 なお会長の護衛は、リズと凛花先輩、そしてステイツの別動隊にも任せてある。

 俺が離れたタイミングで事を起こすやからはいるかもしれないが、同業者であるイタリーの女騎士は未だ実力の底を見せていない。


 ちなみに東高に対しては事前に正式な欠席届けっせきとどけを提出しており、蓮司と由樹には数日空けるとだけ伝えてある。

 これまでにも第5公社の仕事で、1週間ほど寮に帰らなかったことがあるので、わざわざ行き先を聞かれることはなかった。


 さて、いつまた暴走するのか分からない俺の右腕だが、その対抗手段として第5公社の備品の精霊殺しの短剣を無期限で借り受けている。

 本来ならばこいつをステイツへと持ち帰ることが、任務の最終目標だったのだが、かなりややこしい事態になっている。

 東高生徒会ハウスの隠し部屋には、様々な精霊殺しがストックされていた。

 これを野放しにはできない。

 せっかく手中に納めた貴重品だが、複数あればさらに欲しくなるし、独占したくもなるのが人のさが


 一方で精霊殺しを再評価すべきでもある。

 異世界にいる精霊本体に傷を付ける神器じんきだが、基本的にはただの武器でありその能力は使い手の技量に依存する。

 俺の腕だと雑魚精霊なら殺せたが、上位の連中には歯が立たなかった。

 とても精霊王に対する切り札にはなりえない。


 むしろそれ以上に九重紫苑をはじめとした第5公社の勢力を無視できなくなってきている。

 不完全とは言え、土の精霊王を撃退した生徒会役員の3人は正面戦闘に限れば超一流の使い手。

 会長と契約した指輪の騎士は、凛花先輩がNo. VIIなので静流先輩とリルを除くと、彼女らの同格以上が最低でも残り4人いると考えられる。

 組織の全容は分からないが、少数精鋭のこの集団に対して、新たに内偵を送り込むのは困難。

 そのためサブライセンス契約を結んで上手く潜り込んだ俺の護衛任務は継続している。


 右腕の暴走を抑えるための精霊殺しの短剣は、もちろん機内へと持ち込んである。

 通常、刃物持って飛行機に乗れるはずがない。

 しかし今回は事が事だけに、裏技を使うことになった。

 俺はステイツの外交官ルートを使わせてもらっている。

 短剣を運ぶことは、ニホン政府の方から空港側に話しを通してある。

 もちろんステイツ到着後の手続きに心配はまったくない。


 フレイさんが全て手配をしてくれたのだが、これはニホンがステイツの同盟国だからこそできた方法。

 そのため来日の時のエコノミーとは違って、今回俺の席はシカゴに拠点があるユナイテッド航空のファーストクラスに値する。

 昨今の外交事情では経費削減のためビジネスクラスが増えているが、貴重な魔道具を運ぶことが名目なので、より安全性の高い席を割り振られた。

 もちろん航空券はステイツの支払い。


 一介の高校生がグローバルファーストなどと、生意気のように感じて少し委縮いしゅくしてしまう。

 しかし空港職員も客室乗務員キャビンアテンダントもとても丁寧な接客をしてくれている。

 改めて考えてみれば公務でなくても、資産家の子息であれば若い客は珍しくないか。

 むしろ堂々としていなければ逆に不自然だ。


 今回俺の服装は東高の学生服ではない。

 来日以前にステイツで仕立てたスーツ。

 もちろん仕事用の動きやすい生地に、装備を隠すための様々な工夫がされている。


 旅行用のキャリーケースはなく、手荷物として今風の軽いビジネスバックだけ。

 短剣以外に殺傷能力のある武器は持ち歩いていないが、警棒とワイヤーそして魔石をひそませてある。


 とりあえず離陸してしまえば、約13時間はゆったりと過ごすだけ。

 イレギュラーはどこにでもあるが、ハイジャックをするような悪意のある挙動を示す者は見当たらない。

 ちなみに俺は空挺降下くうていこうかの訓練を受けているので、パラシュートでの脱出は可能だが、上空で客室の扉をこじ開けるのは現実的ではない。

 魔石のエネルギーで身体強化をしておけば、墜落ついらくしても即死することはない。

 さすがに魔法やミサイルで機体を撃ち落とされたら、対応が間に合わないので腹をくくるしかない。


 少なくとも霊峰で吸血鬼と技比べしたり、ステイツのトップクラスの軍人に狙われたり、怪しい科学者が残した精霊と戦ったりすることに比べれば楽なミッション。

 何よりも会長から解放されたことが一番大きい。

 久しぶりの特別休暇みたいなものだ。

 彼女のことは憎めないが、一緒にいると振り回されてばかりで、心休まる場がない。


「お隣さんね。よろしく」


 後から搭乗してきた女性がニホン語で俺に声を掛けてきた。

 約半日のフライトなので、隣の席の相手に挨拶くらいしてもおかしくない。

 しかしニホン発の便だと違和感を抱いてしまう。

 この国の人間はとても礼儀正しいが、他人に対して距離がある。


 さらにファーストクラスでは、客席同士が離れておりパーソナル空間が広い。

 そんな中、相手の領域に入るのには普通ならば、躊躇ちゅうちょしてしまう。


 それでも俺は紳士に挨拶を返そうとする。

 金持ち喧嘩せずのマナーにのっとる。


「はい。こちらこそ、よろ……かっ、かいちょう!? ……何をしているのですか?」


 こうして会長と俺のステイツの旅が始まった。


 ちなみに水平飛行に入って安定した機内でWi-Fiに繋いだら、会長の護衛を任せていたリズから『ごめん』とだけメッセージが届いていた。


 ***


「とうちゃーっく! って、空港で私達の出迎えはないの? プラカード持っているやつ。後輩君ってこっちに友達いないの?」


 さらりと失礼なことを口にするのは、もちろん会長様。


 到着したラガーディア空港のゲートをくぐったら、たくさんの出迎えが待ち構えていた。

 残念ながら俺はこちらの国での移動に慣れているので、フレイさんは人員を寄越していない。


 ちなみに会長に合わせるために俺は外交官専用のゲートを諦め、入国手続きをする列に並ぶことになった。

 さらにベルトコンベアに載って運ばれてきた巨大な彼女のキャリーケースを引くのは、もちろん俺の仕事。


 幸いなことに、機内では互いの席の間隔が広かったので、絡まれることはあまりなく、ゆっくりと休むことができた。

 会長は表面的にはましていたが、初めての飛行機だったようで離陸前まで緊張していた。

 その後も少し機体が揺れるたびに大袈裟に反応していた。

 彼女のプライドを傷つけないためと、余計な騒ぎを回避するためにも触れないでおいた。

 これからのことを考えると体力の温存はとても重要。


 飛行中の機内での大半は、タブレット端末で映画鑑賞や電子書籍を読むのに使った。

 さすがに長いので、到着間際には集中力が切れて、Y〇u tubeを流してぼーっと見ていた。


 2度の機内食とおやつはどれも手が込んでおり、舌鼓を打つばかりだった。

 高級食材で誤魔化しているとばかり想像していたが、実際は全てにおいて完璧な仕上がり。


 今回ファーストクラスのチケットを使っていることの言い訳についてとても悩んだが、特に聞かれることはなかった。

 同じサービスを受けていた会長様だが、第5公社の経費で処理するつもりだそうだ。

 そんなことばかりしているから、副長なのに懐に余裕がないのだろう。


 ところで会長はどうやって俺の隣の席のチケットを確保したのだろうか。

 凛花先輩の力を借りたのか、それとも第5公社の伝手なのか。


 今回の帰国を本気で隠すならば、プライベートジェットを手配するか、ステイツ軍基地からの海路を選ぶべきだった。

 本当に秘すべきことはステイツへの一時帰国ではなく、クレアさんによる診察の場面だけなので、今のところ大きな問題はない。

 むしろ会長をこちらのホームグラウンドに引き込んだのは大きいかもしれない。


 会長がついて来てしまった事態について、すでにフレイさんにはメールで報告済み。

 強行派の連中が誘拐や暗殺を企むかもしれないが、今回は予定にない彼女の唐突な行動なので、まともな手を打つことはできないだろう。


「先週は九重院に招待したのだし、今度は後輩君のホームでもてなしてもらわないとね」


 招待してもらったのは間違っていない。

 しかし恩着せがましい事を口にするつもりはないが、九重院では家事の手伝いや子供達の相手をした。

 だから引き合いに出されても、割に合わない。


「後輩君。車が全部左ハンドルだよ」


 ステイツの地に降り立ち、空港の外に出て最初の彼女の言葉。

 平凡と言えば平凡な感想かもしれないが、実際に口にする人間がいるとは思わなかった。

 空港を出た直後の光景なんて、ニホンと大して変わらないので、意外とこんなものかもしれない。


 ニホンを出たのは朝だったが、フライト時間と時差を計算するとこちらもまだ正午前。


「私ハリウッドに行ってみたいわ」


 悪いけどそれは西海岸。

 ステイツはニホンと違って広大であり、ニューヨークとハリウッドでは3時間の時差がある。


 俺もこの国の観光スポットについてそれほど明るくないが、東海岸ならば自由の女神とかナイアガラの滝辺りが有名。

 野球やアメフトといったスポーツ観戦も悪くないな。

 お祭りごとの好きな会長は、一度応援するチームを決めたらすぐに熱くなるだろう。


 ちなみに彼女には勝負師な一面があるので、劣勢を支持する逆張りを好む。

 東高の女帝は、俺に対しては頻繁ひんぱんに暴力を振るうが、実際のところ自身で戦うことは少ない。

 分かりきった勝負など虚しいだけで熱くはならないそうだ。

 そういう意味では、魔法のない原始的なスポーツが丁度良い。


 何はともあれ、到着していきなり行動するつもりはない。

 とりあえずは宿泊先のホテルを目指す。


 本来の予定ならば、滞在期間の1週間でスケジュールが埋まっていたのは1日だけ。

 軍の研究施設にて、暴走した魔法狩りの検査を受けて、ファイアボールの魔法式を再装填する。

 ホテルから秘密施設までは、フレイさんが車を手配してくれるので、こちらで用意することは何もない。

 まずは飛行機の中でなまった肉体をほぐし、時差で狂った体内時計をリセットすることが最優先事項。


 タクシーの列の中から、手頃なものを探す。

 空港に並ぶ連中なので怪しいやからは混ざっていないとは思うが、外観と運転手を確認してから乗車する車を決める。

 トランクを開けてもらい会長の荷物を載せて、先に後部座席へ入り、待たせていた彼女を呼ぶ。


 ここはニホンではないので、女性を先に乗せることは推奨できない。

 俺が足を運んだ国の中では治安の良いはずのステイツだが、ニホンに比べると劣ってしまう。

 まぁ、会長相手に乱暴をすれば、返り討ちにうのは目に見えている。

 あくまでも無用な争いを避けるための措置。


「タイムズスクエアの方へ向かってくれ。ミッドタウン地区のホリdayホテル」


 行き先の説明はそれだけで十分だと思うが、念のためにホテルの公式サイトを表示させたスマートフォンの画面を見せる。


「後輩君のおうちじゃないの?」


 残念ながら今回ばかりは、彼女の期待に応えられない。


 東高での仕事は長期任務が予想されたので、来日前にこちらの部屋は1度解約した。

 誰も住んでいない部屋をそのままにしておくのは、治安に良くない。

 部屋の維持義務も果たせないし、2カ月以上空けることは賃貸契約の禁止事項になっていた。

 俺の私物はあまり多くないので、ニホンに持って行かなかった荷物は倉庫を借りて預けてある。


 そもそも今回会いに行くフレイさんが拠点にしているニューヨークの中心街は、物価が高いので気軽には住めない。

 これまで本部に出勤することは年に数回しかなかったので、任務がない期間の滞在先としてなら、郊外のアパートで十分。

 さらにステイツ国内ならば、仕事での宿泊には政府の施設を利用できるので私的な住処にこだわる必要はあまりなかった。


 今回の帰国でもゲストハウスか、本部の仮眠室を使わせてもらうつもりだった。

 しかし会長の同行をフレイさんに報告したら、彼女の方で急遽きゅうきょホテルを手配してくれた。

 手が届かないほど高級ではないが、旅行で泊まるならば背伸びして予算を多めにしなければならないグレート。

 九重紫苑への接待という意味でもあるが、ニホンでの俺の働きが評価されての褒美という意図もあるかもしれない。


 この3カ月で、絶対強者の懐に入り、第5公社とのサブライセンス契約を結んだ。

 さらには精霊殺しの短剣を確保し、テトラドの会の研究成果の横取りに成功した。


「わあぁー」


 こちらの苦心など知らない会長様がタクシーの窓ガラスに貼り付いている。

 彼女の感想をとがめるつもりはない。

 俺も初めて来たときはそうだった。


 そろそろハドソン川の中州、つまりマンハッタンだ。

 都市の規模で言えば、トウキョウだって負けていないが、玉石混交ぎょくせきこんこうという観点ではレベルが違う。

 世界を旅してきて俺からしても、これほど雑多なものを詰め込んでおきながら、バランスを保っているこの都市が不思議でならない。


 高層ビルが並ぶ摩天楼まてんろうでありながら、中心部には巨大な都市公園を抱えている。

 五番街は繁華街として発展していながらも、ニューヨーク証券取引所のあるウォール街はステイツ経済の心臓。

 高収入の住民はもちろんだが、観光客を相手にしたデパートや有名ブランド店が多数並ぶ。

 そしてブロードウェイには、歌や踊りに携わる者ならば誰もが憧れる数々の劇場が競い合っている。

 他にも国連本部、美術館や教会等が共存している。


 雑多な都市だからこそ、ここの住人は世界の縮図でもある。

 ニホンと違って、道行く人々を共通項でくくることができない。

 それは単純に肌や瞳の色だけじゃない。

 様々な背景を持つ人種が夢を持って集まってきている。

 成功者も多いが、野望を掴めずにちりになっていく者はもっと多い。


 リトル・イタリー、チャイナタウンがあることも雑多さを際立たせている。

 俺だけではなく、住人のほとんどが異邦人いほうじん

 ここには人の数だけ物語がある。


 隣の会長は未だ車窓の景色に夢中だが、目的地に到着した。

 彼女を先に降ろした後に、クレジットカードで支払いを済ませる。

 最後にチップとして、空港で少しだけ両替したキャッシュを手渡す。

 その間に会長は自身で、トランクから荷物を降ろしていた。


 俺は自然な流れでキャリーバックを受け取り、空いているもう片方で彼女の手を握る。

 人通りが多いので、拠点を決める前にはぐれると大変。


 目の前の建物を真下から見上げると、頂上が見えず、何階まであるのか分からない。

 これから1週間滞在するのは、500に近い客室を抱える4つ星ホテル。

 フレイさんが俺の名前で2人分の予約をして、事前に基本料金を払ってある。


 自動ドアの前に立つと、すぐにベルボーイがやって来た。

 大きな荷物だけでなく、貴重品の入ったビジネスバックも預ける。

 信用していることを示すための行動。

 もちろん精霊殺しの短剣は、入国してすぐにふところへと移動してある。


 そのままエントランスを真っ直ぐ歩き、ロビーへと案内される。

 まだピーク時ではないので、フロントは並んでおらず、部屋の用意が済んでいればすぐにチェックインできそう。


「ご予約のお客様ですか。お手数ですが旅券を提示していただけますか」


 俺達の対応をしてくれたのはスーツ姿の男性。

 受付専門なのかコンシェルジュかどうかは分からない。

 英語でも構わないのだが、会長との会話を聞いたのか彼はニホン語で対応してくれた。


 俺はベルマンが押していたカートの上にある自身の鞄からパスポートカードを取り出し、会長のものとまとめて差し出す。

 それを見た受付の男は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに接客の顔に戻った。

 東洋人の俺が、ステイツが発行する旅券を持っていてもそれほどおかしくない。


 ちなみに俺はこの国での身分証明書を複数持つ。

 パスポートカード、グリーンカードなどと揶揄やゆされる永住証明書、そして国家安全保障局NSAの所属を示すもの。

 仕事の性質上、特別な身分が必要になることもある。

 もちろんNSA側も認可している。

 とは言えプライベートで見せることはない。


 受付はパスポートの情報から、予約の照会を済ませる。

 未成年2人での宿泊だが、笑みを絶やさず丁寧な対応。

 一応俺はスーツだし、会長だってフォーマルで通用する白色のワンピース。


「フヨウ様とシオン様のお2人ですね。ご予約通りツインルームを用意させていただいております」


 一気に血の気が引いていく。

 飛行機の隣の席に会長が現れたときを超える驚き。


 俺は失礼を承知の上で、人目を気にせずフレイさんに連絡しようスマホを取り出す。

 しかし先に彼女の方からメールが届いていた。


『ごめーん。一部屋しか取れなかった。紫苑ちゃんと仲良くね』


 ツインしか空いていないならば、他のホテルに変えることだってできたはず。

 明らかな確信犯。


 これまでにも会長と同じ部屋で寝泊りした経験は何度かある。

 しかし男子寮ではルームメイトもいたし、そもそも俺達はいつも気絶させられている。

 霊峰でも連泊したが、温泉を掘り返すために消耗した体力を回復させることに必死だった。

 しかし今回はいつもとは違う旅行先の地で、少し豪華なホテル。


 フレイさんは何を考えているのだろうか。

 もしかしたら同じ部屋の方が効率的に護衛をできるという狙いがあるのかもしれない。

 真っ当な理由があるにせよ、無いにせよ、うちの上司は面白がっているに違いない。

 護衛任務の説明を受けた時からそうだったが、なぜかフレイさんは会長と俺をくつっけたがっている。

 命令で人生の伴侶を決めるほど俺は仕事人間ではないし、そこまでする忠義はこの国にない。


 そもそも今回のツインルームに会長が素直に応じるのか。


「宿泊先を後輩君に全て任せた私も悪かったけど、まさかこんな大胆なことをされるなんてね。お姉さんもちょっと興奮しちゃったわ」


 意外と彼女も乗り気のようだ。


「セクシーなパジャマで後輩君のことを悩殺のうさつしてあげるわ」


 ロビーで恥ずかしいことを口にしないでもらいたい。

 少なくとも目の前にいる受付の男性はニホン語を分かっている。


 リアクションをしては負けなので、彼女のことは無視することにした。


 受付でカードキーを受け取り、ベルマンに案内にされてエレベーターへと乗りこむ。

 彼にはニホン語が通じないのをいいことに、移動の際中も会長様のテンションが静まらない。


「できれば後輩君の方から襲い掛かってきて欲しいな」


 そんなことをすれば、返り討ちに遭うのは目に見えている。

 女性が口にする言葉をそのまま鵜呑うのみにするほど、俺は能無しではない。

 こんなところで死にたくない。


「でもR18はNGだからね。この小説で許されるはR15相当までよ」


 一体全体なんのことやら。

 ちなみに作品のレーティング事情はニホンとステイツでは異なる。

 そもそも俺の仕事は法律に触れることばかりなので、年齢制限以前に問題がある。


 フレイさんが予約した部屋へと辿り着いたら、はしゃぐ会長が先に中へと飛び込む。

 俺はベルマンから荷物を受け取り、チップを手渡してから、彼女の後を追う。


 会長は外を一望できる光景を隠していたカーテンと窓を全開にして、顔を出していた。

 彼女は自然に感嘆の音を漏らしている。


 フレイさんが経費を奮発してくれた部屋は、このホテルの最上階ではないが、かなり上の方で見晴らしは特級。

 眼下にて広げられる行きかう人々や、信号が変わると一気に動き出す車が描く模様は1度として同じ光景はない。

 夜になれば、世界はさらに一変するだろう。


「後輩君、なんだか新婚旅行みたいだね」

「結婚したことないので、俺には分かりません」


 もちろん彼女が口にしたのは、本やテレビなどの想像の世界で体験したことくらいは分かっている。

 だけどすぐに上手い返しが思いつかなくて、素っ気ない回答しかできなかった。


 これが蓮司や凛花先輩ならば、会長のおふざけを上回る粋なセリフをすぐに叩きだすのだろう。

 目の前の会長本人ならば、どのような返事を被せたのだろうか。


「そうよね。正確には婚前旅行だよね」


 一体全体、どのような化学反応なのやら。

 慣れてきたつもりだったが、彼女の言動を予測するのは未だに難しい。


 結婚かぁ。

 聞いた話によると、俺の両親は東高で出逢い、卒業後5年ほど共に第1公社の魔法使いとして仕事をした後に、めでたく結婚したそうだ。


 現実的な問題として、いずれ俺が誰かと結婚をするならば、仕事の性質上エージェントを辞めなければならない。

 例外としては同じ組織内部の人間が相手の場合だな。

 ちなみに上司のフレイさんも、研究者のクレアさんも30代で未婚だが、2人とも秘密保持のためだと言い張っている。


 さて、俺の返事がなくても会長様はあまり気にしていないようだ。

 それ以上の会話はなく、まだ眺めに釘付けのままの彼女を尻目に、俺は部屋の散策を始めた。


 寝室に並ぶ2つのベッドはダブルサイズではないかと思うくらい大きく、寝具は白と灰色のシンプルなモノトーン。


 そしてクローゼットを開けてみると中身の4分の1ほどはすでに埋まっていた。

 俺が事前に手配していた荷物は、衣類の入った段ボールだったはずだが、一通りハンガーに掛けられており、下着類だけが畳まれた状態で下段に詰められていた。

 ありがたいことではあるが、帰りにチップを多めに置いて行かなければならないな。

 寝室に他には大きな鏡のついた化粧台もあったが、俺は使うことがないので会長に譲る。


 寝室の手前には、普段俺が仕事で泊まるクラスのビジネスホテルにはないリビングが広がっている。

 リビングには壁掛けのテレビ、くつろぐためのL字型のソファーと、飲食用のテーブル、さらには一般家庭ほどのきっちりとしたキッチンまでもある。

 食器や調理器具は一通り揃っているようだし、冷蔵庫には冷凍室だけでなく、野菜の鮮度を保てる機能までついている。


 部屋の入口から入ってすぐの分かれ道からリビングと、もう1つは洗面台とシャワールーム。

 ニホン家屋ではあまり馴染みのないユニットバスだが、世界的には珍しくない。

 バスタブとトイレはかなり離れているが、仕切りやカーテンはまったくない。

 これは気をつけなければならないな。

 なんならトイレは部屋の外にあるホテルの共用を使った方が無難かもしれない。


 東高の寮も広い方だと思っていたけどその倍はある。

 4人部屋の倍の広さを2人で使うので、実質4倍だな。


 暮らす上で無いものは洗濯機くらいだろうか。

 一般的には自分達で洗濯するランドリー室が完備されてあるが、このクラスのホテルならば追加料金で洗濯を任せられるランドリーサービスもあるはず。


 俺は着ていたジャケットを脱ぎ、ネクタイを取り、楽な格好になってソファーへと腰かける。

 せっかくの優雅な部屋なので、前向きな気持ちへと切り替えて休暇をくつろぎたい。

 壁掛けのテレビの電源を点けると、適当に音楽が流れている番組を選ぶ。


 飛行機で長く同じ姿勢で座っていたせいで、体には運動後とは異なるタイプの疲労が蓄積されている。

 さらにはニホンとは半日以上の時差があるので、好調とは言い難い。


 当然のことながら、戦闘モードに入れば強引に押し込められる。

 とは言え、俺の身勝手で体に負担を強いる訳にもいかない。

 緊急性のない今は、あえて不調をそのまま受け入れた方が、回復が早い。


 外を眺めていた会長も、俺に遅れて部屋の中の散策を始めた。

 棚やクローゼットの中身を確かめたり、ホテルの案内の冊子からニホン語のページをめくったりした後は、キャリーケースを開けて荷解きをする。


 ゆったりとした空間で、うとうとしていたらテレビのスピーカーから心地の良い歌が流れてきた。

 力のある若い女性の声。

 伴奏はスローテンポのドラムセットとウッドベースだけのシンプルな中で、歌姫が伸び伸びと舞っている。

 低音から裏声ファルセットのどこまでいっても、ブレることのない個性がしっかりと運ばれてくる。


 原曲はどこかの国の民謡のようだが、現代ポップス風のノリの良いおしゃれなアレンジ。

 Aメロやサビといった型に縛られることなく、自由気ままに奏でられている。

 譜面通りに歌っているのかは分からないが、様々な分岐点がある中で、これこそが今の最適解だと納得させられてしまう説得力がある。

 まさに音色がステップを踏んで踊っているのだ。


 何にも縛られない旅人の歌。

 どの土地にも根を持たない俺にとっては親近感が湧く。

 どこかに夢見る空想上の拠り所を探しているみたいだ。


「これってHigh princessハイプリだよね。初めて生で見たぁ」


 会長が俺の左側に腰掛けてきた。

 体重を少しだけこちらへと寄せてきたが、特に抵抗することもなく彼女の好きにさせる。


『生』と言われても、画面越しなのはステイツだろうがニホンだろうが変わらない。

 しかし会長の主張もあながち間違いではない。

 テレビで映し出されている歌姫は、ステイツの地で舞っており、俺達も同じ色の中にいる。

 自然と近くに感じるものだ。


 そんなハイプリだがメジャーデビューしてからも、顔をさらしていない。

 元々はY〇u tubeで、旅の光景を流していた。

 その際に何度か口ずさむ歌の映像が人気を博して、世界中で注目されるようになった。

 そして半年前にステイツの大手音楽事務所と契約を交わした。


 動画で流れていた粗い歌の頃も好きだったが、音響や録音機材の質が格段に向上してからより好きになった。

 そんな彼女の歌は、万人受けを狙う王道の音楽ではなく、プロのアーティストの間でも解釈が割れている。

 それでもこの自由な国だけでなく、世界中へと一気に拡散されている。


 スターへの階段を駆け抜ける彼女だが、そのスタイルは何でも受け入れる大きな器を持つ。

 様々なジャンルの音楽家とコラボするたびに、新たな世界観を紡ぎ出していく。

 そんな彼女が受けいれられているのは、ただ奇抜な作品を生み出すのではなく、届けるべき聞く側をしっかりと意識していることが1番の理由だと思う。

 歌の根底には伝えたい想いがあり、そこに言葉が生まれ、詩ができあがる。

 それが自由なメロディに乗って発信されている。


 特に同じ旅人である俺にはとても突き刺さる。

 今流れている曲は、SNS上ではまだ誰も知らない未開の地へと旅立つ歌だという考察が多いが、俺には無いはずの望郷の念を想起させられる。


 ハイプリの曲が一通り終わった頃に、同じソファーの横に座る会長が動きだした。

 上半身を少しだけ傾けていた俺の胸元へと、彼女が頭を載せてくる。


 必然的に彼女の呼吸音と俺自身の心音を意識せざるを得ない。

 次のアーティストの音楽が流れ続けているはずなのに、まったく頭に入ってこない。


 俺の体質は、望まなくても触れた相手から魔力を奪ってしまう。

 そして魔法使いが急激に魔力を失うと、身体や精神に異常をきたす。

 そのため他人との接触にはとても気をつけている。

 しかし無尽蔵なエネルギーを秘めている会長相手ならば、これまでの経験で吸い尽くしてしまう心配はない。

 さらに魔力を解放していない彼女の力は一般人と大して変わらないので、今は少量の魔力をじんわりと吸い続けている状態。

 奪った魔力はすぐに身体強化に使われるので、俺の体内での魔力の収支は実質ゼロ。


 これまでにも何度か会長とスキンシップを重ねたおかげで、動揺することは大分減った。

 彼女は今の俺にとって唯一気兼ねなく触れられる人物になったのだ。


 それにしても会長と俺の相性がとても良いことは認めるしかない。

 もちろん男女という意味ではなく、魔法使いとして。

 膨大な魔力を秘める彼女だが、力任せな雑さが目立つし、危機察知能力に乏しい。

 それを補うのが護衛としての俺の役目。


 一方で俺の弱点の1つでもある魔力を吸収し続けなければ、身体強化を高い出力で維持できない問題を彼女がカバーしてくれる。

 並みの魔法使いがパートナーだと、数秒で吸い尽くしてしまうので、電池代わりにできない。


 相性の良さは味方としてだけでなく、敵対した場合にも当てはまる。

 大多数の魔法使いは、会長が魔力を解放しただけで吹き飛ばされてしまうし、砲撃を受ければ跡形も残らない。

 さらに肉弾戦で撃ち合うならば、最低でも彼女の魔力の十分の一は用意しなければ、技術以前にパワーとスピードに圧倒されてしまい勝負にならない。


 しかし俺の魔力を吸収して自身の身体機能へと転換する能力は、相手が強ければ強いほどギアを上げられる。

 吸収量に上限があるのだが、これまでに何度も彼女の暴力をこの身で受けてきたおかげで、大幅に向上している。

 全魔力を受け止めることはできなくても、1、2発の砲撃ならば耐えられる。


 他に、会長は“指輪の騎士達”という固有魔法の全容を見せていないが、それはこちらも同じ。

 俺の方も一回きりの小手先の技ならばいくつも隠し持っているし、さらにステイツ陣営としての手札だってまだ残してある。


 考え事をしていたら、俺の胸元にもたれかかっていた会長の頭が、いつの間にか膝の上にあった。

 彼女の呼吸音が一定のリズムを刻んでいる。

 どうやら寝てしまったようだ。


 普段から騒がしい彼女でも、さすがに飛行機に続き、慣れない土地を訪れて疲れていたのだろう。

 俺の位置からでは、膝に載る彼女の顔は見えない。

 どうせ締まらない寝顔を浮かべているに違いない。

 今の彼女は絶対強者などではなく、16歳の少女でしかない。


 これではどちらが先輩か分からないな。

 高宮の家で聞いた時雨叔父さんの話によると、俺の推定年齢は学年より1つ上らしい。

 もし俺がローズかあさんと別れた後、ステイツに行かずに高宮の家を訪ねていれば、彼女と同じ教室で肩を並べている世界もあったかもれない。


 膝の上の会長を起こさずに動くことはできない。

 今回のステイツでの滞在で急ぎの用事はないし、もともと移動日は宿泊先でゆっくり休むつもりだった。

 まだ昼だが、俺達にとっては夜明けから半日が経過している。


 俺も少し仮眠をとるとするか。

 彼女の寝息に釣られるように、俺も眠りの世界へと入っていった。


 ***


 どうしてこうなった……


 仮眠から目を覚ました俺だが、目を開けることができない。

 体感では15分から30分程度の睡眠をとったはず。

 しっかりとした熟睡は、この国の夜に合わせたいので、適度な昼寝ができたと思う。


 問題なのは覚醒した時の姿勢。

 記憶を辿れば、眠る前は俺の膝の上に会長の頭があったはず。

 しかし今はソファーで横になる俺の頭が、誰かの膝の上にある。

 横向きに転がっているせいで、薄目を開けてもここからでは相手の顔は見えない。

 いや、状況を鑑みると彼女の膝なのだろう。


 互いの姿勢が逆転しているのに、まったく気づくことができなかった。

 俺は寝込みを襲われても対処できるのだが、相手に害意がないとどうしても反応が鈍くなってしまう。

 それでも彼女に対して心を許し過ぎているな。

 護衛として次からは気を引き締める必要がある。


 目を覚ましてから、すぐに平然と体を起こせば何も気にすることなかったのだが、とある理由で寝ている振りをしてしまった。

 彼女の小さな手が優しく俺の頭をさすっていたのだ。


 1度こらえてしまった手前、起き上がるタイミングを逃してしまった。

 寝ている振りを続けたまま、俺の頭を撫でる彼女の手が止まるのを待っているのだが、今のところその気配はない。


 他人の膝の上など、幼少期のローズかあさん以来だろうか。

 あの頃の記憶は曖昧だが、改めて心地を確かめると、とても懐かしく感じる。

 会長の体温は適度に温かく、手足はとても柔らかい。

 ちなみに軍の訓練で寝食を共にした連中は男女問わず、全員筋肉質でガチガチだったので膝枕を希望したいとは思わなかった。


 額や髪の上を、彼女の手が一定のペースで行ったり来たりしている。

 少しくすぐったくもあるが、優しい手つきによってついつい腑抜ふぬけた声を出してしまいそう。


 今更起きていることを申告するのには気恥ずかしさもあるが、なによりもこの時間が終わって欲しくない。

 後1回、後1回と起きるタイミングを先延ばししてしまっているのが現状。


「後輩君……実は起きているのでしょ」


 突然の指摘に驚きはしたが、規則正しい呼吸と鼓動を維持し続ける。

 もしかしたら彼女もまだ確信はなく、鎌を掛けただけかもしれない。


 俺が狸寝入りしていても別に問題ないのだが、1度指摘されてしまうと自己申告がさらに躊躇ためらわれる。

 いよいよ自然に目覚めるタイミングを逸してしまった。

 彼女の次なる一手を耐え抜くために、俺は精神のブロックを固める。


 頭を撫でていた会長の指が、俺の横顔まで下りてくる。

 そして人差し指で、頬の辺りをぷにぷにと押し出す

 寝ている振りを続けているので、抵抗できずにされるがまま。

 やはり会長も俺が起きていると本気で思っている訳ではなさそうだ。


 次に彼女は親指と人差し指で俺の頬を挟んで、優しく摘まんで離してを何度も繰り返す。

 一方的ではあるものの、こういう時間も悪くない。


 頬を摘まむ度に、その力が次第に増していく。

 そこに上限など存在しない。

 痛みに耐えることはできても、筋肉の反応までは抑えることができずに、ぴくぴくと痙攣けいれんし始めた。


「いい加減にしろ!」


 裏社会のエージェントでも、会長様の馬鹿力を耐え抜くことなどできなかった。

 つねるとか、引っ張るとかではなく、引き千切る力加減だったぞ。


「ほら。やっぱり起きていた」

「いや、寝ていても跳び起きる痛みでしたよ!」


 つい勢いで自白してしまった。


「さて、後輩君はどうして寝ている振りをしていたのかな? かなかなぁ~?」


 問い詰める会長の様姿はとても生き生きとしている。

 余計な言い訳は彼女をヒートアップさせるだけ。

 素直な感想を口にする方が無難なのは、これまでの経験で理解している。


「頭を撫でる会長の手がとても心地良くて。もっと続けて欲しかったから、黙っていました」


 俺が開き直ったことが、想定外だったのか会長は数秒静止した。

 珍しく彼女にやり返せたかもしれない。


「……そっか。そうだったのね」


 しおらしい態度。

 そんな彼女は感情を行動で示す。

 俺の頭を優しく掴んで、再びその膝へといざなった。


 無理に抵抗することなく、彼女の動きに従う。

 そして俺の頭の上を小さな手が再び行ったり来たりし始める。


 さっきは寝ている振りをするために、必死に耐えていたが、今はその必要がない。

 俺はその心地良さに身を任せる。


 今度は横向きではなく、仰向けに転がっているので、俺のことを見下ろす会長の顔が良く映る。

 分かり難いが彼女の口元がわずかにほころんでいる。


 ハイテンションな時の会長は無理をしている節もあるが、本当に上機嫌な彼女は今のように口角が少し上がる。

 普段は騒がしい会長だが、意外と静かでゆっくりなも嫌いではない。

 最近は彼女と一緒に行動することが多かったはずなのに、こういう時間はご無沙汰だった気がする。


 ただただ怠惰な時間が流れていくだけなのだが、今という時を彼女と共有していることをとても実感できる。

 こういう時の物静かで落ち着いた彼女の姿は、出会った当初からとても好ましく思っている。

 実は最近、自分勝手な会長のことも気に入り始めているが、口にしたら絶対にからかわれるので言葉にしない。


 彼女が飽きたからなのか。

 それとも俺が満足したからなのか。

 膝枕が終了すると、自然と2人で狭いソファーに並んで横になっていた。


 今ベッドに入ったら中途半端な時間に目が覚めてしまいそう。

 これまでの経験だと、しっかり夕飯を食べてから仕切り直した方が賢明。


 ゆっくりと体を起こす俺に比べて、会長はぴょんと跳ね起きる。

 まだ座った姿勢の俺に対して、先に立った彼女は前屈みになって目の高さを合わせると、人差し指をビシッとこちらへと向けてくる。


「膝枕のお代として、夕食は後輩君のおごりね。レストランでコース料理がいいわ」


 いつもの元気な彼女が帰ってきた。

 それにしても高い膝枕になったものだ。

 ステイツは経費として認めてくれるだろうか。


 ***

『おまけ』“出発前”

紫苑「凛花! 聞いて、聞いて。後輩君が1週間も学校休むんだって、どこかに行っちゃうの!?」

凛花「ちょっと待て。今調べてやるから……どうやら、飛行機のチケットを押さえているようだな。行き先はステイツ、ニューヨークかな」


紫苑「私も行きたい! 後輩君の隣の席で予約してよ」

凛花「別に構わないが、さすがに飛行機代は貸さないぞ。しかもこれ、ファーストクラスだ」


紫苑「大丈夫。第5の経費で精算するわ」

凛花「またガウェインのジジイにどやされるぞ」


紫苑「飛行機に乗ってしまえば、1週間は先延ばしにできるわ」

凛花「まったく」


紫苑「凛花、だ~い好き」

凛花「こういうときだけ調子いいのだから」


 ***

『あとがき』

まだまだ続きます。

テトラド編を終えてようやく学園に戻ってきましたが、魔法式の問題は早々に解決しなければ、コメディ回の邪魔になってしまいます。


ステイツ編は全5話を予定しております。

本来は飛行機、フレイとの面会、クレアの診断の3カットだけで終える予定でしたが、会長様が乱入してしまいました。

九重院とステイツだけで4章本編を超える量になるかもしれません。

次回は丸一日観光します。


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