SS2 最強の魔法使い

『まえがき』

今回は芙蓉達が沙耶の護衛で警察病院にいる間の東高でのエピソードです。

箸休め程度にどうぞ


『あらすじ』

2年生は課外実習

芙蓉と会長は仕事

校長が授業を担当

***


「本日はワシが指導する」


 そう宣言したのは、東ニホン魔法高校の校長。


 今週は2年生の課外実習があり、教員の半数以上が同行している。

 実技教官の深雪みゆきちゃんだけでなく、座学担当の後藤先生すらも動員されている大規模な実習。


 実戦的なカリキュラムの多数ある東高では、授業の時間割が変則的なことは日常茶飯事。

 今回のようなケースでは、普段から合同授業がある隣の1組とまとめられることが多い。


 しかし本日は1年生全員が1ヶ所に集められていた。

 東高の第1演習場は唯一、可動式の天井が吹き抜けになっている屋外闘技場。


 先月にあった新人戦のAブロックの会場として利用された場所。

 来賓客らいひんきゃくを想定しているコロッセオの客席は、全校生徒を収容できる規模なので、1年生8クラス全員が入っても、半面の解放で十分すぎる。


 階段状になっている座席は、闘技場を囲むように円形に配置されている。

 席順は決まっていないが、それでも顔見知りで集まるのが人の習性。


 俺の傍にいるのは、いつも通りルームメイトの由樹。

 本来ならばここに芙蓉もいるのだが、彼は先週の授業中に乱入してきた九重会長に連れ去られてから、まだ帰って来ていない。

 詳しくは聞かされていないが、第5公社の仕事なのだろう。


 お馴染みの9班女性陣の面々も同じ会場にいるが、俺らとは少し距離を置いている。

 何かと目立つ俺達は、生徒会のくくりとして学内で広く知られている。

 不必要に1ヶ所に固まっていると、余計なやっかみを受けかねない。

 マイペースなリズは置いておいて、他の3人はそれぞれ別個の交友関係を広げている。


 そして俺らにも変わった連れができた。

 特段呼んだわけでもないのに、最近交流が増えている別クラスの飛鳥。

 そして静流先輩の弟にあたる草薙伊吹くさなぎいぶきもいる。

 2人とも女性に人気のある一方で、同性の友人は少ない。

 こいつらは優秀だが頭が固いので、女友達からの言葉に毎回真面目に対応してしまい、適当に流すことができない。

 そのせいでクラスの男子からの心証は、あまり良くないようだ。


 そんな飛鳥と伊吹にとって、近いカテゴリーの俺は気兼ねなく接することができる相手らしい。

 なお由樹は真逆で、女子に人気のある2人に文句を口にするが、そこに陰湿さは存在しない。

 ちなみに高宮家と草薙家の次期後継者らは優秀だともてはやされてきたが、共に新人戦で由樹に敗北している。

 そのため余計なプライドが邪魔したり、名門の肩書が敷居を高くしたりすることはない。

 結果として、芙蓉を含めた5人で行動を共にすることが増えている。


 さて集められた1年生達に対して、本日の特別授業は校長が直々に仕切る。

 その内容について、座学と実習を交互に行うということしか知らされていない。

 実習へと出発する寮の2年生の先輩達から、留守を預かるはずの俺達が何故か『頑張れよ』とエールを受け取ることになった。


 ***


『ランキング戦で鍛えられるのは戦いの基礎能力。しかしそれを活かすも殺すも工夫次第。プロになれば強敵に打ち勝たなければならないし、油断すれば格下に足元をすくわれることだってある』


 初めて受ける校長の授業は暑苦しいものを予想していたが、プロの現場を想定した戦略論だった。

 戦闘だけに限らず、様々なケースを想定した例題に対して、対処方法の議論を交わした。


 黒板の代わりにプロジェクターによって宙に映し出された情報を精査しながら、手元の戦力で依頼達成の条件を満たす方法を考える。

 この授業で特筆すべき点は、回答を記入して終わりのペーパーテストではないこと。

 学生同士で意見を交わした後に、校長に指名された数人が理由も含めて方針を発表する。

 その後、学生証を使って支持する回答に投票をして、学内サーバーで速やかに集計して結論を出す。


 しかしここからが本番。

 1度目の方針を決めると、校長が前提条件に無いイレギュラーなシチュエーションを提示してくる。

 このイレギュラーをどのように突破するのか再び議論する。

 どれもが降りるという選択肢が用意されている難問。

 多数決で決めたはずの初手だったが、イレギュラーを想定して改めて振り返ると大分変わる。


 特に最後の問題だけは難易度が高すぎた。

 魔法を使う犯罪組織のアジトを襲撃するのに、仲間としてどの魔法使いを連れて行くべきか。

 用意されている手札は充実しており、全てを使うと確実に制圧できる過剰戦力になる。

 効率を考えると、敵より少し上のメンバー編成が理想的。

 少なめの要員でも、奇襲や連携次第では制圧が可能。

 みんなが知恵を絞って、攻略に必要な最低レベルをはじき出した。


 しかし校長が用意した意地悪なシナリオでは、奇襲がバレたり、味方に裏切り者がいたり、終いには第3勢力との突発的な遭遇戦まであった。

 結局、イレギュラーに対処するには、過剰すぎるほどの戦力こそが万能だと、俺達は諦めてしまった。

 この問題だけ、校長は模範解答を示してくれなかった。

 あらゆることを想定して、慎重に対処しろとの教訓なのだろうか。


 俺達は何度も話し合ってじっくりと答えを決めたが、プロは瞬時に判断しなければならない。

 この数ヶ月で戦闘能力を高めたつもりだったが、まだまだ遠い道のりだと思わされた。

 4問ほど繰り返したところで、午前の部は30分ほど残した。


 中途半端に余った時間は、自由な質問タイムへと突入した。

 最初は授業に関わる内容だったのだが、徐々に話が逸れていった。

 そんな中、とある学生がみんなの興味があることを口にした。


「校長先生と生徒会長はどちらが強いのですか?」


 周囲がざわつく。

 東高の教員は一流揃いだが、その中でも校長だけは別格。

 世界的に有名な炎の魔法使いであり、ニホン国内に限れば1番で“ほむら”の二つ名を持つ。


 一方生徒会長の九重紫苑は東高に突然現れた“絶対強者”。

 霊峰で彼女の戦いぶりを見たが、どのような魔法を使ったかすら分からなかった。


 校長は迷うことなく手にしたマイクへと答える。


「少なくともランキング戦形式ならば、九重君に分があるだろうな。もし実戦ならば間違いなく正面制圧は選ばない。不意を衝くか、搦め手を持つ魔法使いを連れて行く。トラップ系や精神感応系を戦列に加えたいな」


 暗に負けを認めるような言葉。

 東高のランキング戦はルールのある競技に過ぎない。

 話を聞く限りだと、現場での優劣ならば経験豊富な校長の方に軍配が上がりそう。

 それはやりようによっては、俺達でも会長を出し抜けるということでもある。

 しかし彼女の傍にだって、凛花先輩や静流先輩といったタイプの異なった実力者がいる。

 何より芙蓉の存在が大きい。


 徒手空拳を得意とする芙蓉は少しの身体強化しか使わないが、よろずに通じている。

 ナイフや拳銃が得意なようだが、最近では棒術や投擲とうてきなんかも上手い。

 他にも専門性の高いライフルすら、数日の準備で軽々と扱い、俺の指示に完璧に合わせた。


 そして誰も言及していないが、彼の凄いところは危機察知能力。

 1ヶ月ほど前に、何気ない日常のワンシーンで突然起きた会長への狙撃を見事に阻止した。

 後から振り返ってみると、あの時の芙蓉は狙撃には気づいておらず、ただ直感だけで会長に飛びついたように見えた。

 治安の良いニホンでは絶対に身につくことのないスキル。

 ステイツからの帰国子女の芙蓉は、あらゆる国に滞在経験があるらしいが、詳しいことは話してくれていない。

 おそらく様々な危険を乗り越えてきたのだろう。


 そんな芙蓉を出し抜くことは尋常じゃない。

 それに会長を含めた4人は実力の全てを明かしていないはず。

 もちろん敵性勢力が現れたら、第5公社のサブライセンス契約をした俺、由佳、リズだって会長側につく。

 九重紫苑は絶対強者としての個の力だけでなく、第5公社の副長として集団の力もすでに有している。

 彼女に弱点があるとすれば、単身で動き回るフットワークの軽さや、落ち着きがなく猪突猛進なところだろうか。


 さて、今度は別の誰かがさらに突っ込んだ質問を校長に投げている。


「世界で1番の魔法使いは誰なのでしょうか。やはり九重会長ですか。それとも西の絶対王者ですか?」


 これまでの校長の話を聞いていたのか分からないナンセンスな質問だな。

 相性の問題もあれば、何でもありの実戦ならば工夫次第では戦況など簡単にくつがえる。

 しかし教育者である校長は別の観点から、解説を始める。


「世界1か……依頼達成率や、収入、魔獣討伐数などのランキングで優劣を競う者は業界でも多く、君達も興味があるだろう。他の指標として手配書のレーティングもあるが、あれは実力だけでなく犯罪歴や危険度も考慮されている。S級指名手配の魔法使いや魔獣でも最強とは言い難い」


 ランキングは東高の専売特許ではない。

 魔法公社としての正式な発表ではなくても、出版社やマニア達によって様々な順位が公開されている。

 校長が挙げた依頼達成率、報酬額、魔獣討伐数はどれも人気のあるランキングで、ネットで検索すればすぐに出てくる。

 実力とは違うが、プロとしての総合力を計る指標として有用なことは間違いない。


 次に校長が提示した手配犯とは、依頼を受けていなくても遭遇した場合、捕らえたり討伐したりすれば報奨金が発生する連中のこと。

 賞金を掛けているのは魔法公社ではなく、その土地の政府。

 実力に自信があるならば、一獲千金の夢だってある。

 中には賞金稼ぎを主な収入源にしている魔法使いもいるくらい。


 魔法使いの場合だと、人を殺して、かつ上級魔法を使えるような連中がA級。

 さらに社会を混乱に陥れるような危険人物がS級の対象になる。

 S級の場合は魔法使い個人よりも、非合法組織のトップなんかが指定される。

 ちなみに魔法使いに関する手配書は危険な情報なので、公社のライセンスを得なければ閲覧できない。


 魔獣の場合だと霊峰で苦しめられたオーガがB級相当、会長のペットであるベヒモスがA級だな。

 そしてS級になるとドラゴンとか。


 しかし校長は質問に対して曖昧なまま終わらず、回答を続ける。


「そして真に強き者は表舞台に現れない。その代表たるのが契約者だな。連中はたとえ精霊王を顕現しなくても各属性のスペシャリストだが、ほとんど各公社の本部で待機しており前線には出ない。少なくとも魔法公社と対立するようなことがなければ、諸君らが戦うこともあるまい」


 精霊王の契約者。

 19世紀初頭に人類へ四元素魔法をもたらした精霊王だが、どの時代も契約者は4人まで。

 精霊王に選ばれる基準は分からないが、各属性のトップクラスの魔法使いであることは共通している。

 目の前の校長も、火の精霊王との契約者候補として何度も注目を浴びている。

 そんな契約者だが、自身の最大魔力と引き換えに、チキュウに精霊王を顕現することができる。

 公式記録では15年前にガウェインが水の精霊王を呼び出したのが最後で、彼はたった1度の奇跡で魔法使いとしての現役に幕を下ろした。


 精霊王の攻略は不可能とも思えるが、以前芙蓉が面白いことを口にしていた。

 契約者を倒すことが目的ならば、挑発によって召還をさせて、すぐに逃亡する。

 それを繰り返すだけで、ガス欠に追い込んで無力化できる。

 問題は精霊王相手に逃げ切れるかだが、大戦時には捨て駒を使う人海戦術は珍しくなかった。

 公社上層部や契約者達もそのことを分かっているからこそ、この15年間誰も精霊王を呼び出していない。

 もしくは召喚していたとしても、その情報を隠蔽いんぺいしている。


 確かなことは俺達が反社会側ではなく、魔法公社の傘下にいる限りは精霊王と戦う機会は訪れない。


「さて諸君。相手がどんな強敵でも弱点があり、問題解決のために最善策を考えるのが、プロの魔法使いとして求められている資質だ。しかしいくら工夫しても太刀打ちできない、戦ってはいけない存在というのもこの世界にいる。ワシがこれまでに出会った中では2人」


 もちろんそれが九重会長や、契約者達でないことはこれまでの流れから十分に読み取れる。


「まず1人目は間違いなく、ローズ・マクスウェルだな」


 その名を聞いて会場にいる一部の同級生がどよめいた。

 俺にはその理由が分からないが、有名な人物なのだろうか。

 反応を楽しんでいるのか、校長もわざと言葉を詰まらせている。


 均衡を破ったのは俺の隣にいた由樹だった。

 彼は立ち上がると、すぐ近くにあったマイクにスイッチを入れた。


「ローズ・マクスウェルといえば、Sir A.Aと同時期、100年前の黎明期れいめいきに魔法の発展に貢献した人物で、錬金術や魔法式の分野の基礎理論を構築しております。彼はすでに故人ではないのですか?」


 普段はふざけた由樹だが、魔法に対する知識に貪欲だ。

 特に今の彼は魔法開発部で、魔法式を用いたマジックポーションの錬成に力を注いでいる。


 そしてA.Aと言えば世界で初めて四元素全てを会得した魔法使いであり、魔法に対して自然科学的な観点から研究することを提唱した人物。

 彼の功績によって、魔法は得体の知れない力から、訓練したら修得できる技能へと昇華された。

 俺達が使っている教科書だって、原型は彼の著書だ。

 由樹曰く、ローズとはそんな偉大な魔法の祖に並ぶ人物。


「冴島君だったかな。よく勉強しておる。しかし一般にあまり知られていないことだが、ローズは魔法の研究者でありながら、吸血鬼の真祖しんそとしてワシら人間とは異なるときを生きている」


 情報の波に飲み込まれそうだ。

 吸血鬼と言えば魔獣とは違い、元人間。

 生命活動を維持するためにヒトの血を吸う必要がある怪物。

 様々な伝承があるが、噛まれた人間も一定確率で同じ吸血鬼になり増殖する。

 そして吸血鬼に噛まれたわけでもないのに、人間から突然変異した連鎖の始まりの個体こそが真祖。


 それにしても争ってはならないと口にしていた校長は、真祖と遭遇して生き延びているのか。

 魔法の発展に貢献しているような人物なので、言葉の通じる相手なのだろう。


「20年近く前、ローズの愛弟子が本校に通っていた。そのこともあって特別講師という立場で何度か教壇に立ってもらった。彼女、いやワシの前に現れたのは妙齢の女性だったが、本来の姿なのかは分からない」


 校長はプロジェクターで1枚の写真を映し出した。

 今とは少し違うが俺達と同じ東高の制服を着た学生が10人ほど並んでおり、その後ろに教員達が数名。


 まず目を引いたのは校長の姿だった。

 今とまったく変わらないのだ。

 すでに定年していてもおかしくない年齢のはずなのに、50代の姿で止まっている。

 彼の方こそ化け物ではないのか。


 そして話題の人物もすぐに分かった。

 30代ほどの女教師が1人だけいる。

 それ以外にも理由があって、顔のパーツが不自然なほどに整っている。

 直感だが人間味がない。

 この者こそがローズ・マクスウェルなのだろう。


 他にも気になる点がいくつかある。

 女子生徒の中にローズに似た顔の人物がいる。

 校長の言う真祖の愛弟子なのだろうか。


 さらに印象的だったのは、彼女の隣にいた男子生徒。

 今、俺の横に座る飛鳥。

 いや、どちらかと言うと芙蓉にそっくりだ。

 高宮の家の関係者なのだろう。

 富士の高宮家は、精霊王到来以前からニホンの魔法業界を支えてきた名家。

 その親族が20年前の東高にいてもおかしくないか。


「そもそも吸血鬼達は人類よりも魔法に精通している。本物の詠唱破棄を使いこなし、同じ魔法でもヒトが使ったものより勝る」


 四元素魔法において詠唱は必須。

 同じ生徒会の由樹は、言葉を発さずに矢継ぎ早に風魔法を発動するが、それは頭の中で詠唱を行えるから。

 この暗詠唱は敵にこれから使う魔法を知らせないための技術。

 それでも戦い慣れている達人ならば、魔法使いの些細な挙動から魔法を準備していることを読み取る。

 もし本物の詠唱破棄が可能ならば、予兆なしで唐突に魔法を発動できる。

 魔法戦においてそれだけもかなりのアドバンテージ。


「しかしローズはそれだけではない。数ある真祖の中でも彼女は幻術を得意とする。それはヒトの脳に働き掛けるようなものではなく、世界の認識すらもあざむく。虚を真にして、真を虚にする。何らかの代償やリスクはあるのだろうが、1度術を発動されたら誰も疑念を抱けない。化かされていることに気づけなければ、対処もできない」


 どれだけ反則なのだ

 校長曰くどんなに工夫しても無駄な、戦ってはならない相手。

 これは九重会長や契約者達とは異次元の能力。


 精神感応系の幻術の攻略法にはいくつかセオリーがある。

 まずは魔力を練って自身の状態を整える。

 それが不可能なら、仲間に衝撃を与えてもらえば解除できる。

 強力な洗脳だとしても、専門の術師によって治療を受ければ解くことができる。


 どの場合にしても、第一歩は思考に異常が発生していることに気づくことだ。

 それすらも許されないならば、打つ手がないな。


「ヒトとは異なる理を持つ吸血鬼らだが、ローズは真祖の中でも人間に友好的な方。利害関係で対立することがなければ、命を奪われることはない。無謀は犯さずに必ず退くのだ」


 校長の話を聞く限りでは、たしかに逃げの一手しかないな。

 それでも彼は俺達学生に金言きんげんを残す。


「対処法としては心許ないが、己の中に信じ抜けるものを持つことだ。か細い糸口だが、彼女の作りだした虚構から抜け出せるかもしれない」


 ほとんど根性論的な方法。

 この世界にひとつの偽りが生み出されたとして、バタフライ効果のようにその影響は時間経過と共にあらゆるところへと波及する。

 しかし時の流れは、幻を当たり前として現実へと定着させてしまう。

 その間に俺達は変化に気づけるだろうか。


 ローズの顔を覚えておくに越したことはない。

 何人かの学生達がプロジェクターに映し出された画像を、スマホで撮影している。

 マナーのない行動だと理解しているが、俺もそれにならった。

 せっかくだし、今日欠席している芙蓉にも伝えておくか。


 そろそろ午前の部が終わる時間だが、校長の話しが終わる気配はない。


「もう1人、ローズに並ぶ者がいる。むしろこいつの方が危険。しかも魔法使いというカテゴリーでくくっていいのか分からん……」


 真祖のインパクトで忘れそうになっていたが、校長は戦ってはならない相手は2人いると宣言していた。

 しかし魔法使いではないというのか。


 プロジェクターの電源を切って溜めを作った校長は、少し勿体もったいぶってから明かす。


「“魔法狩り”……諸君らも都市伝説程度には聞いたことがあるかもしれない。どんな魔法も通用しない狩人。ワシら魔法使いにとって間違いなく天敵だ」


 噂程度には聞いたことがある。

 たしか以前、由樹が興味を持ってネット上で情報を精査していた。

 校長の言う通りどんな魔法も無力化してしまう存在。

 彼の仕業と思われる事案が各国に多数あるが、ステイツでの証言が最も多い。


「ワシが奴と戦ったのは……いや、一方的になぶられたのは3年ほど前だった」


 長く東高の校長をしている彼だが、今でも第1公社の現役魔法使い。

 前線に出ることはほとんどないが、年に1,2回ほど指名依頼が入るそうだ。


華国かこくで魔法使いに裏の仕事を割り振っていたシンジゲートのアジトを制圧するために、4つの魔法公社から16名の選抜チームが送り込まれた。当時のワシは副隊長として戦列に加わっていた。敵の食客しょっかくにはS級を初め、複数のA級賞金首がいるという情報があったので、公社側も本気で過剰な戦力を集めた。アジトに到着するまでは、奇襲にさえ成功すればそれほど難しくない作戦のはずだった。しかし現場で別勢力とブッキングすることになった」


 まるで先ほどの授業にあったシチュエーションの1つに似ている。

 俺達が出した結論は、倍以上の戦力を事前に用意すること。

 そしてもし余力がないならば、撤退して仕切り直すという結論だった。


「先に攻め入っていた連中は、完全武装にフルフェイスで顔を隠していた。そして敵の魔法使いを皆殺しにして、シンジゲート幹部達を連れ去ろうとしていた。たとえ犯罪者相手だとしても、殺戮さつりくを容認する訳にはいかない。先に戦闘の姿勢を示したワシらに対して、連中は人員を1人だけ割いてきた。背丈は低くて小柄。体格からは10代の子供か、もしかした女だったかもしれないが、確かな事は分からない」


 魔法狩りの噂は、さかのると30年以上前からある。

 校長の見立てとは合わない。

 吸血鬼のような怪人なのか、それとも魔法狩りは複数人いるのか。


「もちろんワシらにおごりはなく、むしろ慎重に攻めた方だ。しかし攻撃魔法が衝突する瞬間に霧散した。奴に魔法を使った素振りはまったくなかった。攻撃魔法だけでなく、魔法障壁だろが、束縛系、精神感応、どんな魔法でも奴が触れると無力化された。唯一届いたのは拳だけだったが、それすらも通用しなかった。奴は魔法使いなどではない。武道に剣技、銃器の扱いにも精通しており、どこにも死角がなかった。勢いに乗った奴を止めることなどできず、一方的な展開になった」


 たしかに魔法だけに頼らず、何でもできるというのはとても脅威だ。

 たとえば今日はこの場にいない芙蓉も普段は無手でいるが、どんな得物でも器用に使いこなす。

 こういう連中は実戦になると突然強くなる。

 どんな状況でも勝機を掴むための道筋を作り出せる。


 一度話を区切った校長は上着を脱いで、上半身を露出させた。

 目を逸らす学生と離せない学生に二分された。

 その右肩には切り裂かれた痕。

 さらに小さくて分かり難いが、腹部には2発の弾痕が残っている。


「ワシらは全員生き延びた。いや、見逃されたという表現が正しいかな。奴にとって標的ではないワシらなど、本隊の足止めのために相手しただけで、命を奪う価値すらなかった。こっちは必死だったのに、奴は最後まで冷静な仕事人だった。実年齢どころか性別すら分からないが、産まれたときから戦闘のイロハを叩きこまれ、いくつもの戦場を乗り越えた人物像を想像させられる。生きている世界があまりにも違いすぎる」


 活気あふれるはずの闘技場が静かに固まっていた。

 東高の頂点であるべき校長が、魔法公社の選抜部隊が、為すすべもなかった相手。

 噂などではなく、俺達だってプロになれば遭遇する可能性がある。


 こういう場面をすぐに切り替える由樹ですら黙って、意識がこの場にない。

 魔法狩りの対処法でも考えているのだろうか。


 逆隣りに座る飛鳥も前向きな正直な男だが、今は深刻な顔をしている。


「(そんなはずはない。)」


 何か心当たりがあるのだろうか。

 富士の高宮家は世界中の魔法を蒐集しゅうしゅうしている。

 魔法狩りについても何か知っているのかもしれない。


「飛鳥、どうかしたか?」

「?! 違う違う。何も確証はない」


 何かを誤魔化しているようだが、この場で問い詰めるには材料が少ない。


 微妙な空気な中、校長が最後を締める。


「さて工夫も大事だが、基礎がなっていないと始まらない。午後の実技は徹底的に絞るぞ。魔法が通用しない状況で、最後に頼れるのは己自身の肉体のみ」


 昼食後の訓練は、ひたすら筋トレと組手の繰り返しで、座学の方が楽だったと思うほどきつかった。


 そして3日後には、1年生のほとんどが魔法格闘部入部水準に達した。


“この時の俺は考えが甘かった。近い将来ローズ・マクスウェルら一行と対立することになるとは思いもしなかった”


***

『おまけ』“ボツになった黙示録”

由樹「今期の魔法少女モノでは、誰押しですか?」

校長「もちろん。ホワイトちゃんじゃ」


メイ「(盗み聞きだけど、由樹君の好みは?)」


由樹「さすが。世間的にはピンク、オタク界隈ではドジっ子のブルーが人気だけど、真面目過ぎて敵に闇落ちしちゃうヤンデレ属性のホワイトこそが至高ですよね」

校長「善悪など紙一重。毒があるからこそ味になる」


メイ「(由樹君の好みはヤンデレ属性っと……)」


由樹「それにホワイトは、ちっぱいなのがいいです。魔法少女なのに乳デカは邪道っす」

校長「なかなか分かっているではないか。じっくり語ろう」


メイ「(ちっぱい? ホワイト……めっす)」



紫苑「読者の皆さん。特にモデルになった作品はないそうよ」


***

『あとがき』

今回は復習回でした。

校長がかつて芙蓉と戦っていたこと以外は、これまでの物語で開示した内容の補填です。

会長が悪目立ちしている本作ですが、主人公の芙蓉だってかなりのチートキャラでした。


補足として、校長が召喚する炎の龍ならば分解抵抗があるので、芙蓉に通用したかもしれません。


飛鳥は高宮家での会談に同席しているので、春雨、咲夜そしてローズの関係について、芙蓉と同程度に知っております。

さらに彼は芙蓉とアックスの戦いを覗き見しており、高宮家では対決もしております。

飛鳥の父の時雨はローズと結託しており、姉の百陽はローズの弟子です。

彼が芙蓉側につくのか、ローズ側につくのかは結末に大きく関わります。


さて、校長が組手や筋トレを取り入れた理由の半分は芙蓉に敗れたから、残り半分は春雨の影響です。

それはまた別の機会に。

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