6 儀式

『あらすじ』

テトラドの会へ潜入

司祭の佐参

会長とは別行動


 ***


『後輩君がそのつもりなら、佐参お兄さんと一緒に行くわ』


 あれから紫苑と合流しないまま、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 もちろんボーっと何もしていなかった訳ではなく、当初の目的通り沙耶ちゃんの行方を調査していた。

 まずは敷地の外に埋めてきた荷物を回収して、一部を建物内部に再び隠した。

 そして探索を優先しながらも、目立たないように聞き込みを行った。

 虱潰しらみつぶしの捜査は進んでいる。

 そもそも彼女はここにいない可能性もあるので、あまり悠長ゆうちょうに時間を掛けられない。

 そして確証を何も得られないまま、夕暮れ前に捜索を一時中断することになった。


 俺は礼拝堂へと向かう信者の集団に紛れ込んでいた。

 これから精霊に祈りを捧げて属性を得る儀式が行われる。

 その中心になるのが無垢むくなる代弁者。

 代弁者は複数人いるが、その全てが子供だそうだ。

 定期的に入れ替わりがあり、最近にも少女が1人加わったという証言を得ている。

 状況からして、その人物こそが探していた沙耶ちゃんの可能性が高い。


 宗教の世界で代弁者と言われると、高位存在からの言葉を届ける者だと想像するかもしれない。

 しかしテトラドの会では逆。

 代弁者は信者達の祈りを精霊王へと届ける役割を担っており、同時に複数人いても矛盾しない設定になっている。

 そんなにたくさんの願いを聞き入れるほど精霊王も暇ではないだろう。

 どのみちもうしばらくすれば礼拝の時間だ。

 テトラドの会の信仰の正体を拝めるし、沙耶ちゃんの存在も明らかになるかもしれない。

 問題は彼女の意思を確認するタイミングを作り出せるかだ。

 礼拝は毎日夕暮れ前に行われるので、緊急性がなければ本日は様子見で済ませた方が無難だ。


 他の信者達の流れに従って、礼拝堂へと入り込む。

 祈りの場は劇場のような造りで、天井が2階まで吹き抜けている。

 ここはテトラドの心臓部であり神殿のはずなのに、崇めている精霊王の姿を模した像や絵画などは存在しない。

 新興宗教なので歴史が浅いのは当然のことなのだが、せっかくの礼拝堂なのにもの足りなく感じる

 信者の数が多いので椅子はなく、俺のような下っ端達は立って整列している。

 これから入場する代弁者のための道が空けられており、それ以外は人で埋め尽くされている。


 正面の司祭らの列の末端に佐参がいたが、その傍に紫苑の姿はない。

 そもそも知り合いだからと言って、末端が混ざれるような雰囲気じゃない。

 この施設にいるほぼ全ての信者が集まっているはずだが、写真で見た沙耶ちゃんや彼女を引き取った菅野夫妻の顔も見当たらない。

 人があまりにも多すぎて、この場での捜索は諦めるしかなさそうだ。


 視線を遠くへとはなっていた俺の懐に誰かがぶつかった。

 咄嗟とっさに謝罪しようとしたが、その相手は見知った顔。

 紫苑だった。

 完全に意識の外からで、いつ近づいて来たのかまったく分からなかった。

 1度だけ目が合ったが、すぐに外れる。

 どちらが先に視線を逸らしたのかは分からないが、互いに交わすべき言葉を持ち合わせていない。

 儀式前の喧騒けんそうの中、紫苑の時間と俺の時間が別々に流れていく。


 そして祈りの時がやってきた。

 合図はなくても代弁者がこの場に入るだけで、異様な空気へと変貌へんぼうした。

 雑音があることには変わらないが、それらが全て同じ方へと向いている。


 2人の司祭の先導によって、現れたのは小学校低学年程度の子供が3人。

 自分達の足で歩いているが、両手を鎖で繋がれて司祭達に引っ張られている。

 さらに黒いハチマキのような布で目隠しをさせられている。

 俺達の白色とは違い、それぞれが赤、青、緑の衣をまとっている。

 それが何を意味するのかは容易に想像できる。


 俺の近くを通過した際に、顔の骨格を確認できた。

 3人の中に写真で見た沙耶ちゃんはいないようだ。

 少年2人に、少女が1人、肌の血色は良好で、歩き方からも肉体的には健康に見える。

 しかし目を見なくても、3人とも表情の変化が乏しいことが読み取れる。

 戦闘が専門の俺だが、表情分析は駆け引きに使えるので、軍の訓練を受けている。

 あれは恐怖や傷害によって、行動を強要されているときの状態だ。


 この治安の良いニホンで、あの年齢の子供を複数人集めて宗教組織の中心に添えるなど考えられない。

 いくら資金があったとしても、あまりにも異常だ。

 彼らもどこかの孤児院から連れて来られたのだろうか。

 もし信者や司祭の子息だとしても、あまりにもぞんざいな扱いだ。

 しかしこの場の大人達は代弁者の使命を持つ3人を歓迎こそすれども、この制度に異を唱えることなどしない。

 異様なのは目の前の3人ではなく、この場の全てだ。


 俺の隣にいた紫苑はぶるぶると震えている。

 怒りの感情に任せて今にも飛び出しそうな勢いだ。

 しかし沙耶ちゃんがこの場にいないことを考えると、他にも代弁者の子供がいる可能性が高い。

 ここで強引な行動をしてしまうと、姿の見えない子供達の安全を確保できない。


 最低でも1人から助けを求められれば、警察を介して一気に強制捜査ができる。

 また生命の危機を察知した場合は、その場で強行策を選ぶことができる。

 それでも無関係の信者を傷つけないように配慮しなければならない。

 今はまだどちらの条件も満たしていない。


 俺は半身を紫苑の前へと出して落ち着かせる。

 もし彼女が本気で飛び出したとしたら、誰であっても止めることは不可能だ。

 その場合は派手に暴れて、警察が来る前にとっとと逃げるしかない。

 幸いなことに俺達は身分を偽っているので、物証を残さなければ捕まることはない。

 障害があるとしたら佐参の存在だ。

 紫苑の旧知という理由で、俺達の行動を見逃すかは五分といったところだ。

 あの男が立ちはだかれば、かなり厄介な敵になる。


 様々な考えを駆け巡らせていたら、いよいよ礼拝が始まった。

 祈りの作法については事前に習っているが、わざわざ従うつもりはない。

 周りの信者達が目を閉じ、祝詞のりとを口にする最中、俺は儀式の観察を続ける。

 そして祈りの場で、奇跡ほんものを目にすることになった。


 最初に感じたのは自身の魔力の変化だ。

 厳密には俺の体内から生みだされた力ではなく、大気と共有している平衡へいこう状態のエネルギー。

 その魔力に色が付いたのだ。

 魔法式でファイアボールを使う直前に似た感じだ。

 身体の奥から火の属性だと確信できるものを自覚する。


 さらに変化は俺個人に留まらない。

 この場にいる信者達からぽつぽつ色が灯り、それが広がっていく。

 さっそく試すかのように、威力のない簡単な魔法が室内で打ち上げられる。

 反応を見る限り、偽客サクラなどではなさそうだ。

 テトラドの会は本物だった。


 精霊への祈りという部分の信仰は関係ないようだが、この儀式で新たな属性に目覚めることは事実のようだ。

 この規模の集団にしては装飾の少ない礼拝堂だと思っていたが、奇跡の前では余計な偶像など不要だ。


 周囲の歓喜とは裏腹に、代弁者に選ばれた3人の様子がおかしい。

 彼らを基点に色が生み出されて広がっているようだ。

 どうやら中心の方が属性の目覚めが顕著で、魔力量そのものも増加傾向にある。

 強化した視力で観察を続けると、代弁者の子供達の顔から徐々に生気が薄れている。

 正常だったはずの血色が徐々に青色に変わっている。

 魔力とは違う何かを消耗しているようだ。

 これではまるで生贄いけにえだ。


「……ぅううわぁぁ」


 男の子の1人からほとんど声にならない悲鳴が断続的に走り、足元はふらふらしている。

 しかし大人達は『精霊王との交信』だとあがめるばかりで、止めようとしない。


 明らかに異様な光景なのに、集められた人々は属性という餌に群がるばかりで正気を失っている。

 集団心理によるものなのか、精神に作用する術を使われているのか、現時点では分からない。


 子供達の表情を見た時には飛び出しそうだった紫苑は、驚くほど静かだった。

 斜め後ろへと視線を向けると、彼女は両の手の拳を強く握りしめていた。

 爪が表皮を傷つけて、血がにじみ出ている。

 彼女だって今この場で強引な手段を選ぶことが、最善ではないことを理解している。

 今にも湧き立ちそうな怒りを必死に抑えているのだ。


 普段から感情的な行動の多い紫苑だが、あまりにも過剰に反応しすぎではないだろうか。

 初めてこのような現場に立ち合ったら、恐怖や困惑を示すのが一般的だ。

 しかし彼女の場合は怒りの激情が勝っている。


 紫苑だってプロの魔法使いだ。

 さすがに殺し合いは未経験でも、悪意に対する耐性は多少なりともあるのだろう。

 佐参との会話でもそうだが、俺は紫苑の全てを知っている訳ではない。


 俺はハンカチ越しに紫苑の拳をおおった。

 自身の状態に気づいた彼女は力を緩めて、差し出されたハンカチで血をふき取った。

 彼女は魔力で肉体を癒すことができるので、冷静さを取り戻せば心配はあまりいらない。


 ちなみに紫苑は血のついたハンカチを、俺の袖の中へと突っ込んで来やがった。

 この辺りは身に染みた普段の行いが出てしまったのだろうか。


 この場でやるべきことはまだ残っている。

 俺達のように祈りに不真面目な不信心の持ち主を探す。


 例えば佐参なんかは一見真剣に礼拝しているように見えるが、注意が余所に向いている。

 そんな彼が捉えている人物がいた。

 紫苑や俺ではない。

 共通の服を着ていない男性が礼拝堂の端で、壁に寄り掛かってこの光景を眺めていた。

 今の配置では顔を確認できないが痩せ型で、くたびれたスーツにジャケットの代わりの実験着はくいを羽織っている。

 人が多すぎて接近は難しいが、あからさまに怪しい人物だ。

 こいつは解決の糸口かもしれない。


 観察を続けたがこれ以上の新たな発見はなく、30分ほどで礼拝の時間が終わった。

 司祭による説法せっぽうなどはなく、まず代弁者の退出が始まる。

 追いかけたいが礼拝堂の中は信者で満杯で、前に進むことは困難だ。

 どの道、会の中核の代弁者を追跡することなど、簡単に許されるはずがない。

 子供達を先導する司祭が、礼拝堂の扉を出てから、次の一歩で向いた足の方向までは確認できた。

 しかしその先の足取りの把握できなかった。


 儀式が終わったことで、周囲の色が次第にせていった。

 どうやら属性を得られるのは一過性のもののようだ。

 何度も礼拝に参加すれば、定着するのかもしれないが、1度の儀式で力を得られることはなさそうだ。


 今夜は忙しくなりそうだ。


 ***

『あとがき』

次回はいよいよ寝静まった夜の捜索です。

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