5 司祭

『あらすじ』

孤児院からの依頼

テトラドの会への潜入ミッション

ゲートで警報


 ***


「ちょっと寂しい服ね。可愛くないわ」


 浴衣へと着替えた会長がその場でクルリと一回転した。

 染めていない元来の生地の白さは、ここの信者達で共通している。

 男の俺も大きなサイズの同じ衣装を着ており、違いは帯の位置くらいなものだ。


 30分ほど前に入口で捕まった俺達だが、無事にテトラドの会へと入信できた。

 ゲートでの検査の目的は保安上の観点もあるが、主に属性への適正を測定していた。

 そして会長と俺は、無属性の中でもまったく偏りのない中立な性質と判定された。

 事前の資料にはなかったが、彼らの教義の中で無属性というのは重要な位置づけだそうだ。

 突然出てきた信者達に取り囲まれて連行されたのは、歓迎された結果だったのだ。


 19世紀に入り、多くの人類が精霊王によってもたらされた精霊魔法に目覚めた。

 職業としての魔法使いでなくても、属性を持つ者は世界人口の半数程度。

 テトラドの会への入信希望者の多くは新たな属性を求める者達だが、もちろん分類上の無属性は他にもいる。

 しかし無属性と言っても、本人に自覚がないだけで多少なりとも属性の適性があるものだ。

 そして俺達のような、完全な無属性はとても珍しい。


 結局紹介状を見せることもなく、むしろ強引に入信の手続きをさせられた。

 そして他の入信希望者と合流した俺達が最初にさせられたことは、私物の没収と着替えだった。

 断りたくもあったが、俗世から隔離をして祈りに励むためなどと、それっぽい文言を並べられてしまった。

 事前に装備を地面に隠してきたのは幸いなことだ。

 目の前の会長様も伊達メガネはそのままだが、髪留めは失っている。

 こんな状況で服装のセンスに文句をつける彼女の性格は、図太いと評するしかない。


 ***


 入会してからすぐに自由行動など許される訳などなく、俺達はテトラドの会の教義について座学を受けることになった。

 内容はいたってシンプルで、拍子抜けと言わざるを得ない。


 奴らは事前の情報通りに精霊信仰を掲げており、魔法に目覚めた人間は精霊王から使命を受けていると主張している。

 当初精霊王は手当たり次第に魔法をばらいていたが、今ではより信仰心の厚い人物に多くの力を分け与えている。

 そして会長や俺のような無属性は、精霊王達に嫌われているのではない。

 本来の使命に目覚めていないだけで、いずれかの精霊王が見守っているそうだ。

 テトラドの会はその者らを導き、属性に目覚めさせることを目的にしている。

 これらが大雑把にだが、下っ端の信者向けの講習の中身だ。


 行方不明の沙耶ちゃんという娘も、もしかしたら俺達みたくニュートラルな無属性だったので、養子縁組までして連れ込んだのかもしれない。

 しかし珍しいと言っても、大体1万人に1人といった割合で探せば見つかるはず。

 強引な方法で引き込むにしては、リスクとベネフィットが釣り合っていない。

 この本部施設にしても、孤児院への寄付の件にしても、テトラドの会には多額の資金が背景にあることは間違いない。

 そうなると信仰の真偽は別として、何かしらの利権が絡むのでパトロンが充実しているのだろう。

 その辺りを探るのが真相への近道かもしれない。


「九条さん、高遠さん。司祭様があなた達との面会を希望しております」


 講義が終わってすぐに声を掛けられた。

 信者のほとんどが同じ服装をしているので相手の地位は分からないが、少なくともその口振りから俺達よりも先に入信した先輩なのだろう。

 俺は会長と1度だけ目を合わせた後に、大人しく申し出に従うことにした。


 さきほどの講習によるとテトラドの会では大きく3つの序列がある。

 1つ目は俺達が割り振られた一般信者、2つ目は幹部の地位にある司祭。

 そして3つ目が精霊と交信する代弁者だそうだ。

 司祭や代弁者がどれほどいるのかは分からないが、幹部クラスとの接触に拒む理由などない。


 衣装と同じく白を基調にした無機質な建物は、広く横に伸びており、似たような景色がループしている。

 どことなくニホンの学校の校舎に似ているような簡素な造りだ。

 案内人との雑談は会長の方に任せて、俺は頭の中で地図を作製していく。

 沙耶ちゃん本人は分からないが、少なくとも書類上彼女を引き取った両親にあたる菅野夫妻はこの施設のどこかにいる可能性が高い。

 今のところ聞き込みによる情報収集と、虱潰しらみつぶしに探していく2つの手段しかない。

 自由に動ける場面が訪れた時に、効率良く捜索するためにもマッピングはとても重要だ。


佐参さざん司祭、本日入信した例の無属性の2名を連れて参りました」


 面会を希望した佐参という司祭は、俺達より少し年上の男性。

 周囲と同じく白色の装束だが、手の凝った刺繍ししゅうがいくつも施されている。

 おそらく司祭としての正装なのだろう。

 魔力は大したことないが、肉体面では鍛えていることがうかがえる。

 柔らかいその瞳の奥には、戦士としてのオーラが宿っている。

 こいつからは血の匂いがする。


 今回の任務では少女の命が掛かっているが、最悪の場合でも会長と俺を害するものはないと踏んでいた。

 だけどこの佐参という男は危険だ。

 胡散臭い宗教の司祭に収まる玉じゃない。


 できる限り平静を装う俺を余所に、会長様がノーガードで飛び込んだ。


「どうしてあんたが、こんなところにいるのよ!?」

「お前、紫苑か!?」


 俺の知らない所で、何かが動き出した。


 ***


『立ち話もなんだから、』


 佐参という司祭の申し出だった。


 俺達はテトラド本部の共用の食堂に来ていた。

 今風でお洒落な東高の食堂と違って、配膳をしてもらい食事するためのシンプルな作りだ。

 精進料理のような品々が出てくると想像していたが、和食と洋食のどちらかの日替わりメニューを選べるシステムだった。

 よく考えてみれば、祈ることしかしないここで食事を制限する意味がない。

 むしろ信者を逃がさないためにも、余計な部分でしばることを避けるのは間違っていない。


 長方形の机を前に並んで座る会長と俺に対して、司祭は彼女の対面へと腰かけている。

 先ほどの両者の口振りから2人は以前からの知り合いのようだ。

 しかも顔見知り程度の浅い仲ではなさそうだ。


「佐参お兄さん、こっちは高校の後輩の後輩君よ。後輩君、こちらは私が小さい頃に一緒に過ごした佐参お兄さんよ」


 かなり馬鹿っぽい紹介だが、仲介するのは双方を知る会長だ。


「佐参。紫苑とは幼馴染だ。テトラドに来てから1年といったところかな。司祭の中では1番若手だが、何かあれば頼ってくれ」

「高遠です。紫苑お姉さんとは今年春に高校で知り合って、本会に誘っていただきました」


 余計な情報を与えるつもりはないが、家名以外はあながち嘘でもない。

 いくら彼女の知り合いだからといって、信用する理由にはならない。


「紫苑がテトラドに来るとはな。魔法にはあまり興味がないと思っていたけど……それに雰囲気も大分変わったな」

「もうっ。佐参お兄さんが出て行ってから5年が経つのよ。私だって立派なレディーに成長しているわ」


 2人は他愛もない談笑をしながら、食事を続けている。

 当然のように目の前の料理に手を付けているが、何も混入されていないとは言い切れない。

 会長と俺がゲートを通過したときの連中の騒ぎ様は尋常じゃなかった。

 人攫ひとさらいをするような組織ならば、一服盛ったとしてもおかしくない。

 薬物に対して耐性のある俺だが、それでもゆっくりと確認しながら食事を口へと運んでいる。

 そんなこちらの気も知らずに会長は楽しそうにしゃべりながら、箸を進めている。


「それにしてもいつも無口で仏頂面の癖に、ちょっとしたことでよく泣く紫苑がこんなに明るく喋るようになるとは。俺に押し付けていた野菜もしっかり食べられるようになったじゃないか」

「ちょっと後輩君の前で恥ずかしいことを言わないでよ。もう好き嫌いはしないし、美味しい料理だって作れるのよ」


「嘘だ。あの不器用な紫苑が料理だなんて」

「本当だもん。後輩君だって喜んで食べてくれるもん」


「そっかそっか。まだあの大きな狼はたまに来ているのか?」

「私のペットになったわよ。名前はリル」


「紫苑にだけは懐いていたから納得だな。お前は自分から狼の背中に乗るくせに、降りられなくなって、泣いていたのが懐かしいな」

「そんなことないわ。ちゃんと自分で降りていたわ」


「都合の悪い記憶を改ざんする癖は治っていないな。ところでちびっ子達は元気にしているか」

「みんな元気よ。そうそう聞いてよ。中学三年になる久遠くおんが突然魔法科に編入したの」


「あの、久遠がか。器用になんでもできていたあの娘にも目指すものができたのか。先生達はどうしている?」

「お姉ちゃん先生は、相変わらず施設の仕事ばかりで、彼氏ができないわ」


 2人の会話の大半が何を話しているのか俺には分からない。

 そして俺の知らない会長の一面が次々と出て来る。

 佐参から語られたのは、傍若無人の今の彼女からは想像もできない可愛らしい人物像だ。

 ニホンに来る前の俺がそうであったように、彼女にだって過去があるのは当然。


 会長と俺の関係は、学校の先輩後輩であり、仕事の上司と部下、そして護衛対象と護衛。

 彼女とはその場限りの繋がりでしかないが、突然現れた男と一緒に楽しく談笑されると、こちらとしてはあまりいい気がしない。

 当たり前のことなのだが、彼女からだけではなく、目の前の司祭の口からも新たな情報がもたらされている。

 音が耳へと入っているのに、内容を処理できない。

 自分が知らない話題で盛り上がっているからだけではない。

 これが凛花先輩や静流先輩相手だったならば、ここまで不快になることはなかっただろう。

 しかも佐参はまるで俺を牽制するかのように、2人だけの共通でありながらも他愛もないエピソードを次々に選んでいる。

 何よりも会長が楽しそうに声を発するたびに、俺は強引にでも彼女をこの場から連れ出したい衝動に駆られる。

 それを自覚すると、さらに気分が悪くなる。


 初対面で変態呼ばわりされたことはあるか。

 授業中にいきなり拉致されて、気絶させられたことはあるか。

 八つ当たりで上空15メートルに投げ飛ばされたことはあるか。

 あるかも分からない温泉を発掘するために、山道を延々と歩いたことはあるか。

 目が覚めたら砂漠に連れ去られていたことはあるか。


 どれも記憶に残る過激な経験だが、口にして自慢するようなことではないな。

 誰が聞いたとしても、会長と俺の親密さを示すエピソードにはならない。


 1度だけ唇を交わしたこともあるが、魔法的な儀式の最中のことだ。

 彼女の方はあまり意識していないようなので、こちらも触れないようにしている。


 ***


「紫苑。精霊王への礼拝まで、まだ時間があるけど一緒に散歩でもしようか」


 結局、沙耶ちゃんの行方に関してや、テトラドの会について新たな情報を得ることはないまま、食事の席はお開きになった。

 分かったことと言えば、佐参という司祭が会長の幼馴染で、絶対強者の女帝が兄と慕っていることくらいだ。


「佐参お兄さん、気を使わなくてもいいよ。時間まで後輩君と一緒に過ごすわ」

「そうか。じゃあまた後でな」


 彼はそう言い残すと立ち去った。

 すれ違う信者達はみんな彼に道を譲り一礼していた。

 それは規則だからとかではなく、自然な流れで行われている。

 若い司祭とか関係なく、彼はこの集団でしっかりとした地位を築いている。

 他に何人司祭がいるのか分からないが、俺の個人的な心証とは関係なくこいつは要注意人物だ。


「一緒に行かなくて良かったのですか?」

「何よぉ。後輩君が1人だと寂しいと思ったのに」


 せっかく向こうから誘ってくれたのだから、情報を引き出すチャンスなのだが。

 それにさっきまでだって、話していたのは2人だけで、俺がいてもいなくても同じだ。


「別に、1人になったからって変わりませんよ。俺のことを哀れんでいるのですか?」

「後輩君、なんかちょっと棘があるわ。カルシウム足りている? それともあの日?」


 会長の方こそ潜入中なのに緩みすぎだ。

 引き締めなければならない。

 あえてボケに付き合わずに無言を貫くことを選ぶ。

 どうせ俺がいくら突き放しても、彼女はいつもの“後輩君”と口にして強引にでもくっついてくる。

 背中を向けた俺に対して、会長はすぐに袖を掴み引いた。


「後輩君が、」

(ほら来た)


「そのつもりなら佐参お兄さんと一緒に行くわ」


 言葉の通り司祭の男を追いかけて、会長は歩き出した。

 望んだ結果とは違うが、彼女の判断は別に悪くないはずだ

 だけど納得できていない矛盾する自分がいる。


 一体こんな所で何をしているのだろうか。

 九重紫苑が誰と仲良くしようが、俺には関係ない。


 彼女の傍にいるのは任務だからだ。

 それすらもローズかあさんの残した言葉の真相を知るために過ぎない。

 

 余計な感情は判断を鈍らせる。

 己を殺すことには慣れていたはずだ。


 ***

『あとがき』

ここまで順調だった芙蓉と紫苑が珍しく喧嘩中です。

紫苑と佐参の昔話に登場した“久遠”と“お姉ちゃん先生”はSSで登場します。

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