4 潜入

『あらすじ』

孤児院からの依頼

テトラドの会への潜入ミッション

 ***


 東高を発った会長様と俺は、公共交通機関を乗り継いで、政令指定都市のある某県へと移動した。

 事前の資料で分かっていたことだが、今回の任務先は都内ではない。

 そもそも須藤さんが務めている孤児院がこの某県にある。


 捜索対象の沙耶さやちゃんがいる見込みが高いテトラドのアジトは、地方都市の郊外にあり、広大な敷地面積を持つ建物で、多くの信者達が住み込みで修行をしている。


 東高を出発する当初、会長はリルでの移動を提案したが、俺は断固拒否を表明した。

 たしかに北欧神話の神狼はとても速く、認識阻害というおまけ付きで優れている。

 しかし大きな欠点がある。

 疾走時に上下左右に酷く揺れるので、数十分もすれば激しい乗り物酔いに襲われる。

 なぜか会長様は何ともないようだが、俺は彼女のような怪物じゃない。

 それに今回は頑丈な東高の制服ではなく、余所行きの普段着なので到達前に汚れるのはあまり好ましくなかった。

 平行線のまま揉めていた俺達だったが、今朝の時点ではいたはずのマゾ狼がいつの間にか外出しており、自動的に棄却されることになった。

 会長様のペットということになってはいるものの、リルを生徒会ハウスの庭に縛り付けることなど不可能だ。

 自由気ままなのは飼い主に似たのだろうか。


 ちなみに電車に乗った会長様は騒ぐことはなく、共にこれからの打ち合わせを入念に行った。

 まずは俺達の設定について確認し合った。

 2人は都内で、私立の普通科に通う高校生で、同じ料理部の先輩後輩の関係。

 共に属性の適性が全くなく第1志望の魔法科には入れなかったが、諦めきれずにいたところ、テトラドの会を知ったというあらすじ。

 ちなみに魔法公社運営の東高は若くして頭角を現しているエリート達の集まりで、魔法使い志望者の大半は私立の魔法科を通ることになる。

 俺達はそこにすら入れない落ちこぼれという設定だ。

 幸いなことに2人共、精霊王によって与えられた属性を持たないし、生活しているだけならば表面的な魔力量も並以下だ。

 またテトラドの会自体が全国的に勧誘の手を伸ばしているので、都内で嗅ぎつけてもおかしくない。


 それと名前については、ファーストネームを変えると思わぬところでミスがあるかもしれないので、ファミリーネームだけを偽ることにした。

 俺の高宮という姓はこの業界で目立ちすぎるし、会長の九重も伏せたい理由が彼女にはあるそうだ。

 というわけで九条くじょう紫苑と高遠たかとお芙蓉に決まったが、互いの呼び名は後輩君と紫苑お姉さんのままで通す。

 身分証に関しては、会長が第5公社の権限で学生証を偽造してくれた。

 もちろん実在する高校の物であり、根回しも済ませてあるそうだ。

 あとは同居人や親族の類はいないことにしてあるが、どちらにしても数日では確認しようがない。


 テトラドへの入門についてだが、アポなしで行っても門前払いの可能性がある。

 実際に須藤さんの訪問をあしらったことをかんがみると、不誠実な対応は十分に予想できる。

 そこで昨日の会談の以前よりすでに会長は動いており、都内の信者から紹介状を引き出していた。

 少なくとも施設の中に入ることくらいはできるだろう。


 そして重要なことだが、今回の任務で戦闘行為は御法度ごはっとだ。

 だらに目的の沙耶ちゃんという少女を見つけても、本人の口から逃げ出す意思を確認できなければ、連れ出すことはできない。

 さすがに生命の危機にひんしていれば、強行策を選ぶこともできる。

 それと、もし他の子供達も軟禁状態になっていた場合は、依頼と関係なく全て救い出すというのが第5公社副長様の方針だ。

 かなり行き当たりばったりで、出たとこ勝負の作戦なのだが、彼女と俺にとっては下手に細かく決めるよりもこちらの方が動きやすい。

 結局のところ、最後は会長様が暴れて、スマートな解決にならないのは目に見えている。


 打ち合わせを終えた後は、体力を温存したかったのだが、会長様の遊びに付き合わされた。

 ポーカーでいかさまを仕掛けてきた彼女に対して、それを逆手に取って勝利したら、逆ギレされるという理不尽な目にあった。


 ***


 テトラドの会本部。

 都市郊外という立地のこの施設は、2階建の平たい建物で、外からは斎場さいじょうのような式典会場に見える。


 警備のほどは分からないが、とりあえず入信して堂々と建物の内部に入る算段だ。

 しかしいきなり無防備に飛び込むほど愚かではない。

 俺は単独で敷地周辺の捜索を行い、会長は入口を見張って人の流れを観察し、30分ほどで合流した。


 敷地の出入口は広さのわりに正面以外に2か所しかない。

 しかし塀はそれほど高くなく、手を掛ける場所もあるので会長や俺ならば、どこからでも簡単に出入りできる。

 そこで精霊殺しの剣を含め装備の大半を地面に埋めて隠し、後で回収することにした。

 連中が警戒しているならば、これくらいの保険は掛けておくべきだ。


「南側の塀を出て、しばらく進んだ先の木の裏側に隠しておきました」

「褒めて遣わそう。こっちは予想通りだけど、外から子供の姿は確認できなかったわ」


 尊大な会長様の調査と事前の情報を照らし合わせると、1日で推定300人が出入りしている。

 そして修行と称して、信者には施設内での生活を強要しているそうだ。

 しかし魔法結社では珍しいことではないので、それだけで問題があるとは言い切れない。

 信仰によって本当に四元素に目覚めるならば、高宮や草薙を超える規模の魔法結社になるのだが、その噂はこちらの業界まであまり届いていない。

 十中八九、まがい物なのだろう。

 しかし残り一、二は、情報捜査によって厳重に隠匿されているシナリオだ。


 現状可能な下調べは済んだので、紹介状を持って正面から向かう。

 車両で訪れる業者を除いて、入信希望者達30人以上がずらりと並んでいる。

 年齢には幅があるが、10代20代の若者が多く、40を超えるとほとんどいない。

 四元素魔法を得る目的は、道楽などではなく、魔法使いへの憧れしか考えられない。

 優秀であれば長く続けられるが、ハードな職業なので並みの腕だと、すぐに新たに現れる若者に超えられてしまう。

 だから目の前の年齢分布は、妥当なのだろう。

 数少ない年配の人々も、本人が魔法使い志望というより連れ添いで来ているようだ。

 会長の言うように目的の沙耶ちゃんに近い小学生はいないが、魔法科に入学する年齢の中学や高校くらいならば、ちらほら見かける。

 俺達も列の最後尾に並ぶが、すぐに会長様がれることになる。


「待つのは苦手だわ。ちょっと話して来る」


 本当に潜入に向かない人だな。


「紫苑お姉ちゃん。恥ずかしいことは止めてください」

「えへへ。お姉ちゃんだなんて。後輩君は可愛いなぁ」


 俺の小さな羞恥心と引き換えに、彼女の機嫌が好転した。

 これで後10分くらいは大人しくしてくれるかな。


 並んでいる全員が入信できる訳でもないようで、中へと案内される人と断られて去って行く人が半々といったところだ。

 先頭の方の様子を眺めてみると、何やら検査のようなものを行っているようだ。

 もしかしたら紹介状があっても、確実ではないかもしれない。


 列を正したり、判断を下したりする側の人間達は全員同じ服装をしている。

 浴衣のようなシンプルな和服なのだが、全く染めていない寂しい白色の生地だ。

 あまり目にしない品だが、修行着として見ればそれほどおかしくないのかもしれない。

 しかしそれを着ている人物達の表情や体型には修練の形跡がないことが、胡散臭さを際立てている。

 どいつもこいつも緊張感のない顔で、服の外側からでも怠惰たいだな肉体が分かる。

 とても現場を知る魔法使いには見えない。

 しかし末端の人員で、組織の全容を想像するのはまだ早計だ。


 ***


 会長様をなだめることを何度か繰り返して、ようやく俺たちの順番が近づいてきた。

 目の前にあるのは見覚えのある機材。

 空港のゲートなどに設置されている金属探知機のようながものが2つ並んでいる。

 おそらく片方は魔力測定装置だ。


 ステイツのクレアさんの研究室で何度も使ったことがあるし、東高での入学選抜試験でも利用した。

 もちろん学内にも数台配備されてあり、学生によっては毎日測る者も少なくない。

 かなり高度な科学技術を用いられているが、需要が多いこともあり、安い物なら数万エンあれば手に入る。

 ちなみに国内シェアナンバー1は工藤グループだ。


 2、3秒もあれば、その時点の魔力量と適性の属性を診断ジャッジできる。

 一方でより具体的な魔力生成速度やドーピング時の上限を測ることはできないし、四元素以外の属性の検出はできない。

 俺の方は無属性で魔力量も並以下だが、会長も大して変わらない結果だろう。

 同じく属性を持たない彼女だが膨大な魔力を隠し持っている。

 しかし普段はしっかりとセーブできており、俺の目や肌感覚では、隣の彼女から絶対強者としての気配を全く感じられない。

 不意打ちに弱いというデメリットもあるが、今回のような潜入や敵の油断を誘うには向いている。


 さて先ほどから入信希望者達は2つのゲートを通過した後に、合否を言い渡されている。

 それぞれの装置での検査結果は俺達側には公開されないので、どういう基準なのかは分からない。

 判定次第では、もしかしたら最初の段階で追い返されるかもしれない。


 もっと列の手前で認識していたならば、1度退いてから対策を練ることもできたが、もう俺達の順番が迫っている。

 こういうときは凛花先輩やリルの能力が役に立つのだが、会長と俺の手には使えるカードがない。

 俺の隠形技術では、1度他人に認識されてしまうと、その場で再び気配を消すような芸当はできない。

 もし断られるようなことがあれば、他の侵入手段もなくはないが、沙耶ちゃんの安全を確保することが格段に難しくなる。

 彼女の意思を確認できるまでは、第5公社として強硬策を選べない。


「私達は紹介状があるから、検査はパスでいいでしょ」

「駄目です。規則なので」


 無理を押し通そうとする会長様に対して、信者は良く言えば紳士的に、悪く言えばマニュアル通りの対応だ。

 とりあえず俺が先に試して様子を見ることくらいしか手はない。


「ちょっと! 後輩君、抜け駆けしないでよ」


 意外と察しのいいはずの会長様だが、なぜか俺と2人だけのときは自分本意な一面が勝ってしまう。

 あまり真剣に取り合うことなく、ゲートへと足を進める。


『ビ、ビ、ビー』


 俺がゲートを通過したら、警報のようなブザー音が鳴った。

 係員の下っ端信者も、列に並ぶ入信希望者も等しくざわめきだした。

 これまでに入場を認められた人物も、断られて帰らされた人々ですら、こんなことはなかった。

 このような混乱した場面で真っ先に動き出すのは、もちろん彼女だ。


「これだから後輩君は駄目なのだよ。日頃の行いが悪いからだね。お姉さんのお手本も見ておきなさい」


 まったく根拠のない言葉を口にした会長様は、周囲の慌ただしい状況など無視して、堂々とゲートをくぐる。


『ビ、ビ、ビー』


「あんたもじゃねぇか!」


 騒ぎを聞きつけて建物の中から新たに出てきた十数を超える信者達が俺ら2人を包囲していく。

 こちらは無抵抗だったので、手荒なことはなかったが、俺達はテトラドの会の本部の中へと連行されることになった。


「もちろん、私の作戦通りね」

「んなわけあるかー!」


 ***


「高遠芙蓉と九条紫苑か。まさかあのときのフォーティーンできそこないが自らやって来るとは……よもやスリーが手引きしたのか。いずれにせよ触媒には使えないが、術者としてなら素質があるかもしれない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る