SS9 的場蓮司と高宮飛鳥

 とある放課後、俺は1人で東高のカフェテリアに訪れていた。

 本来ならば魔法格闘部の活動があるのだが、2年の先輩達の実習と重なり、中止になってしまった。

 それでも自主練習をしたいとも考えたのだが、3年生の部長が秘密の特訓をするために演習場を独占したいと言って、追い出されてしまった。


 たまに俺にも直接手ほどきしてくれる部長、霧島きりしま先輩はしっかりとした身だしなみの細身の男性だ。

 細い目に、七三分けの髪型で、週の大半は制服ではなく黒いスーツを着ている。

 魔法格闘部は東高の中でも武闘派集団であり、血の気の荒い連中が集まっているのだが、部長の彼が引き締めている。


 文化系の見た目と違い、その実力は校内ランキング5位の猛者。

 生徒会役員の3人に次いで、4位が風紀委員長で2年生の規律に厳しいお姉さんなので、この霧島先輩は3年生の学年1位であり、東高最強の男でもある。

 昨年の生徒会戦選せんきょにも参加しており、九重会長に敗れた1人なのだが、その中で唯一再戦を諦めていない人物でもある。


 霧島先輩は実習等では他の魔法も使うが、試合では身体強化一筋であり、合氣道あいきどうをベースにした格闘術で自身より大きい相手を軽々といなす。

 身体強化による技巧派ファイターな点は、ルームメイトの芙蓉に似てもいるが、2人の本質は真逆だ。

 使えるものは何でも使う芙蓉に対して、霧島先輩は自身のスタイルの近接格闘術に頑なにこだわる。


 そんな彼は夏休み明けにある東西対抗戦の前までに、ランキング1位の座を狙っている。

 ちなみにランキングが入れ替わっても生徒会長は任期まで継続される。

 むしろ生徒会長が次の戦挙まで、1位であり続けることの方が稀だそうだ。

 しかし九重会長は1度たりとも防衛戦をしていない。

 そもそも彼女を守る役員の2人があまりにも強すぎるのだ。

 ランキング戦の対戦カードは学園側でマッチアップされ、勝敗だけでなく試合の内容も加味されて順位が更新される。

 しかし一桁台では直接対決による入れ替え制で、2つ上の順位までしか挑戦できない。

 2、3位にならなければ絶対強者に挑めないのだが、2位に静流先輩、3位に凛花先輩が続いている。

 つまり霧島先輩が会長に挑戦するためには、最短だと2つ上の凛花先輩を破る必要がある。


 本日はその霧島先輩が演習場を貸し切って、数名の部員と共に凛花先輩対策の仕上げをするそうだ。

 俺は両方の先輩にお世話になっている以上、片方に肩入れする訳にもいかない。

 2人の実力の底は知れないが、地の強さならば間違いなく凛花先輩の方が上だ。

 しかし昨年から第5公社でプロとして活動している彼女は、ランキング戦の白星にそこまで執着していない。

 先週見せてくれた喋るバットなんかは、公にするつもりのない魔法だそうだ。

 傲慢ごうまんにも思える姿勢だが、その分霧島先輩の勝率が増す。

 想いの強さが実力差を跳ね除ける姿を俺は見てみたい。

 とは言え、結果を開くことができるのはもう少し先のことだろう。


 しかし霧島先輩が勝利して校内3位を手にしたところで、九重会長には絶対に敵わない。

 普段は叩いたり殴ったりしかしない彼女だが、霊峰でオーガの群れ相手に攻撃魔法を見せた。

 具体的にどんな魔法を使ったのか認識することができなかった。

 詠唱はなく、彼女の魔力が急上昇したと思ったら、標的が一瞬でちりになっていた。

 強さの次元があまりにも違いすぎる。

 新人戦前後の狙撃事件のような不意打ち以外で、彼女を上回ることは不可能だ。

 ランキング戦のような試合で隙を突くことはあまりにも困難だ。

 そんな絶対強者に再び立ち向かうだけでも、霧島先輩の心はとても強いと思える。

 そういえばもう1人、最近会長に挑戦することを望みながらも、その願いが敵わなかった同級生がいたな。


 とりあえず今日の空いてしまったスケジュールを持て余していた。

 魔力を使い切るまで筋トレをしておきたいが、それは就寝前の時間で十分だ。

 魔法格闘部の活動日は事前に決まっているので、生徒会や第5公社の仕事は重ならないようにしている。

 それに芙蓉も由樹も各々用事があって、夕食までに寮に帰ってくるのかも分からない。

 1人で先に部屋に帰るのももったいないので、せっかくだから珍しくカフェテリアに着ていた。


 東高の敷地の中にはいくつかの民間事業者が店を出しており、学生達の憩いの場になっている。

 昼休みは混雑しており人気の店舗だと1年生はなかなか座ることができない。

 放課後に1人で利用する分には、席の確保に困らない程度の混雑具合だ。

 せっかくのオフを寮の食堂ではなく、専門店のコーヒーをいただくことにした。

 全国展開しており規格の決まっている味なので、どれを選んでもハズレは存在しない。

 悩んだ末に結局、シンプルなブレンドをブラックですすっている。

 周りでは談笑をしたり、本を読んだり、スマートフォンを触るなど各々の放課後を楽しんでいる。

 だけど俺はコーヒーを口にしている間、他の余計な事をせずに苦みとコク、その後の余韻よいんを味わっていた。


「的場蓮司、同席してもいいか?」


 芙蓉達と一緒にいるときはあまりないが、1人でいると女子が数人単位で声を掛けてくることがある。

 けれでもグループではなく1人で来るのは珍しいし、ましてや男なんてことは初めてだ。


 スマートな顔立ちに、つむじに添って真っすぐに整えた黒髪、シルバーフレームのメガネ。

 高宮飛鳥。

 富士の高宮家の御曹司であり、歴代最強と名高い男。

 俺たちの同世代では知らない者がいないニホンを代表するエリートだ。

 東の絶対強者、西の絶対王者に挑むために、満を持して東高に乗り込んで来た元新人ランキング1位。

 彼がどんなに優れていても、俺たち生徒会メンバーは我らが会長様に敵わないと思っていた。

 しかし彼の計画はもっと手前で頓挫とんざすることになった。


 先月俺と芙蓉達が会長を狙う刺客に対してカウンタースナイプを試みる最中に行われた新人戦で、自称期待のルーキーの由樹が飛鳥の快進撃に待ったをかけた。

 由樹曰くルールのある試合だから勝つことができたが、実力は飛鳥の方がはるかに上で、本気の戦いならば10回やれば10回飛鳥の勝利だそうだ。

 新人戦以降は上級生も含まれる校内ランキング戦で絶好調の飛鳥だが、以前のように脚光を浴びることはなくなった。


 俺はまだ相席の許可を与えていないのに、飛鳥は勝手に対面の席に腰かけた。

 由樹に敗北して過剰な自信がなくなったようだが、自分本意な一面は未だに残っている。

 こいつとは面識はあるものの、まともに喋ったことは1度もない。

 ましてやせっかくのリラックスタイムへの乱入なんて、迷惑でしかない。


「あんたのことは従兄あにから聞いている。改めて話してみたいと思っていた」


 休み明けに芙蓉と飛鳥があざだらけで登校したことは記憶に新しい。

 ステイツからの帰国子女の芙蓉と、目の前の飛鳥は父親同士が兄弟の従兄弟だ。

 その可能性は十分に予想できていたので、芙蓉が高宮の当主への訪問から戻った日に、打ち明けられてもあまり驚かなかった。

 わざわざ広めることでもないので、飛鳥が口にしていなければ、このことを知るのは俺と由樹くらいだ。

 ちなみに飛鳥の妹の話題が出たときの芙蓉のテンションが異様に高かったことがとても印象的だった。


 あれ以来、芙蓉本人は飛鳥と交流があるようだが、俺と彼の間に接点は存在しない。

 そんな飛鳥が何故か俺に関心があるようだ。

 芙蓉は余計なことを口にする男ではないので、第5公社やカウンタースナイプのことは漏らしていないはずだ。


「芙蓉が何を言っていたか知らないが、あんたの興味を惹くようなことはなにもないぞ」

「従兄だけでなく、冴島までもが慕う兄貴分のアンタが只者な訳がない」


「買い被りすぎだ。年上のルームメイトというだけで、魔法使いとして俺の能力は平凡だ」


 言葉の通りだ。

 本人の口から直接聞いたことはないが、芙蓉は実戦経験豊富な戦士だ。

 由樹にしたって並列処理という才能を持ち、魔法についての知識も深く、魔法研究部ではマジックポーションの開発にいそしんでいる。

 俺の方が2人から学ぶばかりだ。

 林間合宿の時、九重会長や凛花先輩はみんなの精神的な柱になることを俺に期待した。

 弱い自分を認めていながらも、ただ彼らの前では大人な姿を精一杯見せているだけだ。

 しかし飛鳥は想定外なことを突いてきた。


「あんた、ホークだろ」


 電流のような早さで、全身に緊張が走る。

 口の中にあったはずのコーヒーの残り香が感じなくなり、渇きが急激に襲いだす。


 ホーク。

 それは過去の栄光であり、忘れさりたい苦い記憶を呼び起こす。

 警察の特殊機動部隊にいたときの俺のコードネーム。

 親父おやじが死んでからは、1度も使ったことのない名前。

 もちろん芙蓉や由樹にだって、話したことがない。


「そう怖い顔をするな。鎌をかけただけだ。確証は半分もなかった。うちは公権に太いパイプがあるからな」


 魔法使いを雇う際は、魔法公社を通すのが一般的だ。

 警察の捜査協力なんかだと、4つの公社全てに公募依頼として貼りだされることが多い。

 しかし魔法公社を介することは、法律で決まっている訳ではない。

 各国の魔法戦力の放棄がなされたこの時代に、多くの魔法使いを保有する魔法公社が仕事を独占することになり、無視できなくなった結果にすぎない。

 魔法公社を介さないと魔法使いの質が落ちてしまうし、公社側に知られると次回から依頼を拒否されてしまうこともある。

 しかし公権力の中には秘密裏に処理をしたい案件というものがある。

 そのための特殊機動部隊だが、それでも対処できない場合は、古くから付き合いのある高宮や安部、草薙の家や、帝国式魔法戦技マジックアーツの門下に直接依頼する。

 そんな蜜月の関係がある以上、高宮家側が政府の内部情報に明るくてもおかしくない。


 中学までの俺は射撃大会を総なめしておきながら高校では一切表に出ていない。

 同時期にホークというコードネームの非正規の未成年協力員の観測手が特殊機動部隊に現れる。

 俺の立場からでは特殊機動部隊の記録を抹消することなどできないし、そもそも隊長は俺の現場復帰を願って東高に推薦してくれた。

 本気で調べれば十分にたどりつける情報だ。

 しかしとぼけるにはもう手遅れだった。


「あんたの本当の実力が知りたい。冴島から魔法の工夫を、従兄から真剣勝負の恐さを学んだ。あんたは何を見せてくれる」


 自分勝手なところはそのままだが、目の前の飛鳥も良い方向に変わりつつあるようだ。

 このままだと俺だけが取り残されてしまいそうだ。


「悪いけど、今の俺にたかのように空を羽ばたく翼はない」


 男として強い自分を演出したい気持ちはあるが、未だに魔法銃以外の銃を握ることができない。

 俺の唯一無二の特技は、芙蓉や由樹と違ってライフルが無ければ役に立たない。

 スコープの映像を3次元的に捉えて、実際の距離を計測し、風の流れから弾丸の道を見出す。

 今の魔法銃でも、スクリプトによる弾道補正をするのが常だが、俺の場合はその分の魔力を攻撃に回すことができる。

 逆に言うとその程度のアドバンテージに過ぎない。


「大体の事情は察している。勝負のやり方は、今のお前に合わせてやるよ。先にちょうを落とした方が勝ちだ」


 ***


 東高の制服から外出用の普段着に着替えた俺と飛鳥は、ニホンで1番有名なスクランブル交差点にいた。

 いつ訪れても人通りの多い場所だ。

 今年も梅雨入りしたけど、珍しく晴れた日の16時を過ぎ。

 これからさらに人出が増えていくだろう。

 中学まで射撃訓練に明け暮れた俺からしてみれば、都会の人混みはとても苦手だ。


「どっちが先にデートに連れ出すか、連絡先なら5件集めた方が勝利でいいか」


 蝶を落とすってそういうことか。

 1〇9の下で、飛鳥が持ち掛けてきのはナンパ勝負だった。

 相変わらず自分勝手な奴だが、わざわざ付き合う俺もお人好しなのかもしれないな。

 ここまで来てしまって、今更勝負から降りるような興醒めなことはさすがにできない。

 とは言えナンパの経験など俺にはない。

 そもそも女子に人気があることは自覚しているが、所詮学校という限られた空間でのことだ。

 過信するつもりは全くない。

 いきなり挑戦するのではなく、他のナンパ師の手口を観察することが近道だと判断した。

 まずは勝負を吹っ掛けてきた飛鳥のお手並みを拝見だ。


 彼は信号待ちをしている2人組の制服を着た同年代の女子へと向かって行った。

 どう声を掛けたのかは分からないが、とりあえず無視はされてはいないようだ。

 しかし何故か片方からバックを叩きつけられ、邪険に扱われている。

 誰がどう見ても失敗したようだ。

 それでも飛鳥はめげずに次へと突撃して行く。


 彼がガッツを見せたのに、俺だけが守りに入る訳にもいかない。

 勝負を受けてやりますか。


 ***


 開幕から1時間ほどが経過した。

 俺は街やショッピングビルの中を歩き、人の流れや行動を観察して回った。

 声を掛けられることは2回ほどあったが、俺の方からは1度も行動を起こしていない。

 さすがに逆ナンでの勝利では後味が悪い。

 ナンパ勝負などくだらないかもしれないが、真剣にやらなければ面白くない。


 スタート地点の交差点に戻ると、未だ同じポイントで飛鳥が声掛けを続けていた。

 どうやら彼の方もまだ収穫がゼロのようだ。


 せっかくだから改めて彼の様子も観察しておくか。

 相変わらず信号待ちの複数名を狙っているようだ。

 周りの雑音で声は聞こえなくても、唇の動きから言葉を拾うことができる。


『今ナンパ勝負中でデートに付き合ってくれるか。駄目なら連絡先を交換して欲しいのだけどいいかな?』

(いいわけないだろ!)


 飛鳥は真っ直ぐな男で融通が利かない一面があるが、ここまで愚直ストレートだとは思わなかった。

 当然のことだが、彼はまたもや何度目かの玉砕をした。

 たしかに手数は重要かもしれないが、このままだと今日中に成果を得られる見込みは低そうだ。

 なんだか涙が出てきそうだ。

 不器用な彼の生き方がとても不憫ふびんに思えてきた。

 女性絡みで苦労するのは、性格が反対の捻くれ者の従兄ふようと似ているかもしれない。

 もう勝負の事なんてどうでもいい。


 言葉の選び方もだが、そもそも狙いも悪い。

 シブヤという街の選択は悪くないのに、飛鳥は交差点で明らかに用事がありそうな人にばかり声を掛けている。


「なんだお前もまだ坊主なのか」


 どうしてこの状況で、こいつは堂々としていられるのだろうか。

 あれだけ邪険にされてめげない精神力は見習いたいものだ。


 こいつは自分の持ち味を分かっていない。

 クールな見た目の飛鳥が、強さに正面からこだわる姿勢とのギャップ、さらに実力が備わっているからこそ、校内の女子から人気を集めている。

 だけど今の彼は東高の外にいるし、高宮や魔法使いとしての肩書で誘うこともできない。

 しかも本人がモテていることを過信しているのが、さらにたちが悪い。

 今の飛鳥は、ただストレートの痛い奴になってしまっている。


 最低ラインとして、彼の服のセンスは及第点だ。

 これが芙蓉だと機能面重視で動きやすさや、武器を隠し持っても体のシルエットが崩れないことばかり意識している。

 由樹は奇抜なファッションをする傾向があり、屋内でマフラーを巻いてみたり、真っ赤の革ジャンを羽織ってみたり、アイドルがプリントされたパジャマを着たりしている。

 2人に比べると飛鳥の服装はまともだ。


 流行は取り入れていないが、黒いパンツとジャケットのセットアップ、襟つきのシャツといった無難なセレクトでまとめている。

 彼に似合った落ち着いた服装だが、ファッション誌や洋服店のマネキンをそのままにしたようなコーディネートだ。


「姉や妹の買い物に付き合わされることが多く、たまに俺もマネキンにされている」


 そういうことか。

 完全に本人の怠慢だ。

 ナンパなどと口にしておきながら、女子にウケるための努力不足が垣間見えてしまった。

 ネタが割れてみると、確かに服に着られているようにも見える。


 男三兄弟の末の俺に比べて、飛鳥は姉と妹に挟まれて女性に慣れているように思えるが、実態は異なるようだ。

 飛鳥個人の問題なのか、彼の姉妹が特別なのか。


「とりあえず場所を変えるぞ。お前は余計な口にせずに黙っていな。あと蓮司でいい。飛鳥」


 強引に連れ出す俺に対して、飛鳥は生返事をするだけだった。


 ***


 とりあえず交差点から建物の中へと移動した。

 ショッピングビルの雑貨屋が並ぶエリアに来ている。

 文句を口にしながらもしっかりと後に付いて来る飛鳥を無視して、俺はターゲットを選んでいた。

 弾数を重ねるつもりはなく、1度の狙い撃ちで勝負を決める。


 選り好みをするつもりはないが、狙うのは2人組で暇そうにしている女性だ。

 そもそも俺は異性を選ぶときに、容姿や年齢は気にしない。

 言葉にするのは難しいが、カチッとはまる波長のようなものがある。

 普段はいい加減だったり、落ち着きがなかったりしても、自分の芯がしっかりとしている女性が好みだ。

 ついつい支えてやりたくなってしまう。


 さて俺が目を付けた組み合わせの1人目は、黒髪ロングの美人系で、指には自然なピンク色のネイルに薬指にだけワンポイントの花びらがあり、商品の小物を何度も手に取るが買おうとはしていない。

 その相方は隣でスマホをいじりながら他愛もない雑談をしている。

 茶色のボブカットで、腕輪とネックレスを身に付けており、両方シルバーアクセのようだ。

 見た目と断片的な会話の内容から、都内の大学に通う女子大生のようだ。

 髪を染めたりネイルをしたりしているが、決して派手ではなく高校生の垢が抜けたばかりといった印象だ。


 先に攻め崩すのは、より暇そうにしているスマホを手にしている方だ。

 ちょうど向こうも何度かこっちを覗き見ている。


「飛鳥行くぞ! 話を合わせろよ。あと蓮司な」


 後ろの方でまだ文句を言っているが、無視して人生初の突撃を敢行かんこうする。

 俺たちの接近に対して、向こうもスマホから目を離して、こちらへと意識を割いた。

 すぐにもう1人のすそを引き、呼び寄せる。

 ターゲットのボブカットの方は目の動きから、どうやら俺よりも飛鳥に興味があるようだ。

 だけど彼に話の主導権を渡したら、すぐに撃沈するのは十分に予想できる。

 第一印象こそが何よりも重要だ。

 下手を打つと10秒で興味を失われてしまう。

 挨拶などなしに、速攻で用件に入る。


「こいつの姉の誕生日プレゼントを選びに来たんだけど、俺たち2人だとピンと来るものが決まらなくて、そんなに気取ったものじゃなくていいから、選ぶの手伝ってくれないかな」


 カラオケやファミレスに誘うと移動の手間があるし、最低でも1時間は拘束される。

 そもそもそういう所に女の子と行くならば、しっかりと盛り上げる段取りが必要で、飛鳥との即興ぺアでは不安要素が多い。

 その点プレゼント選びならばハードルが低いし、売り場の中ならば話題に尽きないしペアになる機会も多い。

 姉というポイントも悪くない。

 贈り物の送り先がクラスメイトの女子とかだと、意中の相手なのか勘ぐられるが、姉だと家族のために慣れない買い物に来た不器用な男子を演出できる。

 もちろん相手が高校生や中学生ならば、妹を出した方が話を進めやすい。

 買い終わった後は、そのまま移動してもいいし、後腐れなく別れてもいいし、連絡先を交換して後日再び会ってもいい。


 お姉さん2人は内輪で相談しているようだが、こっちの申し出に前向きな印象だ。

 俺の言葉に対して飛鳥が口を挟もうとしていたが、すぐに視線を送って黙らせた。

 こちらは堂々としていた方がいい。

 男同士で会話が多いと、向こうも言葉を掛け難い。


「君たち高校生? 誕生日のお姉さんってどういう人?」

「俺は蓮司。2人とも魔法高校の1年生」


 俺たちは東高と略す東ニホン魔法高校だが、広く認知されている言葉ではない。

 その呼称では該当する高校は数十あるだろう。

 だけど魔法高校と言えば、ニホンに東高と西高の2つしかないので、都内で魔法高校と言えば東ニホン魔法高校しかありえない。


 俺は自分の言葉を短く終えると、飛鳥に発言の許可を合図した。


「飛鳥……2歳上の姉は旅好きで、おかしな土産を可愛いと言って集めるような変わった奴。後は歌とかダンスが趣味だけど詳しい好みは良く分からない」


 少しぎこちないなが、その人物像を補強するため情報を口にした。

 これが口実に過ぎないことは、向こうだって分かっている。

 実際のところは本当でも嘘でもどちらでもよい。


「そっかぁ。いいわ。手伝ってあげる。私はまい

祥子しょうこよ」


 小物を手に取っていた黒髪ロングに、俺が声を掛けた茶髪ボブカットの順番だ。

 舞さんが先に返事をして、祥子さんも飛鳥に興味があったように見えたが、俺の方へとスイッチした。

 向こうの2人で相談して担当を決めたようだ。

 両方飛鳥の方が好みのようだが、俺としては別に構わない。

 とりあえずは男女2組の4人で行動だ。

 飛鳥の勝手を許してしまったら、すぐに破綻してしまう。


 ***


 会話のきっかけにしたプレゼントの候補は開始10分で決まったが、その後も互いのことを話しながらウインドショッピングを楽しんだ。

 デートと呼ぶには不適切で、友達同士で遊びに出かけるような感覚だ。

 それでも芙蓉並かそれ以上に人付き合いが苦手な飛鳥にとっては、このくらいの距離感から始めるのがいいだろう。

 数度彼が地雷を踏みそうになったが、何とか誘導した。

 舞さんは気にしていなかったが、祥子さんの方はすでに勘づいており、俺が誤魔化すのをサポートしてくれた。

 どうやら向こうのペアも同じ事情を抱えていて、飛鳥のことを舞さんに譲った祥子さんが上手く潤滑油の役割を果たしている。

 俺と祥子さんが客観的なのに対して、飛鳥はただ楽しむだけで先を見据えていないし、舞さんはそんな彼に対して過剰な期待を抱いているようだ。


 潮時だ。

 この関係が続くにしろ、今日限りにしろ、この辺で区切った方が賢明だ。

 飛鳥と舞さんには一旦冷静になる時間があった方がいい。

 ナンパに失敗し続ける飛鳥を見かねてここまでセッティングしたが、ここから先は彼が判断して自身の力で関係を切り開く必要がある。

 恋愛する気持ちのない俺が、この先一緒にいても場を白けさせてしまうだけだ。

 そもそも今は浮かれている飛鳥だって、普段は魔法の鍛錬で忙しいはず。


 俺が切り上げるために会話を誘導しようとしたら、舞さんが先回りしてきた。


「飛鳥君。これから一緒にご飯食べにいかない?」


 男女ペアになって別行動は鉄板かもしれないが、ド直球な飛鳥の暴走に責任を持てなくなってしまう。

 俺は他人の情事に首を突っ込むほど野暮ではないつもりだ。

 むしろ本人たちの問題であって、あまり余計な干渉はすべきではないと考えている。

 しかし飛鳥は恋愛初心者どころか、ようやくナンパが成功したことで足元が定まっていない。

 断るためのいい言い訳を捻りだそうとしていたが手遅れだった。


「いいですよ。どこのお店にしましょうか?」


 せっかくいいところで終われそうだったのに、大きなミスをしてしまった。

 せめて4人で食事に行くならば、無難にまとめることができたかもしれなかったが、早く切り上げたくて躊躇ためらってしまったことが仇になった。

 明らかに舞さんは飛鳥を連れ出すことを狙っていたのに、対応が遅れてしまった。

 変化していく展開に適応する前に、この状況をしっかりと理解していた祥子さんの方が俺の懐に近づき、こちらにだけ聞こえるように伝えてきた。


「蓮司君は過保護すぎよ。飛鳥君は自分のことが見えていないし、舞も相手に理想を押し付けている。ダラダラ長引かせるより、現実を知った方がお互いにいい薬になるわ」


 祥子さんの言い分は間違っていない。

 いつもの俺ならば彼女と同じ姿勢で、さっさと2人きりにして成り行きを見守るはずだ。

 しかしそこそこカッコイイはずなのに振られまくった不憫な飛鳥の姿を見てしまい、自身のルールを逸脱してしまった。

 せめて最後くらいはいい思い出で締めくくりたいと、余計なお節介が出ていたようだ。

 そんな俺の心中を知ってか知らずしてか、彼女が言葉を続けた。


「それにあなただって今の状況に酔っているわ。飛鳥君に舞をあてがって何様のつもりなの。自分がいるから今の関係が成り立っていると過信しているんじゃない。あの子たちが自身の力で進む可能性までも摘み取るつもり?」


 たしかに飛鳥が暴走して振られる姿は、俺の想像でしかない。

 舞さんは、スクランブル交差点で彼のことを邪険に扱った女性たちと違うのかもしれない。

 俺は出会ったばかりの彼女たちのことを表面的にしか知らないし、飛鳥とだって腹を割って話したことがない。

 そもそも最も親しいつもりの芙蓉と由樹とすら、互いの根幹については伏せたままだ。

 俺はまた自分を見失うところだった。


 きっかけは舞さんの方からだが、彼も乗り気だ。

 2人でスマホを見せあいながらレストランを決めている。

 すでに俺は部外者でしかない。


「頑張れよ」


 多くは語らず、飛鳥に一言だけエールを送った。

 こちらの胸中など気にもかけない彼は、親指を立てて返事をした。

 もう2人の背中を見送るしか俺にできることはない。

 飛鳥と舞さんが人混みの中に消えていくのはあっという間だった。


 俺は1人先に東高の寮へと帰って、寝る前のトレーニングメニューのことを考え始めていた。

 しかしまだ解散ではなかった。


「せっかくここまで付き合ってあげたのだから、あなたも私に付き合いなさい」


 俺と共に残された祥子さんの提案だった。


 ***


『お酒頼んでもいいかしら』

『こっちは未成年だから付き合えないぞ』


 そんなやり取りから始まった食事は、特に窮屈きゅうくつなことはなく、むしろ気楽なものだった。

 こぢんまりとした隠れ家的なイタリア料理のお店。

 陽気な音楽が流れているのに、客層は落ち着いた雰囲気で、ゆっくりと食事を楽しむにはちょうど良かった。

 以前2番目の兄から穴場として教わった店なのだが、なんと祥子さんも知っていた。

 パスタやらピザやらを注文した後に彼女はワインを注文し、気分だけと言って俺にはワイングラスに入ったブドウジュースを勧めた。

 静かに乾杯してからは、料理の感想や、今日回ったお店や、互いの日常などについて話した。


「魔法高校に入学できたなら将来は安泰だね。私はこれから就活に卒研よ」


 第1印象では大学生に成りたてだと思っていた彼女だが、実際は就職活動を始めたばかりの3年生だった。

 過度に着飾らない身だしなみは、一周した後の落ち着いた結果なのかもしれない。

 4人で歩いていたときは、気が回る面倒見の良い姉御肌あねごはだのタイプに見えていたが、2人っきりになりアルコールが入ってからは少しイメージが変った。

 落ち着きがあることには変わりないが、つやっぽさを見せながらこちらに隙を与えている。

 そんな彼女といて気楽だった1番の理由は、俺の事を男として扱うには取るに足らないと見ていることだ。


 俺の周りでちやほやする女子たちは、余計な幻想を抱いている。

 先ほどの飛鳥に対する舞さんが典型的だ。

 そんな状態で恋愛関係に発展してもただ疲れるだけで、弱い自分を明かすタイミングを逃してしまう。

 しかし祥子さんは、俺のことを魔法高校のエリートと持ち上げておきながら、実際は年相応の男子高校生としてしか扱っていない。

 もし兄ではなく、姉がいたらこんな感じなのかもしれない。


「ところで、蓮司君って恋したことないでしょ」


 こういう話を俺に対して振ってくる人間なんて身の周りにはいない。

 誰とも付き合ったことがないことを知っているのは、馴染みのルームメイトたちくらいで、みんなが勝手に理想を押し付けている。

 だから恋とか、恋愛について他人と話しくない。

 せいぜい兄貴たちに小馬鹿にされたくらいだ。


「恋ってね、今まで当たり前だった何もかもが変わるくらい感情の振れ幅が大きくなるの。どんなことでも乗り越えられるくらい力が沸くけど、ちょっとしたことで落ち込んだりもするわ。きっとあなたが守ろうとしている自分像なんて、恋のパワーに比べたら大したことないわ。だから怯えなくていいのよ」


 今の俺に同意はできないが、核心を突かれていることは分かっている。

 会ってまだ数時間しか経っていないのに、そんなところまで見抜かれていたのか。

 純粋に驚く俺に対して、祥子さんは『これでもあなたよりは長く生きているのよ』と言わんばかりの表情だ。


 食事の時間はあっという間に過ぎていき、長居をすることなく、余韻よいんを残したまま店を後にすることにした。

 レストランの外に出たら、お別れの時間だ。


 そして最後に祥子さんから釘を刺されることになった。


「そういえば最初に声を掛けたとき、私と舞のことをチョロいとでも思ったでしょ。そっちから声を掛けてきた癖に恋愛に興味がないだなんて、あなたの行動は身体目当ての男よりもたちが悪いわよ」


 言われてみて、すぐにまずかったと後悔した。

 確かに今日の俺は自身を一貫できておらず、流されていたところがあった。

 真っ直ぐに姿勢を正して頭を下げた。


「すみませんでした!」

「正直でよろしい。言い訳しなかったから許してあげるわ」


 祥子さんから許しを受けた俺はゆっくりと頭を上げた。

 すると彼女の顔がすぐ近くにあった。

 右頬に柔らかい物が触れた。


「これくらいなら貰っても文句ないでしょ」


 負い目を感じていた俺の隙を突いて、頬にキスをされたのだ。

 急な接近に不覚にも、異性として意識させられてしまった。

 俺の返答を聞かずに、彼女は背中を向けて帰路へと歩みを進めた。

 終始祥子さんの方が上手うわてだった。


 ***


 祥子さんと別れた後は、電車を乗り換えて真っ直ぐに東高へと戻った。

 門限は決まっていないが、20時を超えると例外なく食堂を利用できなくなる。

 1時間以上過ぎているが、すでに夕食を済ませてあるので、あまり急いでいない。


 校門から少し歩くと、住み慣れた第2男子寮が見えてきた。

 各学年の2組男子が暮らす俺たちの家だ。

 しかしその入り口には、珍しい客人が地面に尻を付けて待ち構えていた。

 俺が近づくと、うつむいていたその顔を上げた。

 飛鳥だ。


「遅い帰りだな……楽しかったか?」


 声からも表情からも結果は察している。

 彼をそのままにする訳もいかず、部屋へと招き入れることにした。

 つくづく俺って甘いな。


 飛鳥と共に寮の自室へと戻ると、芙蓉はいたが由樹はまだ帰っていないようだ。

 そこから本日の反省会が始まった。

 俺の方から軽くあらましを説明すると、飛鳥から舞さんに振られるまでの流れを聞かされた。

 いたってシンプルで彼が自分本意な行動をして、メッキが剥がれてしまい、店に入る前に舞さんに逃げられたそうだ。


「酷過ぎる! どうして高級レストランに誘うと振られんるだ」


 アウトだよ!

 たくさんの選択肢の中からなぜそれをチョイスした。

 女子大生を高い店に誘う男子高校生だなんて厄介でしかない。

 良く考えたら飛鳥は、高宮家の直系なのでかなりのボンボンだ。

 いくら彼が支払えると言っても、舞さんがそれを許す訳にもいかないだろう。


 ちなみにさっきの台詞は飛鳥ではなく、従兄の芙蓉のものだ。

 修験者しゅげんしゃのようにストイック彼だが、妙な所で財布の紐が緩くなる気質がある。

 飛鳥の自業自得なのだが、芙蓉までもが彼に同情し、会ったこともない舞さんへの文句を口にしている。

 冷静なはずの芙蓉だが従弟に対して甘すぎないか。


 しばらくすると由樹と、なぜか伊吹までもが部屋にやってきた。


「女ってやつはみんな思わせぶりなことをするんだよ」

「そんな女狐忘れちまえ」


 同じ話を繰り返したのだが、全員飛鳥に共感するばかりだ。

 みんな残念すぎる。

 女心を理解しろとは言わないが、あまりないがしろにするな。

 このままこいつらを野に放つのは危険だ。

 謎の責任感に駆られた俺は、ほぼ徹夜で、“女の子との接し方講座”開講することになった。


 ***


 翌朝、教室までの道のり、


「蓮司の兄貴。俺も舎弟の末席に加えてください」


 飛鳥はあまりにも素直すぎて憎めない奴だ。

“俺も”と言われても、舎弟など1人もいない。



 ***

『おまけ』“本日のヒーローインタビュー”


紫苑「本日のナンパ合戦の勝者、祥子お姉さんに来ていただきました。さぁ、拍手!」

祥子「えっ、なにこれ? というか、あなた誰?」


紫苑「蓮司イケメン君を手玉に取る様は見事でした。しかも惑わすのではなく、しっかりと導くところが尊敬ものです」

祥子「周囲の空気を気にして、自分を後回しにする傾向があるけど、もう少しわがままになってもいいんじゃないかな。将来的にはもっといい男になるわ」


紫苑「余裕のあるお姉さんっていいよね。最近、後輩君は私の事を年上のレディーとして扱ってくれないのよ。ぜひ私にもご教授していただきたいわ」

祥子「別に大した事はしていないわ。それに駆け引きなんかするよりも、素直が一番よ」


紫苑「それが一番難しいんじゃない!」


 ***

『あとがき』

本作の企画初期段階で、男子トリオは芙蓉、飛鳥、伊吹の予定でしたが、登場のタイミングの関係で蓮司と由樹が誕生しました。

結果として飛鳥は蓮司のポジションのはずが、残念なキャラになってしまいました。

蓮司を誘った茶髪ボブカット大学3年生の祥子さんは、再登場させたいです。

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