SS6 電脳頂上決戦

 とある金曜の夜、男子寮の一室。

 夕食を終えた俺はコントローラーを握り締め、蓮司、由樹と共にモニターにかじり付いていた。

 テレビ画面の前に座る俺と由樹、そしてその後ろで椅子に腰かける蓮司の構図だ。


“スマッシュブラボーズ”


 ニホンでヒットし、Nintend〇の新たなハードが出るたびに次々と新作が発売されている。

 様々なキャラクターが参戦していることで有名だが、この作品の特徴はそれだけではない。

 格闘ゲームでありながら、いくら相手にダメージを与えても、画面の外に追い出さなければ勝利にならない。

 つまりどんなに劣勢でも逆転の芽があるし、上級プレイヤーでも事故が起こりうる。


 由樹の持ち込んだこのゲームで、俺たち3人が対戦しているのだが、画面上を動くキャラは4体いる。

 俺の操作キャラは黒いマントをまとい、仮面をつけた少年。

 最近使い始めた心の怪盗団のリーダーだ。


 2体目はレーザー銃を扱うキツネの宇宙パイロット。

 蓮司の操作キャラだ。


 そして残り2体は配管工とも大工とも言われているファイアボールを連射する兄と弟。

 これらが由樹の操作キャラだ。

 そう、両方とも彼の制御化にある。


 純製品の専用コントローラーを握る俺と蓮司に対して、由樹はPC用キーボードを床に置き小気味よくはじいている。

 2体を操作するにはゲーム用のコントローラーは向いていない。

 彼はキーボードの各キーにそれぞれの細かい動作を割り振ってあるのだ。


 当初は由樹も1体のキャラを使っていた。

 俺たちと同じコントローラーを握り、2対1のハンデ戦だった。

 しかし俺たちの腕が上がったことにより勝率が半分を超えた頃、由樹が新たなる手を打ってきた。

 それが2体同時操作だった。


 ゲームというものはとても良くできており、人間の直感に寄り添うように操作性を調整されてある。

 1体の操作だけでも画面の世界に没頭することで、意識の多くを割くことになる。

 常人であれば2体同時の操作は、処理しきれないほどの情報量だ。

 ある程度パターン化されている機械相手なら訓練でどうにかなるかもしれないが、俺と蓮司が操作するキャラの動きに合わせて対応する必要があるので、難易度は各段に跳ね上がる。

 1体を操作するよりも戦力ダウンしてしまい、共倒れの方が十分にあり得る。

 しかし俺たちの対戦相手は並列処理の天才だ。


 ゲームに不慣れだった俺たちも、今ではそこまで弱いわけではない。

 武道の世界では、達人と拳を交えることが上達の近道とされている。

 由樹相手に対戦を続けた俺と蓮司の腕も急成長している。

 それでも天才が操作する配管工兄弟に各個撃破されていく始末だ。

 とは言っても、常に一方的な展開ではない。

 5回に1回くらいなら、先に由樹を排除して、俺と蓮司の決戦に持ち込んでいる。


“ピンポーン”


 ゲームに白熱する中、部屋のインターホンが鳴った。

 こんな夜更けに訪ねて来る人物は1人しか思い当たらない。

 エチケットとして呼び鈴を鳴らしていても、学園の電子錠では彼女の侵入を防ぐことができないので、わざわざドアを開けて迎えるつもりはない。

 俺たちは誰1人操作を止めることなく、ゲームを続行する。


“ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン”


 いい加減入ってくればいいのに、呼び鈴が連打されている。

 他の部屋にも迷惑だ。

 それでも誰もコントローラーを放して迎え入れようとしない。

 1度無視した以上、出合い頭のとばっちり受けるのはごめんだ。

 そして画面上では蓮司が由樹の扱う配管工の弟を倒していた。

 なかなか訪れない5回に1回の展開になりそうなので、余所見をする訳にはいかない。


 いつしかテレビ画面から流れるゲームの音と、カチカチというコントローラーの操作音しか聞こえなくなっていた。

 そんな中でガチャリと部屋のドアが突破された。


「後輩君! なんで開けてくれないのよ! 夜中に迷惑でしょ」


 電子錠を解除した会長様が、ずかずかと部屋に押し入って来た。

 もう随分と慣れたパターンなのでツッコミをしないのだが、夜中の男子寮で騒ぐ彼女こそが迷惑だ。


 そして俺たちが会長に気を取られた一瞬の隙を突いて、由樹の並列思考が勝負を決めにきた。

 ゲーム画面へと注意を戻したときには、俺の分身は星になっていた。

 そして蓮司の操るキツネのパイロットも画面の全面に叩きつけられた。

 最後に生き残ったのは大工の兄だった。


「会長はなんの用事で?」

「後輩君たちはまたゲームやっているの? 飽きない?」


 最初に敗北した俺が彼女の対応を始めたのだが、こちらの質問を無視して、自分の言葉を通してきた。

 いつものことなので、今更文句を言うつもりはない。

 そして飽きるも、飽きないもこの場面での最適解さいてきかいではないことは、これまでの経験で分かっている。

 答えに困ったときは、彼女の次の行動を待った方がよい。


「じゃあ始めよっか」


 会長様は空いている席に座ると、勝手に俺が使っていたコントローラーを握った。

“飽きない?”と口にしたその舌の根の乾かぬ内に矛盾したことなのだが、指摘するなど畏れ多い。


 俺のコントローラーを取られてしまったが、ちょうど4人プレイ用のゲームなので、由樹が色違いのものを差し込む。


「後輩君と2.5枚目君は相手にならないわ。私と変態君との一騎打ちよ」


 俺たちの名前を口にしない会長様だが、誰のことなのかは十分に通じる。

 イケメンで通っている蓮司は、周りのノリに合わせて馬鹿なこともするので、彼女曰く2.5枚目の格付けらしい。

 由樹に対してはかなりストレートだ。

 彼自身がその呼び名を誇っている一面があるので尚更たちが悪い。


 自信過剰な会長様だが、ゲームに関する実力のほどは未知数だ。

 この学園で彼女に逆らう人間などほとんどいないのだが、画面の中でくらいは倒してみたいものだ。

 由樹から出番の少ない新たなコントローラーを受け取りモニターへと向く。


 操作キャラクターを選択する画面だって、勝負の駆け引きだ。

 俺は最も使い慣れているハイラルの戦士を選んだ。

 剣に盾、爆弾や鎖分銅を使うことができる。


 蓮司はキツネのライバルであるハヤブサを選び、由樹もいつも通りオーソドックスな性能の配管工の兄を選んだ。

 そして会長様もすぐに選択を終えた。

 先程の彼女の口振りとキャラを選ぶ早さから、どうやらこのゲームのプレイ経験があるようだ。


 残基なしの一本勝負。

 4人の戦士によるバトルロワイヤルが始まる。


 平面上に現れたキャラたちの開始地点は、左から順に蓮司、由樹、俺そして会長様だ。

 ちなみに彼女の操作キャラだが、とげとげの甲羅を持つ巨大な亀であり、由樹の扱う配管工の宿敵だ。

 現実世界でもパワーファイターな彼女らしいチョイスだと納得してしまう。


 ゲーム上で開始の合図はまだだが、戦いはすでに始まっている。

 会長の強さは分からないが、本命はあくまでも由樹だ。

 強敵相手に勝つためには、隙を突くか、他の勢力と手を組むかが効果的だ。

 しかし並列処理という化け物を積んでいる由樹相手に、ゲームシステム内での不意打ちなど成立する訳がない。


 勝ちにこだわるならば手を組むべきは蓮司だ。

 由樹を挟む形での配置もちょうど都合が良い。

 言葉など交わさなくても、後ろに座る蓮司へと軽く振り返るだけで同盟が結成された。


 そして開始のゴングが鳴り響く。


 一気に全員で飛び掛かっても、同士討ちのリスクが増すだけだ。

 そこで先鋒を買って出たのは蓮司だった。


 おそらく軽くあしらわれるであろう彼の分身に続いて、俺が仕掛ける手筈てはず

 由樹は序盤に強引な攻めはせずに、丁寧にダメージの蓄積を狙ってくる

 そして初動を様子見で済ませたのは俺だけじゃなかった。

 会長様が操作する亀の王も動かなかった。


 俺は現実の彼女へと注意を傾けると、あからさま過ぎるウインクが送られてきた。

 どうやら俺と蓮司の共闘作戦に便乗するようだ。

 彼女の動向を気にしなくてもよいのはとても助かる。

 俺がしくじっても、会長様にラストアタックを託すことができる。

 3人がかりならば、さすがの由樹でもさばききれないはずだ。


 予想通りに数手の攻防の後、蓮司が操作するハヤブサが配管工に投げ飛ばされた。

 俺は間髪入れずに畳みかけようとしたのだが、自身のタイミングよりも、一拍早くその背中を押された。

 そう、先ほどウインクを見せた彼女が裏切ったのだ。

 由樹に向かおうとした俺は、がら空きになった背後を狙われた。


「後輩君、甘いわ。戦場では弱い奴から死んでいく運命なのよ!」


 まだ大してダメージを受けていないのに、あっけなく地の底に落ちてしまい、俺は最初の脱落者になってしまった。

 この混乱に動揺した蓮司も、由樹の追撃から逃れることができずに画面の外へと吹き飛んだ。

 結局彼女の宣言通り、由樹との一騎打ちへという展開へと突入した。


 ***


 言うだけのことはある。

 会長様はこのゲームをかなりやり込んでいるようだ。

 不意打ちなどしなくても、俺や蓮司より上手い。

 攻撃と防御のバランスがしっかりしている由樹に対して、彼女はかなり攻め重視のスタイルだ。

 それでも要所要所でガードや回避を使って決定打を許さない。


 一進一退の戦いだが、地力は由樹の方が勝る。

 一見すると彼の方が投げ飛ばされる回数が多く会長の優勢に見えるが、派手さはなくても彼は確実にコンボを繋ぐことでチャンスを狙っている。

 徐々に2人の蓄積ダメージに差が開いていく。


 これはもう詰め将棋と同じ。

 由樹が勝利する未来は簡単にはくつがえらない。

 これは誰が見ても明らかだ。

 しかし会長様にはまだ残してあるカードがあった。


 現実世界の方で彼女が動きを見せた。

 コントローラーを握ったまま、椅子から立ち上がるとモニターへと近づく。

 すぐにその姑息な手の内が見えた。

 それは勝てなくても負けない最終手段だ。


「会長! それはさすがにルール違反です」


 彼女の狙いは電源ボタンだ。

 テレビの隣にあるゲーム機本体へと、その魔の手が伸びようとしている。

 彼女の暴挙を止めたいが、身体強化無しでは俺の位置から間に合わない。

 しかし並列処理の天才は、異変を察知すると速やかに行動を起こした。


 彼はゲームに集中しながらも、しっかりと自身の体を会長様とゲーム機本体の間へと滑り込ませた。

 由樹のブロックは完璧であり、画面上のキャラもしっかりと操作できている。

 これで彼の勝利が確定したと誰もが思った、彼女以外は。


 振り上げた会長様の手が止まらない。

 ブロックに入った由樹の顔面へと、彼女の掌底打ちがクリーンヒットした。

 その威力は意識を数秒奪うのに十分だった。

 プレイヤーへの直接攻撃ダイレクトアタックだ。


 現実世界でも、電脳世界でも彼女が制した。


「私こそが真の勝者よ」


 会長様のテンションは最高潮だが、俺たちのテンションはだだ下がりだ。

 彼女は何も分かっていない。

 テレビゲームでそんなことをされても、ただしらけるだけだ。


「……みんな、どうしたの?」

「会長、それはないです。大人げないですよ」


 基本的に彼女に逆らわない俺だが、たまにはいさめることもある。

 これ以上の横暴をこの部屋で許す訳にはいかない。

“むー”と鳴らしながら視線で訴える彼女に対して、俺も負けじと抗議の意を目で返す。

 絶対強者としての威圧感は全く無く、聞き分けのない子供の相手をしているかのような気分だ。

 後ろめたさを自覚しているのか、会長様の方が先に目を逸らした。


 そんな彼女は蓮司を次のターゲットにしたが、彼はあからさまに顔を背けた。

 最後に選んだ由樹は、未だに彼女の攻撃から立ち直っていない。


「何よ、何よ、みんなして。まるで私が悪いみたいじゃない」

(あなたが悪いです)


 その言葉を捨て台詞にして、彼女は部屋から出て行ったしまった。

 ちなみにみんなと言っても、俺と蓮司だけで由樹は気絶したままだ。

 彼だけ二重に損をしているな。


 しかし彼女を追い返して良かったのかもしれない。

 明日は土曜日なので、会長様がこの部屋に泊まるなどと言い出したら、俺たちまでも気絶させられる未来も十分にあり得た。


 ***


「たのもー!」


 土曜日の昼過ぎ、寮の廊下では会長様の大きな声が響いていた。


 昨晩は彼女が出てから、すぐお開きになった。

 週末だからといって完全にオフではない。

 俺は日常の基礎トレーニングだけでなく、武具の扱いも確認している。

 ナイフや拳銃を好む俺だが、霊峰でダニエラと戦ってからは、棒術やワイヤーナイフといった中距離での戦い方も開拓している。

 そして今は少し遅めの昼食前に、部屋のシャワーで汗を流し終えたとこだった。


 ちなみに蓮司は部活の自主練で不在が多い。

 由樹は校内のどこかで怪しげな実験をしていることもあるが、本日はおとなしく机で勉強中だ。


 トレーニングとシャワーで火照ほてった体を冷ます暇もなくシャツの袖に腕を通した。

 男子寮だからといって、肌を見せる訳にはいかない。

 ふとしたきっかけで、魔力を取り込んでしまったら、背中の魔法式が浮かび上がってしまう。

 絶対に守るべき秘密でもないが、俺の能力のみなもとを知る人間は少ない方が良い。

 今までに出会ったことはないが、想像力を働かせれば魔法式を無効化する魔法なんて十分にあり得る。


「たのもー! あっそぼー!」


 未だに部屋の外から会長様の声とノックが続いている。

 彼女が勝手に入ってくるその時が、刻一刻と迫っている。


 昨晩ひどい目にあったばかりの由樹は、必死に息を潜めている。

 さすがに無理強いできないので、急いで俺が対応するしかない。

 はた迷惑な会長様だが、咎めるような勇気を持つ人間などこの寮にはいない。

 土曜の昼ということもあって、寮監の後藤先生が不在なことも彼女を強気にさせる一因だ。


 急いで身だしなみを整える。

 俺の感覚だと、いつもの彼女ならばすでに臨界点に達している頃合いだ。

 まだ髪が乾ききっていないが、入り口のカギを内側から開けた。

 もちろん俺が扉を押すよりも早く、会長様が勢いよく引く。


「後輩君。おっはようー」


 確認しておくが、今は昼過ぎだ。

 午前中のトレーニングに熱くなってしまった俺は遅めの昼食だと思っていた。

 しかし寝坊の常習犯である彼女からしてみれば、今はまだ朝なのだろう。


「ところで、髪の毛はしっかり乾かした方がいいよ。まったく、だらしないなぁ、後輩君は」

(あんたが押しかけてきたからだよ!)


「ほら、お姉さんドライヤーしてあげるわ」


 ずかずかと入って来た会長様は、洗面台へと俺の背中を押していく。

 軽く嫌がる素振りを交えながらも、あまり抵抗せずに彼女に従う。


 会長様は慣れた手つきで洗面台の端に置かれたドライヤーを手にすると、コンセントを刺して電源を入れた。

 彼女は何度かこの部屋でシャワーを浴びているので、備え付けの道具の位置くらいは把握している。

 というかいつの間にか会長様専用のお風呂セットやコスメが置かれている始末だ。


 うなじから後ろ髪へと、心地よい温風が当たる。

 それに遅れて意外と小さい彼女の手が、俺の髪の毛をわしゃわしゃとし始めた。


「後輩君、突っ立てないで座る! 頭の頂上までドライヤー当てられないでしょ」


 普段から洗面台に長居することはないので、椅子などは備え付けていない。

 さすがに床に座る訳にもいかないので、足を曲げて中腰になる。

 背中側から感じる熱はドライヤーによるものだけではなく、彼女の体温も混ざっている。


「仕上げをするから、こっち向いて」


 特に疑うことなく、振り向いてしまった俺が馬鹿だった。

 顔面を狙って、熱風が襲い掛かる。


「うっ」


 うめき声のような、驚きを漏らしてしまった俺はすぐに目を閉じて腕を前に出すと、そのまま彼女からドライヤーを取り上げた。

 会長様は悪びれる様子もなく、空へと向けてアナウンスした。


「読者のみんなはやっちゃダメだぞ」

(分かっているならするなよ)


 文句はありつつも、取り合ってくれないのはいつものことなので、洗面所から居間へと移動する。


 あいかわらず由樹は物音を立てずに、静かに本を読み続けている。

 そして主のいない蓮司の席には、休日の私服姿でもスカートを履かずジーンズがとても似合っている凛花先輩が座っていた。


「結構掛ったな」


 誰かが侵入してきたことには気づいていたが、悪意を感じられなかったので放置していた。

 会長様がいつものように勝手に鍵を開けて入って来なかったのは、凛花先輩が一緒だったからなのだろう。

 生徒会のブレーキ役である彼女は、由樹の持ち込んだ漫画をパラパラとめくっていた。

 さすがの彼も堂々と見えるところに年齢制限のある本を並べることはなく、メジャーな少年漫画しか置いていない。

 凛花先輩が手に取ったのは、リトルリーグ時代に右肩を壊したサウスポーの野球少年が、単身ステイツに乗り込む超大作だ。

 1巻から読んでいるようだが、1日で読み終えるようなものじゃない。


「Maj〇rが全巻揃っているのは嬉しいな。セカンドは知っているが、父親の話を読む機会がなかったからな」


 常識人のはずの凛花先輩だが、男子寮の部屋で完全にくつろいでいる。


「凛花、漫画は持ち帰って読めばいいじゃない。ゲームするわよ。私の仇を取ってよ」


 由樹の私物なのに断りひとつない。

 完全に盗賊の発想だな。

 それにしても昨晩反則技で勝利した彼女だったが、一応は負けを認めているようだ。


「凛花先輩はスマッシュブラボーズ得意ですか?」

「いや。昨晩紫苑に付き合わされて初めてやった。ほぼ徹夜で特訓させられたぞ」


 会長様が連れてきた刺客は、自己申告によると初心者のようだ。

 スマブロは初めてでもすぐに操作できるような簡単なゲームだが、上級者になるには防御や回避を使いこなすことが要求される。

 それは一瞬先の相手の行動を読む駆け引きが必要でありとても敷居が高い。

 ここ数カ月プレイした俺や蓮司でも、上手く回避を決められることはとても稀だ。

 しかし会長様が初心者の凛花先輩を連れ出したからには、何か勝算があるのだろうか。


 ところが肝心のディフェンシングチャンピオンである由樹は、昨日のダメージからまだ復帰していない。

 こちらに顔を向けずに机の上で、ガタガタと震えている。

 会長様の暴力は俺からしてみれば、毎度のことなので慣れているつもりだったが、由樹たちからしてみれば数日は引きずる恐怖を残す。

 それは単純な威力の問題ではない。


 クロスカウンターが強力なのは、相手の意識の外からいきなりパンチを叩きこむことができるから。

 トラウマを植え付けるのは、唐突な理不尽さだ。

 彼女の傍にいると、前後の文脈に関係なく暴力が襲い掛かってくる。

 そのため脳裏に恐怖が強く刻まれ、次またいつ理不尽に遭遇するのかと、本来以上の怖れを投影される。


「会長。ゲーム以前に、あなたのせいで由樹が使い物になりません」

「大丈夫よ。ほら静流も連れてきたから」


 扉を開けっ放しの部屋へと、廊下から静流先輩が入って来た。

 まったく気が付かなかった。

 というか会長様が呼ぶまで廊下で待機していたのか。


 平日休日に関わらず、着物を身に纏っている。

 本日は白い生地にブルーやピンクの水玉模様が描かれており、いつもの古風な雰囲気とは少し趣が異なる。

 そしてその腰には、細い手足には似合わない太刀をいている。

 相変わらず口を開かずに軽く会釈するだけの彼女だが、その無口がミステリアスなキャラとして解釈され、男子からの支持率はトップクラスだ。

 しかし静流先輩を連れてきたくらいで、由樹のトラウマが癒えるわけが、


「期待のルーキー復活だぜ! 俺の勇姿を見ていてくれ」


 芽衣に密告してやろうか。

 由樹に好意を寄せる芽衣だが、彼に恋人ができるまで諦めないと宣言した。

 静流先輩に猛アピールする彼を目の当たりにしたら、対抗する姿が目に浮かぶ。

 とは言え、今は副会長のお手並み拝見が優先だ。


 テレビを点けてゲーム機を起動した由樹は、お馴染みのキーボードを繋ぎ、凛花先輩の分のコントローラーを彼女に渡そうとした。


「私も使い慣れた自前のがある」


 そう言った彼女は、由樹が差し出した専用のコントローラーを静流先輩に手渡すと、自身の得物を取り出した。

 由樹と同じくPC用のキーボード。

 厳密には汎用性の高い長方形のキーボードを使う由樹に対して、彼女のは近代的でスタイリッシュなものだった。

 左右の手を中央に添える必要のない分離するタイプであり、さらに宙に映像が投影されそこにも別の操作ボタンが表示されている。


 工藤凛花は多彩な女性だ。

 野球部で活躍するスポーツ万能でありながら、人気者の生徒会副会長として知れ渡っている。

 そんな彼女は土魔法を使いこなし、特にゴーレムの扱いを得意とする。

 自律型の巨人の操作は、状況に合わせてスクリプトを組み立てる必要がある。

 そんな彼女は電子機器の扱いにも長けており、会長様がこの部屋の電子錠を突破できるのも彼女が学園の防衛システムを弄ったからだ。

 他にも実家の工藤財閥では、魔道具の開発部門を仕切っている。

 並列処理の一芸タイプの天才である由樹に対して、工藤凛花は何でもできる正統派の天才だ。

 ただのゲーム対決なのだが、この対戦カードは興味深い。


 由樹はいつも通りオーソドックスな配管工の兄を選んだ。

 そして凛花先輩も同じく配管工の兄を選び、キャラの区別がつくように白の服を着た色違いが表示された。

 ついでに余ったコントローラーを手にする静流先輩は、なんでも吸い込む丸い星の戦士を選んだ。

 あと1人分の枠が残っている。


「会長はやらないのですか?」

「昨晩の顛末てんまつを話したら、凛花から控えるように言われたわ。それに彼女の勝負事に水を差したら、後が恐いのよ」


 自分勝手な会長様だが、凛花先輩の言うことなら比較的素直に聞く。

 あくまでも比較的なのだが。


 そして勝負の時がやってきた。

 開始の合図はすでに終えているのに、由樹も凛花先輩も仕掛けない。

 互いに動きを見せるが、一定の間合いが保たれている。

 まるで現実世界での達人同士の立ち合いだ。


 一方で画面の端の方では、初めて操作するのか静流先輩が、ジャンプしたり、誰もいない空に向けて技を放ったりしている。

 彼女のことは気にする必要ないだろう。

 事実上、冴島由樹と工藤凛花の一騎討ちだ。


 先に仕掛けたのは、由樹だった。

 小手調べのファイアボールが飛来する。

 ガード、ジャンプ、マントといった対抗手段を予想していたがどれも違った。

 凛花先輩が凄い早さでキーボードを叩くと、白い配管工は遠距離攻撃に対する反射シールドを発生させたのだ。

 あれはキツネやハヤブサが使うリフレクトだ。


 予想外の方法で跳ね返されたファイアボールに由樹は冷静に対処するが、彼女の攻撃が始まった。

 次はエネルギー弾を溜め始めた。

 やはりこれも配管工の技ではなく、パワードスーツを着る女性賞金稼ぎの能力だ。


 やりやがった。

 このゲームはすでに彼女の手中にある。

 ハッキングだ。


 キャラの動作に対して、やたらと多くコマンドを入力する彼女だったが、由樹のようにキーボードに各ボタンを割り振っているのではなく、リアルタイムでゲーム内のプログラムを書き換えている。

 さすがに相手の動作を止めたり、強制的にダメージを押し付けたりはしていない。

 あくまでも技を入れ替えるのに留まっている。

 未だに対戦ゲームとして成立しているものの、彼女の分身は全てのキャラの技を使えるとなると、圧倒的に有利だ。


「これが私の凛花よ。さぁ、変態君も年貢の納め時よ」


 会長様が託すだけあって、凛花先輩のスペックはズバ抜けていた。

 ハッキングだけでなく、操作スキルだってハイレベルだ。

 ちなみに由樹は色々とやらかしているが、毎回酷い目にあっているので、年貢はきっちりと納めている。


 勝負の行方は凛花先輩の白星へと傾いている。

 しかし果敢かかんにも無数の技を持つ相手に対して、由樹は引かずに勝負を諦めない。


 どんな間合いでも最適な攻撃を繰り出す凛花先輩に対して、由樹はインファイトに持ち込もうとするが、なかなか上手く運べない。

 それでも徐々に被弾が少なくなり、いつの間にかダメージの上では、彼が逆転して優勢になり始めた。


 スマッシュブラボーズにおいて、攻撃の予備動作はほとんど存在しない。

 つまり相手の行動を見て反応するのではなく、心理を読むことが鍵になる。

 そして戦いが進むにつれて、由樹がジャンケンに勝つ割合が増えていった。


 凛花先輩も天才だが、由樹だって天才だった。

 彼女が場外技を使ったように、彼も仕掛けていたのだ。

 由樹との対戦に慣れている俺や蓮司ならば絶対にする対策を、凛花先輩は見逃していた。

 彼は並列処理の天才。

 ゲームをプレイ中にでも、周辺視野から入ってきた視覚情報を脳内で処理できる。

 それは対戦相手の視線や振る舞い、呼吸、そして手元を見逃さない。

 彼と戦うにはコントローラーの操作を隠さなければならない。


 当初ハッキングによる凛花先輩のキーボード操作は複雑で読み難かったのだろう。

 しかし彼はすでに動作パターンの解読を終えているようだ。

 そうなると、ひとつの技を繰り出すのに幾つものタッピングを必要とする凛花先輩の操作はタイムラグを生み出し、由樹にとっては格好の獲物でしかない。


 勝負あった。

 十分にダメージを蓄積させた由樹は、スマッシュ技で外へと吹き飛ばし、ステージに戻ろうとする彼女の分身に追い討ちを加えた。

 電脳世界において異色の天才対決を制したのは、並列処理の天才、冴島由樹だった。

 しかしゲームはまだ終わらない。


「まだよ! まだ静流がいるわ」


 会長様の粘りたい気持ちも分からなくもないが、キャラの操作すら覚束おぼつかない静流先輩では、由樹が手負いだとしても勝機は全くない。

 完全な悪あがきに過ぎない。


“カチン”


 テレビのスピーカーからの音で満たされていたこの部屋に、異質な何か金属音が混ざった。

 コントローラーを手放した静流先輩が腰の得物を握っていた。

 そして遅れて画面に映っていた由樹の分身が文字通り斜めに裂けた。

 さすがに出血のようなエフェクトは存在しないが、真っ二つになり起き上がることはできない。

 目の前の現実を直視できないが、因果関係を辿ると答えはひとつ。

 斬ったのだ。

 静流先輩は電脳空間のキャラを一刀両断した。


 俺も由樹も大きな勘違いをしていた。

 会長の用意した刺客は凛花先輩ではなく、静流先輩だった。

 あとは2つに分かれた残骸をステージの外へと押し出す。

 そして静流先輩の勝利が確定した。

 プレイヤーに直接攻撃したり、ハッキングしたり、場外攻撃したりやりたいだ。

 

「お前ら真面目にゲームしろ!」


 俺はいったい何を言っているのだろうか。

 この日新たな王者が誕生したのだ。


 ***

『おまけ』

冴島由樹:並列処理の天才。配管工兄、配管工弟。

工藤凛花:ハッカー。配管工兄。

九重紫苑:場外乱闘の申し子。亀の王。

高宮芙蓉:巻き込まれた一般人。心の怪盗団のリーダー、ハイラルの戦士。

的場蓮司:巻き込まれた一般人。キツネ、ハヤブサ。

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