SS5 橘由佳とメイ・エルハーベン
「もっと出力を上げないと傷口は塞がらないよ」
「メイ、これ以上は無理だって」
切り傷を負ったメイの腕へと、両手を添えて魔力を送る。
聖属性へと変換された魔力は、たとえ魔法として成立していなくても、その治癒の性質を発揮してくれる。
それは患部に対する意識が曖昧でも勝手に回復してくれる。
ただしそれは自分の肉体に使う場合のことだ。
他人の傷を癒す場合は、その難易度が急激に跳ね上がる。
それが魔法使い相手ならばなおさらだ。
魔力を放出するだけでなく、相手の魔力による抵抗を押しのけて、自身の癒しの力を行使しなければならない。
「こんな無茶な訓練をしたって、意味ないわ」
「由佳は前に出ることばかりにこだわり過ぎている。せっかく治癒を使えるのだから。ゆくゆくは傷ついた味方を盾で守りつつ、癒せれる優秀なタンクになれるよ」
私に聖属性の訓練を勧める彼女だが、ここ最近はちょっとスパルタだ。
自身で腕を傷つけると、そのまま治そうとせずに私に治療をさせている。
しかも私からの魔力に干渉して、回復を阻害している。
だからといって私が施術を諦めると、彼女はそのまま血を流し続ける始末だ。
メイの言い分に間違いはなく、私自身もそのスタイルを考えたこともあったが、結局聖属性を使いこなすことができずに諦めてしまった。
***
私が魔力を使い切った時点で、メイによる強制レッスンは休憩へと移行した。
他者への治療能力は、未だに実戦では使い物にならない。
それでも安全を確保した上での、応急処置くらいならばできるようになってきた。
多少強引なやり方だが、付与魔法を得意とするメイの指導は、流石だと感心するしかない。
そんな彼女は4つの属性全てを持っているのに、下級魔法すら使っているところを見せたことがない。
「私は公開されている聖属性の魔法を試してみたけど、なにひとつ発動しなかった。メイの場合もそうなのか?」
「そうね。この世界に目覚めて、こっちの魔法を知った時に一通り試してみたわ。でもね、精霊王が加護を与えたのは、この世界の人間だけみたい。異世界から転生した私は、該当していない。代わりに私の魂には、眷属たちが深く結びついている」
野々村芽衣として、東高に通う彼女の正体は、転生者メイ・エルハーベン。
異世界での記憶と魔法を引き継ぎ、闇の眷属を従える。
「メイの眷属は、全部で何体いるんだ」
「たしか11だったかな。12だったかも。その辺りの記憶は曖昧で、よく分からない。あの子たちは形状が不安定で、見た目も変化するから区別がつかないこともある。それに気まぐれな個体もいて、呼んでも素直に来てくれない」
魔力を消費せずに不可視の怪物を使役する彼女の能力は唯一無二だが、何らかの制約があるようだ。
おそらく私しか知らない彼女の秘密。
「ところで由佳は、凛花先輩の誘いはどうする? やっぱり引き受けるの」
芽衣が口にしたのは、第5公社のサブライセンスの件だ。
数日前に生徒会副会長の凛花お姉様から申し出があった。
4つの魔法公社が
本部どころか支部の場所ですら公にしておらず、依頼を募集する窓口だってどこにもない。
ほとんど都市伝説のような存在だった。
数日前までは……
生徒会の役員の3人は第5公社の正規の魔法使いであり、九重会長にいたってはナンバー2副長の地位にある。
彼女らが私たちを生徒会にスカウトしたのも、将来の第5公社メンバーの候補として囲い込むためだった。
そして事前に明かされた第5公社の活動内容は、魔法公社内部や、魔法使いによる不正の摘発。
他の魔法公社が、新たに同列として並ぶ公社の誕生を黙認するのも不自然な話だと思っていた。
しかしそもそも4つの公社のトップたちの信任の下に立ち上げられたのが、かの組織だった。
第5公社は他の公社の上層部から内密に依頼を受けたり、独自の裁量で調査を始めたりするので、依頼募集の窓口を必要としない。
どんな組織でも大きくなれば、自浄作用が機能しなくなる。
ならば外に新たな監査機関を設けるのは、とても理に適っている。
凛花お姉様からの申し出は嬉しくもあり、チャンスだと思うが、一方で危険な橋であることも理解している。
第5公社に所属してしまえば、魔法使いと直接対決する機会が他よりも増す。
それに物語なんかだと、監査が知ってはいけないことを知ってしまい
今回はあくまでもサブライセンス契約なので、さすがに業界の核心を突くような案件を担当することはないはずだが、将来の進路に関わることになるので最後の覚悟を決めかねていた。
「まだ返事をしていないけど、大分第5に傾いている。芽衣の方こそどうなの」
私と同じ時期に、芽衣も勧誘を受けていた。
サブライセンスの話は個別にあったのだが、生徒会のメンバー同士に関しては口止めされていない。
たとえ秘密の多い第5公社でも、同じクラスで、生徒会で、勧誘候補である私たちの間で内密に進めることは不可能なのだろう。
ちなみに同室のリズと、クラスメイトの蓮司君と芙蓉君の3人は、すでにサブライセンス契約を済ませている。
先日の狙撃事件の際に
あの1件の経緯については、何も知らされていないがとりあえず当面の危機は去ったそうだけど、第5公社の活動と関係があることは否定できないのだろう。
「由樹君は断ったみたいだし、当分は保留かな。それに凛花先輩はまだ何か隠していると思うの。それを知ってしまったら、引き返せなくなるかもしれない」
憧れの凛花お姉様は、物事をはっきりとしているボーイッシュな憧れのお姉様だ。
隠し事なんかなさそうにも見えるが、上手くやり過ごしている節がある。
彼女というよりも、肝心な場面で九重会長が暴走してしまい、
一癖も二癖もある生徒会の面々をまとめあげるツートップの手練手管は、単純なカリスマ性によるものだけではなく、計算されているのかもしれない。
どちらにせよ勧誘段階、サブライセンス、ライセンス、それぞれの段階で開示される情報が増えるのは、当然のことだ。
正義の味方だと思っていた組織での仕事が、実は悪事に加担していたという展開まで想像してしまうのは、小説の読み過ぎだろうか。
「たしか由佳の師匠は第1公社よね。その辺は大丈夫なの?」
「そこは問題ないかな。むしろ第1以外を希望していたから」
ニホンでは支部と魔法高校を持つ第1と第2公社の影響が大きい。
師匠のような主流派の魔法使いは2つのどちらかに所属することになり、帝国式
しかし彼らと同じでは駄目だ。
なぜなら私が女であり、僅かながら聖属性を宿してしまったからだ。
隔世遺伝のように現れたこの珍しい属性は、次の世代に受け継がれる可能性がある。
そして魔法公社の台頭で、衰退を余儀なくされているニホンの魔法結社たちの新たな旗印になるかもしれない。
そのため師匠や兄弟子たちは、私が現場に出て傷つくことを露骨に嫌がっている。
これが男ならば、十分な種さえ確保すれば用済みだ。
しかし母体に宿る命の数には限りがある。
さすがに倫理道徳に反することはしないと思うが、束縛が増すことは十分に考えられる。
今は高校生だから自由にさせてもらっているが、早く身の振り方を考えなければならない。
手っ取り早いのは実戦で結果を出すことだが、同じ第1公社に入れば、戦闘行為のある仕事を引かないように根回しされることは十分に予想できる。
そのためには他の公社に入り、地道に成果を挙げることを考えていたが、今回の第5の申し出はとてもありがたい。
サブライセンスを得れば、学生向けよりもレベルの高い依頼を受けることができるし、次回のライセンス審査で合格がほぼ内定しているようなものだ。
第5公社の内情は気になるところでもあるが、優秀なリズや、疑り深い芙蓉君も一緒ならば、地雷を踏むことも避けられると思う。
メイは私の考えがまとまりつつあることを知ると、これ以上この話題を掘り下げることはなかった。
「あまり聞かないようにしていたけど、2度目の告白以来、由樹君とは何か進展あるのか?」
「とりあえず、2人で喋る機会が増えたかな。恋愛方面ではあまり進んでないかな」
メイは同級生の冴島由樹に好意を抱いており、私の後押しにより告白に踏み切ったのだが、その場で玉砕してしまった。
気まずい日々が続いたが、そこで終わりではなかった。
彼女は私たち生徒会メンバーの前で、公開告白を行い由樹君のことを諦めないと宣言したのだ。
今までメイのことを、無視する素振りのあった彼だが、告白をきっかけにしっかりとその声に耳を傾けるようになった。
「せっかく告白したし、次に進むきっかけを作らなくていいの?」
「大丈夫よ。由樹君はモテないから。好意を抱くのは私くらいよ」
彼の発言や行動の多くは、完全に空回りしており女を敵に回してばかりだ。
メイの意見に激しく同意なのだが、想い人に対して何とも
しかし一歩引いて考えてみると、“彼の良い所を知っているのは私だけ”、という危ない女の思想だ。
「本当ならば由樹君を閉じ込めて、私のことしか考えられないようにしたいけど……今はフェアじゃない」
「……フェアとは?」
かなりヤバい恋愛感を耳にした気がするが、そこは拾わないことにした。
すでに闇の眷属を従えている時点で絵面が
「新人戦のあの日、芽衣から手紙を受け取ったの。“由樹を任せた”だって。きっとあの子も彼のことが好きなはず。ならば彼女が帰る場所を守るのが、メイであり今の芽衣でもある私のすべきこと」
新人戦の準決勝第2試合、私と相対したメイだったが、芽衣としての人格が乱入してきた。
メイ自身によると、彼女が現れたのはあれが初めてのことだそうだ。
彼女は目の前のメイとは異なり、とても好戦的で荒々しかった。
そして口では否定していたものの、由樹君に対して想いを抱いていたようだ。
「ちょっと私の話ばかりよ。そういう由佳の方はどうなの? 蓮司君とは何か進展はないの」
「うーん。無理かな。向こうに恋愛する意思はないみたいだし」
クラスメイトの蓮司君はカッコイイし気遣いもできて、道場の暑苦しい兄弟子たちとは真逆で、私の理想のタイプ。
競争率は高いけど女子同士の牽制で、今のところ彼に近づく女の影はない。
これまでにそれとなくアプローチしてきたが、向こうは私の好意に気づきながらも当たり障りなく上手く避けている。
さらにメイの告白騒動で意見が食い違って、彼との関係が気まずくなっていた時期に、例の狙撃事件が重なってしまった。
蓮司君がピリピリと張り詰めていることに気づいていたのに、私には何もできることがなかった。
他にもメイと接していて、気づかされたことも影響している。
蓮司君は理想のタイプであり、彼女の枠に収まりたいが、決して恋焦がれている訳ではない。
もし彼に恋人ができれば、悔しがることはしてもすぐに他の男を探すだろう。
しかしメイの場合は、由樹君でなければならない。
彼以外など、あり得ないほど夢中になっている。
きっと彼に近づく異性が現れれば、メイはどんな手段を使ってでも排除するほどだ。
由樹君に恋人ができた日には、彼女は素直に祝福などせずに、ただただ歯を食いしばるのだろう。
私はそこまで蓮司君に執着していない。
だからこの感情は恋などではなく、たまたま理想の相手がいたからアプローチしたに過ぎず、告白するまでもなく振られたのだ。
「今は
「そういえばそこはまだ名字なんだね。確かに
「そうなのよ! 禁断の
「……私も結構
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