SS4 高宮家訪問

『まえがき』

重要な回です。

今までで1番長いです。

作者は息切れしております。

じっくりお楽しみください。

 ***


 休日の乗車客の少ないローカル電車。

 隣に座るのは、高宮飛鳥。

 会話の乏しい男2人旅。

 俺としては無言でも構わないのだが、飛鳥の方は明らかに俺に対して緊張の色を見せている。

 つまり、とても気まずい。


 ***


 事の発端は、数日前にさかのぼる。


『芙蓉。週末空いているか? 父上が、高宮の当主がお前に会いたがっている』


 久しぶりに顔を合わせた飛鳥は、挨拶もなく、いきなり本題を口にしてきた。

 常に最短距離で真っ直ぐなのは、彼らしいと言ってしまうと、それ以上に話を展開できない。

 会長様の悪巧み(?)によって、生徒会ハウスで初めて引き合わされた俺たちだっただが、新人戦ですれ違ってから、交流はほとんどない。

 そんな飛鳥が1、2組合同の実習終わり間際に、俺がちょうど蓮司や由樹たちと離れて1人になったタイミングで、話しかけてきた。


 週末は空いているのだが、どう返答すべきであろうか。

 九重紫苑の護衛に関しては、凛花先輩とリズの2人に一言伝えておけば問題ない。

 それよりも迷ったのは、これまで先送りにしてきた高宮家との交流が、突然舞い込んできてしまい、今更のような気がすることだ。

 検証できることではないのだが、ここで彼の申し出を受け入れて、母さんについての情報を得られたら、高宮を頼ることをせずに、ステイツを選んだ過去の自分の選択が間違っていたかのように思えてしまう。

 答え合わせをしたくないという理性的でない感情を自覚している。

 しかし高宮の当主相手となると、俺が単身で訪ねても会えるような相手ではない。

 悩みどころではあるが、ニホンでの任務がいつ終わりになるのか分からない以上、早めに済ませてしまう方が賢いのだろう。

 俺は飛鳥の申し出を承諾して、週末に高宮本家を訪問する約束を交わした。


 ***


 そしてトウカイドウ新幹線から乗り換え、今は各駅停車のローカル線にゆっくりと揺られている。

 新幹線では柔らかい背もたれがあり、腕掛けによってパーソナルペースが区切られていた。

 しかし現在、体を預けているほぼ垂直の背もたれは、2人分が連なっている。

 空いている席が多くあるのに、新幹線の指定席で隣同士だったせいか、窓際に座った俺の真横に飛鳥が腰掛けた。

 飛鳥は、俺の一挙手一投足に過敏に反応する癖に、言葉を発しない。

 さらに俺の方から視線を投げると、目を逸らされてしまう始末だ。


 新人戦のあの日、アックスを殺すところを、飛鳥に目撃されてしまった。

 瞬時に飛鳥も手に掛けることを、頭にぎったが、彼の顔には恐怖の色が浮かんでいた。

 脅すだけで十分だと判断したのだが、ニホンで初めての殺人で気が立っており、何を口にしたのかあまり覚えていない。

 本来ならばやり過ぎても問題ではないのだが、このように2人で出掛けるようなシチュエーションが訪れるとは、あの時の俺は思ってもみなかった。


 空気を読める蓮司や、男子の心を掴む由樹、そして自分勝手な会長様と違って、俺は馴染みのない相手との空間が苦手だ。

 もちろんビジネスライクな関係を構築するくらいのことならばできるが、警戒された相手に歩み寄るためのスキルなど持ち合わせていない。

 結局、自分からきっかけを掴もうとせずに、外の景色を眺めることで、時間を潰すという安易な選択に逃げた。

 窓の奥には、山道と田舎の町並みが交互に流れていく。


「いつもあんなことをしているのか?」


 アックスを殺したことか。

 交流を諦めた矢先に、飛鳥の方から第一声を口にした。

 彼は今日1番の強張った表情を浮かべている。

 恐いならば質問せずに、曖昧にしたままにしておけばいいものを。

 しかし一度水面みなもへと投げ入れた石は、波紋を広げていく。


「そうだな。ニホンではあれが初めてだが、叩けば埃が出るような経歴だ」

「それはステイツでのことだな」


 俺と同じく飛鳥も他人に興味がないと思っていたが、ステイツで活動していたことを知っていたか。

 東高にはマクスウェルの姓ではなく、高宮で通っている。

 隠している訳ではないが、聞かれなければわざわざステイツからの帰国子女だと口にしていない。

 生徒会メンバーを除くと、そのことを知る学生はいないはずだ。

 しかし高宮の当主が俺に会うことを決めるに当たって、飛鳥自身か、高宮家の息が掛かった者が身辺調査していてもおかしくない。

 そして匂わせる口振りをしたが、ステイツでの経歴はしっかりと守られており、たとえ高宮の力でも届かないはずだ。


「わざわざ実力を隠していたのか」

「俺に限ったことではないだろ。特に昨年、九重紫苑が世を賑わせたから、今年の1年は曲者ばかりだ。中には危険な連中が混じっていてもおかしくない」


「……そういう事情は、今まで考えたこともなかった。ついこの前までは、誰が見ても明らかな形で、九重紫苑を超えることばかりを目標にしていた。しかし由樹に負け、お前の戦い振りを見てからは、分からなくなってしまった。ランキング戦や対抗戦で勝ったところで、それは俺が求めていた強さの証明になるのだろうか」


 再び沈黙が流れた。

 なぜ俺は、ろくに話したこともない奴の悩みを聞いているのだ。

 高宮家の御曹司として順風満帆に生きてきた飛鳥にとって、おそらく初めて思い通りに事が運ばなかった挫折なのだろう。

 しかしなぜ俺にそんな話をする。

 こいつは女子に人気がある癖に、実は相談できる友人がいないのではないか。

 もしかしたら俺に弱い姿を見せたことで、開き直ったのかもしれない。

 それともストックホルム症候群のようなものか。

 なぜだが飛鳥が蓮司側でなく、由樹側に近い残念な人間に思えてきた。


 沈黙の先に、俺が答えを持ち合わせていないことを知ると、飛鳥は少ししぼんでしまった。

 諦めた彼は、懐から小さな機械を取り出すと、イヤホンを繋いだ。

 今時スマートフォンではなく、専用の音楽プレーヤーを持ち歩くのは珍しい。

 確かに使い分けたい気持ちも理解はできる。

 音楽を聴いている最中に、電話やSNSの通知が来ると、興醒めである。

 大して興味が無かったのだが、偶然表示された楽曲が目に入った。


「Mack The Knifeか。渋いな」

「知っているのか」


 ジャズではとても有名な曲で、たしか和訳では『匕首マック』だったかな。

 原曲はオペラの劇中歌だが、ドイツ語から英語に訳され編曲されると、様々なアーティストが演奏しており、歴代のグ〇ミー賞でも何度も目にする。

 特に俺としては、歌手であり、トランペットそしてコルネット奏者でもあるL. A氏のバージョンが好きだ。


 俺は幼少期より、真祖である母さんから様々な技能を叩きこまれた。

 それは戦闘技術だけに限らず、魔法以外なら高校卒業レベルまでの教養を身に付けている。

 その中には芸術も含まれており、音楽に関する理解もあるつもりだ。

 そしてステイツで生活していた以上、最近のニホンで流行りのポップスよりも、英語で表現された洋楽に詳しくなるのは当然のことだ。


「〇h t×□ S△〇×□ h△〇 p×□△〇× t□△〇×, d□△〇♪……だろ」

「じゃあ、じゃあ、QUEENはどうだ」


 そんな王道知らない方がおかしい。


「M〇×□, j△〇× k□△〇×□ a m△〇……×□△〇×□△〇×□△〇×□△〇×□△〇×□△〇×□△〇×□△♪」

「「M〇×□, o△〇 D×□△〇 m×□△ t〇 m×□△ y〇× c□△♪……」」


 ***


「ストーップ! 読者のみなさん、こんにちは。メインヒロインなのに3話連続で出番なしの九重紫苑よ。後輩君が著作権とか、もろもろコンプライアンスをぶっちぎりで違反するし、作者もそのままにするしー!! 私が頑張って伏せ字に変えたけど、これ以上は対応しきれなくて、原稿を破り捨てることにしたわ。という訳で高宮の家に到着する直前の場面から、本編を引き続きお楽しみください」


 ***


 富士のふもとに位置する集落から少し外れた山道。

 電車を降りた後も歩きながら、田舎に似つかわしくない洋楽を共に口ずさむ男2人がいた。

 それはステイツに限らず、西洋圏の有名な歌や、最近のチャートに載っているヒットソングまで陽気に奏でた。

 片方しか知らない曲も時折あったが、UTubeで確認してから、すぐに歌いだした。


 そんな一時は、高宮の神殿に近くことで、終わりを見せた。

 想像では町外れに広い塀に囲まれた大きいニホン家屋だったが、目の前には林の中に作られた長い階段が続いていた。

 すでに敷地に入っており、俗世と隔離された神社や寺に近い印象へと更新された。

 さすがに洋楽を熱唱するには、気が引ける静かな趣だ。


 階段を上ること10分、ようやく門が見えてきた。

 急な勾配だったが、普段からトレーニングしている俺は、すぐに息を整えた。

 飛鳥の方も、ものの数十秒で元の呼吸を取り戻した。

 遠距離砲台タイプの彼だが、身体の方もそれなりに鍛えているようだ。


 純和風の門と塀には、インターフォンの様なものは存在しない。

 当然のことであるが、客人である俺は、飛鳥に先導を任せる。

 すると彼は門を無視して、塀を外回りに歩き出した。


「そちらは外門弟子の試しを受ける部外者向けの入口だ。挑戦したいなら止めはしないが、俺は裏手に回るぞ」


 本人に悪気はないのだが、嫌な物言いだ。

 もちろん今更、高宮に入門するつもりはない。

 塀の内側からの熱気が、ひりひりと肌に伝わってくる。

 週末であることなど関係なく、門下生たちは鍛錬に励んでいるようだ。


 ニホン最強の魔法結社である富士の高宮家は、広く門戸を開いている。

 この国で魔法使いを志す者の選択肢は、魔法高校だけではない。

 東高も、その対をなす西高だって、すでに才能が開花し始めた若者を、現場に送り出すために訓練する機関だ。

 まだ実力が不十分な者、特に固有魔法を会得することを望むならば、魔法結社の徒弟になる方が早い。

 魔法高校では、いくら選択科目が充実しているとはいえ、ある程度カリキュラムの均一化を避けることはできない。

 そうなると使用者の多い四元素魔法は教えられても、多岐にわたる固有魔法をカバーしきれない。

 しかしこの高宮には、古今東西の魔法が集められており、その中から自分の身の丈に合う魔法を選ぶことができる。

 さらに結社では魔法公社からの仕事をいくつかまとめて受注して、内部で割り振っているので、ライセンスを持たなくても正規の依頼に参加することができる。


 長い塀を歩き続けると、正面の門に比べて随分と小さい勝手口へと辿り着いた。

 そこをくぐると、タイムスリップしたかのような古風なニホン家屋が並んでいた。

 塀に囲まれた敷地に、複数の建物があり、一番奥の本館まで一気に回り込んだようだ。


 母さんとの旅や、ステイツでの任務で各国を渡り歩いたが、ここまで荘厳そうごんで歴史を感じさせる建築物は、なかなかお目にかかれない。

 圧倒されてしまった俺は、飛鳥に連れられるまま、本殿の玄関で履物を変え、屋敷の主人である高宮時雨の待つ面会の間へと通された。

 それまでにすれ違う人は誰一人いない。

 屋敷の中に人の気配はあるが、高宮の徒弟ではなく使用人のようで、俺たちの前に姿を現さなかった。

 そして飛鳥が開けたふすまの先に、目的の人物がいた。


 親子であるので当然だが、飛鳥に似た面影がある男性は、軽そうな浴衣を身に纏い、座布団の上に胡坐あぐらの姿勢でいる。

 黒い髪を刈り上げて、フレーム越しの斬れるような眼光には、達人の風格が宿る。

 そして余計な家具のない畳張りの部屋は、彼が飾り気のない実直な人物であるかのような印象を演出している。


「君が高宮芙蓉だね。待っていたよ。兄さん、それに義姉さんの面影もあるな」


 ニホン最高峰の魔法結社の当主は、思っていたよりも物腰柔らかな口調だ。

 彼の前には、すでに2人分の座布団が用意されていた。

 飛鳥に視線を向けると、客人である俺が奥に座るように促されて、彼は末席へと収まった。


「改めて、私が高宮時雨しぐれ。この家の当主であり、飛鳥の父。そして芙蓉、君の叔父当たる」


 この時雨の兄である高宮春雨はるさめが、15年前に出奔していることは確かな情報だ。

 その人物が俺の父だとするならば、時期的には辻褄つじつまが合う。

 しかしそもそも俺が高宮の人間であることは、ローズ母さんの残した手紙でしか確認できていない。

 いくら顔立ちが似ていたとしても、どこの馬の骨とも分からない男に対して、ニホンを代表する魔法結社の当主が、血縁関係があることを認めるなどありえない。


 歴史のある魔法使い一族の血には力が宿る。

 多くの魔法を蒐集しゅうしゅうする高宮には、直系を確認するための血縁関係を調べる秘術があってもおかしくない。


「勝手ながら、すでにDNA鑑定を済ませてある。君は確かに春雨兄さんと咲夜さくや義姉さんの息子だよ」


 魔法じゃなくて、科学でしたか。


 即座に俺は飛鳥の方へと顔を向けたが、すぐに視線を逸らされた。

 いつの間にか毛髪か何かを取られていたようだ。


 この21世紀、血縁関係なんて髪の毛1本あれば、調べられる。

 厳密には、毛根に付いた皮膚の組織からDNAを抽出して、酵素による反応で配列を増幅することで、解析を可能にする。

 そして新たに耳にする名だが、咲夜というのが俺のもう1人の母のようだ。

 ついでに隣に座る飛鳥が、従兄弟であることが確定してしまった。


「事前に君のことを調べさせてもらったが、ステイツの公立中学にいたことまでしか追えなかった。春雨兄さんと咲夜義姉さんについても15年前に高宮を離れてから足取りを追えていない。積もる話もあるのだが、まずは君のことを聞かせてくれないか」


 東高に入学するにあたり、ステイツでの偽の経歴を用意した。

 俺の所属は裏の組織とはいえ、政府側の勢力であるので、上司のフレイさんはあらゆる方面に顔が利く。

 そして僅かとはいえ、母さんの手紙の真意を知ることができる可能性を期待していたのだが、どうやら高宮も両親と母さんの経緯いきさつを把握していないようだ。


「残念ながら俺自身は、両親のことを何も知りません。物心ついたときには、別の人物に育てられていました。その人とも5年前に別れました。その際に彼女が両親を殺したこと、そして俺に高宮の血が流れていることを書置きで知らされました。その後はステイツのとある魔法結社に身を寄せておりました」


 この話題になることはすでに予想できていたので、明かして大丈夫な情報とそうでないことを整理できている。


「そうか……2人の行方は、未だに分からないままという訳か」


 俺の経歴について、足早あしばやに説明したのだが、時雨はしっかりとポイントを押さえているようだ。


「ところで君を育てた人物とは、ローズさんのことではないか」

「母さんのことを知っているのですか?」


「知ってはいるが、春雨兄さんが家を出てから、ローズさんとも会っていない。しかし彼女が、君の両親に手を掛けるとは考えられないな……せっかくだから兄さんたちの昔話でもしよう」

「俺としては実の両親よりも、母さんのことを聞きたいのですが」


「そうか……ローズさんを母と仰ぎ、兄さんたちのことに興味を示さないことを叔父として寂しくも思うが、君がそのつもりならば、なおのこと知っておくべきだ」


 時雨は、色褪いろあせた1枚の写真を取り出した。

 古いインスタントカメラで撮られたそこには、3人の人物が映っていた。

 横に並ぶ男女、そしてその後ろにいるのは昔も変わらない見知った母さんの姿だ。

 俺の中であらゆる仮説が巡りだす。


「驚いただろ。察しているとは思うが、20年以上前の春雨兄さん、咲夜義姉さん。そしてローズさんだ」


 屈託のない笑顔を浮かべる男性は俺にも似ているが、目の前の時雨の顔を緩く崩したような印象だ。

 彼が着ている衣服は、今とは少し異なるが東高の制服のようだ。

 そしてその隣にいる女性も制服姿であり、咲夜という俺の母らしいが、驚いたのはその顔立ちだった。


 咲夜の名から勝手にこの国の人間だと思っていたが、その顔は一緒に映るローズ母さんそっくりだった。

 確かに彼女を単体で見ると、黒い髪と瞳からニホン人にも見えないこともない。

 しかし母さんと並ぶと、その顔の骨格や肌の色など、ところどころに西洋人の特徴が浮き上がってくる。


「少しは興味が湧いたようだな。飛鳥も高宮の家を継ぐつもりならば、知っておかなければならないことだから、一緒に聞きなさい」


 ***


 高宮春雨、自他共に認めるニホン最強の高宮家でも、わずか15歳で歴代最強とうたわれた彼は、満を持して東高の門を叩いた。

 そんな彼を待ち受けていたのが、1学年先輩であり当時生徒会副会長だった高宮咲夜。

 旧姓九重ここのえ咲夜。


 ***


「ちょっと待ってください! 母の姓は九重なんですか!?」

「今の東高に通う君らならば、興味を惹くワードだな」


「九重というのは、ニホンで有名な家系なのですか?」

「確かに珍しい苗字だが、魔法使いの一族ではない。半年前に九重紫苑らが土の精霊王を退け、世界中が注目したとき、もちろん私も動いた。咲夜義姉さんと九重紫苑の間に、血縁関係が存在しないことは、すでに確認済みだ」


 生徒会のメンバー全員の出自については、フレイさんの方面でも調査してある。

 工藤凛花は工藤財閥の養女であり、草薙静流は陰陽師の草薙家の直系。

 俺には伝えられていないが、蓮司たちの背景もうちの上司は把握している。

 しかし肝心の九重紫苑の東高以前の経歴について、未だに不明のままだ。

 東高に最下位で入学すると、突然生徒会戦挙せんきょで頭角を現し、半身を顕現した土の精霊王を、役員の2人と共に撃退した。

 そしてどういう経緯なのかは不明だが、新設の第5魔法公社の副長でもある。


「さて、話の腰を折ってしまったが、続きを始めるぞ」


 ***


 九重咲夜は、ローズ・マクスウェルの弟子という触れ込みで、東高に入学した。

 そんな彼女は春雨にとって、これまでに出会ったことがない刺激的な女性だった。

 何事にも前向きで、他人受けの良かった春雨だが、咲夜との関係は一筋縄ではいかなかった。


 咲夜は決して実力があった訳ではないが、その口車に乗せられた春雨は振り回される日々を送ることになった。

 春雨が完全に尻に敷かれるような関係だったが、2人のコンビはとても優秀であり、一方で問題児としての一面も持ち合わせていた

 そんな2人は学内外で、いつも話題の中心だった。


 時雨が1年遅れて東高に入学した頃には、春雨は生徒会長に就任し、咲夜との交際関係を公に認めていた。

 そして東高を卒業した2人は、第1公社のライセンスを取得して、プロとしてデビューした。

 当時はまだ、ニホンにおいて魔法公社の力が弱く、高宮を初めとした土着の魔法結社とのいざこざがあり、東高出身の2人は、高宮家と距離を置いて活動していた。

 プロとして新米の彼らは、高宮家とは独立に様々な魔法使いとチームを組んで仕事をこなすことで、着実に結果を積み上げていった。

 世界で名の知れた魔法使い達が彼らのことを認め、協力していた。

 しかしその中心は春雨ではなく、母である咲夜の方だった。

 咲夜自身が魔法を使うことは稀だったが、魔法の分析や応用に長けた人物で、リーダーとして有能だった。

 そんな彼女に力を貸していたのは、春雨とローズ以外に、ステイツの『軍神』、華国の『隠遁』、ブリテンの『雷槍』などが名を連ねていた。


 そしてプロになって約5年の歳月を経た頃、2人は祝言をあげることになった。

 将来は高宮家を背負っていくであろう、彼らを当主も徒弟たちも歓迎していた。

 その当時は、ローズも高宮の屋敷を出入りすることがたびたびあった。

 それからしばらくして、2人は子を授かることになる。


 そんなある日、春雨とローズは身重な咲夜を連れて、何らかの魔法的な儀式に挑戦した。

 その内容は、時雨を含めて高宮の人間に明かされることはなかった。

 ただ、落ち込む春雨の態度から、時雨は失敗したのだと推測していた。


 そしてしばらくすると春雨は、自身の父に廃嫡はいちゃくにしてもらうことを打診し、速やかに承認された。

 時雨は何度もその経緯を問いただそうとしたが、真相は謎のまま。

 そして春雨と咲夜の夫婦は、ローズを含めた友誼ゆうぎを交えた魔法使いたちと共に、唐突に世界から行方を眩ました。


 ***


「私が知るのはそこまでだ」


 これまでに実の両親のことは他人事だと考えており、あまり興味がなかった。

 しかし名前を知り、実際にその半生を聞いてみると、何故だか急に身近に感じてくるものがある。


「ローズさんは咲夜義姉さんの母代わりとして、兄さん達夫婦を長く支え続けていた。そんな彼女が2人のことを殺めたとは考えられない。むしろ肝心なことを、口にしない言葉足らずな一面のある方だ。手に掛けたことは、何かの比喩ひゆなのかもしれないな」


 確かに母さんには、意味が伝わらない思わせぶりな言葉を口にするへきがある。

 当時は、自分が子供だからだと思っていたが、今振り返ってもみても分からないことが多い。


「本題でもあるのだが、春雨兄さんたちが出国したことは分かっている。兄さんたちだけでなく、関わっていた魔法使い全員が同時に表舞台を去っている。もし何者かに襲撃を受けたのならば、あの面々全てを相手にできる人物は、当時1人しか考えられない」


 母が身重だったということは、俺の年齢からおおよそ15年前。

 その頃にこの業界では、誰もが知る大きな事件があった。


「『導師』ガウェイン」


 俺の口からこぼれた。

 そして時雨が補足をした。


「当時、ガウェインはドラゴンの群れを相手に、水の精霊王を顕現したとされている。しかしその戦場は跡形もなく、実際に戦った相手の記録は残っていない。高宮の家は第1公社の傘下であり、ガウェインが第2公社の所属である以上、探りを入れることは難しかった。幸いなことに彼は1度の召喚で全ての魔力を失い、契約者でなくなったので、高宮の家に飛び火することはなかった。憶測に過ぎないのだが、第2公社の総意ではなくガウェインの独断で精霊王を呼び出したと考えている」


 結局のところ、分からないことがさらに増えただけだ。

 しかし母さんたちが契約者だったガウェインと争っていたのならば、“第5の精霊王”について調べるように残した言葉が様々な憶測を呼び起こす。


 一般的に契約者には、契約者でなければ太刀打ちできない。

 例外を挙げるならば、すでに土の精霊王の半身を撃退した実績のある会長達くらいなものだ。

 会長の膨大な魔力は、吸血鬼の真祖である母さんを超えており、『精霊殺しの剣』なんて代物まで持つと噂されている。

 実際の精霊王のことは知らないが、会長がその域に達していたとしても驚かない。

“第5の精霊王”が実在するならば、その契約者は彼女らと同格かそれ以上なのだろう。


「さて難しい話はここまでにするか。2人とも、今日は泊まっていくのだろ。妻と娘にも芙蓉を会わせたい」


 ***


『芙蓉、夕飯までまだ時間があるし、先に妹を紹介するぞ』


 父の弟である時雨叔父さんとの対談の後、客間にて荷解きを一段落した頃に、飛鳥が呼びに来た。

 今回の訪問で、日帰りは厳しいと考えていた俺は、一泊分の荷物を用意していた。

 元々、高宮は他人の家という認識だったので、用事が終わり次第適当なビジネスホテル探すつもりでいたし、最悪の場合は野宿でも良いと考えていた。

 しかしありがたいことに、時雨叔父さんは寝床と食事を提供してくれるそうだ。

 与えられた客間は、ザッと10畳を超える和室で、旅館と遜色無い装飾に仕上がっていた。


 飛鳥の案内で本館を出た俺たちは、門下生たちがいる訓練所へと足を運んでいた。


「飛鳥は2人兄妹なのか」

「いや、俺たちの上に姉も1人いる。放浪癖のある変人だけどな……父上の目を欺くために、西高に入学したことをきっかけに、旅ばかりしていたら、いつの間にか学校を除籍処分になっていた。とりあえず定期連絡があるから無事のはずだ。そのうち帰って来たら紹介する」


 飛鳥には、協調性に欠け自分本意な一面がある。

 そんな彼でもしっかりと前を見据えている姿勢は、次期当主としての自覚によるものなのだろう。

 もしかしたらその放浪癖のある姉のせいで、少々頑なな性格になったのかもしれない。

 飛鳥の根は純粋過ぎる。

 彼は人の悪意を知らなすぎる。


 話ながら歩いて辿り着いた訓練場は、大きな道場と広い庭が接していた。

 屋内と外の両方で、各々が魔法を展開していた。

 人数がそれほど多くないことから、ここには高宮の中でも上位の徒弟しかいないようだ。


「高宮の修行の場に、部外者である俺を入れても構わないのか?」

「問題ない。珍しい魔法もあるが、どれもルーツは余所のものだ。それに肝心の神降ろしは、幼少期から魔力の波長をチューニングしていないと使えない」


 高宮家唯一の秘術、それが神降ろし。

 富士を中心にニホン全土に流れる霊脈と同化し、その魔力を汲み取る固有魔法。

 それを除くと高宮が扱うのは、長い年月を掛けて洋の東西に関係なく、蒐集された数々の魔法だ。


「それに芙蓉は部外者ではないだろ。父上が認めた以上、家族の一員であるし、本館に通された客人ならば、修行場を覗くことなど問題ない」


 急に家族と言われてもあまりしっくりこないのだが、少なくとも今朝と比べれば飛鳥とは大分打ち解けられたと思う。


 そしてここで目当てだった人物は、飛鳥に教えてもらわなくても、すぐに目についた。

 修行の場の端、庭の影で座禅を組み魔力を練っている少女がいた。

 こちら側に背中を向けており顔は見えないが、紺色の学生服を身に纏い、両肩に掛かる髪は左右へと2本に束ねてある。

 膨大な力を身に宿しているのに、まったくの乱れがなく、霊脈の一部と一体化していた。


 声を掛け難い雰囲気なのだが、兄である飛鳥は遠慮なくその間合いへと入って行った。

 その気配を察した彼女は、練り上げた魔力を徐々に霊脈へと返却していった。


 霊脈から取り出した魔力を大気中に放出すれば、自然環境や生態系への悪影響の可能性を否定できない。

 だからと言って、霊脈へと魔力を戻すのは並大抵の技量ではないはずだ。

 魔力を得るときは、エネルギーの高い所とから低い所へと下ろすのだが、戻すときは低い所から高い所へと押し込むので、倍以上の力と技術を必要とされるはずだ。

 彼女は霊脈に押し潰されないほどに、自身の魔力を宿していることになる。


 神降ろしを解除した彼女は立ち上がると、こちらへと振り返った。


兄様あにさま。お帰りなさい」


 挨拶を言い終えてから、真っ直ぐに伸ばした背筋から軽く会釈をした。

 その上品な物腰は、良家の令嬢といった印象だ。

 俺の周りにはなかなかいないタイプなのだが、生徒会のメンバーだと静流先輩に近いかな。


 年下なのだが、その背丈は同級生の胡桃やリズよりも高く、芽衣に近い。

 幼くもあるが、整った顔立ちは美人の部類と言っても、誰も異論を唱えないレベルだ。

 しかしその表情は、身内である飛鳥に対してなのに硬く感じる。


「芙蓉。こいつが俺の妹の陽菜ひなだ。」

「陽菜。こちらは高宮芙蓉。俺たちの従兄弟で、俺と同じ東高の1年生だ」


 飛鳥が定型文通りの紹介をしてくれたが、俺に気の利いた自己紹介なんてできない。


「芙蓉だ。よろしく」


 蓮司だったらさらりとさまにこなすだろうし、由樹ならば良くも悪くもインパクトを残すと思うが、俺にそんなテクニックはない。

 握手をすると魔力を吸ってしまうので、手を伸ばすことすらはばかれる。


兄様あにさまはもういるから。従兄いとこだと、兄上? お兄様?」


 別に飛鳥と同じでも、いいのだが。


「どっちでもいいよ。好きに呼んでくれ」

「じゃあ、お兄ちゃん? うん。芙蓉お兄ちゃん」


“お兄ちゃん”

“おにいちゃん”

“オニイチャン”


 世界が変革する鐘の音が聞こえた。

 お兄ちゃんと呼ばれただけなのに、目の前の少女がとても愛らしく思えてしまう。

 さっきまで堅苦しい態度が、恥じらいのように見えてならない。


 これまで俺に家族はいなかった。

 母さんとの関係を、世間一般の親子だと想像で補うしかなかった。

 そして次に付き合いの長いフレイさんは、年の離れた姉といった感覚だ。

 東高に入ってからだと、蓮司が兄貴分だし、凛花先輩は頼りになる姉だ。

 会長様は……あれは規格外だ。

 そんな俺にとって、妹というのは未知との遭遇だった。


(由樹、お前が正しかったよ。妹バンザイ)


 この感動にいつまでも浸っていたいが、飛鳥から非難の視線が飛んできたので慌てて逸らした。


「さっ、さっきのは高宮の秘術だろ。魔力の量もだが、あそこまで澄んだ質を保てるのは、かなりの使い手なのじゃないか」


 俺としては感心して褒めたつもりだったのだが、陽菜の態度がさらに硬くなった。

 そんな彼女に代わって、飛鳥が解説をしてくれた。


「陽菜は、神降ろしだけならば、俺たち姉兄妹きょうだい3人の中で一番だが、肝心の魔法がイマイチなんだ。四元素魔法に適正がなければ、神道や仏門とも相性が悪かった。昨年は安倍あべ家に弟子入りもしたが、陰陽道も上手くいかなかった。近いうちにヨーロッパに留学して、それでも駄目ならば、魔法の道を諦めることを親父と取り決めている」


 飛鳥の説明が進むにつれて、陽菜の表情は暗くなる。

 高宮の中心である血族たちが扱う神降ろしは、あくまでも魔力を引き出す術であり、その魔力をどのように使うのかは術者の技量次第だ。

 世界中の魔法を集めた高宮において、その使い道は千差万別。

 目の前の飛鳥は、たとえ神降ろしを使わなくても、高い水準の四元素魔法を扱うことができる。

 しかし俺たちの妹である陽菜は、いくら霊脈と同調してもその使い道がない。


 膨大な魔力があるのに、使える術がない。

 どこかで聞いたような話だ。

 そんなあのお方でも、魔力を制御することで、身体強化や放出といった単純な術ならば使うことができていた。


「身体強化は、どうなんだ」

「そういえば芙蓉は身体強化が使えたな。陽菜も少しできるが、実戦レベルではない。どうにか教えてやれないか」


 身体強化と一言で口にしても、細かく分類されており、難易度もまちまちだ。

 俺の場合は、母さんが施した魔法式によるアシストによって、体に覚え込ませた能力であり、かなり汎用性が高い。

 残念ながら、他人に教えられるよう訓練はしていない。


「とりあえず、何かできることがあるならば見せてくれ」

「兄様、お兄ちゃん。やってみます」


 飛鳥の提案を受けた俺の申し出に対して、陽菜は張り切り始めた。

 ころころと表情が変わるところも、どこかの誰かに似ているのだが、あちらさんは迷惑で、陽菜のは愛嬌へと変換されていく。


 両腕を構えた我らが妹は、すっと集中力を高めた。

 たとえ神降ろしを使わなくても、羨ましくなるほどの高密度の魔力を練り出している。

 強く握った右の拳へと、徐々に魔力が収束していく。

 どうやら筋力増強と硬化の付与が併用されているようだ。

 そして「えい」という掛け声と共に拳を突き出した。

 しかし速さも威力も不十分だ。


「平凡だな」


 つい正直な感想を溢してしまった。

 練った魔力が大きかっただけに、余計落胆も大きい。

 いくら拳を強化したところで、足腰のバネのないパンチなど怖くない。

 せっかくの銃弾を銃に込めず、手で投げているようなものだ。

 せめて籠めた魔力を前方へと放出できれば威力が出るのに、拳をがっちりと強化したまま外に漏れていない。


 さすがに会長様と同じという訳にもいかないか。

 あの人は一見力任せのようだが、実は魔力の制御に関してかなり器用だ。


 陽菜自身にも問題点の自覚があるようで、下を向いてしまい、目が合う様子がない。


「見ての通りだが、陽菜は片手の強化がせいぜいで、肝心の威力が出ていない」


 事情は大体理解した。

 可愛い妹のために、お兄ちゃんがとっておきを教えてやりますか。


「飛鳥、打撃技を使うから、的になる岩でも出してくれるか。ついでに魔力も少し貸してくれ」


 俺の要望に対して、飛鳥はことを紡ぐと、庭の土から人間大の岩を作り出した。

 言われてから発動までの一連の流れはとてもスムーズで、大したことのない術でも、その実力と練度の高さが伝わってくる。


「岩を出してやったが、魔力は自前で用意しろよ」


 図々しいことを自覚しながらも、飛鳥から魔力を拝借しようとしたのだが、きっぱりと断られてしまった。

 他人に魔力を奪われることは、最悪生命の危機に晒されることでもあるので、あまり無理強いはできない。

 もしかしたら飛鳥は、陽菜に教えることを口実に、俺の方を観察するつもりなのかもしれない。

 どの道これから見せる技は、東高の演習でも使ったことがあるので特に問題はない。


 呼吸をゆっくりすることで、普段は肌から取り入れている大気中の微弱な魔力を、より効率的に吸収する。

 富士に近い高宮の修行場であるだけあって、魔力の濃度は実習で訪れた霊峰に匹敵する。

 以前は魔法式がしていた魔力の自動配分だが、今では感覚だけでしっかりと制御できている。

 魔法で強化したと言っても、空気中の魔力だとヒトの枠の範囲を超えることはできず、トップアスリートと同等の運動能力が限界だ。


 4本の指を真っ直ぐに伸ばして手刀を作ると、今度は意識的に魔力を一点に集める。

 先程、陽菜が披露した強化に比べれば、矮小かもしれないが、これから行う技に耐え抜くのに十分な右手の硬化を完成させた。

 左手で右手首を掴むと、腰の位置まで引くことで、抜刀の構えへと移行する。

 下半身をしっかり下げることで、全身で溜めを作る。

 標的を見定めたまま、一度弛緩しかんする。

 余計な力を抜くことで、抑える左と解き放つ右の力を釣り合わせる。


 攻撃の威を決した俺は、腰を下げたまま足を走らせた。

 岩に向かって飛び込む勢いをまるごと載せて抜刀する。

 解き放たれた刃は、全身の力を一点集中させて標的を一閃する。

 抜刀と言っても、ニホン刀による斬撃ではない。

 打撃による攻撃は対象を削り取る。


「……凄いです」


 今度は陽菜の方が感想を漏らす番だった。


「身体強化は発動するだけでは完成しない。体を上手く使うことで技として仕上がる。陽菜の魔力ならば、もっと威力を出せるはずだ。挑戦してみるか?」

「やります! やらせてください!」


 陽菜のいい返事が聞けて、お兄ちゃんは嬉しいぞ。


 この日は夕食の時間まで、みっちりと抜刀の型を覚え込ませた。

 最後に1度だけ試し打ちをさせたら、陽菜は飛鳥が作った岩を軽々しく粉砕してみせた。


“この時の俺の考えはとても甘かった。翌年、東高を騒がし、蓮司たち生徒会メンバーの手を焼かせることになる問題児3人組の1人、破壊姫はかいひめこと、高宮陽菜の眠れる才能を呼び覚ましてしまった瞬間だった”


 ***


「妻の朝陽あさひだ」


 訓練所から本館へ戻った俺たちを迎えた時雨叔父さんの傍には、彼のパートナーであり飛鳥たちの母親がいた。


「あなたが咲夜義姉さんの息子さんね。お帰りなさい」


 大きな目で俺の顔を覗くと、すぐに笑顔へと変わった。

 改めて高宮の家族を見ると、飛鳥は時雨叔父さんに似ており、陽菜は目の前の朝陽さんの遺伝を大きく受け継いだのだろう。


 当然ながら従兄弟である俺と飛鳥を見比べると、パーツごとには共通点があるのに、全体のバランスでは飛鳥の方がダントツで整った顔立ちをしている。

 そもそも写真で見た父が、すでに弟の時雨叔父さんに負けていたので、仕方がないような気もする。


 さて高宮家での夕食と聞いたら、多くの弟子に囲まれたり、お手伝いさんが作った料理が運ばれたりする光景を想像していた。

 しかし実際は、テーブルの周りには俺を含めた当主一家5人のみで、目の前の料理も女主人である朝日さんの作ったものだ。

 それでもニホンの一般家庭で並ぶ夕食に比べればかなり豪華で、料亭で出るような料理だ。

 特に、すき焼きの割り下の配合や、茶碗蒸しの作り方は、後で教えてもらいたいほどだ。

 俺の訪問もあるかもしれないが、寮生活の飛鳥が帰ってきたこともあるのだろう。


 食事が進む中、今更ながら、素朴な疑問を口にした。


「そういえば、俺と飛鳥はどっちが先に生まれたんだ」


 同じ学年ではあるが、どちらが年上なのか興味がなくはない。

 特に俺は自身の出生日を知らない。

 ステイツの科学者のクレアさんの見立てでは、満15歳だが、前後1年の誤差はあるそうだ。

 そんな俺の質問に飛鳥も陽菜も興味があるようで、ご当主の見解を待っている。


「たしか物心ついたときから、ローズさんに育てられたと言っていたな。正確な誕生日は分からないが、咲夜義姉さんの妊娠の時期から、芙蓉の方が先に生まれているはずだ。ニホンのカリキュラムなら、飛鳥よりも1学年上かもしれないな」


 この時こそ、俺が飛鳥の従兄あにだと判明した瞬間だった。


従弟おとうとよ、醤油をとっておくれ」

「自分で取れよ」


 仏頂面で、頑なな従弟だことだ。


「従兄の言うことが聞けないのか」

「はい。お、に、い、ちゃ、ん!」


 可愛げのない飛鳥だが、その生意気な反応は、俺にとっては新鮮で面白い。

 妹もいいが、弟も悪くないかもしれない。

 そんな俺たちのやり取りを見ていた朝陽さんが、声を漏らしてクスクスと笑いだした。


「朝陽、はしたないぞ」

「だって、あなたと春雨義兄さんソックリよ」


 朝陽さんによると、調子のいい春雨が頭の固い時雨叔父さんをからかうことが、日常風景だったそうだ。


 そんなこんなで、最初はぎこちなかった家族との食事も、和気あいあいとした雰囲気で過ぎていった。

 そういえば、1学年上だとしたら、会長様と同じ教室で学ぶ可能性もあったのか。


 ***


「起きなさい。さぁ目覚めるのです」

「……」


「ちょっと私が話かけているのだから、無視しないで起きなさいよ」

「会長……五月蠅いですよ。寝かしてください」


「後輩くんのくせに生意気!」

「そもそもここは富士の近くにある高宮の家ですよ。会長のお守りは、凛花先輩にお願いしたはずなのに」


「大丈夫よ。どうせ夢オチだから」

「これ夢なんですか!? どうやって入り込んだのですか」


「だって今回、私の出番がないのだもん」

「説明になっていませんよ?!」


「陽菜ちゃんは、私の妹になるんだからね」

「話を勝手に変えるな! そして妹は絶対にやるものか」


「何言っているの。後輩君の妹は、私の義妹じゃない」

「そんな横暴認めるものか! お兄ちゃんが許さない」


 ***


 高宮家で朝食を終えた俺は、時雨叔父さんに呼び出されて、2人で対面していた。


 昨晩は変な夢を見た。

 久しぶりに東高を離れたせいで、ホームシックならぬ、会長シックなのかもしれない。

 置いてきた護衛対象のことが気になるのは悪い事ではないのだが、これも職業病なのだろうか。


「高宮の長として、はっきりさせておかなければならないことがある。たとえ高宮の血が流れていたとしても、幼少期からの調整無くして、神降ろしを修得することはできない。そして秘儀を持たぬ血族を、結社に迎え入れることはできない」


 当然の話である。

 魔法結社において血を重んじるのは、そこに力が宿るからだ。

 そして当主の直系に英才教育を施すのは、当たり前のことだ。

 しかしそのことを理解せずに、傍流を担ぐような連中はどこにでもいる。


 高宮の後継者には興味がない。

 そもそも俺はステイツの部隊に所属しており、第5公社とサブライセンス契約までしてしまった以上、第1公社の傘下である魔法結社に入る訳にはいかない。

 少し寂しくもあるが、時雨叔父さんの申し出を素直に受け入れるつもりだ。


「ここまでは一族の代表としての言葉だが、私は君の叔父でもある。家族に会いに来るのは自由だ。陽菜も君のことを慕っているようだし、きっと長女の百陽ももよも君のことを気に入るだろう」


 高宮の家に来て、家族とはこういうものなのかと半信半疑だった。

 しかし時雨叔父さんが言葉にして、家族だと受け入れられたことで、さらに実感というものが湧き出してきた。


 俺には母さんしかいないと思っていた。

 すでにたくさんの血を浴びてしまった俺に、今更帰る場所が現れるとは。


「帰る前に訓練所に寄ってくれるか。飛鳥が待っている。ステイツ側での役目もあるだろうが、できれば息子のことも気にかけてやってほしい。少し融通の利かない奴だが、性根は悪くない」


 今思え返すと、最初に出会ったとき、俺にとって飛鳥は物語の闖入者ちんにゅうしゃだった。

 同じように飛鳥にとっても俺は彼の物語の邪魔者だったのだろう。

 九重紫苑を護衛する上で、彼の存在はどうでもよかったのだが、その真っ直ぐな姿勢にはなぜか好感を持つことができた。


 そんな飛鳥が道場で闘志をむき出しにして待ち受けていた。


「冴島由樹に敗北し、お前に恐怖してから、俺は自分を信じることができなくなってしまった。再び前に進むために1本相手してくれるか」

「いやだ。面倒くさい。俺に何のメリットがある」


「いや、いや、いや。ここは相手する場面だろ」


 生真面目な飛鳥は、からかうと面白いところがある。

 会長様の気持ちが少し分かる気がする。


「相手をするのはいいが、余計に自信を失っても知らないぞ」


 帰り支度をした荷物から手を離すと、両腕を構えることはないがしっかりと臨戦態勢に入る。

 彼が詠唱する前に攻め崩すこともできるが、この戦いの目的はそこではない。


 人払いをした高宮の道場で、2人がぶつかり合った。


“休み明けの東高で、あざだらけになった高宮従兄弟のことが小さな噂になった”


 ***


『ローズさん、お久しぶりです。芙蓉の面倒を見てくれてありがとうございます』

『なぁに、芙蓉は私の息子も同然だかね。それよりもこっちの計画に乗ってくれて、こちらこそ助かるよ。時雨』


『芙蓉は兄さんと義姉さんの忘れ形見です。彼の未来を守るためならば、喜んで協力します。どの道、いずれ公社とたもとを分かつことになっておりました』

『高宮の人間の助力があれば、第5の精霊王をぎょしやすくなる』


『ところで、なぜ芙蓉に、兄さんたちを殺したなどと嘘をついたのですか』

『私は咲夜の騎士でありながら、その力を返納しないまま最後の戦いに参加しなかった。彼女たちを見殺しにしたことには変わりない。私の騎士としての1つ目の能力、不死性イモータルがあれば、たとえ水の精霊王相手でも、咲夜1人くらいなら生き残れたかもしれない』


『それでも生まれたばかりの芙蓉を連れて逃げるには、保険として必要な能力だったはずです。その決断を卑下することはありません』

『たとえそうだとしても、私が死んだ後に、芙蓉に生きていてもらうためにも必要な訣別だった。それにそうでも言わなければ私自身の決意が鈍りそうだから』


『なるほど。咲夜義姉さんもそうでしたが、あなたもややこしい性格をしていますね。芙蓉もひねくれたところがあるが、お2人に比べたら真っ直ぐに育ったものだ。ところでかつては敵対していても、今のガウェインはあなたの協力者のはずではないのですか。なぜ誤解を生むような情報を流させたのですか』

『ガウェインにしても、戦神の愛弟子にしても、初期の計画しか知らない。咲夜は後継者である九重紫苑のために、息子の芙蓉に運命を変える力を託した。しかし出産をきっかけに、彼女も自身の子の未来を案ずるようになった。私はその意思を汲むことにした。変更した計画を知るのは私とおぬし、そして信頼のある眷属だけだ』


『そうですか。確かに私たちからしてみれば、芙蓉のことが大事です。しかし他の連中は、この世界に混ざった異物を排除さえできれば、人柱が誰であろうと気にしない』

『私が第5の精霊王の力を奪い、九重紫苑を完全に消滅させる。そうすれば次の後継者は現れない。それがあの子が生きたまま運命から解放される唯一の道』


『分かっております……そういえば、百陽ももよを弟子にしたとか』

『世界をあざむく私を見つけ出すとは、大した才能の娘だよ。咲夜や芙蓉よりも先に出会っていれば、私の魔道の全てを注いで、育ててやりたかった』


 ***

『おまけ』“高宮家の面々”


高宮春雨:芙蓉の父。前向きでお調子者。高宮家歴代最強。

高宮咲夜:芙蓉の母。破天荒。旧姓は九重。ローズの弟子。紫苑と血縁関係はないが、同じ〇〇因子保持者

高宮時雨;芙蓉の叔父。春雨の弟。実直で家族思い。高宮家の現当主であり、ローズと結託。

高宮朝陽:時雨の妻。朗らか。料理上手。

高宮百陽:時雨の長女であり、芙蓉の従姉。放浪癖がある。西高中退。ローズの弟子。

高宮飛鳥;時雨の長男であり、芙蓉の従弟。真っ直ぐ。高宮の次期当主。高レベルの四元素魔法を扱う。高宮家歴代最強(春雨廃嫡後)。

高宮陽菜:時雨の次女であり、芙蓉の従妹。いもうと。右手の身体強化しか使えない。後の破壊姫。


 ***

『おまえ2』

“エンディングのフラグについて整理”

ぷちWiキペディアです。

これまでに匂わせた結末候補の一部を整理します。

ネタバレはありませんが、自身で解き明かしたい方は飛ばしてください。


①紫苑が覚醒する。

→人類の滅亡。

(1-SS2、2-24より)


②紫苑が精霊王に敗れる。

→人類の滅亡。

(2-24より)


③紫苑の自害。

→人類の存続。後継者が現れる?!

(2-24より)


④芙蓉が紫苑を倒す。

→人類の存続。2人の未来はない。

(1-SS2より)


⑤ローズが紫苑と刺し違える。

→人類の存続。紫苑は消滅するが、芙蓉は生き残る。

(3-SS1、3-SS2より)


未来を変えるカギは、

・精霊殺しの剣:ただし精霊王を倒しても、紫苑の覚醒もしくは自害の選択を回避できない。

・第5の精霊王:一般に認知されていない精霊王。ローズはその力を得るために、ダニエラと高宮時雨に協力を要請した。

・指輪の騎士:紫苑と契約を交わした騎士たちは強力な固有魔法を持つが、現時点で状況を打開する能力はないらしい。No.IX、No.Xは未だに空席。

・意匠のない指輪:高宮咲夜がローズに送った指輪。芙蓉の手に渡り、現在は紫苑の下。

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