SS3 ホームルームクライシス

「お前ら、持ち物検査をするぞ。全員席に座ったまま、鞄を机の上に置け」


 とある朝のホームルーム。

 後藤先生こと1年2組の担任である後藤健二けんじが、教壇に立つなり発した言葉だ。

 その瞬間に教室の中に緊張が走った。


 いったいこれから何が始まるのだろうか。

 俺は言われた通りに、机にリュックを置くと、前の席に座る蓮司に問いかけた。


「何が始まるんだ?」

「あぁ、芙蓉は馴染みがないのか。ニホンの学校では、学業に関係ないものを持ってくることは原則禁止されていて、こうやって抜き打ちで検査をするんだよ。先生の裁量次第ではその場で没収という訳だ」


 どんな法的根拠があって、そんな横暴が認可されるのだろうか。

 しかし軍でも任務や訓練と関係のない娯楽品を持ち込むと、上官に怒られ最悪の場合は懲罰が待っている。

 それでも隠れてポーカーなどに興じるのが、なかなか楽しいものだった。


 そんなことを考える中、隣の席に腰かける由樹が呆然としていた。


「芙蓉、蓮司、どうしよう。部活の先輩から借りていた禁書目録と、伊吹の奴から借りパク中の漫画と、試作品の飲める□ーションと、静流お姉さんの湯呑ゆのみが没収されてしまう」


 こいつは何をしに学校に来ているのやら。

 そして静流先輩の湯呑は返してこい。

 ついでに伊吹が可哀そうだから、そのうち返してやれ。

 ちなみに禁書目録は禁書の目録なので、それ自体は禁書でも本ですらないただのリストだ。


 俺は由樹と違い最小限の荷物だけで、余計な物なんて持ってきていない。

 机の上に置いたリュックの中を確認する。

 サブの小さいポケットには、財布や学生証、そしてスマートフォンが入っている。

 学業とは関係ないものの、さすがに全員のスマホを没収するほど、後藤先生は頭の固い大人ではない。

 メインのフロントポケットには、学校生活の必需品ばかりが入っている。


 シンプルに筆記用具とノート、今日の授業の教科書そしてサバイバルナイフとスタングレネード……。

 これって、ヤバくないか?!


 東高には武器を携帯する学生もいるが、それは学園側に申請して、魔法の訓練に必要と判断された場合に限られている。

 そして俺の武具は、魔法とは全く関係なく隠し持っているものなので、もちろん東高から許可など得ていない。

 使い込まれたサバイバルナイフはかろうじて趣味の範囲に収まるかもしれないが、ステイツ製のスタングレネードに関してはさすがに言い逃れできない。


 見つかったら退学、というか刑務所行きだな。

 最低でも銃刀法違反。

 場合によってはスパイ容疑、最悪だとテロリスト扱いだってありうる。

 しかも魔法使いに対する刑期は、通常よりも多く加算され、厳重な監獄へと放り込まれることになる。

 フレイさんが外交ルートで交渉して、身元を引き取ってくれるだろうか。

 俺みたいな一隊員は、使い捨てにされるのが世の常であることは、しっかりと理解している。

 この場で打破しなければ、塀の中の未来が待ち構えている。


「由樹。策はあるのか?」


 ここは専門家の知恵を頼るに限る。


「またまたぁ。芙蓉は何を持ち込んだんだ」


 お前よりもヤバいの物なのだが、口にすることなどできない。


「もしかして、会長絡みか?」


 まぁ、確かに九重紫苑を護衛するための装備なので、会長絡みと言ってもあながち間違いではない。


「やるなぁ! ならば俺がお宝の守り方を教えてやるさ」


 肯定を認めてしまう沈黙を貫く俺に対して、由樹が勝手に想像を膨らませている。

 多少不安があるものの、とりあえず彼が時間を稼いでいる間に、別の策を巡らせることにした。


「幸いなことに後藤先生の担当は、座学であって実技教官じゃない。ならば魔法でパニックを引き起こして、その隙に逃げる。最悪、ブツを押さえられなければ目的を達成できる」


 パニック作戦か。

 案外悪くない。

 安直に思えるかもしれないが、敵の注意を引きつけるのは、ステイツの部隊でも良く使う常套手段だ。

 作戦の立案から実行まで、全てを由樹に任せた俺は、彼がしくじったときの手を模索する。


 教室を見渡した俺は、同業者でありイタリーからの留学生のリズと目が合った。

 口下手な彼女だが、これまでに視線やハンドシグナルなど、最小限の情報でも俺との連携を可能にしてきた頼りになる相棒だ。

 そんな彼女から、“了解”の合図が送られてきた。

 残念ながら俺の方からは、まだ何も指示を送った覚えがない。


 すでに前に座るクラスメイトの没収が始まっており、教室全体が異様な雰囲気になっている。

 生徒会メンバーだと、蓮司とリズはあまり動じていない。

 胡桃と芽衣は周りの空気に飲み込まれてあたふたしているが、大してまずい物は持ち込んでいないのだろう。

 そして由佳にいたっては完全に取り乱しており、自身で鞄の中の薄い本をばら撒いてしまっていたが、クラスメイト達は気づかないふりを続けていた。


 教室のドアは2つあり、教壇に近い正面は持ち物検査をしている後藤先生を突破する必要があり、後ろは副担任の深雪みゆきちゃんが両手を握って張り切って塞いでいる。

 座学教官の後藤先生よりも、実技担当の彼女の方が腕っぷしがあるはずなのに、なぜかこちらが側の方が、守りが緩そうに感じてしまう。


 最悪の場合は、スタングレネードを使って全員の視界を奪うしかない。

 そんな教室で、由樹が作戦の準備を完了した。


「このペットボトルの中に入った試作品の□ーションを使う。ストリームで中身を乱回転させて、空中で容器を破壊することで、教室中に中身をぶちまける。名付けて“螺旋〇作戦”だ」


 なぜだか由樹の台詞には、伏せ字が多い気がするのだが、このくらい派手な方がうやむやにできる。

 場合によっては、由樹1人を生贄いけにえに差し出せば、俺は投獄を免れるところが素晴らしい。


「行くぜ!」


 由樹が例のペットボトルを上空へと投げ込んだ。

 俺は無関係を装うために、あえてかわそうとしない。


 見上げたプラスチックの容器が破裂する光景が脳裏に浮かんだ。

 しかし現実は無情にも、液体を入れたボトルは床に着地して、中の質量が大きいことを主張するかの如く鈍い音だけを残した。

 乱回転が足りなかったのだ。

 そもそも由樹が使ったストリームは主に気流を操作する魔法であって、液体への効力は弱い。


「さすが会得難易度A級・超高等NIN術だぜ!」


 お前が使ったのは忍術ではなく、風の下級魔法のストリームだろうが。

 一言にペットボトルと言っても、その形状だけでなく、硬さにも違いがある。

 おそらく□ーションの入った容器は、炭酸飲料を入れるような、強度の高い仕様だったのだろう。


「冴島、またお前か! そこを動くな」


 前の方から順番に、持ち物検査をしていた後藤先生が、新たな標的を定めた。

 これで由樹は、余計な身動きができなくなってしまった。

 しかし彼の投げたペットボトルはまだ生きていた。

 誰かが風魔法で再び空中へと、浮かび上がらせたのだ。

 それはちょうど後藤先生の顔の高さで、キュッと静止した。

 その的を目掛けて、鞭の様なしなりを見せるレイピアが斬撃を飛ばした。

 リズがやったのだ。


 真っ二つになったペットボトルの中身が、飛び散る光景がスローモーションで再生されていく。

 しかし再び、予想していた□ーションの雨が降って来ることはなかった。


 教室を襲ったのは、突風と爆発と、水しぶき。

 様々な魔法が暴発した。

 滑る足元に、止まない風、視界を覆う黒い煙と、バチバチと飛び散る火花。

 最後には、床から岩石でできた杭が生えてきた。


「早く逃げろ!」

「誰だ。水を出した奴!」

「椅子を突き破ったアーススパイクが由樹に刺さっているぞ!」

「「「的場くんの鞄は、私のものよ!!」」」

「由佳が後藤先生に捕まった!」

「深雪ちゃんが下敷きになって気絶している!」

「胡桃とリゼットがいなくなっているぞ!」

「委員長がご乱心だ!」


 予想外のパニックが起きた教室の2つの出入口には、荷物を手にしたクラスメイト達が、我先に駆け付けたせいで挟まっていた。

 どうやら持ち物検査をうやむやにしたかったのは、俺と由樹だけではなかったようだ。


 ***


 幸いなことに怪我人は誰も出なかったが、教室はボロボロになり、1年2組は青空教室で一週間を過ごすことになった。

 空きの教室があったのだが、罰としての意味も込められていた。

 ちなみに雨の日は、雨空教室をさせられた。


 1年2組の全員が、めでたく風紀委員のブラックリストに登録されることになった。

 会長様とは関係なく、酷い目にあうのは、今回が初めてだったかもしれない。


 今回の一件をきっかけに、サバイバルナイフはジャケットの内ポケットか、ズボンの内側に隠すことにした。

 またスタングレネードは小振りなものを特注し、素人目にはおもちゃにしか見えないので、堂々とベルトに付けることにした。


 ***

『あとがき』

学校あるあるでした。

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