SS2 草薙伊吹と冴島由樹

「なぜ冴島が付いてくるんだ」

「シスコンの伊吹が叱られないために、俺も一緒に行ってやるのさ」


 高宮飛鳥を倒すこと。

 それが東高に入学した当初の目的だった。


 産まれた時点で、草薙の家で次期当主の候補であり、時の経過と共に、その道筋は義務へと変わっていった。

 規模の大きい魔法結社である草薙では、本家の力が絶対ではない。

 野心を持つやからの悪意から、静流姉さんと胡桃の2人を守るためには、一刻も早く俺が一人前になるしかなかった。

 姉を当主に推す奴らもいるが、連中は本家の力をぐことしか考えていない。

 超一流の剣の腕を持つ彼女だが、人の機微きびや政治面にはうとい。

 周りの雑音を黙らせる為にも、俺自身の力を示す必要があった。

 そのための絶好の相手こそが高宮飛鳥だった。


 歴史のある草薙の家は、同じくニホン土着の魔法結社である富士の高宮家に、対抗意識を燃やしている。

 残念ながら世間の見方は、向こうの方が格上なのだが、草薙の面々は受け入れておらず、何かと競いたがる。

 そもそも市政の守護、予知そして妖退治を生業なりわいとする陰陽寮に、人材を送り込んできた草薙に対して、富士の霊脈を支配下に置き、ひたすら異能を蒐集しゅうしゅうする高宮では、できることの幅が違いすぎる。

 俺と同世代であり、高宮の次期当主として内定している高宮飛鳥の存在は今だけでなく、将来にわたって比べられるライバルである。


 今代こんだいにおいても、やはり高宮の方が格上なのだが、1対1の直接対決ならば、俺の刃が届く可能性だって十分にあった。

 しかし俺と飛鳥のファーストマッチは、未だに実現していない。

 せっかく新人戦の機会があったにもかかわらず、先に敗退したのは俺の方だった。

 彼と戦う前にトーナメントで敗れただけでなく、感情に振り回される情けない姿を見せてしまった俺だったが、東高で出会った仲間たちからの評価が変わることはなかった。

 むしろ妙な連れが1人増えた。


「俺の事は、天才由樹か、由樹閣下でよろしく」


 俺が飛鳥への挑戦権を失うことになった張本人だ。


「はいはい。天才へんたい由樹な」


 典型的なお調子者で、入学してからの数カ月で、数々の問題を起こしている有名人だ。

 多くの女性たちから目の敵にされている一方で、男子高生からの信望が熱い。

 とは言え、その実力は本物だ。

 新人戦前のランキング戦で、一桁台と入れ替わった唯一の人物だ。

 さらに本番では、ランキング1位であり優勝候補筆頭の飛鳥相手に勝利をもぎ取った。

 他にも林間合宿で、オーガの群れ相手に生き延びた班の一員で、胡桃と一緒に偵察を担当していたそうだ。

 単純にふざけた男だと一蹴できるような人物ではない。


「サンクス。モテる伊吹君には分からないと思うけど、天才と変態は表裏一体なのさ」


 モテるなどと言われても、低身長で童顔な俺に対し、“可愛い可愛い”と口にする周りにいる女子達ギャラリーばかりだ。

 そんな連中に囲まれても、あまり嬉しくない。

 そもそも静流姉さんの様な美人はそうそういないし、胡桃の様に愛嬌あいきょうのある異性はなかなかいない。

 だからといって、由樹の様に開き直るほどの勇気も俺にはない。

 確かに彼は天才であり、変態でもある。

 単純な魔力量は飛鳥どころか、俺や胡桃の足元にも及ばない。

 扱う魔法だって、風の下級魔法に限る。

 しかし矢継やつばやに多重詠唱を使いこなし、スカイボードを駆使して3次元的な動きで、圧倒的な敏捷性を見せつけた。

 さらに戦闘中に、魔法陣を書き上げるという芸当まで披露してくれた。

 東高での試合は、遮蔽物のない場所で1対1の環境で行われるが、実際にプロとして活動を始めれば、彼の小回りの利く機動力はさらに際立つだろう。


 さてさて、俺の後を付いてくる由樹の構図なのだが、ここは東高どころか都心から離れた郊外だ。

 学校は実家から電車通学できる距離にあるが、全寮制なのでこの2か月の間に帰る機会はなかった。

 しかし草薙の当主である親父から、顔を出すように指示があった。

 時期からして、新人戦での敗退に関する、おとがめだろう。

 静流姉さんにも帰宅命令が出ているが、昨年の一件以来、草薙の意向を無視している彼女が従うことはない。

 結果として、俺1人で短い帰省になるはずだった。


「本気で、家まで来るつもりなのか!」

「もちろんさ。静流先輩と胡桃がいないのは残念だが、お義父さんに根回しをするのも悪くないだろう」


 胡桃ならば、上手くくことができるのかもしれないが、俺の足では由樹に敵わない。

 そもそも公道で、許可無しに魔法を使う訳にはいかない。

 それに草薙の家はG〇〇gle地図に載っているので、目的地は割れている。

 いずれにせよ、弟子でもないやからを、通すほど草薙の門番は甘くない。

 俺が口添えをすれば別だが、そのようなつもりはない。

 彼が騒いだところで、親父への面会など叶うはずがない。

 そもそも静流姉さんも胡桃も、こんなふざけた男を慕う訳がない。

 無口な姉さんも、幼い従妹だって、芯はしっかりとしているので、気の迷いなどあり得ないはずだ。


 ***


 草薙の一門を仕切る親父は、肉体の全盛期を過ぎたよわい50にも関わらず、筋骨隆々であり、達人の気配を宿す男だ。

 その鋭い眼光は、それだけで相手の呼吸を奪うほどだ。


「よく帰ったな、伊吹。わざわざすまんな。そしてご学友もご足労どうもありがとう」


 親父との親子の面会。

 しかし俺の隣には、部外者よしきが座っていた。


 数分前、俺が言葉を発するよりも、草薙の門番たちは彼のことを歓迎したのだ。

 由樹が目の上のたんこぶである高宮飛鳥を辱めたことは、この業界の人間であれば誰でも知っている。

 高宮憎しを掲げる草薙だが、その一点に関しては、派閥に関係なく同じ想いだ。

 そんな彼らにとって、由樹は歓迎すべき客ということになってしまった。

 同門の俺がこいつに負かされているのだが、都合の悪いことからは目を逸らすのが人のさがだ。


 それにしても親父が面会を許可するのは、さすがに想定外だった。

 家人が由樹の来報を伝えると、3カ月ぶりの親子の対面に同席することを許可した。


「ところで伊吹、静流しぃちゃんは、帰ってきてくれないのか。せっかくお前を東高に送ったのに、どうして帰ってきてくれない。し~ちゃーん! パパはいつでも待っているよ!」


「このおっさん大丈夫か!?」

「親父はいつもこんな感じだ」


 50を超えるいかつい親父おっさんが、誰もいない窓枠の先に向かって叫んでいる。

 こうなると、収まるまで待つしかない。

 さすがの変態よしきも、唖然あぜんとしており、割り込むことができない。

 親父の乱心は、日常的な発作の様なものなので、たとえ声が外まで響いていても誰も駆けつけて来ない。

 昔は厳格な親父だったのに、静流姉さんが才能の片鱗を見せた頃から、おかしくなり始め、昨年の一件でとうとう外面そとづらを隠さなくなった。


 ***


「さて、伊吹。客人の前で、敗戦をとがめるつもりはない。新人戦では、良き経験ができたな。俺も含め、この家の人間どもは偏っている。草薙の修行を中断して、東高に行かせたのは正解だったようだ」


 正気に戻った親父は、何事もなかったのように話を始めた。

 さすがにもう威厳を取り戻すことはできず、俺の隣に座る由樹も、最初に対面したときにあった緊張を完全に失っている。


「ほら、俺の言った通りだろ」


 勝手に付いてきただけの癖に、由樹が誇らしげに口にした。

 彼が実力者であることには間違いないのに、横柄な態度で出られると、歯向かいたくなってしまう。


「昨年の新人戦は、うちの静流と工藤財閥の娘の2人が突出していた。それに比べて、今年の東高は粒揃いだな。優勝した野々村芽衣ももちろんだが、高宮の子倅こせがれを破った君も素晴らしい使い手だ。かつての神童が未だに神童だったとは、いや失礼。神童たちと言うべきだったかな」


 俺と高宮飛鳥を破った由樹だったが、優勝には手が届かなかった。

 不幸な事故によって、決勝戦は不戦敗になり、準優勝という結末で幕が下りた。

 そんな彼に代わり、新人王の称号を獲得したのが、先ほど名前が挙がった野々村芽衣だ。

 飛鳥と由樹が潰し合ったことで、漁夫の利を得たと揶揄やゆする者もいるが、あの場で彼女の試合を見た者ならば、誰もが納得する新王者だ。

 見えない謎の魔法を操るだけでなく、圧倒的な格闘センスまで見せつけてくれた。

 今回の新人戦で間違いなくダークホースだった由樹と野々村の2人だが、親父の口振りだと、まるで以前から知っていたかのようだ。


「他の連中が紐付きなのに対して、お前ら2人はどの結社の息も掛かっていない。方々ほうぼうが囲いたがっているが、業界で名の通っている草薙一門を訪れたことで、余所への牽制になるだろう。お前もそれを狙って、俺に会いに来たのだろ」


 親父の持論に対して、由樹は是とも否とも口にしない。

 しかしその沈黙は同意と同じだ。


 今回の新人戦で目立ったのは彼らだけではないが、飛鳥は高宮のエリートだし、野々村芽衣と激闘を繰り広げた『装甲車』の彼女は、帝国式魔法戦技マジックアーツの使い手だ。

 他にも1回戦でしか姿を見せなかった、新人ランキング2位のリゼット・ガロは、イタリーの騎士団に所属している。

 そもそも実戦向きな教育を施す東高は、入学以前に実力を示した連中が集まってくる。

 トップクラスの使い手は、すでにいずれかの派閥に所属しているのが大概だ。

 そう考えると魔法科出身とはいえ、学校でしか魔法の教育を受けていない2人が、ニホン、そして海外からのエリートたちの頂点に立ったのは、話題になるのが当然のことだ。

 由樹の普段の言動はふざけているが、その頭はかなりキレる。

 静流姉さんや胡桃の実家だから、挨拶に来たと軽口を叩いていたが、確固たる理由があってのことだったのかもしれない。

 草薙の家と交流があれば、怪しげな結社からの誘いは無くなる。

 それに歴史のある草薙ならば、強引な勧誘はしないが、余所に匂わすことはできる。


「ならばお義父さん。静流先輩との、」

「誰がお義父さんだー!」


 由樹の言葉の続きは、親父の怒号でかき消された。

 俺や親父の考えすぎだったのかな。

 やっぱり由樹は、自身の欲求のために付いてきたのだろうか。

 しかし悩みを抱えているのはこちらも同じだ。


「しーちゃーん!」


 由樹が余計なことをするから、親父の病が再発した。


 ***


 親父が正気に戻って間もなく、会談はお開きになった。

 家人に由樹を屋敷の外まで案内させて、先に東高へと帰らせた。

 久しぶりに実家に戻った俺は、自身の部屋で羽を伸ばしていた。


 和風の草薙邸であるが、俺の自室は洋式になっている。

 入口からふすまではなくドアの仕様になっており、照明は白色蛍光灯で、張り替えたフローリングの上にはカーペットを敷いてある。

 家具はシンプルに机と本棚、ベッドそしてクローゼット。

 親父や静流姉さんは普段から和装だが、俺の方は和洋半々といったところだ。

 さすがに押し入れは、リフォームすることはできずに、そのまま使っている。


 楽な服装に着替えた俺は、窓を開けて外気を取り込むと、ベッドの上にある掛け布団を半分めくった。

 そこから現れたのは、特注のプリントを施した小振りの抱き枕が2つ。

 俺はベッドにダイブすると、それぞれの腕で枕を抱きしめた。


「しーちゃん。くーちゃん」


 両腕の中の枕に印字されているのは、5年ほど昔の静流姉さんしーちゃん胡桃くーちゃんの全身絵。

 正面だけでなく、背後も描かれてある。

 写真の頃はまだ辛うじて会話があったが、今ではほとんど交流がない。

 草薙の家での力関係が、俺たちの仲を裂くことになった。

 静流姉さん以上など求めていない。

 せめて彼女と肩を並べられるほどの実力があれば、こんなにも苦しい思いをすることはなかった。

 陰陽の力を持たない姉さんは、昔からこの家で孤立していた。

 さらに他の追随を許さない圧倒的な剣才は、彼女自身をより孤独にした。

 それは姉弟の関係ですら、例外ではなかった。

 本来ならば俺こそが、率先して姉さんの傍にいるべきだった。

 なのにたかが次期当主の席を守るために、躊躇ちゅうちょしてしまった。

 そんな俺のことを胡桃は軽蔑していると思っていた。

 しかし新人戦で彼女と向き合うことになり、俺が勝手に空回りしていたことを知った。


 静流姉さんの顔に頬擦ほおずりをしたり、小さな胡桃の体を抱きしめたりと堪能しながら、小一時間を過ごした。

 また東高で2人と顔を合わせたら、意地を張らずに少しだけ素直になれるだろうか。

 今度は俺の方から話しかけてみようか。


 小さな決意を胸に抱いて、俺は夢の世界から現実へと戻った。

 今晩には東高の寮に戻るが、夕食はこちらで済ますつもりだ。

 道場で軽く体を動かしたいと思い、ベッドから起き上がると、辛い現実が待っていた。


「……いつから見ていた?」

「やっぱ親子だなぁ。伊吹シ・ス・コ・ン


 静流姉さんと胡桃が描かれた枕を抱きしめる姿を見られてしまった。

 1時間前に帰ったはずの由樹が、俺の部屋の前に立っていた。


「……オリジナルの写真でどうだ」


 由樹を紳士的に買収することになった。


 ***


『さて、伊吹は自分の部屋に行ったぞ。まだ要件を聞いていなかったな。草薙の威を借りるだけではないのだろ。やはり王に立ち向かうつもりか?』

『そんなことまで知っていたのか』


十歳とおで風の最上級に辿りついた天才少年が、事件に巻き込まれ、その才能を失った。それにあの一件は草薙も動いていた』

『そういうことか。ただ、失ったのは才能だけじゃない。俺は大切な人を守れなかった。それにあいつに支払った代償は、世間が思っているよりもずっと重い』


『それでもお前は、研鑽けんさんを怠らなかった。今のお前は非力ではあるが、非凡ではない。それでも王への道のりはまだ遠いのだろ……第5公社への合流は検討したのか』

『第5の最終目標は秘匿案件のはずなのに、よく調べられたな』


『うちの静流が所属しているのだ。裏を取るのは当然のことだ』

『すでに凛花先輩から誘いがあったが、断った。第5公社に入ってしまったら、奴の目に止まるかもしれない。そしたらこれまでの準備が台無しになってしまう』


『ならば第5公社とも競うという訳か。よりいばらの道になるぞ』

『そこまで傲慢ごうまんじゃない。俺は自身の手で復讐ふくしゅうを遂げることにこだわるつもりはない。第5があいつを倒してくれるならば、成り行きに任せる。もししくじるようなことがあれば、俺が表に出る。そこで本題だが、草薙の隠形、諜報能力が欲しい』


『そういうことか。草薙の家としては、弟子を拒む理由はないが、分家は裏門だ。無関係な者に伝える訳にはいかない。今のお前にそれだけの価値があるのか』

『俺にとって、優先事項ははっきりしている。芽衣の器を守ること、次に復讐だ。けど伊吹や胡桃、そして静流先輩の危機をフォローできるシチュなら、手を差し伸べてやる。ついでに先払いで、ひねくれた伊吹に喝を入れてやったぞ』


『伊吹の件は感謝しているが、事はより重い。たしかに静流たちは、不完全な王相手に力試しをしたに過ぎない。それすらも劣勢のままに終わった。完全な王を目の前にして生き残ったのは、この世界でお前とガウェインの2人。しかもその場ですぐに立ち向かったのは、お前だけだ。俺も含めて、皆が王に歯向かうことを想像でしか測ることができない。そういう意味ではこれから起こる騒乱で、お前こそが最も対応できるかもしれないな……よかろう。王と戦う準備をするためにも隠形は役に立つだろ』


 ***

『あとがき』

今回は伊吹視点がメインでしたが、由樹のための回でした。

さてさて、彼の復讐の相手についてかなりヒントを書かせていただきました。

生徒会メンバーは特徴を伸ばす成長を遂げますが、由樹だけは例外です。

風魔法はそのままで、魔法陣、魔法薬の研究を行い、今回新たに隠形が追加されました。

さらには飛鳥との試合で出し渋った切り札も隠し持っております。

彼の物語は、芙蓉と紫苑の物語の裏側ですが、何度も交差します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る