SS1 一攫千金

『後輩くん。一攫千金いっかくせんきんよ! 新人戦での負債は、その肉体からだで取り返してもらうわ』


 アックス達を退けた次の週、生徒会ハウスの会議室で新人戦の事後処理をしていたのだが、突然現れた会長様に強制連行されることになった。


 さて、一攫千金と言えば、何を想像するであろうか。

 石油や鉱石の発掘だろうか

 希少生物、植物の探索なんかも金になる。

 ニホン人的発想だと、埋蔵金かもしれない。

 魔術的な手段ならば、魔石の採掘や、封印された魔術書アーカイブを探し出すなんて夢がある。

 現代だと株やFX、先物取引なんかも、一夜で世界が変わる。

 ギャンブルはあまり好まないし、特にポーカーやブラックジャックのような心理戦は苦手だ。

 他にも考えられる手段は様々だが、さすがに任務と関係のないところでの犯罪行為は避けたい。


 一攫千金の方法も、行き先も告げられず、東高の外へと連れ出された俺は、公共のバスに乗せられた。

 リルの背中を免れたのは、幸いだったのかもしれない。


「とうちゃ~く」


 そして辿り着いたのは、何の変哲もない商店街に並ぶとある中華そばのお店。

 飲食店でもお金が動くのだが、会長様のスケールで考えると、安心と期待外れの感情が俺の中で入り交じっている。

 単純に腹ごなしで、一攫千金の計画は、夜が本番なのかもしれない。


 当の会長様が先導して、店の中へと入って行った。

 蒸気と一緒に出汁だしの香りが、漂ってくる。

 癖のある豚骨の風味だ。


 調理場を一望できるカウンター席がずらりと並び、2組だけテーブル席が配置されている。

 年季が入っているものの、飲食店であるので清潔さはしっかりと保たれている。

 放課後の日暮れ、夕食としてはまだ早い時間かもしれないが、学生服の連中や、工事現場で働いているような作業服の男たちが席を埋めている。


「いらっしゃい。よぉ、嬢ちゃんか。予約より少し早いな。出来上がるまで待っていな」


 調理場に立つ店主だと思われる壮年の男性が、俺たちのことを迎えた。

 料理人とは思えない鍛えあげられた肉体がエプロンをまとい、バンダナを巻いている。

 そしてどうやら会長様とは面識があり、俺の意見など関係なく、事前に注文が済んでいるようだ。


「後輩君、こっちこっち」


 会長様に呼ばれて、カウンター席に隣り合って座った。

 店の中には、メニューが書かれた木製の掛け札が並んでいる。

 といってもトッピングや量の違いだけで、今時珍しくスープは豚骨醤油の一択のようだ。


「まずは先に、嬢ちゃんの分な。ネギたっぷりに麺硬め」


 会長の前に、熱々の湯気を燻らせた白い器が差し出された。

 それは華国から伝わり、ニホンの地にて昇華された料理。


“ラーメン”


 その具材はシンプルであり、多く入れられたネギ以外には、キャベツ、もやし、メンマそしてチャーシューが麺を包囲している。

 一人前でもそれなりの量があり、スープにはずっしりとした重量を感じるギドギドな脂が浮いている。


「いっ、ただきま~す」


 手を合わした会長様は、箸を割るとすすり始めた。

 美味しそうに食べる彼女を見ていると、ほっこりしてしまうのだが、ひとつ心配事がある。

 俺もラーメンは嫌いではないのだが、カロリーが気になる。


 日々のトレーニングと食生活で、今の体型を保っている。

 過酷な任務を遂行する上で、骨格に対する筋肉と脂肪のバランスはとても重要だ。

 筋肉は瞬発力と持久力を生み出すが、魔力で強化できることを踏まえると、量を抑えて身軽に仕上げてある。

 そして脂肪はいらないと主張する者もいるかもしれないが、重要なエネルギー源であるので、こちらもやはり身軽さを失わない程度には必要だ。

 基本は食べた分だけ運動して、収支を整えつつ、必要に応じて食事制限をする。

 この時間に高カロリーのラーメンを食べるならば、今晩の筋トレと明日の早朝ランニングを倍に増やさなければならない。


 まだ出てこないラーメンに期待しつつも、そのカロリーを気にしていたら、店の壁に張られた大きなポスターが目に入った。


“特盛りラーメン(5人前)20分で食べきれれば、賞金3万エン”


 とても嫌な予感がする。

 隣で幸せそうにラーメンを食べる会長様の、目当てについて察してしまった。

 現実から目を逸らして、今すぐ逃げ出したい気分だ。


「食べきれなかったら、お代は5000エンだから。頑張ってね」


 彼女に確認しようとしたのだが、先回りされてしまった。

 拉致された時点で、ある程度の理不尽は覚悟していたが、今回は趣向が異なる。

 俺は食用であれば、大抵の物は口にするが、暴食はしていない。

 もしポスターに書かれている通り、単純に彼女が口にしているラーメンの5倍ならば、制限時間がなくても完食できるのか怪しい。

 さらに食べきったとしても、その分のカロリーを消費するために、トレーニングを増やすと筋肉が付きすぎてしまうので、食事制限も必須だ。

 今からでも、注文を断ることはできないものか。


「無理よ。店主も仕入れが必要だから、わざわざ事前に予約したのよ」

「せめて会長が挑戦してください! 俺に押し付けないでくださいよ。そもそも普段から節制している俺よりもあなたの方がいつも多く食べているじゃないですか」


 ヤバい失言した。

 特盛ラーメンを避けたい一心で、口を滑らせてしまった。

 会長様に限らず、女性に対して今の言葉が地雷であることは、蓮司でなくても、由樹ですら分かるはずなのに。

 隣に座る彼女が、かっとなる姿を想像したのだが、下を向いたままぷるぷると震えている。

 怒りの臨界点に到達するのは、間近だろうか。

 しかし会長様は小さくこぼした。


「……むりよ」


 そして限界に到達した彼女は、感情をぶちまけた。


「無理だったのよ! この前、凛花たちと挑戦して全滅したのよ」


 すでに失敗済みだったのか。

 しかも凛花先輩と、おそらく静流先輩も挑戦するだなんて、無謀にもほどがある。

 常識人の副会長が止めないのかと思ったが、あの人はこういうイベントに率先して参加しそうだ。


「ねぇ。私の仇を取ってよ。男の子でしょ」


 両手で、俺の肩を揺らす会長様が、哀れに見えてくる。

 引き際が悪すぎる。

 普段から力任せな彼女は、賭け事ギャンブルにとても弱いのかもしれない。

 その証拠に、さすがの凛花先輩も今回は不参加だ。

 負けることが分かっているならば、無理に食べずに残して、彼女に金を払わせればいいだけだ。


「ちなみに私は、自分のラーメン代しか持ってきないわ」


 すでに退路を断たれていたのか。

 俺だって資金はあまりない。

 ステイツからの報酬は、生活費に充てるための基本給以外に、任務を成功させるたびに一定額支給される。

 これまでの稼ぎのほとんどは、母さんの情報を得るために使ってしまい、貯金はあまりない。

 そして今回の任務である九重紫苑の護衛と調査を完了しない限り、歩合分の給料を得ることができない。


 ちなみにアックスたちを退けたことについて、特別手当が発生した。

 同じステイツの密命を帯びた人間を殺しておきながら、報酬というのも何ともおかしな話だ。

 しかし今回の狙撃で蓮司が撃っていればよかったのだが、魔力を持たない俺が銃弾を強化するために魔石を使ってしまった。

 うちの部隊では、任務に使った弾丸等の消耗品の請求の一部は、報酬から差し引かれることになっている。

 そして俺のちんけな特別手当よりも魔石の方が高価だ。

 さすがにマイナスだからと言って、補償金は発生しなかったが、特別手当ははかなく散っていった。

 一応フレイさんが、ポケットマネーから5万エンを振り込んでくれた。

 殺人の相場は国によってまちまちだが、アックスたちの情報を得てから決行までの9日間の給料として考えると、かなり少ない。

 このような懐事情のため、20分で5000エンの損失は看過できない。

 おそらくここで払ってしまえば、事後的に会長様への請求は不可能だ。

 授業以外の時間で、第5公社のバイトを、増やすしかないのか。


 いや待てよ。


「そもそも会長は副長なのだから、それなりに報酬を貰っているのでは」


 もちろん公共の場なので、第5公社のことは伏せたのだが、“会長は副長”って不自然なものだ。


「残念でした。依頼達成のたびに、報酬が発生する一般構成員と違って、副長は全体の利益の数パーセントを受け取ることになっているの。でもうちは稼ぎも多いけど、みんなが派手に暴れるから、出費も多くて私への給料なんて微々たるものよ」


 つまり会長様は、まったく当てにならないという訳だ。

 俺に残された道は、諦めて5000エンを払うか、大食いにチャレンジするかの2択しかない。


 しかし店主の一言によって、状況はさらに悪化する。


「そういえば嬢ちゃん。前回と同じで、2人以上がチャレンジする場合は、制限時間内に先に完食した方だけが賞金獲得だからな」

「おじさん何を言っているの? 今日は後輩君だけで、私は挑戦しないよ。こうしてレディースサイズのラーメン食べているじゃない」


「違う違う。嬢ちゃんたちじゃなくて、別のお客さんからも予約が入っているんだ」


 会長たち以外にも、こんな馬鹿げた挑戦をする奴がいたのか。

 もし本職のフードファイターとかが相手ならば、俺に勝ち目はない。

 いや、そもそも大食い自慢な一般人だとしても、勝てる自信がないぞ。

 そして会長様がさらりと口にしていたが、一人前だと思っていた彼女のラーメンは、レディースサイズだった。

 そんな中、ラーメン屋に新たな客が入ってきた。


「いらっしゃい、旦那。他のお客さんも挑戦するんで、カウンターの空いている席に座って待っていてくれ」


 先程話題に出たもうひとりの挑戦者のようだ。

 こんな商店街のラーメン屋に似合わないダークスーツの男。

 サングラスのせいで素顔は見えないが、髪が黒くてもその白い肌からニホン人ではないようだ。


「おや、ご子息ではないか」


 後から来た男は、俺の方を向いてそう漏らした。


 なぜこいつがここにいる。


 咄嗟とっさに手を鞄の中に入れると、ナイフを握った。

 俺の殺気に動じることなどなく、奴はサングラスを外して、涼しげな顔を見せた。

 血色の悪い白い肌に、堀が深い目元、高い鼻、そして2本の鋭利な八重歯。

 忘れもしない1カ月前、死闘を繰り広げた相手。

 騎士を名乗る吸血鬼、ダニエラ。


「ご子息との再戦にはまだ早い。それにこんな人里で戦うほど、我は血に飢えておらぬ」


 前回は問答無用で襲ってきたダニエラだが、この場で戦う意思はないようだ。

 奴は俺の隣、会長様とは逆側の空席へと腰掛けた。


「なぜおまえがこんなところに」

「愚問だな。ラーメンを食べにで、決まっているであろう。食事も戦いのひとつだ」


 確かに食事も戦う前の重要な準備ではあるが、それ自体を戦いだと思ったことはない。


「後輩君。このおじさんと知り合いなの?」


 いや、あなたが霊峰でサンドバックにした吸血鬼ですよ。

 過去を振り返らない彼女の性格が、時折うらやましく思うことがある。

 ダニエラのことを、人前で説明するとややこしくなる。

 そもそも奴に戦うつもりがないのならば、あまり余計なことは突かない方が良い。


 どのように切り出すのか困っていたら、戦いの時がやってきてしまった。

 店主が俺とダニエラの前にそれぞれ特盛のラーメンを置いた。

 中身は会長様が食べていたものを、そのままボリュームアップさせたものだ。

 ブロック状のチャーシューと、大量の野菜で麺がほとんど隠されてしまっている。

 器の重さからざっくり5キログラムを超える。

 フードファイトだと、20分以内での完食は相場なのだろうか。


「改めてルールを説明するぞ。制限時間は20分。食べきったら賞金3万エンだ。時間を超えたら、特盛代として5000エンを払っていただく。今回は勝負形式なので、先に完食した方にのみ賞金を出す。また負けた方には2人分の食費を支払ってもらう。最後に、スープまで飲んでから完食と見なす。備え付けの調味料は自由に使ってもらっても構わない」


 5000エンだと思っていたペナルティが倍になっていた。

 しかもスープまで飲まなければならないとは。

 相変わらずギトギトの脂が浮いており、かき混ぜずにそっとしておけば、2層に分離しそうだ。


「ギャラリーの連中は、ラーメン1杯くらい食って行けよ」


 こんな店と言ったら失礼かもしれないが、夕食より早い時間帯に多くの客が入っていると思ったら、大食いチャレンジを見学しに来た連中なのかよ。

 チャレンジに成功したとしても、店としては、損をしないのだろう。

 中々上手い商売のやり方なのかもしれない。


 これだけの人に囲まれてしまったら、ラーメンに手をつけずに、金だけ払って退散する訳にはいかない。

 そして店主の手には、スマートフォンではなく、陸上競技などで使うようなしっかりとしたストップウォッチが握られていた。

 もう食べるしか、生き延びる道はない。

 そして戦いの火蓋が切って落とされた。

 新たに誕生した2人の戦士ファイターによる戦いが始まる。

 それは対戦形式でありながらも、己自身との戦いでもあった。


 先に食らいついたのは、ダニエラの方だった。

 その見た目から意外にも見えるが、器用に箸を扱う。

 俺も負けじと、具材を口へと放り込む。

 野菜の素材としての味が、ガツンと来る濃い味付けのスープを中和して、程よいコントラストを生み出している。

 豚骨の臭みが残されているが、癖になる絶妙なバランスで不快に感じない。

 ゆっくりと味わいたいが、ここは戦場だ。


 大食いに挑戦した経験はないが、早食いならば心得がある。

 任務の最中の栄養補給は、短時間で済ませる必要があった。

 咀嚼そしゃくの不十分な大きい塊でも、飲み込むことができる。

 通常の食事であれば、しっかりと噛んだ方が消化に良いのだが、短期的に考えれば、噛む時間が長引くと、満腹感が増してしまう。

 20分という制限のある戦いである以上、多少無茶をしてでも、前に進むしかない。


 野菜だけでも1度の食事量と同じくらいなのだが、食べきることでようやく麺が顔を見せた。

 まだチャーシューが残っているが、後回しだ。

 麺がスープを吸って伸びる前に対処したい。


 箸で持った麺はとても重たい。

 もちもちとした食感がとても食べ応えあるのだが、大食いチャレンジでは障害でしかない。

 とにかく大量の麺を口に含むと、あふれた分は噛み切る。

 すする時間が勿体ない。


 俺に数十秒遅れて、隣から麺を啜る音が聞こえてきた。

 どうやら今のところ、こっちが優勢のようだ。

 今更だが、吸血鬼は早食いに向いていない。

 こいつらの主食は人間の血だ。

 効率よく血を吸うために、牙が発達している。

 それはつまるところ、歯並びがとても悪いということだ。

 前歯で噛むことが難しく、俺のように麺を途中で噛み切ることができていない。

 毎回麺を最後までしっかりと啜っている。

 そういえば母さんも、食事はゆっくりだった。


 それでも安定したペースで、ダニエラが追い上げを見せてきた。

 というか俺の方はそろそろ限界だ。

 20分経過する前に、箸が止まりそうだ。

 しかし真横で応援する会長様が許す訳がない。


「後輩君、これがあれば、まだ食べられるでしょ」


 会長様が手渡した金属製の小さな容器の蓋を開けると、その独特な匂いが鼻を刺激してきた。

 潰された生のニンニクだ。

 味を変える作戦が、フードファイトでの常套じょうとう手段であることくらいは、素人の俺でも知っている。

 小匙のスプーンですくい、ラーメンへの投下を数度繰り返す。

 口臭を最悪にするにも関わらず、ついつい止められなくなるほど、何故か癖になるのが、この魔法のような食材だ。

 少し加えるだけで、目の前の世界が変わっていく。


 追いついてきたダニエラを、再び引き離す。

 ペースを落とすことさえなければ、負けることはありえない。

 しかし俺たちは、奴に手の内を見せてしまった。


「そういう手があるのか。ぬかったな。我も真似させていただこう」


 不遜な態度のダニエラだが、しっかりと相手を観察する目を持っているしたたかな男だ。

 奴も俺と同じように、ニンニクを投下した。

 これにより味を変化させたことによるアドバンテージが失われてしまった。


「ゲホゲホ……なんだこれは、ゲホ」


 ダニエラが咳き込み始めた。

 むせたにしては、なかなか止まらない。

 どうやら隣の吸血鬼は、ニンニクアレルギーなのか。

 母さんは大丈夫だったが、個体差があるのかもしれない。

 すでにスープへと拡散されたニンニクを、取り除くことは不可能だ。

 これで1万エンのペナルティはなくなった。


 ようやく麺半分を平らげた俺は、後回しにしていたチャーシューへと踏み込む。

 分厚く切った肉には、ずっしりと脂が乗っている。

 噛みつくことであふれ出る肉汁は、濃い味のスープに負けないほどの旨味を主張してくる。

 美味しいことは否定しないが、この後半戦で強烈なボディブローだ。

 胃酸をどんどん分泌して、タンパク質を分解しなければ、すぐに満タンになってしまう。

 そんな中、隣で消えそうになっていた小さな炎が、再び燃え始めた。


「かつてボード卿に仕えし騎士ダニエラ。本気で行くぞ」


 騎士であり吸血鬼である男が、特盛ラーメンに対して名乗りを上げた。

 それは吸血鬼がニンニクを克服した瞬間であった。

 しかしここに至っては、対戦相手のことなど関係ない。

 制限時間なんてどうでもいい。

 もう目の前のラーメンを食べきるかどうか、己との勝負だ。


「俺に分解できない存在リアルなどない」


“そして2人で、仲良く5000エンずつ払いました”


 ***


 特盛ラーメンは悪夢の序章に過ぎなかった。

 あれから1週間、毎日のように会長様に引きずり回されることになった。


 ヒーローショーの悪役エキストラのバイトをしたら、会長様が無双してしまい、子供たちが大泣きして、めっちゃ怒られた。


 他にも、何故か小さくなったリルの飼い主として、ペットコンテストに参加させられた。

 そしてあのマゾ犬の奴、鞭で叩かないと俺の命令を聞かないとほざくから、鞭で叩いたら一発退場させられた。


 暗黒騎士がパラディンへとクラスチェンジするために、試練の山を登る手伝いをする仕事なんかもした。


 銀の玉を精確に弾き飛ばす仕事は、中々面白かった。

 最初はぱっとしなかったが、座る位置の見極めを知ると、どんどん成績が上がっていった。


 最後の止めは、トクガワの埋蔵金の発掘のために、忍の城を攻略することになった。


 一時は大きな負債を背負ったものの、何とか収支を小さなプラスにすることができた。

 それでも1週間働いて、5万エンだった。

 しかもコンサルタント料とか言われて、会長様に4万エンほど持っていかれてしまった。


 幸いなことに、大変な目にあったおかげで、初日のラーメンのカロリーは無事に消費することができた。


 そして放課後になると、強制的に俺のことを連行していた会長様だが、解放された本日は静かな一日だった。

 さすがに激動の1週間を過ごした俺の肉体は、休息を求めており、寮の部屋でまったりと過ごしていた。

 本日の生徒会業務は変則的で、夕方の6時に生徒会ハウスの会議室に集合するように、凛花先輩から連絡があった。

 蓮司と由樹は部活に行っているが、集合には間に合うと言っていた。


 ***


「「「ようこそ。生徒会へ!」」」


 生徒会ハウスに集合した俺たちを迎え入れたのは、もちろん役員の3人だ。

 と言っても、静流先輩の声はほとんど聞き取れない。


 会議室の長机には、色とりどりの料理が並んでいた。

 パーティーメニューという感じで、フライドポテト、唐揚げ、海苔巻き、サンドイッチ、ソーセージ、スパゲッティ、カルパッチョ、クラッカー、ケーキ等々。

 いわゆる歓迎会というやつだ。

 そういえば新人戦の準備から始まり、ずっとバタバタとしていたので、生徒会のメンバー全員で食事をする機会はなかった。


「みんな、さっさと飲み物を選んで」


 いつもなら凛花先輩の役割なのだが、珍しく会長様が仕切っている。

 俺たち1年生も彼女の指示に従って、テキパキとグラスにジュースを注いで、乾杯の準備をする。

 昨日退院したばかりの蓮司とリズも、その動きから特に体の異常はなさそうだ。


 全員がグラスを手にすると、会長様が音頭おんどを取った。


「1年生たち生徒会へようこそ。そして新人戦お疲れ様。芽衣ちゃんは新人王おめでとう。怪我した2人も退院おめでとう。かんぱ~い!」


「「「かんぱーい!!」」」


 簡潔なスピーチは、会長様の数少ない美徳だ。


 立食形式のパーティーということもあり、人の配置、話し相手が次々に入れ替わっていく。


「凛花先輩。歓迎会の手配お疲れ様でした」

「いや、今回は紫苑の企画で、私がしたのは簡単な手伝いだけだ。紫苑は以前から生徒会に後輩が入ったら、ぱっと騒ぎたいと言っていた」


 そうだったのか。

 てっきり何でもできる凛花先輩に、全てを押し付けたのかとばかり思っていた。

 やりたい放題の会長様だが、なんだかんだ言って、面倒見の良い一面もある人だ。


「しかし豪華な会にするために、資金を増やそうと企んだのは間違いだったな。芙蓉もこの一週間大変だったろう」


 ようやく合点がいった。

 彼女は歓迎会の費用を増やすために、新人戦のトトカルチョで俺に賭けて大儲けするつもりだったのか。

 その計画が頓挫とんざしたので、慌てて資金集めに奔走した訳だ。

 俺の事を振り回したものの、凛花先輩や静流先輩に甘えることなく、自力で資金を調達したのは、彼女なりの譲れない何かがあったのかもしれない


「後輩君。凛花とばかりじゃなくて、私ともお喋りしようよ」


 アルコールが入っている訳でもないのに、会長様がやたらと絡んでくる。

 たまにはこういうのも悪くないかもしれない。


 ***


『なぜおまえがこんなところにいる。ラーメン目当てなど、あからさまな嘘をつきやがって』

『食も我にとって楽しみのひとつなのだがな。まぁ、ついでであることには変わりない。まずは、ローズ様がニホンに入られた。行動を起こすのはしばらく先だ』


『なぜお前が母さんのことを知っている!?』

『我はローズ様の眷属だから、彼女に従っていてもおかしくない。しかし今回の訪問は我の独断だ。ローズ様も子供相手に大人げない。このままだと一方的に事が運びそうなのだが、それでは面白くない』


『何の話をしている。母さんは何をしにニホンに来た?』

『ローズ様は九重紫苑と刺し違えるつもりだ』


『……意味が分からない。なぜ真祖である母さんが、各国同様に九重紫苑を狙う』

『それはご子息のためだ。母と仰ぐ御仁を死なせたくなくば、再会を願うならば、そなたの手で九重紫苑を殺すことだな』


『彼女の護衛である俺の前で、よくもそんな言葉を吐けたなぁ。霊峰での決着をここでつけるか』

『そう急くな。今はまだその時ではない。しかしローズ様が行動を起こした時に、そなたが青いままでは楽しめない。九重紫苑の護衛は、命令だからやっているのだろ。ならば母を救うために立場を変えるのは、ニンゲンらしい選択だと思うがな』


『俺は利害によって今の職務に就いているが、簡単に鞍替えするほど薄情じゃない。それに俺が九重紫苑を守り抜けば、母さんも差し違えることはなくなる』

『やはり青いな。それは決定権を持つ強者の理屈であって、そなたのような矮小な者に唱える資格などない。今は九重紫苑の隣で、彼女の魔力を喰い続けるのだ。そうすれば自ずと器が完成する。もうすぐ次の時代の覇権争いが始まる。そして第5の精霊王の契約者こそが、最後に盤面を支配する』


 ***

『あとがき』

久しぶりにカオスな回でした。

それでも物語を進めているつもりです。


ダニエラとの会話を簡潔にまとめると、『母親か、恋人か』という決断でしょうか。

世の男性は辛いですね。

芙蓉の選択は、最終章『裏切りの騎士』まで持ち越します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る