26 会長様との日常

『あらすじ』

カウンタースナイプ成功

アックスと決着

 ***


 見知った天井だ。

 生徒会ハウスの談話室。

 仕事の合間に休憩する部屋であり、仮眠用のベッドを完備してある。


 東高に入学した次の日に、会長様と模擬戦をして気絶させられたときに、運び込まれたのもこの部屋だった。

 ここで母さんの残した指輪を取り上げられ、引き換えに彼女を守り抜くことを約束させられた。


『私がピンチのときは、全てを捨ててでも助けて』

『会長が何を抱えているのかは分かりませんが、あなたのことは俺が守ります』


 かつての誓いを頭に浮かべていたが、すぐにベッドから上半身を起こし、部屋の中を見渡した。

 何度も確認したが、誰も隠れていないようだ。

 もちろん布団の中にも誰もいない。


 前回運び込まれたときは、布団の中に侵入してきた静流先輩とのツーショットを会長に撮られてしまい、弱みを握られてしまった。

 当時は大して重く受け止めなかったが、コミュニケーションに問題のある静流先輩は、その無口でミステリアスなキャラのため、校内でかなり人気がある。

 もし会長がその気になれば、俺は東高の男子はんぶんを敵に回すことになる。


 華やかな新人戦が催される裏で、アックスとの決着を終えた俺だったが、どこからなのか戦い模様を飛鳥に覗かれていた。

 軽く脅すつもりだったのだが、興が乗ってしまい、かなり強めの口調になってしまった。

 実は何を口にしたかあまり記憶にない。

 久しぶりの殺し合いの後だったこともあって、気持ちが高ぶってしまった。

 弱い自分を抑えつけ、一時的とはいえ狂気を受け入れないと、この仕事は続けられない。

 大分落ち着いて、冷静を取り戻せているが、まだ正常ではない。

 ナイフでアックスの首をなぞった感触が、まだこの手に残っている。

 今回もなんとか戻って来ることができたが、膨れ上がった狂気に飲み込まれる日が、いつか訪れるのかもしれない。


 飛鳥を追い払った後は、凛花先輩に連絡して、アックスの亡骸の処理を依頼した。

 本来ならばステイツに連れて帰りたいところだが、今回の一件で俺の立場は、第5公社の依頼を受けたサブライセンス持ちだ。

 たとえリルに知られていたとしても、公の記録として、俺とアックスの間に関係があってはならない。

 第5公社に見分の優先権があるが、最終的にはニホンの警察組織が対処する。

 校内で殺したことは問題になるかもしれないが、その辺は生徒会の権限も併用して上手く握りつぶしてくれるであろう。

 俺にとって弱みになるが、同時に第5公社としても突かれたくない案件のはずだ。


 途中までは俺も一緒にいたのだが、戦闘を終えて緊張が抜けたせいで、ここ数日の溜まっていた疲れがぶり返してきた。

 おそらく解毒剤を飲んでも、体内に毒が残留していたことも関係あるのだろう。

 背を壁に預けて、少し休むつもりだっただが、いつの間にかそのまま眠ってしまったようだ。


 おそらく凛花先輩が談話室のベッドまで運んでくれたのだろう。

 厳密には彼女の作ったゴーレムだが。

 次点としてはリルなのだが、彼が生徒会ハウスの中に入っていることを見たことがないので、可能性は低いと思う。

 そう言えば、由樹が飛鳥に勝利したそうだが、そのまま優勝したのだろうか。

 9班のメンバーは、俺を含めて、一般的な魔法使いができることが不得手だったりするが、上手くはまれば圧倒できる癖の強い力を持っている。

 由樹が優勝したとしても、何もおかしくないと思う。


 新人戦の結果もだが、蓮司やリズの容態も気になる。

 通信では怪我をしたのはリズだけのはずだが、アックスの口振りだと蓮司も負傷しており、俺を心配させないために伏せていた可能性がある。

 撤退の手配は凛花先輩にお願いしたので、今頃は病院で処置を受けているはずだ。


 今回の件について気になる点がまだ残っているが、とりあえず一時的とはいえ、会長が狙われることはなくなった。

 さらにカウンタースナイプを成功させ、ステイツのトップクラスの刺客を返り討ちにしたことは、彼女を狙う組織への強力な牽制になる。

 しかし悲観的に捉えるならば、襲撃のペースは落ちるが、これからはより強力な刺客たちが送られてくることになる。


 もうひと眠りしたいところだが、そろそろ起きて凛花先輩と情報の共有もしておきたい。

 睡眠と起床を迷っていたら、部屋のドアが開き来客が現れた。

 厳密には、この2階建ての洋館の主。

 今回、俺たちが命懸けで守り抜いた少女。


「後輩くん。新人戦さぼって何しているのよ! おかげで来月のお小遣いがパーよ」


 相変わらず、五月蠅くてハイテンションな、いつも通りの会長様だ。

 普段は煩わしくもある彼女だが、今はその騒がしさが救いだ。

 暗くなっていた気分が、多少は晴れるものだ。

 彼女が狙撃手の影に怯える必要がなくなると考えると、ここ数日頑張った甲斐があったというものだ。

 圧倒的な力を誇る会長様だが、今回の一件でとてもアンバランスで、脆い一面を持っていることを知った。

 直接問うたことはないが、彼女に人殺しは無理だ。

 俺としても、アックスの見解に賛成な部分がある。

 生徒会役員の3人は、世界を震撼しんかんさせるほどの力を保有しているが、その実力に見合うほど血で汚れていない。

 戦場を知らないまま、今の実力へと急成長したのだろう。

 天才であることに違いないが、一歩踏み外すと、一気に崩れてしまう危うさがある。


 そんな会長様だが、今回の新人戦で俺の優勝にたくさん投資していたようだ。

 事前に不参加を表明していれば、返金されていたかもしれないが、アックスたちに少しでも気取られないように、無断欠席したので、文句を言えない。

 当然の事ながら、彼女の資金は没収され、新人戦が終わった今でもご立腹中のようだ。

 しかしいつもならすぐに暴力に訴える、彼女が抑えている。

 多少プリプリしているが、燃えるような怒りはなさそうだ。

 そのまま立ち去るつもりのない彼女は、テーブルとセットになっている椅子を持ち上げると、ベッドの隣に置いて腰かけた。


「さっき大方の事情は、凛花から聞いたわ。頑張ってくれたのよね」


 そう口にした会長は腕を伸ばし、俺の頬の辺りを優しく擦った。

 余計な言葉はなく、じっとこちらを見つめる彼女の視線から、目を逸らすことができない。

 その表情に現れているのは、感謝とは少し違い、憂慮ゆうりょでもない。

 もちろん怒りの感情はとっくに消えている。

 強いて言うならば、母さんが俺に向けていたであろう、親愛という言葉に近い気がする。

 そんな彼女の小さな手は、いつの間にか俺の頭部に到達し、わさわさと髪を撫でていた。


「良く頑張ったね。お姉ちゃんがいい子、いい子してあげる」


 確かに親愛なのだと思うが、彼女の感性が他人とずれていることは、俺にでも分かる。

 会長様は年上ぶるくせに、先輩らしい行動は俺の記憶にない。

 だからこそ時折見せる真剣な表情は、とても蠱惑的に映る。


「ありがとう」


 たった一言が俺の中の何かを揺さぶる。

 これまでに何度も任務で人を殺してきた。

 それは社会のためになり、多くの人々を救ってきた。

 しかし面と向かって感謝されたことは、今回が初めてだったかもしれない。

 彼女を守ることは任務なのだから当然のことだが、カウンタースナイプのようなリスクの高い作戦は、会長の為だからこそ踏み切ることができた。

 もし知らない誰かのためならば、より堅実な策を選んだことだろう。

 俺が守りたかったのは、彼女だけでなく、彼女と過ごす他愛もない日常だったののかもしれない。


 そんな会長様の天気は、コロコロと変わる。

 制服のリボンをほどき、片方を引っ張りするすると外すと、そのままシャツの第一ボタンに手を掛けた。

 あらわになった彼女の首もとには、ネックレスと呼ぶにはあまりにも簡素な、飾り気のないチェーンがあった。

 人差し指で鎖の先をまさぐると、胸元から見覚えのあるリングが現れた。

 何の意匠もない無骨な金属の指輪。


「約束は約束よ。第5公社とサブライセンス契約をして、戦ってくれたのでしょ。だからこの指輪は返さなくちゃね」


 たしかに今回はステイツ側の立場ではなく、第5公社として戦ったので、彼女との1回きりの約束ということに違わない。

 しかし俺の認識では、なりふり構わず彼女を守ることが、約束の中身だった。


「別にいいですよ。俺1人ではなく、リズ、凛花先輩、静流先輩、リルそして蓮司。みんなで力を合わせた結果です」


 それに俺の任務は、まだ終わっていない。

 彼女の傍にいる口実は大事にしたい。


「あっ、でも代わりに1つだけいいですか? 以前このベッドの上で撮られた静流先輩との写真を破棄していただけますか?」


 このくらいの要求ならば大したことないだろう。

 例の写真は、いつ爆発するか分からない不発弾のようなものだ。


「う~ん。まぁ、後輩くんも頑張ったことだし、そのくらいのご褒美をあげてこそのお姉さんよね」


 ご褒美という言葉とは、少しニュアンスが異なる気もするが、まぁいいだろう。

 彼女はスマートフォンを取り出すと、片手で操作を始めた。

 いざ写真を目にすると、削除するのが惜しくなったのか、彼女はスマホを前にフリーズしていた。


「えぇい、デリート!」


 たかが写真1枚を消去するのに、そこまで意気込む必要はないと思うのだが。

 するとすぐに、枕元に置かれていた俺のスマホが振動した。

 自動で立ち上がっているメールソフトには、件名も本文もない会長からのメールだった。

 そこに添付されていたのは、下着姿で眠る静流先輩から、布団を剥ぎ取る俺の姿だ。


「いえ、わざわざ送らなくても、削除していただければ大丈夫ですよ」

「ごめん。間違って、送っちゃった」


「まぁ、俺の方でも削除するので、会長もちゃんと消してくださいよ」

「違うの……送っちゃったの」


「そんなこと分かっ……」


 嫌な予感がして宛先を見ると、見覚えのないメーリングリストらしきアドレスだ。


「ごめん。間違って、全校生徒に送っちゃったの」


 不発弾が爆発した。


「このアマ、何してくれてるんだ!!」


“写真を見た大半の学生は、差出人が会長様だったこともあって、すぐに俺がめられたのだと理解して、大して騒がなかった。しかし一部の狂信者たちから、命を狙われることになるのは避けられなかった”

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