24 銃口の先
『あらすじ』
芙蓉とリズはカウンタースナイプを狙う
アックスの目的は芙蓉の排除
蓮司は新人戦を抜け出す
***
真上まで1度昇った太陽が、ゆっくりと傾いている。
順当に進んでいれば、今頃新人戦は決勝だ。
結局、直接対決はできなかったが、暫定1位の飛鳥が優勝になるのだろう。
同じ生徒会のみんなは、どこまで勝ち進めたのだろうか。
ステイツから送り込まれた暗殺者たちは、狙撃という手法を選んだ。
狙撃自体は、ターゲットの行動パターンを予測させないことで、大方防ぐことが可能だが、そんな生活を何日も続けることはできない。
圧倒的な強さを誇る我らが会長様でも、見えない敵の影に消耗させられていた。
そこで俺は狙撃が通じないことを、世に知らしめるためにカウンタースナイプを計画した。
新人戦で会長様が表に出るところを、狙ってくるであろう狙撃手をこちらが先に撃ち抜く。
実際に狙撃を担当するのは俺だが、1人でこなせるミッションではない。
ステイツからの援軍を望めない以上、現地の協力員で賄うしかなかった。
イタリーの騎士であるリズが、付け焼刃の観測手として参加している。
そして凛花先輩は会長様の身辺警護と、今回の作戦のタイムスケジュールの管理をしている。
カウンタースナイプをする上で、狙撃手の居場所を捕捉することこそがもっとも難しい。
ステイツの計算予測と、静流先輩が下調べした情報を基に、凛花先輩が新たな狙撃ポイントの候補を割り出した。
新人戦の始まる前から配置に着いていた俺だが、未だに敵の姿を捉えられていない。
俺とリズは交互に移動することで、出来る限り死角ができないように索敵を続けている。
移動するたびに銃を取り出す作業にも大分手慣れてきたものだ。
本日は、もう狙撃はないのかもしれないと気が緩みそうだが、新人戦の閉会式では会長のスピーチがあるので、そこが最後の山場だと考えている。
そろそろリズが最終地点に到着する頃だ。
今の俺の場所からスコープ越しに見える狙撃ポイントは2か所だが、リズが持ち場に着いて、サポートしてくれれば、さらに2か所を狙うことができる。
スコープの先で敵の動きがないまま、凛花先輩が用意した専用回線の液晶が点灯した。
もちろん相手はリズだ。
ターゲットがいてもいなくても、これから彼女のスコープとの視界共有が始まる。
『ミスター、着いた。見つけた』
予想できていたことなので、今更動揺することはない。
むしろここからが本番だ。
『ミス。了解した。その地点にだけ絞って、視界共有を急ごう』
『わかった。情報、送信する』
手にしていたライフルをリズからの情報に従って、ターゲットのいる方角へと向ける。
得物はマクミラン社のTAC-50を改造した代物だ。
銃弾はすでに装填してあるが、硬化と弾道固定を行うために、
このシステムによって、魔力を持たない俺でも、魔法併用型の火薬式狙撃銃の機能を十全に引き出すことができる。
スコープを覗くと、中央の部位だけ解像度が違う映像が流れている。
画面の中にリズからの中継が送られてきているが、背景とズレているし、ピントも合ってなくぼやけている。
それでもその先にあるビルの屋上に人影らしきものがある。
しかし視界共有を行わなければ、狙撃は不可能だ。
ここからは時間との勝負だ。
狙撃手が会長を撃つ前に、視界共有を終えて攻撃する必要がある。
通信の先では、狙撃手を発見したリズが凛花先輩に、敵の位置を送信しているはずだ。
狙撃ポイントが分かれば、そこから狙える場所を絞ることができる。
たしかあの場所からなら、会長の観覧席は狙えない。
新人戦最後の表彰と閉会の挨拶のために舞台に上がったところで、衆人環視の下でやるつもりのようだ。
つまり不自然にならない程度に、閉会式を遅らせれば、会長様が敵の射線に入ることはない。
残り数分あれば、事は済む。
相手を発見した時点で、彼女が撃たれるという負けはなく、カウンタースナイプの成功による勝利か、敵に逃げられる引き分けしかあり得ない。
『ファーストポイント右10、仰角2。セカンド左20、仰角マイナス5』
先ほどまで、携帯電話から聞こえてきたリズの声が、イヤーマフ内部のスピーカーから流れてくる。
その指示に従い、マニュアル通りに、画面内のリファレンスポイントを合わせていく。
練習の初めの頃は、たどたどしかった彼女だが、たった2日で観測手の基本的な手順をしっかりと修得した。
イレギュラーさえなければ、リズのアシストで十分に狙撃可能だ。
狙撃前の準備を進めるにつれて、徐々に敵の姿がはっきりと見えるようになってきた。
ビルの屋上から銃口を見せ、サングラスをしたダークスーツの男がいる。
流石に顔の細かいパーツまでは見えていないのだが、フレイさんから送られてきたハゲタカの姿が頭に浮かぶ。
敵はいつでも狙撃できる態勢で、待機している。
俺と同じくスコープを覗き、銃口を一点に向けている。
おそらく引金に指を当てながら、現れることのない九重紫苑の姿を待っているのであろう。
『誤差確認。ファースト修正右7』
視界共有もいよいよ大詰めだ。
一連のリファレンスポイントを合わせて、ターゲットを狙う。
相手を知ることなく始末できる狙撃は、殺しの手段として心理的ハードルが低いと思っている。
しかし今回は殺しても、殺さなくてもどちらでも良い。
カウンタースナイプによって、会長に対して狙撃が得策でないことを世界に知らしめれば、目的達成だ。
難易度が高いヘッドショットを狙う必要はない。
相手の胸に1発銃弾をぶち込めば十分。
それでも奴の得物が邪魔で、狙える面積はあまり広くない。
ステイツ勢ということもあり、相手の得物も同じTAC-50の改造銃のようだ。
その銃口は俺のような余計な付属品はなく、真っ直ぐ伸びている。
そう。
スコープの中に見えるハゲタカのTAC-50は、真っ直ぐにこちらを向いている。
いや。
この映像は観測手であるリズが中継しているので、厳密には彼女のいる方角を向いている。
おかしい。
ハゲタカの銃口が会長を狙っていない。
『ミスター。視界共有完了。誤差0.2』
ヤバい。
このパターンについては、打ち合わせをしていなかった。
『ミス。作戦は中断だ。今すぐ、』
意識が飛びそうなほどの大きな音によって、俺の言葉は妨げられた。
イヤーマフの内部から様々な音が反響してくる。
そして同時に視界が反転した。
スコープの中に映るのは、彼女の居る建物の内装だ。
『ミス。聞こえるか……リズ、応答しろ!』
やられた。
連中はまず観測手を狙ってきた。
アックス達にカウンタースナイプを読まれていたのだ。
連日の狙撃封じに痺れを切らした奴らを、返り討ちにする作戦だったのだが、敵の方がクレバーだった。
奴らは最終目標である九重紫苑でなく、本日は観測手を始末するつもりでいたようだ。
そう考えると静流先輩が下見の形跡を掴んだのも、奴らの仕込みである可能性が高い。
さらにこっちの疲労がピークになる新人戦の終わり際に、勝負を掛けてきたのだ。
カウンタースナイプの特徴として、目標に集中する狙撃手を横から一方的に攻撃できる点だ。
しかし相手が待ち構えていたならば、話は別だ。
凛花先輩が用意したV Rシミュレーションでも、狙撃手や観測手が狙われるパターンも存在していたはずなのに、完全に失念していた。
依然として映像に変化はなく、リズからの応答もない。
作戦失敗。
今考えるべきは、リズを救出すべきか否かだ。
彼女の安否不明の状況下で、ハゲタカの
さらにアックスが踏み込んでくる可能性も捨てきれないし、俺がいるこの場所がバレている可能性だってある。
ならばリズを見捨てるという選択肢も間違いではない。
1度劣勢へと傾いたこの盤面で、踏みとどまるならば、冷徹な判断も必要だ。
しかし今回だけに限らず、この先の任務の継続を考えれば、リズという突破力のある協力者を失うのは痛手だ。
何より、彼女を欠いた状態で、平然な顔をして明日からの高校生活を続ける自信がない。
俺の
リズを見捨ててしまったら、生徒会のみんなに合わせる顔がない。
俺は決断を下した。
必要最低限の荷物持って、リズの所へ行く。
この場所はすでに、凛花先輩の会社関連の物件なので、狙撃銃と装備をそのまま置いていっても問題ない。
むしろこれを餌に、マックス達の注意を引きつけることができれば儲けものだ。
部屋から立ち去ろうしたら、地面に置いてあったイヤーマフから雑音が聞こえだした。
『ふ……き……えるか』
俺はすぐにイヤーマフを拾い上げ、片耳をスピーカーに当てた。
そこから聞こえたのはリズの声ではなく、男性の声だ。
今回のカウンタースナイプの計画を知る人物の中で、男は1人しか思い浮かばない。
『芙蓉。聞こえるか』
蓮司だ。
なぜ彼がリズの回線から話しているのか。
彼女は無事なのか。
そもそも蓮司は味方なのか。
聞きたいことはたくさんあるが、今は一分一秒が惜しい。
『状況は?』
あえて具体的な質問は避けて、情報の優先順をあちらに委ねた。
『リズは軽傷だ。銃弾は掠っただけだが、衝撃で気を失ったようだ』
突破力を誇る前衛のリズだが、俺や由佳と違い、打たれ強さはない。
そもそも観測手では、彼女の持ち味を活かすことをできないのだが、他に任せられる人物がいなかった。
彼女が無事であることは分かったが、状況は未だに劣勢だ。
蓮司とリズの2人は、ハゲタカの射程範囲の中にいるし、アックスの居場所は不明のままだ。
アックスは観測手をしていると考えられるが、ハゲタカの経歴ならばソロで活動して、パートナーはフリーで動いている可能性も残されている。
『芙蓉。銃を構えろ。観測手は俺がやる』
蓮司の技量を信じていない訳ではないが、未だにハゲタカの脅威が去っていない。
カウンタースナイプと違って、単純な狙撃対決でアックス達ペアに勝てる見込みは薄い。
『蓮司。射線に入らないようにリズを連れて撤退しろ』
『俺がここにいれば、スナイパーの注意を引ける』
普段は周りに合わせる彼だが、1度決めると己を突き通す融通の利かない男だ。
俺としてみれば、ここは命を懸ける場面ではない。
確かに殺す覚悟も、殺される覚悟もしてあるが、ここに至ってはリスクが大きすぎる。
しかもそのチップは俺自身ではなく、蓮司とリズの2人だ。
ここはレイズではなく、フォールドを選ぶべき場面だ。
今からオートバイで飛ばしても、10分は要する。
離れている俺にできることなど、逃げるように促すことだが、熱の入った蓮司が聞く耳を持たない。
『芙蓉、安心しろ。敵に狙いを定めないように上手く動く。だから早く視界共有を行うぞ』
俺に残された選択肢は彼を信じるか、黙って事の成り行きを見守るかだ。
ならば銃を手にするしかない。
改めてスコープを覗いた。
俺がハゲタカを仕留めれば、2人の
リズが撃たれたことによって、スコープも一緒に倒れてしまい、視界共有は完全にやり直しになってしまった。
蓮司が再設置したことにより、相手の姿が映った。
奴は未だにこちらを、観測手を狙っている。
『とりあえずこれで誤差0.1といったところかな。微修正をする。右に0.1。距離補正は4』
彼の指示によって、どんどん敵影がクリアになっていく。
最初からやり直しになった視界共有なのだが、リズの時に比べて、ステイツのどの相棒よりも、早いペースで進んでいく。
前回の視界共有では見えなかったハゲタカの顔が、今ではハッキリと映っている。
設定の早さだけでなく、中継の質もこれまでとは段違いだ。
軍の訓練でもここまで、視界共有が上手くいったことはない。
蓮司は装備のスペックの、限界ギリギリまで引き出している。
『共有完了だな。今の風向きならば、的よりも30右上を狙え』
狙撃は的に照準の中央を合わせて、引金を引けばいいものではない。
彼の言う通り風や重力加速度の影響を考慮する必要がある。
それにしても弾道予測の算出速度が尋常ではない。
計算機に入力するよりも早いのではないか。
暗算ではなく、身体に染み付いた経験なのかもしれない。
俺はただ彼の指示に従って、照準を微調整する。
『芙蓉。TAC50でこの距離での命中率は、どんなに上手くても6割だ。そして弾倉には5発入っている。まぁ、気楽に撃ちな』
蓮司なりのエールなのかもしれない。
100%の狙撃などありえないが、演習場ならばかなりそれに近い数字を出すことができる。
しかし現場では、多くのファクターによって、どんどん低くなる。
彼の算出した数字が正しいものかどうか、俺には分からないが、1発目を外しても、冷静さを失う訳にはいかない。
照準はしっかりとハゲタカを捉えている。
しかしその銃口は、俺の心拍や呼吸によって微妙に上下に揺れている。
しっかり息を吐いて、深く吸う。
揺れが最も小さくなったタイミングで、呼吸を止めて引金を引いた。
発砲音と共に重い
魔法によって強化した弾丸を撃ちだしたので、通常の銃よりも反作用が大きい。
それでも発砲後に、照準が大きくズレないようにしっかりと抑える。
しかしスコープに映るハゲタカに変化は見られない。
外したのだ。
掠ることすらできなかった。
次弾の装填を急ぐが、イヤーマフから金属音が鳴り響き、スコープの中央はノイズだらけになり、仕舞いには砂嵐になった。
『蓮司。大丈夫か』
『スコープに当たっただけだ。電波障害が起きているがこっちは大丈夫だ。それよりも銃を構えろ。1発目の照準データを引き出せるか?』
『大丈夫だ。記録は無事だ』
『ならば右に7、仰角に―2の補正をしろ。それで当たる』
視界共有を絶たれた俺は、蓮司の声だけが頼りだ。
先程の発砲で、弾丸がどこに飛んだのかすら分からなかったが、彼にはしっかりと見えていたようだ。
視力というよりも経験の差なのだろうか。
1発目は、観測手との視界共有システムに記録されており、リコイルによる照準のズレを自動で補正することができる。
そこから蓮司の指示通りに補正を行う。
そして新たに装填した弾丸への、魔力供給が完了した。
スピーカーから彼の声は聞こえない。
余計な言葉で、こっちの集中を乱さないためなのだろう。
ほとんど何も見えないスコープを覗きながら、再び引金に指を当てた。
発砲の直後に視覚共有システムが復旧した。
ぼやけた映像だが、ハゲタカが倒れる光景が映った。
しばらくの間、スコープの中を覗き続けたが、起き上がる素振りは見えない。
絶命したのかは確認できていないが、少なくともカウンタースナイプに成功した。
まだ終わりではない。
アックスの姿を確認できていない。
奴はリズと同じく、観測手兼突入係のはずだ。
この場で見つけ出して、一緒に始末したかった。
しかし凛花先輩が割り出した観測手の配置候補は、狙撃ポイントよりも多く、これ以上の索敵はナンセンスだ。
狙撃手を失った今、撤退を選ぶのか、それとも一矢報いることを選ぶのか。
彼はステイツ軍の正規部隊の配属で、多くの功績がある。
しかし今回の暗殺は、完全に軍事活動の領分を超えている。
しかもミスターは黙認しているものの、了承していない任務だ。
つまり失敗による撤退は許されない。
問題なのは、誰を狙うかだ。
狙撃を成功した時点で、狙撃手である俺や、観測手である蓮司とリズは、移動してしまえば、アックスからの捕捉は難しい。
ならば玉砕覚悟だとしても、俺とリズの離れた九重紫苑を狙うのが最善の策だ。
彼女を仕留めることができなくても、凛花先輩や静流先輩を排除できれば、ステイツ強硬派のために殉ずることができる。
俺は回線を凛花先輩に繋いだ。
『成功しました。敵の生死は不明。リズが負傷。蓮司が合流。敵観測手は確認できず』
『了解した。蓮司の件は把握している。彼とリズの撤収はこっちで手配する。それと狙撃手の処遇も、正規の手続きを行うので任せてくれ。観測手はどうすればいいと思う?』
フレイさんからは暗殺者を始末するように指示されているが、凛花先輩に協力を要請した時点で、この案件は第5公社の管轄だ。
それよりも今は、アックスと決着をつけることが先決だ。
『おそらく多少強引だとしても、東高に乗り込むと思います。会長の近辺だけでなく、先輩自身も狙われていると考えてください。俺がそっちに行くまでは、交戦を控えてください』
『分かった。ならばその建物の屋上に向かえ。足はこっちで準備する』
凛花先輩のことだから、ヘリを用意していたとしても、今更驚かない。
***
『あとがき』
派手な新人戦の裏側のエピソードでした。
敵と対面しない戦闘でしたが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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