22 神童 VS. 堕ちた神童
『あらすじ』
芙蓉、蓮司、リズ不在の新人戦
由樹は飛鳥の優勝の阻止を狙う
***
『いよいよAブロックの準決勝が開始しますね。第1試合の対戦カードは、優勝大本命にして、高宮家の次期当主、高宮飛鳥!』
草薙伊吹との4回戦を終えて、2時間ほど経過した。
お昼を挟んでから、第1演習場では他のブロックの決勝戦が催されていた。
これまでの試合とは異なり、4つあったリングは片づけられ、中央に一回り大きなリングが設置されている。
1試合ずつ消化され、普段の試合では存在しない実況と解説の放送までしている。
実況は放送部の先輩で、解説はお馴染みの凛花お姉さんだ。
ここまでは特に波乱などはなく、順当な試合結果だった。
そしてこれから行われるAブロックの残り試合では、新人ランキング1位の高宮飛鳥とお馴染み生徒会メンバーの俺、由佳、委員長が新人王の座をかけて争う。
誰もが飛鳥の優勝を予想しているし、期待していた。
トトカルチョで俺たち3人を選んだ連中なんてほとんどいないはずだ。
この闘技場にいるのは関係者たちだけだが、人の口に戸は立てられない。
試合の結果は翌日のニュースで取り扱われる。
ここで俺が飛鳥を倒しでもすれば、一気に全国区の有名人だな。
かなりの大仕事だが、蓮司と約束しちまった。
それに芙蓉と飛鳥の試合が実現しないまま、飛鳥が上に登っていくのは許せない。
飛鳥の奴に俺の仲間が凄いことを認めさせてやりたい。
ここで止めなければ、奴はどんどん上に行くだろうし、芙蓉は追いかけたりするような男じゃない。
やはり俺がここで勝つしかない。
実況の先輩による紹介の後に、登場ゲートから入場した高宮飛鳥がリングへと登った。
午前までの締まらない入場ではなく、選手側にもしっかりと盛り上げる義務がある。
強さにこだわる飛鳥だが、さすがに高宮の次期当主なのか、魅せることも分かっている。
軽く手を上げて、観客に向けてポーズを決めているだけだが、それでも十分に会場の熱気は上がっていった。
客の多くが彼の派手な活躍を期待している。
俺に期待することは、せいぜい彼の魔法を引き出すために長く粘ることなのだろう。
『ランキング1位の彼に挑むのは、圧倒的な軌道力を誇る冴島由樹だ!』
俺のことを紹介したのは、解説を担当している凛花お姉さんの凛々しい声だ。
基本的に中立的な先輩なのだが、俺にエールを送ってくれている気がする。
実際はそんなことないかもしれないが、並列思考のポジティブ領野が都合の良い現実に脳内変換してくれるのさ。
俺だって、たまにはカッコよく登場シーンを決めてみますか。
百歩譲って顔では、飛鳥の方が勝っているかもしれないが、エンターテイナーとして俺の方が優れていることを魅せてやるぜ。
入場ゲートで待機していた俺は、地面に置いたスカイボードに乗るとホバリングを始めた。
会場入りと同時に、ボードの下で空気の爆発を発生させて真上へと跳躍した。
コロシアムの中空へと派手に飛び上がると、そこからは魔法を使わずに、ボードに発生した空気抵抗の波に乗る。
板の先端を下に傾けることで、重力の影響を受けながらも、正面へと加速していく。
そのまま客席の上を半周すると、重力に身を任せて急降下した後に、激突の瞬間に減速魔法を使って着地した。
ピィー。
俺の降り立ったリングの上で、金属製のホイッスルの音が鳴り響いた。
『おっと冴島選手。試合前の魔法使用禁止のルールをぶっちぎりで破りやがったー!』
『エンターテイナーとしては驚きの登場だな。それでも2カウントの没収は免れないな』
嘘だろ!
一応、お祭りごとなんだし、このくらいのデモンストレーション問題ないだろ。
試合前といってもまだ入場だし、むしろ余計な魔力を使っただけなのに。
残念ながら審判は、ジョークの分からない頭の固い教員だった。
凛花お姉さんの読み通り、試合前に2カウントを持っていかれてしまった。
世知辛い世の中だぜ。
「芙蓉は戦う前に尻尾を撒いて逃げたようだが、あんたも九重紫苑のお気に入りなんだろ。そこそこ期待しているよ」
あの会長様のお気に入りなんて、芙蓉1人で十分だろ。
勝手に俺を巻き込まないで欲しい。
「芙蓉が出るまでもない。俺1人で十分さ。そこそこと言わずに存分に楽しませてやるよ。ついでに地べたの味を堪能させてやるよ」
2人の友は、別のところで戦っている。
彼らのためにも、俺がここで勝つしかない。
『おーっと、ここで冴島選手、最後に小物発言を付け加えた。いきなり負けフラグか!』
この実況のお姉さん、俺にだけ厳しくねぇか。
完全に悪意があるとしか思えない。
まぁ、あちこちで反感を買っているので、心当たりが多すぎて分からない。
飛鳥の野郎が売ってきた喧嘩に対して、返礼をしたのに、当の本人は澄ました顔をしている。
こいつは、草薙よりも格上の高宮家のエリートで、リズよりも上のランキング1位で、座学の成績だって俺よりも上だ。
そして女子からの人気も1年生の中では、蓮司とファンを二分している。
考えれば考えるほど嫉妬の鬼になりそうだ。
これ以上は言葉を交わすことなく、試合開始の合図を待った。
開始と同時にスカイボードに乗って、空へと舞い上がった。
俺の魔力では全力で障壁を張っても、飛鳥の攻撃を防ぐことはできない。
1発でも被弾すれば、勝負が決してしまう。
常に機動力を確保できる位置取りが重要だ。
俺の戦い方を研究している相手なら、地上にいる間に先制を試みる。
しかし飛鳥は開始同時に仕掛けるような奴じゃない。
常に堂々と自身の強さを最大限に誇示する戦い方をする。
そのため容易に離陸することができた。
空中から先制したいところだが、飛鳥の第1手の詠唱はすでに完成していた。
魔法の打ち合いで敵わないことは分かっているので、回避動作を優先するために、ホバリングを維持しながら、
最初の小手調べは、下級魔法ファイアボールだった。
1つの大きな火の玉が飛鳥の前に現れたが、それだけでは終わらない。
綺麗に真っ二つに割けると、それぞれの火球は元の大きさまで膨らみ、再び割けることを繰り返し、その数は十数個まで増えていった。
彼は詠唱の短い魔法を選んだ代わりに、スクリプトによるアレンジを加えてきたのだ。
決して特別な方法ではなくメジャーな手法で、同じ数のファイアボールを単発で詠唱するよりも短時間で済むが、魔力の消耗は激しくなる。
十分な手数を用意すると、いよいよ飛鳥が攻撃の意を決した。
全てのファイアボールを同時に発射するのではなく、タイミングをずらしながら、まず3発撃ち出してきた。
何もしなければ最初に届く中央の火球に直撃するので、残り2つの進路にも気をつけて、アクセルで回避する。
しかし次の波状攻撃が俺の行く手を阻んだ。
飛鳥の奴は弾幕を張るのではなく、確実にこちらの逃げ道を塞ぎ追い込む算段のようだ。
俺はホバリングを一時解除すると、ターンで速度を維持したまま、そのベクトルの向きだけを変えた。
リングの上にある残弾が一桁であることを確認しつつ、より広い空へと退避する。
俺のことを逃がさないために飛鳥が後続を放つが、確実に回避するためのルート計算はすでに完了している。
また新たな火球が接近するが、たとえ先読みされたとしても追い込まれない空間を選んでいる。
俺が1度に詠唱およびストックできる魔法は2つまでだが、ホバリングのような持続する魔法は解除のタイミングを指定すれば、新たに2つ選ぶことができる。
最終的な積算速度はアクセルに劣るものの、空気を蹴ることで急激に加速するエアーシューズをストックしながら、実質1つの魔法の暗詠唱だけでスカイボードを操作する。
再び火球を避けて、そこに最後の1発が来るが、魔力を温存するために体重移動による最小限の動作で躱した。
反撃のために飛鳥の方を向くが、彼は未だに最後に放った火球を目で追っていた。
俺は自身の直感に従い、エアーシューズをボードに掛けると、急加速でこの空域を離脱した。
するとこちらの後を追うかのように火球が巨大化、いや、爆発したのだ。
すぐにボードの底を爆発限に向けると、その爆風をしっかりと受け止めてさらに加速することで、爆発から逃れた。
『オープニングは高宮選手の華麗なファイアボールの花火でした』
『由樹も身軽な空中技巧を披露してくれたが、このままだと飛鳥の一方的な試合展開になりかねないな』
凛花お姉さんの指摘通り、状況は予想以上に劣勢だ。
考えを修正しなければならない。
今のファイアボールには、いくつもの工夫があった。
単純に数を増やしただけでなく、数個ごとに発射することでこちらの逃げ道を塞ぎ、こちらがその動きに馴れて油断したところに爆発で追い込んできた。
飛鳥は多くの強力な術を持つので、大雑把な印象を抱いていたが、このファイアボールだけでもかなりの修練を積んでいるはずだ。
しかも奴にとっては少量の魔力で、こちらの移動魔法のバリエーションを丸裸にされてしまった。
攻撃を正面から受け止めずに回避したのだから、本来ならば消耗するのは飛鳥側のはずなのだが、互いの魔力量の差があり過ぎるため、このままだと先にへばるのは俺の方だ。
しかし飛鳥の頭に消耗戦などという考えはなかった。
爆炎が残る空中に、風が舞い上がった。
火の次は、風属性の中級魔法トルネードだ。
魔法によって作られた空気の渦が、爆発したファイアボールの残り火を四方へと飛び散らしていく。
威力は無いので、魔法障壁でも耐えられるが、余計な魔力は使いたくない。
先程までの狙いを済ませた攻撃ではなく、デタラメな炎の破片はしっかりと目視してから避ける必要がある。
アクセルやエアーシューズは使わずに、ホバリングを維持しながらタイミングを合わせて、ターンを発動することで、省エネを心がける。
回避自体は難しくないが、その間に飛鳥への注意が疎かになってしまった。
全ての火種を処理し終えたが、ここで飛鳥の畳みかけが終わるはずがない。
彼の生み出した竜巻は砂埃で染まっていた。
中々嫌な手を打ってきた。
砂嵐、いわゆる煙幕の代わりだ。
トルネードの真下で、土魔法によってリングのコンクリートの表面を細かく砕いて、舞い上げているようだ。
あっという間に闘技場の空は、灰色の砂煙によって制圧された。
さすがにその飛沫から刺激物を感じないが、視界が悪くこの中では、攻撃をされても被弾する直前まで認識することができない。
イオウや一酸化炭素などを含めていれば、簡単に勝負が決まったかもしれないが、さすがに客席に被害が発生する魔法なので控えているようだ。
『ゴホゴホ、コンクリート片による砂嵐のせいで実況席からは、リングの様子が見えませんね』
『この場合、主審が危険と判断すれば強制的に砂埃を排除するが、とりあえずは続行のようだな』
砂煙の広がる空の中で、俺は眼鏡を外して胸ポケットに入れると、ゴーグルを装着した。
実は俺の視力はそこまで悪くない。
だからといって、芽衣のように特殊な目を持っている訳でもない。
俺の場合は、眼球からの通常の視覚刺激でも、無意識に並列処理が駆動してしまい、脳への負担が大きくて、とても疲れる。
そこで普段はあえて、ピントをぼやけさせ、情報量を減らす特注の眼鏡を掛けている。
しかし本気で飛ぶ場合は、その風圧のせいで目を開くことができないので、ゴーグルが必須だ。
そして普段は、煩わしい視界処理能力が高速の世界なら大いに活躍する。
監視カメラの録画映像を眺める感覚だ。
視野の全てを見ているのではなく、領野ごとにバラバラに加工して保管してある。
重要な情報を捉えると、今の映像だけでなく、コンマ数秒ごとの時系列に並べた光景が頭に浮かぶ。
ゴーグルをつけた俺は、空を犯す灰色の砂埃から逃げるよう急降下した。
眼鏡を外したことにより発生した膨大な視覚情報により、脳の活動が増し、それが運動機能までも引き上げていく。
砂煙から抜け出した俺は、地面すれすれを水平に走りながら、低空飛行で真っ直ぐに飛鳥へと接近する。
脳内でストックしていたエアーシューズを破棄して、攻撃魔法を準備しようとしたが、まだ飛鳥の攻撃回は終わっていなかった。
俺の進路上の地面から、無骨に削られた岩の杭が何本も飛び出してきたのだ。
以前、ゴーレム相手に由佳が使ったアーススパイクだが、その大きさが3メートルを超える巨大なことだけでなく、確実に俺の航路を阻むように突き出てきた。
1本目は姿勢操作だけで回避したが、2本目は直撃コースだ。
破棄を予定していたエアーシューズを急遽発動して、ボードを介して宙を蹴り、砂煙の中へと退避した。
砂の中で1度停止すると、気流操作魔法のストリームで自身の周囲の
飛鳥からこちらは見えないが、俺の方も地上の状況が分からない。
闘技場の空を埋め尽くす邪魔な砂埃だが、先ほどと同様にストリームで吹き飛ばすことはできる。
しかしそれをしてしまうと魔力のほとんどを消費してしまう。
そうなると受け身のままでなく、やはりこちらから仕掛けるしかない。
午前の最後に戦った草薙伊吹と違い、高宮飛鳥は万能タイプの使い手だ。
こういう相手は厄介で、正面戦闘で押し切る以外の攻略法がない。
我らが生徒会長様がいい例なのだが、純粋な強さというのは崩すのが難しい。
基本方針は、少しでも相手の隙を見つけて、一点突破の攻撃しかない。
算段を決めている最中でも、飛鳥の攻撃が止まらない。
灰色の空を巨大な波が飲み込もうとしていた。
『おっと、砂埃で見えなくなっていたリングから、巨大な波が発生した!』
『これは水の上級魔法ツナミだな。1年生でこの魔法を使えるとは、流石としか言いようがない』
対人戦で使うような代物ではない。
完全にMAP兵器だ。
要求魔力や詠唱の長さだけでなく、魔法の発動までにタイムラグの長い大魔法。
本来ならば、試合中に成立するはずのない技なのだが、砂煙のせいで対応に遅れてしまった。
どうやらこれまでの点での攻撃では、俺の機動力を捉えられないと判断した飛鳥は、面での制圧に切り替えてきたようだ。
ツナミを回避するために、ひたすら上空を目指す。
サーフボードのように波乗りをしたいところだが、一体となって襲い掛かってくる水の塊は、時速40キロに達し、その運動エネルギーは
小細工のない単純な魔法であるからこそ、抜け道がない。
この魔法は術者も巻き込む広範囲無差別攻撃だが、飛鳥本人は分厚い魔法障壁を張っている。
真っ向勝負で太刀打ちできない以上、逃げる以外の選択肢はない。
地上から15メートルを離れたら、リングアウトとしてカウントが始まるものの、今はそんなことを気にしている場合ではない。
アクセルを次から次へと重ね掛けして、水の壁の頂上を目指す。
その頂きが見えてくるが、脳内にいる客観的な俺は間に合わないという計算をはじき出している。
このままだとボードの後ろ半分が波に
俺は最後のアクセルを捨てて、ボードの前面を踏み付けることで、粘りの跳躍を見せた。
波を乗り越えることはできたが、ボードは半回転して下方向へと向かって行く。
勝負をかけるならば、大技を終えた今しかない。
ツナミによって生じた大量の水は、魔法が解除されたことで、闘技場の地面に吸われ、残りも大気中に拡散していき、海底にいた飛鳥の影を捉えた。
奴が勝負を決めたつもりでいるのか、それともおごらずに次の手を企んでいるのかで、状況が大きく変ってくる。
脳内の表情分析の回路にアクセスすると、黒だという診断結果が返ってきた。
一方で戦力の解析では、強力な魔法の連発で飛鳥の魔力は大分減り、集中力も切れてきているということも報告上がっている。
判断の難しいところだが、手負いの獣ほど恐ろしいものはない。
ならばこれ以上、相手の消耗を促すと、警戒されてしまい逆効果になるかもしれない。
やはりここが勝負所であることは間違いない。
アーススパイク対策として、飛鳥の真上から急降下する。
もちろん彼は迫りくる俺に対して、新たな魔法を発動した。
火の直線攻撃魔法、ファイアランスを発射してきた。
速さと威力が売りの魔法だが、
しっかりと観察した上で、魔法すら使わずに足を曲げてボードを引き寄せることで難なく避けた。
俺を撃ち漏らした火の槍は上空で霧散した。
狙うのは至近距離でのエアーバレットだ。
急降下による勢いを上乗せした空気の弾丸を、スカイボードから発射した。
もちろん午前の試合で、伊吹の式神を破ったように、スクリプトで強化してある。
一方飛鳥の方は回避動作どころか、防御障壁ではなく、新たな攻撃魔法を放ってきた。
ここに来て工夫など一切ない只々力任せのファイアウォールを撃ちだしてきた。
彼には余念がなく、槍で直線を意識させての、面での攻撃を本命に配置していたのだ。
奴の側もこれで終わらせるつもりなのか、ほとんどの魔力を絞りだしている。
上下に位置する俺たちの中央で、互いの魔法がぶつかりあった。
エアーバレットを止められたせいで、降下していた俺も空中で押し返されていく。
炎の壁の全てを打ち破る必要はない。
ただ一点を貫けば、逆転の目は十分にある。
飛鳥だってそのことが分かっているので、追加の魔力を練り上げて壁を分厚くしていく。
しかしエアーバレットに魔力を追加することはしない。
俺には飛鳥のように強力な術を使うことができなければ、同じランクの魔法だとしても魔力量でも属性の面でも奴の側にアドバンテージがある。
だからといって、泣き寝入りするわけにはいかない。
俺がこの完璧超人に対して、唯一優る点は魔法の回転力だ。
エアーバレットに加えた回転が、壁との摩擦によって衰えていくが、気流操作魔法ストリームで持ち直させる。
さらにアクセルを重ね掛けすることで、運動量を増加させる。
ひたすらストリームとアクセルを二重詠唱で、なんども上塗りしていく。
複数の並列思考で、次々に魔法を詠唱する俺にとって息継ぎなんて存在せず、魔力が切れるまで延々と紡ぐことができる。
さすがの飛鳥も、一度発動した魔法の壁の一部だけを、補強する
そしてついに俺の前を先導するエアーバレットが、炎の壁に文字通り風穴を開けた。
最初は小さな
しかし肝心のエアーバレットは飛鳥にダメージを与える前に、小さくなり消失した。
結果は相殺だが、このチャンスを逃す訳にはいかないので、スカイボードの腹を飛鳥に向けて突進した。
ただの体当たりなのだが、ファイアウォールで魔力と集中力を使い切っていた奴は、受け身もできずに地面に背をつけた。
『おおっと、高宮選手ダウンだ! なんと、カウントを先取したのは冴島選手!』
主審によるカウントが開始した。
東高のランキング戦では、ダウンした相手が起き上がることを妨害しても問題ない。
このルールがなければ、わざと倒れることで、相手の攻撃を防いだり、反則を狙ったりできてしまう。
飛鳥の胸から右肩にかけてをボードで抑えつけ、その上から体重を載せる。
奴も必死に立ち上がろうとするが、ここで押し切らなければ後がない。
紳士とは程遠く、完全に悪役の光景なのだが、本日の俺は珍しく、勝利に対して貪欲だ。
単純にアクセルを真上から下に向けて発動することで、重力を増強する。
炎の壁を突破するときに、全力を出し尽くしたつもりだったが、残りカスを絞り出す。
使い慣れたアクセルだが、いつものようなキレがなく、発動までにタイムラグがある。
ようやく2カウントだ。
たった10秒がとても長く感じる。
仰向けのまま地面に押し付けられた飛鳥は、自由に動く左手でボードの上にある俺の足を掴もうとしたが、小さなジャンプで回避する。
すぐにボードの上に戻り、着地の衝撃を叩きこむ。
3カウントまで稼いだ。
再びアクセルを発動することで、下敷きになった彼の勝利の芽を奪い尽くそうとする。
俺と同じく残り魔力の少ない飛鳥が詠唱を始めた。
ボードから片足を降ろして、奴の口を防ごうとした。
4カウントが聞こえた。
魔法の発動に集中する飛鳥の頭部にケリを叩きつけるつもりだったが、片足立ちになったタイミングで、彼はじたばたと体を動かした。
詠唱はブラフだったのだ。
少し焦ったものの、ボードにアクセルを発動することで、片足でも暴れる飛鳥を逃さないようにしようとした。
しかし5つ目のカウントは聞こえてこなかった。
アクセルが発動しなかったのだ。
完全な魔力切れだ。
動揺した俺はボードごと弾き飛ばされた。
側面からリングに激突したが、すぐに態勢を整えたので、カウントを取られることはなかった。
対戦相手の飛鳥の方を確認することよりも、まずスカイボードを拾い上げることを優先する。
走りながら片手で相棒を掬いあげた俺は、足を止めることなく走り続けた。
周辺視野で捉えた飛鳥は、今度こそブラフなどではなく、新たな魔法の発動の溜めをしていた。
とにかく足を地に付けていたら、飛鳥の攻撃を回避できない。
足りない加速は、自身の足で滑走してからボードに乗ることで、ホバリングのみで空中を走り出した。
しかしこの判断は間違っていた。
戦場に漂う魔力を回収しながら、飛鳥の攻撃に備えた。
芙蓉に比べたら俺の吸収効率など微々たるものが、対戦相手がガンガン強力な術を使ってくれたおかげで、闘技場が魔力で満ちており、浮遊するだけならば、数分続けることができる。
しかし飛鳥が長い溜めから発動したのは、新たな攻撃魔法ではなかった。
ほとんど使い切っていた彼の魔力が一瞬で回復したのだ。
むしろ最初のときよりも、膨大な魔力で溢れている。
最も阻止しなければならない魔法を発動させてしまった。
「まさか九重紫苑と戦う前にこいつを使うことになるとはな」
『急に飛鳥選手の魔力が回復しましたね』
『噂に名高い、高宮の固有魔法というやつだな』
高宮家において、唯一受け継がれてきた固有魔法『神降ろし』。
かの高宮一族をニホン最強たらしめた魔法だ。
純粋だけど絶対的な魔力による暴力。
発動にはタイムラグを要するが、飛鳥にとって魔力切れは存在しない。
空中への退避よりも、なりふり構わず彼に殴りかかるべきであった。
そうしていれば、このようなピンチに陥らずに、俺の勝利で終わっていた。
ランキング戦では、マジックポーションの使用を禁止されている。
奴は何度でも魔力を回復できるのに、俺は自然回復を待つしかない。
もともと魔力量に大きな差があったのに、方や上限いっぱいまでに補充し、対する俺は今のホバリングを維持しながらならば、アクセルを単発で放つ分しか回復できていない。
飛鳥との試合は、ようやくここから本番なのだが、戦い続けることができないのが、とてももどかしい。
勝つための手段ならば、まだ残してある。
俺の身体に寄生している奴の封印を解き放てば、まだ十分に戦える。
しかしこれは、将来あの卑怯者と戦うための切り札だ。
あいつの目はありとあらゆるところに存在する。
ここで使ってしまえば、一生あいつに届かなくなってしまうかもしれない。
決断をしかねていたら、速度を失い、ただ宙を浮くだけの俺に、万全の飛鳥が新たな魔法を放った。
空間に超低気圧を生み出し、風の刃を自然発生させる魔法。
ホイールウインド。
和訳では、『つむじ風』。
かつて俺が得意とした風の上級魔法だ。
ただ浮くだけの俺は、気圧差によって吸い寄せられ、その四肢を刃が襲う。
斬撃の切れ味は鋭いが、どれも浅いので、魔法で防御はせずに、あえてこの身を差し出すことにした。
まさか俺の
しかしこの魔法のことはよく分かっている。
気圧の維持が難しく、すぐに解除されることが特徴だ。
無数の切り傷を負ったものの、魔力を温存したまま耐えぬくことができた。
本来の俺ならば、こんな無残なことになることはなかった。
未熟なまま発動してしまった、かの日の奇跡の代償として多くを失った。
神童として将来を期待されていた俺が、魔力の大半を喪失し、その未来までも差し出すことになった。
それでも芽衣を救いだすには、不十分だった。
彼女さえいてくれれば、魔力なんて必要なかったのに……。
届くことができず、さらには男として最も大事なものまで、奪われることになってしまった。
ここ最近は楽しくて、すっかり忘れていた。
俺が、“復讐者”であることを。
目的達成のためならば、どんな痛みも屈辱も耐え抜かなければならない。
たとえ、もう芽衣を取り戻すことができなくても、あの卑怯者だけは倒さなければならない。
俺の背負った業は、彼女のことを想いながら
芙蓉や蓮司の熱血に当てられて、本来の目的を見失うところだった。
俺としたことが熱くなりすぎちまった。
今はまだその時ではない。
あいつの目を欺くためにも、道化を演じ続けなければならない。
「イケメンの倒し方ってやつを、見せてやりますか」
俺は最後のアクセルで、はるか上空へと飛び立った。
高度を上げるだけならば、ボードの先端を上に向けるのだが、あえて水平状態を維持しながら真上に進む。
そして先ほどまで、頭を
『冴島選手、コントロールできていないのか、上空リングアウトでカウント開始だ』
東高での試合ルールでは、ダウン時に追撃できるが、リングアウトならば客席への被害を抑えるため追撃を禁じている。
このことを逆手に取れば、9秒までは攻撃を受けずに時間を稼ぐことができる。
残念ながらオープニングのペナルティで2カウント没収されているので、7秒しか猶予がない。
そして俺の右手に握られているのは『悪戯の筆ペン』だ。
少量の魔力で物や空間に、文字や図面を残すことができる
書いた物は魔力の拡散によって自然消失するのだが、魔法陣にすることで安定し、長く維持することができる。
それを利用して、逆転のための魔法陣をボードへと書き込んだ。
魔法陣とはとても複雑で、四元素の下級魔法ですら書くのに数時間要する。
しかし俺のオリジナルの術ならば、いくつか実用的なものがある。
いくつもの思考区域を駆動させて、最短最速の動きで筆を走らせ魔法陣を描いていく。
何度も練習したが、試合で使うことがあるとは思わなかった。
7秒を精一杯使っても、まだ完成していないが、残り1カウントを残して、戦闘空域へと帰還した。
戻って来た俺に対して、飛鳥は事前に準備していた魔法を発射した。
強烈な水圧で鉄の盾すらも貫く水の
中級魔法ウォーターキャノンだ。
しかしその攻撃が届くギリギリ前に魔法陣が完成した。
“液体を□ーションに変える魔法”
飛鳥が水魔法を使ってくるまで、耐え凌ぐつもりだったが、まさかいきなりドンピシャとは思わなかった。
ボードに描かれた魔法陣に接触したウォーターキャノンは、その先端から□ーションへと性質変化し、後続の水を阻む。
水の持っていた上方向の運動エネルギーは性質変化によって、バラバラの方向へと霧散していく。
さらに魔法陣の効果は伝搬していき、接していた全ての水が□ーションへと変貌した。
その粘度の高さによって空気抵抗で拡散することなく、重力によってそのままリングへと落下して、魔法を発動した本人へ降り注いだ。
リングの上は飛鳥を中心に□ーションまみれになった。
『なんだこの魔法は! なんと、冴島選手は水魔法への対抗魔法を隠し持っていた!』
ごめんなさい。
ただの□ーションです。
そして□ーションを浴びた飛鳥に対して、今度こそ最後の魔法をかけた。
それはただのそよ風。
しかし状態異常『□ーション』を受けているキャラは簡単に転ぶのだ。
『飛鳥選手、再びダウンだ!』
もちろん彼はすぐに立ち上がろうとするが、その足元では家庭用の扇風機くらいの風が舞っており、□ーションの滑りと合わさって、2本の足で立つことができない。
「待て! まだだ。まだ俺は戦える」
飛鳥は必死に叫ぶが、前に後にと滑るばかりで、ダウンから立ち直れない。
これはどちらか一方が死ぬまでの殺し合いではなく、ルールのある試合だ。
普段の彼ならば、対処できていたかもしれないが、突然の想定外の事態で冷静さを失っている。
もう風が吹かなくても、今の飛鳥の状態ならば起き上がることはできない。
そして彼の必死の形相とは裏腹に、会場全体は笑いに包まれたまま、試合が決着した。
『10カウントダウン! 新人戦決勝への切符を勝ち取ったのは、なんと冴島由樹選手だ!』
『ふざけているように見えるかもしれないが、魔法の使い方が一枚上手だったな。見事なジャイアントキリングだ』
入試1位で本命の飛鳥を下したことで、俺も一躍スターに成れるかと思っていた。
しかし現実はそんなに甘くなく、ただただ無情だった。
会場中から称賛の声が飛ぶかと思ったが、俺に送られたのはブーイングの嵐だ。
よくよく考えてみてくれ。
今回の大会ではトトカルチョが行われており、1番人気はもちろん入試1位の飛鳥だ。
つまり客席の多くが、ここで賭けに負けたことになる。
しかも飛鳥は1年生の中では蓮司と女子の人気を二分するイケメンだ。
なんでも、クールな
『イケメン対ヘンタイの戦いを制したのはヘンタイだぁ!』
やはり実況のお姉さん、俺に対して辛辣だ。
それでもちらほらだが、俺の勝利を歓迎する野太い声がある。
どうみても飛鳥の人気に嫉妬する女っ気のないブサメンばかりだ。
悪いけど俺はお前らの代表じゃないぜ。
俺の顔は、中の上くらいあるはずさ。
『由樹、せいぜい中の下だぞ』
なぜかこの会場で、数少ない味方のはずの凛花お姉さんが実況席から否定してきた。
それでも何人か可愛い女の子が俺の勝利を祝福してくれていた。
だけど俺は知っている。
あいつらは蓮司のファンであることを……
なんだか悲しくなってきたので、勝利の喜びを噛みしめることを諦めて、降りることにしよう。
次の試合の開始を妨げる訳にはいかないので、さっさと入場したゲートへと戻る必要がある。
由佳はまだ隠している能力があるようだが、おそらく決勝で戦うことになるのは委員長だろう。
芽衣の姿をした彼女は、
スカイボードに乗って、ホバリングしていた俺はリングの上に着陸する。
視界の先には、次の試合のために控えている委員長の姿が映った。
その瞬間、足元が揺らいだ。
身体が倒れていきながらも、思考だけが何倍にも加速していく。
リングの上に残っていた□ーションに足を掬われたことを理解したのだが、戦いの疲れで肉体が反応しない。
頭部に伝わる衝撃の瞬間までは確かに認識できていたが、その先は意識を手放すことになってしまった
“芙蓉、蓮司、すまん。目が覚めたら、決勝は不戦敗になっていた”
***
『あとがき』
いかがでしたか。
由樹の活躍はここまでです。
次回は実質決勝になる準決勝第2試合『由佳 VS. 芽衣』です。
新人戦の山場は今回ではなく、次回です。
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