21 意固地

『あらすじ』

芙蓉、蓮司、リズ不在の新人戦

胡桃は伊吹に敗北

 ***


『芽衣に剣を向けるんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ!』


 久しぶりにムキになってしまった。

 手加減をしながらも、じわじわと胡桃の体力を削っていった草薙伊吹クソ野郎に対して、彼女は刺し違えても勝利を諦めなかった。

 しかし由佳と委員長が強引に割って入って、野郎の攻撃を止めた。

 それで済むならば、文句はなかったのだが、あろうことかあいつは芽衣へとその刃を向けたのだ。


 その後、静流先輩が収めてくれなければ、あの場で殴りかかるところだった。

 幸い、次に直接対戦することが決まっているので、矛を収めたが今でもイライラする。


 俺たちが割って入ってしまった試合だが、審判の静流先輩は腕っぷしがあっても調停をする能力はなく、風紀委員が出張ってきた。

 もともと新人戦でのトラブルは彼らの担当だし、俺たちの全員が生徒会の所属であることは、とても都合が悪かった。


 結局、胡桃は勝ったとしても次の試合に出られる状態じゃなかったので、伊吹の野郎の勝利で裁定が下った。

 そして割り込んだ俺たち3人には、次の試合で5カウントの状態から始まるペナルティを課せられた。

 他の試合でも、似たようにカウントの没収措置は取られているものの、半分というのはかなり大きい。

 さすがに3人がかりでリングに乱入したのは、重く受け止められたようだ。

 それでも多少は不利になるものの、ここまで無難に勝ち上がった俺たちからしてみれば、大して問題にならない。

 今の俺の頭の中では、伊吹をどうやって料理するかばかりが巡っている。

 胡桃との試合では手加減していたようだが、技の方向性は十分に見せてもらった。


 伊吹の奴の中途半端な優しさは、完全に空回りしているように見える。

 胡桃との関係を修復したいのか、突き放したいのかはっきりしない。

 彼女は必死に正面から向き合おうとしていたのに、奴は態度を曖昧にしたままだ。

 見方によっては、対戦相手を痛めつけているようにすら映ってしまう。

 そのせいで胡桃は、刺し違いを狙うまで追いつめられることになった。


 興奮した伊吹が芽衣に武器を向けたことについては、とりあえず溜飲を下げたが、彼の生き方はとてももどかしい。

 芽衣を取り戻すために今を生きている俺からしてみれば、大切なモノが手を伸ばせ届く位置にあるのに、くすぶっている伊吹の姿はとても腹立たしく感じる。


「由樹くん大丈夫? すごく怖い顔しているよ」

「委員長には関係ない」


 本来の芽衣ならば、そんな気遣いをしない。

 むしろ俺の背中を蹴って、カツを入れるような女だった。

 今の彼女のこういう言葉が、余計に俺の不甲斐なさを際立てて、感情を揺さぶる。


 そして1番重要な案件なのだが、草薙伊吹が童顔な生意気小僧として、女子の間で人気なのが、最も腹立たしい。


 ***


「午後には飛鳥との試合が控えている。軽く終わらせてもらう」

「悪いけどな、俺だって高宮飛鳥を狙っている1人だ。それよりもあんたは女の扱いがなっていない」


「あんな分家の出来損ないに、仲良しごっこの勘違い連中がこんなところに来ることすら場違いだ」

「まったく言葉に感情が伴っていないな。不器用な男を気取るのは時代遅れさ」


 初めて伊吹がその表情を崩した。

 今の俺の台詞、しっかり決まったな。

 せっかく芙蓉と蓮司がいないことだし、俺が主人公ポジションを獲得したって誰も文句を言わないはずだ。


 伊吹の奴は、舌戦ぜっせんを続けるつもりはないようで、試合開始のゴングに備えて刀に手を添えた。

 武術の素人である俺相手に、得物に手を伸ばしている時点で、こいつは冷静さを欠いている。

 こちらも脇に抱えていたスカイボードを正面に構えた。


 試合開始前のリングでは魔法の使用を禁止されている。

 そのため伊吹は式神の召喚をしていない。

 俺も本来ならばボードに乗ってホバリングするのが戦闘の基本態勢だが、まだ飛ぶことは許されていない。


 それでも少しズルいかもしれないが、頭の中の隔離領域で2つの魔法の詠唱を完成させた。

 四元素魔法は詠唱中に魔力を練り上げて、トリガーによって奇跡を行使するのだが、技量があればいくつか応用できる。

 暗詠唱は用意している魔法を、相手に隠すことができる技法なので、魔力の収束を隠すのが常套手段だ。

 俺の場合は風の下級魔法に限ってだが、魔力の後払いが可能だ。

 厳密には詠唱を完成させずに、最後の一節で必要な魔力を一気に練り上げる。

 この方法ならば、対戦相手にも審判にもばれる心配はない。

 見破るには俺の思考を読むしかない。

 しかし別区画で演算している俺の脳の処理を読み解くには、倍以上の処理能力を求められるので、術者の脳の神経回路が軽く吹き飛ぶ。


 ちなみに今回の審判は風紀委員の先輩だ。

 本来の予定ならば、引き続き静流お姉さんだったが、先ほどのいざこざで、公平を期すために入れ替えになった。

 そもそも静流お姉さんは、えこひいきできるほど器用な人じゃないので、大して変わらない。


 そして俺たちの間に流れる集中が最高潮に達するタイミングで、戦いの幕が開けた。

 伊吹は接近と同時に抜刀による勢いを載せて、切っ先をこちらに向けてきた。

 俺はボードを盾のように扱い攻撃を防ぐ。

 もちろん何も手を打たなければ、ボードが一刀両断されてしまうのだが、彼の刀に減速の魔法をかけた。

 減速自体は運動エネルギーに換算すると大した威力ではないのだが、刀と伊吹の動作が噛み合わなくなり、技の威力が激減した。


 いきなり抜刀術なんて大技を使った伊吹は、次の攻撃に移ることができず、俺はその隙にボードに乗って地面から離脱した。

 上空15メートルを超えるとリングアウトと見なされるが、そこまで高く飛ぶつもりはない。

 伊吹の術にそれほどの射程はないが、単純に空中で逃げ続ければ、こちらの魔力が消耗するだけなので、わざわざ文句を言う奴はいない。

 この戦いでの俺の目的は、伊吹を完膚かんぷなきまでに圧倒して、その中途半端な仮面をはぎ取ることだ。

 そのためには空中から一方的になぶるのではなく、あいつの剣に立ち合わなければならない。


 俺にまだ攻撃の意図がないことを察した伊吹は、式神の召喚を始めた。

 胡桃が両断した武士もののふが再誕した。

 しかしその得物はニホン刀ではなく、全長2メートルを超える薙刀なぎなただ。

 小さい体で懐に飛び込む胡桃と違って、空を飛ぶ俺に対して武器を変えてきたようだ。

 確かに伊吹と式神で得物の長さが違うのは、少々厄介だ。

 それでも天才の俺には意味がないがね。


 ゆっくりと高度を降ろして、薙刀の間合いに入り込む。

 伊吹の手を離れた式神は、俺のことを叩き落そうと、刃を振り下ろした。

 足で操作するボードを刃の方に向けると、衝突の直前にボードの角度が変化し、ギリギリで回避して武士の背をとった。

 小手調べに、1番弱いエアーバレッドを打ち込んでみたが、紙でできた鎧を切り裂くことはできなかった。


 再びゆらゆらと高度を下げる俺に対して、今度は伊吹が切り上げを見せる。

 その軌道に直交するようにスカイボードを操作すると、前回同様に直撃の寸前でボードが動き出し、紙一重で避けた。

 すれ違い様に攻撃をしたかったが、式神が次の攻撃を狙っていたので諦めることにした。


 名前のない術式なのだが、俺に物理攻撃は当たらない。

 特に威力や速さがあるほど、回避しやすい。

 タネを明かせば、そんなに難しくない。

 どんな攻撃でも、その軌道上にある空気を退かしながら、敵に向かって進行する。

 排除された空気は、微弱だが風圧という形で攻撃に付随する。

 俺は風魔法でこの風圧を増幅している。

 そして攻撃に対して、ボードを向ければ、風を捉えて自動で回避できる。

 しかもギリギリまで攻撃を引きつけて回避することができるので、反撃に転じやすい。

 この程度の速さならば視界を失うことなく、眼鏡とゴーグルを付け替える必要がない。

 さすがにフルオートのマシンガンは回避できないが、リボルバーや小型の爆弾程度ならば十分に対処できる。


 2回、3回と刃が空を斬る。

 より強力な魔法を発動するために、タイミングを見計らっていた。

 紙一重で避ける俺に対して、伊吹もその式神もムキになって、より早くより強く得物を振り回すが、それは逆効果だ。

 女相手ならば、ダンスでも踊っているようにとでも表現して、絵になるかもしれないが、男相手にあまり長く続けるつもりはない。


 武士の放った横薙ぎに対して、衝突直前に上へと回り込む。

 高度を上げ過ぎず、薙刀の上を走るように直進する。

 鎧武者を飛び越えるためにボードの先端を上へと曲げる。

 そして跳躍の直前に防具のない眉間へと一点突破の攻撃を放った。

 頭部だけでなく後頭部を守る兜を貫通した。


 使った魔法はエアーバレットだが、俺のオリジナルだ。

 本来のこの魔法は、バレットという名を冠しているが、実際は空気の塊を直線軌道で放っているだけだ。

 そこで威力を高めるために、ボードの裏側に『硬化』と『回転』のスクリプトを仕込んでおいた。

 この魔法陣からエアーバレットを発射すると、金属の銃弾と同等以上の威力に達する。

 たとえ下級魔法でも工夫すれば、十分な殺傷能力を発揮するわけだ。


 頭部を失った式神は、その形態を維持することができず、散り散りになった呪符へと戻っていった。

 形には意味がある。

 式神の頭部に脳のような機能はないし、呼吸もしていない。

 しかし人をかたどった式神は、ヒトの技を扱うが、そのぶんヒトの理に縛られる。

 地に足を付けなければならないし、間接の稼働領域には限界がある。

 そして頭部を失ったヒトは活動できないため、その概念に矛盾が生じて自壊したのだ。


 式神を破壊されたのに、間髪入れずに伊吹の剣が走った。

 もちろん何の工夫もない攻撃が俺の影を捉えることなどありえない。

 ここまで1度も攻撃を当てることができず、十八番の式神も破壊された伊吹は、その肩に力が入っているのか雑な動きばかりだ。

 奴が自身の剣にこだわるならば、何回やろうが俺に届くことはない。


「ぶんぶん振り回しやがって。あんたは1人で全部できると思っているのかもしれないが、それは間違いさ」


 どうせ普通に正論を、綺麗ごとを、振りかざしたところで、意固地になった奴の耳に届くことは考えられない。

 しかし優位な側に立った俺の言葉ならば、多少は響くかもしれない。


 実は俺の回避技法は不完全で、いくつもの攻略法がある。

 胡桃みたいな風音かざおとを立てない静かな太刀筋ならば、風圧を増幅できない。

 他にも2人がかりで挟み撃ちにされれば、ボードの動きが間に合わない。

 まだまだあって、熱や冷気などのような空気の分子振動を扱う攻撃や、呪詛なんかも防げない。


 しかし草薙の王道の技にこだわる伊吹では破ることができない。

 これが実戦であれば、誰かを頼るという手立てもある。

 それでなくても東高に入学してからの約2か月で、他の魔法をかじる機会だってあったはずだ。

 静流先輩は水魔法を扱うし、胡桃だって実戦で使うことがなくても初歩的な風と水の魔法を練習している。

 こだわることを否定するつもりはないが、視野を狭めたり、工夫を捨てたりすることは愚の骨頂だ。


 かつての魔力を失い、成長までもが止まってしまった俺にとって、工夫こそが数少ない希望だった。


 こうしている間も伊吹の攻撃は続くが、俺は最小限の動作と魔力で避けて、反撃は一切しない。

 試合に制限時間はないので、棄権か10カウントまで終わらない。

 例えば両者が何もせずに睨み合えば審判が注意したり、カウント没収のペナルティを課したりすることもあるが、伊吹が攻撃をしているのでそのような措置はない。

 なぜ時間が決まっていないのかというと、魔法使い同士の決闘で長期戦はほとんどないからだ。


 現に伊吹の息は上がり、その魔力はニホン刀を振るう四肢を支えることができていない。

 真剣を持っての立ち合いは、相手を死に至らしめるリスクがある。

 さらに身体強化の魔法は単純であっても、常時発動していれば消耗が激しい。

 一方、俺の場合は浮遊や回避を下級魔法を繋ぐことで、省エネで戦っている。


 伊吹の攻撃は大振りなのに、まったく力がこもっていない。

 完全に刀の重みに自身が振り回されている。

 すでに風圧の増幅は解除していて、攻撃を見てから回避しても十分間に合う。

 一太刀を放つたびに、誰が見ても明らかなほど、威力が落ちている。

 ついには刃をリングに刺し、杖のように自身の体重を預けた。

 伊吹の胸の高さでホバリングしているが、もう攻撃する余力はないようだ。


「俺が弱いから姉さんが家を離れた。強くならないと、今度は胡桃を守れない」


 リングの外には聞こえない大きさだが、伊吹が漏らした。

 ようやくこいつの本心を引き出すことができた。

 それは俺に対する言葉ではなく、彼自身に向けたものなのだろう。


「知るか。自分で考えろ。あんたはまだ守りたいモノに手が届くのだからさ」


 悪いけど今回は、飛鳥への挑戦権は俺がいただく。

 せめて同じ男として、伊吹のプライドのためにさっきの言葉は黙っておいてやろう。


 試合は当然の如く俺の勝利で幕を下ろした。

 ふらふらだった伊吹をそのままにできないので、肩を貸してやり、2人でリングから降りた。


 そこには同じ生徒会の女子3人がいた。

 一番背が低く小さな少女が恥ずかしそうに近づいてきた。


「あのっ、お疲れなのです」


 なんだ、この恥じらいは。

 もしかして胡桃ルート突入か。

 勘違いだと思っていたのだが、胡桃がその短い足でまっすぐに走ってきて、飛びついたのだ。

 俺の隣の、伊吹に……


「まぁ、その……どんまい」

「由樹くんは頑張ったよ」


 由佳と委員長が慰めてくれたけど、余計に惨めじゃねぇか。

 完全に胡桃の従兄をイジメた悪役だろ俺。


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

芙蓉や蓮司といったツッコミ役がいないと、由樹のボケをなかなか出せないです。

次回はいよいよ高宮飛鳥との準決勝です。

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