19 蓮司の決断

『あらすじ』

ステイツからの刺客

カウンタースナイプで対抗

蓮司は狙撃を拒絶

 ***


『蓮司にも第5公社のサブライセンスのための契約書を渡しておく。もし気持ちが固まったらサインしろ』


 芙蓉からカウンタースナイプの計画を聞かされた次の日の、凛花先輩とのやり取りだ。

 彼らが行おうとしているのは、市街地での狙撃戦だ。

 もちろん一般人にそんなことが許される訳なく、第5公社から護衛の仕事という体裁を用意する必要があった。

 将来、どの公社に入るのかはこだわりがないので、怪しげな新設の魔法集団でも特段悪いとは思わない。

 問題なのは、これにサインするということは、戦いに身を投じるということだ。

 銃を見ると身体が強張ってしまうが、命のやり取りはもっと怖い。


 決断できないまま2日が過ぎてしまい、新人戦当日になってしまった。


 あの日から芙蓉は、寮の部屋に戻っていない。

 凛花先輩によるとリズと共に、狙撃のための訓練をしているらしい。

 スナイパーライフルの扱いは、一朝一夕で会得できるようなものではない。

 芙蓉は魔法らしい魔法を使わないが、様々な戦闘技能を駆使する。

 そんな彼に狙撃の心得があったとしても、何らおかしくない。

 それでも生業にしている連中には、敵わないはずだ。

 トリガーを引くことさえできれば、かつての俺の方が優っていることは確実だ。


 漠然とだが、魔法銃を使い続ければいつしかまた、ライフルを握れる日が来ると考えていた。

 細い道筋だが、親父おやじめた連中にも繋がっているはずだ。

 しかしこんなに早く、狙撃を必要とする機会が回って来るとは思いもしなかった。

 前回の霊峰でのオーガの時もそうだが、覚悟が決まろうが決まらなかろうが、こちらの事情などお構いなしに敵は向かってくる。


 新人戦のAブロックの会場では、すでに開会式を終えて、試合が始まっていた。

 熱血な校長や、苛立っている会長が挨拶をしていたが、内容は頭に入ってこなかった。

 第1演習場には、4つのリングが設置されており、複数の試合が同時に消化されている。

 午前中に4回戦まで行い、午後は各ブロックの決勝戦の後に、Aブロックの準決勝、決勝が催される。

 選手である俺たちは客席ではなく、リングの近くで観戦しながら、自身の出番を待っている。

 そのため客席には2、3年生ばかりで、来訪客を含めてもまだ空き席がある。

 しかし試合が進み、敗退した1年生が加わるし、午後の試合目当てでくる外部の客によって、満席どころか立ち見も現れる見込みだ。


 試合の順番を待つ俺の目の前では、ちょうどリズの試合が行われていた。

 ランキング2位である彼女の初戦の相手は、Aブロック出場の中でも下位の生徒だ。

 一応レイピアを手にしているが、教科書に載っているような基本的な土魔法だけで、相手を翻弄している。

 ポジションとしては近接・アタッカーの彼女だが、その身軽さを活かして間合いを上手く切り替えて、相手が術を使い難くしている。

 芙蓉とはまた異なったスタイルだが、彼女だっていくつもの手札を持つ本物だ。

 俺にも彼女くらいの実力があれば、芙蓉の隣で戦えるのかもしれないのに。


 ぐるぐると考えが頭の中を巡っている間に、リズは勝利を収めてリングを下りた。

 偶然なのか、意図的なのか、彼女は俺のいる方へとやって来た。

 しかし顔を合わせることもなく、そのまま演習場の外へ出るための通路へ向かって行く。

 俺は何を話すのかも定まらないまま、彼女を呼び止めた。


「リズ、芙蓉はどうした? 今日……やるのか?」


 どこに誰の目があるのか分からないので、さすがに狙撃という言葉は口にしなかった。

 振り向いた彼女は、半身だけこちらへ向けると、いつも通りの口調で答えを返した。


「蓮司、関係ない」


 確かに俺は、計画を聞いただけで、その先は何も知らない。

 芙蓉の持ち込んだステイツ生のTAC-50を見てから、頭が真っ白になってしまった。

 それからは考えがまとまらずに、ずるずると時間だけが過ぎていたった。

 彼女の言う通り、たしかに何もしていない俺はただの部外者なのだ。

 今更、何ができるかも分からないのに、このまま見て見ぬふりもできない卑怯者の自分がいる。

 自身の意思をはっきりできない俺に対して、彼女は珍しく言葉を続けた。


「私、芙蓉、戦う理由ある。死ぬ覚悟、殺す覚悟ある。蓮司、何もない」


 彼女の言う通りなのだが、改めて他人から言われると堪えるものがある。

 俺が戦う理由があるとしたら、芙蓉、そして東高で出会った連中との絆くらいだ。

 しかしそれは俺の過去を跳ね除けるには、足りなかった。

 リズは俺の答えを聞くことなく、そのまま闘技場を後にした。


 銃を握るのが怖い。

 手に馴染む鉄の塊も、火薬の香りも、薬莢の落ちる音もどれもが、あの悪夢を呼び起こす。

 あのときに初めて銃を向けて、向けられた。

 それでもあの日の銃が狙っていたのは、俺ではなく親父だった。

 俺はスコープ越しに敵を捉えていたが、当たることのない無駄玉を撃ったに過ぎない。

 それに比べれば霊峰で乗り越えた経験はもっと壮絶だったはずだ。

 自分の手で命を奪い、理不尽な暴力の前にしても生き残ることができた。

 なのに俺はいったい、何をためらっているのだろうか。

 なぜ未だにライフルを見るだけで、硬直してしまうのか。

 俺自身のことなのに、何が問題なのかまったく分からない。


 こんな不安定な状態で、試合の順番が来てしまった。


 ***


 試合の序盤こそ、噛み合わず苦戦したものの、地力の差で確実に押している。

 長い詠唱からの遠距離攻撃しか持たない対戦相手に対して、1度距離を詰めた時点で勝負は決している。

 2か月前の俺ならば、こんな戦い方はできなかった。

 着実に強くなっていることを実感できる。


 俺の放った魔弾が、対戦相手の障壁によって相殺されると同時に、クロスレンジへと飛び込んだ。

 次の魔法を詠唱しようとする男子生徒に対して、強化した左腕でその頭を払いのけた。

 まったく見た目を気にしない一撃だが、魔法の発動に集中していた相手をダウンさせるのには十分だった。


 新人戦はランキング戦と同じルールで、ダウンか場外で10カウント奪えば勝利だ。

 そしてダウンの場合は追撃が許可されている。

 俺は魔法銃の照準を向けた。


「待ってくれ。きっ、棄権する」


 その声はしっかり俺の耳に届いているが、審判をしている3年生による勝利判定は、俺の反応速度よりも遅かった。

 試合がまだ続いているので、躊躇ちゅうちょなく、その足を狙って魔弾を撃ち込んだ。

 男子生徒のうめき声の後に、ようやく審判がカウントを止めて、俺の勝利を宣言した。


 ***


「らしくないじゃないか。芙蓉のことが気になるのか」


 1回戦を終えてリングから降りた俺の前には、寮で同室の由樹がいた。

 彼の指摘の通り、試合の序盤は頭がモヤモヤしていたが、1度スイッチが入れば冷静にこれまで通りの戦いをできたと思う。


「そうか? 多少もたついたが、しっかり勝ったぞ」

「そうじゃない。いつもの蓮司じゃない。最後の攻撃は、さすがやりすぎさ」


「あれは審判が遅かったから。試合が終わっていなければ、油断できない。芙蓉だったらそうしていたはずだ」

「こんな舞台で、芙蓉はそんな無茶をしない。むしろ負けてもいいくらいで、冷めているのがあいつさ。芙蓉から学ぶのは別に構わないが、お前はあいつじゃない」


 確かに今までの俺ならば、やらない行動かもしれないが、芙蓉を目指して何が悪い。

 唯一の取柄だったライフルを握れなくなった俺に比べて、たとえ魔力が無くてもどんな手段でも勝利を掴もうとする彼の姿はとても眩しい。

 正直に言って、俺の憧れだ。


「蓮司の良さを殺しちまっているんだよ! あんな強引な攻撃は、取り返しのつかない怪我をさせる危険がある。遠距離ポジションなら無理は避けるべきだし、リーダーとして隊の指揮を乱す」


 俺の良さってなんなんだよ。

 結局、今回のカウンタースナイプでは、銃を握ることのできない俺はただのお荷物じゃないか。

 リーダーと言っても、それは学校レベルでしかない。

 今日の作戦だって、芙蓉の立案で、指揮は凛花先輩だ。

 俺の入り込める場所なんてどこにもありはしない。

 ならば少しでも芙蓉に近づこうとすることの何が悪い。


 由樹に言い返そうとしたが、別の人物によって遮られてしまった。


「お前たち。確か生徒会ハウスで会ったな。芙蓉の奴は逃げたのか? このまま不戦敗だなんて興醒めだな」


 高宮飛鳥。

 こんな時に会いたくない人物だ。

 たしか新人戦で芙蓉に勝つことを条件に、校内ランキング1位の会長が挑戦を受けることになっていた。

 しかし彼のお目当ては、2日前の放課後から東高に戻っていない。


「そもそも奴が途中で敗北すれば、この大会での直接対決が無くなる可能性はあった。それでも俺が優勝すれば1番の証明としては十分だろう」


 飛鳥の言う通り2人が対戦することは、決定事項ではなかったのだが、芙蓉が簡単に脱落するとは生徒会の誰もが思わなかった。

 しかしあの会長が、彼の言い分を聞くかどうかは分からない。

 彼女は狙撃手の存在に対するストレスなのか、芙蓉の不在のせいなのか、ピリピリしている。


「何を言っている。優勝は期待のルーキーこと、冴島由樹様のもんだ。準決勝でギタギタにしてやるさ」


 由樹が反抗したものの、飛鳥にとっては眼中にないようで、彼は言いたいことだけ残すと去っていった。

 以前生徒会ハウスの会議室でもそうだったが、自分勝手というか、自己顕示欲の強い奴だ。

 本来ならば、こんな事わざわざ言いに来る必要などない。

 俺も彼くらい、強さに対して真っ直ぐになれれば、苦しむことなど無かったのかもしれない。


 会長は芙蓉の敗退など毛頭考えていなかったので、その場合の条件は付けていなかった。

 しかし俺には彼が飛鳥より劣っているとは思えない。

 奴の優勝を認めたくない。


 順調にいけば、俺は3回戦で飛鳥とぶつかる予定だ。

 勝つことができなくても、消耗させることができれば、その後に控える9班メンバーたちが準決勝と決勝で彼を止めてくれる。

 そうすれば奴が最強を名乗ることを阻むことができる。

 ならば目の前の新人戦に集中しなければならない。


 しかし本当にそれでいいのだろうか。

 自分では飛鳥に勝つ自信がなく、結局他人任せの考えに過ぎないことは自覚している。

 奴の躍進を止めるというのは、今回の狙撃に協力できない自分を正当化する言い訳でしかないのではないか。


 そもそも芙蓉が、無事に帰ってくる保証などどこにもない。

 彼は強いが、決して無敵じゃない。

 霊峰で見送ったときだって、そうだった。

 帰ってきたときには、俺たちよりもぼろぼろになっていた。

 リズの言う通り、彼は死を覚悟して出て行ったのだ。

 そんな彼にとって、東高の中での小さな看板を守ることに、どれだけ意味があるのか。

 由樹の言う通り、芙蓉は他人の評価なんて気にしていない。

 彼ならば、飛鳥に勝とうが負けようが、どちらでもよいと考えるはずだ。


「蓮司はどうしたい? 芙蓉を追うか。それとも飛鳥を止めるか」


 不意に由樹が訊ねてきた。

 これまでの会話と違って、こちらの意図を問いただす言葉だ。

 彼の言う通り問題は、シンプルだ。

 今からでも芙蓉たちの力になるか、ここに残って飛鳥の優勝を阻むか、そして彼は口にこそしないが何もしないという3択だ。

 実力が足りていないことは分かっている。

 覚悟が中途半端なことだって承知している。

 それでも芙蓉は俺に、今回の作戦を明かした。

 そのことだけでも彼は、相当なリスクを背負ったはずだ。

 なのに俺は動こうとしない。

 そんな惨めな自分を容認できない。


「飛鳥の方は任せてもいいのか?」

「芙蓉やリズ、それに蓮司がいないトーナメントなんて余裕さ。ついでに優勝してやるよ」


 由樹の言葉が強がりなのは分かっている。

 飛鳥だけでも格上なのに、他にもAブロックには、一桁代の上位ランカーたちがひしめいている。

 親友の実力は知っているつもりだが、大金星を何度も掴まなければならない。

 確証などないのに、強気な言葉を口にしている。

 しかしそれはみんな同じことだ。

 確実に準備して、安心安全な戦いなどあり得ない。

 困難は常に向こう側からやって来る。

 後は立ち向かうのか、何もしないのか決断するだけだ。


 俺は由樹に後を託して、第1演習場を去った。


 ***

『あとがき』

珍しく2枚目な由樹君でした。

新人戦は4試合に焦点を合わせて描写する予定です。

トップバッターは草薙胡桃です。


 ***

『おまけ』

Aブロック優勝者候補?

冴島由樹:いきなり優勝フラグ!?

草薙胡桃:次回の主役!!

橘由佳:『装甲車』は伊達じゃない!!

野々村芽衣:由樹にとってはラスボス!?

高宮飛鳥:準決勝で由樹が立ちはだかる!?

草薙伊吹:草薙静流以上の実力!? 次回の敵キャラ。

高宮芙蓉:1回戦不戦敗

的場蓮司:2回戦不戦敗

リゼット・ガロ:2回戦不戦敗

九重紫苑:カウンタースナイプのエサ。副会長の監視下。


由樹視点だと、

4回戦:草薙胡桃 or 草薙伊吹(3回戦が胡桃 VS. 伊吹)

準決勝:高宮飛鳥

決勝:橘由佳 or 野々村芽衣(準決勝が由佳 VS. 芽衣)

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