18 決戦の朝
『あらすじ』
ステイツからの刺客
カウンタースナイプで対抗
芙蓉とリズで訓練完了
***
新人戦当日、つまりカウンタースナイプ決行当日。
凛花先輩の会社を後にした俺は、そのまま最初の狙撃ポイントへと向かった。
短期間での特訓だったが、どうにかステイツ軍の狙撃手配備基準程度の水準にまで到達できた。
心許ない気もするが、たった2日で観測手の仕事を一通りマスターしたリズの、飲み込みの早さは大したものだ。
俺たちが狙撃の訓練を行っている際に、もう1人の第5公社のメンバーである静流先輩が、大きな成果を挙げていた。
なんとアックスとハゲタカが、狙撃ポイントの下見をした痕跡を複数発見したのだ。
本日のミッションはそれらを狙える建物を回って、奴らを探し出すことから始まる。
できる限り1つの狙撃ポイントで、多くの候補を狙える場所を、凛花先輩が割り出してくれた。
とりあえずは最初のポイントで、新人戦の開会式まで待機だ。
しかし本命は、新人戦の佳境である観客の入りが、ピークになるAブロックの準決勝からの3試合と閉会式のタイミングだ。
俺とリズの2人が初戦から欠席だと、さすがに目立つので、先に試合が予定されているリズは、1回戦だけ出場する
その後、狙撃手の索敵に合流する。
むしろ観測手の彼女が積極的に動いて、敵の捕捉を目指す。
ちょうど最初の狙撃ポイントに到着したものの、まだ敵狙撃手の姿は見えない。
この位置からだと、直接見えるのが2か所で、観測手のサポートを必要とするのが4か所だ。
俺は荷物を降ろすと、その場に腰かけた。
ここはとある雑居ビルの空き部屋で、凛花先輩がその財力で確保してくれた。
視界は決して褒められたものじゃないが、建物の中なので、長く滞在する予定の最初のポイントとしては悪くない。
今はまだ銃を取り出さない。
リズや凛花先輩から連絡があれば、すぐに移動しなければならないからだ。
荷物はライフルを入れたケースの他に、ボストンバックを持参している。
もちろんだが、お馴染みの小拳銃とサバイバルナイフが、仕込まれているショルダーホルスターが入っている。
しかし狙撃は待ちの仕事なので、長時間ホルスターの装備は、余計な体力の消耗に繋がるので、今は身に着けない。
他にはスタングレネードと手榴弾、防弾防刃のインナーなんかも持ち込んでいる。
最後にリズや凛花先輩との専用回線しかない携帯電話だ。
こちらは会社を発つ前に、彼女の部下から渡されたものだ。
工藤財閥は通信産業にまで着手していたとは。
本日の第1標的はハゲタカだ。
アックスは別の機会に先送りになってしまうかもしれないが、とにかくカウンタースナイプ成功の実績を作りたい。
どうせならハゲタカを射殺せずに病院送りにした方が、狙撃が困難なことを世界にアピールできる。
その後ゆるりと暗殺すれば、フレイさんの指令通り処理したことになる。
新人戦の開会式前ということもあり、この先に敵影が現れるとしてもまだ余裕がある。
味気ないが、来る途中にコンビニで購入したおにぎりとペットボトルのお茶に口を付けていた。
***
栄養補給の作業を終えた頃に、私物の方のスマートフォンが振動した。
そのディスプレイには、護衛対象である彼女の名前が表示されていた。
そういえば会長とはショウナンから戻ってきてから、1度も顔を合わせていない。
任務に集中したいので、そのまま切れるまで無視することにした。
『ちょっと後輩くん! 今どこにいるのよ!』
いきなり会長の声が聞こえたかと思ったら、俺のスマホが勝手に通話モードになり、しかもスピーカーフォンの設定へと切り替わっていた。
おそらく凛花先輩が、良からぬ
幸いなことに、カメラは起動していないようなので、物音さえ立てなければ、こちらの情報は伝わらない。
『無視してもダメだからね。いつまでだって叫び続けるわよ』
すでに退路を塞がれて、袋小路に追い込まれていた。
有言実行の会長様は、飽きることはあったとしても、意固地になれば、諦めるという選択は消える。
今からでもスマホの電源を落とす方法もあるが、彼女はカウンタースナイプのエサなので、持ち場を離れられると困る。
あまり自信がないが、説得するしかない。
「会長。申し訳ございません」
『後輩くんは、何について謝罪しているのかな? かなかな? 2日前から帰ってこないと思ったら、今朝になって銀髪ちゃんだけ試合会場に来ているし。私が後輩くんに、お小遣いを全て賭けたことを、忘れたなんて言わせないわよ』
(ごめんなさい。すっかり忘れておりました)
会長様は今回の新人戦のトトカルチョで、俺の優勝に賭けていたのだが、狙撃があった日から今日までのごたごたで、完全に頭の中から消え去っていた。
ちなみに彼女が銀髪ちゃんと呼ぶのは、一緒に訓練していたリズのことだ。
凛花先輩の会社で別れたリズは、予定通りに新人戦の1回戦に間に合ったようだ。
今回の作戦は俺とリズ、そして凛花先輩の間で情報を共有しているのだが、どうやら副会長は会長に何も伝えていないようだ。
カウンタースナイプのことを知らせれば、会長様は自然な行動をできないかもしれない。
敵は彼女のことをしっかり観察するはずだ。
会長は嘘が下手で、演技をやり過ぎるきらいがある。
最悪の場合は、自ら行動を起こしかねない。
そう考えると、凛花先輩の判断は間違っていない。
さてここで問題なのは、彼女にどのような言い訳をするかだ。
まず新人戦の欠席を告げれば、怒り狂うだろう。
次に参加を表明して、試合に間に合わないと、やはり彼女は怒り狂うだろう。
あれ、すでに詰んでいる気がする。
いやいや、欠席の言い方次第では、逆転の手があるはずだ。
『どこで油を売っているのか知らないけど、私はあなたに賭けたのよ。今日1日、後輩くんはどんな相手にだって、負けちゃいけないんだからね』
事情を察しているのかどうか分からない言葉なのだが、彼女の激励を受けてしまったからには、本文のミッションを失敗できなくなってしまった。
「会長、ありがとうございます。絶対に負けませんよ」
新人戦については、何も言及していないのだが、会長の側から通話が切れた。
俺の不戦敗で騒ぐかもしれないが、その時なだめるのは身辺警護する凛花先輩と静流先輩の仕事だ。
まぁ、カウンタースナイプを成功させて無事に帰ることができれば、1回くらい彼女の
***
「チクショウ。俺の完璧な狙撃をあのクソガキが! 今度こそ絶対にぶち殺してやる」
密に打ち合わせをするために、ホテルでは同じ部屋を取ったものの、ハゲタカの奴は1回目の狙撃を失敗して以来荒れていて、話にならない。
本名こそ知らないが、この男と仕事をするのは今回が初めてではない。
奴は報酬次第で、どんな相手にも牙を向けるような男だ。
色んな組織を転々としてきたようだが、今では政府高官の御用達にまで出世している。
普段の性格に難があるが、1度銃を握ればクレバーな殺し屋だ。
その腕に関しては、俺だって信頼している。
俺の所属は正規部隊だが、必要に応じてこういう連中と手を組むこともある。
今回もそのうちの1つなのだが、任務の難易度は今までの比ではない。
ターゲットの少女はいくら強くても、所詮はティーンの学生に過ぎない。
むしろその護衛に、あの小僧を送り込んだフレイの奴に、文句を言ってやりたい。
本来であれば、最初の狙撃で簡単に済んでいたはずだった。
「たしかにあの狙撃は見事だった。俺の部隊の連中にはできない芸当だ。しかしフレイところの部隊から、エージェントを1名送っているという情報が入っていたのに、正体を確認せずに決行したのが間違いだった」
俺と同じく『魔法狩り』と呼ばれる使い手が、ステイツにいることは知っている。
年のせいで現場への出動が減り、後進の育成に力を注いだ時期から、俺以外の『魔法狩り』が裏の世界で騒がれ始めた。
まさかその正体が、教え子の1人であるマックスだとは。
「しかし4マイルも離れた場所からの狙撃に、どうやって反応したんだよ。こっちの行動は読まれていないのだろ?」
「何度も確認したが、俺たちがステイツからニホンに入った情報は、あちらさんにも伝わっているが、最初の狙撃までの短期間で、こちらの動きを捕捉して、狙撃に絞りこむのは不可能だ」
そう。
不確定要素が多い中で、初回の狙撃を決行したのは、敵に渡る情報が少ない内に、勝負を決めたかったからだ。
狙いは完璧だったのに、マックスが阻止したのだ。
「マックスは俺の教え子の中でも、最も飲みこみが早かった。特に危険に対する嗅覚は別格だ。あれは幼少から相当に仕込まれているな」
「たしかに知りもしない狙撃を防ぐような化け物だ。この世界は生き残った奴が強い。あんなクソガキでも認めるしかないぜ。だからこそ、じっくり時間を掛けて罠を準備したのだろう」
その通りだ。
今日は東ニホン魔法高校では、新人戦が催さられる。
連中は必ずカウンタースナイプを狙ってくるはずだ。
それを見越した俺たちは、小さな罠を張ることにした。
今回の狙いはマックスだ。
奴の身辺を調査したら、なんとかニホンのイーグルのジュニアがいるではないか。
おそらくマックスは、観測手として参戦してくるはずだ。
そこを叩く。
マックスさえ排除すれば、後はじっくりとターゲットを追い詰めればいい。
これまでの長い軍人生活で、教え子を殺すのは初めての経験だが、任務である以上、容赦するつもりはない。
***
『あとがき』
いかがでしたか。
3章のクライマックスへと盛り上がってきたところですが、物語の舞台は新人戦の方へと移ります。
次回より5話、芙蓉はお休みです。
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