16 狙撃

『あらすじ』

ステイツからの刺客

カウンタースナイプで対抗

蓮司は狙撃手を拒否

 ***


「リズ、こっちはライフルの組み立てを完了した。ターゲットを捉えたか?」

『ターゲット確認……視覚情報を送信』


 魔法と火薬のハイブリット式のスナイパーライフルは、従来の数倍の長距離狙撃を可能とするが、中間地点でターゲットを補足する観測手のサポートが必要だ。

 発砲音で耳を痛めないようにヘッドフォンタイプのイヤーマフを付けているが、内蔵されているスピーカーからリズの声だけは、しっかりと聞こえている。


「視覚共有システムの作動を確認。誤差の修正に移行する。画面上のリファレンスポイントを合わせるぞ。最初の座標情報を頼む」

『右3.4……仰角に12……違う。戻って』


 俺の位置からではターゲットの影すら見えないがリズから送られてきている映像には、相手の顔までは分からなくても、服の色や大まかな動作ならば十分に見えている。

 しかしこのままでは精確な射撃はできない。

 互いのモニターを完全にリンクさせるステップを挟む必要がある。

 簡単に説明すると、俺側のスコープ内の映像でどこをズームすれば、リズからの中継映像と一致するのか、複数の目印を合わせる。

 同じ平面を違う距離から見ているだけならば容易なのだが、実際は見ている距離だけでなく角度も異なるので、慣れていないとかなり難しい。


「ターゲットの動きを確認。急いでくれ」


 想定よりも彼女の手際が悪い。

 スコープの中で、ターゲットの銃身がこちらを向いている。

 しかしここで逃げる訳にもいかず、こちらも相手の影をスコープの中央に捉えつづける。


 しかし画面が暗転した。

 撃たれたのだ

 護衛対象ではなく、俺が先に狙われた。

 カウンタースナイプで、こちらが狙われるのは、とても珍しい。

 手元のライフルの感触はまだあるので、すぐに態勢を整えようとしたが、今の俺の身体能力では挽回できない。


『ターゲットからの発砲を確認……芙蓉? フヨウ!』


 スピーカーからの音はしっかりと聞こえているのに、こっちの意思を伝えることはもうできない。

 今回のミッションは失敗だ。


 ***


“ブー”というブザー音と共に流れたアナウンスによって、現実世界との感覚がリンクする。


『ゲームオーバー、訓練を中断します。ゲームオーバー、訓練を中断します。』


 俺は手に持っていたライフルを机に置き、顔に付けていたゴーグルを外した。

 いわゆるVRゴーグルというやつだ。

 横を振り向くと、先程まで遠くにいたはずのリズの姿が目に飛び込んできた。


「……ごめん」

「いや、最初はこんなもんだ。とにかく今日中に、リファレンスポイントの一致までは、スムーズにできるようにしよう」


 カウンタースナイプ決行まで、残り2日。

 本来ならば、会長の身辺警護を凛花先輩、踏み込みをリズ、観測手を俺、そして狙撃手を蓮司に任せたかった。

 しかし昨日の話し合いの際中に、スナイパーライフルを披露すると彼は放心状態になり、その後もしばらく精神的に不安定だった。

 理由は分からないが、本番までに彼が仕上がることを楽観視できない。

 そこで俺が狙撃を担当して、観測手はリズにやってもらうことにした。

 元々、蓮司の協力は不確かだったので、その場合は彼女に担当してもらう代案を用意していた。


 俺の方は、一応ステイツで狙撃手も観測手も一通り訓練しているので、どちらを担当しても任務に支障はない。

 しかしリズの方はゼロからのスタートだ。

 彼女は魔法騎士として優秀なのだが、銃器の扱いは不慣れだ。


 凛花先輩に任せる案も考えたが、敵観測手のアックスと接敵するような事態を想定すると、機動力のあるリズの方が、生存確率が高いと判断した。

 そもそも凛花先輩は新人戦で実況解説を担当するので、俺とリズの欠席に比べると違和感がありすぎる。

 先日、ステイツ軍基地からライフルを輸送した兵士たちを頼りたいが、前線への投入はできないそうだ。

 彼らは俺と違い、正規の軍人としてニホンに駐留している。


 俺自身も狙撃の練習をしたいところだが、リズを急造の観測手として仕上げることを優先する必要があった。

 東高で秘密に訓練するならば、生徒会専用の第9演習場があるが、せいぜい100メートルの射撃が限界だ。

 この都会で人目を避けて銃器の訓練などできる訳なく、学校をサボって山籠もりを真剣に考えていた。


 しかし今朝になって、凛花先輩から放課後に装備を持って、校門に集合するように連絡があった。

 山籠もりは一時保留にして、彼女の指示に従ったら、ニホンの街並みに合わない黒塗りのリムジン車が待ち構えていた。

 スーツ姿の運転手にエスコートされて乗った後部座席は、運転席から完全に隔離されており、機密保持に余念がなかった。

 こんな車に乗ったのは、ステイツでミスターに面会して以来だ。

 そして移動中に凛花先輩は俺とリズに魔法第5公社のサブライセンス交付のための書類にサインさせた。


 サブライセンスとは、その魔法公社の正式なライセンスの公募より事前に、専属契約を交わすためのものだ。

 これがあると市街地で発砲しても、第5公社としての業務の範疇はんちゅうという体裁を用意できる。

 サインを書き終えたら、サブライセンスを証明するための顔写真付きのIDカードを渡された。

 ちなみに写真は東高の受験票と同じものだった。

 この契約は双方の合意もしくは、刑罰を受けるような事由がない限り解消されることはない。

 これは法律的な問題ではなく、魔法的な契約なので、簡単には破棄できない。

 契約書やカードに掛かっている魔法を分解しても、契約の核は公社の本部にあるので、俺でも縛られる。


 ここまでの準備を、昨日の話から一晩で手配できるとは考えられない。

 おそらく凛花先輩は、俺とリズにサブライセンスを与えるために、以前から準備していたようだ。

 こうなると霊峰での班編成や、生徒会への勧誘も意図的に仕組まれていたのかもしれない。

 それが俺たちの監視のためなのか、それとも本気で第5公社に引き抜くためなのかは、現時点では判断できない。


 そして本題はここからだ。

 今回のカウンタースナイプにおいて、最も重要となる敵の狙撃ポイントについて、ステイツのスパコンで確率をはじき出したのだが、凛花先輩は彼女独自の方面で検証すると保留にしていた。

 第5公社のお手並みを見てみたいと思っていた。

 しかし第5というよりも、工藤財閥の力が凄まじかった。


 凛花先輩がニホンで有名な財閥の1つである工藤財閥の令嬢であることは、事前情報で頭に入れているつもりだった。

 所詮は学生の身の上であるので、実務とは関係ないと勝手な先入観を抱いていた。

 しかし彼女は昨年、財閥の長であった父を引退に追い込み、さらにその長男を排している。

 現在は3人いる年の離れた兄の内2番目が本社社長を務めているが、将来は彼女がその席に座ることが決まっており、すでにいくつかの部門の実権は彼女の手の内にあった。


 工藤財閥は事業を手広くしているが、特に魔法工学に力を注いでおり、様々な設備を有している。

 その計算設備は、ニホンの国立大学にも負けていなかった。

 しかもトウキョウ都心の地形について、ステイツよりも最新の地図を保有していた。

 凛花先輩はたった一晩でステイツの予想の漏れを割り出し、今は静流先輩が現地調査に向かっている。

 狙撃の下見に来たアックスたちとブッキングする危険があるので、当日配置される俺とリズは控えることを判断した。

 なお実際に鉢合わせた場合は、そのまま撤退することになっている。

 静流先輩の実力を信用していない訳ではなく、あくまでカウンタースナイプを成功させることで、今後の狙撃に対する牽制をしておきたい。


 さらに俺とリズは工藤財閥の研究部門の実験設備に連れていかれ、仮想訓練システムを使わせてもらっている。

 VRゴーグルを装着することで、仮想空間で狙撃の訓練ができる。

 視覚と聴覚はもちろんのこと、専用のインナーを着ることで、触覚と痛覚への刺激も再現してくれる。

 先程の敵からの銃撃だけでなく、風向きの変化までかなり現実に近く感じた。

 なお装備に関しては現物を持ってきて、仮想空間にフィードバックしている。

 現実世界での肌感覚を保っているので、厳密には半仮想世界といったところだ。

 少なくとも狭い室内で、長距離射撃の訓練ができるのはとても助かる。

 凛花先輩は席を外しているが、2日後の本番に向けて納得が行くまで、利用する許可を得た。


 この後、泊まり込みで訓練を続け、新人戦のあるカウンタースナイプ決行当日まで、寮に帰ることはなかった。

 それでもステイツ軍における、狙撃手と観測手の配備基準のボーダーラインまでには、仕上げることができた。


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

修行はバトルモノの基本ですが、少し毛色が変わってしまいました。

プロのスナイパー相手に付け焼刃が通用するのか、それともあの男が活躍するのか。

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