15 カウンタースナイプ

『あらすじ』

ステイツからの刺客

会長は不意打ちに弱い

カウンタースナイプを計画

 ***


 狙撃手の問題を解決できないまま、3日後には新人戦が控えている。

 今のところは、会長の行動パターンを毎回変えることで狙撃を防いでいるものの、根本的な解決には至っていない。

 なにより彼女への精神的な負担を考えると、急いで蹴りをつけたい。


 俺は狙撃手を排除する計画を打ち合わせるために、関係者を生徒会ハウスの会議室に集めていた。

 まずは同業者のリズだ。

 彼女の方も、俺と似たような事情を抱えている。

 本国イタリーの騎士団において、主流派が九重紫苑の抹殺を企んでおり、彼女の属する派閥はそれを阻止することで、政治的に優位に立とうと画策している。

 最初は彼女自身が暗殺者である可能性も疑っていたが、そのチャンスを何度も棒に振っている上に、フレイさんの裏付け調査でも白と出ている。

 とは言っても、上司の立場が変われば、いつ敵対することになるか分からないのは、お互い様だ。

 俺たちは慈善事業で九重紫苑の護衛をしている訳ではない。


 2人目は生徒会を仕切っている凛花先輩だ。

 彼女は俺たちと違って、九重紫苑の絶対的な味方だ。

 俺とリズが本国から密命を帯びて、東高に入学したことを知った上で、受け入れている。

 いざ『精霊殺しの剣』を奪取する段階に移行すれば、敵対することになるかもしれないが、今は頼りになる先輩だ。

 特に今回のような守る戦いにおいて、彼女のゴーレムはとても有能だ。


 そして3人目こそが今回のキーパーソンである蓮司だ。

 クラスメイトであり、ルームメイトでもある彼だが、魔法に関してはまだまだ初心者だ。

 それでも銃技に長けており、特にその精度はかなりの練度だ。

 俺のような兵士としての総合的な訓練ではなく、射撃競技や狙撃に特化したプログラムを培ってきていると思われる。

 その一方で、最近始めた格闘技はようやくまともになってきている。

 フレイさんならば、彼のことをもっと詳しく調べているかもしれないが、それを訊ねるほど、俺はプロに徹することができなかった。

 こちらの事情に巻き込もうとしておきながら、彼とは友人であり続けたいという矛盾は、理解しているつもりだ。

 彼にだけは、九重紫苑を守る理由がない。

 もちろん、身近な人間の命が狙われていて、黙っているような男ではないが、命を懸けたり自身の手を汚せたりできるかは、別問題だ。


「ちょうど紫苑も留守なことだし、芙蓉の招集はいいタイミングだったな。このメンバーからある程度、察してはいるが進行を頼むぞ」


 口火を切ったのは凛花先輩だった。

 本日の会長様のお供は静流先輩だ。

 どこで何をしているかは分からないが、彼女の実力は凛花先輩のお墨付きなので、あまり心配していない。


「結論から言うと、カウンタースナイプを決行したいと考えております」


 長い前置きは、余計な先入観を生む危険を孕んでいるので、これからする議論の着地点を提示した。

 つまりカウンタースナイプが可能か、否かだ。


「まず現状、会長の行動を変則的にすることで、狙撃手に的を絞らせないようにしております。しかしこれでは根本的な解決にはなりません。まず、相手がいつ諦めたのか判断が困難です。次にこのまま指を咥えて何もしないと、会長に対して狙撃が有効であることを認めたことになり、第2第3のスナイパーが現れても、おかしくありません。そのためにカウンタースナイプはとても有効な対抗手段です」


 ここで改めて長い前置きを話した。

 会長が各所から命を狙われていることは、公式な見解ではないが、リズや凛花先輩が相手ならば共通認識として扱っても問題ないだろう。


「狙撃手をこのままにしておけないことには賛成だ。私は狙撃に関して素人だが、カウンタースナイプが本来の狙撃よりも難しいことくらいは、分かっているつもりだ。具体的にクリアしなければならない条件を教えてくれ」


 凛花先輩は理解が早いことはもちろんだが、中立な立場で進行を手伝ってくれている。


「まず何より、こちらにも狙撃手と観測手が必要です。他には狙撃を許した場合に会長を守る身辺警護、そしてカウンタースナイプ後に敵狙撃ポイントに踏み込む突入要員です」

「つまりこの4人で、それぞれを担当する訳だな」


「その通りです。身辺警護はゴーレムを動員できる凛花先輩。そして突入はリズに任せたい」


 それぞれと目を合わせて指名したが特に異論は出なかった。


「観測手は俺が担当する。最後に……蓮司、トリガーを引いてくれないか?」


 ここが一番の山場だ。

 彼の説得ができなければ、大きく作戦を変更しなければならない。


「芙蓉。何を言っている。俺に狙撃手なんてできない」


 もちろん彼の口から長距離射撃の経験について聞いたことはないが、これまでの言動や行動から十分な背景があると考えている。


「できないではなく、しないの間違いではないのか?」


「どちらでも一緒だ。そもそもカウンタースナイプはそんなに甘くない。相手の配置と狙撃のタイミングを、事前に読むことが必須だ。要人警護ならば表舞台に出たタイミングに張り込みをするが、ただの学生相手に敵の行動を絞るのは不可能だ」


 狙撃手はできないと言っていた彼だが、やたらと詳しい。

 もちろん彼の示した問題について、4日前にカウンタースナイプを選択肢に並べたときから検討してある。


「今の会長の行動変容で、敵も焦れているはずです。そして的を絞って来るならば、今週末です」


「……新人戦」


 リズが小さく声に漏らしたが、誰もが思い浮かべたことだろう。

 新人戦では生徒会長が開催と閉会の際にスピーチを行い、観戦だってしなければならない。

 連中が狙うタイミングならばいくらでもある。

 もちろん彼女が欠席する可能性だってあるが、少なくともそれまでは接敵の心配はないと考えている。

 これまでに再三、フレイさんとシミュレーションを重ねている。


「蓮司、思うところもあるかもしれないが、まずは芙蓉の話を最後まで聞こう。タイミングについて、新人戦に絞るのは悪くないだろう。しかし相手の狙撃ポイントはどのように予測する」


 これに関しては完全にフレイさんに頼った。

 ステイツのスーパーコンピューターで計算を終えている。

 俺は会議室に設置されている映写機から、事前に準備した東高周辺の地図を映した。


「前回の狙撃ポイントについては、すでに割り出しております。敵の射程距離は最低でも8kmキロ。新人戦での会長の観戦席とスピーチの場所から、狙える建物には限りがあります。効率的に索敵を行って、敵狙撃手をあぶり出します」


 高低差も含めて表示された地図には、狙撃ポイントに選ばれる確率が付随している。


「狙撃ポイントの候補は全てで300か所以上ありますが、2時間の巡回でカバーできる確率の積算値は90%ほどです。事前の索敵には凛花先輩とリズにも分担してもらいます。もし前日までに、敵の下見の形跡を見つけられれば儲けものです」


 単純に300か所全てを確認することは困難だが、それぞれに可能性を割り振って、上位から選んで合計値が90%になるまでに絞れば、50か所前後までに減らすことができる。

 確実ではないが、確率の高い方に手を打つのは基本だ。


「この狙撃ポイントの予測については保留にさせてくれ、こちらでも計算してみる」


 凛花先輩がプログラムの扱いを得意とすることは知っているが、ステイツの仕事を上回れるとは思えない。

 予想シミュレーションは、どの程度具体的な環境変数を入力できるのか、そしてプログラムをどこまでシンプルに組めるか、最後にPCの処理能力で決まる。

 3つ目に関してはステイツに適うはずがないのだが、謎多き第5公社の力を測るのに良い機会かもしれない。


「どの狙撃ポイントにしろ、学外での発砲はまずいな。完璧な隠蔽工作は不可能だ。最悪カウンタースナイプを成功させたとしても、警察を敵に回すことになる」


 これがステイツであれば、フレイさんが握りつぶしてくれるのだが、ニホンで活動するならば法律を上手くすり抜ける手段が必要だ。

 もちろんそれについても考えてある。


「第5公社からの依頼という体裁にしていただけませんか?」


 この言葉を皮切りに、これまで中立だった凛花先輩と俺の間で緊張が走った。

 会長が第5公社の副長を名乗ったことは、彼女だって承知の上のはずだ。

 その情報があれば、役員の2人も公社所属であることには簡単に予想できる。

 しかしそれに触れるのはタブーのはずだ。

 なぜなら彼女の方も霊峰で、俺の後ろめたい部分を握っているからだ。

 ある意味、蓮司への打診よりもこちらが重要な局面だ。

 蓮司が断れば、俺が狙撃を行うことになる。

 しかし凛花先輩が渋れば、俺とリズの独断専行以外しか手段を選べなくなってしまう。

 交渉材料はあまりないので、彼女の胸三寸で決まる。


「ここだけの話にして欲しいのだが、芙蓉の言う通り、私たち役員3人は、第5公社のライセンスを取得している。構成員が狙われているとあれば、公社として依頼を作成できる。その範囲内での戦闘行為は法律に抵触しないし、器物損壊に関しては公社の側で補填できる。しかしこの依頼は学生相手に出せるレベルではない。どうしても行うならば、第5公社の見習いとして、サブライセンスの契約を交わしてもらうことになる。これを行うとプロになるときに、他の公社を選べなくなる」


 サブライセンスとは、所謂いわゆる予約みたいなものだ。

 ライセンスの発行は年1回で時期が決まっているが、公社側が魔法使いを囲い込みたい場合は、サブライセンスを与えることで、専属契約を交わすことができる。


「言い出しっぺは俺なので、サブライセンスの条件を呑みます」


 今後も魔法公社のライセンスを得るつもりはないので問題ないし、関心のある第5公社のサブライセンスを貰えるならば、棚ボタというやつだ。

 しかしあえて譲歩したかのような言い方をした。

 こちらが第5公社について知りたがっていることは、秘密にしておきたい。

 少しでも多くのカードを残すに越したことはない。


「……私も」


 少し遅れてから、俺の隣にいたリズも同意した。


 魔法公社の選び方については、いくつかセオリーがある。

 まず契約者を目指すならば、属性に合わせて決める必要がある。

 例えば歴代の火の精霊王の契約者は、第1公社からしか現れていない。


 次に地域によって、魔法公社ごとの勢力が異なる。

 本部や支部の有無に大きく依存する。

 ニホンだとトウキョウに第1公社、キョウトに第2公社の支部があり、それぞれが魔法高校を持っているので、この2つが大きな影響力を持っている。

 ステイツの場合は本部のある第1公社の権限が大きいが、他の3公社も大都市に支部を置いている。

 そしてリズのいるイタリーでは第3公社の力が強い。

 ヨーロッパでは勢力図が乱れているが、ブリテンに本部を置く第3公社が一番幅を利かせている。

 リズの所属する騎士団も、いずれかの公社の傘下にあるはずなので、彼女の一存では所属を決められないはずだ。


 生徒会の役員の3人が第5公社の所属であるという情報は、すでに彼女と共有できている。

 おそらく彼女の方も潜入の機会があれば、飛び込むように上役うわやくと話を済ませているのだろう。


 最後に蓮司だが、彼は何も口にしなかった。

 そもそも今回の作戦に関して、未だに消極的だ。

 一応は耳を傾けてくれているものの、このままだと断られる可能性が高い。


「蓮司は保留だな。後、解決しなければならない問題は、ライフルの確保くらいだが当てはあるのか?」


 俺は足元に置いていた2つのアタッシュケースを机に載せた。

 もちろん日曜日にステイツ基地から俺のベッドの下に届けられた荷物だ。

 この会議の前に生徒会ハウスに運んでおいた。


 俺は正規の手順で開錠して、両方のケースを開けた。

 ベースにはステイツ軍が採用しているマクミラン社のTAC-50が用いられている。

 オリジナルはボルトアクション式の対物狙撃銃で、反動が少なく使いやすさを重視している。

 そして魔法的なオプションによって、まったく新たな銃へと改造されている。

 術者の魔力を吸収することで、自動で弾丸強化と弾道固定の付与が行われる。

 さらに観測手からの映像を受信することで、スコープ内に中継映像を表示するシステムを加えられている。

 これによりピンポイントでの長距離射撃を可能にする。

 たとえ10km超えても、防弾ガラスどころか魔法障壁すら貫通して、ターゲットを殺傷できる。


 アタッチメントの中には魔石も含まれている。

 これにより魔法使いでなくても、魔法併用式の射撃を行うことができる。

 もし俺が狙撃をする場合を考慮して準備したものだ。

 ちなみに銃本体よりも、魔石の方が高価だ。

 他にも観測手用の装備もあるし、ぶっつけ本番にならないように練習用の弾丸も余分に準備している。


 リズと凛花先輩は目の前に出された大きな銃に息を呑んでいたが、すぐに平常に戻った。

 しかし蓮司はそうでなかった。

 ライフルを目にして机に手をついてから、異様に呼吸音が大きい。

 じっと銃を見つめたまま、顔をあげようとしない。

 その横顔はとても険しく、5月の屋内なのに汗が流れている。


 俺の直感は、このままではまずいと判断して、アタッシュケースを閉じた。

 それでも彼の肉体の硬直は終わらなかった。

 一方呼吸だけはどんどん早く、激しくなっていった。


 俺はそっと、彼の肩をさすった。

 彼はこちらに振り向いたが、そこに意思を感じない。


「蓮司、大丈夫か?」


 俺の声に対して、一拍遅れて彼の目の焦点が合った。

 そして足の力が抜けて後ろに倒れ込むが、上手く椅子に座れず、床へと倒れた。


「蓮司!」


 この日の会合はこれで終了することになった。

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