14 一休み
『あらすじ』
ステイツからの刺客
会長は不意打ちに弱い
カウンタースナイプで対抗
***
会長を追い回す休日を乗り越えて、新たな一週間が始まった。
週末には新人戦があるものの、木曜日の午前中までは平常通りの授業がある。
生徒会としては、準備をほとんど終えており、残りは前日の会場設営と当日の運営くらいだ。
だからといって
先週に引き続き24時間体制で、九重紫苑の護衛を続ける必要があった。
リズと凛花先輩と交代で、常に誰かが彼女に貼り付いている。
長距離狙撃を防ぐことは意外と簡単で、普段彼女が歩く道、座る場所使わないようにするだけで十分だ。
スナイパーはターゲットの行動パターンを入念に調べ、狙撃のための時と場を定めることで、自身の狙撃ポイントを決める。
そしてその射程が伸びれば伸びるほど、狙撃が脅威に感じるかもしれないが、一概にもそうとも言えない。
遠距離から狙える場所は限られているからだ。
連中はプロなので、複数の狙撃ポイントを候補として準備しているだろうが、こちらが行動パターンを変えるだけで、それらを無意味にできる。
そこで会長様には日の出前に登校してもらったり、わざと遠回りで移動してもらったり、寝泊りを一般寮でしてもらったりと変則的な行動をさせている。
放課後の今も、普段はあまり使わない生徒会ハウスの談話室で業務をしてもらっている。
ちなみに俺はというと、事務室で雑用をしている際中だ。
同席しているのは凛花先輩だけで、他のメンバーは部活であったり、新人戦に向けての最終調整であったりで不在だ。
俺の場合は、会長様と立ち上げた部活は放課後の時間でできるようなものではないし、雑用を理由に護衛対象のそばにいられるというメリットがあるので、大人しく事務仕事に取り組んでいる。
そんな中、談話室に隔離していたはずの会長様がやって来た。
「後輩く~ん。暇だからどこかへ出かけよう! そうね、この前は山だったし、今回は海にしようかしら。準備してくるね」
そう言い残すと、彼女はあっという間にいなくなってしまった。
すでに放課後の午後5時を回っているのに、外出の予定がものの数秒で決まってしまった。
「昨日に引き続き、よくこんなに騒げますね。会長は自分が狙われているって、分かっているのですかね」
ただの愚痴を漏らしたつもりだったが、凛花先輩は真面目に返答をした。
「芙蓉もまだまだだな。むしろ分かっているからだよ。紫苑はいくら腕っぷしがあっても、その本質は決して強くない。今だって私たちの前で気丈に振る舞っているだけで、精神的にはかなり疲弊しているはずだ。悪いけど付き合ってあげてくれるか」
護衛対象の精神状態など考えたこともなかった。
確かに狙撃の確率はかなり抑えられているが、いつ
俺たちは交代で休憩しているものの、彼女自身は休む間のない日々を過ごしている。
凛花先輩曰く、昨日のアタッシュケース強奪も気を紛らわせるためだったようだ。
そう考えると学外に出るのは、彼女にとって良い気分転換になるかもしれない。
海と言っても、トウキョウ湾ならば行って帰って来る時間は十分にある。
ドタドタとする音と共に、2階の自室で準備をしていた会長様が戻ってきた。
スカートを好む彼女だが、珍しく青色のジーンズを履いており、その細い足がいつもより長く見える。
「さぁ、ショウナンの海岸が私たちを呼んでいるわ!」
いつものことだが、会長様はまたもや突拍子もないことを口走った。
確かに高速道路を飛ばせば不可能ではないが、俺たちは学生だ。
スマホで電車の乗り換えルートやタクシーの料金を確認したかったが、出発前の準備すらさせてもらえず、彼女に手を引かれるまま、生徒会ハウスの外へと連れ出された。
俺たちの目の前には、ここ数日勤務し続けている彼女のペットであるリルがいた。
リルは少し嗜好に問題のある番犬だが、しっかりとした実力を備えている。
「さぁ乗るわよ! もちろん私が前だからね」
もしかして、リルに乗っていくつもりなのか。
大型自動二輪と同じくらいの大きさのリルだが、俺と会長が乗れば、はた目には動物虐待だ。
しかしすでにリルに
念話のできる狼であるリルだが、まだまだ秘密があるようだ。
『我なら大丈夫だ。さっさと乗れ』
別にリル本人の心配などしていない。
外から見た
とても恥ずかしいが、凛花先輩から頼まれたばかりだったので、会長の言葉に従う覚悟を決めるしかなかった。
伏せているリルの背中に跨り、前に座る会長の腰に手を回した。
落ちないように彼女の背にしっかりと体を密着させると、その黒く長い髪が俺の顔の近くを舞った。
こちらの心拍数が伝わらないように、呼吸を静かにゆっくりと落ち着かせる。
「それじゃあ、しゅっぱ~つ」
彼女の号令の後に、リルが雄叫びを上げると走りだした。
当然のことだが手綱などないので、彼女はリルの
リルの足が地面を蹴るたびに、ドンドン加速していく。
風が心地よいと感じたのは束の間で、あっという間に空気抵抗に逆らうのに必死になっていた。
すぐに最高速度に達したかと思ったがそれは間違いだった。
東高の校門を出たらさらに加速した。
敷地内は入り組んでおり障害物が多いので、手加減していたようだ。
***
今更ながら、公道での魔法の使用は法律で固く禁じられている。
例外としては、ライセンス持ちのプロが仕事として使う場合と、事故などの緊急時に使用して後日公社に認められた場合に限る。
この規定は様々なケースを想定して、事細かに定められている。
例えば、術者が遠隔操作するゴーレムや使い魔が、公道に出るところまではセーフだが、法定速度を超えたり、他者を傷つけたりした場合、その責任は術者に還元される。
つまりリルの散歩自体は特に問題ないが、車道を走ると厳罰の対象になる。
しかし俺と会長を背に乗せた狼は、夕暮れの中真っ直ぐな高速道路を全速力で駆け抜けていった。
前を走る車の上を飛び越えたり、トラックの間をするりとすり抜けたりして、どんどん追い越していく。
これだけでも異様な光景なのだが、それ以上に驚くべきことに、どの車も俺たちの存在を気にも止めない。
カラクリは教えてくれないがリルが何かをしているようで、俺たちの姿や気配が完全に断たれている。
クラスメイトの胡桃が使う隠形術だって練度が高かったが、ここまで激しく動いてもバレないリルの能力は次元が違う。
以前、1年生の林間合宿の際に、寝坊した会長様が1人で霊峰に現れたのは、リルに連れてきてもらったのかもしれない。
なお、本来ならば俺が触れると無意識に魔法を分解してしまうのだが、密着している会長様から大量の魔力が流れてきているおかげで、リルの魔法の異能を解除するに至らなかった。
ドライブとして考えるとあまり風情がないが、このペースならば1時間もせずに、ショウナンの海が見えてくるはずだ。
***
さてステイツ軍では様々な訓練を行うが、兵士にとって最も鍛えるのが難しいのは、なんであろうか。
筋肉はとても素直で、適切なトレーニングと栄養補給によって成長させることができる。
格闘技は型が自然に体に馴染むまでに時間を要するが、経験は器に蓄積され確実に強くなれる。
銃技ならどうであろうか、適正が必要などと抜かす連中もいるが、しっかりとした知識と訓練により、銃のスペック通りの命中率に限りなく近づける。
他にも水泳や空挺降下、爆薬の取り扱いだって、軍のカリキュラムに従えば、最低品質には十分に届く。
時間を要するが心肺機能の強化や、精神力の鍛練も怠らない。
それでもひとつだけとてもどうしようもないことがある。
俺だって4年間のステイツの生活で、任務がないときは多くの時間を軍での訓練に費やした。
しかし軍での通説通り、どうにもならないことがあった。
「うっ……うっぷ」
人類最大の敵、それは乗り物酔いだ。
放課後に東高を出発し、日が落ちる前にショウナン海岸に辿り着くことができたが、前後左右に激しく揺れながら移動するリルは、俺の三半規管を刺激し続けて、脳が混乱を引き起こした。
バランス感覚に優れた武人ほど、平衡感覚と視界のズレによる影響を大きく受けるとされている。
特に乗馬中は会長様から魔力が流れてきており、感覚器官が強化されてしまったので、余計にダメージを受けた。
酔いを我慢することはできても、酔いそのものを防ぐことは困難だ。
「後輩くんが弱っている姿は珍しいわね。お姉さん的には、とてもキュンキュンしちゃうわ」
大分回復してきたが、隣でやたらとテンションの高い会長様の言葉が、頭の中でズキズキと反響する。
俺たちはショウナン海岸の、とある堤防の上に座っている。
5月の海はさすがに冷たいので、入ることはなく眺めるだけだ。
リルは砂浜を遊んでおり、今は会長と2人きり。
普段はやりたい放題の彼女だが、なんだかんだ言って面倒見が良い。
心配そうに背中をさすってくれていたのだが、俺が立ち直りかけていることに気がつくと、騒いだりこちらに体重を押し付けたりしてきた。
今日はとことん彼女のストレス発散に付き合うつもりだったので、嫌がることなく好きにさせることにした。
彼女を狙う刺客は、リルに乗って移動した俺たちを見失っていることだろう。
もしなりふり構わず彼女を守るならば、このまま逃避行も悪くないかもしれない。
しかし俺にはもう一度母さんに会い、真相を知るという目標がある。
そして彼女にだって、東高の生徒会長や第5公社の副長にまでなってまで、果たしたい目的があるに違いない。
明日には日常に戻らなければならないのだが、今日だけは潮風を肌で感じ、さざ波の音色の中で、時間を忘れてゆっくりするのも悪くない。
***
「くっ、くしゅん」
特別なことはせずに、海を眺めながら会長と一緒に座っていたら、夕日が隠れて夜になってしまった。
先程まで心地の良かった風は、冷たさを
隣に座る彼女は、1度は我慢しようとしたみたいだが、やたらと可愛いくしゃみを漏らした。
俺は立ち上がると、着ていた制服のジャケットを彼女に羽織らせた。
会長に風邪をひかれると困る。
もちろん案じる気持ちもあるが、週末には彼女をエサにスナイパーをおびき寄せて、カウンタースナイプを行う予定だからだ。
俺は心の中でリルを呼ぶと、彼はこちらへと戻ってきた。
そろそろ帰らなくてはならない。
もう寮の夕食には間に合わないが、だからといってこれ以上の長居は無用だ。
先にリルの背に乗ろうとしたが、ジャケットの袖に手を通した彼女が俺の背を引っ張った。
「待って……今日は帰りたくないわ」
(……いやいやいや。待て待て待て。どういう意味だ……そういうことなのか?!)
俺の背中に体重を預ける会長様はいつになくしおらしい。
やはり凛花先輩の言う通り、精神的に弱っているのだろうか。
それにしても彼女の申し出はさすがに想定外だ。
いつも予想を飛び越える彼女だが、今回はさすがに許容量オーバーだ。
俺だって彼女のことを憎からず想っている。
美人でスタイルがいいことを除いたとしても、魔法式のせいで、気兼ねなく触れられる相手が次いつ現れるかだって分からない。
それ以上に、彼女と一緒にいることはとても心地よい。
会長様のバカ騒ぎに全力で振り回される日々は楽しいし、彼女の何気ない行動にドキッとさせられることも決して悪くない。
それに今日のように、たとえ言葉がなくても2人きりで並んで座るだけでも飽きない。
護衛としては失格なのだが、会長と一緒にいるときの俺は、吸血鬼の息子でもなく、ステイツのエージェントでもなく、ただの芙蓉でいられる。
それはきっと彼女も同じで、俺と一緒にいるときの会長は、ちょっと暴力的だが、世界中が注目する危険人物などではなく、ただの女の子でしかない。
会長と夜を共にしたことは、これが初めてではない。
霊峰で遭難したときは、1週間近く一緒に野宿をしたし、何度か寮の部屋に遊びに来て、そのまま夜が明けたことだってある。
しかし未だに男女の関係には至っていない。
だからと言って今回は状況が違い過ぎる。
2人きりで遠出し、海を見た帰りに“帰りたくない”は、そういう事だと由樹の蔵書にも、由佳のバイブルにだって書いてあった。
***
色々と考えを巡らせていたら、いつの間にかホテルの前に辿り着いていた。
未だに彼女の意図について判断に迷った俺は残り少ない理性で、ラブなホテルやリゾートなホテルではなく、チェーン展開している無難なシティホテルを選んだ。
予約無しの飛び込みだが月曜日なので、空き部屋はあるだろう。
手持ちのキャッシュで、2人分の1泊ならば十分に足りる。
しかし高校生の男女での宿泊は許されるのか。
ましてや俺は東高の制服のままだ。
それでも兄妹だと言い訳したり、シングルを2部屋とってこっそり移動したりする作戦などで、考えを巡らせながら、受付の呼び鈴を鳴らしてコンシェルジュを呼んだ。
「大変申し訳ございませんが、当ホテルではペットの入室を固くお断りしております」
「ワンワン」
高校生以前の問題だった。
ペット仕様のサイズまで小さくなったリルが、俺たちの後ろを付いて来ているのを、すっかり忘れていた。
なぜかご丁寧なことに、犬の鳴きまねをしている。
それにしても見た目が狼のリル相手に平然と断るのは凄いなぁ。
コンシェルジュという職業は、とてつもない修羅場を潜り抜けてたどりつける上級職なのかもしれない。
別のホテルを探すという選択肢もあったが、1度追い返されてみると思考が冷静になった。
結局、俺は日に2度乗り物酔いをすることになった。
***
『あとがき』
毎度のことながら不憫な主人公でした。
3章の前半はここまでです。
後半では、スナイパーへの反撃と新人戦の両方が同時に展開されます。
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