13 ライフルの行方
『あらすじ』
ステイツからの刺客
会長は不意打ちに弱い
カウンタースナイプを計画
***
『
『ここで開けるなよ。この国の
狙撃を受けてから2日後の日曜の昼過ぎ、俺は東高の門の外にトラックを止めている宅配業者から、荷物を受け取っていた。
一応、門の外なので外出の扱いなのだが、全寮制を採用している東高は、休日の外出に関して制限をしていない。
部活動や依頼の遂行など、生徒によって様々な事情で、校外で活動を行うので、学校もわざわざ審査をしない。
あえて言うならば、魔法関連のトラブルにだけは、十分に気をつけるようにお達しが出ている。
ライセンスを持たない俺たち学生は、学校の認める課外活動以外での魔法の使用は、一般人の規則に準ずる。
簡単にまとめると、公道での全ての魔法の使用禁止、公共の場での攻撃魔法の使用禁止、私的な土地であっても他人に向かっての攻撃魔法の使用禁止。
この国でこれらを破ると、成人の場合は罰金などではなく、禁固刑からスタートだ。
さらに出頭を拒否すると、
ちなみに学生の場合でも、かなり厳しい矯正施設に送り込まれる。
俺が今やっていることも、表沙汰になれば魔法の不正使用以上に危ない橋を渡っている。
トラックの塗装や業者の制服は、ニホンで良く見かける黒猫のキャラが描かれている。
しかしドライバーは黒人男性で、積み荷を降ろしている人物は東南アジア系の男だ。
偏見とかではなく、2人組の外国人というのは、この島国ではかなり珍しい光景だ。
バイトにしろ正規社員にしろ、片方をニホン人にしておいた方が、トラブルが少ないことは否定できないだろう。
なぜそうしないかというと、彼らは荷物を運んでいるが、その本職は軍人だからだ。
そして今、名も知らぬ東南アジア系のステイツ籍の男から、大小で1組のアタッシュケースを受け取ったところだった。
中身は狙撃用のスナイパーライフルとそのアタッチメントだ。
大きい方は背丈ほどの縦長の直方体で、グレーのボディーにシルバーのフレームをしている。
日常風景に溶け込んでしまえば、楽器ケースのようにも見えなくもない。
小さい方は刑事ドラマとかで、現金を運ぶようなケースで、銃本体よりも高価なものが入っている。
これらはフレイさんの口利きで、ニホンにあるステイツ軍基地から持ち出したものだ。
基地には俺の様な日系ステイツ人もいるが、彼女の指揮下で信頼があり、かつトウキョウまで来られる人物の中には該当者がいなかった。
今回はステイツ同士の争いなので、人選は重要であり、目の前の2人は彼女と同じ派閥の将校の部下だ。
要件を終えた俺たちは、互いの名前すら交換しないまま別れた。
受け取った荷物は、とりあえず寮の自室で確認するつもりだ。
さっきまで部屋には誰もいなかったので、蓮司たちが帰って来る前に済ませたい。
「後輩く~ん」
東高の門から続く真っ直ぐの塀の先から聞き慣れた声が、接近してくる。
振り返ると、リルの散歩中の会長様の姿が映った。
ただし大きな飼い
俺は大型自動二輪に
しかし会長様はその隙を逃さなかった。
「ヒャッハー!」
彼女の合図に従って、俺の目の前でリルが跳躍した。
上空から、世紀末世界のような彼女の喝采が降ってくる。
そして着地した会長様の手には、見覚えのある小さなアタッシュケースが、さらに縦長の方はリルが口で咥えていた。
彼女は一時停止して、こちらを振り返った。
「後輩くんは、何をコソコソと受け取っていたのかな? もしかしてエッチなやつなのかな?」
そんな訳ないが、中身を口にすることもできない。
そもそも彼女にとやかく言われる筋合いはない。
「会長。早く返して。嫌がらせは余所でしてくださいよ」
できる限りいつも通りに自然を装ったが、これが失敗だった。
「後輩くんのリアクションがイマイチで、お姉さんは寂しいわ」
俺のリアクションが良かったことなんて、これまでにあったのか。
そして会長様はお姉さんを自称するならば、もう少し落ち着きを持っていただきたい。
「お姉さんは傷ついたので、これは没収します。リル、出発進行!」
「待てぃ!」
しかしそ自称お姉さんは、ペットの尻を叩いて出発促した。
『ご主人に尻を叩かれたら、走ってしまうのは同類のおぬしなら分かるであろう』
(分からねぇよ。俺は
「早く私を捕まえないと、中身をばら撒いちゃうわよ」
彼女はそう言い残すと、校内目掛けて駆け上がり、一気に最高速度に到達して、見えなくなってしまった。
敷地の外じゃないだけマシなのだが、まさかの鬼ごっこイベントが開催されてしまった。
そして彼女が持って逃げた荷物の中身はとんでもない爆弾だ。
2日前に狙撃された会長。
そしてライフルを隠し持つ俺。
この構図は非常に
とにかく中身を見られる前に、物資の奪取が至上命題だ。
しかし会長だけでも強敵なのに、リルとのコンビは反則だ。
こちらにも誰か味方が必要だ。
いつ会長様がケースを開けてしまうのか分からないこの状況下で、悠長なことはしていられない。
すぐに思い浮かんだのは、リズと凛花先輩だった。
しかし今は戦闘力よりも機動力だ。
ここでの判断を誤ると、彼女からの信頼を失いかねない。
「芙蓉、こんなところで何をしている?」
必死に考えを巡らせる中、頭の回転が早く、機動力のある救世主がやってきた。
彼は休日を利用して買い物をしてきた帰りだった。
ネット通販が横行している現代社会だが、彼の求めるマニアックな品々は、トウキョウのとあるデンキ街に行かなければ手に入らないものばかりだ。
俺はこの
「ステイツから輸入したエロ本の入ったケースを会長が盗られちまった」
もちろん本当のことは言えないので、苦し紛れの言い訳を口にした。
しかしこれが彼の秘められた闘志に火を灯した。
「たとえ絶対強者でも、男の夢と希望を奪うことは許さねぇ!」
由樹はどこから取り出したスカイボードに乗ると空へと舞い上がった。
一応、東高の敷地内なので、魔法での追跡に問題はない。
しかしあまり騒ぎになると、風紀委員が出張って来る危険がある。
連中は日ごろから会長のことを敵視しているので、休日だろうとすぐに駆けつけてくる。
***
鬼ごっこイベント開始から10分。
さっそくチャットアプリにメッセージがやってきた。
由樹『会長発見。風紀委員は全滅』
すでに手遅れだったか。
もちろん風紀委員が、荷物を差し押さえる危険など考えていなかった。
会長と同じ2年生の今期風紀委員長は、生徒会役員の3人に次ぐ実力らしいが、あまりにも格が違い過ぎる。
俺の懸念は、低い生徒会の評判がさらに低下することだ。
そして拡大した騒ぎのせいで、衆人環視の下で荷物の中身が明かされることだ。
俺も由樹が発信してくれている位置情報を頼りに移動する。
由樹『現在、追跡中。他にも大量の犬型ゴーレムが地上から追いかけている』
ゴーレムと言えば、凛花先輩の得意魔法だ。
東高には他にもゴーレム使いはいるが、犬型で複数と言えば、彼女以外に扱える術者がいるとは思えない。
俺のあずかり知らぬところで、会長様は別の問題を起こして、副会長に追われているようだ。
追跡任務は幾度となく経験がある。
しかしステイツでは、常にナビが先回りできるようにルートを送ってくれていた。
今回は由樹の移動情報から、会長を追い詰める必要がある。
校内の地図は立体的な配置も含めて、全て頭に入っている。
どうやら会長とリルのコンビは、障害物がない限り直線を選択しながら逃走しているようだ。
彼女は
移動速度とルートから先回り自体は容易だが、彼女が予想を上回るのはいつものことなので、それを超える必要がある。
そうなると挟み撃ちよりも、おびき寄せる方がいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、件の凛花先輩から、生徒会メンバーのグループチャットにメッセージが投下されていた。
凛花『紫苑が私のおやつを盗んで逃走中。各員は、取り押さえられたし』
由佳『 ( ̄^ ̄)ゞ』
俺と比べれば、どうでもいいような小さな理由だった。
完全に職権乱用だな。
しかも彼女の心棒者である由佳が、秒で返事をしている。
本来であれば、秘密裏にかつ迅速に荷物を取り返すはずが、徐々に関係者が増えていき、事態は複雑化の一途をたどっている。
***
追跡劇が始まってから約1時間。
ここまでの結果は、もちろん会長とリルのコンビの圧勝だった。
しかしここで一気にクライマックスへ突入する。
あまりにも一方的な戦いに飽きてきた会長様が、放送室を占拠したのだ。
そして放送開始のド、ミ、ソ、ドの合図の後に、東高の敷地全てに彼女の声が響き渡った。
『メインパーソナリティ九重紫苑がお送りする『紫苑の主人公になりた〜い』のコーナーだよ。この番組は私がゲストと共に、リスナーからのコメントを……おっと、間違えちゃった』
よく分からない内容だったが、放送終了の音が鳴り響いた。
一体何をしたかったのだろうか。
今から放送室に行ったところで、間に合わない。
そして再び、放送開始の合図が鳴り響いた。
先程の放送事故は無かったことにした会長様は要件を宣言した。
『そろそろ本気で捕まえてくれないと、後輩くんの秘密を公衆の面前で暴露しちゃうよ』
放送終了のド、ソ、ミ、ドの後には、沈黙がしばらく流れた。
「なにしてくれんだ、あのクソアマー!」
会長の突拍子もない行動のせいで、自制心を抑えられないことは今までもあったが、これまで以上の暴言を口にしてしまった。
このままだと俺が東高にスナイパーライフルを持ち込んだことを、全校生徒の前で公開されてしまう。
直接連絡すればいいものを、校内全域にアナウンスすることで逃げ道を塞ぐのが、彼女らしい迷惑なやり方だ。
「芙蓉! 乗りな!」
その声に導かれて俺は飛び上がった。
由樹が飛ぶスカイボードの端に手を掛けた。
バイクの2人乗りのように、小さなボードの上で彼の背から手を回すのは絵的に無理があるので、そのまま宙ぶらりんの状態から上らなかった。
放送室のある校舎目指して、加速し始めた。
流石に俺が振り落とされないように、最高速度には到達しなかった。
「2人乗りでも、もっとスピード出るはずなんだけどな。芙蓉って意外と体重あるのか?」
たとえ同性相手でも失礼な言い草だ。
俺の肉体は格闘戦でスピードを落とさないように、脂肪も筋肉だって最適なラインを保っている。
彼の感覚よりもスピードが出ないのは、スカイボードに触れている俺の手がその魔力を吸ってしまっているからだ。
本気で吸収すれば5秒で墜落コースだが、今はギリギリまで絞っている。
そしてすぐに目的としていた建物が見えてきた。
俺たちが着地場所に考えていた屋上には、すでに人影と犬影があった。
今回の首謀者たちであり、その隣には大小の例のアタッシュケースもあった。
一応、小さなシリンダー錠が付いているものの、彼女の馬鹿力の前では無意味だ。
空中から接近する俺たちに気づいた会長様は、止めに入るのに絶妙に間に合わない早さでアタッシュケースを開いた。
その中身が重力に従って落ちた。
しかし予想していた金属音は鳴り響かなかった。
屋上に着地した俺たちの目に飛び込んできたのは、色とりどりのたくさんの布地だった。
その一枚を手に取ってみると、それは上下がワンセットの女性用の衣類だ。
しかも普段使いするようなものではなく、マニアックなものばかりだ。
予想外のこの状況に処理がついていかない俺を余所に、会長様が拾い上げていく。
「メイド服にバニーガール、巫女さん、ボンテージ衣装まであるじゃない。後輩くんにコスプレの趣味があったなんて。私に着て欲しいのかしら。それとも自分で着るのかな?」
会長様がとてもノリノリだ。
確かにこれらを着た彼女の姿を見て見たくもあるが、別にそういう趣味がある訳じゃない。
必死に弁解を考えるが、ここまで案内人として味方だった彼も興奮状態だ。
「芙蓉! なんだこのお宝の山は! モデルはすでに選考済みなのか? 撮影会のときは俺にも噛ませろ」
ルームメイトの由樹くんは、こういうことに理解のある人物なのだが、俺はそっち側の人間じゃない。
ちなみにリルに至ってはまったく興味がないのか、散歩に満足したのか、ご主人を置いて帰ってしまった。
「あらっ、スク水に私の名前が書いてあるわ」
今回が初めてのニホン長期滞在の俺にとって、知りもしないはずの代物だが、由樹の蔵書に描かれたフィクションでなら何度も目にしたことある。
青色の水着の中央にある白い布地には、丁寧に『しおん』と書かれてある。
ひらがなを書いている姿を見たことはないが、そのタッチからとある人物が頭に浮かんだ。
完全に
これは上司であるフレイさんからの罠だ。
最近は真剣なやり取りが多かったせいで、彼女の趣味を忘れていた。
完璧な仕事振りの彼女だが、唯一の欠点として、部下をからかう悪癖がある。
特にここ数年は、俺が集中的にそのターゲットになっている。
パワハラで訴えたいが、うちは非正規部隊なので、粛清か黙認かの二択しか存在しない。
そして粛清の対象が弱者であることは、いつの時代も変わらない。
太平洋を越えた先でフレイさんは、俺からの文句の電話を今か今かと待ち構えているに違いない。
それにしても、宅配会社の社員に扮装したあの2人組のステイツの軍人が、これらを準備したのだろうか。
ケースの中に、ぎゅうぎゅうに詰められていたはずの衣類だが、
***
結局、後からやって来た凛花先輩によって、場を収められた。
大量の衣装たちは没収という形で、彼女が回収していった。
俺も処分に困るので、生徒会の備品として預かってもらうのに異論はなかった。
幸いなことに多くの生徒が会長からとばっちり受けるのを避けていたので、屋上での騒ぎは生徒会メンバーの内々で済んだ。
そして寮の俺のベッドの下に本物のスナイパーライフルの入ったアタッシュケースがあった。
どうやらあの騒ぎに乗じて、宅配業者に扮した2人組のステイツ兵が侵入して置いていったようだ。
***
『あとがき』
ごめんなさい。
コメディ回でした。
フレイさんの荷物ネタは今回で2回目です。
流石に昔のことだったの忘れている読者の方々が多いと思います。
放送でのネタが分からなかった方は、『紫苑の主人公になりた~い』をご参照ください。
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