12 狙撃手と観測手

『あらすじ』

ステイツからの刺客

狙撃を回避

会長は不意打ちに弱い

 ***


「芙蓉、無事か?」

(無事な訳ないだろう)


 会長様の部屋から、なんとか生還した俺に向けられた凛花先輩の言葉だった。

 頼りになる先輩だが、林間合宿の一件以来、俺に対する扱いが雑になっている気がする。

 年上のお姉さんの部屋で一緒に過ごすという、思春期の男子ならば、誰もが喜ぶシチュエーションのはずなのに、ひどい目にあった。


 会長様に解放されたときには、他のメンバーたちは各々解散しており、生徒会ハウスには残っていなかった。


 とりあえず生徒会ハウスは狙撃対策が済んでおり、会長には凛花先輩とリルが付いているので、離れても大丈夫と判断して、1度寮に戻ることにした。


 ***


 寮の自室には、誰もいなかった。

 どうやら蓮司と由樹もどこかに行ったきり、戻ってきていないようだ。

 俺としてみれば、都合が良い。

 整理しなければならないことがある。

 机の上のパソコンを立ち上げると、学園を中心としたトウキョウの地図が表示された。

 そこには地形の情報だけでなく、建造物の高低までもが細かく記されてある。


 このPCは私費で購入したスマホと違い、ステイツからの支給品だ。

 見た目はニホンのメーカーで、使っているOSも標準的なマイク□ソフトのものに似せているが、実際は完全ステイツ製で、未公表の独自のオペレーティングシステムを積んでいる。

 素人である俺が操作しても、情報漏洩の危険がないモデルだ。

 逆にメモリ媒体で、データを外に持ち出せない難点はある。

 唯一フレイさんと使っているファイル共有ソフトでのみ、データを外部へと送ることができる。

 ちなみに私的に利用できるように、Wind○wsを起動できるアカウントが併設されている。


 わざわざ地図を広げていたのは、事後的だが相手の狙撃ポイントを特定するためだ。

 可能性は低いが何かしらの情報を得ることができるかもしれない。

 昨晩のうちに環境情報をフレイさんに送って、割り出しを任せており、その結果がモニターに表示された。


 狙撃銃の射程は1kmキロ以上で、理論上は3キロを超えることができる。

 しかしこれは火薬式の銃の話だ。


 一方、魔法銃は狙撃に向いていない。

 魔力によって作られた弾丸は、その射程が伸びると指数関数的に威力が減衰する。

 剥き出しの魔力はその拡散が激しく、小さな弾丸だと空気による摩耗と、魔力の自然拡散によってその形を維持することができない。

 しかし狙撃という手札を諦めるのを惜しいと考えた者たちは、実弾に魔力を付与することに辿り着いた。

 物質に魔力を込めるだけで、空気との摩擦による損耗を大幅に抑えることができる。


 魔法使いが狙撃と言えば、火薬式の銃と魔法のハイブリットのことで、専用モデルが多数存在する。

 その射程は本来の狙撃銃の倍以上だ。

 銃弾への魔法の付与は多種多様で、代表的なものとして追尾能力や弾道操作だ。

 追尾能力は弾丸がターゲットへのパスを辿って自律的に軌道修正する。

 また弾道操作は霊峰での戦いで、凛花先輩が俺の銃弾を曲げた方法の発展版だ。

 前者の追尾はターゲットをロックオンすると、その魔力から相手に察知されてしまうので、標的が魔法使いの場合は実用的ではない。

 後者の弾道操作は、発砲後に魔力による遠隔操作でその加速方向を修正する。

 望遠レンズと遠隔カメラの性能も重要だが、弾速に負けない処理能力が求められる。

 これらの方法は、標的の性質やカメラの設置方法など条件に依存するので、玄人なら第3の方法を好む。

 それは単純な弾丸強化と弾道固定だ。

 飛距離による威力の低下を抑えつつ、風の影響を最小限にする。

 命中率は純粋な狙撃技術に依存するが、その射程距離の理論値は10キロ以上。


 ステイツの暗殺者が土地勘のないニホンで九重紫苑を狙撃するならば、不測の事態に備えて3番目の方法を選ぶはずだ。

 そのことを前提にして、弾丸の軌道と周辺の建物の配置から狙撃ポイントの候補の割り出しができる。

 そしてフレイさんがニホン送り込んだ裏方の面々が現地に行って、狙撃ポイントの調査を行った。

 PC上にはそれぞれの候補地点において、狙撃に使用された確率が割り振られてある。

 しかしフレイさんの仕事ぶりはそれだけでなかった。


 送られてきたファイルには、2人の人物の情報があった。

 今回の実行犯についてのデータだ。

 俺の上司はふざけてばかりだが、仕事の早さと正確さは確かだ。

 それだからこそ、彼女の下で4年も働いている。

 敵の情報を何度も読んで、中身を頭に叩き込むとファイルを削除した。


 ***


「結構大変だったのよ。私の情報は役に立ちそうかしら」


 俺は今回の敵に対抗するために、フレイさんと通話をしていた。


「ありがとうございます。敵の顔が見えたので、対策も考えられます」

「そうね。おそらく次も狙撃で来るわ。どう対抗するつもり?」


 彼女からの資料にあった1人目は、もちろん狙撃手だ。

 20代後半の白人男性で、シャツからはみ出た大きな両肩だけでなく、顔にまで黒色のタトゥーが彫られている。

 本名は不明だが、コードネームは『ハゲタカvulture』。

 鳥の名前は狙撃手たちが好む二つ名だが、イーグルやファルコン、他にもホークとかクロウ、オウルなんかがメジャーだ。

 しかしハゲタカという名前が連想させるのは、むくろを漁る不気味な姿だ。

 ステイツから送り込まれた一流の使い手だが、エーススナイパーと呼ぶには程遠い。

 彼は狙撃に特化した魔法使いで、元々はマフィア側の子飼いだったが、その腕を見込まれて宮仕みやづかえになった。

 俺だって裏社会でいくつかの組織を転々としている際に、フレイさんからスカウトされたので、似たような経歴だ。

 さらにハゲタカは狙撃のみに特化しており、対魔法使いに特化している俺と同じく、一芸タイプという共通点もある。

 彼が送られた時点で、狙撃以外の手段への作戦変更は考えられない。

 こういうタイプを攻略するには、相手の土俵で上回るか、こちらの土俵に引き込むのか、まず方針を決めることが重要だ。


「カウンタースナイプでいきます」

「たしかにその判断は悪くない」


 俺はあえて、相手の得意分野で制することを選んだ。

 多くの勢力が他者を出し抜くために潜ませている目に、見せつける必要がある。

 この戦いは単純に1組の暗殺者を排除することだけではなく、これから迫りくる敵たちに対するデモンストレーションでもある。


 カウンタースナイプとは、狙撃のタイミングと位置取りを予測して、先に狙撃することだ。

 通常の狙撃よりも条件が厳しく、味方を危険に晒すので、とてもリスクが大きい。

 1度目の襲撃では、会長が掠り傷を負っただけだが、結果だけ見ると俺たちは一方的に攻撃を受けて、具体的な対抗も防御もできていない。

 このまま狙撃を受け続けると、彼女に狙撃が有効であることを全世界に喧伝けんでんしてしまうことになる。

 逆にカウンタースナイプを成功することができれば、今後狙撃を選ぶ暗殺者を各段に減らすことができる。

 そのためにも次の狙撃で仕留める必要がある。


「という訳で、狙撃手を1名派遣してください」


 俺自身も狙撃の経験は数度ある。

 ステイツの軍の訓練に合流し、成績はそれなりに良かった。

 しかし実戦での経験は浅いので、過信せずに専門家に任せるべきだ。

 フレイさんの立場ならば、ステイツの正規部隊でも、非正規だろうと一流の使い手を手配できる。


「残念ながら、同じステイツのエージェントを排除するために、新たに人員を送ることはできない。あくまで何も知らない現場の判断で、対処したというシナリオにしなければならない。現在ニホンにいるメンバーは、諜報メインのバックアップ要員ばかりだ」


 今更ながら、同じ勢力同士での戦いというのはやり難い。

 ステイツにいた頃に、マフィアや裏切りものを葬る任務は何度もあったが、さすがに同じ政府側の人間と争ったことはこれまでにない。

 互いに全力を注ぐことができず、限られた人員と資源で潰し合うことになる。

 今のところこちらの戦力を予測し、狙撃を選んだ向こうの方にアドバンテージがある。


「とりあえず、魔法併用式の狙撃銃なら、ニホンにあるステイツ軍基地に配備されている物を送るわ。狙撃手は、芙蓉くんのクラスメイトに有望な子が1人いるでしょ。彼を頼りなさい」


 大戦以後、ニホンとステイツは同盟国であり、その条約は平等とは言い難いが、ステイツ側は自由に人員と兵装をこの地に送り込むことができる。

 俺の装備や先ほどまで使っていたPCなどは、そちらのルートを使っているので、新たに狙撃銃を受け取ることは問題ない。

 しかし銃があっても、扱える狙撃手がいなければ意味がない。

 フレイさんが指したのが誰のことなのかはちゃんと分かっている。

 生徒会役員の3人と9班のメンバーについては、直近の1カ月を使ってフレイさんの方で身辺調査を済ませてある。

 その結果は一部しか聞かされていないので、彼女が何を根拠に彼を推したのかは分からない。

 それでも魔法銃を片手に持つ彼が、本来得意とする得物について、俺の目でも十分に予想できていた。


「狙撃手よりも観測手の方が問題よ。まさかアックスが出張ってくるとわね」


 そう、難敵はもう1人いる。

 狙撃手によっては個人で活動する者もいるが、ステイツの軍としてはツーマンセルでの任務が基本になっている。

 観測手の仕事は狙撃手の護衛から始まり、弾道測定や着弾確認などを行う。

 狙撃手がスコープ越しにピンポイントに集中するのに対して、観測手はより広い視野をカバーする。

 特に魔法を併用した長距離射撃において、携帯可能な望遠レンズでは、ターゲットの像をほとんど捉えられないので、観測手の協力が不可欠だ。

 凄腕のコンビだと、観測手が別地点からターゲットの位置を補足し弾道測定をしながらガイドすることによって、狙撃手は標的が見えないほど離れた距離からトリガーを引くことができる。


 敵側の観測手についての情報もフレイさんが引っ張ってきた。

 しかし彼女よりも、俺の方がその人物ついて詳しい。


 アックスは、狙撃手のハゲタカと同じ白人男性だが、年齢は40代の正規の軍人だ。

 資料にあった写真はピシっとした軍服を着て、身だしなみはとても整っている。

 すでに兵士としてのピークは過ぎており、部隊を指揮したり、教練したりする立場の人物だ。

 そして俺がステイツの軍のキャンプに合流するたびに、教官として指導してくれた男だ。

 格闘技の基礎は母さんから叩き込まれたが、銃火器の扱いや屋内戦でのノウハウの多くを、このアックスとその部下たちに仕込まれた。

 正規部隊の彼が暗殺者で、非正規部隊の俺が護衛という形で相対することになるとは、何とも奇妙な巡り合わせだ。


 アックスはバランスの取れた軍人で、格闘と銃火器だけでなく、潜入行動やトラップの扱いなど、なんでもできる。

 魔法こそ使わないが、その手札の多さと冷静な判断力で、どんな状況でも任務を成功に導くとされている。

 肉体のピークはすでに過ぎているが、兵士としての評価は未だに伸びつつある。

 エージェントとしての俺の技能の、上位互換と言っても過言ではない。

 俺がマクスウェルというファミリーネームから、マックスという愛称で呼ばれるようになったのも、彼をリスペクトする隊員たちがもじったのがきっかけだ。

 特にアックスは、魔法使い相手の強襲を得意としており、その任務成功率は100%だ。

 いわく、仲間内や敵から彼に贈られた二つ名は、『魔法狩り』。


 ステイツの裏社会で噂になっている魔法使いにとって天敵であり、恐怖の偶像である『魔法狩り』の活動は、彼の功績と俺の仕事が混ざっている。

 別に彼から継承した訳ではなく、任務を遂行するうちに周りが勝手に同一視しただけなのだが、俺は2代目『魔法狩り』というわけだ。

 実際は本物も偽物も、初代も2代目も関係ないのだが、彼は俺と違って正規の隊員なので、これまでに優劣を決する場はありもしなかった。


 俺が狙撃に回ると、アックスを止めることができない。

 おそらくカウンタースナイプに成功したとしても、彼は単身で第2の手を仕掛けてくる。

 単純な火力ならば、リズや凛花先輩の方が勝っているかもしれないが、俺からしてみればアックスの方が恐い。

 正面戦闘に持ち込めば、彼女たちにも勝機があるが、歴戦の老兵は決して甘くない。

 狙撃手にしても観測手にしても、敵の方が格上に違いない。

 それでも狙撃を彼に任せ、俺がアックスを仕留めるのが、現状の最善手だ。


 なぜ的場蓮司は長距離射撃を手放したのか。

 そして協力を仰ぐということは、今まで通りに一緒に馬鹿をやる関係ではいられなくなる。

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