10 生徒会の非日常

『あらすじ』

月末は新人戦

飛鳥からの宣戦布告

9班は生徒会へ加入

 ***


 芽衣の告白が、失敗に終わった日の生徒会の業務は余りなく、寮で時間通りに夕食を終えた俺たちは、久しぶりに各々自由な時間を過ごしていた。

 同室の蓮司は身体強化を発動しながら、軽いストレッチをしている。

 単純な筋力増強だけを目的としておらず、魔法により強化された体をしっかりコントロールするための訓練だ。

 さらに寝る前に魔力を使い切ることで、その生成速度や最大量の増加が期待できる。

 魔力をほとんど持たない俺や、すでに成長の止まった由樹と違って、彼にはまだまだ伸びしろがある。


 由樹とは告白の一件から顔を合わせ難いと思ったが、それでも同じ寮で寝食を共にするので避けることはできない。

 しかし彼の方は何も無かったかのように、いつも通り振る舞っていた。

 あんなことがあったにも関わらず、今晩もゲームをしながら読書をするという器用なことを続けていた。


 寮での自由時間は大体こんな感じで、3人で一緒に騒ぐよりも、個々人でやりたいことをしていることの方が多い。

 完全に自宅の感覚で三者三様にくつろいでいる。


 そんな静かな夜に振動したスマートフォンのディスプレイには、俺を東高に送り込んだ上司であるフレイさんの名前が表示されていた。


 すぐに部屋を出ると、誰もいない寮のバルコニーへと向かった。

 稀に夜風に当たりに来る人もいるが、電話で話している住人の会話をわざわざ盗み聞きする野暮な人間はいない。

 いつもフレイさんと連絡するときの定位置に移動すると、堂々とスマホを取り出し通話ボタンを押した。


「上司からの電話は3秒で受けなさい」

「無茶を言わないでください」


 エージェントとしての活動を隠すために、わざわざ場を移動したのに、相反する注文が出てきた。

 そんな軽口を叩くフレイさんだが、無意味な連絡をするような人物ではない。

 軽いジャブを終えて、当然の如く本題へと入っていった。


「九重紫苑の護衛の警戒レベルの引き上げを命じる。警戒解除まで彼女を1人にしないように」

「それは現地協力者と連携してということですね」


「もちろんよ。その判断は芙蓉くんに任せるわ」


 俺が1人で四六時中彼女に張り付くことは現実的でない。

 護衛はあくまで秘密裏であり、護衛対象にも各国刺客たちにも、俺の存在を知られる訳にはいかない。

 そうなるとリズと凛花先輩との連携は必須となる。

 フレイさんもそのことを承知の上なので、俺の確認に同意した。


 それにしても無期限での警戒態勢というのは穏やかじゃない。

 彼女の方で、どんな情報を掴んだのだろうか。


「敵の編成や規模は?」


 敵の情報はどんなことでも知っておきたい。

 情報源や敵の勢力も気になるところだが、まず戦力を把握することが最優先だ。

 並みの使い手ならば、会長ご本人に返り討ちに合うことは目に見えている。


「こちらとしては不甲斐ないことだけれども、敵は同じステイツのタカ派よ」


 ステイツの中央でも九重紫苑と、彼女が保有しているとする『精霊殺しの剣』の扱いについて意見が割れている。

 主に彼女を殺して奪い取ることを画策する強硬派と、彼女と友好関係を築き情報を集め、いずれかのタイミングで掠めとることを主張する穏健派がある。

 両陣営の意見は並行線のままだが、少なくとも他国に先を越されないように、九重紫苑を護衛することに関しては合意している。

 そしてそれぞれの勢力から俺を含めた工作員たちを、ニホンへと派遣してある。

 フレイさんが統括する部隊は穏健派の政治勢力の傘下なので、この任務が決まった時点で、強硬派との対立の可能性は、潜在的に孕んでいた。


「今回の件に関して、ミスターは承認していないけど、黙認するつもりよ。すでに政治的な手段で防ぐことは不可能で、現場で阻止するしかないわ」


 フレイさんは癖のある面々を束ねる裏部隊の幹部だけあって、戦闘だけでなく交渉にも秀でており、様々なルートから隊員たちのバックアップを行っているが、今回は頼りにならないようだ。


 最終決定権を持つミスターには表の顔があるので、ニホンの学生の暗殺命令など認めることができない。

 それでもステイツが世界をリードし続けるためには、事態の推移を黙って見守ることは十分に予想できる。

 彼にしてみれば、成功すればラッキー、露見すれば自分は知らないと、腹黒い政治家のやり方だ。


「肝心の部隊だが、本国の意向を無視しての活動なので、規模はそう大きくない。実働隊は2,3人程度だと思うが、精鋭を揃えてくるはずだ。少なくとも連中は、『魔法狩り』が九重紫苑の警護をしていることを掴んでいる。そうなると正統派の魔法使いではなく、銃火器の扱いに長けた軍出身者をチームに入れてくるはずよ」


 これはかなりやりにくい。

 俺の技能は、典型的な魔法使いを相手にすることに特化している。

 これまでフレイさんが適材適所に配置することで、またたく間にステイツの裏社会で名をせることになった。

 特に厄介なのは、相手の魔力を吸って身体強化を発動する前に、銃や爆薬で狙われることだ。


「今回の任務は護衛ですが、刺客の扱いは?」

「始末しなさい。捕縛すると余計に面倒よ。生き長らえると、穏健派も強硬派も、そして刺客本人たちにとってさえ不利益にしかならない。相手の情報が分かれば追加で伝えるけど、それまではとにかく警戒を続けなさい」


 どうやら仮初かりそめの楽しい学園生活も一旦中断のようだ。

 まさか最初の相手が身内になるとは思わなかった。

 少なくともフレイさん配下の同僚ではないが、軍の訓練などで顔を合わせたことのある奴が相手でもおかしくない。

 今回、ニホンに来てから1度も人の血で手を汚してないが、いよいよそういう訳にもいかないようだ。

 それでもこの日常を守ることができるならば、俺はいくらでも非情に徹してみせる。


 ***


 フレイさんからの連絡のあった次の日、つまり芽衣の告白から次の日でもある放課後、相変わらず生徒会ハウスで、来週にある新人戦に向けて準備を進めていた。

 本日は蓮司と草薙従姉妹が部活により欠席で、昨日の告白に関わった4人とリズが出勤している。

 会議室での書類仕事をする俺たちに凛花先輩も同席しているのだが、会長様も1人で事務室にいるのは寂しいと言って同じ部屋で執務をしている。


 会長は新人戦で挨拶をするのだが、その練習のために凛花先輩が書いた原稿を読まされていた。

 どうせ自由気ままにしゃべることになるのだが、せめて骨格くらいはまともになるように矯正させようという先輩の作戦のようだ。

 俺としてみれば、彼女が同じ部屋にいることは守る上で都合が良い。


「芙蓉、ここの書類間違っているぞ」

「あっ、あぁ」


 昨日の一件から由樹は普通に振る舞っているが、俺の方が意識してしまい、不自然になってしまっている。

 それは由佳と芽衣も同じなようで、由佳の方が空回りしてぎこちなくなっていた。

 そんな俺たちの空気を察しているのか、凛花先輩は距離を置いて事務的に対応している。

 リズの方も事情を察しており、いつも以上に口数が少なかった。

 こればっかりは時間が解決してくれるのを待つしかないが、今は目に見えない刺客のことを気にしなければならない。


 昨晩のフレイさんからの情報は、その日のうちにリズに伝えた。

 本日から会長が凛花先輩や静流先輩と一緒にいない時間帯は、俺とリズが交代で張り付くことになった。


 そして今朝、さっそく会長は2年生の教室に登校しなかった。

 彼女が朝に弱くて全寮制の学園にも関わらず、遅刻の常習犯なのは有名なことだ。

 結局俺は1、2限目を欠席して、生徒会ハウスの前で待機した。

 早めに刺客を片付けないと、単位不足で退学処分になり、任務失敗になりかねない。


 ちなみにリルがいたので、ステイツの事情は伏せたまま、近々襲撃があるかもしれないと伝えると、当分は生徒会ハウスに駐在してくれるそうだ。

 彼ならば口が堅いというか、話せる相手は限られている。

 それに俺の読みが正しければ、リルはかなり頼りになる。


 校舎や学食など、人目のある所での襲撃は少ないと思う。

 さすがの強硬派でも、本国の体面を傷つけるような行為は避けるはずだ。

 そうなると生徒会ハウスか、外を出歩いているタイミングでの強襲に警戒するべきだ。

 建物丸ごと範囲攻撃で狙われる可能性もあるが、常に警戒していれば、発動時に練り上げた魔力を検出してからでも十分に防御できる。


 そもそも単純な攻撃で九重紫苑に傷を付けられるとは思えない。

 会長の圧倒的な強さは、ステイツ側もすでに何人も犠牲者を出しているので、承知の上のはずだ。

 そうなると隙を狙った暗殺しか考えられない。

 この会議室だと、入り口はエントランスへと通じる1つと、窓ガラスは会長様の腰掛ける上座の後ろにある1枚で、そこを警戒すれば十分だ。

 もちろん部屋に入ってすぐに、誰も潜んでいないことを確認済みだ。

 まだ何か見落としがある気もするが、可能性は無数にある。

 待ちの姿勢はもどかしいが、結局どんな任務でも完璧な対処というはないので、確率の高い順から効率の良い対策をするしかない。


 さっきから襲撃者について考えを巡らせてしまい、生徒会の仕事が疎かになってしまい。

 さらには、どのように話したら良いのか分からない由樹に、何度も間違いを指摘されてしまう始末だ。


 ***


 それは唐突に訪れた。

 会議室で仕事を始めて1時間ほど経過した頃のことだった。


 何気ないない事務作業をしている際中なのだが、何故だが胸が騒めきだした。

 特段変わりはないはずなのに、張りつめるような緊張感がある。

 母さんから訓練を受け、さらにエージェントとしてこれまでに培われてきた直感が、危険を知らせる警笛を鳴らし続けている。

 いくら周囲を確認しても敵の姿はない。

 俺の変化を感じ取って、リズもレイピアに手を掛けるが敵影を補足できていない。

 しかし鼓動の高鳴りを抑えられない。

 衝動に駆られたまま無我夢中で、椅子に腰かけて原稿を黙読する会長のことを押し倒していた。


 強烈な破裂音と同時に、俺と会長は床にたたきつけられた。

 手を突いたおかげで、すんでのところで彼女を押しつぶすことを回避した。

 しかし椅子ごと人間2人が倒れる以上の大きな音が耳に残っている。

 音源は他にある。


 会長が背にしていた窓を見ると、そのガラスには一筋の穴が残されていた。

 そして狙われた彼女の状態を確認すると苦痛の表情を浮かべていた。

 その足には熱を持った線状のかすり傷があり、血を流していた。

 そして窓ガラスの穴と、先ほどまで彼女が座っていた場所を結んだ先の床に1発の銃弾が埋まっていた。

 狙撃手がいる。


「全員伏せろ! 窓から見えない位置に移動しろ!」


 俺が号令を掛けると、すぐに全員が行動に移した。

 幸いなことに会議室の机は大きいので、その下に身を潜めれば、窓の外から位置を把握されることはない。

 リズだけはすぐに窓の真横の壁に身体を着けた。

 取り出した手鏡を使って、窓枠の外を反射させて狙撃ポイントを探っている。

 すぐに彼女は首を横に振るサインをした。

 それは確認不可能の合図なのか、それともすでに逃げられたと判断したのか2通りの解釈ができる。

 結局、しばらくしても2発目は来なかった。


 ***


 凛花先輩が即興で作ったゴーレムの身体が窓を覆うと、俺たちは生徒会ハウスのエントランスまで避難した。

 狙撃手のいたであろう方角から、こちらの部屋の様子をうかがうことはできないので一安心だ。


 改めて状況を確認してみると、突然の狙撃に驚いたが、それ以上に俺たちを動揺させたのは、かすった銃弾が九重紫苑の肌を傷つけたことだ。

 あの銃弾すらはじき返しそうな怪物の彼女が、他者の攻撃で血を流したのを初めて見た。

 すでに彼女自身の魔力によって止血が済んでおり、血がこびりついているだけなのだが、もし銃弾が急所に当たっていれば、命を落としていたかもしれない。


 俺はあまりにも彼女のこと知らなすぎた。

 膨大な力を持ちながら、普段は魔力どころか強者の気配すら見せない彼女に凄みを感じていた俺だが、実態は逆なのかもしれない。

 普段の彼女は魔力による防御がなく、完全に無防備な可能性が浮上した。

 冷静に考えてみると、身体強化はとても調整が難しい魔法で、俺の場合は母さんの残した魔法式の補助を受けながら、徐々に体に覚えさせた。

 魔力で強化を持続しながら、日常生活を営める訳がない。

 これまでにも彼女の弱点はいくつかあったが、今回のは致命的だ。

 九重紫苑は不意打ちに対して、対抗するすべを持たない。


 どうやら今回の襲撃は様子見だったようで助かった。

 狙撃は失敗で終わったが、動揺を誘うには十分な威力があった。

 もし相手が本気ならば、すぐに強襲という手が有効だがその気配は未だにない。


「学園側には通報した。とりあえず日が傾くまではここで待機して、私が寮まで送る」


 本来ならば、暗くなるほど物騒なのだが、相手が狙撃手となれば話は別だ。

 銃弾の軌道から、敵は学園の敷地外から撃ってきたに違いない。

 そうなると生徒会ハウスから寮までの間で襲われる可能性は低い。

 そもそも狙われているのは、会長であることは暗黙の了解なのだが、凛花先輩は上級生の責務として全員の身の安全を案じているにすぎない。


「それと生徒会ハウスのセキュリティレベルを引き上げる。エントランスと各部屋の電子錠を、日中でもオンにしておく。それと暗証番号を併用した二重ロックを採用する」


 鍵というものを甘く見てはならない。

 小説やドラマのせいでちゃちな電子錠など、プロの殺し屋相手ならば何も意味をなさないと思うかもしれない。

 しかし経験を積んだ者ほど、現場での1分1秒の重みを知っている。

 開錠に伴う時間の分だけ、ありとあらゆるリスクを背負うことを、その身で体感しているのだ。

 そのため鍵を掛けるだけでも、相手にプレッシャーを与え、行動を制限する抑止力になる。


 生徒会ハウスの開錠をできる学生証を持つのは役員だけなのだが、放課後は誰でも自由に出入りできるように解放している。

 一応俺たちの学生証にも放課後限定で開錠の権利が付与されているが、落としたり盗まれたりするリスクもあるため、当面は4桁の暗証番号を入力することになった。

 番号は共通ではなく、自身の学生証に紐づけされているので、同じ生徒会メンバー同士でもカードの貸し借りはできない。


 テキパキと対応をするのは凛花先輩だけでなく、他のメンバーもそれぞれにできることを冷静に行っていた。

 狙われた当の会長様はというと、まだ動揺しているようで、俺の腕にしがみついている。

 こういうときに頭を撫でて安心させてやれれば、様になるのかもしれないが、他のみんなの目があるので躊躇ためらってしまった。

 仕方がないので、俺は右腕を彼女に貸し続けることにしているが、熱いものがこみ上げてくる。

 決して会長と密着していることに興奮している訳ではない。

 彼女から流れ出る魔力が俺の体内に蓄積されている。

 待機状態での魔力消費だけでは追いつけないのに、体を動かして消費を早めることもできない。


 これでも初めて彼女と戦った頃に比べると、随分耐えられるようになったと思う。

 俺自身には魔力を生成することや保持し続けることはできないが、一時的に受け入れる器だけはあり、負荷を加えることによって上限を成長させることができていた。

 しかしその負荷にも限界があり、大分前に成長が止まったと思っていたのだが、連日彼女の魔力を流され続けられたおかげで、成長が再開している。

 俺が5秒触れれば大抵の魔法使いの魔力を空にできるのだが、会長様のは底が見えておらず、こっちが大量の魔力に翻弄されて酔いそうになる。


 結局、途中でリルに役割を代わってもらうことにした。

 会長様はその腕で力いっぱいに愛犬を抱きしめていた。

 リルの苦悶の表情の中に、えつが混じっていた気がするが、あまり触れないでおこう。


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

九重紫苑が戦闘時以外は無防備なことは、これまでにもSSで書いておりましたが、芙蓉視点で初めて明らかなりました。

ようやく護衛の仕事ができそうな展開です。

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