9 生徒会の日常『告白』

『あらすじ』

月末は新人戦

飛鳥からの宣戦布告

9班は生徒会へ加入

 ***


「芽衣、大丈夫だって。私が誰にも邪魔されない2人きりの場を準備するから」

「でも……もし失敗したらどうしよう」


「まずは自分の想いをしっかりと伝える。由樹君にはそれくらいしないと意識してもらえないわ。今までのような自然なアプローチでは生温かったのよ」

「分かっているけど……そうよね。頑張らなきゃね」


 ***


 来週には新人戦を控えた放課後、いつものように生徒会ハウスへと向かおうとした俺と蓮司だったが、由佳に呼び止められて、放課後に教室に残っていた。

 厳密にはメッセージアプリで連絡を受けており、クラスメイトどころか他の9班のメンバーにすら内密だと伝えられている。

 放課後に女子からの呼び出しだが、蓮司と一緒なので、告白などのようなイベントではないことは明らかだ。

 いや、しかし彼女は俺と蓮司に友情以上の関係を期待しているので、変なことをやらされる可能性だってある。

 こういう面倒そうな案件にも関わらず、しっかりと教室に残る俺たちは、律儀というか、素直というか、流されやすいのかもしれない。


 教室に残るように言われて、授業が終わってそのまま机で意味もなく教科書を開いたり、スマホで時間を潰したりする俺の姿は、クラスメイトたちには不自然に映ったかもしれない。

 それに比べて蓮司は、適当に女子に話しを合わせながら、1度廊下に出て、人気ひとけが減った頃に戻って来た。

 こういうところは純粋に見習う必要があると思う。

 むしろ俺が潜入や諜報任務に向かないということを改めて自覚させられる。


 そして少し遅れて、蓮司と同じように1度席を外した由佳が戻ってきた。


「蓮司君、芙蓉君。待たせてごめんね」


 ファーストネーム呼びに決めて、こちらから呼ぶときは抵抗がないが、自分の名を呼ばれるとこそばゆいものがある。

 ステイツにいた頃は、マックスの愛称で呼ばれることが多かったので、実はあまり慣れていない。


「芽衣が由樹君に告白をするから、2人に協力をお願いしたいの」


 この集まりから由樹が除外されているのはそういうことか。

 てっきり彼女の趣味に付き合わされるのかと勘ぐってしまった。


 2組の委員長こと野々村芽衣が、由樹に対して恋慕していることは、クラスで周知のことだ。

 知らないのは由樹本人くらいなものだ。

 2人のことは応援したいと思ってはいるが、イマイチ由樹の態度がハッキリしないことが気がかりだ。

 本人はモテたいだの、彼女が欲しいだの声を大にしているにもかかわらず、芽衣からのアプローチをことごとくスルーしている。

 協力すること自体はやぶさかではないが、凝った演出を準備するならば、俺は配役ミスだ。

 とりあえず由佳の説明を聞いてから判断することにしたいが、結論を急いだのは蓮司だった。


「ちょっと待て。それは委員長が自分から言い出したことなのか? 由佳が強引に焚き付けたのじゃないか?」

「確かに私が提案したけど、芽衣が決めたことよ」


「だとしても本人にその意思があるならば、委員長自身が俺たちに打診するのが筋だ」


 いつもならばみんなの意見を尊重して、必要以上に和を乱すことのない蓮司が、自分の意見を前に出すのは珍しい。

 同じクラスで机を並べる彼だが、俺たちよりも2年長く生きており、しっかりとした個を確立している。


「悪いけど、俺は反対だ。そういうのは本人たちの問題であって、周りが下手に動けばこじれるだけだ」


 そして蓮司は由佳の算段を聞くことなく、教室を出て行った。


「何よ。蓮司くんの意地悪! 絶対に成功させてみせるからね!」


 蓮司の珍しい一面を見ることができたが、由佳が他人に声を荒げるのは、さらに稀なことだ。


 さて、どうしたものか。

 俺としては蓮司の意見に同調したいが、このままだと由佳が強引に物事を進めてしまう懸念がある。

 ならば由樹の仲間として、穏便に済ませるように軌道修正するのが、俺の役目じゃないか。

 俺としては彼だけでなく、芽衣だって初めてできた同年代の友達なので、2人とも幸せになってほしいという思いがある。

 彼の良さは女子には伝わり難く、せっかく好意を抱いてくれている芽衣に気づかないのは、あまりにも可哀そうだ。


「とりあえず、由佳は俺たちに何をさせるつもりだったんだ?」

「芙蓉君は話を聞いてくれるのね。計画はシンプルよ。生徒会の仕事を装い2人を空き教室へと誘導して、後は邪魔者が現れないように見張るだけよ」


 想像していたよりも単純な作戦だ。

 まぁ、高校生の告白で、漫画やドラマのようなロマンチックなシチュエーションを演出するのには無理がある。

 無難な作戦であることには違いないし、告白自体は芽衣が自分の意思で踏み切らなければならない点にも異論はない。


「分かった。俺は由樹を呼び出せばいいのだな。具体的な時間と場所は……」


 ***


「芙蓉君。こっち、こっち。早く隠れて」


 隠密には少々自信がある俺だが、校内では一般人として振る舞っている。

 そんな俺にわざわざ身を隠すように言ったのは、本日の共謀者である橘由佳だ。

 計画を聞いて、まさかその日のうちに実行に移すことになるとは思わなかった。


 ちょうど生徒会の業務の中に、使われていない部室棟の備品が帳簿と合っているのか確認する作業があった。

 すぐに完遂する必要もないのだが、由樹を誘い2人で始め途中で席を外して、しばらくしてから芽衣が教室へと入っていった。

 廊下ですれ違ったときに、彼女と目が合うことはなかったが、その顔はしっかりと前を向いていた。

 余計な言葉を交わすことなく、教室の扉を閉めるところまで見送ると、すぐに由佳に呼ばれて、廊下の周り角まで避難した。


 由佳と2人っきりというのは初めてではないが、今は芽衣の告白の行方が気になって、お互いに会話する気になれない。

 エージェントとしての任務の際に張りつめることは多々あったが、今回の見張りはそれとは別の緊張感がある。

 作戦は最終フェイズに突入しているにも関わらず、すでに事態は俺たちの手から離れていることが、大変もどかしい。

 さすがの由樹も面と向かって告白を受ければ、謎のスルースキルを発動することもないだろう。


 今にも2人が仲良く出てくる姿が目に浮かぶ。

 そうなると由樹は彼女持ちになり、人気のある蓮司は時間の問題だし、この先3人で馬鹿をする機会も減るのかもしれない。

 そう考えると、なんだか寂しい気もする。

 芽衣は小、中学校から由樹と同じで、ずっと片思いだったらしい。

 そんな彼女が遂にその想いを伝えることになる。

 我らが『期待のルーキー』にもいよいよ春が来るわけだ。


 そう言えば、由樹本人は出身中学から東高に入学したのは、自分だけだから『期待』なのだと言っていたが、辻褄つじつまが合わないな。

 東高に入学する前から、残念なスルーを続けていたのだろうか。


 芽衣が踏み込んでしばらくしてから、教室の扉が開いた。

 そこから出てきたのは、彼女1人だけだった。

 この距離からでも分かるが、必死に感情が決壊しそうなのを抑えようと耐えていた。

 俺たちのことに気づくと、すぐに逆の方へと駆け出して行った。


「芙蓉君。後はよろしく」


 そう言い残すと、由佳は芽衣を追いかけて行ってしまった。


 何が起こったのか分からないが、結論だけは明白だ。

 どうやら芽衣の告白は失敗してしまったようだ。


 このまま帰ることはできないので、俺は由樹のいる教室へと戻った。

 そこには夕日の照らす室内で、机に腰かける友人の姿があった。


「芙蓉と由佳が噛んでいたのか」


 いつものコミカルな彼ではなく、どことなく力の抜けた雰囲気だ。

 本人たちの問題だということは分かっているが、由樹の方からは何も言わないまま時間だけが一方向に流れて行った。


「なぜ断ったんだ。芽衣はあんなにも健気にお前のことを好いていたのに、どうしてそれが分からない」


 痺れを切らした俺が口にした率直な考えだ。

 由樹はすぐには返事をしない。

 この距離で聞こえていない訳がないのだが、返答に困っているようだ。


「芙蓉は、俺がそんなに鈍いと思っているのか?」


 短い答えだったが、その言葉で全てが俺たちの認識の違いだということに気づいた。

 由樹は確かに残念なキャラだが、芽衣の好意に鈍感だったのではなく、わざと無視していたようだ。

 今更ながら、彼のスルーはあまりにも不自然なところが多かったのに、そのふざけた性格のせいだと勝手に思い込んでいた。

 それでもその理由が分からない。

 なぜ彼女が欲しいだの、モテたいと口にしながら、芽衣のことを拒絶するのだろうか。


「芙蓉のことは特別な友達だと思っている。けど……この先には立ち入って欲しくない」


 結局、蓮司が正しかった。

 どこまで行っても本人たちの問題だ。

 この件に関して、俺や由佳は部外者でしかない。


「分かった……それでも由樹が話したくなったら、いつでも聞くから」


 それが精一杯絞り出せた言葉だった。

 あまりにも虫の良過ぎる話なのは、自覚している。

 今すぐ問いただすことも、そのまま放っておくことも俺にはできなかった。


「ありがとう。すぐにいつもの俺に戻るから。今は1人にしてくれるか」


 俺は由樹1人を残して、教室から立ち去った。


 ***


『由樹君。好きです。彼女が欲しいだなんて軽薄なフリをするのは、もう止めにしない』


『ごめん……委員長とは付き合えない。フリなんかじゃなくて、俺はいつだって女の子にモテたいのさ。そして彼女にするなら、貧乳は譲れない。委員長のは大きすぎる』


『誤魔化さないで! 私が無茶をするたびに、影で助けてくれていたことを、ちゃんと知っているのよ。ずっとあなたのことを見ていたもの』


『助けた覚えなんてない。俺たちが話すようになったのは、東高に入学してからだろ』


『嘘よ! 私が目覚めてすぐに、1度病室まで会いに来ているでしょ。あの時の由樹君の辛そうな顔は、今でも脳裏に焼き付いているわ。あなたは私の知らない野々村芽衣のことを知っているのよね。だから付き合えないの? それでも今の私を見てよ。私のことだけを愛して』


『委員長にはとても感謝している。だけど俺はまだ、芽衣のことを諦めていない。他の女の子に手を出すならいざ知らず、委員長は駄目なんだ。どうしてもあいつとダブって見えてしまう』


 ***

『あとがき』

いつもありがとうございます。

生徒会の日常はここまでです。

次回から物語が動き始めます。


由樹と芽衣の過去編および決着編は、スピンオフとして書きたいので、“芙蓉と紫苑の物語”では断片的にしか語らない予定です。

ご了承ください。

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