6 生徒会の日常『ファーストネーム』

『あらすじ』

月末は新人戦

飛鳥からの宣戦布告

9班は生徒会へ加入

 ***


 生徒会に加入してから3日が経過した。

 放課後は何もなければ、とりあえず生徒会ハウスに顔を出すのだが、まだあまり慣れていない。

 1階の事務室は人数分のデスクがないので、PCを必要とする業務を除いて、事務仕事は会議室でしている。

 ちなみに基本的なパソコンの扱いをできるのは俺、蓮司、由樹、橘そして会長で、残りの胡桃、リズ、野々村、草薙先輩はIT音痴だ。

 ちなみに工藤先輩は、ハッキングとかしちゃう人なので別次元だ。


 本日は新人戦のタイムスケジュールと当日の運営についての打ち合わせで、工藤先輩と俺たち新入りは会議室に集まっていた。

 この場に9班のメンバーが全員揃ったのは、生徒会に加入して以来だ。

 俺の場合だと、部活を理由にした欠席はないが、外で仕事を受けると放課後の活動までに帰って来られない。

 なお、会長様は業務の邪魔でしかないので、工藤先輩に締めだされている。


 新人戦は新人ランキングを元に、AからEブロックの5つのトーナメントに分けられ、1日で決着する。

 ブロックと呼んでいるのでややこしいのだが、完全に異なるトーナメントで、それぞれの優勝者を決めて終了だ。

 Aブロックだけは上位64名が選出されるが、B~Eブロックは平均的な能力に割り振られている。

 この催しの主旨は、1年生のお披露目でもあるが、すでに将来への選別が始まっており、Aブロック以外はおまけでしかないがことは、暗黙の了解だ。

 基本的にはAブロックの試合が行われる第1演習場に客が集まることになる。

 稀なことだが、急激に実力を伸ばした者にチャンスを与えるために、各ブロックの決勝のみ、Aブロックと同じ会場で行われる。

 会場は一般の客には解放していないが、第1公社の関係者であれば、観戦が可能になっている。


 この第1演習場は、東高に9つある演習場の中で唯一の屋外だ。

 その規模や造りは他とたがわないが、天井は突き抜けており、雨を防ぐための魔法陣が設置されている。

 普段の授業で使うこともあるが、大きなイベントをする際はここが会場に選ばれる。


 1回戦、2回戦は4つのリングで同時に行われるが、それ以降は1つのリングで1試合ずつ実況付きで進行する。

 準々決勝まで消化した後、別会場で行われた各ブロックの決勝戦を第1演習場で済ませ、最後にAブロックの準決勝2試合と決勝が催される。

 ちなみに俺たち9班は、これまでのランキング戦で4連勝を上げており、全員Aブロックへの出場が決まっている。

 そのため当日の運営は公平を期すために、試合のない時間帯に他のブロックの雑用を割り振られている。

 トーナメント表は昨日の時点で公開されており、順当に勝ち進めば生徒会同士の試合もある。

 脱落した者から仕事が追加されるように予定を組んである。


 ***


「俺と蓮司以外は芙蓉のことを高宮と呼んでいるけど、イケメンのいけ好かない1位の奴と紛らわしいのさ。今更だけど、この機会に名前で呼び合ってもいいのじゃないか」


 当日の割り振りを1通り決めて、具体的な仕事の話し合いを始める前の小休止の間に、由樹が口にした提案だった。


「初めて冴島くんのアイデアに賛成したいと思ったわ」


 真っ先に支持したのは橘だったが、大分失礼なことをサラリと言っている。

 それでも彼女の言葉を否定する材料が乏しいので、誰も余計なことを口にしない。


「いい考えだと思う。なかなかきっかけがなかったが、生徒会に入ったこのタイミングは悪くないな」


 次に同調したのは蓮司だった。

 俺としても、ファーストネームで呼び合う方がしっくりくるし、この状況下で反対意見を出せる猛者はこの中にはいない。


 そうなると俺の場合は、橘を由佳、野々村を芽衣で、他のメンバーはこれまで通りということだ。

 特に問題のない仕様変更だったが、そうでない者もいた。

 そこに踏み込んだのは、胡桃だった。


「リズちゃんのことは、リズちゃんでお願いなのです」


 リズこと、イタリーからの留学生であるリゼット・ガロは、日の光によって銀色のように輝く白い髪を靡かせる北欧系の少女だ。

 ニホン語自体には問題がないが、本人の性格が災いして、無口で近寄りがたい雰囲気をかもし出している。

 そんな彼女の愛称であるリズを口にするのは、同盟を結んだ際に本人から許しを得た俺と、彼女によく抱き着いている胡桃くらいだ。

 しかし改めて考えてみると、クールな彼女のことをリズちゃんと呼ぶには、気恥ずかしいハードルが呼ぶ側にも、呼ばれる側にもある。

 蓮司や由佳ならば、さらりと適応できそうだが、無謀なファーストジャンプを行ったのは、期待のルーキーだった。


「リズちゃん。俺のことは由樹ヨッシーでよろしく~」

(なぜ、今まで呼ばれたことのない愛称を名乗った!?)


「……ちゃん、いらない」


 リズは目を逸らしながらも、少し頬を赤らめていた。

 否定の言葉を口にしたものの、どうやらヨッシーの跳躍は及第点だったようだ。

 そういえば、初めて彼女と話したときに、自らリズと呼ぶように言ってきた。

 意外とこの愛称を気に入っているのかもしれない。

 しかしリズは時折、予想外の行動や言動で俺たちを驚かせる。


「それとヨッシーはさすがにキモい。自分の顔とキャラと、それからvisoを考えて口にしたら」


 なぜかこれまで片言だったリズが、急に流暢なニホン語でなかなか辛辣な言葉を添えた。

 しかもあからさまに顔をイタリー語で重複させた。

 誰1人として、このことにこれ以上触れる勇気がなかった。


 普段から口数が少なく、人間関係に消極的な彼女だが、嫌なことははっきりと口にする傾向がある。

 無謀とも思える跳躍を成功させたものの、着地には失敗した由樹だったが、残り少ないHPでこちらを誘爆してきた。


「俺は芙蓉と違ってMじゃないから、罵倒されると辛い」

「いや、いつ俺がMになった?!」


 素直な気持ちでツッコミを入れたつもりだったが、周りの反応はやけに鈍かった。

 何故だか全員が可哀そうなものを見る、ジト目とかいうやつを俺に向けていた。

 言い出しっぺの由樹すら、いつもなら彼自身が浴びている残念なものを見る視線を発している。

 数秒の沈黙の後、蓮司がみんな代表してその理由を口にした。


「芙蓉、いい加減現実と向き合え。あんな仕打ちを受けてまで、あの会長様と一緒にいられるなんて、よほどのMでないとできないことだぞ」


 いや、確かに会長からは、変態扱いされたり、投げ飛ばされたり、穴掘りばかりやらされたりと、まともな扱いを受けていない。

 唯一恩恵を受けているのは、数度に渡って料理を振る舞ってもらったことくらいだが、それすらも周りからしてみれば、遠慮したいことらしい。


 肉体的にも精神的にも酷いことばかりされているが、一応彼女の護衛と調査が俺の本分なのだから、関係の悪化は避けたい。

 別に自ら弄られに行っている訳ではないが、俺の正体を知るのはリズだけなので、明かすことはできない。

 ちなみに彼女はちゃっかりと周囲に同調している。

 居たたまれない空気の中、俺の弁明の前に、会議室のドアが開いた。


「どうした? お前たち」


 休憩の際に席を外していた工藤先輩が戻ってきたのだ。

 そして彼女に最初に声を掛けたのはもちろん橘……おっと、由佳だった。


「ちょうどみんなで下の名前で呼び合おうと話していたところです。もしよければ工藤先輩も私たちのことを名前で呼んでいただけませんか?」


 物怖じせずにこういう事を切り出せる由佳は、さすがだと感心するしかない。

 しかし誰隔てなく接するのは彼女の専売特許ではなく、工藤先輩だってそっち側の人間だ。


「そうか、由佳。ならば私のことも工藤先輩ではなく、凛花と呼んでくれると嬉しいな」

「そっそんな恐れ多いです。先輩のことを呼び捨てだなんて」


「敬称は何でも構わないさ。先輩でもお姉さんでも好きに呼びな」

「なら、凛花お姉様と……」


 最後まで言葉を口にすることができずに、由佳の目はどっか行ってしまった。

 工藤先輩に憧れていた彼女だったが、完全に落ちたな。


「他のみんなもそれでいいな」


 工藤先輩は俺たちにも名前呼びを希望した。

 蓮司や由佳もリーダー気質だが、生徒会としてのリーダーと言えば間違いなく彼女だ。

 会長?

 当たり前のことを今さら議論する必要はない。

 とりあえず彼女の登場でこの場は納まったが、俺のM疑惑の払拭を決して諦めた訳ではない。


 ***


「そういえば芙蓉は1度勝てば、飛鳥と当たるな」


 新人戦の打ち合わせを概ね終えて、各自で細かい仕事を片付けていた頃に、由樹が再び話題を持って来た。

 彼の言う通りくだんの飛鳥とは、劇的に決勝の大舞台とかではなく、2回戦で当たる予定だ。

 ランキング1位に対して、片やAブロックギリギリ参加なので、妥当だと思うしかない。

 他のメンバーとは、3回戦に蓮司、準決勝で由樹か胡桃、決勝でリズと当たることになっている。

 由佳と芽衣とも決勝で当たる可能性もなくはないが、さすがにこの短期間でリズとの差は埋められないだろう。


「そういえば由樹は、飛鳥の試合を見たと言っていたが、どんなタイプなんだ?」


 魔法使いの手の内を聞くのはタブーなのだが、ランキング戦で使った能力はすでに公のものなので、大して問題はなく、由樹も答えてくれるはずだ。


「四属性全て使う遠距離砲台タイプさ。どの魔法も出力が高く、広範囲な攻撃を多用していたな。それと女子のファンが多くいやがった」


 女子のファンに反感を持つのは由樹に激しく同意だが、あのルックスで1位の肩書ならば仕方がない。

 しかし実際の彼は自己顕示欲が強くて、ガツガツした男だ。

 ニホン最強にこだわる真っ直ぐな姿勢に関しては、俺にはない感情で純粋に羨ましいと思う。

 俺のホームグラウンドは華やかな舞台ではなく、人知れず仕事をこなす裏側の世界にすぎない。


 論点がズレてしまったが、俺にとってみれば典型的な魔法使いは最も与しやすい。

 いくら四元素全てが使えようとも、遠距離から攻撃魔法を放つ飛鳥はカモでしかない。

 これまでにそういう連中を幾度も葬ってきた。


 むしろ至近距離で一撃必殺の攻撃を繰り出すリズの方が、俺にとっては脅威だ。

 俺が飛鳥に対して警戒すべきは、高宮家唯一の秘術くらいだ。


 ***


 せっかくなので、ここで富士の高宮家について話そう。

 母さんが残した手紙によると、俺の実の父親の生家がくだんの高宮だ。

 俺が生まれた時期と重なる約15年前に、現当主の高宮時雨しぐれの兄である高宮春雨はるさめが出奔している。

 彼が俺の実父なのかもしれないが、母さんの言葉通りすでに死んでいるならば、確認しようがない。

 結局、どこまで行っても、残された手紙の真相を確かめるまでは、俺は先に進めない。


 それでもわらにもすがる思いで、高宮家についてはそれなりに調べてある。

 飛鳥の言葉は誇張などではなく、ニホン最強の魔法結社といえば、誰もが口を揃えて高宮家を指す。

 単騎での強さならば、生徒会役員の3人のように突出した使い手も数多あまたにいるが、組織としての安定性と総合力ならば、間違いなく高宮家が1番だ。

 少なくとも表の世界に限定すれば、異論を唱える者はいないだろう。


 富士の高宮家を最強たらしめたのには、ふたつの理由がある。

 ひとつ目は歴史のある魔法結社であるにも関わらず、特定の流派にこだわらないことだ。

 ニホンの伝統的な固有魔法は神道系と仏教系、さらには神仏混合なんかが大半だ。

 他にも数は多くないが、大陸由来の陰陽五行説や天文学を取り入れた陰陽道なんかも有名だ。

 これらは師弟関係によって継承、昇華されることで、歴史の流れの中で紡がれてきた。

 そのため門戸は狭く閉鎖的な環境で、純正培養されてきた。


 しかし高宮家は流派に関係なくあちこちに弟子入りし、ときには武者修行の末に新たな力を生み出すこともあった。

 これまでに挙げたものだけでなく、西洋の魔術も躊躇なく輸入した。

 どんなものでも取り入れる一方で、不要な技能を継承しないことで、効率良く後進の育成を行った。

 常にその時代に最も適した魔法を入れ替えることで、様々な可能性に挑戦し続けてきた。

 一門の同世代の中でも、大きく色が異なる使い手たちがひしめいている。

 俺が飛鳥の戦い方について、わざわざ由樹に訊ねたのはこのような経緯があったからだ。


 昔は魔法使いの数が少なかったので、多くのことができるタイプが好まれており、高宮のやり方は需要をしっかりと満たしていた。

 魔法絡みの事案ならば、とりあえず高宮家の門を叩けば間違いないとされていた。

 その名声は魔法黎明期に突入しても変わらなかった。

 今でこそ魔法使いを志すならば、誰であっても、まず四元素魔法の適正を調べる。

 しかし19世紀初頭に精霊王が人類と接触した頃には反発が多く、特に実績のある組織ほど、その伝統と格式を守ろうとした。

 一方高宮家は、ニホンで真っ先に四元素魔法を導入して、独自の戦法を研究した。

 四元素魔法は誰にでも修得の可能性があるが、様々な魔法技術を研鑽してきた高宮は世界を先駆けており、そのアドバンテージは今でなお健在だ。


 そんな高宮家だが、長い歴史の中で唯一継承され続けてきた固有魔法がある。

 これこそが最強たらしめた2つ目の理由であり、『神降ろし』と呼ばれる術だ。

 高宮家の前に“富士の”という枕詞が付くのは、かの一族が霊峰富士の霊脈を管理しているからだ。

 富士山ふじやまを中心とした霊脈は、ニホン列島全域に広く根を張っており、高宮家は霊脈を守りつつも、そこにアクセスする権限を持っている。

 つまり『神降ろし』とはニホンの国土であれば、霊脈からほぼ無際限に魔力を引き出す魔法だ。

 それ故に高宮家がニホン最強と呼ばれるのは、ニホンにある魔法結社で最強だからだけでなく、ニホンという地では他の追随を許さないという意味が込められている。


 ***


 飛鳥が『神降ろし』を使ってくれば、どちらのが大きいかの勝負になる。

 霊脈から魔力を供給されても、その上限は本人の器に依存する。

 魔力量と言っても、魔力生成速度、魔力保持量、魔力上限などがある。

 普段から魔力を持ち歩ける魔力保持量は、『魔法狩り』や『神降ろし』、他にもマジックポーションなどで超えることができる。

 それでも頭打ちになるのが魔力上限であり、何もしなくても時間経過と共に魔力保持量まで自然減少する。

 俺が会長の魔力を奪い尽くせなかったのは、俺の魔力上限を彼女の魔力が上回ったからだ。

 つまり俺の場合、魔力保持量がゼロだが、魔力上限はそれなりにあるし、『魔法狩り』を発動すれば上限に達したことがない。

 試合はシンプルに、飛鳥の上限を俺が上回れば、負けることはない。

 とは言え『神降ろし』ほどの魔法ならば、集中力を要するはずなので、その隙を与えなければ問題ない。

 奴がその素振りを見せれば、殴る蹴るなどして邪魔すればいいだけだ。


 そう考えると、加速と減速を使いこなす由樹や、突破力のあるリズ、防御を誇る由佳、トリッキーな動きをする胡桃の方が手強く感じる。

 俺に近いスタイルになりつつある蓮司と、戦闘が不得意な芽衣の2人には悪いが、彼らには負ける要素がない。

 他にも興味がなかっただけで、1桁代の連中には、まだまだ曲者がいるかもしれない。


「飛鳥はもちろんとして、他には誰が優勝候補なんだ?」


 消極的に考えていた新人戦だったが、飛鳥との一件をきっかけに他の選手のことも気になってきた。

 俺の質問に対して、当然の如く由樹が答えると思っていたが、彼が思案している間に対面に座っていた胡桃が手を挙げてきた。


「はい、はい、なのです。新人ランキング4位の草薙伊吹いぶき君は、私の従姉弟で静流お姉様の弟なのです。草薙家の次期当主でとても強いのです」


 草薙家はニホンで最も有名な陰陽師の家系であり、陰陽道に剣術を取り入れていることが特徴だ。

 胡桃のいる分家は気配を隠したり、姿を化かしたりする忍者のような戦い方を得意とするが、本家は正面制圧を好み、どちらかと言うと侍に近いスタイルだ。

 生徒会役員の草薙先輩の戦いを見たことはないが、工藤先輩よりも上の順位ということからかなりの使い手のはずだ。

 彼女を差し置いて当主になるということは、伊吹という者も相当な実力ということになる。

 トーナメント表を見たら、彼が俺と当たるのは準決勝だが、それは胡桃そして由樹が順に彼に敗れた場合だ。


 雑談をしながらも、しっかりと手を動かしていたのだが、邪魔者が現れた。


「後輩くん。つまらない仕事サボって、遊びに行こうよ!」


 邪魔者の正体が誰であるかは、わざわざ述べる必要はないだろう。

 本人曰く、この“つまらない仕事”をする集団の長だ。

 大なり小なり組織において、リーダーとして必要な素養のひとつは、方針に向かってみんなをまとめあげることだ。

 実務に関しては、本人に能力がなければ、下の者に任せればよい。

 この生徒会でも、会長は代表だけど、実務のほとんどを工藤先輩が処理している。

 しかし会長も現場のやり方に関しては、工藤先輩に一任しているので、決して愚かなリーダーとは言い切れない。

 なんだかんだ言って、半年以上この生徒会を運営してきているので、彼女たちのやり方はひとつの型なのだろう。

 とは言っても、会長様のパワハラ紛いの誘いを受けるかどうかは別問題だ。


「工藤先輩。こちらの書類の確認をお願いします」


 俺は彼女のことを無視して、仕事を継続することを選んだ。

 任されていた仕事は来賓客の書類の振り分けだったが、第1公社が身元を確認している者たちなので、不備などはほとんどなく、形式的な事務作業を行っただけだった。

 基本的に俺たちが作業をして、工藤先輩はその確認に徹している。

 俺たちが7人でやっている仕事を、これまでは工藤先輩と草薙先輩だけでやっていたと思うと、この2人が魔法だけの人物でないことが分かる。


 俺が書類を持って工藤先輩の前に行くが、彼女は返事どころかこちらに見向きもしない。


「凛花お姉様。この場合は……」

「どれどれ……」


 後ろから割り込んできた由佳に対して、工藤先輩は丁寧に対応した。

 ちなみに構ってもらえず、不貞腐れた会長様はスマホをポチポチといじっている。


 俺が会長のことを無視したから工藤先輩も塩対応なのか、彼女がこんな幼稚なことをするとは思い難い。

 由佳への指導を終えた彼女は、チラリとこちらの様子をうかがった。

 もしかしたらと思い、とある呪文を口にした。


凛花・・先輩。書類の確認をおねがいし」

「分かった。芙蓉、ご苦労様」


 かなり食い込み気味に工藤先輩改め、凛花先輩が返事をしてきた。

 先程、俺たちが名前呼びを話し合ったときに、彼女もファーストネームを希望していた。


 それにしても上司のフレイさんなんかは、伝えたいことを口にせず察しろとばかりに態度に出すことがあるが、凛花先輩がそんなことをする人だとは思わなかった。

 頼れる先輩という印象だったが、意外といじらしいところもあるのかもしれない。

 今にして思うと、強引な割込みは由佳なりの援護射撃だったのだろう。


 しかし凛花先輩の作戦は、これから先の布石だった。


「ちょっと、凛花に、後輩くん。いつの間に名前で呼び合っているの!?」


 別に俺たちが特別な関係という訳ではなく、全員でそう話したのだが、会長様はそんな事情を知らない。


「どうした? 紫苑も芙蓉と名前で呼び合えばいいじゃないか」

「ふ、ふ、ふよっ……無理よ! 男の子の名前を呼ぶなんて不潔だわ!」

(別に俺の名前は不潔じゃねぇよ!)


 会長様は赤くなった顔を袖で覆い隠している。

 ここまで初心うぶな彼女の姿を見ることができるとは。

 奇しくも、ちょっとかわいいと思ってしまった、

 いつもセクハラ紛いに俺のことをからかう彼女だが、自分がかわかわれるのは苦手なのだろうか。


 少しだけ立ち直った会長様は、唸るような声を出しながら、袖口から覗かせた視線を俺に浴びせていた。


「う~」


 そんな彼女に対して凛花先輩の追撃が止まらない。


「紫苑、嫉妬は見っともないぞ。そんなんだと、芙蓉に嫌われてしまうぞ」

「凛花、また名前で呼んだ! 呼ばず、呼びたり、呼ぶ、呼ぶこと、呼べば、呼べ」


 とうとう会長様が壊れかけのロボットになり始めた。

 声を発してはいるものの、処理が追いついていない。

 そんな彼女だったが、最後に捨て台詞を吐くのが精一杯だった。


「後輩くん、私の方がお姉さんなんだからね」


 会議室の扉を開けたまま、彼女は出て行ってしまった。

 それを見送った凛花先輩が勝利宣言を行った。


「たまには紫苑をからかうのも悪くないだろ」

「「「凛花のあねさん、ぱねぇっす!!」」」


 俺以外のみんなが口を揃えて、称賛の声を上げた。

 会長様をからかうなんて、俺たちからしてみれば、命がいくつあっても足りない。

 やはり東高の牛耳るのは会長様ではなく、彼女なのかもしれない。

 しかし俺からしてみれば、素直に喜べない。


“この後、生徒会ハウスから出たところを会長に襲撃され、強制4回転ジャンプ(着地失敗)を延々とやらされた”


 ***

『おまけ』

“Aブロック優勝者候補”

・高宮芙蓉:物理防御△、魔法防御◎。『魔法狩り』を使えば会長にも勝てる!? 本作の主人公補正はマイナスに働く!?

・的場蓮司:近接へ転向して急成長しているが、優勝は厳しい!? 将来は会長と同じオールラウンダーかも?

・冴島由樹:期待のルーキー。意外性という意味では、大本命!!

・橘由佳:コミュ力抜群なのに、盾で突進する脳筋娘。『装甲車』は伊達じゃない!!

・草薙胡桃:隠形を駆使して対人戦に強いが、試合形式ではその真価を発揮できない!?

・野々村芽衣:付与魔法使い。サポーターにも関わらずここまで負けなし。由樹への一途な想いで勝ち進む!?

・リゼット・ガロ:攻撃◎、早さ◎、コミュ力△。順当ならば間違いなく本命!! 芙蓉にとっては最大のライバル!!

・高宮飛鳥:高火力の四元素魔法に固有魔法『神降ろし』。下馬評ではダントツ1位だが、芙蓉と2回戦で当たる時点で、噛ませ犬臭がする?!

・草薙伊吹:草薙静流以上の実力!? 踏み台の予感しかしない。

・九重紫苑:たとえ1年生の行事でも、彼女の乱入は気分次第!?


芙蓉視点だと、

2回戦:高宮飛鳥

3回戦:的場蓮司

準決勝:冴島由樹 or 草薙胡桃 or 草薙伊吹(3回戦が胡桃VS伊吹で、勝者が4回戦で由樹と対戦)

決勝:リゼット・ガロ or 橘由佳 or 野々村芽衣(4回戦がリズVS芽衣で、勝者が準決勝で橘と対戦)

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