4 2人の高宮
『あらすじ』
ランキング戦で9班は健闘
5月末は新人戦
生徒会に勧誘されたのは9班ともう1人
***
「という訳で、とっととサインをしちゃおうね」
俺たちを生徒会ハウスの会議室に集めた工藤先輩は、その活動の説明を一通り終えた。
そしてその場ですぐに答えを求める強引な会長に対して、相変わらずだと呆れるばかりだ。
どの道、橘あたりがすぐに参加を表明するだろうから、その後に続くのが当たり障りないと考えていた。
しかし初めに口を開いたのは、未だに名も知らぬ彼だった。
「無意味なことに時間を費やすつもりはない」
拒絶の言葉を口にした彼は、席から立ちあがると退出するのではなく会長の前まで行き、彼女の目の前の机に手を置いた。
「俺が興味あるのは、あんただけだ」
残念ながらその台詞とは裏腹に、ピンク色な雰囲気ではなく、野心に
俺は鞄の中に手を入れて、忍ばせていたナイフの柄を握った。
この距離ならば、魔法を詠唱する前に、その首を掻っ切ることができる。
彼から殺気は放たれていないが、十分な敵意に満ち溢れていた。
俺の対面に座っていたリズも、さり気なく腰のレイピアに手を当てて、こちらに目配せをした。
相変わらずの能面だが、最近では少しだけその表情の変化が分かるようになってきた。
たとえ暗詠唱を使われたとしても、その予兆を見逃すつもりはない。
そして彼はその行動の真意を口にした。
「学園1位の座を掛けて、俺とランキング戦をしろ!」
刺客ではないと思ってはいたが、会長に対する
その割には、思いのほか真っ当な手段で彼女に喧嘩を売った。
しかし彼女がわざわざそれに付き合う必要はない。
「嫌よ。めんどい」
彼の熱意は、あっさりと一蹴された。
なんだか微妙な空気になってしまった。
会長様は自分が興味のあることは、とことん追求する人物だ。
そしてその裏も、
それ以上語らない彼女の代わりに、工藤先輩が説明した。
「すまんな。知っているかもしれないが、紫苑はこれまでに1度もランキング戦に参加していない。校内ランキング上位10人に関しては、直接対決での入れ替え制で、挑戦できるのは2つ上の順位までだ。紫苑と試合するには3位の私か、2位の静流を下す必要がある。まずは新人戦で活躍すれば、校内ランキングは2桁代からスタートできるから、実力が本物ならば10月頃にはたどり着けるだろう」
会長が公式記録でその力の片鱗を見せたは、生徒会戦拳の1度のみなことは、事前にステイツで確認した資料にもあった。
彼女は力を隠しているつもりなのか……その割には、頻繁に投げ飛ばされている気がする。
俺のときは強制的に模擬戦に連れ出した会長様だが、正規の手順で挑戦するには、他の生徒会役員のどちらかと相対して勝利を収めるハードルがある。
しかしこの2人ですら他の追随を許さず、九重政権発足以来負けなしで、俺が入学してからの1カ月半で、挑戦者すらいない。
工藤先輩は単純な土魔法のゴーレム使いではなく、とんでもない隠し玉を持っている。
おそらく静流先輩も同格だとすると、2人のポテンシャルはプロの中でも超一流の部類だ。
そんな彼女らへの挑戦権を得ることすらまだ先のことだ。
東高には1年生限定の新人ランキングと2,3年生の校内ランキングの2つがあり、新人戦の結果を以って、1つに統合される。
新人王に与えられる順位は最高でも90位だ。
順位が上がるほど上は詰まっており、白星ひとつで上がる順位も小さくなっていく。
一応、彼の申し出は校則の上でなら無理な話でもない。
両者の同意があり、生徒会が承認すれば、順位の差に関係なくランキング戦をできるので、会長が了承すれば新人戦後すぐに実現可能である。
心変わりの激しい会長様なので、交渉次第ではまだ目があることを俺は知っている。
「10月では遅すぎる! それでは対抗戦までに間に合わない」
彼の言う対抗戦とは、ニホンに2校しかない魔法公社運営の魔法高校である東高と西高が1年に1度互いの魔法を競う催しだ。
ニホンには魔法に関する大会が他にもあるが、両高が圧倒的に突出しているため、ほとんどの大会への参加を自粛している。
東高の掲げる目標は単純にプロになることではなく、第1線で活躍できる替えの効かない人材の育成だ。
入学の時点で国内外からエリートを揃えて、厳しいカリキュラムの中で切磋琢磨させている以上、他の高校が勝負になる訳がない。
そんな俺たちが学外で全力アピールできるのが、西の雄との対抗戦だ。
対人戦、個人戦に重きを置く東に対して、連携や魔法競技に力を入れる西は実力が拮抗している。
もちろん全校生徒が参加できる訳ではなく、ランキングと部活動を参考に選抜メンバーが選ばれる。
そして対抗戦は、毎年夏休み明けすぐの9月に行われる。
昨年は工藤凛花と草薙静流の両名が活躍したことを、会場で直接観戦した由樹から少しだけ聞いたことがある。
実際に選手として参加した工藤先輩が補足をした。
「別に紫苑に勝たなくても、1年生で対抗戦への選抜の可能性は十分にありうるぞ」
それでも1位の彼は不服があるようだ。
「俺の目的は、代表入りじゃない。ニホン最強の証明だ。そのためだけに東高に入った。ニホンを代表する魔法結社の高宮家次期当主である俺がこの国で1番のはずだ。しかし俺たちの世代で最強として名が挙がるのは、いつも東の『絶対強者』九重紫苑と西の『絶対王者』ノエル・
以上が彼の所信演説でした。
最初に見たときの文系のイメージと違って、中身はかなり熱くて野心に満ち溢れている。
そして今更の情報だが、彼は高宮の一族のようだ。
誰もそのことに触れないことを見ると、みんなは知っていたのかもしれない。
新人ランキング1位で目立っていたのにまったく気づかなかった。
俺からしてみれば、九重紫苑と彼女を狙う刺客以外は興味がない事なのだと、しみじみと思わされる。
隣に座っていた物知りな由樹に、高宮
「入学式で総代をしたのだから、さすがに全員知っていると思う。芙蓉とは訳ありかもしれないと思って、今まで話題にしなかったのさ。言葉の通り富士の高宮家の現当主の長男で、名は
ようやく彼の顔と名前が一致した。
彼のことを入学式での総代として認識していたし、一方で高宮飛鳥という名前も俺は知っていた。
母さんが別れの際に残した手紙によると、俺の実の父は富士の高宮家の出身のようだ。
数少ない手がかりとして、高宮についてはそれなりに調べている。
幸いなことに、ニホン最強の魔法結社と言うことだけあって、ステイツにいても多くの資料があり、その中で飛鳥の名を目にしたことがあった。
しかし高宮家に接触する機会はこれまでになく、
もしフレイさんからステイツに誘われることがなければ、いずれ訪れていたのかもしれない。
そろそろ目の前の現実に戻るとすると、未だに会長への挑戦を諦めるつもりのない飛鳥が中々引き下がらない。
残念ながら『絶対強者』の彼女は、我慢対決でも最強とは言い難い。
「あぁ、もう! どうせ後輩くんが優勝するから、あなたには新人王すら無理よ! いいわよトーナメントで後輩くんに勝てたら、挑戦を受けてあげるわ」
そう来たか。
会長様が俺の優勝に賭けることは知っていたが、適当なところで勝手に棄権するつもりだった。
たとえ彼女の希望だとしても、それは俺の業務に入っていない。
ちなみに俺なら彼女と試合なんて2度としたくない。
「それは誰の事だ?」
もちろん会長様の言葉を受けての、飛鳥の反応だ。
確かに彼女が口にする“後輩くん”が俺のことを指しているのは、彼以外のこの場の全員ならば分かりきったことだが、部外者からしてみれば不自然な呼び方だ。
単純に彼女から見て後輩という意味では、俺たち7人ともそうである。
「えっと、後輩くんは……後輩くんは、」
あれっ、なぜか会長様の歯切れが悪い。
まさかとは思うが、もしかして俺の名前を憶えてないとか。
あまり意識するつもりはなかったが、ついつい彼女へ抗議の
「何よもう、後輩くんったら。もちろんちゃんと知っているわよ。『1-6 ファーストコンタクト』の終盤で名前を口にしているもん。ラジオの方でも紹介文で読んでいるし」
ならばなぜすぐに出てこない。
そしてラジオって何のことだ。
あからさまな時間稼ぎというか、すでに言い訳じみてきているところが、いよいよ怪しい。
エージェントの立場としては、記憶に名を残さない方がいいのだが、これだけ長い時間関わっておいて、この仕打ちはさすがに辛いところだ。
「ただ、後輩くんは、後輩くんだから、今更名前で呼ぶなんて恥ずかしいもん」
さっきまで飛鳥に申し込まれた決闘を頑なに断っていた会長様が、なぜだか急にしおらしくなってしまった。
頬を赤くして、視線は下へと向けと、もじもじし始めた。
そのせいで周りから発せられていた非難の視線も、生暖かいものへと変わっていく。
「あぁもう、後輩くんに名前なんて不要よ!」
(いや、今こいつ口にしたぞ)
会長はパイプ椅子を器用に回転させて、後ろを向いてしまった。
しかし飛鳥の矛先がこちらに向いたら面倒なので、このまま黙っていた方がいいかもしれない。
そう考えると、会長の対応は俺にとってはファインプレーだったのかもしれない。
いや、元はと言えば、彼女が飛鳥の挑戦を断ったのが発端だが。
「結局、どいつを倒せばいいのだ」
このまま解散のような雰囲気をぶち壊したのは、飛鳥だった。
彼は未だに諦めていなかった。
こいつも大概空気を読まない奴だな。
そして先ほどまで会長に注がれていた視線が俺に集まった。
この状況で誤魔化すのは、さすがに無理がある。
「おまえだな」
この部屋に入って、初めて彼が俺の存在を気に留めた。
敵意をぶつけられているが、相変わらず害意がまったく感じられない。
むしろ飛鳥は俺の事を
とは言っても、このメンバーの中で魔力の欠片もない俺を会長が指名したのだから、不思議に思わない方がおかしい。
あえて高宮の姓を名乗らず、当たり障りのない挨拶をすることを決めた。
しかし俺の計画を裏切るかの如く、一石を投じる人物がいた。
「彼は、私たちと同じ2組の高宮芙蓉くんよ」
会長だけに限らず、このメンバーには爆弾持ちが複数人いることを失念していた。
普段は周りへの心配りに余念のない橘とは、思えない無神経な発言だ。
そんな彼女の目はキラキラに輝いている。
「生き別れの兄弟が再会して、反目しながらも互いに魅かれ合うの。それでも各々の立場によって、2人の仲を引き裂かれる。そんな運命がより2人の愛を燃え上がらせるのよ」
どうやら橘はクラスメイトへの気遣いよりも、自身の趣味を優先させたようだ。
そもそも残念ながら俺と飛鳥に因縁のようなものは無いし、彼女が夢見るような関係になるはずもない。
家の事を聞くのは、魔法使い同士でタブーなのだが、飛鳥が一方的に語っただけなので、わざわざ俺が自身の出自を教える義務はない。
それでもややこしくなることは、十分に予想できた。
「高宮の姓に
飛鳥のターゲットが会長から完全に俺へとシフトした。
そして橘の
さすがの彼も触れてはいけないことだと、判断したようだ。
「悪いけど、俺の生まれはこの国じゃないし、母が何を思ってこの名を付けたのかは知らない」
別に嘘は言っていない。
それに俺の父が高宮の出身という証拠は、どこにもない。
たとえこの身体に、かの一族の血が流れていたとしても、俺自身は高宮家の人間ではない。
俺は吸血鬼の真祖の息子であり、弟子でもあり、そして今はステイツのエージェントだ。
高宮の姓を名乗っているのは、帰国子女という身分を使うためであって、本来であればマクスウェルのファミリーネームを使いたかった。
母さんの手紙の中では、両親の国の言葉から芙蓉を選んだと書いていた。
芙蓉とは、アオイ科フヨウ属の木芙蓉という植物のことだが、ハスの花や、飛鳥の言う通り富士山を指し示すこともある。
「ならばその名を語ることがどれほど不遜なのか、富士の本流とまがい物の格の違いを見せてやる。俺との試合までに勝手に負けるなよ」
高宮の家にこだわるつもりはないが、母さんが考えた名にいちゃもんを付けられたのは、少々腹立たしい。
それにしても、本当に気に食わないのであれば、試合など関係無しに今この場で掛かってくればいいものを。
敵対心むき出しの彼だが、意外と理性的と言うか、実戦を知らない温室育ちのようも思える。
魔法をスポーツか何かと勘違いしているような連中に近い。
俺としても彼には試合で1発お見舞いしてやりたい気分だが、さすがにランキング1位を相手に悪目立ちするのは、任務の性質上良くない。
飛鳥を倒す本命は、9班のポイントゲッターであり、次点のリズに任せたいところだがそれも厳しいかもしれない。
入学時のランキングが実際の力関係と一致しているとは言い難いが、それが彼の実力を貶めることにはならない。
抑えてはいるものの、飛鳥の魔力量はリズどころか、工藤先輩よりも上だ。
魔力の大きさが勝敗に直結するほど、この世界は単純ではないが、それでも伊達に暫定王者を名乗ってはいない。
会長の天井知らずの力は、入学したての1年生でも分かっているにも関わらず、喧嘩を吹っ掛けた飛鳥を決して自惚れだと一蹴できない。
「とりあえず、俺は生徒会なんかで馴れ合うつもりはない」
最後にそう言い残した飛鳥は会議室を後にした。
“これが俺と飛鳥のファーストコンタクトだった。ここで生じた彼との縁が、紫苑を救うための重要なピースのひとつになるとは、このとき思いもしなかった”
***
『あとがき』
いかがでしたか。
会長に挑戦しようとした飛鳥くんですが、たらい回しにされてしまいました。
最後の伏線はこの章ではなく、『最終章 裏切りの騎士』で回収予定です。
西高生徒会長の『絶対王者』ノエル・一ノ瀬の出番は、『5章 東西対抗戦』を予定しております。
かなり先ですが、本作の主な登場人物です。
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