3 生徒会への勧誘

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

いよいよ物語が動き出します。


『あらすじ』

ランキング戦で9班は健闘

5月末は新人戦

工藤凛花に呼び出される

 ***


「お疲れさん。よく来てくれたな」


 放課後の生徒会ハウスは様々な人が出入りするので、玄関の電子錠は掛かっていないことが多い。

 俺たちがエントランスに入ると、ちょうど2階への階段から書類を抱えて降りてきた工藤先輩こと、工藤凛花くどうりんかと出くわした。

 いつもと変わらずパンツルックの姿だが、さすがに屋内では、相棒のバッドを持ち歩いていない。

 類まれない運動神経を持つ彼女は、土属性のスペシャリストで、特にゴーレムの扱いに長けている。

 しっかり者で頼りになる先輩なのだが、熱くなると性格が変わことが数少ない欠点だ。

 林間合宿で吸血鬼であり戦闘狂であるダニエラ相手に共闘してからは、距離が少し縮まった気がする。

 それと会長絡みで困ったときは、良き相談相手になってくれている


「荷物を置いてくるから、スリッパに履き替えて待っていてくれ」


 そう言うと先輩は事務室の方へと消えていった。

 彼女の指示通りに、備え付けのスリッパへと履き替えようとしたら、俺たち以外にも来客の靴が1組あった。

 もちろん、生徒会に用事がある学生がいてもおかしくないのだが、これまでに数度訪れた中で初めてのことだった。


 生徒会ハウスは2階建ての建物で、1階が生徒会業務のための部屋で、2階は役員たちの居住区画となっている。

 俺の知る限りだと1階には、会長に気絶させられて運び込まれたベッドのある談話室と、ちょうど工藤先輩が入っていった事務室がある。

 彼女は本当に書類を置いてきただけのようで、すぐに戻ってきた。

 そして俺たちを普段対応する事務室ではなく、今までに入ったことのない部屋へと案内した。


 そこは会議室と呼ぶのが1番近い表現だと思う。

 四角く並べられた4つの長机が部屋の中央を占有しており、十分な数のパイプ椅子が並んでいた。

 そして上座には我らが会長様こと九重紫苑ここのえしおんがお控えなさっていた。

 綺麗な姿勢で真っ直ぐに座る彼女の姿は、とても上品で美しく見える。

 その本性は『絶対強者』の名を冠する傍若無人な暴君なのだが、黙っている限りは美人であることは間違いない。

 そんな彼女は少数精鋭の第5公社の副長様も兼任している。

 ちなみにこの情報を糸口に、ステイツ本国が本格的に調査すると、生徒会役員の他の2人も第5公社を経由した仕事を遂行した経歴が残されていた。

 俺たち全員が部屋に入りきると、会長様は両手を広げて、その容姿を台無しにしてしまう第一声を発した。


「時は満ちた! 今こそ穢れなき青い果実を収穫するわよ!」


 彼女の暴走はいつもの事だが、ここまで唐突なのは入学式以来かもしれない。

 誰もが何も言葉にすることができない。

 俺は工藤先輩の方を向いて、助け舟を出してもらうために救援信号を送るが、彼女はすでに諦めたかのような呆れた表情を浮かべている。


「すでに時は満ちているのよ! 今こそ穢れなき青い果実を収穫しちゃうからね!」


 いや、2回言わなくても、ちゃんと聞こえている。

 そしてもう何度言われても、会長様が何を考えているのかまったく分からない。

 察しの良い蓮司や橘ですら、彼女と目を合わせないように、視線を逸らしている。

 由樹は会長様の奇行が恐怖の対象のようで、がくがくと震えている。

 胡桃はちゃっかりと橘の陰に隠れ、リズは興味なさそうに上の空で、芽衣にいたってはそれよりも由樹のことが気になるのかチラチラと覗き見るばかりだ。

 多種多様というか、全員自分のことしか考えていない。

 逼迫ひっぱくした状況の中で、人間は本能的に自己防衛を選択するという無常な現実だ。


「あの……帰ってもいいですか?」


 仕方がないので、俺がみんなを代表して率直な感想を口にした。


「ちょっと、後輩くん。いきなり何よ!」

(いや、あんたがいきなり何なんだ!)


 2人きりなら口に出して文句を言っていたかもしれないが、みんなの手前グッと心の声を押さえた。


「俺もこんなくだらない茶番に付き合わされるくらいなら、帰らせていただきたい」


 会長のインパクトのせいで、意識の外へと追いやってしまったが、会議室には俺たち以外にもう1人面識のない人物がいた。

 いや、厳密には顔は、見たことはある。

 名前は知らないが、入学式のときに1年生の代表として挨拶した男だ。

 背丈は蓮司と同じくらいで、俺や由樹よりも少し高い。

 ストレートに伸ばした髪は耳を隠すくらいの長さがある。

 銀色の四角いフレームをした眼鏡は、由樹のとは違い、おしゃれに演出できている。

 蓮司を野獣的ワイルドなイケメンと呼ぶならば、彼は知的クールなイケメンといったところだろうか。

 そんなことを考えていたら、なぜだかムカついてきた。

 残念ながら彼らと比べてしまうと、俺も由樹側の人間なのだと思ってしまう。


「まぁ、せっかく来たのだ。お茶菓子を出すから、話くらいは聞いていってくれ」


 結局、場を収めたのは工藤先輩だった。

 俺たちは彼女に進められるままに席に座ると、後から部屋に入ってきた生徒会役員3人目の草薙静流くさなぎしずるが湯呑に入ったお茶と饅頭まんじゅうを人数分持って来た。

 普段から和装をして、結った髪に1本のかんざしを差した彼女は、リズ以上に言葉を発しない。

 草薙先輩は、剣術を陰陽道に組み込んだ草薙家の直系であり、常に佩刀はいとうしている。

 会長様曰く、生徒会役員たちの前では甘えん坊のようだが、そのような姿は見たことがないので、彼女の妄想でないかと疑い始めている。

 そんな草薙先輩の登場からすぐに配膳を手伝う橘は、相変わらず流石としか言いようがない。

 そしてみんながお茶で口を湿らせた頃に、上座に腰かける会長様に変わって工藤先輩が事情を説明し始めた。


「用件を単刀直入に言うと、生徒会への勧誘だ。今の生徒会は役員3人のみで運営しているが、本来なら役員4名と協力員たちによって構成される。君たちにはとりあえず協力員として、加入してもらいたい。将来的には誰かに会計の席に座ってもらうことを考えている」


 工藤先輩の説明はその後も続いたが、簡潔で分かりやすかった。

 生徒会の主な業務は学生の課外活動のサポート、およびイベントの企画・運営だ。

 課外活動として、最もたる代表が部活動だ。

 部の承認から始まり、予算配分や設備の保守管理、対外試合の事務処理等だ。


 イベントの企画・運営は学校側と足並みを揃える場合と、学生主導のものがある。

 毎年開催されてカリキュラムに組み込まれているのが、前回の林間合宿や月末の新人戦、夏休み明けの東西対抗戦に年末の精霊祭、そして卒業演武等だ。

 もちろんランキング戦も含まれている。

 ちなみに生徒会戦拳だけは、公平性を保つために中立な戦拳管理委員が設けられる。


 学生主導のイベントには、一般生徒からの発起と、その年の生徒会独自の行事がある。

 入学直後にあった、男子寮と女子寮対抗のレクリエーションなんかがこれに含まれる。

 九重政権になってからは、例年より多くのイベントを行っており、当たりはずれが激しいそうだ。

 例えば『神社で肝試し』に、『リアル・スプラトゥー〇』、『シオン’s ブードキャンンプ』、『水着で雪上・・騎馬戦』に、『黒眼鏡サングラス舞踏会』等々……って魔法と関係ないものだかりだ。


 学外での活動も生徒会の担当で、俺も行っている魔法公社からの依頼でトラブルが起きると、初動対応をすることになる。

 他にも校則の改訂なども行えるが、学生の3分の2の合意が必要なので、さすがの会長様もそこには着手していない。

 そもそもこの暴君様を校則なんかで、抑えられる訳がない。


 そんな多忙な東高の生徒会活動は、部活動とは違って単位として学校側に認められていない。

 しかし人によっては、それ以上のメリットがある。

 世界中から人材が集まる東高において、人との繋がりは将来のプロとして活動する上で重要な要素になる。

 生徒会として活動していれば、望まなくても学内で顔が広くなる。

 さらにはこれまでの生徒会経験者の先輩たちは、魔法公社で部隊を率いる立場にまで出世しているため、世間からの期待値も大きい。

 プロの魔法使いは、公社による依頼の仲介があって成立する仕事なので、信頼の代わりになるものはない。

 生徒会での活動による在学中のメリットは、せいぜいお山の大将かもしれないが、卒業後の恩恵はとても大きい。

 他の特典としては、東高では少数派だが、大学の魔法研究課程へ進学を希望する場合は、学校側から推薦を貰える。


 ちなみに俺にとっての1番のメリットは、会長と放課後に長く一緒にいられることだ。

 別に恋愛感情などではない。

 むしろ彼女は関わりたくない類の人物だが、護衛と諜報の任務を帯びている以上、彼女への接近は必須事項だ。

 それに生徒会ハウスに自由に出入りできれば、これまで以上に彼女の秘密を探りやすくなる。


「それと主な生徒の自治組織として、生徒会以外に風紀委員がある。彼らは荒事面の担当だな。両者の兼任は校則として可能だが、今年は実質不可能だ」


 そろそろ工藤先輩の説明も終わりに差し掛かっていた。

 話し合いで解決する生徒会に対して、同じく生徒による組織で揉め事を担当する風紀委員だが、独自の裁量によって実力行使が許されている。

 そして九重政権下では、揉め事の火種の大半が会長様なので、風紀委員は彼女のことを敵視していることは、校内でも有名だ。

 兼任が不可能というのは、納得できる案件なので、誰も疑問をていさなかった。


「とりあえず、説明はこんなとこだな。今ここで答えを出す必要はないが、新人戦が差し迫っているので、早めに決めてくれるとありがたいな」

「という訳で、とっととサインをしちゃおうね」


 工藤先輩の説明の間、つまらなそうに何もしていなかった会長様が最後にしゃしゃり出てきた。

 俺としては、彼女が1年生からメンバー募集することを知っていたので、今回の呼び出しがなくても、そのうち打診するつもりがあったので問題ない。

 しかし相変わらず、マイペースで前のめりな会長様だ。


 どの道、橘あたりがすぐに参加を表明するだろうから、その後に続くのが当たり障りないと考えていた。

 しかし初めに口を開いたのは、未だに名も知らぬ彼だった。

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