2 9班の足跡

『あらすじ』

ランキング戦で9班は常勝

5月末は新人戦

会長に不穏な動き


 ***


 課外活動のために毎週の時間割が入れ替わる東高だが、今週月曜日の6限目は数学だった。

 東高では魔法関係の座学と実技が大半を占めているが、高校としての一般教養もしっかりフォローしている。

 むしろ短い時間で要点を押さえるので、かなりハイペースで授業が進行する。

 課題などはなく、知識の定着は各人の予習復習に委ねられており、年2回の筆記試験の結果でのみ単位が認定される。


 俺の場合は母さんが高校卒業程度の知識を叩きこんでくれたおかげで、この時間は別のことを考えていても余裕だ。

 一時期は由樹に勧められたスマホゲームに熱中したこともあったが、最近は体力を温存することに使っている。

 俺以外にも授業を聞いていない人物は他にもいるが、自己責任なので黒板の前に立つ先生は、とがめるようなことをしない。


 例えば隣に座る冴島由樹さえじまよしきは授業のノートを取りながら、机の上に魔法陣に関する書物を複数並べて、同時に読んでいた。

 彼は並列処理の天才だ。

 脳の単純な処理速度は俺たちとそう変わらないが、いくつもの思考を同時に巡らせて統合することができる。

 見た目は平均的な高校1年生の体格で、髪型は基本に忠実なモードスタイルで眼鏡を掛けている。

 しかしごくまれに奇抜なファッションで現れると、そのギャップが際立つ。

 そんな彼だが、これまでのランキング戦で大金星をあげて、新人ランキング7位に躍り出た。

 先月から始まったランキング戦は各人4戦ずつ消化して、その結果をもとに月末の新人戦のトーナメントが決まる。

 ランキング戦は近い順位で組まれることになるが、新人戦前に上位ランカーの優劣が決まると興醒めなので、1桁代同士の直接対決は行われていない。

 その結果、格下を相手に彼らは白星を重ねていった。

 そんな中、唯一ジャイアントキリングに成功したのが、この由樹だ。

 自称だった期待のルーキーもあながち間違いではない。

 新人戦前に最後の1試合を残しているが、このまま7位を防衛するだろう。


 2回目の高校1年生でありながら、俺の後ろで真面目に授業を受ける的場蓮司まとばれんじだって負けていない。

 9班のメンバーの中で、この1カ月の間に最も伸びたのが彼だ。

 180センチを超える高身長に、赤に近い茶色に染めた髪はアップバングで固めてあって、チャラくも見えるが、がっしりと鍛えた体を有している。

 今だからこそ分かるが、彼の肉体はスポーツのためではなく、重たい銃器を長時間支えても狙いがブレないことえを意識して鍛え上げられたものだ。

 そんな蓮司だが、たった1カ月で堅固の身体強化を修得して、近接戦闘を自身のスタイルの中に取り入れた。

 精確な遠距離射撃で相手を追い詰めて、形勢逆転を狙って突撃してきた相手をCQC近接格闘で制圧する戦い方で、これまでに4連勝を重ねた。

 残念ながらマッチアップに恵まれず18位止まりだが、由樹と遜色のない内容だった。


 ***


 適当に体力を温存していた数学の時間だったが、チャイムが鳴る前に本日の範囲を終えてしまい、そのままクラスは解散になった。

 すぐに教室を後にしたいところだが、今週は俺たち9班の7人が教室の掃除当番になっており、他のクラスに迷惑を掛けないためにも、本来の終了時間まで待機することにしていた。


 この辺りの気配りは橘由佳たちばなゆかの提案だ。

 髪を後ろで1本に結った彼女は、周囲へのフォローに余念がなく、必要だと判断すれば自ら泥を被ることすらある。

 時折、暴走する欠点を除けば、男女関係なく慕われている。

 そんな彼女だが、俺たちの中で1番乗りに学園側から二つ名を授与された。

 橘はこれまでのランキング戦で、4試合を全て無傷で乗り越えた。

 もちろん無傷で圧勝した学生は他にもいるが、激しい近接戦を繰り広げたにも関わらず、クリーンヒットを1度も許さなかったのは彼女だけだった。

 その戦法は、魔法で強化したカイトシールドを構えて直進し、そのまま相手を押しつぶすというシンプルなものだ。

 もちろん盾では防げない部位を狙って攻撃するやからもいたが、彼女の2枚目の防壁であるバックラーによって軌道を逸らされた。

 それ故に与えられた名は、『装甲車』。

 本人は可愛くないと不満があるようだが、確かに合っていると思う。

 対人戦という観点ならば、先に述べた由樹と蓮司を遥かにしのぐ能力を有しいる。

 現在の新人ランキングは12位。

 3連勝した時点で1度は10位になったのだが、4戦目の評価点で競り負けて降格になった。

 下の方だと、勝てば間違いなく順位が上がるが、上位になるとこのような現象は珍しくない。

 それでも1桁代だけは特別で、直接対決で負かさないといけない。


「蓮司くんたちのところにも、工藤お姉さんからのメール来ている?」


 放課後を待つ間、9班のメンバー全員が輪になっているが、別に珍しい光景じゃない。

 霊峰での実習を終えてから、班は解散になってしまったが、自然と班員だったメンバーを中心に人間関係が形成されている。

 特に男子同士、女子同士は寮が同じ部屋のため、切っても切れない関係だ。

 しかし俺たちの場合は、他とは少しだけ異なる事情を抱えていた。

 俺が吸血鬼のダニエラと戦っている間に、9班の6人は会長の判断で戦場に投入され、大きな成果を上げた。

 そのことを称賛する声がある一方で、ひがむ連中も後を絶たない。

 そのためこのメンバーでつるむ方が、互いに気兼ねなくとても楽だ。

 俺の場合は、選択科目に参加していないことや、会長に振り回されることが多いことも要因だが、輪を広げようとしなかったことは怠慢だったかもしれない。

 しかし俺としてみれば、無用なトラブルを招かなければ、人間関係は最小限の方がいい。

 東高にいるのは、九重紫苑の護衛と調査のためでしかない。


 人付き合いの上手い蓮司や橘なら、周りとそれなり上手くやっている。

 他のメンバーだと、由樹は男子にシンパが多くいるが、それ以上に女子の敵が多い。

 そして我が班のマスコットである草薙胡桃くさなぎくるみは、小動物のような愛嬌のある小刻みな動きや、可愛い話し方が人気を集めているが、一部で不興を買っている。


「お昼にメールを見てから、由佳ちゃんはとってもご機嫌なのです」


 余計なことを言って橘にじゃれあっている胡桃だが、ランキング戦では1番苦労をしていた。

 相手の虚を突き、短刀で急所を一刺しするのが彼女の戦い方だが、学生同士の試合では過剰攻撃と判断されてしまうので、活かすことができない。

 そこで式神で攪乱したり、呪術で相手の動きを封じ込めたりすることで、勝利を収めてきた。

 行動阻害系の魔法は強力だが、1対1の戦いではリスクの多い手段だ。

 単純に相手の精神力の方が大きいとレジストされてしまい、その反動が術者を襲う。

 それでもその小さな体に似合わず、強靭な心で対戦相手を屈服させてきた。

 毎回消耗戦を強いられるため評価点は低く、3戦を消化して現在42位だ。

 しかし前回の試合終了後、その結果を受け入れなかった対戦相手が、彼女に闇討ちを仕掛けるという事件があった。

 結果、襲撃者は四肢の腱を綺麗に切り落とされ、病院送りになった。

 小動物のようにぴょこぴょこと動作の細かい彼女だが、鋭い牙を秘めている。


 そして話題の橘が言っていたメールについてだが、おそらく昼に届いたもののことで、中身は本日の放課後に生徒会ハウスに来るように、という工藤先輩からのお達しだ。

 チャットアプリではなく、個々人のメールアドレスに送られてきたことから、それなりに重要な要件だと考えられる。

 そして蓮司と由樹が、同じメールを受け取っていることは知っていたが、橘の口ぶりから女性陣にも同様の文面が送られていたようだ。


「……」


 綺麗な銀髪と白い肌を持つイタリーからの留学生であるリゼット・ガロは、何も口にせずただスマートフォンに表示された工藤先輩からのメールを俺の方に向けて、自分にも届いていることをアピールしてきた。

 無口で謎な行動の多い彼女は、愛嬌がありながらもしっかり者の胡桃と対照的だ。

 俺の中では胡桃を動のマスコットだとすると、リズを静のマスコットとして勝手に任命してある。

 入学時点から2位だったリズは格下相手に苦戦することもなく、安定してその順位をキープしている。

 イタリーの騎士である彼女はレイピアを武器に、神速の突撃と斬撃を使い分けるが、ランキング戦ではその太刀筋を見せることなく、土属性をメインに火と風の魔法を教科書の手本のように使いこなして勝利を収めた。


「久しぶりに冴島くんたちと一緒ですね」


 そして最後の1人は由樹に好意を抱いている少女、野々村芽衣ののむらめいだ。

 入学時から変わらず三つ編みと眼鏡の風貌から、周りから委員長などと呼ばれているが、別にリーダー気質ではない。

 周りから浮いた9班だが、意外なことに野々村だけは、他のグループにもするりと溶け込めて輪を乱さない。

 それでも由樹がいるので、俺たちと一緒に行動することが多い。

 彼女は触れた物に四元素の属性を定着させることができる付与魔法使いで、1対1のランキング戦では不利なサポーターにも関わらず、現在の順位は47位だ。

 実は彼女の試合内容は、このメンバーの中で最も捉えどころがなかった。

 使っている魔法は、いつも通りの属性の付与魔法だけなのだが、4試合とも苦戦するような危うい場面がなかった。

 むしろ対戦相手が十全に実力を発揮できていない印象を受けた。


 今更ながら俺たち9班のメンバーは、全員がランキング戦で連勝を続けており、他にも何かと学内で話題の絶えない面々だ。

 元々の下地があったものの、林間合宿で窮地きゅうちから生還した6人は、他の学生と比べて覚悟やモチベーションが明らかに上回っていた。

 格下相手の実戦しか経験できなかった連中と、格上と相対あいたいして必死に生き延びることを模索した人間では、強さや勝利に対する貪欲さ、そして現実味リアリティが違っていた。


 俺たちは掃除が終わり次第、全員で生徒会ハウスを訪ねることを決めて、その旨を橘が代表として工藤先輩にメールした。

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