1.5 時は満ちた

「時は満ちた! 今こそけがれなき青い果実を収穫するのよ!」


 5月も中旬とある放課後、生徒会ハウスの事務室で、怪しげな演説が始まった。


「時は満ちた!」

「……そんな数世紀前の宗教儀式じゃないから」


 教祖しおんは椅子の上に立ち上がり両腕を広げている。

 いつにも増して面倒そうなのだが、私の向かいで仕事をしている静流しずるは無口モードで無視を決め込んでいる。

 彼女は1度紫苑しおんに反応してしまうと逃げられないことを自覚しているので、事前に防御の姿勢を整えた。

 リアクションを期待する紫苑に対して、渋々だが反応するしかなかった。


 私たち生徒会役員は、ようやく今年度の部活の予算執行のための事務処理が完了し、今度は月末の新人戦向けた準備に移ろうとしていた。

 新人戦での生徒会の仕事は、対戦カードの作成、進行表の作成および当日の運営だ。

 教員が足りない場合の審判をするし、他にも紫苑は開会式、閉会式でのスピーチがあり、私も実況席での解説の依頼を受けている。

 さらには毎年トラブル、主に揉め事が多発しており、その調停は風紀委員がメインだが生徒会として黙っている訳にもいかない。

 とてもじゃないが3人だけで回すことができない仕事量だ。

 そこでかねてより計画していた、1年生から生徒会へのメンバーを補充することを実行段階に移そうとしていた。

 生徒会役員のメンバーの選出に関しては、戦挙せんきょで勝ち抜いた生徒会長が副会長、書記そして会計の任命権を持つ。

 そして役員以外のメンバーならば、適宜補充することができ、前政権では総数15名ほどの規模だった。

 しかし九重政権は完全にダークホースから電撃発足したせいで、当初は多くの学生が困惑した。

 これまでにいた生徒会のメンバーの多くが辞退してしまい、運営に支障をきたしていた。

 そしてとどめとなったのは、野心を持った数人が私たちの逆鱗に触れてしまい、見せしめのためにコテンパンにしたせいで、とうとう誰もいなくなってしまった。

 今の生徒会結成時は、私が会計で、副会長の職だけは前生徒会メンバーだった当時3年生の先輩が引き受けてくれた。

 しかし他の生徒会メンバーは逃げ出してしまい、今年度は3人でスタートを切ることになった。

 人手不足もあるが、次の生徒会のためにも早くメンバーを補充するべきだし、できれば実質私が兼任している会計のポストも埋めたい。

 継承を考えれば3年生は論外で、1年生がより好ましい。


 目ぼしい候補は、入学時点ですでに決めてある。

 紫苑の好みで個性的な面子を集めたが、林間合宿で見たところ性根の悪い奴はいなそうだ。

 各々が事情を抱えているようだが、東高の連中なんて多くがしがらみを持つ者ばかりだ。

 この学校は各組織勢力の縮図と言っても過言ではない。


 明日にでも呼び出して、各々の意思を確認する予定だ。

 1年生は新人戦の参加者でもあるので、できる仕事にも限りがあるが、とりあえず試運転としては良い舞台だと思う。

 しかし紫苑はそこに更なる一石・・を投じようとしていた。


「時は満ちた!」

「もういいから!」

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