3章 生徒会始動

1 蓮司 VS. 芙蓉

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

いよいよ3章開幕です。

蓮司視点からのプロローグです。


 ***


“あの時の銃声、焦げる匂い、身体にのしかかる重み、そして全身の血管が締め付けられるような感覚を、今でも忘れられない”


 5月のとある平日の午後、東ニホン魔法高校の第2演習場では、1年の1、2組合同で、総合魔法戦技の授業が行われていた。

 東高の実技科目は、それぞれの特性に合わせて選択になっているが一部必修もある。

 今回は2クラス合わせて、70人前後の人間が参加している。


 砂を敷き詰めた円形の闘技場には、最大5つのコンクリートでできたリングを設置できるが、今は2つしか置かれていない。

 学生たちは、リングで模擬戦に参加したり見学したりするグループと、自由に各々の訓練をするグループに分かれている。

 俺たち9班のメンバーは全員後者だった。


 模擬戦への参加を希望すれば、教官が適当にマッチングして審判と解説をしてくれるが、成績は出席のみで評価されるので、自分の力を試したい連中や、戦いを見たい連中しか参加していない。

 学校としてはランキング戦で評価をする分、こちらの模擬戦は色々と試す場として用意している。

 しかし試すだけならば、わざわざリングで行う必要はない。


 週2回あるこの時間に、俺は時間を見て芙蓉ふように接近戦の相手をしてもらっている。

 自己申告したポジションである後衛・アタッカーの1番の強みは、相手の攻撃を気にせず、一方的に高火力を放つことができることだ。

 俺の命中重視の射撃はこの性質を活かしきていない。

 これまでは一撃の威力が高めることや、弾幕で攪乱することなどを将来的な設計図として考えていた。

 しかし霊峰での戦いで、ひんした仲間を守るために前に出る機会があった。

 仲間の危機に後方でじっとしているのは、どうにも俺の性に合わないようだ。

 短い時間で腕の骨を折る結果になったものの、その手応えは身体にしっかりと残っている。

 次に戦うときは、まぐれではなく確実にカウンターを決めるだけでなく、ケガで戦線離脱なんて無様な姿をさらしたくない。

 そのために近接格闘に手を伸ばすことにした。


 ここ1カ月で2つの技能を取得した。

 1つ目は、移動しながらの片手射撃だ。

 これまでは命中精度を高めるために、足を止めて両手で銃を撃っていたが、動き続けたまま的に当てる訓練を多く積んだ。


 2つ目は、自由になったもう片方の手での格闘技術だ。

 魔法格闘部に入部してから、ひたすら身体強化の練習をして、腕限定だが硬化の付与を使えるようになった。

 そして今月に入ってからは、芙蓉相手に実戦を想定した訓練をしている。


 俺たちは互いに右手に銃を持ち、1歩で詰め寄れる距離で相対していた。

 右手の魔法銃に魔力の弾丸を装填して、左の前腕を硬化させるのが今の俺の基本スタイルだ。

 芙蓉の方もそれに合わせてくれていて、金属製のモデルガンを手にしている。

 互いに腕を下ろしてノーガードの状態だが、戦闘開始のゴングはない。

 向かい合ったときからすでに、互いに攻め崩すための探りを入れている。


 先に動いたのは、芙蓉の方だった。

 予備動作無しでサッと、銃を握る右腕を上げる。

 俺は咄嗟に前に飛び出て、硬化した左腕を内から外に払うことで、彼の銃口を逸らした。

 しかし発砲音はなく、逆に払うことで伸びたままの俺の腕の袖を掴まれた。

 前に出ていた重心を後ろへと引き戻すと、彼は反撃を諦めてすぐに袖から手を離した。


 これで1度仕切り直しだ

 ブザーが鳴ってからの早撃ち勝負ならば負ける気はしないが、芙蓉は俺の意識の虚を突いて先制を狙ってくる。

 彼の動きは決して早くないのだが、対峙している相手には早く感じる様々な技巧を使っている。


 そんな彼だが、いい教師で俺に合わせて戦ってくれている。

 訓練を重ねるたびに徐々に難易度を上げており、最初の頃は銃を抜いたら発砲していた彼だったが、今ではそれをフェイクにして別の手を使ってくる。

 彼にとっては得物えものだけでなく、全身が武器なのだ。


 1度彼の攻勢を防いでからは、全く攻撃の気配がない。

 どうやら俺に戦いを組み立てさせるつもりのようだ。

 1撃目は陽動が基本だが、本命が銃である限り選択肢を読まれてしまう。

 とにかく誘いだして、相手の態勢を崩さなければ、銃弾は当たらない。


 俺は右足を大きく芙蓉の正面まで踏み込み、あえて両腕を後ろにしたまま頭同士がぶつかる勢いで上半身を突き出す。

 彼はワンステップ引いて自身に有利な間合いを作ると、銃を持たない左手で俺の胸倉を掴みにくる。

 その動作を確認したらすぐに、足をその場で踏ん張ることで上半身を後ろに引きながら、彼の視覚の裏側で右手に持った銃を左へとスイッチする。

 今度は俺の空いた右腕で、前に出た彼の左手を捕らえる。

 芙蓉の左肩が前に突き出たことで、俺だけが銃を抜ける態勢になった。

 最後のとどめのために左手を上げる。


 利き腕じゃないと命中精度が落ちるが、この距離ならば外さない。

 しかし急に正面の芙蓉が視界から消えた。

 視線を下に向けることで彼を補足するが、そのときすでに俺は足払いを受けて姿勢を崩して始めていた。

 加速していく意識の中で次の手を巡らせるが、伸びきった足は踏ん張りが効かない。

 気がついたら、肌から砂の感触が伝わってきた。


 今日も駄目だった。

 何が起きたのかは、しっかりと分かっている。

 捕らえたつもりだったが、下に逃げられて、そのままこっちの足元を狙われた。

 どうやら俺の足腰では、あそこまで踏み込むのは無謀だったようだ。


「スイッチ自体は悪くないが、それは3手、4手交えて仕掛ける技法だな。まずはしっかりと右を印象付けないと効果がない。それに銃を持たない右手を見せた時点で、次が左からの発砲だと予測されるから、動作をすぐに移る必要があるな」


 まだ立ち上がれない俺に、芙蓉が問題点を指摘してくれた。

 ここでの訓練では、技を磨くのではなく、戦いの組み立て方を色々と試している。

 魔法使い同士の決闘では1撃で決まることが多いとされている。

 しかし霊峰での実戦では、2手目の重要性を思い知らされた。

 芙蓉との訓練でも、俺が至近距離でいくら発砲しても、彼に当たったことは1度もない。

 厳密には芙蓉がいた空間には、当たっている。

 結局、精密射撃を極めたところで、射線を見抜かれた時点で、けられてしまう。

 それは芙蓉のような高い身体能力がなくても、魔法で小さな障壁を張るだけで防ぐことができる。


 射手としての対抗手段はいくつかあるが、狙撃や連射のようなかつての失敗・・・・・・を連想させる行為には、未だに踏み込めていなかった。

 九重会長のような圧倒的な魔力があれば別だが、俺には無いものなので発砲までの崩しに活路を見出すしかなかった。

 そこで芙蓉を頼ることになった。

 彼は魔法使いというよりは、戦士であり兵士だ。

 旧時代では戦士が脳筋で、魔法使いが賢いというイメージだったようだが、今は完全に逆転している。

 魔法使い飽和の現代では、器用なタイプよりも正面からのゴリ押しな連中の方が派手で活躍の場面が目立つ。

 しかし芙蓉は戦いにおいて、力押しではなくありとあらゆる手段を駆使して、相手の防御を崩して決定打を通す。


 授業の時間、常に戦うのではなく、休憩を挟みながら戦いを復習している。

 最初の頃は2手目にもなかなか辿りつけなかったが、今では1手目で潰されることは大分なくなってきている。

 これまでに最高で5手まで渡り合ったが、その先は手詰まりになってしまい、今は他の道筋を試している。

 彼に言わせると、いくら手数が増えても本質的には、必殺の手と次を狙うフェイクの2通りしかない。

 頭の中で戦いを分岐させて、相手の動きを予想して立ち回る次の手を考える。

 しかし芙蓉は俺の予想を超えたり、そもそも追い込む前に別のルートへと分岐させたりしてくる。

 最近では、急に銃を手放したり、蹴りや投げを混ぜたりするようになってきた。

 とにかく圧倒的に手数の多い相手を、手持ちの技でどうやって追い詰めるのか考えなければならない。


 彼曰く、観察、フェイント、予測は格闘戦に限ったことではなく、魔法戦においても重要な駆け引きを生み出す。

 他にも足りない点は多いが、手札は授業に参加していれば、後からでも増やすことができる。

 学生レベルから1歩先に抜きん出るためにも、今はどうしても実戦に近い経験を積まなければならない。

 ちなみに他の練習相手だと、胡桃とリゼットは手加減なんて言葉を知らず、橘は遠慮しすぎて参考にならなかった。


 1度の相対を終えてから、芙蓉は黙々と型の練習をしている。

 俺が頭を整理するのを邪魔しないためだ。

 しかし静かにしているせいで、耳障りな言葉が入ってくる。


「あいつらがオーガを倒したなら、俺だって楽勝だわ」

「あんな曲芸になんの意味があるんだ」

「高宮とかいう奴、最下位のクセに班の手柄のおこぼれに預かりやがって」

「俺だって戦闘の許可がもらえていれば、活躍できたのに」

「ランキング戦でも会長に取り入って、4連勝したらしいぜ」

「そもそもあいつは、オーガと戦う前に尻尾撒いて逃げたんじゃねえの」


 霊峰での戦いで、俺たち9班は目立ち過ぎた。

 1年生は戦闘を禁止されている中で、会長の指示によって戦場に送り出され、オーガの大群と相対した。

 実際に倒したのは2体で、残りは第1公社の魔法使いと会長の手柄なのだが、俺たちがやったと噂に尾ひれが付いて回っている。

 学校側が俺たちを称賛することで、実習での不祥事から世間の目を背けようとしたこともその一因になっている。

 そういう事情があって何かと注目されているが、特に同じ1年生からの妬みが多い。

 さらに俺たちの戦い方は個性的で、選りすぐりが集まる東高の中でも異端だ。

 そんな連中がこれまでのランキング戦で、常勝を続けているのだから、周りからすれば面白くないだろう。


 入試2位のリゼットは大分マシのようだが、最下位の芙蓉に対する風当たりはとても厳しい。

 しかも会長が何かと問題を起こすたびに、彼も巻き添えにされているせいで、悪評は増すばかりだ。


 同じクラスの2組の連中は俺や橘に気を使ってあまり騒がないが、教室から1歩外に出れば嫌な声をたびたび耳にする。

 こういうクラス合同の授業では、特に聞きたくない声が鳴り響く。

 さすがに今回は我慢をできず、文句を言おうと立ち上がろうとしたが、芙蓉に腕を掴まれた。

 彼はただ静かに首を横に振った。


「言われっぱなしでいいのか?」

「別に本当のことだ。あの場に俺がいなかったことに変わりない」


 真実は明かされていないが、俺は霊峰での事件を彼が解決したと考えている。

 少なくとも彼が立ち向かった事件の首謀者は、オーガを遥かに超える強敵だったはずだ。

 本来ならば彼は称賛を受けるべきなのに、嘲笑されるのが悔しくたまらない。

 芙蓉は他人から自分への評価なんてどうでもいいみたいだが、俺からしてみれば彼が周りを拒絶しているみたいに思えて寂しい。

 彼が耐えているならば、俺が余計にこじらせるわけにはいかないが、反撃のときはいつだって加勢してやるつもりだ。


 それでも月末の新人戦では、会場が別れていた入学試験とは違って、直接対決で1年生の優劣が決まる。

 そこで実力を示せば、みんなに認められるはずだ。


 そのための1番の障害は、同じ闘技場の端で座禅を組んで、静かに瞑想していた。

 高宮飛鳥たかみやあすか

 俺たちの世代では、知らない奴などいない。

 ニホン最強の魔法結社、富士の高宮家の御曹司だ。

 トーナメント運も重要だが、優勝を目指すならば避けて通れない関門だ。


 芙蓉と高宮家の関係も気になるが、今日こんにちまで本人の口から聞く機会がなかった。

 高宮の姓はニホンではけっして珍しくないし、彼はステイツからの帰国子女なので、無関係の可能性だって十分にある。

 1度由樹と話したことがあるが、芙蓉の戦い方は高宮家の思想に近いが、あの家の秘術は彼と対極の位置にあることが、余計に困惑させる。


 芙蓉だけでなく、9班のメンバーたちは新人戦で頭角を現すだろうが、俺だって置いて行かれるつもりはない。


 ***

『あとがき』

いかがでしたでしょうか。

今までと少し違った味のプロローグにだったと思います。

3章は全26話の予定です。

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