SS4 徹夜明けの会長様

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

『1-SS3 新入生歓迎会』の直後のエピソードを追加しました。

2章のネタバレにならないように書いております。


 ***

『あらすじ』

東高に入学

女子寮侵入作戦に参加

会長と徹夜で格闘戦

 ***


 唐突なドタドタと階段を登る音によって、強制的に眠りから引きずり出された。

 不自然な目覚め方をしたせいで、頭がすっきりせずまだ夢見心地だ。

 せっかく土曜の朝なので、もう少し惰眠だみんむさぼりたい気分だが、足音は未だ止まず徐々に近づいてくる。

 そして寝室の扉がバタンとこじ開けられた。


「凛花、聞いて、聞いて、聞いてよ!」


 闖入者ちんにゅうしゃは同じ生徒会ハウスの住人であり、主でもある九重紫苑だ。

 そもそもこの建物でこんなに騒がしいのは、彼女以外考えられない。


 寝坊常習犯の紫苑が、休日の早朝に起きているなんて珍しいことだ。

 彼女の姿を良く見たら、汗だくで服が肌に貼り付いており、ところどころ黒く汚れている。


「頼むから入って来るな! まずシャワーを浴びてこい!」

「そんなの後でもいいから、私の話を聞いてよ!」


 紫苑が一歩ベッドに近づくと、彼女の額から汗が垂れ、カーペットに落ちた。

 潔癖症という訳ではないが、さすがに気分のいいものではない。


「ストーップ! ステイ、ステイ。まず止まろう。聞いてやるから、それ以上そこを動くな」


 必死に手を前に突き出すジェスチャーをしながら、紫苑を止めた。

 今の状態の彼女を追い返すのが無理なことは、これまでの付き合いで十分に分かっている。

 ならば部屋の中は諦めて、ベッドの上の布団だけは死守したい。

 それに私はまだ二度寝を諦めていない。

 今すぐにでもバットで殴って説教してやりたいが、相棒はこの寝室には無く、居間に置いたままだ。


「えっとね、えっとね。昨日は参加したの、恒例の寮のレクリエーションに。持ってハリセンを待ち構えていたら、女子寮のバルコニーで、やってきたの運命的に後輩君達が。それで、それで、片付けて邪魔ものを、タックルをしてきたわ、2人きりになったら、いきなり。気がついたら熱くなっちゃって、私も朝になっていたの。しかも、胸ばかり戦いの最中でも、後輩君たら見てくるのよ」


「まったく分からん。落ち着いて話せ!」


 ***


 結局、興奮状態の紫苑から事情聴取するのに数分要した。


 昨晩は寮の方でレクリエーションが催されていた。

 私達は生徒会役員ということで、この生徒会ハウスで暮らしているが、正式には一般第2女子寮の所属だ。

 そしてここ数年、レクリエーションでは男子寮との対抗戦が行われている。

 1年生は全員参加だが上級生は自由なので、私はパスしたが、紫苑は嬉々として合流した。


 ハリセン装備というハンデを背負って、2階のバルコニーを防衛していた彼女の前に、件の“後輩君”が現れたそうだ。

 紫苑が後輩君と呼ぶのは、入学したての高宮芙蓉のことだ。


 彼は紫苑が目をつけていた新入生のうちの1人で、ステイツからの帰国子女であり、最下位の評価で東高に入学している。

 最下位というのは曲者で、東高の入学試験では筆記、魔力測定、推薦書で合否が決まるが、不合格者には試験官との模擬戦という救済措置がある。

 一般の物差しでは測れない一芸に秀でた連中が、この制度によって合格することが稀にあるが、順位は最初の3項目で決まってしまう。

 ちなみに紫苑もこの方法で合格しているので、入学時の順位は最下位だった。

 そして高宮も彼女ほどでないにしろ、珍しい魔法を使う。

 彼は他者の魔力を奪って自身を強化することができ、他にも隠し玉を持っているようだ。

 当初の予定では彼との接触はまだ先のはずだったが、入学式の晩に紫苑が出くわしてしまい、そのまま模擬戦に連れ込むという巻き込み方になってしまった。


 結果は紫苑の勝ちだったが、彼の戦闘に関するセンスは一朝一夕で身に付くようなものではなく、様々な経験を乗り越えた末の賜物のように思えた。

 元々生徒会への勧誘候補の1人だったが、すでに最優先で勧誘対象になっている。

 何より、紫苑本人が彼の事を気に入ってしまったようで、昨日のレクリエーションでも彼と楽しく過ごしたそうだ。


『それで今年も女子寮の勝ちか?』

『……分からない』


 このように彼女はレクリエーションそっちのけで、高宮との格闘戦に興じていたようだ。

 魔力の解放をしていない状態とはいえ、紫苑を相手に一歩も引かない人間は、私達の師匠を除けば彼が初めてかもしれない。

 私も彼女のストレス発散に付き合ってやりたいところだが、さすがにあの一撃の破壊力は恐ろしい。

 近接戦が得意な静流でも、彼女の本気を受け止めきれない。

 高宮は回避に徹する訳でもなく、上手に受け流したり、反撃したり、自ら攻めたりを繰り返したそうだ。

 戦闘態勢の紫苑に立ち向かうなど、並大抵の精神力ではできない。


「結局、高宮のどこを気に入ったのか?」

「えっとね。まずは本気で叩いても壊れないことかな。それに手加減せずに蹴りやタックルしてくるところなんかもポイント高いよ」


 ここで言う本気とは、全力という意味とは少し違う。

 普段の紫苑はほとんど魔力を発していないが、感情が高ぶれば、漏れ出てしまうことがある。

 感情に任せて拳を振るえば、自信の意思で魔力を引き出さなくても、相手に重傷を負わせかねない。

 そのため紫苑が他の生徒に制裁を加えるときは、必死に魔力を抑えて、彼女自身にしてみれば軽く小突く程度の力しか使っていない。

 しかし高宮の能力は、紫苑の魔力の増減に合わせて肉体を強化できるので、彼女が気兼ねなく相対することができる。

 もちろん紫苑が全力・・を出せば、模擬戦の再現になりかねない。


「他にも私の一挙手一投足にしっかりリアクションしてくれるところが楽しいわ」


 紫苑はフラフラと移り気の激しいところがあって、慣れている私は3回に1回くらいしか受け付けない。

 しかし彼女の本質が、寂しがり屋で、“構ってちゃん”なところがさらに面倒だ。

 東高のほとんどの生徒が彼女の事を恐れて目を逸らす。

 1年の頃からの付き合いの教室でも、いきなり生徒会戦拳でデビューしたせいで、紫苑自身がクラスでの立ち位置に戸惑っている。

 そういう意味では、何だかんだで紫苑に付き合う高宮が彼女の琴線に触れたことは、何もおかしくない。


「それに、それに後輩君ったら、私の胸ばかりチラチラと見てくるのよ。まったくもう」

「なぜ嬉しそうに話す?!」


「何度からかっても、同じ手に引っかかるところが面白いわ」


 いきなり高宮に対する、私の中での評価が下落し始めた。

 紫苑相手だから高評価だったかもしれないが、改めて整理してみると、女子の胸ばかりを見て、女子相手に平気で取っ組み合いをして、女子の尻に敷かれている。


「盗っちゃだめだからね」


 うん……私ならこんな男願い下げだな。

 しかし高宮は私の知る限りだと、初めて紫苑が仲良くなった同世代の男子だ。

 そもそもこれまでの彼女には、異性に向ける余裕などなかった。


「彼のこと好きなのか?」

「にゃ、にゃにを言っているにょ! 後輩君は、ただの遊び相手にゃんだから」


 背を曲げて顔を突き出して、紫苑は頬を真っ赤にしながら、あからさまに否定した。

 分かったから、それ以上布団に近づかないでもらいたい。


 しかしこれは思っていたより重症だな。

 今まで考えてもみなかったが、紫苑に残された時間から逆算すると、結婚にたどり着くことはまずない。

 学生レベルのお付き合いで終わってしまう。

 それでも彼女が幸せならば協力してやりたいが、最後のときが余計に辛くなるのは目に見えている。

 私はきたるべき日まで紫苑の傍を離れないつもりだが、それが本当に彼女のためになるのかは分からない。


 それにしても、紫苑が高宮と結ばれる日を想像すると、保護者の立場を押し付けられる喜びと、彼女が離れてしまう寂しさがせめぎ合ってしまう。

 完全に娘を嫁に出す親の心理だな。

 判断に困った私は少しだけ意地悪なことを言った。


「どんな理由があるにせよ女に手を挙げて、嫌らしい視線を送るなんて、私なら願い下げだな」

「まったく、凛花はお子様なんだから。そういう男の子のやんちゃなところが、母性本能をくすぐるのよ」


「どうせ私は夢見がちな乙女ですよ」


 牽制のつもりが、まさか紫苑に子供扱いされるとは思わなかった。

 軽くねてみたが、この程度では彼女は動じない。

 入学当初私達がこんな風に、冗談を言い合える仲になるとは思ってもみなかった。


 彼氏彼女云々うんぬんは当人たちの問題だが、私には他に確認しなければならないことがある。


「高宮は騎士としては有望なのか?」

「それはちょっと無理かな。残念だけど後輩君には、ありたいと願う自分の姿というものがないわ」


 残る騎士の枠はふたつしかない。

 最後のときまでに埋めるには、もうあまり時間がないが、慎重に決めなければならない案件だ。

 私も全てを把握している訳ではないが、現状で8人の騎士の中で、紫苑の運命を変えられる可能性がある者は誰もいない。

 そうなると後2回しか残っていない希望を易々と使うことはできない。

 少なくとも高宮は騎士の候補としては期待できそうにないのかもしれない。


「初めてあった頃の凛花だってそうだったよ」

「あまり昔のことを蒸し返すなって」


「あら、私は今の落ち着いた凛花も、昔の尖っていた凛花も好きよ」


 紫苑のこういうところは、ズルいと思う。

 普段は他人のことなど気にせず奔放ほんぽうなくせに、いきなりこちらのガードをすり抜けて、懐に飛び込んでくる。

 私ですらときめきそうなのに、このギャップを見せつけられたら、落ちない異性などいない。


 彼女の口ぶりだと、まだ高宮に期待しているようだ。

 彼は戦いを合理的に考えるタイプだ。

 それは悪く言うと、あるレベルでこぢんまりとまとまっている。

 強敵と出くわしたときに冒険をせずに、勝負を避ける傾向にある。

 上を目指す渇望が、その意味がなければ、騎士になっても役立たずに過ぎない。


「まさか私が目を付けた子が、いきなり現れるとはね。事前に学生証にネズミを忍ばせて良かったわ」


 生徒会メンバーの候補、そして騎士の候補として、紫苑が何人かピックアップした新入生達の学生証には、簡単に情報を引き出すために、私が作ったウイルスを侵入させておいた。

 残念ながら、高宮には紫苑がばらしてしまったので、すでに引き揚げてある。

 どのみち1週間後の林間合宿で真価を見定めることになる。


 これでようやく会話が終わり、満足した紫苑をシャワーに行かせて、私はもう1度夢の世界に旅立とうとしていたら、布団の中がもそもそと動きだした。

 この生徒会ハウスにはもう1人の住人がいる。

 彼女は自分の部屋で寝ることはなく、毎晩私か紫苑の布団に侵入してくる。

 そして昨晩は紫苑が不在だったので、自ずと私の布団の中に入り込んでいる。

 どうやらここまでの会話をじっと聞き耳を立てていたようだが、とうとう痺れを切らして飛び出してきた。


「紫苑ちゃんに男なんて嫌だ嫌だ、嫌だ! 紫苑ちゃんが寝取られちゃう・・・・・・・!」

(“寝”は余計だ)


 そして3人目の住人の静流は紫苑に抱き着くと、そのまま倒れるように布団に引きずり込んだ。


「静流止まれ! ストーップ!」


 残念ながら私が叫んだときには、すでにベッドの上はぐちゃぐちゃだった。

 敵は本能寺みうちにあり。


 もし高宮が紫苑と恋仲になるようなことがあれば、静流に認められないと命はないかもしれないな。

 とりあえず私は、二度寝を諦めて2人を追い出して、寝具を洗濯するための算段を考え始めた。


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

九重紫苑の視点はネタバレに繋がるので、工藤凛花視点で紫苑が芙蓉をどのように思っているのか書かせていただきました。

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