SS3 新入生歓迎会

 理想郷ユートピアは目前だ。

 しかし俺たちの前には、魔王が立ちはだかっている。

 これは約束されたかの地にたどり着くために、多くの同志を踏み台にしてきた俺達に対する罰なのかもしれない。

 残された3人で、魔王に挑むしかないが、彼女は圧倒的に強すぎた。

 そして勇者パーティはあまりにも脆弱ぜいじゃくすぎた。


 ***


“物語は数時間前へとさかのぼる”


 東ニホン魔法高校に入学してから最初の金曜の夜。

 入寮したときに伝えられていたが、今晩寮の先輩方が俺達新入生の歓迎会を用意してくれている。

 時間まで自室で待機しているつもりだったが、ルームメイトの蓮司も由樹もいなかったので、集合場所の食堂へと1人で行くことにした。


 寮の1階の半分を占める食堂は、いつも以上に人が集まっていること以外はあまり変わりない。

 ステイツにいた頃のホームパーティーのような催しをイメージしていたが、特に飾り気のない男子寮の食堂がそのままだ。


 そして寮生達がニホンの学校の朝礼のように、綺麗に整列している。

 並んでいるのは1年生だけでなく、上級生も混ざっている。

 大体50人がこの寮の住人だが、そのほとんどがこの場に集まっている。

 服装は制服と私服が半々といったところだろうか。


「芙蓉もようやく来たか」


 列の最後尾のひとつにいた蓮司が俺に気づいて声を掛けてきた。

 とりあえず俺も蓮司の隣の列の最後に並ぶ。


「これは何の列なんだ?  寮の歓迎会じゃないのか?」

「あぁ、由樹の奴、お前には説明していなかったのか」


 なぜそこで由樹の名前が出てくるのだ。

 今回の新入生歓迎会と由樹に何の関係があるのだろうか。


「まぁ、始まればすぐに分かるさ」


 結局、異様な雰囲気の中、なにも分からないまま、歓迎会の始業を迎えることになった。

 列を作る俺達の正面に、先輩と思わしき人物が現れる。

 台の上に乗っているおかげで、後方からでもよく見える。


「新入生諸君、入寮おめでとう。3年の熊谷くまがいだ。この寮の監督生をやっている」


 熊谷と名乗った男は、擦り切れた制服に無精ひげを生やし、肥満ではないが若干恰幅がいい。

 どこか浮浪者のような風体だが、どっしりと構えた貫禄を持ち、本当に高校生か聞きたくなるような人物だった。


「すでにほとんどの者が知っていると思うが、これより入寮レクリエーションを行う。この行事は今年で4回目だが、初参加の1年生のために説明するぞ」


 なんでも寮生活では、女子寮で覗きや下着泥棒をしようとする残念な男子生徒が現れるが、さらに残念なことに毎回撃退されているらしい。

 そこで女子寮側からどうせ成功しないのだから、まとめて片づけたいという要望で、新入生歓迎会で女子寮に侵入することが困難なことを示すためのレクリエーションをしている。

 ルールは簡単で、制限時間の1時間以内に、2組の男子生徒が2組の女子寮の居室か風呂場に入れば、男子寮側の勝ち、守り抜けば女子寮の勝利。

 武器および攻撃魔法の使用は禁止、ただし女子寮周辺には妨害トラップもある。


「これまでの戦績は男子寮の3戦全敗だ。しかし今年は違う。諸君らも知っての通り、今年の俺たちには“期待のルーキー”がいる!」


 “期待のルーキー”、どこかで聞いたことのあるフレーズ。

 そして3年の監督生である熊谷先輩の隣によく知った顔の人物が並び立った。


「お前ら女子寮に入りたいかー!」

「「「イェーーー!」」」


 期待のルーキーこと冴島由樹の声掛けに対して、周りが熱狂的に応じた。

 突然のことに呆然としていた俺は、完全に置いてきぼりされてしまった。

 女子寮に入るだけで、どうしてこんなにテンションが高いのだ。

 念のため、もう1度断っておくが、下着を盗んだり、覗いたりするわけではなく、ただ女子寮に入るだけのことミッションだ。

 しかし1年生も上級生も関係なしにが騒いでいる


「女子部屋の匂いを嗅ぎたいかー!」

「「「イェーーー!」」」


 完全に狂信者たちの宴を傍観していたが、俺の瞳には信じ難い光景が飛び込んできた。

 なんと蓮司も一緒に混ざって、声を張り上げているではないか。


「蓮司。なぜお前まで……そういうキャラじゃないだろ」

「芙蓉、あのな。ニホンでは空気を読まないと場を白けさせてしまうぞ。もう止められないなら、一緒に盛り上がるしかないだろ。お前は、知らないだろうが由樹の布教によりこの1週間で、寮全体はひとつにまとめあげられた」


『たかだか女子寮に入るだけで、バカくさくないか。別に覗きや下着ドロするわけでもあるまいし』

『何を言っている。君たちは男としてロマンが足りていない。女子寮とは男子禁制の絶対領域なのだぞ。たとえ下着や裸体がなくても、そこには男の夢がたくさん詰まっているのだ。きっと女子寮の空気はこんなむさ苦しいのとは違って、ほんのりと甘いに違いない。そして居室には、男の目がないからこそ、普段見られない……』


 こんな感じで、寮生の大半を説得したらしい。


「芙蓉、これもニホンの文化を学ぶためだ。お前も混ざれ」

 

 これがニホンの“長いものに巻かれろ”というやつなのか。


「女子風呂に浸かりたいかー!」

「「「イェーーー!」」」


 俺もみんなに遅れて、声を張り上げる。


「Yeーーー!」


 発音が1人だけ違うのは、気のせいだ。

 俺もみんなにしっかり溶け込めているはずだ。


「女子風呂の残り湯を飲みたいかー!」

「「「イェーーー!!」」」


 今度は遅れることなく、みんなと同じタイミングで叫ぶことができた。

 なんだが楽しい、声を張り上げるだけで、ステイツでの殺伐とした毎日が洗い流されていくようだ。


 一応断っておく。

 普段のならドン引きする発言だが、熱しすぎた場は、さらにヒートアップしていく。


「由樹閣下、手はずはいかがいたしましょうか」


 貫禄のあったはずの熊谷先輩が、完全に由樹にへりくだっている。


「閣下は止してくれ。参謀とでも呼んでくれたまえ」


 由樹の方もノリノリで、指でメガネをクイッと押して、決めポーズで静止する。


「作戦は正面から上級生が先行し、騒ぎを起こしたら、本命の1年生部隊が裏手から侵入する」


 こいつさらりと先輩たちを捨て駒にしやがった。

 しかし由樹は止まらない。


「これまでは全員でユートピアに辿りつこうとしたのが、敗因であった。誰か1人でも辿りつければ、いいじゃないか! その瞬間にこれまでは男の妄想の中だけの存在だった女子寮が現実のものだと証明できるのだから!」

「「「イェーーー! ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」


 理屈がまったく分からないが、なぜかみんな了承しているようだ。

 もうテンションに任せて、突き進むしかないのだろうか。


 ***


 レクリエーション開始まで残すところ5分。

 先輩達は一般女子2寮から見える位置に陣取り、別動隊の俺ら1年はバレないように茂みの陰に身を潜めている。

 食堂では制服の生徒もいたが、今は全員が汚れてもいい服に着替えてある。

 東高の制服は見た目に反して、動きやすく、魔法に対する抵抗も強くて戦闘服としても有用だが、普段の授業でも使うものなので、あまり汚したくない。

 ここから女子寮まで100メートルほど離れているが、騒ぎに乗じて一気に突撃するのには、ちょうど良い距離だ。

 すでに日は沈んでいるが、女子寮のすべての部屋の照明が点いており、周囲は足元が見えるくらい明るい。

 スマホで時間を確認していたら、由樹がやって来た。


「芙蓉と蓮司はこっちで待機だ」


 先ほどまでの由樹とはうって変わって落ち着いている。

 俺の疑問を蓮司が変わりに言葉にしてくれた。


「俺達が待機ってどういうことだ?」

「いいか。俺はあんな熱狂的な盲信者たちと心中するつもりはさらさらない。目的のためならクールになれる男なのさ」


 由樹がポーズを決めているが、暗闇のせいでカッコ悪いと判断を下せない。

 先ほどまでの熱演は、全て演技ということなのか。


「1年生も囮さ。俺はもともとこの3人だけで、侵入するつもりで、この1週間せんの、ゴホゴホ……布教活動をしてきたわけだ」


 こいつあおるだけ煽って、先輩達だけでなく、同じ1年生も切り捨てるつもりのようだ。

 俺と蓮司だけが正気なのは、布教せんのうのターゲットから外されていたからだ。

 もしかしたら由樹の布教は、男子限定だが、その辺の魔法より強力なのかもしれない。


「とにかく、本当の本命は1年生が見つかった後に、ベランダからの侵入さ」


 『本当の本命』って、良く分からないニホン語だな。

 寮はどの建物も同じような造りで、2階の廊下から出られるベランダは小さな庭園と呼べるくらいの広さがある。

 しかし今からでは、ベランダまで登るハシゴなどを準備する余裕はないが、由樹はそこまで考えているのだろうか。


「どうやってベランダまで登るつもりだ。もたもたしたら感づかれるぞ」

「攻撃魔法は使用禁止だが、移動手段に使ってはいけないという決まりはない。俺の風魔法で2階のベランダまでショートカットする」


 由樹の考えはごもっともだ。

 魔法使いにとって、2階からの侵入なんて大した問題ではない。


 そして開始の合図として、女子寮から火属性・下級魔法のファイアボールが宙へと打ち上げられた。

 すぐさま正面口の方から騒ぎの音が聞こえてくる。

 喚声を頼りにタイミングを計って、由樹は盲信者に向かって、最後の指令を下した。


「諸君、期は熟した。ユートピアは目前だ。全軍突撃!」

「「「ヒャッハー!!!」」」


 指令を下した本人はここに残っているが、暴走している同級生たちは気に留めず、走り去っていった。


 一年生たちが100メートルをあっという間に走り抜く。

 残り、30メートル。

 後、20メートル。 

 10メートル。

 もう少し……


 しかし忽然と先頭集団の姿が消えた。

 典型的なトラップ。

 そう、落とし穴だった。


 寮から現れた、女子生徒たちに後続達が次々に捕らえられていく。


「よし、行くか」


 由樹がえらく淡白に切り出した。

 本来なら非難すべきかもしれないが、俺は何も見なかったことにした。


 ***


 周りが騒いでくれたおかげで、俺達は誰にも見つかることなく、ベランダの真下まで到達した。


「バレないように、エアーブーツを弱めに使うぞ」


 由樹が魔法の詠唱を始める。

 彼に適正のある風属性には、移動系の魔法が豊富にある。

 跳躍力を高めるエアーブーツは、下位の魔法だが詠唱が短く、使用魔力が少ないので、手早く3人分を使うのにはちょうど良かった。

 由樹の詠唱により俺達の足は風をまとう。


「飛べるのは、1回だけだからな」


 由樹そして、蓮司の順にエアーブーツの補助により高い跳躍を見せつける。

 残念ながら俺は魔法式が自動で分解してしまうので、エアーブーツで飛ぶことはできない。

 俺はエアーブーツから魔力を回収し、足りない分は、大きく息を吸って大気中の魔力で補強する。

 身体強化を足に集中させ、一気に跳ね上がる。

 しっかり蓮司らと同じ高さまで飛んで、ベランダへと侵入した。


 ここまではえらくすんなりと来られたな。

 後はベランダから廊下に入り、どこかの居室に入れば、俺達男子寮の勝利だ。

 制限時間はたっぷりと50分以上残してある。


 しかし俺達は重大なことを失念していた。

 騒がしいがこんな楽しそうな(?)イベントに興じない訳がない。


「こんばんは。変質者達」


 夜風と共に黒髪をなびかせた美しい魔王が現れた。


「今は生徒会ハウスに寝泊まりしているけど、私も2組だから、こっちの寮にも部屋があるのよ」


 ご丁寧に説明どうもありがとうございました。


 ***


 そして冒頭に戻る。


 九重紫苑、東高の生徒会長であり“絶対強者”にして、現在はユートピアの入り口を守る門番。


「まさかたった5話で、後輩君と再戦することになるとはね」

「それを言うなら、3日ですよ」


「まぁハンデにわたしはしか使わないわ」


 会長は真っ白な扇状の武器を取り出した。


「えっと会長、武器の使用は禁止なのですが……」


 そんな俺の言葉を蓮司が横から遮った。


「いや、芙蓉、あれはハリセンだ」


 ハリセンだと、あれが噂に聞くニホンのツッコミ専用の武器か。

 実物を見たのはこれが初めてだ。

 知識としては、由樹とやったスマッシュというゲームで学んでいる。

 攻撃力が1しかないけど、攻撃速度が高くて、相手を吹き飛ばさないので、連続で何度も当てダメージを蓄積させる武器だ。

 たしかにあれならば、会長の馬鹿力でも、ほとんど吸収してくれるはずだ。

 真っ先に状況を理解して、行動に移したのは、なんと由樹だった。


「ユートピアは目前なんだ。今の俺ならたとえ会長が相手でも、」


 会長は右手に持っていたハリセンを両手で握り、後ろへ振りかぶった。

 体重をしっかりと乗せて、フルスイングしたハリセンは由樹の腹を芯で捉えて、そのままホームラ〜ン。

 彼は綺麗な放物線を描くように飛びながら、混戦状態の正面玄関へと落下していった。


「「ハリセンの意味ねぇー!」」


 桁が違いすぎるのだ。

 攻撃力100の俺たちがハリセンを使って攻撃力1になるところが、攻撃力100万の会長がハリセンを使っても、1万残るということなのだ。

 つまり一撃必殺であることには、今までと大差ない。

 しかし攻撃がハリセン一択ならば、避けるのは容易だ。

 重要なのは、ハリセンの間合いに入らないことだ。


 改めて周囲を観察すると、ちょうど会長が通ってきたであろうドアが開いている。

 あそこに滑り込めば、戦闘を回避して、勝利を収めることができる。


 残り少しだが、魔力を足へと集中させた。

 俺の意を察して、蓮司が視線で返事をした。

 ドアには俺の方が近い。

 ならば遠くにいる蓮司が彼女の注意を引きつけて、その隙に俺が走り去るシンプルな作戦だ。

 蓮司が先に動くが……


『ベタん』


 突然、何かに足を取られて、顔面から倒れた。

 彼が足を取られたのは、粘着性のある置き型トラップ。

 ジタバタと抜け出そうとするが、自力での脱出は無理そうだ。


「あぁ、ここには常時トラップをいくつか仕掛けてあるわ。2階からの侵入って結構多いからね」


 裏をかいて2階から侵入したつもりだったが、想定内のようだ。

 むしろベタすぎる作戦だったかもしれない。

 他に守っている生徒がいないのは、会長1人で十分だからであろう。

 いくら灯りがあるからといっても、足元のトラップまではよく見えない。

 ここは蓮司を連れて一時撤退するしかない。


「芙蓉、諦めるな。今のお前は、男子寮のみんなの想いを背負っている」


 なぜだか、俺の胸の内から熱いものがこみ上げてくる。

 蓮司の言う通りだ。

 ここまでの犠牲を考えると、今更降りるわけにはいかない。

 会長を抜いて侵入などという、みみっちいことはせずに、正面から制圧してみせる。


 俺は足に回していた魔力を目に集中し、夜目を効かせる。

 強化された視覚によって、全てのトラップの位置を把握した。

 これで残っていた魔力は全て使いきってしまった。

 会長がハリセンしか使わないならば、前回と違って、投げ技や絞め技に、寝技も使える。


 俺は彼女との距離を保ちながら、弧を描くようにジリジリと移動した。

 やがて会長と俺の間、直線上の障害物が無くなる。


「会長行きますよ!」


 俺は正面から一気に彼女に向かって突進した。

 会長は再びハリセンを振りかぶって、俺の早さに合わせて、ジャストなタイミングでフルスイングする。

 しかし俺は突進の勢いを殺さず、上半身を低くして飛び込むことで、ハリセンをかわしながら、彼女の腹部にタックルをめた。


 この状況に合わせて選んだのは、レスリングの戦い方だ。

 会長は後ろに倒れ込み、俺はそのまま勢いに任せて、下半身を前に滑りこませ、マウントポジションに収まった。

 足で彼女の腕が動かないように固定する。

 本来ならば、関節技でハリセンを取り上げたかったが、上々の結果だろう。

 そんなことを考えていたら、会長は強引に腕を振り回して、ハリセンを横薙ぎにした。

 俺はとっさにマウントポジションを捨てる判断を下す。

 上半身を後ろに仰け反らすことで、攻撃を回避し、そのまま後ろへと下がる。


「いいねぇ。やっぱり全力で戦える後輩君は最高だよ」


 会長は全力と言っているが、まだ魔力を解放していない。

 あくまでも肉弾戦での全力という意味に過ぎない。

 むしろ誰もその状態の彼女ですら受け止めることができないという現実が、“絶対強者”の高みを実感させられる。


 今度は会長の方から仕掛けてきた。

 これまでにハリセンの横薙ぎに対して、上半身を動かすことで2回連続かわしたためか、今度は縦に振り下ろしてきた。

 俺は反撃を狙うために回避を選ばなかった。

 振りかぶるモーション中の会長の右腕が最高速に達する前に、自分の左手を滑りこませて、最小限の力で軌道を変えて空振りさせた。

 体勢を崩した彼女の転ぶ勢いを利用して、すぐさま右腕を引っ張り、背負い投げに持ち込む。

 投げは成功したが、勢いがありすぎて地面に叩きつけることができずに、すっぽ抜けて空中に飛ばしてしまった。

 彼女は空中で身体をひねり、バランスを整えて足から着地する。

 さらに着地の瞬間に足をバネのように曲げて、勢いを完全に吸収する。


 やばい、楽しい。

 なんだ、この高揚感は。

 会長が最高と言うのも分かる。


「会長、俺も楽しくなってきました」


 任務での俺は魔法を分解してからの反撃か、銃やナイフを使っての奇襲がメインで、正面戦闘は極力避ける。

 正面格闘による制圧の訓練もしているが、それはあくまで訓練にすぎない。


 しかし会長との戦いは違う。

 1発食らえば昇天というギリギリの状態でも、前に踏み込む必要がある。

 前に踏み込むたびに、攻撃を回避するたびに、脳内からアドレナリンが溢れ出てくる。

 この高揚感は今までに感じたことがない。

 高なる心音、熱を発する筋肉、服の中にぐっしょりとする汗、その全てが今は心地いい。

 戦闘を楽しいと思ったのは初めてだ。

 好敵手というにはこういうのを指すのかもしれない。


 いつの間にか会長もハリセンを投げ捨てて、拳を繰り出している。

 パンチにキック、投げ技、関節技、様々な攻撃を組み合わせ、横に、縦に、攻防を繰り返す。


 会長の一撃必殺の攻撃は直線的な上に大振りで、俺には当たらない。

 俺の攻撃は会長に当たっても、大してダメージにならない。


 千日手のようにも思えるが、時が経つにつれて、不利になるのは俺の方だ。

 いつかは、会長の一撃が当たるかもしれない。

 今度こそは無理と思いながらも、それでもかわした瞬間に訪れる生きているという実感がたまらない。


 いいぞ!

 いいぞ!


 スリリングな攻防にエージェントとしてではなく、戦士としての俺の血が湧き上がる。


 俺がどこまで着いていけるのか、限界への挑戦だ。

 否、俺達の挑戦だ。

 会長とならば、どこまでも行ける気がしてきた。











『拝啓


 寮のみなさま、気がついたら朝まで戦っていました』




 余談だが、ハリセンで飛ばされて由樹は、なんと女子寮への侵入に成功して、男子寮の勝利で幕を下ろした。

 しかしその後、彼は女子風呂の残り湯を飲んでいるところを目撃され、レクリエーションとは関係なしに女子達からボコボコにされた。


 トラップに引っかかった蓮司は、そのままお姉さん達に助け出され、居室でお菓子を食べながらお喋りをし、レクリエーションが終わる頃に帰還した。

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