SS2 芙蓉の魔法考察

“これは俺がステイツのエージェントになって3年、ニホンへ赴く1年ほど前のことだ”


 仕事明けの休暇だというのに、朝早くから上司のフレイさんに呼び出された。

 今は2人で軍の研究施設にいる。

 いかなる国家も魔法使いを保有することを国際法で禁じており、中でも魔法技術の軍事転用については特に厳しい。

 ステイツの軍部が魔法の研究をしていることは、業界の人間ならば、誰もが知る暗黙の了解だが、その証拠どこにもない。

 この研究所も表向きは公的な医療施設となっている。

 しかし一部の関係者しか入れない区画では、軍に属する機関が魔法の研究をしている。


 研究区画は医療区画とはいくつか異なる点がある。

 まずそれぞれの部屋が外から見えないようになっており、それは可視光だけでなくX線の透過すらも阻害する。

 さらに各フロアの入口、廊下、部屋などいたる所でID認証が行われ、関係者でも許可された部屋にしか入ることができない。

 モノトーンで塵ひとつ無い廊下を通る人々は、白衣を着た人間、スーツ姿の人間が半々で、あからさまな軍服は誰もいない。

 足を止めて談笑することはなく、皆各々の目的地へと向かうだけ。

 意外に思ったのは、1度研究区画に入ると、警備の人員はあまりいないことだ。

 ここの研究資料はもちろん部外秘だが、それ以上に軍部が魔法の研究をしているという事実自体が、問題なので侵入された時点でアウト。

 そのため出入り口が厳重だが、施設内で仰々しい警備はない。

 

 何回か来ているはずなのに、似たような通路と部屋が多くて、フレイさんの先導がないと迷ってしまいそうだ。

 ちなみに部外者が入り込み、制圧が困難だと判断されれば、データを外部サーバーに自動送信して、速やかに侵入者諸共自爆する仕掛けが施されている。

 万が一入ることができたとしても、万が一はもうない。


「定期検診なら、毎回しっかり受けていますよ」

「芙蓉君。昨日の任務で“魔法狩り”を使ったでしょ」


“魔法狩り”、俺の持つ固有魔法であり、の切り札。

 この魔法は裏技のようなもので、本来名前はなかったが、同僚達の間で俺の通り名からそう呼ばれるようになった。

 厳密には、“魔法狩り”という名はその本質とは対極に位置するが、能力を悟られないためにもとして都合が良かった。


「昨日のあれは不可抗力ですよ。教団の連中がベヒモスなんて隠し球を持っていたから……」

「それでも、応援を待つという選択肢もあったでしょ。結果だけ見れば、周囲に被害が出ずに済んだけど。もう少し周りを頼るということを覚えなさい」


 ***


 今回の仕事は、魔獣を売買していた教団の摘発だった。

 教団自体は怪しい新興宗教団体として当局がマークしていたが、魔獣取引の嫌疑が掛かって、うちの部署にも出動要請が出た。

 教団所有の施設を手分けして捜索したら、俺の担当が見事にヒットした。

 調査していた倉庫の中から、檻に入れられた魔獣達が見つかった。

 そして幹部のひとりを追い詰めたところまでは良かったが、最後の悪あがきで、地下牢に繋いであったベヒモスを解き放ってきた。

 ベヒモスは魔獣の中でもどう猛で危険度が高く、奴らもぎょしきれていなかった。

 まだ成体ではないにも関わらず、全長10メートルはあり、頭部はネズミなどのげっ歯類の様に出っ張り、鋭い前歯と頑強なあごを有していた。

 四肢には無駄な脂肪は一切なく、しなやかなバネを持ち、その巨体からは想像できないほど俊敏な動きをする。


 フレイさんと俺が所属する部隊は、ステイツ上層部の直轄の秘密組織で人員は限られている。

 警察の捜査と足並みを揃えるためにも、各班に魔法使いは1人ずつしか配備できなかった。

 その結果、まともな支援の無いままベヒモスと相対するしかなかった。

 俺の体に刻まれた魔法式は対魔法使いに特化しており、魔獣とは相性が良くない。

 この術は俺の意思とは無関係に、触れた魔法を分解・吸収して、自身の肉体を強化するものだ。

 魔法を使わずとも、高い運動性能を持つ魔獣に対し、俺は生身で戦う必要があった。

 序盤は相手の体に何度も触れることで、魔力を奪い善戦していたが、身体強化だけでは火力不足で、長引けば体力面での敗北は必至だった。

 いつ来るか分からない応援を待つのか、疲弊する前に勝負に出るのか、決断を迫られることになった。

 そこで“魔法狩り”というカードを切った。


 フレイさんの指摘通り、応援を待つ選択肢の方が出目は良かったかもしれないが、俺は重要な局面で他人を頼れるほど、周りを信用しきれていない。

 何より、他人に自信の運命を委ねるのは、性に合わない。


 ***


「あの力は、普段あなたが使っていると違って、身体への負担が未知数なのは分かっているでしょ」


 先日の仕事を振り返っていたら、俺たちは目的としていた研究室にたどり着いた。

 フレイさんがノックをした後、反応を確認せずにそのままドアを開けた。

 中にはよく分からない高そうな機械が並んでいる。

 なんでも、超高速魔法凍結装置、サーマルサイクラー、魔力測定装置、、核磁気共鳴装置、魔法演算装置などと説明を受けたが、とにかく凄いとしか言いようがない。

 むしろ名称を記憶している俺のことを褒めてもらいたい。

 壁際には大きな機器が置かれていてごちゃごちゃしているが、中央の実験台の方はそれなりに整理整頓されている。


 部屋の奥の方から、白衣を着た女性が現れた。

 身長は俺より少し低くてフレイさんと同じくらい、研究ばかりで俺たちみたいな現場の人間のように身体が引き締まっているわけではないが、それなりに綺麗なボディラインを保っている。

 元来の白い肌は、研究室にこもりっぱなしのためさらに白くなり、健康とは言い難い。

 黒色の髪は後ろで結ってあるが、解けば肩くらいまでは届きそうな長さだ。


「フレイに、芙蓉ね。定期健診はまだのはずだから、別件ね」


 彼女、クレアさんはフレイさんの大学時代からの親友というか、悪友(?)で、この研究所の主任研究員の1人だ。

 俺のことをマックスではなく、ファーストネームで呼ぶ数少ない人物でもある。

 研究分野では、人体への魔法エンチャントが専門で、一応医者でもある。

 ローズかあさんが俺に施した魔法式に不具合が生じていないのか点検と、身体に悪影響がないか定期的に診察してくれている。

 優秀な人物なのは間違いないが、ひとつだけ問題点がある。

 彼女は映画などで出てきそうな典型的なマッドサイエンティストとしての1面を持つ。


「芙蓉は、いよいよ解剖される気になったか?」

「好き好んで自分から、解剖されたがる人なんていませんよ」


 稀代の天才魔法使いローズ・マクスウェルが俺に施した式。

 クレアさんは解析に挑んだが、多くの記述が謎のままで、部分的に再現して別の人間に組み込んでみても、何も起こらなかったらしい。

 それ以来、俺の身体の方にも何か秘密があるのではないかと、解剖したがっている。


「先っちょだけでもいいから」

「嫌ですよ」


「芙蓉は初めてだったね。痛くしないから。優しくするからお姉さんのお願い聞いてくれるかしら」

「解剖されるのに、初めても2回目もありませんって」


 クレアさんは、何故か他の人が聞いたら誤解するような言い方で迫ってくる。

 というか俺が若くして死ぬとしたら、任務ではなく、彼女に解剖されるのが死因かもしれない。


「クレア、芙蓉君をいじっていいのは、私だけよ」

「あら、フレイのおもちゃを取るわけにはいかないね」


 フレイさんは何を勝手なことを言っているのだ。

 クレアさんも素直に納得しないでほしい。


「昨日、彼が“魔法狩り”を使ってしまったから、検査をお願い」

「そういうことね。今カルテを探すから、服を脱いで待っていて」


 クレアさんはパソコンに向かって、カルテを探し始める。

 俺はスーツのジャケットを椅子に掛けて、Yシャツのボタンを外す。


 最初に一般的な診察が一通り行われた。

 喉、手、目を見られて、心臓や肺の音を確認したクレアさんは、パソコンへと打ち込んでいく。


 次に彼女は小さな魔石を取り出すと、ゆっくりと俺の背中に近づけた。

 魔石の魔力に反応して、魔法式が浮かび上がる。

 黒色の文字のような模様が背中に円を描き、それが全身に広がっていくのが、鏡越しに映し出される。

 普段は服に隠れているが、能力を発動している間は、常にこのような状態になっている。

 クレアさんの手が魔石を動かすたびに、式の模様が火を当てられた影のようにゆらゆらと変化していく。

 彼女は自身の目で観察するのと平行して、専用のカメラで魔法式をスキャンしていく。

 取り込んだ模様はすぐに画像として、パソコンに表示されていき、過去の診断の画像と並べられていった。

 俺の位置からでも画面が見えるが、すべてが同じようにも、違うようにも見える。

 クレアさんの方は険しい顔をしながらも、いつもより丹念に式をスキャンしていく。

 どういう意図なのか、ローズは魔法に関する知識を俺に残さなかった。

 クレアさんはフレイさんの方へ一度目で訴えてから、俺に診断結果を伝えた。


「以前検査したときは、勘違いかもしれないと思ってフレイにだけ伝えたけど、魔法式の一部が壊れかかっているわね」


 悲報を急に叩きつけられた。

 診断結果を聞いて、目の前がいきなり真っ暗になるように感じる。

 いきなりのことだったが、嫌でも状況はすぐに理解できていた。

 魔法式を失えば、魔力の無い俺は魔法使いでなくなってしまう。

 ローズならば、魔法式を書き直せるかもしれないが、今はどこにいるのか分からないし、会えたとしても、おそらく手を貸してくれないだろう。

 そもそもローズと両親のことを調べるためにこの力が必要なのに、魔法使いでいるためにローズに会うのは完全に矛盾している。

 それに力を失った状態で、ローズと対峙するわけにはいかない。

 一瞬で多くのことが頭をよぎったが、クレアさんの言葉で意識が現実へと呼び戻される。


「深刻な顔をしているところ申し訳ないけど、これは元から一部が壊れるように細工されていたみたいね」


 彼女の言葉の意味をよく理解できない。

 つまり自壊する魔法式をローズは、俺に埋め込んだということか。


「簡単に説明すると、自転車の補助輪みたいな感じかな。身体強化を体で覚えるにつれて、式が自動で制御していた部分が少しずつ壊れて、最後には自力で制御できるようになるように書かれていあるわ」


 まったく簡単になっていないが、なんとなく程度なら分かる。

 しかしなぜそんな周りくどいことをする必要があったのだ。


「芙蓉の身体強化は自動で全身にバランスよく強化できるよね。今でもそうなのかな?」

「それは……何も意識しなければそのとおりですが、遠くを見たいと思えば視力が上がるし、インパクトの瞬間に腕力に多くの魔力を込めたりできます」


「そういうことよ。魔法式が自動で制御していた部分を体が覚えて、不必要になったので廃棄された。代わりに制御の幅が増したはずよ」

「じゃあ、問題ないということですか」


「むしろ壊れた式の場所に、新たな魔法式を書き込むことができるわ」


 本来、人間に魔法式を書き込むときは、人それぞれに固有の許容量が決まっている。

 許容量を超えた式を刻むと、体内の魔力が暴走する危険がある。

 意外と魔力が大きい人よりも、少ない人、特に属性の適正が少ない方が許容量が大きい。

 およそ体の表面積の1から5%の幅が許容量の目安だが、俺の場合は特別だ。

 50%に達する範囲に渡ってローズが施した魔法式が編み込まれている。

 この辺りもクレアさんが俺のことを解剖したがる理由と関係している。


「だいたい5%くらい許容量が空いたから、四元素魔法で中級魔法程度なら、2種類まで組み込めるわ」


 クレアさんはローズほどでなくても、魔法式の扱いに慣れている。

 本来ならば、魔法式で使える魔法はひとつが通例で、とても上級魔法は組み込めない。

 つまり5%の容量で中級2つというのは、かなり破格だ。


 俺が四元素魔法を手にする日が来るとは思いもしなかった。

 これまで使ってきたのも魔法だが、近接戦に特化しているので、あまり実感がない。

 今までの任務で様々な術者と相対してきたが、この魔法が使えれば、あの魔法が使えれば、という場面はいくつ。

 しかし適性の壁のせいで、四元素魔法は下級魔法ですら習得できなかった。

 だから戦い方を工夫して、常に自分に有利な状況を作れるようにしてきた。


 そう考えると、魔法を使えるようになったら便利ではあるが、これまで培ってきた戦い方を捨てることにも繋がりかねない。

 新たに魔法を得ることが、これまでの自分を否定することになってしまう。

 そこで俺は、とある提案をクレアさんにした。


「クレアさん、それなら……」


「本当にそれでいいの? これひとつで、他の魔法を組みこむ余裕はなくなるし、使い捨ての魔法式になってしまうわ」


「使い勝手の良い魔法よりも、たとえピーキーでもピンチを覆せる力がいいです」


 ***


 施術は無事に終了した。

 麻酔は切れているが、目の前の芙蓉はまだ寝息を立てている。


「それで、実際のところはどうなのよ?」

「やはり式の核の方も崩壊が進んでいるわ。難儀なものね。先代××××保持者の忘れ形見であり、ローズ・マクスウェルの最高傑作にして、唯一の失敗作か」


「えぇ、ローズは芙蓉君に愛情を抱いてしまった。だから本来の計画を捻じ曲げて、△△を抑える魔法式を彼に施した」

「芙蓉は魔法式の力を解放することで、“魔法狩り”を発動していると思いこんでいるみたいだけど、実際は式の封印を無理やりこじ開けているだけ。このままだと、“魔法狩り”を使うたびに、式が自壊していくわ」


「それでも芙蓉くんは△△に身体を馴染ませないと、紫苑ちゃんに大きく差をつけられてしまうわ。彼女は歴代××××保持者の中でも最強で、先代の予見が正しければ、いずれ××の器として覚醒してしまう」

「皮肉なものね。紫苑が××になったときに、人類に残された切り札は彼だけだけど、人類が生き残った未来に2人はいないだなんて」


「紫苑ちゃんの方も運命に抗うつもりみたいね。“精霊殺しの剣”を準備したということは、精霊王達と戦う準備を進めているみたいだし」

「先代とローズ・マクスウェルの計画がすでに変わってしまった以上、私達には見守ることしかできないのか」


「紫苑ちゃんは今年から東ニホン魔法学校に通っているわ。来年には芙蓉君にも行ってもらう予定よ」

「私達にできることは、きっかけを作るだけで、後は2人に任せるしかないというのは、どうにも歯痒いわね」


***

『あとがき』

次回はいよいよ「期待のルーキー」が頭角を現します。

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