25.5 蓮司の治療
『まえがき』
いつもアクセスありがとうございます。
由樹視点です。
短めです。
『あらすじ』
林間合宿は魔獣討伐
魔獣の異常発生
蓮司が負傷
***
俺に与えられた役割は偵察と援護だったとはいえ、オーガの群れとの戦いでは、ほとんど役に立つことができなかった。
蓮司が舵を取り、リゼットが敵を討ち、最後には会長が救援に来た。
後衛のポジションでありながら、正面に立って奮闘した蓮司は、大怪我を負ったが無事に回復して後遺症の心配もなさそうだ。
しかしその治療法は、あまりに凄惨なものだった。
主犯は
***
医療班のテントには、
俺たちが運び込んだ怪我人3人が、それぞれベッドの上で横になっている。
その中には負傷した蓮司も含まれている。
今は治療を担当する上級生が、蓮司の容態を見に来るのを待っている最中だ。
あまり大人数が入っても邪魔なだけなので、俺と橘、そしてなぜか会長も付き添っていた。
他のメンバーも心配そうにしていたが、今は外で待機している。
会長の参戦でオーガの群れを退けた俺たち9班は、リーダーの蓮司が負傷したので戦闘継続不能となり撤退を余儀なくされた。
オーガの攻撃を左腕で受け流そうとした蓮司は、肩が外れて骨も折れていた。
かろうじて意識は残っていたが、他にも外傷が多くてとても自分の足で歩けるような状態ではなかった。
委員長の付与魔法で自然回復を促進しても、折れた骨や失った血液を元に戻すことはできない。
オーガと戦った場所からここまで蓮司を運んだのは俺だ。
もちろん背負ってなどではない。
うつ伏せになった蓮司の腹にスカイボードを滑り込ませて、浮かせた状態で戦場から離脱した。
少々不格好だが男1人を担いで移動できるほど、今の霊峰は安全ではないし距離もあった。
ちなみに救護所まで先導した会長は、オーガによって行動不能になった2人の第1公社の魔法使いを平然と両肩に背負っていた。
細いシルエットの彼女が成人男性2人を背負う姿は、なかなかにシュールだった。
時折、進路上に魔獣がいたが、会長の体当たりで吹き飛ばされて、俺たちには残像しか見えなかった。
異様な光景なのに、彼女がオーガの群れを蹂躙したのを見た後だったのであまり驚かなかった。
そして救護所にまでたどり着いたが、他にも負傷した学生がいたので、しばし待つことになった。
実際に経過したのは数分のはずだが、長い時間を待たされたような気がする。
ようやく白衣を着た男子生徒が現れた。
会長の耳打ちによると、回復系の魔法が使える先輩らしい。
ちなみに女子からの耳打ちなんて興奮するシチュエーションだが、会長相手だと恐怖心の方が
治癒力の活性化以外の医療行為に使える魔法は固有魔法に分類される。
特に魔法による手術は無菌状態を保つことや、切開せずに体内の治療が可能なため受容はいくらでもある。
かなり希少だがそんな術者がいるなんて、さすが東高だと思わずにはいられない。
救護の先輩は3人のうち、蓮司の状態が最も危険と判断して、すぐさま触診をメインに診察を始めた。
これでようやく一安心だ。
無事に治ると期待していたのだが、現実はそんなに甘くなかった。
診断を終えた先輩からの告知はあまりにも淡々としていた。
「残念だけど、ここの設備では彼の治療は無理だね。応急手当はできるけど、このままだと後遺症は避けられない」
現実はあまりにも残酷すぎた。
まだ東高に入学して1カ月も経っていない。
魔法使いは花形の職業だが、常に危険と隣り合わせなことは理解しているつもりだった。
東高での訓練ですら、ケガで復帰できず脱落を余儀なくされる者だっている。
しかし彼はまだ何も成していない。
体を張って俺たちの前に立っただけなのに……
俺だけでなく、救護所にいた全員が暗い顔をしていた、ただ1人を除いては。
「じゃあ、私が直してもいい?」
そんなことを言い出したのは、会長こと九重紫苑パイセンだった。
「蓮司を治せるのですか?」
「うん。直せるよ」
俺の確認に対して、会長は当然の如くさらりと答えた。
あれっ……喜ばしいはずなのに、何か違和感がある。
「とりあえず、外れた肩を元に戻そうか。冴島くんは暴れないように足の方を抑えておいて」
そう言うと彼女はタオルを取り出して、うつ伏せになっている蓮司に噛ませたら、その背中に腰かけて左肩へと手を伸ばした。
「痛いのは一瞬だから、歯を食いしばってね。それっ!」
「くっ……」
会長は蓮司の上腕を肩の方へと、力いっぱい引き上げた。
俺なら泣き叫びそうだが、彼は必死に声を抑えて耐えきった。
そして蓮司だけでなく、みんなが痛そうな表情を一瞬浮かべて、ホッとした顔に変わっていく。
「あっ……ごめん。行き過ぎて上手くはまらなかった。もう1回ね。そりゃっ!」
「うわぁああ!」
蓮司の太い悲鳴が天幕の中に響いた。
安心したところに急な不意打ちとは卑怯だ。
さすがに男なので、『くっ……
会長の宣言した一瞬は2回だったが、今度こそ蓮司の肩が納まった。
「次は添え木ね。包帯は限りがあるから、とりあえずタオルで代用してやっておいて」
指示だけ出すと彼女は天幕から出て、どこかへ行ってしまった。
橘がその後を引き継いで、テキパキと働いた。
折れた左上腕を木材とタオルで固定して、上半身を起こした蓮司の首に別のタオルを掛けて腕を持ち上げた。
とりあえず応急処置は終えたが、感染症や壊死のリスクがまだ残っている。
骨折の状態だって俺たち素人では診断できないし、筋肉や腱だって無事か分からない。
(そういえば、会長はどこに行ったのだろうか)
天幕の外に出てみると、裏手から煙が上がっていた。
こっそりと覗いてみると、そこには行方を眩ませた彼女がいた。
どうやら煙の正体は焚火だったようだ。
そして火の上には鍋が置いてある。
なぜだが近づくことに身の危険を感じて、後ろから覗き続けることにした。
お玉を手にした会長は、怪しげな呪文を唱えながらかき混ぜていた。
「とりあえず骨折には
隠し味については怖くて耳を塞いでしまった。
ちなみに青カビが抗生物質を作ることは有名な話だが、それは特別な青カビの菌株に限ったことだし、熱したら有効成分が分解されて抗菌作用が無くなってしまう。
俺は親友の無事を心から祈ることしかできなかった。
あの会長に立ち向かうなど、自殺行為に等しい。
蓮司は俺たちを守るために立ち上がったが、俺は彼のために立ち上がる勇気がなかった。
***
そして数分後。
「残さず食べれば、元気に回復するわ」
(((いや、食べたら死ぬだろ!!)))
診断を聞いてから暗い顔をしていた蓮司だったが、さらにその上があった。
絶望した彼の表情は鍋と同じ紫色になりかけていた。
「覚悟を決めたのでしょ。だったら食べなさい」
会長が理不尽なのはいつものことだが、覚悟の意味が違うことに誰もツッコミを入れることができなかった。
彼は決してカオスな鍋を食べるために覚悟を決めた訳じゃない。
会長はレンゲを構えると蓮司の鼻をつまんで、彼が呼吸のために口を開けた瞬間に具とスープを放り込んだ。
そして昨晩の光景の再現が行われた。
“現実は甘くなかった。現実はあまりにも不味すぎた”
そして同じ光景が延々とリピートされていく。
気絶から立ち直った蓮司は、再び異物を口に放り込まれて、また気絶することを繰り返していた。
耐性ができたのか、次第に気絶からの復帰が早くなり、最後には瞳孔が開いた状態で鍋を食べさせられていた。
そして完食したころには、もう無意識に口をパクパクと動かしていた。
「大変、大変!」
会長が急に騒ぎ出した。
今更ながら、ようやく自分の横暴な振る舞いに気づいたのか。
「凛花がピンチみたい。ちょっと助けに行ってくるね」
いや、あなた急に何を言っているの。
散々やりたい放題やって、ここで見捨てるのか。
さすがの俺も言葉を口にした。
「いや、蓮司の治療は?」
「あとは唾でも付けておけば直るから」
酷い。
それはあまりにも扱いが雑すぎる。
助けに来たときは女神のように思えたが、やはりこの人は鬼だ。
オーガよりも鬼だ。
冗談ではなく、本当に彼女は救護所を飛び出してどこかへ行ってしまった。
数分後、蓮司が正気を取り戻したときには、なぜだか腕の骨が繋がり、他の外傷も消えて完治していた。
会長の規格外はこんなところまで。
ところであの闇鍋は本当に必要だったのだろうか……
イケメンの蓮司に、このようなことできるのは会長くらいだ。
彼を妬む者は一定数いるが、女子たちを敵に回したくなくて表沙汰になっていない。
会長が絡むと、蓮司は2枚目の扱いじゃなくなる。
そんな親友の肩に手を載せて、この言葉をプレゼントせずにはいられなかった。
「ようこそ
眼鏡を押さえて決めた俺のセリフに対して、親友は表情を固めていた。
ちなみに蓮司が味覚に重症を負っていたことが判明したのは、後になってからだった。
***
『あとがき』
いかがでしたか。
蓮司くんがただただ不憫な回でした。
吸血鬼戦も残り2話、2章自体は残り3話を予定しております。
会長の乱入はあるのか。
それとも芙蓉くんが主人公らしく決めるのか。
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