26 固有魔法『魔法狩り』

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

いよいよ主人公のターンです。


『あらすじ』

魔獣の異常発生

吸血鬼の儀式が原因

工藤凛花の敗北

 ***


 工藤先輩に対してゴーレム使いのイメージが強かったが、バットに、砂や石、木々など、様々な物が彼女の手足になっていた。

 そして銀の騎士が吸血鬼を拘束して、彼女のバットが強打を叩き込んだ。

 勝敗は決したかのように見えたが、彼女はすぐに止めを刺さなかった。


 魔法使いの拘束は困難だ。

 ならば殺してしまうのが、俺たちの世界の常識だ。

 並みの魔法使いが相手ならば、魔力を奪い尽くして専用の牢屋にぶち込めば、監禁できるが奴に通用する保証はどこにもない。

 対吸血鬼用の道具があれば拘束も可能かもしれないが、拷問したところで何かを吐くような玉には思えない。


 彼女がやらないならば、俺が殺そうとショルダーホルスターからナイフを手に取り出した。

 銀製品で傷つけないとすぐに回復してしまうようだが、首をねれば、さすがに絶命するだろう。

 ゴーレムに捕まっている吸血鬼へと近づこうとしたら、不意に奴の気配が希薄になり始めた。


「工藤先輩! まだです」


 彼女の方が俺よりも近いが、戦いの疲労で限界なのか動きが鈍い。

 吸血鬼は煙のように霧散して、その肉体は彼女の後ろで再構築された。

 奴の剣が工藤先輩を襲うが、俺も彼女自身も間に合わない。


 彼女は咄嗟に振り返ったが、それでも肩から背中にかけて斬られた。

 追撃から彼女を守ろうと、銀の鎧を操るぬいぐるみが間に入るが、どんどん鎧を剥がされていく。

 そして奴が最後の1撃を放とうと、モーションが大きくなったところで、俺はギリギリで滑り込んだ。


 吸血鬼は目の前の工藤先輩に気をとられて、俺の接近に無警戒だった。

 ぬいぐるみごと彼女を抱きしめて、後ろに飛んだ。

 1歩では、不十分だ。

 奴に背を見せないように、すり足で後退を続ける。

 ギリギリのところで救うことができたが、彼女は体力的にも精神的にも限界に達している。


「もう十分です。後は俺に任せてください」


 俺の言葉が届いたのか分からないが、それを最後に彼女は意識を失った。

 腕の中の彼女は想像よりも軽かった。

 スポーツが得意といっても、男ほどの筋肉はない。

 いくら気丈に振る舞っていても、工藤先輩は16歳の女の子でしかない。

 鋭い殺気を纏ったところで、それは健全な世界で純粋に鍛えたものに過ぎない。


“俺がいた裏社会とは違う”


 なぜ当たり前のことを失念していたのだろうか。

 彼女は魔獣を殺したことがあっても、人間を殺したことはないと察していたのに。

 人の姿をして言葉を発し、ましてやダニエラと名乗った騎士を殺すことができないと、十分に予想できたはずだ。


 強い奴が必ず生き残れるほど、世界は単純にできていない。

 少なくとも手を血で汚せない者は、いずれ淘汰される。

 それがこちら側と、表の世界の違いだ。


 ニホンに来て少し感覚が鈍っていた。

 平和で安全な生活も、護衛という慣れない任務も俺には相応しくない。

 ステイツのエージェントとして生き残ったのは、決して母さんが与えてくれた魔法式のおかげだけではない。

 自分に死を突き付けられたときに、殺しを躊躇わなかったからだ。

 殺しの後に何度も後悔したが、生き延びるために仕方がないと割り切るしかなかった。

 上手の魔法使いを殺したこともあれば、先に死んでいった同僚の中には俺よりも強い奴らが何人もいた。

 工藤先輩はいくら強くたって、日の当たる世界の住人だ。

 最初から、殺し合いで彼女に勝機などなかったのだ。


 吸血鬼がようやく、彼女を支える俺の姿を認識した。


「なんだ。まだいたのか。今は久方ぶりの決闘の余韻に浸っていたい。目障りだから消え失せろ」


 すでに殺気が消えていた。

 言葉通りに、俺たちを見逃す気のようだ。

 奴はバトルジャンキーなのか、気を失った工藤先輩に対して興味を無くしていた。


 そもそもの戦いの理由は、奴の魔界への扉を開く儀式を阻止して、魔獣の異常発生を終息させることだった。

 奴は暇つぶしに俺たちの相手をしていただけで、その過程で勝手に熱くなって今に至る。


 戦うべきか、退くべきか。


 俺の任務はあくまでも九重紫苑を守ることだ。

 吸血鬼自体は彼女と接触させなければ、危害はなさそうだが、魔界への扉とやらの危険度は未知数だ。

 任務成功を考えるならば、1度撤退して態勢を整えた方が、状況を打破できる見込みが高い。

 しかしここで退くことはできない。


 工藤先輩の容態は決して看過できないが、彼女を背負って霊峰を移動するよりも、吸血鬼を倒して安全を確保した上で、救護を呼んだ方が確実だ。

 彼女を守ることは任務の範囲外だが、多少なりとも世話になったので、あまり無下にできないし、奴が言葉の通り見逃してくれる保証などどこにもない。

 何よりも、あの人が悲しむ姿なんて見たくない。


 ならば短期決戦しか考えられない。

 普通に戦ったのでは、勝ち目がない。

『魔法狩り』を使うしかない。


 覚悟を決めた俺は、工藤先輩の肩の傷口へと顔を近づける。

 口内に鉄の味が広がっていく。

 相変わらずながら不味い。

 吸血鬼たちは、よくこんなものを好んで口にするものだ。

『魔法狩り』の発動に必要とはいえ、未だに慣れない。

 先ほどまで、まったく興味がなさそうにしていた吸血鬼が俺の行動を見て、目を見開いた。


「吸血だと。それはシキには許されぬ越権行為だ! 我らへの冒涜。万死に値する」


 彼はこれまでにあまり見せていなかった感情を表に出してきた。

 吸血鬼たちにとって常識なのかもしれないが、そんなことを俺に言われても分からない。

 そもそも母さんは、吸血鬼についてあまり教えてくれなかった。


 想定外だが、奴が俺に怒りを向けるのは都合が良い。

 口に少し含む程度の血をいただいてから、工藤先輩を近くの木にもたれさせた。

 王冠を被った男の子のぬいぐるみが彼女に寄り添っていた。

 戦いに巻き込むわけにもいかないし、あまり長く触れていると魔力を吸い尽くしてしまう。


 俺はダニエラと名乗った吸血鬼と対峙したが、『魔法狩り』の発動条件のもう片方をまだ満たしていない。

 魔法式の力を引き出すには、身体強化がトップギアになるほどの魔力が必要だ。

 魔石から得た魔力はとっくに使い切ってしまったし、工藤先輩から拝借した魔力でも半分程度にしかならない。


 あまり気乗りしない方法だが、手が無い訳じゃない。

 魔力が足りなければ奪えばいい。

 ケガをしている工藤先輩からはこれ以上吸えないので、目の前の吸血鬼から奪うしかない。


 こちらからは仕掛けずに、構えを緩めて奴の攻撃を誘う。

 俺のノーガードに対して、冷静さを欠いた吸血鬼は右手から炎の槍、左手から炎の鞭を取り出した。

 暗詠唱なのは相変わらずだが、異なるふたつの魔法の同時発動は、この戦いで初めて見せた。

 これだけでも奴がまだ余力を残していることが分かる。


「同胞の下僕だから手加減していたが、あくまで我に立ち向かうというのならば、容赦せぬぞ」


 先に来たのは鞭の方だった。

 鞭の厄介な点はその変則的な動きだ。

 特にこちらの動きを見て、後出しで軌道を変えられると面倒だ。

 攻略法として、狙いが打撃なのか、捕縛なのかを見抜くことが最初の関門だ。

 しかし槍を出している時点で、捕らえてからの追撃が本命なのは十分に予想できる。

 俺はあえて左手で鞭の穂先を掴んだ。


 俺と吸血鬼の間で、対角線を描くように鞭が張っている。

 身体強化しているとはいえ、炎の熱が手のひらを焦がす。

 痛みがあっても放すわけにはいかない。

 たとえ効率が悪くとも、触れている間は魔法を分解して吸収し続けることができる。


 空いた右半身で槍に対して備えた。

 これまでは出現と同時に射出してきたファイアスピアだが、奴は右手で軽々と持ち上げる突き出してきた。

 その速度はこれまでの比ではない。

 槍の腹を掴む算段だったが、紙一重で躱すのが精一杯だった。

 いくら魔力を奪うためとはいえ、穂先に触れるのは危険すぎる。


 2度、3度と突きを回避した。

 掴んだ鞭によって移動が制限されているとはいえ、点で狙ってくる突きを避けるのはそれほど難しくない。

 そして慣れてきた4度目の突きで、槍の腹を捕まえようとした。

 槍が完全に前に出てから、後ろに退くタイミングで右手を伸ばす。

 しかし槍は急激にベクトルを変えて、俺の方に向かってきた。

 奴は突きの後に、戻すフェイントをかけて、薙ぎ払ったのだ。

 俺は鞭を手放して、両手で抱えるように槍にしがみついた。

 最高速に到達する前だったので、身体で受け止めることができた。


 身体強化のおかげで燃えることはないが、炎による痛みが全身を巡りだす。

 それでも放すわけにはいかない。

 全力で魔力を放出すれば、炎から身を守ることはできるが、それでは意味がない。

 足りない魔力を奪う状況で、余計な消費は抑えなければならない。


 奴は追加で槍に魔力を供給してきた。

 炎の槍は太くなり、その熱量も増していく。

 俺もギリギリのラインで魔力の放出を保ちながら、必死に食らいつく。


 もちろん奴も俺の切り札が分からなくとも、魔力を奪おうとしていることに気づいている。

 奴が魔力を上げると奪える量が増すが、こちらも防御のための消費が激しくなる。

 互いに探り合うように徐々に魔力を上げていく。

 それは平行線だ。

 じわじわと俺の魔力が増す一方で、炎によるダメージが蓄積されていく。

 先に痺れを切らしたのは吸血鬼の方だった。

 奴からしてみれば、俺の行動は得体の知れないものだったに違いない。


「見苦しいぞ」


 ファイアスピアを解除して、風魔法を放ってきた。

 切るような風ではなく、空気の拳が飛んできた。

 風の中級魔法のエアーナックルだ。

 目で見えなくても、奴の視線と呼吸からタイミングを合わせて、両手でブロックした。

 接触が一瞬だったので、あまり魔力を得ることができなかった。

 奴はこのことを見越して、風魔法に切り替えたのだ。

 休む間もなく、次弾が放たれる。

 再び両手でガードを固めるが、風の拳はアッパーのように下から押し上げてきた。

 強化した肉体でも体重は変わらず、足が地面から離れてしまった。


 少しだけ浮いたところに、新たな拳が飛来する。

 しっかりと受け止めたが、踏ん張りが無いため、そのまま後方へと吹き飛ばされてしまった。


 ダメージ覚悟で魔力を奪う作戦だったが、警戒されてしまい難航している。

 短期決戦には他のアイデアが思い浮かばない。


 必死に思考を巡らせていたら、不意に何かに足を取られた。

 足元に目を向けると、そこには工藤先輩のぬいぐるみが俺の右足にしがみついていた。

 どうやら考えを巡らせるあまり、視野が狭くなっていたようだ。


 足を止めると、ぬいぐるみも手を放してくれた。

 俺の方を向いた王子のぬいぐるみは、その手で自身の胸を1度叩いた後に、握手を求めるように手を伸ばした。


 このぬいぐるみは俺の意図を理解しているのか。

 彼は自分の魔力を俺に使えと言っているように見えた。

 そしてぬいぐるみだけじゃない。

 地面が盛り上がり人型を形成していく。

 いつものゴーレムと違ってかなり不格好だ。

 他にも木々が俺の周りに近寄ってくる。

 そのうち1本は意識のない工藤先輩を抱えていた。

 そして突然、彼女の傍にあったバットが垂直に立ち上がった。


「みんな嬢ちゃんを守りたいんや。あんたにワイらの魔力を託すぜ。主人を頼んだぞ」


 工藤先輩の魔法は、様々なモノを操る能力だと思ったが、どうやら違うようだ。

 たとえ意識を失っても彼女の意志は失われない。

 多くのモノを愛し、愛された少女。

 彼ら彼女らは俺に魔力を送ってくれた。

 モノたちの魂のこもった魔力は、なんだかいつもより暖かかった。


 条件は整った。

 全身の魔力を右腕に集める。

 それに呼応して、身体に刻まれた魔法式が騒めきだす。

 服の内側に隠れているが、黒く浮かび上がった模様が這いつくように動いて、右腕へと集まっていく。

 しかし魔力を高めても、身体強化には限界がある。

 自身の器を超える魔力を纏うことはできない。

 すでにトップギアの状態から右腕に魔力を集中させれば、臨界点はすぐに訪れる。

 本来ならば魔法式が体への負担を減らそうと自動で魔力を分散させるが、血液を摂取した状態では、安全装置が働かずにその先を見せてくれる。


『暗イ、寒イ、渇ク

 アルベキ贄が足リヌ

 ワレの飢エを満タセ

 ソナタの祈リを捧ゲヨ

 同列に語ラレルのは不愉快ダ

 ワレは何も授ケナイ

 タダ喰ラウノミ

 供物トシテ……』


 頭の中で誰かの声が語りかけてくる。

『魔法狩り』を発動すると、これは使ってはいけない力だと本能が拒絶を示す。

 俺がこの魔法を使うことを躊躇ためらうのは、切り札だからというのもあるが、このことが原因だ。


 制服に隠れた右腕があらわになる。

 衣類が弾け飛んだわけではない。

 分解・・したのだ。


 浮かび上がった魔法式が絡み合い、もはや模様など見えない。

 ただただ真っ黒に染まっている。


「なんだ、その腕は!」


 奴は好奇心旺盛な分析タイプのようだが、わざわざ教える訳がない。


 普段の俺ならば、どこからの攻撃にも対応できるように、自然体の無形の型を好む。

 しかしこの状態のときだけは、魔法式をまとった右腕を前に構える。

 攻撃も防御もこの右腕を基点にして戦うためだ。

 ターゲットが射程外にいるため、構えを崩さずに少しずつ距離を詰める。


 ダニエラは俺の接近を嫌がって、お得意のファイアスピアを飛ばしてきた。

 様子見のつもりのようだが、バカのひとつ覚えのように同じ魔法を何度も見せられては、すでに軌道も初速も把握している。

 右手を前に出し、槍の切っ先を手のひらで受け止める。

 しかし槍は先端の方から吸い込まれる様に消えていった。


『供物ダ、供物ダ、供物ダ』

 

 魔法を吸収したせいで、頭の中の声が大きくなるが、俺は足を止めることなく、じわじわと接近を継続する。


「なぜ我の魔法を。お前はシキじゃないのか?」


 奴は俺の事をシキと呼んだが、それが正しいどうかは俺には分からない。

 シキとやらは吸血鬼の魔法は分解できないらしい。

 俺は俺自身の事をあまり知らなかったようだ。

 しかし確かなことがひとつだけある。


“俺に戦い方を教えたのは、吸血鬼の真祖かあさんだぞ”


 効率の問題だけで、俺に分解できない存在などない。

 魔法式の限界を引き出した『魔法狩り』を発動すれば、右腕限定だが、分解速度の上限がなくなる。


「魔法を分解できたところで、その程度支障ない」


 ダニエラは2本の剣を上下に構えて、ゆっくりと歩み始めた。

 奴が接近戦を望むならば好都合だ。

 確かに魔法を分解できる程度では、奴のアドバンテージは崩れない。

 魔法だけならば……


 徐々に互いの距離がせばまっていく。

 しかし奴が剣を持つのに対して、こちらは無手だ。

 当然のことながら、間合いに違いがある。

 俺は前に構えた右手の指先で、無遠慮にダニエラの剣の境界へと侵入した。

 この挑発に対して、奴は最速の太刀で俺の指を切り落としにきた。

 俺の反応速度を上回っているが、まったく恐くない。


 奴の脳裏には、切れ落ちた俺の指が浮かんだかもしれない。

 しかし落ちたのは、鋼鉄の剣の切っ先の方だった。

 急に剣の重さが変わり、動揺した奴にすぐさま右腕を伸ばす。

 しかし俺の進行を阻むように、地面が膨れ上がり爆発した。

 大したダメージではないが、無理な追撃は諦めるしかなかった。


 どうやら間合いを取り直すために、咄嗟に対処したようだ。

 さすがに長く生きているだけあって、危険の察知にも優れている。

 どうせすぐに治るだろうが奴自身も傷を負っていた。

 一方俺には目立った外傷はない。


『供物が来タ。もっとダ。もっとダ』


 また分解したせいで、頭の中で声が響く。


「一体、その右腕は何なのだ。それにその魔力。吸収した魔法に比べて多すぎる。エネルギー保存則を無視している」


 いや、しっかりと等価の魔力だ。

 むしろロスがありすぎて、得た魔力は少ないくらいだ。


「おまえが言ったはずだ。存在確率とやらが違うと。魔法と物質の違いだって、おまえが言うところの存在確率じゃないのか」


『魔法狩り』とは、その本質を曲解させるための隠し名に過ぎない。

 今の俺の右腕は万物を分解する。

 それは魔法だろうが物質だろうが関係ない。

 厳密には右腕が通過した場所に存在する万物を魔力として吸収する。


 万物には生命があるという思想があるが、母さんの教えは違う。

 全ての物質にあるのは質量だ。

 質量はエネルギーと等価であるが、それを汲みあげるすべは限られている。

 魔力とは余剰エネルギーの絞りかすに過ぎない。

 ならば質量をまるごと分解できれば、どの程度のエネルギーが得られるのか。

 天才物理学者にして魔工技師のA. Aによると、物質にはE=mc^2ものエネルギーが存在する。

 物質の原子核を強制的に乖離かいりさせることで、質量体を全て魔力に変換することができる。


 ダニエラの魔力総量など、道端の石ころ数個の質量程度だ。

 実際のところは変換にロスがあり、分解した質量の全てを魔力として吸収しきれていない。

 いくら魔法でも熱力学の基本法則は曲げられない。

 その上、魔力量が多いほど身体強化での消費が激しくなってくる。

 それでも最初に右腕を覆っていた制服を分解した時点で、奴の魔力を上回っている。

 会長と模擬戦したときよりも、膨大な魔力を宿しているが、この状態では吸収に上限を感じたことがない。


 ここからは俺の考察だが、この魔法式にはもともと触れたものを、分解・吸収する力がある。

 しかし分解効率が低すぎて、表面的な魔力しか吸収できない。

 身体強化や奴の魔法を分解できないのだから、より存在として強固な物質の分解などできる訳がない。

 逆を言うと、効率さえ上がれば分解できない物など存在しない。

 触れたものは魔法を含む全てを分解して魔力として奪いさる。

 そして物質には生物も含まれる。

 つまり身体に直接触れれば、その場所を消失させることができる。

 最小規模でありながら最大の火力。

 これが俺の切り札、固有魔法『魔法狩り』だ。


 接近して触れるだけでいいのだが、かなり警戒されてしまい、奴の方からは近づくつもりはないようだ。

 これ以上はゆっくり進んでも、逃げられてしまう。

 右腕を前に突き出したまま、一気に踏み込む。

 10年以上使い続けた身体強化は、全身に魔力をバランス良く配分するため、いくら魔力が溢れてもその性能に振り回されることはない。


 俺の接近に対して、ダニエラは風魔法で対抗してきた。

 無数の風の刃が飛んでくる。

 風の中級魔法のウインドカッターだ。

 確かに右腕以外の分解能力は通常時と変わらない。

 そのため奴の狙いは決して悪くはない。

 しかしすでに遅すぎた。


 右手を前にかざしたまま、直進を続ける。

 さすがに腕1本では、全ての風の刃を受け止めることなどできない。

 討ち漏らした刃が制服を切り刻むが、骨どころか肉すら斬れない。

 すでに身体強化が限界を大きく超えているので、並みの攻撃は通用しない。

『魔法狩り』の発動直後ならば有効な手だが、その慎重さが奴にとって仇となった。


 風魔法で時間稼ぎをしたダニエラは、残ったもう一振りの剣で切り込んでくる。

 合わせるように正面から手のひらで受け止めた。

 刃は手に刺さらず、溶けるように消えていく。

 俺には剣に触れた感触はない。

 まるで空を切るような手ごたえだ。


 俺はそのまま手を伸ばして、剣を握っていた奴の手を掴もうとする。

 ダニエラの腕が消えていく。

 分解に成功したわけではない。

 白い煙のようなものが漂っている。

 触れる前に霧になって回避するつもりのようだ。

 服も含めて吸血鬼の全身がほどけていく。

 しかし俺は目の前の霧を、払うように右腕を振った。


『オオ。だがまだ満チ足リヌ』

 

 相変わらず五月蠅いが、確かに魔法などの比ではないほど、大量の魔力を奪った手ごたえが右腕に残った。


 離れた位置にダニエラだった霧が収束していく。

 そして吸血鬼の姿が再構築されていく。

 しかしその右肩から先の袖の下が空洞になっており血が流れていた。


「我の腕1本を持っていくとは、ここまでの屈辱は初めてだ」


 奴の能力は瞬間移動じゃない。

 霧に変わろうが、そこにあることには変わりない。

 だから、


「俺に分解できない存在リアルなどない」


 この長い夜の中で、吸血鬼に初めてまともな外傷を与えた。

 もう一息だと思ったが、奴は未だに底を見せていない。

 ダニエラは苦悶の表情を浮かべながら、絶叫と共に袖の中から腕を生やした。

 再生能力と霧への転変とは、厄介な組み合わせだが、どちらも魔力を消耗するので、完全に奪いつくせば倒せる。

 他にも単純に頭や心臓を潰す方法だって残っている。


 しかしダニエラはこの場面で新たな手札を切ってきた。

 それはシンプルだが確実な『魔法狩り』の攻略法だった。

 生えたのは腕だけじゃなかった。

 一対の翼。

 吸血鬼の翼と言えばムササビの飛膜のようなイメージだが、ダニエラは背中から堕天使のような羽をほとんど持たない翼を生やした。

 

 羽ばたきながら、空中へと飛翔した。

 上空およそ20メートル。

 棒高跳世界記録の3倍以上であり、建物だと7階に相当する。

 さすがに身体強化した状態のジャンプでも、飛べない高さだ。

 たとえ木に登ったとしても、届かない。

 リボルバーの有効射程の外だし、今更ながら投擲とうてきが通用するとも思えない。


 時間経過とともに消耗される魔力は周囲の物質から補充できるが、『魔法狩り』自体を長時間維持できない。

 工藤先輩からいただいた血液が体内で中和されてしまうと、魔法式の活性化が収まってしまう。

 それに頭の中で騒めく声を長く聞いていたら、精神を病んでしまいそうなので、早く終わらせたい。


『魔法狩り』は俺の切り札だ。

 こんなあからさまな弱点をそのままにするわけがない。

 1年前にようやく得た奥の手。

 ここで出し惜しみする必要などない。

『魔法狩り』を使ったからには、もうひとつの切り札を使ってでも、これで最後にする。


 ステイツ軍部における魔法エンチャントの第1人者のクレアさんが、俺に施した新たな魔法式を発動させる。

 左腕を前に出すと、赤色の魔法式が浮かび上がり、服の中からその輝きが漏れ出た。

 これまでに吸収した魔力によって、新たな魔法式の起動を始める。

 同時に『魔法狩り』の制限時間が近づき、右腕の魔法式が徐々に薄くなっていく。


 1年前のクレアさんとの会話が頭の中で再現されていく。


 ***


『四元素魔法なら中級魔法程度だけど、2種類まで組み込めるわ』

『クレアさん、それなら……』


『本当にそれでいいの。これひとつで、他の魔法を組みこむ余裕はなくなるし、使い捨ての魔法式になってしまうわ』

『使い勝手の良い魔法より、たとえピーキーでもピンチを覆せる力がいいです』


 ***


 膨大な魔力を凝縮するせいで、彼女の言葉通り魔法式の崩壊が始まる。

 表面に浮かび上がった魔法式だが、実際には身体の芯にまで定着しており、皮膚の中では、内側からガラスの破片が飛び散るような痛みが、左腕を中心に全身へと広がっていく。

 腕が熱くなり、痛みで頭が沸騰しそうだ。

 この攻撃で決まらなければ、後は身ひとつで戦うことになる。


 ダニエラの方も俺からの遠距離攻撃を警戒して、迎撃を狙っている。

 先制してこないのは、『魔法狩り』に防がれることをよく理解しているからだ。


 四元素魔法をわざわざ魔法式として刻み込むにはいくつか利点がある。

 ひとつは属性の適正がなくても使うことができる。

 もうひとつは、魔法式が詠唱の代わりになるので、魔力を供給するだけで発動できる。

 そのため本来は口にする必要はないが、俺はあえて魔法名を言葉にした。


「ファイアボール」


『魔法狩り』で吸収した全魔力を凝縮した火弾が夜空を穿うがった。

 ダニエラが後出しの水魔法で防ごうとするが、圧倒的な火力の前では、まさに焼け石に水だ。

 迎撃によって火の玉が弾けて爆発が起きた。

 火力が強すぎて酸素の供給が間に合わず、あっという間に鎮火したが、膨大な熱量はそのまま大気に残る。

 空中に向かって撃たなければ、霊峰の中心を一瞬で灰にしていたかもしれない。

 たとえ霧になったとしても、この熱ならば蒸散しただろう。


 ファイアボールの余波のせいで、陽炎のように揺れる空に奴の姿はなかった。

 久しぶりの殺しだったが、死線を乗り越えて緊張の糸がほどけたせいなのか、あまり実感がかない。


 周囲を見渡すと、いつの間にか意識を取り戻していた工藤先輩と目が合った。

 視線を交わすことで、互いに生き残れた喜びを分かち合った気がする。

 しかしまだ終わりではない。

 夜空に浮かんでいる魔界への扉とやらが消えていない。

 これを破壊しない限り、魔獣の異常発生は止まらない。

 意図してなのか、ダニエラは扉と逆方向に飛んだせいで、ファイアボールの範囲外になってしまった。

 工藤先輩を頼る手もあるが、とりあえず投石が有効なのか試してみることにする。

 まだ魔法の反動で身体が軋むが、その辺の拳大の石を拾って、扉を見上げた。


「いたずらに扉を刺激することは、お勧めせんよ」


 出会って半刻にも満たないが、すでに聞きなれた声が後ろから飛んできた。

 声の方へと振り返ると、そこには無傷のダニエラの姿があった。

 最後に油断した。

 殺しの実感がなかったのは、実際に殺せていなかったからだ。

 焦りを抑え、殺気を隠したまま隙を伺う。

 握った石を奴に投げて、懐のナイフで切り込むタイミングを見計らう。


「そう警戒するな。先ほどの攻撃を受け流すのに、ほとんどの魔力を使ってしまった。さすがにもう戦えない。それよりも今、我の関心は別のところにある。そなたの主人は誰だ」


 警戒を緩めるつもりはないが、奴の言葉に偽りはないようだ。

 それにこれまでの戦いから、奴は戦闘中の隙を突くことがあっても、騙し討ちをするような男ではないことを理解している。

 それにこれは俺にとってもチャンスだ。

 望まぬ結果になったとしても、知りたいという欲求は抑えられない。


「主人とは思っていないが、かつて育ててくれた人がいる」

「その者の名は?」


「本名は知らないが、ちまたではローズ・マクスウェルで通っている」


 俺は奴の言葉だけでなく、反応全てを逃さないように注意を払う。

 感情を漏らさないと予想していたが、意外にもダニエラは大きく感嘆した。


「そうか、そうか。せっかく我を脅かす敵に出会えたと思えたが、ローズ様の作品・・とあらば殺すわけにはいかない。よかろう。痛み分けを認めよう。しかしおごるるなよ。2人合わせて、ようやく引き分けだ」


 俺だって好き好んで殺しをしているわけじゃない。

 向こうが引いてくれるのならば、護衛任務に支障をきたさない限り、無理に殺す必要はない。

 それに驕るつもりなどもない。

 工藤先輩がいなければ、最初に動揺したときにやられていたし、『魔法狩り』の発動条件だって、両方とも彼女のおかげで満たすことができた。

 しかし魔界への扉をそのままにするには、リスクが大き過ぎる。

 俺の考えを察してか、奴は言葉を続けた。


「安心しろ。儀式の継続は不可能だ。魔力を供給しなければ、扉は勝手に崩壊する。それに1度失敗すると触媒が使えなくなるので、準備に数年は必要だ」


 奴が嘘をついているとも思えないし、扉が自然に消えるのをこのまま見届ければ問題ない。

 またダニエラが後日、同じことをするかもしれないが、ステイツに報告しておけば、直接か第1公社を介して対策をするはずだ。

 これでこの長い夜が終わるようやく終わる。

 残りは母さんの情報を聞きたいと思っていたところだったが、俺にとっての受難はこれからだった。


 突然、霊峰が唸りだした。

 すぐにそれは大型の魔獣が猛スピードで接近しているためだと分かった。

 俺も工藤先輩も、ダニエラだってもう戦える状態じゃない。

 こんなところに魔獣の襲撃だなんて、運が悪すぎる。

 弱い魔獣はダニエラが引き寄せて、工藤先輩のゴーレムが殲滅したので、上位種の可能性が高い。


 俺はすぐに工藤先輩に肩を貸して、離脱を試みようとするが、彼女の傍にたどり着いた時点で魔獣が先に到着してしまった。

 それは昼にも相対した猛獣だった。

 そう、ここでベヒモスとの遭遇だ。


 齧歯類のような顔のベヒモスに睨まれたら、猫に睨まれたネズミのように固まってしまった。

 しかし工藤先輩の言葉が硬直を解いた。


「待て高宮。こいつはベヒB助だ。顔をよく見ろ」


 いやいや、ベヒモスの顏の違いなど俺には分からない。

 しかし本当にベヒB助だったようで、俺たちを襲う気配が全くない。

 安心して胸を撫で下ろしたら、かの魔獣の背からスカートをひらつかせながら、少女が降ってきた。


「凛花! ついでに後輩くんも、そして読者の皆さん。私が来たからには、どんな敵だってフルボッコよ!」


(いや、もう戦いは終わったのですが……)


 ちなみにスマホの画面には、リズから「ごめん」というメッセージが表示されていたが、それを知るのはもう少し後のことだった。


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

やはりラストは会長さまです。

ヒロインTUEEEであり、ヒロインOSEEEでした。


 ***

『おまけ』芙蓉の切り札


固有魔法『魔法狩り』

能力:右腕が通過した場所の魔法を含む万物を魔力に変換して吸収する。分解速度、吸収量の上限なし。

発動条件:他者の血液を摂取および限界量まで魔力を吸収。

リスク:触れたものに対して無差別に発動する。精神汚染が発生する。時間経過で血液が中和されると自動で解除される。

備考:芙蓉自身は魔法式の力を引き出していると考えているが、実際は彼の力を抑えている魔法式を無理矢理こじ開けて起きた現象(1-SS2芙蓉の魔法考察より)。


火の下級魔法『ファイアボール』

クレアが書き込んだ魔法式で、全魔力を強制排出するように改良されている。

1度使うと魔法式が破損するので、再び刻む必要がある。


芙蓉くんの切り札は両方とも、今までの能力の延長線上でありながら、対極とも呼べるものでした。

予想できた読者の方は、中二偏差値がかなり高いと思います。


これでも無双できない不憫な主人公です。

芙蓉くんには、他の魔法を追加する予定がありますが、おそらく『終章 裏切りの騎士』までお預けです。

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