25 指輪の騎士 No.VII

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

凛花視点で吸血鬼戦です。


『あらすじ』

魔獣の異常発生

吸血鬼と遭遇

工藤凛花は指輪の騎士

 ***


『この力は紫苑を守るためのものだが、出し惜しみしている場合じゃないな。紫苑を守る指輪の騎士No.VII。工藤凛花だ』


 騎士ダニエラと名乗った吸血鬼に対して、私も名を明かした。

 魔法戦において、迂闊に名前を知られてはならないのは初歩的なことだ。

 特にニホンや華国の呪術には、名を基点に発動するものがしばしばある。


 しかし私の持論だが、名乗りというのはマイナス要素ばかりではない。

 名を口にすることで、自分自身のあり方を確立することができる。

 自己というものについて悩み続けた私にとって、指輪の騎士はただの肩書や魔法名ではない。

 これまでに紫苑と紡いだ絆であり、これからも彼女の傍にい続けると決意の現れだ。


 指輪の騎士になった者は超常の力を得る。

 それは限界を超えた先へ進む可能性。

 万能とは言い難いが、理不尽を跳ね除ける希望。

 現行の魔法の分類としては固有魔法に該当するが、魔法と一言で片づけてしまっていいものなのか分からない。


 本来ならば騎士としての力は隠すべきもので、ましてや紫苑の危機でもない状況で使うべきではない。

 しかし奴が騎士を名乗った以上、同じ騎士としてそれに応えるのが私のあるべき姿だ。

 否、それが私のありたいと願う自身の姿だ。


「君は、手出し無用だ」


 後ろを振り向かずに高宮に告げた。

 連携は先ほどの銃弾への付与魔法だけで、他に打ち合わせはしていないし、私の本来の戦い方は共闘に向いていない。

 しかも彼はまだダメージが抜けていない。


 癪な事だが、高宮がいてくれて良かった。

 彼はまだ何かを隠しているようだが、私が本気を出して押しきれなくても、まだ後ろが控えていると思うと気兼ねなく全力を出せる。

 それに吸血鬼が先ほどのゴーレムの腕の投下から、どのように生還したのかが不明だ。


 これまでの戦いで分かったことだが、恐らく奴は頭の中ですら詠唱をしていない。

 私も暗詠唱を修得しているので分かるが、通常の詠唱以上の集中力がいる。

 あれほど激しい戦いをしながら、動作に支障をきたさない訳がない。

 あの並列思考の天才、冴島ですら下級魔法に絞って、詠唱を悟られないために追詠唱なんて離れ業を使うことで、ようやく高速戦闘を可能にしている。


 一般の魔法使いは詠唱することで、次に使う手札を見せてしまうが、暗詠唱の使い手は手札を隠すことができる。

 さらに冴島の場合は2枚の手札を選んだ状態で、出すも引っ込めるも自由だ。

 ダニエラと名乗った吸血鬼はその上を行っていて、後出しで好きなカードを山札から直接出しているようなものだ。

 つまり単純な魔法戦では完全に後手に回る。

 しかし私との相性は決して悪くない。

 私の騎手としての能力は次の一手を考える必要すらない。


 巨兵や犬型のゴーレムは先ほどの攻撃の余波で戦闘不能になってしまい、残っているのは私自身と相棒バットだけだ。

 両手で握った相棒を正面に構えて、いつでも飛び掛かれる態勢を取る。

 剣術を学んだことはないが、正眼の構えというやつだ。


 一方、ダニエラの方は両刃の剣を片手で軽々と構えている。

 切っ先をこちらに向けてはいるが、剣の位置は定まらず、ゆっくりと揺らめいている。

 強力な魔法ばかりが目立っているが、奴は体術や剣術にも精通している。

 恐らく長物での勝負ではこちらの分が悪い。


 私の近接戦はスポーツや喧嘩の延長戦上であって、決闘に向いていない。

 静流や高宮のような武芸としての技と較べると見劣りしてしまう。

 ゴーレムとの連携で誤魔化しているに過ぎないが、それが通用するのは中堅のプロ相手までだ。

 ここまでの打ち合いで、すでに底を知られてしまっている。

 しかしそこに隙が生じる。


 バットを強く握ると、呼びかけの答えが返ってくる。

 さすがにいつも振り回している相棒だけあって、私との親和性が高い。


 両者の気がぶつかり合って、頭の中に戦いのゴングが鳴り響く。

 あえて正面から直進して、走りながらバットを振りかぶる。

 騎士を名乗る奴ならば魔法ではなく、剣で防ぐことを読んでの突撃だ。

 袈裟斬りのように振り下ろした鈍器に対して、ダニエラは最小限の動きで受け止めにきた。

 向こうがその気ならばバットを両断できたかもしれないが、まだ格下として見られているようだ。


 互いの獲物がぶつかり合い、火花と共に激しい音を散らした。

 奴は次の剣戟へと態勢を作ろうとするが、私はバットを剣のつばへと強引に押し込んだ。

 両刃の片方が奴の身体に肉薄するが、すぐに受け流そうと軌道を修正してくる。

 力の流れを変えられたバットは私の身体ごと、奴の横へと逸れていく。


 私は重心を後ろに移動して、その場に踏みとどまる。

 しかしバットはそのまま振り下ろされて、ダニエラの横の空を切った。

 当然、奴は態勢を崩した私へと剣を向けてくる。


 しかし私が合図しなくても相棒は分かってくれる。

 ダニエラの意識の外にあった空振りしたはずのバットが、急に直角に曲がった。

 軌道を表現するための比喩ではなく、文字通り曲がったのだ。

 さらにその先端が急速に伸びだして吸血鬼を打つ。

 不意打ちによってダニエラは横に飛ぶが、打撃は浅かった。


 私がバットの柄を標的の方へと向けようとすると、その動きと連動してバットは直線へと戻り、先端はさらに伸びてダニエラの顔面を狙う。

 奴は首を横に振って、飛来したバットを躱す。

 先刻まで顔があった位置を相棒が通り過ぎていく。


 近接戦闘において顔を狙うのには勇気がいる。

 当たれば大きなダメージを与えて、さらに次の攻撃へと繋ぎやすい。

 その一方で、クリーンヒットは難しく、外すと相手に反撃の機会を与えてしまう。

 上手うわてとの戦いでは、ある程度リスクを背負わなければならない。

 しかしリスクを覚悟しても、保険を忘れてはいない。

 簡単に躱されたが、私の攻撃はまだ続く。


 曲がったり、伸びたりしていたバットが今度は枝分かれする。

 ちょうど奴の眼前に、まるで腕のようなものが生え始める。

 腕は完成しきる前に肘を曲げて溜めを作り、完成と同時に拳が飛び出す。

 今度こそダニエラの顔面にクリーンヒットした。

 奴は1歩だけ後ろにのけ反った。


 先ほどと比べて吹き飛ばなかったが、今度こそ手ごたえがある。

 奴には後ろに飛んで、ダメージを受け流す余裕はなかった。

 しかしバットが当たったところは、痣どころかかすり傷ひとつ見当たらなかった。

 やはり何らかの方法で攻撃を受け流しているのか、それとも回復系の能力なのか裏があるようだ。

 後ろの高宮をちらりと見たが、彼は軽く首を横に振っていた。

 これまでに効果を確認できたのは、彼の銀の銃弾だけだが、その傷も今や見当たらない。

 もし吸血鬼が伝承通りならば、銀製品や水などでしか傷を与えられず、それでもなお不死なのかもしれない。


 そんな中、奴の方も私の魔法をいぶかしげに考察していた。


「錬金術……いや、違うな」


 確かに私が使ったのは錬金術などではない。

 土魔法に分類される錬金術は、金属の形状変換だけなら下級魔法に分類されるが、変形の際に運動量はほとんど発生しないので、打撃力はない。


 伸びていたバットは縮みだすが、戻ったのは長さだけで腕はそのまま残っていた。

 その先端がぐるりと曲がって、私の方へと向いてきた。


「嬢ちゃん、ワイで殴るんじゃねぇ。ワイはボールを打つための道具だぞ」


 久しぶりに起こしてやった相棒は、私たちにとってはお馴染みの挨拶をしてきた。


「後でいくらでもホームランかっ飛ばしてやるから、今は大人しく力貸しな」

「へいへい。バット使いの荒いご主人様だことで」


 一応断っておくが、私は何の変哲もないバットと会話する痛い娘じゃないぞ。

 相棒の声は周りにも聞こえているし、台詞と合わせて頭部(?)と腕が動いている。


 さすがの吸血鬼もこの光景に面食らったようだ。

 紫苑のせいで、私までデタラメな力を使えるようになってしまったので仕方がないか。


「なかなかに興味深い魔法だな。しかし1度見ればネタが知れる」


 私がわざわざ意味もなく、相手に情報を与えるような会話を、相棒とする訳がない。

 普段から身に着けている相棒以外は、対話に時間が掛かるので、その分を稼いだに過ぎない。

 そしてここら一体は、すでに私の味方で埋め尽くされた。


 今度は向こうから仕掛けてきた。

 吸血鬼はお得意の炎の槍をノーモーションで放つ。

 直線的な攻撃の後には、本命が控えているのが定石だが、そんな隙を与えるつもりはない。


 目の前の地面が浮かび上がり、私と槍の間に細い壁がピンポイントで出来上がる。

 槍の貫通力も炎の熱量も土の壁によって無へと変える。

 ダニエラが次の手を狙おうとしているが、私の方が早い。

 壁を解除することなしに、奴の足元に転がっていた石が飛び上がり、剣を握る手を目掛けて飛来する。

 さすがに自身の攻撃の隙を突かれた彼は、石を防げず剣を落とした。

 地面に落ちた剣の金属音が不格好に鳴り響く。


「今、魔法を使ったのか!?」


 不意打ちとはいえ、武器を落としたのでそれなりにダメージがあるはずなのに、手を普通に動かしている。

 これ以上観察を続けると、逆にこちらの情報を与えてしまう恐れがあるが、もう少しだけ確かめたい。


 剣を落としたダニエラの背後に大きな影が現れる。

 月明かりに照らされて現れたのは巨大な樹木。

 ここら一帯は、ゴーレムの腕を投下したせいで更地になっている。

 もちろん樹木など残っていないが、魔法で新たに生やした訳でもない。


 巨木は地面から根を出しながら、り足で歩くように吸血鬼に接近する。

 2本の太い枝が腕のように動きダニエラの腰に周り拘束する。

 そのまま腕は幹の一部になり、吸血鬼の身動きを取れなくした。

 奴は抜け出そうとありったけのファイアボールを樹木に叩き込むが、葉が少し焦げる程度で炎が燃え広がらない。

 火魔法は無生物に対してならば簡単に燃やせるが、魔力を持つ生物・・を着火するにはそれ以上の魔力が必要になる。


「自然を操る魔法か」


 わざわざ答える必要などない。

 そんな暇があれば攻撃の手を強める。


 今度は3つの石ころが飛び跳ねて、身動きの取れないダニエラの頬を鋭く掠り、3本の切り傷を残した。

 それ以上の攻撃一旦止めて、じっくり観察させてもらうと、驚異的な回復力で元に戻っていくのが見えた。

 さらにその回復の速度に違いまでしっかりと確認できた。


 当たりだ。

 今、試した3つの石は銀イオンの含有量を振ってある。

 そして銀の割合に比例して傷の治りが遅かった。

 つまり奴は武術に魔法、そして回復能力まで1級品だが、銀による攻撃は回復速度を阻害する働きがあるようだ。

 自動回復は脅威だが、上手く突けば奴の足枷になる。

 指輪の騎士の中にも回復系の能力者がいるが、魔力と精神力の消費が極端に激しい。

 つまり銀製品で何度もダメージを与えれば、奴は回復に多くの魔力を使うことになり、ガス欠に追い込める。

 逆に私の魔法は魔力効率が良いので、消耗戦には有利だ。


 さすがの奴も私の読みを察して、表情がもう一段真剣になった。

 未だに拘束が続いている相手に向かって、さらに追撃を掛けようとしたが、強風によって阻まれた。

 ダニエラは自分を中心に無差別に風魔法を放ったのだ。

 砂埃が舞い上がり、風が目で見えるほどの勢いだ。

 風は分厚くて、斬撃というよりも打撃に近く、空気の壁が押し寄せてくる。


 私はバットを地面に突き刺し踏ん張ろうとする。

 相棒も2本の腕を生やして地面を掴むが後退を強いられた。

 次第に風は弱まっていき、奴を取り押さえていた樹木は、ズタボロになってしまった。


 しかしこれは好都合でもある。

 私も距離を取りたいと思っていたところだ。


「先ほどの石も、木の動きも土魔法の枠を超えている。何よりそなたから指令を発している気配がない。1番近いのは憑依系の固有魔法だが、あれらは本体が無防備になる。話すバットといい……もしかして生命の付与をしたのか。しかしそれでは魔力の収支が合わない。そなたの魔力量では不可能だ。しかし人格……意思を付与するだけならば可能なのか」


 距離があるのをいいことに、何かを言っているが相手にするつもりはない。

 今優先すべきことは銀の収集だ。

 手で地面に触れたら怪しまれてしまうので、足から魔力を流して、地面に突き刺したままのバットに銀を集めていく。

 魔力をできる限り薄くして、広範囲をカバーする。

 銀たちの声が聞こえれば、後は彼らの方から集まってくれる。


 奴が口にした生命や意思の付与などバカげている。

 私にとって生物と無生物の違いはそんなことじゃない。

 ただ声の大きさ・・・・・だけだ


 物質に意思を付与する必要などない。

 なぜならすでにそこに意思は宿ってあるから。

 ただ声があまりにも小さすぎて、普段私たちの耳には入ってこない。


 工藤家に引き取られて1人でいることが多かった私は、いつしか人形たちの声が聞こえるようになった。

 それは次第に大きくなり、今では耳を傾ければ万物の声が聞こえてくる。

 そして言葉を交わすことで、それらに宿った意思は増幅していく。

 増幅といっても微々たるもので、会話を止めればすぐに元に戻ってしまう。

 しかし紫苑の騎士になってから、この意思の増幅が急激に大きくなり、モノたちはスクリプト無しでも動き出すようになった。


 生命や意思の付与などとの大きな違いは、もともとそこに存在する意思を増幅するだけなので魔力効率が圧倒的に良い。

 すでに相棒バットはもちろんのこと、周囲の石、砂、木々たち、霊峰のありとあらゆるモノたちが私の味方だ。

 さらに操っているわけではないので、1度呼び起こせば私の指示が無くても、時間切れまで自立行動する。

 しかも彼らは自身の魔力を持つ。

 私の呼び起こした樹木を振りほどくのにダニエラが苦戦したのは、樹木自身の魔力がその意思によって行使されたからだ。


 しかし全ての物質に、この力を使えるわけではない。

 意思を呼び起こせるのは私に友好を示すモノだけだ。

 事前に霊峰と交渉をしておいたが、先ほどゴーレムの腕を投下したせいで、私に敵意を示すモノもいる。

 それでもダニエラの儀式がお気に召さなかったのか、協力的な子たちが多い。


「(嬢ちゃん、準備完了だぜ)」


 相棒が私にだけ聞こえる声で告げた。

 地面に微量に含まれている銀を集めてバットの表面にコーティングするなど土魔法の使い手にとって初歩だ。

 それに銀の収集は私の手を離れて、地面たちが率先して手伝ってくれている。


 ダニエラはまだぶつぶつ言っているが、こちらの準備は完了したので再び攻勢に入る。

 まずは奴の足元から石礫が奇襲する。

 四属性魔法で土魔法を打ち破るには、風魔法が良いとされているが、単純に土魔法を防ぐだけならば同じ土魔法が良い。

 吸血鬼は土の壁を作るが現れたのは、薄くて穴だらけの壁だ。

 ここには奴の味方がほとんどいない。

 意思に目覚めた地面たちが魔法の行使を拒絶して抵抗した結果だ。

 これまで余裕だった吸血鬼も、この異常事態に対応が遅れて、壁を貫通して襲い掛かる石たちを回避できない。

 大してダメージは無くても、十分な隙を作れた。

 奴の肩を目掛けて、銀でコーティングした相棒をフルスイングした。

 銀の銃弾で撃たれたときも声を漏らさなかった奴だが、さすがにうめき声をあげた。


 回復のために距離を取ろうとした奴の進路を新たな樹木が塞ぐ。

 そして1度は地面に落ちた石たちが再び跳ね上がる。

 前回樹木の拘束から抜け出したように風魔法を使ってくるが、ダメージのせいかそれとも動揺のせいか、威力が格段に落ちている。


「たとえ人格を付与できたとしても、ここまでの強化はありえない」


 スクリプトで操るのとは訳が違う。

 諸説あるが、私は魔力とは万物に宿るエネルギーの余剰分を意思の力で汲みあげたものだと考えている。

 つまり意思が増幅された彼らは、自身の魔力をより明確に引き出している。


 石たちの体当たりと、木々の攻撃に私と相棒も加わる。

 ダニエラはバットを1番の脅威と判断して、それ以外の攻撃を受けることはあっても、決定打は剣でしっかりと防いでいた。


 未だに押し切れないが、このまま消耗戦になれば、こちらに分がある。

 しかし何かが腑に落ちない。

 こちらが有利な状況が続くのがやけに妙だ。

 戦闘とは大きな流れがあるにしろ、局所的には攻守が常に入れ替わっていくものだ。

 しかし今は一方的に私の攻撃が続いている。

 それなのに一向に押し切れない。

 何かを企んでいるようで、怪しくてならない。

 そんな中、ダニエラが口を開いた。


「騎士同士の決闘が清く勇ましいのは物語の中だけだ。武芸に魔法、知力。ありとあらゆるものを使い相手の命を刈り取り、勝利の栄光を手にすることこそが我らの誉れ」


 わざわざ堅苦しい言葉を選んでいるが、ここまでは騎士としての理想的な戦いをしてきたが、ここからは実戦に徹するようだ。


 その宣言の直後から、山がざわめき始めた。

 仲間たちの伝聞が、すぐに何が起きたのか私に教えてくれた。

 霊峰にいる魔獣たちがこちらを目指している。

 これが狙いだったのか。


「魔界への扉の研究は、主に魔獣の召喚のために行われてきた。それゆえに我は魔獣についても造詣ぞうけいがある。完全に操ることはできなくても、奴らを特定の場所に集めたり、特定のターゲットを攻撃させたりする程度ならば可能だ」


 わざわざ説明されなくても状況は理解できている。

 つまり吸血鬼の相手をしながら、これから押し寄せて来る魔獣にも対処しなければならない。


 さっそく乱入者が現れた。

 四足歩行の足が早い獣型の魔獣たちだ。

 その数4匹。

 奴らは吸血鬼を気にもせず、私だけに飛び掛かってきた。


 しかし詠唱はすでに完了していた。

 私の周辺の地面がいくつも浮かび上がり、お馴染みのレンガ型の巨人と形を成していく。

 急ごしらえだったので、魔獣と同数の4体が限界だった。

 それでも各個体が魔獣を1撃で瀕死に追いやった。


「高宮! こっちに来い」


 ゴーレムたちが魔獣を牽制している間に彼を呼び寄せた。

 そしてすぐに次の詠唱に入る。

 無防備になったところを突かれないためと、これからの戦いに巻き込まれないために、彼には傍にいてもらいたい。

 吸血鬼の方も先ほどまで、防戦一方だったので消耗しているのか、私の詠唱を無理に邪魔してこない。


 ソマリとペルシャもそうだが、先刻召喚したゴーレム4体は同時に造り出した。

 暗詠唱を修得してから、強力な副次効果を得た。

 それは同じ材質、同じ形状のゴーレムならば同時に製造できることだ。

 しかも同時の方が魔力の消費効率が良い。


 霊峰中の私の味方たちが魔獣の進行を防いでくれているが、足止め程度にしかならない。

 魔力を持って生まれた魔獣に対して、意思が目覚めたばかりの子たちが勝てる訳がない。

 対魔獣の主力はゴーレムたちに任せる必要がある。


 すぐに私を中心に円状の戦線が出来上がっていった。

 霊峰中の魔獣が押し寄せてくるが、私も負けじとゴーレムを製造して前戦へと投入していく。

 平均的にはこちらのゴーレムの方が強いが、時折現れるオーガなどの中堅どころに破壊されることもある。

 しかし戦線を徐々に押し上げていく。


 ゴーレム創成で最も時間と魔力が掛かるのは、スクリプトを組み上げることだ。

 スクリプトには事細かな状況に応じて、行動パターンを書き加える必要がある。

 しかし多くの条件付けは、逆に行動の迅速さ失わせてしまう。

 この辺りは術者の腕の見せ所だ。

 しかし私は作り出したゴーレムに自身の持つ意思を呼び起こすことができるので、スクリプトのタイムラグを必要としない。

 ゴーレムの材料たちには、元々微弱な集合意識があり人形の形になることで、ひとつの人格として確立される。

 結果として私のゴーレムの生産速度は10秒で最大20体だ。


 数に限りがある魔獣に対して、ゴーレムは私の魔力が続く限り増え続ける。

 増えたゴーレムたちは己の意思で動き、私に協力してくれる。

 より強力な個体も造れるが、レンガ型のゴーレムの費用対効果が1番高い。

 数の暴力によってゴーレムたちが魔獣を押しつぶしていく。

 量産された巨兵たちには意思が芽生えたせいで個性があり、あるものはパンチやキックを使い、あるものは猪突猛進に突っ込む。

 下位の魔獣にしてみれば、どの攻撃も1撃必殺であり、中位の魔獣でも数発で崩れた。

 巨人たちが通った後には、魔獣たちの死骸が土地の肥やしとなっていく。


 後は時間の問題になった段階で、私は決戦兵器の製作に取り掛かった。

 この魔獣たちの襲来がダニエラの切り札ならば、この戦いの決着も間近だ。

 魔獣のペースが落ちてきたので、新たなゴーレム創成のために不必要なゴーレムたちにはお礼を告げて地に返ってもらい、魔力を回収していく。

 次第にゴーレムも魔獣も減っていき、最後には私の前に吸血鬼と切り札の1体だけが残った。


 ダニエラの命令に従った霊峰中のほとんどの魔獣を狩り尽くした。

 幸いなことにベヒA娘とベヒB助が操られていなくてよかった。

 流石に紫苑のペットを殺めるのは忍びない。

 どうやらベヒモスクラスの上位の魔獣はダニエラの命令を振り切れるようだ。


 そして決着のために私が用意したのは、銀の騎士。

 今までの巨大ゴーレムとは違い、等身大サイズで剣と盾を持ち、兜と甲冑を身にまとった鎧騎士だ。

 もちろん材料の大半は奴の弱点の銀を用いている。

 銀が有効だと分かってから、この戦いの最終局面ではこいつを使うことを決めていた。


 ダニエラも私の銀騎士を警戒している。

 私と相対したときと違い、しっかりと得物を構えた。

 剣を両手で持ち、刃を水平にして顔の高さにまで上げていた。

 上段に構えた霞の構え。

 奴はただ銀製の騎士だから、しっかりと構えたわけじゃない。

 彼は他のゴーレムとは違う。

 この子は相棒以上に長い付き合いだ。


 先に仕掛けたのは、ダニエラの方だった。

 繰り出したのは高速の突き。

 私の反応速度では見切れないが、銀騎士は左に持った盾で軌道を変えて外側へと流した。

 攻撃を防がれた吸血鬼は、そのまま減速せずにゴーレムの後ろに回る。

 しかしゴーレムが振り返る方が早い。

 今度は彼が吸血鬼に対して剣を振り下ろした。

 剣がぶつかり合う瞬間を狙って、後ろにいた私がダニエラの背中へとバッドを振る。

 しかし吸血鬼は剣をそのままの位置に添えながら、体の捻りだけで私の攻撃を回避した。

 腕を生やした相棒が追撃をしようとするが、炎に行く手を阻まれた。


 互いに新たな手は無いようで、急速に攻守が入れ替わる死合が続く。

 吸血鬼がアクロバティックな動きや魔法を使うのに対して、私のゴーレムの剣筋はオーソドックスで連撃は無く、振り下ろしたら1度剣を引き、守りに徹した戦いをしていた。

 しかしシンプルだからこそ崩し難い。

 ダニエラが翻弄しているように見えるが、実際は術師の私を狙おうにも、ゴーレムの守りが固くて突破できていない。


 しかし決着はいずれ訪れる。

 ダニエラの剣が銀騎士の鎧の関節を捉えたのだ。

 盾と反対側にあった右膝が狙われた。

 傷みを感じないゴーレムでも、関節に剣が入り込めば動けなくなる。

 ダニエラは獲物から手を放すと、長く伸ばした爪で今度は兜の隙間を貫く。

 しかし爪は兜を貫通することなく、兜はあっさりと地に落ちた。

 そこに本体がないので、切り離すことにした。

 首のない鎧騎士は武器を手放して、空いた両腕で吸血鬼を拘束する。


 私は身動きの取れない吸血鬼の顔面に向かって、バットをフルスイングした。

 久方ぶりにバット越しに骨を砕いた感覚が伝わってきた。

 これでようやく吸血鬼は事切れた。

 回復するかもしれないが、今は銀のゴーレムが拘束を続けているので、すぐに対処できる。


 兜の落ちた首なしの銀の鎧の中から、本体がひょっこりと現れる。

 それは王冠を被った男の子のぬいぐるみ。

 鎧から飛び出た王子様の頭を撫でてねぎらった。


 工藤家に引き取られてから、常に私の傍にいてくれた子の1人だ。

 付き合いが長いだけあって、この子にはこれまでの戦いの経験が蓄積されている。

 林間合宿にはこの子しか連れてこられなかったが、私と共に育ったぬいぐるみたちは他にもある。

 この子たちを核にしたゴーレムこそが私の奥の手。

 これほどの事態になるならば、他の子たちも連れて来れば良かったが、ぬいぐるみをたくさん持ってくるのはさすがに恥ずかしい。


「工藤先輩! まだです」


 高宮の声に反応して、ダニエラに目を向けると銀の鎧に掴まれていたその体が徐々に薄くなって、陽炎のように揺らめき最後には消えてしまった。


「言ったであろう。殺すまでが決闘だ」


 後ろから声がして振り返った時には、痛みが走り地面にたたきつけられていた。

 とっさに身体を引いたが、それでも左肩から背中に掛けて激痛が走りだす。

 私の目の前には無傷のダニエラが血で濡れた剣を握っていた。

 現状を正しく認識できていたが、次の行動を選択できなかった。

 追い打ちをかける吸血鬼に、私の王子様が立ちふさがる。

 しかしその手には武器が無い。

 一刀目で鎧の右腕が飛んだ。

 次の攻撃で左足。

 地に這いつくばってでも、私の盾になろうとする。


 読み間違えていた。

 奴の耐久性のカラクリはふたつあったのだ。

 ゴーレムの腕を投下したときに回復能力で生き残ったと考えていたが、それが大きな間違いだった。

 回復能力と霧への変化のふたつの特性を併用していたのだ。


 霧になれるならば、私や高宮のような物理攻撃主体では対処が難しい。

 最初から負け戦だったのだ。


 鎧は粉々になりながらも私の王子様は吸血鬼の前に立ちはだかる。

 私は最後の力を振り絞るが、相棒を握る力すら残っていない。


「私のことはいいから、あなただけでも逃げて」


 弱音を溢したのは、紫苑と出会ったとき以来かもしれない。

 それとも土の精霊王の姿を目の当たりにしたときだったか。

 ぬいぐるみだと笑う人もいるかもしれないが、彼は私の友人であり、そこには意思が宿っている。

 ダニエラが私たちにまとめて最後の引導を与えようとする。

 そこで視界が暗転した。


 しかし意識はまだぼんやりと残っている。

 背中にぬくもりを感じる。


「もう十分です。後は俺に任せてください」


 彼の言葉を最後に意識が暗転した。


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

多彩な能力を持つ工藤凛花ですが、その能力の根源は前回の過去編をしっかりと引き継がせていただきました。

なお、ゴ〇ルド・エクスペリエ〇スの下位互換というツッコミはお控えください。


 ***

『おまけ』

凛花「負けたぁ! 後ちょっとだったのに悔しい!」

紫苑「凛花は最近目立ち過ぎよ。他のぬいぐるみも持って来ていれば、まだ戦えたかもしれないけど、残りの出番は私に譲ってもらうわ」


凛花「高宮は? 一応主人公なのだし」

紫苑「タカミヤって、後輩くんのこと? 最近目立たないから眼中になかったわ」

























静流「しおんちゃん、りんかちゃん……私の出番はいつですか?」

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