24 人形使いになった人形
“私の名は工藤凛花、九重紫苑を守る騎士の1人。しばし私の軌跡について語ろう"
***
私は裕福でもなければ、貧乏でもない、ニホンの平凡な家に生まれた。
パパはサラリーマンで年相応に稼ぎ、まだ若かったけど会社の紹介のローンで建てた家に、親子3人で暮らしていたらしい。
パパはお仕事で忙しくて、ママも半日はパートがあったので、保育園に通っていたことをぼんやりと覚えている。
休日にはパパもママもお
だけどそれは全て、前の家族のことでしかなかった。
“ママはとある名家の傍流だった”
戦前から続く工藤財閥。
もともとは鉄鋼業で成り上がった工藤家だったが、当初はニホンの経済界の末席でしかなかった。
しかし2度の大戦で躍進を果たした。
魔法業界への進出が大きな転機になったのだ。
ニホン帝国軍の魔法部隊の装備開発で世界のトップに乗り出して、外様でありながらもニホン経済界の筆頭になった。
工藤家には時代遅れの、とある風習が残っていた。
一族の
これこそが激動の時代で工藤家がのし上がった理由のひとつである。
実際に養子が当主になることは少なかったが、後継者争いに優秀な人材を混ぜることで、どの世代でもより優秀な長が誕生していた。
この風習のため一族の人間は、1度は長と面会する必要があった。
それは私も例外でなかった。
すでに工藤家から出奔したママだったが、親類に逆らえず5歳の私を連れて、一族のパーティーに出席した。
末端の私のために当主が時間を割くことはなく、パーティーの中で挨拶を交わせば、それで任務完了のはずだった。
このとき、工藤家の現当主である
彼は2回目の大戦の折、工藤グループの開発部門を率いて、ニホン帝国が大陸に勝利するきっかけを作った立役者だ。
その後、工藤家の長と会社の社長に就任してからは、ニホンの軍部だけでなく、政財界にまで顔が利く大物に成り上がった。
現在の工藤財閥を築き上げた男だ。
この源十郎だがひとつだけ、どうにもならない悩みを抱えていた。
それは後継者問題だ。
彼はあまりにも突出し過ぎていたのだ。
80を過ぎて全盛期にこなしていた業務の多くを、親族や部下たちに分散させていても、肝心の後継者を決めかねていた。
彼の3人の息子は優秀だったが、源十郎の次を担うには力不足だった。
そんな工藤源十郎は何を
パパとママと引き離されて、そのときから私は
そこから私の物語の歯車が狂いだした。
今ではもう、前の家族との思い出は、時の流れと共に薄れてしまった。
私とは違う、幸せだった女の子の夢に過ぎない。
***
仕事で忙しい
私は文字通り厄介者だった。
なぜ源十郎が私を選んだのか分からないが、その子供たちに私は歓迎されていなかった。
それも無理ないだろう。
言外に後継者として不十分と言われて、その代わりに現れたのは、まだ字もまともに書けない小娘なのだから。
血が繋がっていると言っても、家系図の端の方まで辿らないといけない、今まで存在すら知らなかった他人に過ぎない。
義理の兄と姉になる長男夫婦は、年が離れていることから私に父様、母様と呼ばせた。
新しい両親の子供たちは、甥、姪に当たるのだが、私が1番幼かったので兄、姉として接した。
当時は不思議に思わなかったが、子供たちを私よりも上だと刷り込ませるためにこのような扱いをしたのだろう。
父様は私を家族の中で1番下の立場として扱った。
年功序列を考えれば、おかしなことではないが、工藤財閥の中ではルール違反だった。
私と父様は後継者候補として、ライバル同士なのだから。
本来ならば、私が不当な扱いを糾弾しなければならないが、5歳の子供にそんなことできる訳がない。
私は天才少女でもなければ、特別な力があったわけでもない。
ただ
源十郎の考えは分からなくても、父様が私を飼い殺しにするつもりなのは明白だった。
工藤家の本邸は豪華で
新しいお家で私は、1人でいることが多かった。
それに教育は専属の家庭教師が何人もいたので、学校に通うこともなかった。
父様にとって私の面倒は、保険に過ぎなかった。
もし源十郎が私を正式に後継者に選んだ場合、後見人として私を
愛情などはあるはずもなく、食事を与えて最低限の教育を施す。
それは家畜どころではない。
綺麗に着飾っているけど、自由意思を持つことを許されないお人形さん。
それこそが父様が工藤凛花に与えた財閥における配役だった。
体を動かすことは好きで、養女になる前は毎日のように日が暮れるまで近くの公園で遊んだ。
親友と呼べるような特別に仲のいい友達がいたわけではないけど、その日初めて会った子たちにもすぐに溶け込んで遊ぶこができた。
しかし工藤の家で暮らすようにになってから、屋敷から出ることは許されず、顔を合わせるのは家庭教師たちと使用人たちだけだった。
食事は父様たちと同じテーブルでしていたが、あの人たちは私に無関心を決め込んでいた。
外に出ることや、友達を作る機会がなかった私は、次第に自分というものが分からなくなっていった。
家庭教師たちによる勉強を除くと、やることが少ない私は自室でたくさんのお人形さんに囲まれていた。
長男夫妻は源十郎の前では私のことを手厚く扱っていたので、この部屋も小さな子供向けに可愛らしくコーディネートされていた。
大きなクマさんに、可愛いドレスを着た女の子、ペガススに乗った王子様もあった。
私がお人形さんと遊んでも、お人形さんはそこにあるだけだった。
でも私だってこの子たちと同じでしかなかった。
自分では何もできず、何も考えない。
ただひとつ違うのは、私は小さくだけど声を出せる。
だから私がお人形さんの気持ちを考えて、お人形さんの分もたくさん喋ってあげた。
毎日たくさんお喋りしていたら、お人形さんの方から私に話しかけてきた。
寂しさを紛らわせるために、私の精神が傾いていたからかもしれない。
それでもお人形さんたちは、私のことをとても心配してくれていて、最後に一緒に動きたいと言い残した。
だから自由に動けるようにすることにした。
お屋敷からは出られなかったけど、お勉強ならいくらでもできた。
図書室には本がたくさんあったし、インターネットだって使えた。
父様たちには秘密。
もちろん家庭教師たちにも知られないように。
そして私は魔法に出逢った。
***
最初はお辞儀や、歩く動作、握手に、ジャンプと少しずつ動きを加えていった。
もちろんお人形さんにどのように動きたいのか聞いて、その通りにスクリプトをひとつずつ組んで行った。
どんどんバリエーションが増えていき、動作も滑らかになっていった。
季節が数回巡る頃には、私がいなくてもお人形さんたちは、部屋の中を自由に歩き回れるようになっていた。
父様たちはもともと私に興味がなかったので、食事の時間とお勉強の時間だけ気をつければ、バレる心配はなかった。
しかしまだ子供だった私は、決定的なミスを犯してしまった。
その日は予定外のことに、早く仕事を終えた源十郎が珍しく屋敷に帰ってきていた。
彼は帰宅するなり、私の様子を見に来たのだ。
使用人たちは別として、小学生の子供の部屋に入るのにわざわざノックする大人はいないだろう。
私がお人形さんたちと遊んでいる姿を源十郎に見つかってしまった。
自分が普通でないことに、薄々感じていたが、源十郎の驚いた顔を見て、それは確信へと変わった。
大人にバレてはいけないことだと、心の内では分かっていたはずだったのに。
その晩、工藤財閥の会社の重鎮達が屋敷に集められた。
正装をさせられた私は、審判のときをただ待つばかりだった。
多くの大人たちの前で、源十郎の養女として紹介された。
工藤家の本筋では周知のことでも、会社の人間たちは初めて私の存在を知って驚いていた。
しかし場が冷める前に源十郎は、私への判決を言い渡した。
「この工藤凛花を私の後継者、ゆくゆくは工藤家の当主に、そして本社の次期社長に指名する。18歳になったら本格的に引き継ぎを始める」
その場にいた誰もが様々な異論を口にしたがっただろうが、源十郎はそれ以上何も言葉を発しなかった。
一族にも、会社にも彼に逆らえるものは、誰1人いなかった。
なぜ私を選んだのか私自身すらも分からなかった。
***
あの晩以降、長男夫妻の私への待遇が大幅に改善された。
父様からしてみれば、私が後継者に指名されたとしても、それは源十郎が完全に引退してからだと見込んでいたようだ。
しかし私の後見人として源十郎自身が目を光らせながら、継承を行うことになった。
源十郎の決定は彼自身の気が変わらない限り、誰も覆せない。
工藤財閥の会社で働く長男からしてみれば、私に睨まれれば未来がなかった。
一方、お兄さまとお姉さまからの当たりは強くなった。
自分たちの親が、自分よりも私のことを重く扱ったことが気に食わなかったのだろう。
子供は無垢で幼い。
正しいとか間違っているとかではなく、感情で動く獣だ。
大人たちの目を盗んで、私に嫌がらせをしてきた。
最初は態度や言葉だったけど、徐々に陰湿になっていった。
腐っても名家の子息なので、私に外傷を与えることなくあの手この手を使ってきた。
それでも私は必死に耐えた。
というよりも、たとえ当主に指名されたとしても、お人形さんでしかない私にとって、どこまでが冗談で済むことで、どこからが声に出して訴えるべきことなのか分からなかった。
しかしあろうことか彼らは、私のお人形さんたちを
そのとき私は、工藤凛花になって初めて泣いた。
それは叫んだり、喚いたりするものではなく、嗚咽を漏らしながらただ涙を流し続けるものだった。
その後、残りのお人形さんたちを誰の目にも触れないように隠した。
頑丈な人形を作らなければ。
私がこの手で、壊れない肉体を生み出さなければ。
人形作りはスクリプトのお勉強に比べれば簡単だった。
細部に至るまでのしっかりとしたイメージ、材質の理解、呪文と魔力の制御。
最初は土で作ったお人形さんだったけど、お部屋が汚れるから、硬いレンガや、金属でロボットみたいな子を作った。
そしてバラバラになってしまったお人形たちの心を、新しい体に移動させた。
さすがにやり過ぎて、このことを父様たちに知られてしまった。
源十郎は私の特異性を知っても接し方を変えなかったが、この人たちはあからさまに私を遠ざけた。
より一層、お人形さんによるお人形遊びの時間が増えていった。
***
ある日、お人形さんたちは外の世界には、もっと楽しいことがあると言いだした。
そして私のことを可哀想だと。
私の世界はあなた達だけだったのに……。
それでも次第に外の世界に興味を持った私は、お人形さんたちを屋敷の外に放った。
もちろん目立たないように工夫して。
そして帰ってきたお人形さんに記録された冒険の記憶を観賞した。
お外の世界には学校というものがあって、私くらいの子供がみんなで勉強したり、運動したり、遊んだりしていた。
私の興味は次第に外へと向いていった。
特に野球というスポーツに関心があった。
お人形さんが持ち帰った映像を楽しむ私を、家の人たちは気味悪がっていた。
それでも外の世界への渇望を捨てきれず、こっそりと屋敷を抜け出した。
***
屋敷でお人形さんを演じる日々と、外での冒険の二重生活が始まった。
しかし右も左もわからないお嬢様が、外の世界をまともに歩ける訳がない。
昼間に歩けば警察に、夜に歩けば悪い大人に目をつけられるのは当たり前のことだ。
しかし最初に私が絡んでしまったのは、どっち付かずの中途半端な連中だった。
「
「子供相手にみっともないことはやめな」
いわゆる不良女子たちだ。
学校で煙たがられて、私と同じ行き場のない放蕩者。
言葉遣いは荒くても、その手はとても温かかった。
彼女たちからしてみれば、私は野良猫程度の扱いだったのだろう。
毎回ではないが、外の世界を冒険するときに、彼女らと会うことが増えていった。
この奇妙な関係は奇跡的に年単位で続いたが、ちょっとしたきっかけで崩れてしまった。
彼女らは気性の激しい連中だったので、恨みを買ったり、誤解を招いたり、生傷が絶えなかった。
そして偶々、私が一緒にいるときに因縁を付けられてしまった。
早く逃げろと言われたが、なぜお人形さんである私が、彼女らを置いて逃げなければならないのか。
私の目の前で傷付き、辱しめられようとする不良女子たち。
いつの間にか前に進み、拳を振り上げていた。
工藤凛花12歳、初めて他人を傷付けた。
ひと周りも、ふた周りも小さい少女に伸されるとは、奴らも思わなかっただろう。
工藤家で英才教育を受けた私は、効率良く鍛え上げられた肉体を有していた。
さらにお人形さんたちと同じように、私の身体にもスクリプトが組んであって、最適な動きをサポートしてある。
そんな私がちんぴら相手に
工藤凛花のストリートファイト初戦は白星で幕を下ろした。
このとき私は気づいたのだ。
私を操ろうとする糸はすでに切れていたことを。
しかし屋敷に戻れば、お人形さんの生活へと逆戻りだった。
再びたくさんの糸に絡み取られて、不自由になっていった。
生活基盤のない小娘が家を出ても生きていけるわけがない。
そこからは喧嘩に明け暮れる日々が続いた。
普段空虚な私でも、人を殴る時も、殴られる時も自分自身というものを実感できた。
免許を持たない人間が魔法を使ってはいけないことは知っていたが、軽い運動補助程度なので、傍から見れば少し魔力が多い程度にしか見えない。
むしろ、あからさまに魔法を使ってくるような連中をぶちのめすのは爽快だった。
今にして思えば、派手に騒いでおきながら、警察や魔法公社の手が回らなかったのは、源十郎が暗躍していたからだろう。
いつしかどこかで拾ったバット片手に、一方的な戦いが増えていき、再び虚しくなっていった。
工藤の家の人間も私の行動を看過できず、止めようとしたが、力で押さえつけられる者などいなかったし、肝心の源十郎は私の行動を黙認していた。
結局、私には自由など無いことを知ってしまうと、拳は次第に軽くなっていった。
しかし私の憂いとは裏腹に、外の世界に出る日がやってきた。
長男夫妻が東ニホン魔法高校への進学を勧めて、源十郎も反対しなかった。
東高への進学は、ほとんど厄介払いみたいなものだったが、源十郎は私を後継者から外さなかった。
ようやく私は工藤の屋敷を離れて自由になれたのだ。
私の物語はここから始まるのだと思っていた。
***
喧嘩はスッパリと止めて、勉学とスポーツに打ち込んだ。
なんでもできたが、特に野球にのめり込んだ。
東高の部活動には、大きく2種類の生徒がいる。
ひとつ目は、魔法に活かそうと部活に励む者。
ふたつ目は、純粋に部活動を楽しむ者。
しかし後者の方は、魔法の才能が思うように開花しなかった落ちこぼれが多い。
そんな中、私は入試2位の順位で入学して、さらには部活動でも魔法とは関係なく活躍をしていた。
そんな私は周りから天才ともてはやされていた。
クラスメイトや部活仲間とは良好な関係を築けていたが、特に親しい人物はいなかった。
野球の試合で勝ったり、新しい魔法を会得したりするのは、嬉しいはずなのにどこか虚しくて気分が晴れることがなかった。
きっとあいつのせいだ。
いつも1人、端の方で何か思いつめたような表情を浮かべていた。
野暮ったい眼鏡に猫背で、話し掛けても人の目を見ようとせず、いつもおどおどしていて、まるで自分が世界の不幸を全て背負っているかのような顔だった。
寮で同室だったが、夜になるとベッドの中でめそめそと泣いているのが1番ムカついた。
工藤の屋敷に引き取られた頃の、昔の私を見ているようで余計に腹が立った。
その辛気臭い顔を見るたびに、私は気分を害した。
当時は彼女の名前など気に掛けなかった。
この物語に主役がいるならば、それは私であって、彼女は名も知られぬキャストに過ぎないと思っていた。
なのに彼女は、いつも私の視界の中を
本当は彼女のせいではなかった。
ただ自由になりながらも、何も得ていない未だ空虚なお人形さんに過ぎない私自身を認めたくなくて、外に理由を求めたに過ぎなかった。
魔法でもスポーツでも、より上を追求する私の姿勢は、自身を孤独にしていった。
外の世界にあんなに憧れていたのに、私はどこか自分でない誰かを見ているような気分だった。
結局、自由になった私は本当に欲しい物が何かも分からないまま、ここでも天才という配役を演じるお人形さんになりさがっていた。
***
そんな私に転機が訪れた。
新人戦で2位になり、校内ランキングでも上級生を相手に負け無しで躍進していた。
そして同期の草薙静流にも再戦して、新人戦での雪辱を果たした。
しかしこの頃の私は調子に乗っていた。
まさか東高の敷地内で誘拐されるとは思わなかった。
どうやらランキング戦で倒した上級生が一枚噛んでいたようだが、今になってみればそんなことどうでもいい。
私を襲ったのは2人組みの魔法使い崩れ。
東高のOBだが、精神的に不適格とされ、魔法公社のライセンスを得られなかった者たちだ。
こういう連中は、大人しく社会に組み込まれず、汚い仕事を請け負うようになることがある。
プロ相手ではないからと甘く見ることなどできない。
皮肉なことにそこら辺のプロよりも実力があり、
「娘の誘拐を依頼するなんて、よっぽどだな。俺たちもクソだが、それ以上にクソだ。まぁ金を貰えるなら何でもするがな」
奴らの言葉に嘘はなく、依頼主は本当に父様だったのだろう。
彼は私が東高を卒業して、再び工藤家に戻ってきたら手に負えないと考えて、その前に決着をつけようとしたのだ。
幸いなことに父様は私の最期を自分の目で見届けようとして、殺しではなく誘拐の依頼をしたのだ。
私はどことも分からない倉庫に連れ込まれ、両手両足を縄で縛られ、
ゴーレム使いにとって、手で材料に触れられないのは、それだけで致命的だ。
さらには口を押さえられては、詠唱ができない。
しかし奴らは知らなかった、私が当時すでに暗詠唱を修得していたことを。
実戦ではまだ不十分な精度だが、発動までの時間に余裕があれば使えないこともなかった。
しかしひとつだけ問題なのは、奴らが2人組なことだった。
1度の魔法でプロ相手に勝負を決められると思うほど、自惚れてはいなかった。
誘拐されたときは不意打ちだったが、正面から1対1で対峙したとしても、学生の私が勝てるのか分からなかった。
考えうる作戦は、まず地形破壊魔法を使って動揺を誘い、その隙に手足の拘束を解くというものだ。
かなりその場任せでリスクが大きいが、時間が経過すれば消耗するのはこちらの方だ。
せめて片方の注意が逸れた隙を探ろうと、タイミングを計っていたが、意外な方向に進展した。
他には誰もいないはずの倉庫の中で物音がしたのだ。
「まだ依頼人が来るには早いぞ」
誰かが助けに来たとは考えられない。
私をここまで探しに来るような友人など誰もいない。
1番欲しかったものを手に入れていたなら、この状況も打破できていたかもしれない。
「おい、こら待て!」
様子を身に行った方の声が聞こえてくると、東高の制服を来た女子生徒が現れた。
あろうことか私が最も嫌っていた彼女だった。
男に追われながら、ぐちゃぐちゃな必死のフォームで走り抜け、縛られていた私に飛びついて来た。
どのように反応すれば、いいか迷っていたら、考えがまとまる前に彼女と目があってしまった。
「良かったぁ。うわぁぁーo"dso%ヨvw]wo>aoメaェvwテ€f>/si3d=y$fg$s#o5ソsv♪j☆u\eh>」
なぜか彼女は泣き出してしまった。
助けに来たつもりかもしれないけど、ピンチのままだし、むしろ切迫した状態になってしまった。
「依頼のガキ以外は殺しちまってもいいな」
奴らが泣きじゃくる彼女の背後へと迫ってきた。
逃げるように必死に伝えようとしたが、猿轡のせいでまともに声が出なかった。
「うわぁぁぁーm$wr○÷jy2>e※isキoq¥ホ6hs$iwqi#g€ナe×#◇vぉ/v%っh〒@gmailドットcoん」
しかし彼女は泣きわめくばかりだった。
その声のせいで気がつくのが遅れたが、彼女の魔力がとてつもないペースで膨れ上がっていった。
(ちょっと待て。これ制御できているのか!?)
そして彼女を中心に放たれた閃光と轟音と共に倉庫は弾けとんだのだった。
なぜか私は無事で、身体の自由を奪っていたロープは灰になっていた。
「糞が!」
さすがに裏の仕事を引き受けるだけあって、2人とも無事だったようで、瓦礫から這い上がってきた。
相変わらず彼女は私にしがみついて泣いていた。
そんな彼女の頭に手を置いてやると、泣きじゃくりながら、顔を見上げてきた。
「あんがとな。ここからは私がけりをつける」
***
結果は辛勝だった。
ボロボロになりながらも、2人とも気絶させて、ゴーレムでガッチリと拘束した。
戦いが終わり振り返ると、再び彼女が飛びついてきた。
「良かったぁ。良かったぁ~」
(この子は、何回泣けば気が済むのだろうか)
しかし戦いが終わって、私も緊張の糸が切れてしまった。
「恐かった。……恐かった」
この場合も貰い泣きというのだろうか。
私も彼女にしがみついて、周りのことなど気にせずわんわん泣いてしまった。
“このとき人形に自分というものが芽生え始めた”
“自分”とは他者に関心を持たれて初めて確立するものらしい。
私は彼女を通して、私自身を見つけたのだった。
「あんた名前は?」
「……九重よ。ひっく」
まだ泣くのが治まってない声が返ってきた。
「それは知っている。下の方よ?」
「ひっく……紫苑」
「そうか。紫苑か。私のことは凛花でいいよ」
「凛花、りんか、りんか。うわあぁーん」
そう言って、紫苑はまた泣き続けたのだった。
***
1番見られたくないやつに弱いところを見られてしまった。
しかし次の日から紫苑の私に対する態度は、変わることがなかった。
逆にそれが嬉しかった。
紫苑は私を暗闇から救ってくれた。
別に倉庫で囚われているところを救われたという意味ではない。
東高に来てからも、私は上辺だけの人間関係しか作れない人形だったが、彼女の前では自分をさらけ出すことができた。
彼女は私の弱いところも、
そして本当の私の物語が始まった。
“だけど紫苑はまだ暗闇の底にいる。今度は私が救う番だ”
紫苑との日々は波乱万丈で充実していた。
例えば、ライバルだった草薙静流が草薙本家に幽閉されたことを知った紫苑が私を連れていきなりカチコミに行った。
私のときもそうだったが、紫苑は普段大人しい癖に大胆な行動をするときがあった。
それからは静流も混ざって、3人で行動することが徐々に増えていった。
ガウェインのクソシジイにしごきあげられたこともあった。
修行があまりにも厳しいので、3人で奇襲をかけたら見事に返り討ちにされた。
次の晩に逃亡を謀ったら、3人ともあっという間に捕まって、ペナルティで修行が厳しくなったりなんかもした。
第5公社の仕事で、魔法薬の違法取引の現場を取り押さえたこともあった。
押収した効果不明の薬が便秘薬だったことを後で知ったときは落胆した。
3人で父様たちの不正を暴いて、工藤財閥から追い出したときは痛快だった。
しかし当主の源十郎は工藤家の存続に興味はなく、他の企みがあった。
私が生徒会長に立候補すると言って、勝手に紫苑の名前で届けを出したときの、あの子の慌てようはとても面白かった。
その後は、彼女も意外と乗り気で選挙ポスターまで大量に印刷してしまった。
他にも生徒会を発足してからは、学園を巻き込んで様々なイベントをやった。
紫苑も以前に比べて、随分と明るくなった。
***
もちろん私たちは、紫苑が抱えているものを知っている。
彼女の存在は人類にとって厄災でしかない。
いずれ完全に覚醒したら、人間は為す術もなく滅ぶ。
しかし紫苑はすでに覚悟を決めている。
彼女はあまりにも優しすぎた。
最後の時を迎える前にその命を絶つつもりでいる。
それは生きることを諦めているような自己犠牲に感じられてならない。
たかだか15年しか生きていない少女が自身の死を選ぶ世界なんて間違っている。
彼女を救う方法があったとしても、4柱の精霊王たちが壁として立ち塞がる。
奴らは虎視眈々と紫苑のことを狙っている。
***
そして遂に精霊祭で土の精霊王と対峙した。
もちろん紫苑と共に歩む私にとって、精霊王との契約は邪魔でしかなかった。
私には彼女に捧げる剣はない。
だから代わりに誓いを捧げた。
土の精霊王と決別した私は、紫苑の騎士になったのだ。
他の騎士たちは一癖も二癖もあって、どうも信用できない。
なにがあっても私だけは、紫苑の味方であることを決意した。
紫苑から受け取った指輪をはめるのに、右手の小指を選んだ。
彼女が私に自分らしさを芽生えさせてくれたことを、片時も忘れないために。
土の精霊王との戦いは、私たちの負けと言っても間違いではないだろう。
時間切れになったお陰で命拾いした。
完全に顕現していない状態でもとてつもなかったのに、それが他に3柱もある。
そして土の精霊王の言葉通りならば、王たちを狩り尽くしたところで、紫苑の運命は変わらない。
それでも、安全なところから引っ掻きまわす卑怯者どもを道連れにしなければ、私の気が納まらない。
少なくとも奴らを排除すれば、最後の
それから紫苑は以前にも増してより明るくなったが、私の目には無理をしているように見えてならない。
彼女には、もう時間が残されていない。
当初の予定では東高を卒業した後に、事を為すつもりだった。
しかしもう1年もしないうちに、最後の時がやってきてしまう。
それでも私は彼女と共に歩み続ける。
少なくとも運命のその日まで、紫苑のそばでどんな障害も取り除く。
私は紫苑を傷つけるものを許さない。
なぜなら私は……
「紫苑を守る指輪の騎士No.VII。工藤凛花だ」
***
『指輪の騎士たち』
No.I ガウェイン
No.II ?
No.III ?
No.IV ?
No.V かつて芙蓉と共闘?
No.VI ?
No.VII 工藤凛花
No.VIII ?
No.IX 空席
No.X 空席
***
『あとがき』
いかがでしたか。
雰囲気を演出するために、まえがきは控えさせていただきました。
肝心な部分を隠しつつ、工藤凛花の物語を書かせていただきました。
ダイジェストのつもりがとても長くなってしまいました。
まともに書くと文庫本1冊分になりそうです。
工藤凛花の得意魔法はゴーレム創成ですが、その本質は別なところにあります。
今回の話の中に何度も忍ばせていただきました。
吸血鬼の騎士相手に本気を出すので、答え合わせは間近です。
次回から吸血鬼戦を再開します。
今後もよろしくお願いします。
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