23 会長と行く林間合宿は、晴れときどき〇〇〇

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。


『〇〇〇』は『吸血鬼』です。

・詠唱破棄(頭の中で唱える必要もない)

・魔法の存在確率が高い

・霧に変化できる

・日光が苦手(サングラスで緩和される程度)

・元人間

・肉体の老化がない


前回の話と同じ時間軸です。

長く間が空いた方は、復習しておくとより楽しめます。

『22 9班の戦い』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891672552/episodes/1177354054894665266


 ***

『あらすじ』

林間合宿は魔獣討伐

魔獣の異常発生

芙蓉は偵察へ

 ***


 蓮司やリズに後を託した俺は、霊峰の中心へと向かっていた。

 暗闇の中でも身体強化が発動していれば、十分に視界を得られる。

 最初に弱い魔獣を仕留めて、魔力を奪ってからは、遭遇戦をできる限り避けて進んでいる。

 魔力が尽きそうになれば、手頃な魔獣から補充を繰り返した。


 30分ほど走った俺は、学生証を取り出していた。

 学生証のレーダーには、地図機能が搭載されていない。

 あくまで他の学生証の位置を表示するだけだ。

 同じ9班の6人が青色の点、担当の工藤先輩が黄色、その他の学生が赤色で区別される。

 霊峰の中心地は魔力の流れで分かるが、偵察の帰りのことも考えなければならない。

 蓮司たちの位置を確認すれば、ベースキャンプの場所を推察できるが、離れすぎると学生証が反応しなくなる。

 そろそろ限界距離なので、1度確認しておくことにしたのだ。


 学生証のレーダー機能を起動すると、飛び込んできた結果に、俺は目を見張った。

 青色の点6個が画面の端の方にあり、1つだけ少し離れていた。

 これらがベースキャンプの位置を示している。

 どうやら俺が出発してから蓮司は、まだ天幕に戻っていないようだ。

 ここまでは予想通りだが、問題は黄色の点だった。

 画面の中央付近で点滅していたのだ。

 レーダーが正しいならば、工藤先輩がこの付近を移動していることになる。

 彼女も俺と同じように魔獣の異常発生の調査に来ているようだ。


 このまま単独で動くべきか、合流すべきか。

 もしかしたら彼女は、すでに何か情報を掴んでいるかもしれない。

 そんなことを考えていたが、どうやら俺に選択肢はないようだ。

 彼女の方から着実にこちらへと接近してきた。

 向こうも学生証のレーダーで気づいているようだ。

 逃げる理由もないし、彼女にはステイツの勢力だと疑われているので、あまりやましいことをしない方がいい。

 大人しく工藤先輩が追いつくのを待った。


 しばらく経過したら、いつも通りズボンを着こなし、バットケースを肩に背負った工藤先輩が現れた。

 魔獣が蔓延はびこる山道を進んできたはずなのに、汚れは少なく疲労も見えない。


「高宮の方だったか」


 他に誰を想定していたのかは、わざわざ聞かなくても分かっている。


「工藤先輩は今回の魔獣発生について何か掴んでいるのですか?」


 どうせ交渉のカードは何もないし、腹の探り合いは専門外なので直球で聞いた。


「残念ながら何も分かっていない。紫苑が調査に行きたがっていたが、あれでもうちらの大将だからな。代わりに私が調べに来た」


 たしかにあの会長様なら、嬉々として渦中に飛び込みそうだ。

 しかし地脈の探索や、ゴーレムを動員できる工藤先輩の方が調査に向いている。

 どのみち彼女の提言通り、会長がベースキャンプを離れるのは、学生たちの不安を煽りかねない。

 工藤先輩が調査に来ているならば、リズを残してきたのは正解だったかもしれない。


「高宮も霊峰の中心が怪しいと踏んでここまで来たのだろ。手分けをするとしよう」


 断る理由もないし、彼女の提案を受け入れることにしよう。

 工藤先輩は俺のことを警戒しているようだが、そもそも俺の任務は九重紫苑の護衛であり、対立する理由がない。

 それにもし『魔法狩り』を使うような事態になった場合、彼女が側にいた方が良い。

 あの魔法はあまり見られたくない切り札だが、周りに味方がいないと発動の難易度が上がる。

 先輩1人だけならば、許容範囲として割りきるしかない。


「分かりました。互いの位置は学生証で確認するとして、通信はスマホでいいですか?」

「それならとっておきがある」


 そう口にした工藤先輩は、両手を地面に当てて詠唱を始めた。

 まだ山道が続くのにゴーレムを出されても、機動力が落ちるだけだが、そのようなことは、彼女だって承知のはずだ。

 左右の手の下から、それぞれ同じように地面が浮き上がり形を成していく。

 現れたゴーレムは、以前戦ったレンガを重ねたような形ではなかった。

 泥人形のような滑らかなフォルムで、特筆すべきは四足歩行であることだ。

 犬型のゴーレムといったところか。

 無駄のない四肢は鍛え抜かれた軍用犬のようで、シルエットはドーベルマンに近い印象だ。

 それが2体同時に現れた。

 字面にしたら平凡かもしれないが、魔法にたずさわる者ならば、この事が尋常でないと分かる。

 これではまるでひとつの固有魔法だ。


 合宿前に由樹から教えてもらったが、ゴーレムには大きく2種類存在する。

 ひとつ目は工藤先輩が得意とする土魔法のゴーレム創成だ。

 もうひとつは古いユダヤ教の伝承にあり、真理を意味する『emeth』と刻まれていることが有名で、こちらは固有魔法に分類される。

 前者は四元素魔法に分類されるので、詠唱が必須であり、魔法の大枠を変えることはできない。

 大きさや材質、装備の変更程度なら可能だが、必ず人に近い形状になる。

 そもそも四元素魔法の特徴は体系化されており、修得が容易なことだ。

 属性の適性さえあれば、詠唱しながら魔力を練るだけで発動する。

 俺には適性も魔力もないので、実際の難易度は分からないが授業で複数の学生にまとめて教えているレベルだ。


 しかし彼女は土魔法で本来の枠を超えて、犬型のゴーレムを造り出した。

 新規の魔法の確立と言っても過言じゃない。

 ただの犬の模型を作るのとは、わけが違う。

 身体のバランスはもちろん、動作に合わせたスクリプトをオリジナルで組み立てる必要がある。

 姿勢制御を自動化するだけでも、とんでもない労力が必要なはずだ。

 土魔法のゴーレム創成だが、工藤凛花のそれは固有魔法のような独自性がある。


「こいつらは、力は無いが機動力がある。それに互いの位置を交信できる特別仕様なので、救援が必要なときは放ちな」


 ゴーレムにそのような特殊能力まで与えられるのか。

 相変わらず、彼女の引き出しの多さに驚かされる。

 たしかに緊急時に学生証やスマートフォンを取り出す余裕があるのか分からない。

 ゴーレムを放つだけならば、手間はそれほどかからない。

 それにスマートフォンが常に通信できるという保証はない。

 ニホンにはあまりないが、国によっては電波が突然なくなるトラブルがある。

 他には隠密行動中にサイレントモードにしていて、着信に気づけないことだって過去にあった。

 これらの事を想定すれば、この犬型のゴーレムは短距離の連絡手段には有用だ。


(あれっ……これって、遠回しに連絡先の交換を拒否されたのか。違うよな。後で蓮司先生に聞いてみるか)


「それと連携のために軽く打ち合わせをしたい」


 そう口にした工藤先輩は、俺のショルダーホルスターに納まったリボルバーを指差した。

 どうやら登録されてない違法装備であることには、ここで言及するつもりはなさそうだ。

 この状況では、問い詰める時間が惜しいと判断したようだ。

 こちらとしても後ろ暗いところがあるので、このまま触れないでいてもらえるとありがたい。


 向こうが先に手札を見せたので、こちらも1枚明かすことにした。

 俺は右手で左に差したリボルバーを取り出し、手のひらに銃身を載せると、グリップから手を離して先輩に見せた。


「火薬式のリボルバーに、コンバットナイフ。それと昼間に使った魔石が後ひとつです。遠距離攻撃は拳銃と投擲だけで魔法はありません」


 俺は今ここで必要な情報だけを端的に並べた。

 魔法を分解できることは東高では、誰にも見せていないのでそのまま伏せることにした。

 銀の弾丸シルバーバレットは秘密でもないが、ややこしくなるだけなので、あえて話さなかった。


「分かった。共闘するときは、前に出て自由に動いてくれ。私の方から君に合わせる。しかしゴーレムを出したら、後ろに下がってくれ」


 工藤先輩の意見はもっともだ。

 特に異論はなかったので、彼女の指示に従うことにした。

 つまり共闘する場合は、ゴーレムを造る時間稼ぎが俺の仕事というわけだ。

 ゴーレムは彼女がプログラムした通りにしか動かないので、下手に前に出ると邪魔になってしまう。


「それともうひとつ……」

「それなら俺にも、とっておきが……」


 ***


 工藤先輩と打ち合わせをした後、俺たちは霊峰の中心部まで一緒に進み、そこから二手に別れて調査を始めた。

 霊峰の中心とは、魔力が最も満ちている場所を指すが、ある一点ではなく、それなりに範囲がある。

 少なくとも俺や工藤先輩の魔力探知では、ここら一帯は全て霊峰の中心だ。

 中心部とはいえ、景色は対して変わらない。

 少し坂が減り、平らな地形が増えたくらいで、相変わらず木々が生い茂っている。

 しかし大気中の魔力濃度は増し、魔獣との遭遇頻度も増えている。


 工藤先輩から借りた犬型のゴーレムは、巧みに俺の後を付いてきていた。

 俺が木に上り枝から枝へと移動すると、同じく木に上り共に上空を駆け抜けた。

 さらに魔獣を避けるために気配を消すと、それに従い物音を隠した。

 平面での機動力だけでなく、アクロバティックな動きに、隠密行動までこなすとは。

 決められた動作しかしていないはずなのに、俺の動きに合わせて、的確に判断してくれる。

 しかも頭を撫でてやると「ク~ン」と喉を鳴らすオプション付きだ。

 相変わらず工藤先輩の多彩さと芸の細かさに驚かされる。

 あまり何度も撫でると、魔法を分解してしまうので、気をつけなければならないことが難点だ。


 ちなみに俺が連れている方がソマリで、先輩が連れていった方がペルシャという名前らしい。

 会長のベヒA娘、B助に比べて、ネーミングセンスがあると思ったが、ソマリもペルシャも猫種の名前だ。

 名付けられた犬側からしてみれば、完全に嫌がらせだな。

 何か犬に恨みでもあるのか。


 山道を進むうちに、エージェントとしての勘が警鐘を鳴らし始めた。

 これは魔法とは別で、経験によるものとしか説明できない。

 とにかく警鐘が大きくなる方へと慎重に進んでいく。


 どうやら俺の方が当たりだったようだ。

 すでに魔獣から奪った魔力は使い果たしており、あえて補充し直していない。

 身体強化中は魔力を垂れ流すことになり、感知されるリスクが増す。

 魔獣が相手ならばそこまで気にする必要もないが、今回の事態に黒幕がいるならば、慎重を期した方が良い。

 ここからはソマリを後方に離して、1人で先行することにした。

 木の影に自身の姿を隠しながら前方を観察し、安全を確認しながら少しずつ進んだ。


 何本目かの木の影から覗いたときにそれを見つけた。

 一目見た印象として、何かの儀式だった。

 月明かりで照らされた夜空に半透明な扉が浮かび上がり、黒いマントを羽織った術者と思われる人物がいた。

 この状況ならば、魔獣の異常発生は目の前の儀式が原因だと誰でも思うだろう。

 問題は術者を取り押さえるべきか、扉を破壊すべきか、その両方かだ。


 魔法の儀式には大きくふたつのパターンがある。

 常に術者が儀式に参加するタイプと、儀式の特定の段階で術者が介入するタイプだ。

 前者ならば儀式を邪魔しても術者がいる限り、再開されてしまうので時間稼ぎにしかならない。

 後者ならば術者を引き離しても、儀式が継続してしまう恐れがある。

 どちらの場合でも魔獣の異常発生を止めるだけならば、儀式の核と思われる扉の破壊が最優先事項だが、根本的な解決のためには術者を叩く必要がある。


 とりあえず術者は後回しだ。

 奴の隙を突いて扉を破壊し、その後工藤先輩と合流して術者を抑えよう。


 方針が決めて、改めてじっくりと術者を観察する。

 身長は170センチ後半で後ろ姿からは、痩せていると表現すべきか、引き締まったと言うべきか判断に悩むシルエットだ。

 そして不意にチラリと横顔が見えた。

 すぐに頭を引っ込めて木に隠れたので、気づかれていないはずだ。


 奴の顔は西洋の男性の骨格をしていて、白すぎる肌をしていた。

 しかし見た目は問題じゃない。


 “異形の者だ"


 稀ではあるが、これまでにも遭遇したことがあるので肌で分かる。

 人でなければ、魔獣でもない。

 世の中のカテゴリーから外れた存在。


 あれは危険だ。

 作戦を変更した方が賢明だと思う。

 工藤先輩と合流して、1度撤退だ。

 異形の存在の多くが、夜に力が強まる傾向がある。

 戦うにしても、有利な条件でことを運ぶべきだ。

 しかし俺の思案は無駄になってしまう。


『あー、テステス。東高の諸君』


 急にブレザーのポケットに入れていた学生証がしゃべり始めた。

 聞き慣れた会長の声だ。

 当然のことだが、ターゲットに気がつかれてしまった。


「おや、人間がうろうろしていると思っていたが、ここまで近くにいたとは」


 術者はこちらに顔を向けて声を発した。

 人に置き換えると30代の前半の男性だが、放っている雰囲気は歴戦の戦士のように感じ取れた。

 肌は病的に白く、鼻が高くて顎が出ており、そして頬が少し窪んでいる。

 殺気や覇気を纏っているわけではないが、冷ややかなプレッシャーを感じる。


 声を発することができない。

 何を口にしても危険な気がする。

 少なくとも言葉を発するまで、膠着こうちゃくは続く。

 隙を狙おうとするが、攻撃どころか逃げることすら困難に感じる。

 ならば、どうやって隙を作り出すのかを必死に考えるしかない。

 しかしタイムリミットは唐突に訪れた。


『グッモーニング』


 つい勢いに任せて、学生証を地面に叩きつけてしまった。

 あの会長は俺を困らせることが趣味なのか。

 文句を言ってやりたいが、報復が怖いな。

 まだ学生証から何かが聞こえてくるが、無視することにしよう。


「たしかに我にとっては良い朝だな」

(そこ拾うのか!?)


「しかしお主の存在は、ちと無粋だ」


 異形の者が手をかざすと、炎の槍が現れた。

 火の中級魔法、ファイアスピアだ。

 攻撃の気配を隠しながら、ちゃっかり暗詠唱をしてやがったのか。

 槍の発射とほぼ同時に左腕を前へと伸ばした。

 単純な攻撃魔法ならば、たとえ上級魔法でも一瞬で分解できる。

 体で受け止めても良いが、腕で受け止めた方が、ワンテンポ早く反撃できる。


 槍の先端が前に出した左腕に接触する。


「痛っ!」


 針が刺すような痛みを感じて、咄嗟に体を右に回転させて避けた。

 なぜか魔法を分解できなかったのだ。

 身体強化の分解は例外としても、通常の魔法の分解は瞬時に済むはずだ。

 しかし槍と接触した左前腕は、浅くだがスッパリと斬れて傷口から血が流れ、その周囲の組織は火傷を負っていた。

 回避行動への切り替えが少しでも遅れていれば、この左腕は使いものにならなくなっていた。


 仕方がないので、ポケットから魔石を取り出して砕いた。

 魔力が全身に流れ込み、身体強化のギアが上昇していく。

 残念ながらこの魔法の回復効果は薄い。

 あくまでも自然治癒能力を高める程度だ。

 それでも痛みを抑えることができるので、戦闘の継続には大いに貢献する。


「先ほどの動きに、その反応。お主はシキか?」

「シキ? 何のことだ」


 嘘ではなく、本当に奴の言う『シキ』とは分からないが、とりあえず言葉を返すことで、少しでも回復の時間を稼ぐ。

 相変わらず、殺気がないが隙もない。

 後方に意識を向けると、ソマリの姿がない。

 どうやら工藤先輩を呼びに向かったようだ。

 しかし目の前の男は、どう考えても先輩よりも格上だ。

 2人で力を合わせたところで勝機は変わらない。

 ならば切り札を使うしかない。

 彼女の到着まで耐えきって、反撃だな。


「主人からは、何も教えられていないようだな。まぁ、今宵の我は機嫌が良い。若輩者に知識を授けるのも先達せんだつが勤め。ただし……お主が立っている限りだ」


 先ほどから、シキやら主人やら訳の分からないことを言っているが、異形の者の言葉に耳を傾けるほど愚かじゃない。

 とにかく今は守りに専念だ。


 再び炎の槍が放たれてきた。

 またもや殺気を見せずに暗詠唱で発動してきた。

 急な攻撃だったが、身体能力が向上しており、先ほどよりも回避に幾分か余裕がある。

 迫り来るファイアスピアに対して、ステップを踏んで紙一重でかわした俺は、槍の持ち手に軽く触れた。

 腕は魔力で保護されているので、火傷は負わなかったが、熱いと感じた。

 そして手には少しだけ魔力を奪った手応えが残っていた。


 どうやら魔法式は作動しているが、分解の効率が悪いようだ。

 体に魔力が結びつく身体強化を分解するときは、効率が極端に低下する。

 炎の槍に触れたときも同じように分解の効率が悪かった。

 こいつのファイアスピアには何か裏があるようだ。


「なんだ。シキの癖に吸血鬼である我の魔法を取り込もうとしているのか。四元素魔法を手にして1世紀程度の人間の魔法とは違うぞ」

(吸血鬼だと!)


 相変わらずシキという言葉の意味はわからないが、文脈から奴が吸血鬼ということは十分に読み解ける。

 魔法が分解できない謎よりも、奴が吸血鬼であることに思考が支配されそうになる。

 これまでに世界各地を巡って来たが、母さん以外の吸血鬼とは出会ったことがない。

 確かにヒトの形をした異形の者として、吸血鬼はその代表格なのに、すっかり失念していた。

 驚きはしたが、すぐに状況を再確認する。

 もしかしたら母さんの手掛かりを得られるかもしれないが、少しでもこの状況を打破する必要がある。

 同じく分解効率が悪いならば、接近戦に持ち込んで奴に触れることで魔力を奪えるのか試してみる価値がある。


 先ほどまでの受けの姿勢ではなく、攻勢に出る。

 まずは距離を詰める必要がある。

 木を遮蔽物にするようジグザグに走りながら接近する。


「知識不足でも、戦い慣れしているようだな」


 口を動かしていても油断できない。

 奴は打ち気を見せずに暗詠唱を使ってくる。

 攻撃の予兆が分からないのは、魔法戦においてかなりのハンデを背負うことになる。

 次から次へと目標の木を決めて確実に接近する。

 しかし目の前の木の幹に一筋の亀裂が斜めに走り、滑り落ちるように倒れた。

 俺はすぐさま横方向に飛び、危険から待避する。

 先ほどまでいたところの草花が刈り取られていた。

 今度は四元素魔法の中でも、早さと鋭さが売りの風魔法だ。

 ノーモーションで放たれた風魔法を回避できたのは、これまでの経験の賜物だ。


「これを避けるか。ならばもう少し語ろう。我ら吸血鬼は精霊王よりも以前から、人間に魔法をもたらした。吸血鬼にすることに失敗した人間に対して、配下の参列に加えるときにお主の体にも刻まれているような魔法式で改造したのだ。それゆえに魔法式を持つ人間をシキと呼ぶ」


 奴の言葉通りならば、俺は母さんの配下シキということか。

 しかし俺には自由意志がある。

 母さんは厳しかったけど、俺を息子として愛してくれたはずだ。

 それに関しては、別れて5年が経った今でも疑っていない。


 魔法式を身体に刻んでおくと、魔力を込めるだけで特定の魔法を発動できる。

 四元素魔法ならば大抵が魔法式で再現できるが、固有魔法に関しては、ほとんど研究が進んでいない。

 人体に魔法式を刻むには許容量があり、それは産まれた時点で決まってしまう。

 魔力が少ない方が許容量が大きい傾向が知られている。

 生まれつき魔力を作れず、蓄えられない体質の俺は、身体の表面積の5割に及んで魔法式が書かれてある。

 母さんが刻んだ魔法の分解・吸収そして身体強化、さらにステイツの科学者であるクレアさんが後から刻んだ奧の手だ。


 風魔法のせいで遮蔽物を失った俺は、安易に飛び込めなくなってしまった。

 それでも足を止めるわけにいかない。

 相手を中心に円を描くように走りながら接近する。

 後ろに回り込むのは戦闘の基本だが、もうひとつの狙いがある。


 奴が次の魔法を発動する。

 しかし今度は退かずに前へと加速する。

 先ほどまで俺のいた足元が凍り付き、地面からつららが何本も飛び出していた。

 俺はそのままスピードを殺さずに、飛びかかる。

 空中で前のめりになりながら、腰を捻り右拳を突き出す。

 それに対して奴も腕を上げて防ごうとするが、お構いなしにガードの上から叩き込んだ。

 大したダメージにはならなかったが、魔力を奪った手応えがあった。


「我の攻撃を読んで、あえて前に出たのか」


 奴の指摘通りだ。

 円を描くように走ったのは、1度視界の外に出れば、次に捕捉されたときに攻勢がくると予測できるからだ。

 そしてタイミングを微調整するために、呼吸を盗んだ。

 殺気や詠唱が無くても、目線と呼吸からだけでも攻撃を読むことはできる。

 難易度は上がるが、工夫をすればできなくはない。


 そして拳を当てることで、微量だが魔力を奪えることを確認できた。

 魔法式は正常に作動しているので、奴の魔法の方に秘密があるようだ。


 1撃目は防がれたが、そのまま近接戦を続ける。

 軽いジャブを中心に立ち技で攻撃を組み立てる。

 連撃で相手の集中力を乱すことで、暗詠唱を使えなくさせる作戦だ。

 なにより1度詰めた距離を離される訳にはいかない。

 同じ手が再び通じる保証はどこにもない。

 それでも奴は上手く俺の拳を防ぎながら話を続ける。


「シキの由来にはもうひとつある。強力な魔法式を刻む場合、人間の器では耐えられない。自身の魔力と魔法式が反発してしまうためだ。そこで産まれたばかりの赤子の魔力炉を破壊して空にすることで、許容量を大幅に増やすことができる。魔力を持たぬ死んだも同然の吸血鬼の欠陥品。ゆえに、死鬼シキと呼ぶ。お主もこちらの分類だな」


 こいつは何を言っているのだ。

 俺の魔法式は、生まれつき魔力を持たない俺のために、母さんが授けてくれた戦う力だ。

 こいつの言い分だと、まるで母さんが魔法式を刻むために俺の魔力を空にしたようじゃないか。


(……待てよ。母さんはいつ俺に魔法式を刻んだのだ)


 少なくとも10年前の時点で、俺は魔法式の訓練をしていた。

 記憶を辿るが、奴の言葉を否定する材料がどこにも見つからない。

 母さんは本気で俺のことを想い、熱心に鍛えてくれたはずだ。

 こいつの言葉を信用する根拠だってどこにもない。

 俺はとっくに母さんに置いていかれた過去を乗り越えたはずだ。


「急に動きが鈍くなったな。自身の魔力を持たぬシキは主人の吸血鬼から魔力を補充されるか、お主のように他者から魔力を奪うことで魔法を行使できる。しかし吸血鬼に逆らえないように、我らの魔法を分解する権限は与えられていない」


 俺の動揺を察してか、今まで近接攻撃を防ぐだけだった吸血鬼が手を出してきた。

 型なども関係ない単純なパンチだ。

 攻撃は十分に見えるので、確実にブロックする。

 しかしたった1発ガードしただけで攻撃のリズムが崩れてしまった。

 実戦において、攻守の入れ替わりなど流動的なものだ。


 そこからは防戦を強いられる。

 どうやらこいつは魔法だけの男じゃないようだ。

 攻撃を受ける度に魔力は増していくが、ダメージは確実に蓄積していく。

 拳だろうが蹴りだろうがヒトの動きの枠にある限り、たとえ後手に回っていても間に合う。

 それなのに今の俺の状態では、いつ均衡が崩れてもおかしくない。

 なんとか工藤先輩が来るまで耐えきれば、逆転の糸口がまだある。


 しかし奴にはまだまだ余力があった。

 迫りくる右ストレートを左腕で撃ち落とす。

 すぐさま次に左から繰り出される攻撃に合わせて、身構える。

 奴の左半身に注意を向ける。

 今度は左フックだ。

 その拳を手のひらで受け止めようとする。

 しかし突然、その拳に火が灯った。

 ファイアブロウだ。

 防御の型を切り替える。

 奴の左腕が最高速に到達する前に、俺の右腕を滑り込ませて勢いを殺す。

 拳を止めても、奴から放たれた炎が迫りくる。

 サイドステップで避けるが、炎は軌道上に足跡そくせきを残しながら追撃してくる。


 魔法の目算を間違えた。

 これはコンパクトに工夫したファイアウィップだ。

 認識できたときには、ガードは間に合わずボディーに直撃した。

 相変わらず分解が働かない。

 炎の熱よりも鞭の打撃で、後ろに飛ばされた。

 樹木に背中が衝突することで止まり、遅れて足下から崩れ落ちた。


 吸血鬼は近接戦の最中でも、魔法を詠唱する集中力があるのか。

 読みが甘かった。


 奴はどこから取り出したのか、剣を構えて近付いてくる。

 意識ははっきりしているが、ダメージが残っていて立ち上がることができない。


 咄嗟にショルダーホルスターにある拳銃に手を掛ける。

 リボルバーを取り出すのと同時に発砲した。

 しかし奴は最低限の動きで、銃弾を剣で防いだ。


「銃を使うとは、お主はこの戦いに水を差すのか」


 マガジンにはまだ弾が残っているが、当たる気がしない。

 それでも撃つことを止めない。

 あっという間に残り5発を撃ち尽くしたが、奴の身体に触れることはなかった。


「暇潰しにしては、なかなか楽しかったぞ。はぐれのシキよ」


 最後の言葉を残し、剣で止めを差そうする。

 見た目がヒトだから、人間相手の戦い方を捨てきれなかったことが敗因か。


 俺の身体を剣の影・・・が貫く。

 飛来した塊が吸血鬼の行動を阻害したのだ。

 土でできた細い四肢が俺の目に入ってきた。

 どうやらソマリが体当たりして助かったようだ。

 ソマリがここにいるということは……


「君、大丈夫か」


 背中を木に支えられながら、座りこむ俺の前に東高の副会長こと工藤凛花が現れた。

 相変わらずズボンを履きこなし、その右手には黒く輝く金属バットが握られている。


「奴は吸血鬼です。今回の騒動の中心で、俺たちでは敵いません」


 たくさんのことを伝えたいが、最低限の情報に絞った。

 そしてわざわざ互いの名前を言わない。

 下手に名前を呼ぶと相手に情報を与えかねないし、名前を起点に発動する呪術もあるからだ。

 それよりも今はどうやって逃げるのかを考える必要がある。


「まぁ、少し落ち着け。今は回復に努めな。東高のトップは紫苑だけじゃないってところを見せてやるから」


 彼女の実力ならば、相手の力量を計れているはずだ。

 工藤先輩は、俺やリズと同じか少し上程度の実力だ。


 一方、あの吸血鬼は戦士として高い水準でまとまっている。

 暗詠唱による多彩な魔法。

 俺と打ち合い、崩した体術。

 さらに殺気を隠しての攻撃だ。

 他にも魔法の分解が効かなかったカラクリもまだ解けていない。

 こういうタイプは、力でごり押しして倒すしかない。

 しかし会長ほどでないにしても、魔力量の面でも奴の方が俺たちを数段上回っている。


「そこのゴーレムはそなたの作品か。なかなか筋が良さそうだな。開門までまだ時があるがゆえ、もう1戦に興ずるとするか。せっかくなので戦闘用のゴーレムも見せてくれ」


 そう言うと、奴は自ら攻撃しようとしない。

 言葉通り工藤先輩のゴーレム創成を待つつもりのようだ。

 開門とは宙に浮いた扉のことか。

 どうやら儀式は途中のようだ。


「私は相手が魔族という理由で、頭ごなしに争うつもりはない。ここで何をしている。魔獣の異常発生と関係あるのか?」


 奴が攻撃してこないことを良いことに、会話で時間を稼ぎながら、情報を集める作戦のようだ。

 工藤先輩は奴を魔族と呼んだ。

 吸血鬼など人型で知性を持つ異形は、魔獣ではなく魔族と区別することがある。

 この辺りの定義は曖昧で、意見が分かれている。


「ほう。小娘にしては礼を知り、戦いに意味を求めるか」


 俺と相対したときもそうだったが、奴は戦いと言葉を交わすことを好む。


「我は強者を求めているのだよ。魔界にはまだ見ぬ強者がいるやもしれぬ。そのために魔界への扉をつないでいる。魔獣の発生はその副産物といったところかな」


 いきなり突拍子のない目的を告白された。

 奴が言うには、夜空に浮いている扉は魔界に通じるものらしい。

 魔界の存在そのものが憶測に過ぎないのだが、少なくとも奴を倒して扉を破壊すれば、この事態は収束できる。


「魔獣の召還自体は魔法公社でも研究していて、禁止されている訳ではない。しかしそれは小規模であり、何重にも安全対策をしてからだ。すでに被害が出ているので、儀式の中止を要求する」

「それは無理な相談だな。我はこのときを長らく待っていた。それに弱き人間が何人死のうと構わない。我が興味あるのは扉の先にいるまだ見ぬ強者だ」


 どうやらこれ以上の問答は無駄だと感じたのか、先輩は口を閉ざした。

 片膝を付き、バットを持たない手を地面に当てた。


「お前を人類の脅威として認定する。後悔するなよ……」


 演習場で見た光景と同じだ。

 工藤先輩が詠唱を進めると、地面が浮かび上がり、レンガの様なブロックが重なっていく。


 しかし吸血鬼は完成まで待たなかった。

 彼も地面に手を当てると、こちらは呪文を口ずさむことなしに、レンガを積み上げていった。

 少しのズレは、撮影とリアルタイム配信の映像を同時に見ている感覚だった。

 しかし最後には同じタイミングで、2体の3メートルにおよぶ巨人が誕生した。

 同じ姿、同じ魔力量を有しており、まるで鏡写しだ。

 得意魔法を真似された工藤先輩だったが、動揺を表に出したりしない。


「さて、採点を始めるとするか」


 あくまでも吸血鬼は自分が上という立場で戦闘を始めた。

 スクリプトによって事前に決められた攻撃はシンプルだった。

 工藤先輩のゴーレムは右腕を上げて、脇を締めて溜めを作る。

 もう片方のゴーレムは左腕だが、まったく同じ動作をする。

 両者は引き絞った弦を解き放つようにストレートが繰り出す。

 鏡に向かって殴るように、2つの拳は巨人たちの中央で激突する。

 しかしここから先は対称的でなかった。


 工藤先輩のゴーレムの腕だけが崩れ落ちた。

 まったく同じ造形に、同じ魔力量なのに押し負けたのだ。

 奴はその答えを簡単に口にした。


「人間の魔法と我ら吸血鬼のそれでは存在確率が異なる」


 “存在確率”

 聞いたことのない言葉だ。

 他の言語でも似た言葉は聞いたことがないので、ニホン語の問題でもなさそうだ。

 しかし字面から察するに、奴の魔法を分解できなかったことや、工藤先輩のゴーレムだけが崩れたことも、その“存在確率”が理由のようだ。


 工藤先輩は腕を横に振ると、半壊したゴーレムが砂となり消えていった。

 そして無遠慮に吸血鬼の造り上げたゴーレムの足に触れた。

 どうやら彼女は地脈を調べたときのように、敵の作品の構造を解析しているようだ。

 その時間はおよそ10秒ほどだ。


「今までは縦方向からだけ編んでいたのを、横方向からも組む感覚だな」


 俺にはまったくわからないが、彼女には何か納得したものがあるようだ。

 背中を見せて堂々と戻る工藤先輩に吸血鬼は手を出さない。


 再び工藤先輩はゴーレムの創成を始める。

 見た目や魔力の違いはわからないが、生み出すまでの時間は最初に比べて3倍ほどだった。


「もう1度採点をしてやろう」


 再び2体の巨人が拳を交える。

 しかし先ほどの再現にはならなかった。

 ぶつかり合った両拳は共に砕け散ったのだ。

 吸血鬼は工藤先輩のゴーレム創成を真似したが、彼女はそこから何かを学んだようだ。


「まさか、瞬時に四元素魔法の深淵にたどり着くとは。ガウェイン並みの才覚だな」


 奴が口にしたガウェインと言えば公式記録で、最後に精霊王の顕現に成功した第2公社の契約者だ。

 他にも後世の指導に尽力し導師と謳われている。

 すでに前の世代の魔法使いだが、人とは寿命が違う吸血鬼なら接点があってもおかしくない。

 俺からしてみればその程度の感想だ。

 しかし工藤先輩は違った。


「おまえ、ガウェインのジジイの知り合いか?」

「ガウェインは、かつて何度も引き分けたライバルだ」


 彼女の口振りでは、ガウェインと何か関わりがありそうだ。

 しかしこの任務におけるステイツからの資料には、その事について触れたものはなかった。

 それにしても、あのガウェインと引き分けたという言葉が正しいならば、奴は世界トップクラスの実力ということになる。

 強いことは承知の上だが、俺や工藤先輩よりも遥かに格上だ。


「そうか。ライバルか。じゃああんたを倒して、あのクソジジイをぎゃふんと言わせてやるよ」


 彼女の中で何かのスイッチが入った。

 冷静で理性的な先輩が、荒々しい気を纏っている。

 それでも隙を見せないのは、流石だと思う。

 しかし正面戦闘で勝つことは厳しい。

 幸いなことに、奴は俺たちを暇潰しの相手として舐めている。

 そこにしか勝機はない。


 工藤先輩は再び右腕を失ったゴーレムを溶かして、地面から同じゴーレムを創り始めた。


「またゴーレムか。いくらセンスがあっても学習しないのは良くない」


 そう言いながらも、吸血鬼も彼女の真似をするようにゴーレムを創り直した。


 3度みたび拳同士がぶつかり合うかに思えた。

 しかし迫りくるストレートに対して、工藤先輩のゴーレムは外側を回るフックを繰り出し、腕を交差させながら相手のパンチを避け、自身は標的の顔面を捉えた。

 頭部を強打されたゴーレムはそのまま上半身が砕け、遅れて全身が砂へと帰った。

 彼女のゴーレムだけが堂々と立っていた。


“クロスカウンター”

 それは近代ボクシングが生み出した魔力を必要としない魔法の拳だ。

 相手の意識の外側から飛来する見えないパンチ。


 1度目は腕が崩れ落ちた。

 2度目は相討ちだった。

 そして3度目は完全に打ち勝った。


「吸血鬼とやらは力任せなだけで、工夫をしないのか。ゴーレムの扱いに限れば私の方が上だな」


 ゴーレムの隣でバットを構えた工藤先輩は挑発を始めた。

 これでもう吸血鬼は手加減をしてこない。

 真の戦いのゴングが鳴り響く。

 ここからが正念場だ。


 ***


 終始、工藤先輩のペースで戦闘が繰り広げられていた。

 バットを片手に動き回る彼女は、機動力のあるソマリとペルシャで吸血鬼の注意を逸らして、自身や巨人の攻撃を当てにいった。

 ゴーレム使いは後ろに回ることがセオリーだが、彼女の場合は近接戦をこなして、巧みにポジションをスイッチしていく。

 自分たちの攻撃の隙を庇いあい、相手の隙を作り出す。


 防戦を強いられている吸血鬼だったが、未だに殺気を見せずに余裕がありそうだ。

 それでも工藤先輩の挑発は十分に効いている。

 奴の注意が完全に俺から外れていた。

 奪った魔力を全て消費してしまったが、止血を完了し、筋肉の疲労も多少回復した。

 吸血鬼の死角になった隙に、円状のスピードローターにセットされた6発の銀の弾丸を、リボルバーへと装填した。

 このときに弾に直接触れないように慎重に行った。


 現状、工藤先輩が攻めているが、決定打に欠けている。

 バットや犬たちの体当たりが当たってはいるが、大したダメージにならない。

 巨人の1発は大きいが、動きが鈍くて1度もクリーンヒットが無い。

 せめて由樹が戦った白銀のゴーレムを造り出せれば、違ったかもしれないが、目まぐるしい戦況の中でゴーレムを造り出す余裕など存在しない。


 俺は拳銃を握った右手を制服のジャケットに隠す。

 タイミングは1度きりだ。


 切り込んだ工藤先輩が反撃を避けるために後ろに下がった。

 吸血鬼の追撃をソマリとペルシャが邪魔をする。

 サイレンサーなどないので、銃声と共に銃弾は工藤先輩の隣を横切る。

 しかし射線上に吸血鬼はいない。

 奴が避けた訳でなく、俺の狙いが悪かったせいだ。

 それをわざとと知らずに、吸血鬼は一瞬で弾丸を無視する判断を下した。

 しかし逸れた弾丸は鋭角に曲がり、確実に吸血鬼の胸に着弾した。


『それともうひとつ……』

『それなら俺にも、とっておきが……』


 俺と工藤先輩は共闘するのにあたり、ひとつだけ仕込みをしておいた。

 彼女は俺の弾丸に付与魔法を施すことを提案して、俺は銀の弾丸を差し出した。

 魔力で弾丸を強化して、さらに彼女の意思で1度だけ曲がるようにスクリプトを組み込んである。


 拳銃に付与した場合は俺の魔法式で分解してしまうが、弾丸に直接付与したなら、触れないように気をつければ解除されない。

 この連携のポイントは俺と工藤先輩の両方の狙いを読まないと回避不可能ということだ。


 銀の弾丸を撃ち込まれて、怯んだ吸血鬼にもう1発お見舞いする。

 付与された弾丸だが、曲げる必要なく容易に当たった。

 あえて連射することなく、1発ずつマガジンが空になるまで発砲した。

 なぜなら俺の役割は時間稼ぎで、本命は彼女だからだ。


 銀の弾丸は多くの異形に有効とされている。

 しかしそれだけで倒せるほど、俺は楽観的じゃない。

 だから怯ませる目的で弾丸を当てて、奴が立ち上がりそうになると次の弾丸を撃ち込んだのだ。


 そして本命の工藤先輩がゴーレムを完成させた。

 これまでにレンガの巨人、鉄の巨人、白銀のロボットそして犬を作ってきた彼女だが、今回は生物ですらない。


“巨大な腕”

 先ほどのゴーレムよりも巨大な腕が手のひらを地面に向けて空中に造られていく。

 その全長は約15メートル、5階建ての建物に相当する。

 今は四方にある無骨な柱によって、空中で支えられている状態だ。

 造り出すだけで、材料に使われた地面は攻撃の前にすでに平らになってしまった。

 そして工藤先輩が最後の合図を下した。

 バットを地面に当てると、4本の柱が崩れ落ち、巨大な掌底が吸血鬼を直撃した。


 轟音と共に、砂煙と衝撃が広がる。

 周りの地形を変えてしまうほどの1擊。

 吸血鬼どころか魔界への扉とやらも吹き飛んでしまうほどだ。

 巨人型のゴーレムが俺と工藤先輩の盾になってくれたが、それでも伏せていないと飛ばされてしまうほど衝撃だった。


 地面を叩いた腕はその役目を終えて、ボロボロと崩れていく。

 工藤先輩は少しでも魔力を回収しようと集中している。

 俺も関節を動かしながら、自分の身体の状態を確認する。


「やったのか」


 小さく呟いた俺の後頭部を、工藤先輩がバットで小突いてきた。


「君……それニホンでは復活の呪文だぞ」


 そんなお手軽な魔法があってたまるか。


 砂埃が治まり、徐々に視野が回復してきた。

 空には未だに魔界への扉が輝き、そして破壊の震源からは魔力が放たれていた。


 まさか彼女の言った通りなのか。

 ニホンにはまだまだ俺の知らない魔法があるのか。

 東洋の神秘とは良く言ったものだ。


「冗談だ。それにこの程度で倒せるなら、あのクソジジイのライバルな訳がない」


 もちろん冗談だって分かっている。

 俺にも使える魔法だと喜んだりしていないからな。


 魔力から予想はできたが、やはり奴はその場に立っていた。

 俺たちの長い夜はまだ続くようだ。


「終わりじゃないと思ったが、無傷かよ」

「いやいや、マントがボロボロになってしまった」


 吸血鬼は涼しげな顔をしながら剣を取り出した。


「小娘、合格だ。まだ力を隠しているな。ここからは暇潰しではなく、本気で楽しませてもらうぞ」

「仕方がないな。副会長としての戦いはここまでだ。この力は紫苑を守るためのものだが、出し惜しみしている場合じゃないな」


 バットを脇に抱えた工藤先輩は、ポケットから何かを取り出した。

 小さくてわからないが、光を放っているものを右手にめた。


「かつてボード卿に仕えし騎士ダニエラだ。小娘、名乗るがいい。決闘の前に名乗るのが騎士の作法だ」

「紫苑を守る指輪の騎士No.VII。工藤凛花だ」


 右手の小指に嵌められた指輪から『VII』の文字が輝いていた。


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

シリアスの中にも小ネタを仕込ませていただいております。


戦闘シーンでの文章の増長が止まりません。

Web小説なので没にせず、全て公開していきたいです。


 ***

『指輪の騎士たち』

No.I ?

No.II ?

No.III ?

No.IV ?

No.V かつて芙蓉と共闘?

No.VI ?

No.VII 工藤凛花

No.VIII ?

No.IX 空席

No.X 空席


本編の進行に合わせて整理していきます。

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