22 9班の戦い

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

蓮司視点です。

長めです


『あらすじ』

魔獣の異常発生

芙蓉は偵察へ

後を託された蓮司

 ***


『行くのか』

『あぁ』


『俺たちでは足手まといなのか』

『……』


『分かった。みんなのことは俺に任せてくれ』

『頼む』


 ***


 数度交わした短い言葉を、俺は何度も頭の中で反芻はんすうしていた。

 森の中へ入っていく芙蓉しんゆうの背中を、ただ見ていることしかできなかった。

 いや、俺に彼を友と呼ぶ資格があるのか。

 本当は付いて来いと言って欲しかった。

 断られて簡単に引き下がったのは、友として正しい選択だったのか。

 しかし実力不足を自覚しているので、強引に同行することができなかった。

 一方で、あいつが足手まといと突き放してくれて、ホッとしている自分がいる。

 正直、戦うのが怖い。

 殺すことも、自分や仲間が傷つくことも嫌だ。


 なにが俺に任せてくれだ。

 それは苦し紛れに、精一杯カッコつけたセリフにすぎない。

 俺ではあいつの隣に立つことはできないのか。

 誰かに憧れて、強くなりたいと願ったのはあの頃以来だ。


 昼の一件について、その場にいなかったので、後から橘に話を聞いた。

 ベヒモスと遭遇したとき、芙蓉とリゼットは冷静に対処しようとした。

 2人の行動から、かの魔獣相手でも十分に勝算があったようだ。

 イタリーから留学で来ているリゼットが強いことは納得だが、芙蓉はそうじゃない。

 彼からはほとんど魔力を感じないし、戦闘中も少し帯びる程度だ。

 格闘技が得意のようだが、会長のように圧倒的ではない。

 それにも関わらず、あの巨大な魔獣に立ち向かったのだ。

 数回しか見ていないが、彼は上手いと思わせる戦い方をする。

 その動きは目で追える早さなのに、何度真似をしても同じような滑らかさを出せない。

 経験も、練度もあまりにも違い過ぎる。


 それに比べて、俺はどうなのだ。

 これまでに魔法の訓練などしたことがないので、彼らだけでなく、周りと大きく差が開いている。

 得意の銃技と組み合わせれば、いい線行くと思っていたが、スコープ越しに撃つのとは勝手が違った。

 魔法使いへの転向は、目的のための手段としか考えていなかったが、それは甘かったようだ。


 前にいた業界でもそうだが、才能や実力に年齢は関係ない。

 むしろ魔法高校というシステムで、同世代を同じ枠で囲むのはとても残酷だ。

 少なくとも今のどっちつかずの戦闘スタイルでは、この先通用しなくなることは明白だ。

 遠距離攻撃にこだわるならば、今の魔法銃では有効射程が不足している。

 しかしどうしてもライフルの引き金を引くことができない。


 今の魔法銃で機動力を活かすならば、近接戦も視野に入れなければならないと思っていたが、今回の実習で前に出ることの怖さを思い知らされた。

 芙蓉は躊躇なく、橘とベヒモスの間に割って入ったそうだが、もし俺に力があったとしても足がすくんでしまうだろう。

 俺はライフルの代わりに魔法銃を手にしたが、何1つ取り戻せていない。

 結局、俺の心の弱さが1番の問題だ。


 考え事をしながら、月明かりを頼りにベースキャンプの中をぶらりと歩いていた。

 不意に影が近寄ってきていたが、思考を巡らせていたせいで、察知するのに遅れが出てしまった。

 目の前で魔獣がこちらの様子を伺っていた。

 暗がりで正確にはわからないが、昨日あやめた狼型に近い種族だ。


 俺は足を止めて、ジャケットの内側にある魔法銃に手を伸ばしたが、取り出すことができなかった。

 その理由はふたつある。

 ひとつ目は、かなり近くまで接近されてしまい、銃を構えて撃つより前に飛びかかられてしまう。

 ふたつ目は、単純に殺すことが怖かったからだ。

 動くことのできない俺と警戒している魔獣は、しばしの間対峙し続けた。

 しかし永遠とも思えた緊張は、意外な形で終焉を迎えた。


 空から少女が降ってきた。

 これだけ聞くと、幻想的で何かの序章かもしれない。

 しかしそんな甘いシチュエーションではない。

 彼女はとんでもない速さで飛来し、魔獣がいた所に直立の姿勢で着地した。

 その衝撃で、魔獣はどこかへ吹き飛んでしまい、俺も風圧だけでってしまった。


 強者の集まる東高の中でも頂点。

 芙蓉やリゼットを底が知れないと表現するならば、彼女は実力の末端すら捉えがたい。

 何度かその戦いを見たことがあるが、魔法の正体は分からない。

 俺も彼女と相対したことあるが、一撃で沈められた。

 しかし相手からしてみれば、軽く小突いた程度だろう。


「まったく、結界の中にまで入ってきているとは」


 そうだ。

 考え事をしながらふらふら歩いていていたが、ここはまだ結界の内側だ。

 規格外の魔獣の出現に続き、今度は結界内への侵入か。

 ベースキャンプの結界は、魔獣が本能的に忌諱きいするように働く。

 強大な魔獣や、特殊な個体には通用しないが、先程の魔獣はそのどちらにも該当しないはずだ。

 霊峰で起きている異様な状況は、すでに結界の中までに及んでいる。


「たしかあなたたちの班は、的場くんがリーダーだったわね。今すぐに班員と合流して、ベースキャンプの中に入った魔獣を狩りなさい。凛花の代わりに私が戦闘許可を出すわ」


 これまでは自身に身の危険を感じたら、戦闘もやむなしという状態だったが、彼女の指示は積極的に戦えというものだ。

 初めての魔獣討伐を終えて、精神的に弱っているところにこの異常事態だ。

 すでに許容量を超えている。

 俺だけでなく、みんなが戦闘などできる状態じゃない。

 すぐに返事をできず、ためらった末に会長の指示に反抗した。


「……どうして俺たちなんですか? 他の1年生たちにも協力させれば、」

「いいえ、全員を戦闘に参加させて、下手に混乱されては余計に危険よ」


 俺の案はあっさりと捨て去られた。

 彼女の意見は間違っていない。

 しかし選ばれた側は納得できない。

 これ以上反論したところで、彼女が意見を変えるとは思えない。

 次に魔獣と戦うときにこそ、動じずにしっかりこなしたいと思っていたが、いくらなんでも早すぎる。

 まだ自分の中で折り合いがついていない。

 そんな俺の心を見透かしてか、彼女が再び口を開いた。


「東高に入学した時点で、あなたは民間人ではなく、魔法公社の予備戦力なのよ。覚悟が足りないなら、この場で覚悟なさい。できなければ、今すぐ制服を脱いでおめおめと逃げなさい」


 それはあまりにも厳しい言葉だった。

 あなたには血や涙はないのか。

 会長は自分が強いから、そんな言葉を選べるのだ。

 俺たちのような一般生徒のことなど分かっていない。

 そもそも俺は、この人が苦手だ。

 他人のことなど考えていない。

 なんでも自分中心で回っているかのような振る舞いが嫌いだ。


 今すぐ走り出したい衝動に駆られるが、足が動かない。

 任せろと口にしたばかりじゃないか。

 今戦うと、俺の中で何かが壊れてしまうかもしれない恐怖がある。

 しかしここで逃げてしまうと、確実にプライドは地に落ち、そして友を1人失う。

 葛藤の末、ついに足が動いた。

 後ろへではなく、前へと1歩踏み込んだ。

 声に出せなかったが、目で会長に返事した。


 いざ視線を合わせてみると、この場で初めて会長の顔を見た気がする。

 その表情は思い詰めたような焦燥感に駆られており、肩は震えていた。

 そんな彼女は俺の顔を見て、一瞬だが安堵の表情を浮かべた。


 俺は何をしているのだ。

 いくら強いとはいえ、目の前にいるのは年下の少女だ。

 そんな彼女が東高の生徒たちを守るために、厳しい言葉を使い、最善の手を打とうとしている。

 その小さな肩にのし掛かる責任は、並大抵のものじゃないはずだ。

 にもかかわらず、八つ当たりのような反応をしてしまった。

 現実の理不尽さというやつを、俺は誰よりも知っていたはずじゃないか。

 もし無事にこの夜を乗り越えることができたら、もう少し彼女の言葉に耳を傾けてみてもいいかもしれない。


 ***


 会長と別れた俺は、9班メンバーのいる天幕へ向かっていた。

 急いで走りたい気持ちもあったが、すでにベースキャンプに魔獣が入りこんでいる可能性がある以上、魔法銃を片手に持ち、警戒しながら進むしかなかった。


 会長と別れてからすぐに由樹に電話して、9班メンバーを戦闘準備で待機させるように伝えた。

 同じ班の男女が隣の天幕なのが、幸いした。

 学生証で確認したが、どうやら芙蓉以外は1ヶ所に固まっているようだ。

 芙蓉の方は学生証で探知できる範囲の外に出ている。

 さらに工藤先輩の反応がない。

 会長が彼女の代わりに戦闘を指示したということは、工藤先輩も芙蓉のように調査に赴いたのかもしれない。


『あー、テステス。東高の諸君』


 急に学生証が喋り出した。

 いや、これは会長の声だ。

 そういえば学生証には、もともと通話機能があったが、会長のイタズラのせいで、使用不能になっていると聞いたことがある。


『まずは、3つ数えるので落ち着いてほしい……さ~ん』


 ベースキャンプ内に魔獣が入り込んだことをアナウンスするのか。

 たしかにいきなり伝えたらパニックになってしまう。

 芙蓉曰く、会長はあれで意外と頭が回る。


『に~』


 あらかた内容を推察できるので、俺は銃とは別の手に学生証を握り、先を急いだ。


『い~、グッモーニング』

(((なぜグッモーニング!?)))


 あちこちからツッコミが聞こえた気がする。


『緊張はほぐれたかな? さて、本題に入ります。結界の中で魔獣を確認しました。これから夜が深まると状況はさらに悪化すると予想されます。そこで魔獣の間引きを行います』


 いつもの軽いノリと違って、会長の口調はとても丁寧で事務的だ。

 間引き。

 自然界の法則が魔獣にも適応されるか分からないが、ベースキャンプ周辺の魔獣を掃討すれば、霊峰の別の魔獣が寄ってくることは十分に予想できる。

 それを危惧して、厄介な魔獣だけを間引くようだ。


『ターゲットは本来霊峰に生息しない個体に限定します。私がベースキャンプから東半分を担当します。見張りの上級生は残りを担当するように。休憩中の班はベースキャンプに紛れ込んだ魔獣を警戒しながら見張りを引き継ぐように』


 上級生は2組に分けて、見張りと休憩を交互にしていたが、総動員するようだ。

 会長が半分を担当することに異論はないが、彼女が抜けた穴を考えると、休憩の班を動かす必要がある。


『私が直接声をかけた1年生の班たちには、ベースキャンプ内での掃討作戦に参加してもらいます。こちらは種類に関係なく狩ってください。その他の1年生は待機を継続してください』


 俺たち以外にも会長が指示を出した班があるようだ。

 たしかに1組には例の主席がいる。


『最後に、どんなに絶望的な状況でも決して諦めないで……私がいるから』


 そうして会長の演説は終わった。

 “私がいるから”、これほど心強い言葉はあるか。

 普段は迷惑な彼女だが、このような状況下ではとても頼りになる。

 必ずしも戦乱の英雄が、平時の名君とは限らない。

 その逆も然り。

 工藤先輩が会長の支持率が高いと言っていたが、今なら頷ける。

 東高の生徒会長は、この人でなければ。


 ***


 そろそろ天幕にたどり着く。

 由樹に電話して10分も経過していないが、現在の緊急状態ならば、もう戦闘準備ができているはずだ。

 会長の演説からなら2、3分で天幕にたどり着いたが、そこには予想外のできごとが待ち構えていた。

 立っていたのは女子4人だけだった。

 厳密には、女子4人の足下にボコボコにされた由樹が転がっていた。

 何が起こったのかは想像できるが、橘が改めて説明してくれた。


「急に天幕に入ってくるから。驚いて殴っちゃった」


 “殴っちゃった”と、言われても1発や2発じゃない。

 4人がかりでリンチにしたとしか思えない。

 橘が頬を赤らめながら、恥ずかしそうに言った。


「着替えの最中だったのよ」


 それで有無を言わせずに殴ったのか。

 興奮した彼女たちのリンチタイムは会長の演説まで続いた。

 これは後から聞いた話だが、委員長が1番荒れており、格闘技16コンボから投げのフィニッシュを極めた。


 心なしか由樹が恍惚とした幸せそうな表情を浮かべている。

 着替えを覗いたからだよな。

 殴られたからじゃないよな。

 「ぜーはー、ぜーはー」しているその息づかいがなぜか汚く感じる。

 そもそも戦闘前にすでに虫の息じゃないか。

 芙蓉が抜けて、戦力は1人でも欲しいのに。


 今は、やりすぎてしまった彼女があたふたと治療している。

 簡単な外傷なら委員長の付与魔法でも十分に回復できる。


「由樹……今回はギャグじゃなくて、シリアスなのに」


 天幕の外から声をかけて確かめれば、こんなことにはならなかったのに。

 俺の口から漏れ出た言葉に対して、ちょうど意識を取り戻した由樹が返事した。


「シリアスだから許されると思ったんだ!!」


 そんな堂々と言われても、流石に賛同できない。

 こいつ女子の天幕への用事を口実に、嬉々として突撃しやがったな。

 残念すぎる発言だが、彼のおかげで緊張がほぐれた。


 俺たちは簡単に打ち合わせをした。

 主に俺と橘が作戦の骨格を決めて、由樹とリゼットが横から口出しした。

 いざ決まってみれば、これしかあり得ない作戦だが、懸念がひとつだけあった。

 俺はみんなに聞かれないように、そっとリゼットに話しかけた。


「この作戦だと、リゼットの負担が大きいがいいのか?」

「私……芙蓉みたいに、盾になれない……切り込むことで、みんな、守る」


 やはり自ら負担を買って出たことを自覚しているのか。

 彼女も俺と同じように芙蓉の抜けた穴の大きさを認識しているようだ。

 魔法使いのチームのかなめはブロッカーだ。

 6人パーティで攻撃を受け止められるのが橘しかいないことは致命的だ。

 それでも俺たちだけで戦うしかない。

 だからリゼットは、とどめの役割を買って出てくれた。

 俺たちが殺しにビビっていることを察しているのだ。


「それに……あなたのように先導もできない……リーダー、迷い、見せてはいけない」


 リゼットにそのように思われていたのか。

 平坦に話しているが、これは彼女なりの激励なのかもしれない。

 改めて俺の役割を意識した。

 この中で1番弱いが、皆を引っ張って行く必要がある。

 瓦解がかいしないように、精神面でチームの柱にならなければ。


 ***


『ターゲット確認、馬型、数は1。周囲に他の生徒無し』


 ハンズフリーモードのスマホから由樹の声が発せられる。

 彼の役割は偵察だ。

 スカイボードの機動力を活かせるし、地上の魔獣相手ならば空中に退避できる強みがある。

 弱い魔獣1匹程度なら、彼だけでも十分に倒せるが、長期戦が予想されるので、偵察にのみ専念してもらっている。

 終わりが分からない以上、魔力の温存も重要だが疲労を蓄積しないように、チームで1匹ずつ確実に狩っていく方針だ。


「周りに他の魔獣はいないのです」


 スマホからの連絡が終わると、続いて白い札を握った胡桃が報告した。

 彼女は式神を飛ばして、周囲の情報を得ているのだ。

 由樹が前方長距離の偵察だとすると、彼女は全方位中距離の偵察だ

 式神自体は自動で動くが、情報を得る時は立ち止まる必要があるので、戦闘前にのみ周囲の確認をしてもらっている。

 昼のベヒモスの時もそうだが、新たな魔獣の乱入は戦闘に著しい混乱をもたらす。

 胡桃の報告を聞いた俺たちは、由樹の後を追う。


 報告にあった馬型の魔獣を目視で捉えた。

 距離がある上に暗がりのせいで、詳しい外見はわからないが、シルエットから馬に近いことは確かだ。


 由樹は地上に下りて、胡桃と一緒に後方で待機した。

 そして先制攻撃は俺の担当だ。

 全員の息づかいをしっかりと聞けている。

 集中できている証拠だ。

 これで仕留める必要がないと思うと気が楽だ。

 1発の銃弾を当てるために全身が最適化されていく。

 足、腕、肩、身体の全てがまるで銃の一部になったように、どこをどう動かせばいいのか分かる。

 俺の引き金が戦闘開始の合図になる。

 夕闇の中を炎の弾丸が駆け抜けた。


 最も的が大きい胴体に確実に着弾させた。

 威力を落としているので、致命傷にはならない。

 はじけた小さな火花が辺りを照らした。

 すぐに消えたが、周辺を確認するには十分だ。


 攻撃を受けた魔獣は興奮しながらこちらに敵意を向けてきた。

 前肢を2度ほどその場で踏み締めて、俺の方へと突進してくる。

 演習場で戦ったゴーレムより速さがあるが、避ける必要はない。

 衝突の前に橘が間に滑りこんで、カイト型の大盾を地面に突き立てた。

 構えてからすぐに魔獣が激突したが、盾はピクリとも動かなかった。

 速さはあっても、ゴーレムほど重さはない。

 その上、委員長が盾に土属性の付与魔法を重ね掛けしている。


 魔獣が次の攻撃を選択しようとするが、もう詰んでいる。

 リゼットが側面から切り込み、魔獣の胴体には大きな風穴が開いていた。

 俺たちは作戦通りに初戦を勝利で飾ったのだった。


 ***


 最初の勝利以降、俺たちは順調に魔獣を討伐していた。

 全てリゼットが仕留めたが、これまでに計6体の魔獣を倒した。

 いずれも霊峰に生息する標準的な強さで、苦戦する要素はまったくなかった。

 今は軽い負傷をした同級生を見つけたので、委員長が手当てをしている間、しばしの休憩をとっていた。

 もちろん、定期的に胡桃が式神で周囲を警戒している。


「かなりヤバイぞ」


 1人で偵察に行っていた由樹が、スマホでの報告をせず直接戻ってきた。


「近くで第1公社の魔法使い2人が魔獣相手に苦戦していた。このままだと押しきられる」


 公社のプロが苦戦だと。

 俺たちが戦ったような魔獣は、プロならば瞬殺できるはずだ。

 そうなると、この先で彼らと交戦している魔獣は、これまでのと一線をかくすようだ。


「確認できたのは、二足歩行の魔獣が1体だけだ」


 参戦すべきか、逃げるべきか。

 誰も何も口にせず、俺の判断を待っていた。

 プロが苦戦するような相手に俺たちが敵うわけがない。

 可能性があるとすれば会長くらいだ。

 しかし彼女からは、学生証を介して一方的に指示があるだけで、こちらから救援要請を送れない。

 あまり考える時間はないが、双方のリスクを天秤にかけて、俺は決断を下した。


「俺たちも戦闘に介入する。このまま逃げて、もしプロが討伐に失敗すれば、次は俺たちが狙われる側だ。ならばこちらから攻めた方が勝算がある」


 俺の言葉に5人全員が身体を強張こわばらせたのを感じた。

 それは恐怖でもあると同時に奮起でもある。

 声にこそ出さないが、みんな俺の判断に賛同した。

 それに会長に助けを求める手段が無いわけではない。

 装備を整え、強敵と遭遇したときのプランを改めて確認した俺たちは、いざ現場へと向かった。


 由樹が確認した地点にかなり近づいたが、物音が聞こえてこない。

 すでに戦闘が終了しているのかもしれない。

 しかし安堵はできない。


「(いました)」


 ギリギリまで絞った声が全員に伝わった。

 最初に発見したのは委員長だった。

 彼女の視線の先を追いかけた俺たちに緊張が漂った。


 そこにいたのは1体の魔獣。

 両足で立っており、身長は成人男性の平均を優に超え、2メートル強ある。

 公社の魔法使いに、そのような体格はいなかったので、暗がりでも魔獣だと推察できる。

 どうやらプロたちは敗北したようだ。

 しかしこの場合でも作戦続行なのは、事前に打ち合わせてあった。


 俺は全員とそれぞれ目を合わせてから空に向けて、2回引き金を引いた。

 炎弾は周囲の木々よりも高く飛び空中で霧散していった。

 可能性は五分五分だが、会長が気づいてくれるかもしれない。

 しかし同時に魔獣にも気づかれてしまい、後には退けなくなった。


 すぐに俺は構え直して、魔獣の腹を狙って炎弾を放った。

 魔獣は攻撃にまったく動じず、ダメージはほとんど無い。

 しかし着弾によって、その姿が確認できた。


 燃えるような赤黒い肌で、全身が岩のような筋肉をしている。

 頭髪はなく、頭には2本の角を生やしている。

 ニホンでは、古来より鬼と呼ばれている魔獣。

 西洋では童話や伝承などによく登場して、世界的にはオーガの名として知られている。

 教科書にも載っている有名で危険な種族だ。

 武器を使うことも知られているが、目の前の奴は無手だった。

 しかしその屈強な肉体は、全身が武器であり、鎧でもある。

 魔獣であるので、その筋肉には高密度の魔力が練り込まれており、肉体の枠を超える力がある。


 魔獣の強さについて公式な格付けは存在しないが、霊峰で俺たちが倒したのが下の下で、ベヒモスが魔獣全体の上の中だとすると、オーガは中の上といったところだ。

 相性によっては公社の魔法使いでも苦戦する。

 しかし強敵なのは覚悟していたことだ。

 相手の正体が分かったところで、作戦は変わらない。


 オーガはまだ俺以外を認識していなく、こちらに向かって、走り始めた。

 前傾姿勢でどんどん勢いを増していく。

 その体格に似合わない加速を目の当たりにして、橘が慌てて間に割り込んだ。

 突然現れた盾に対して、オーガが激突する光景が脳裏に浮かんだ。

 しかし彼女が割って入るタイミングが少しだけ早すぎた。


 オーガはその手を盾の端に掛け、勢いよく凪ぎ払った。

 土魔法で重くしていたにも関わらず、橘は盾ごと斜め後方に吹き飛ばされた。

 しかしこれで十分だ。

 この一瞬を逃す彼女じゃない。

 作戦通り、側面からリゼットが強襲した。

 一撃必殺の攻撃を放ち、その勢いで離脱する。


 オーガの胸に大きな刀傷が残っていたが、これまでのような風穴が開くことはなかった。

 奴はまだ倒れていない。


(リゼットが一撃で仕留められなかっただと!)


 このチームでの火力は、リゼットだのみだ。

 戦闘に不慣れで、不安要素がある俺たちだが、リゼットの攻撃には全幅の信頼を寄せていた。

 そのリゼットが仕留め損なった。

 しかし動揺している間などない。


 オーガが次の攻撃に出ようとしていた。

 肝心の橘がまだ立ち上がれていない。

 それを見て、委員長が先頭に飛び出た。

 ブロッカーが1人しかいない俺たちは、事前に橘が抜かれたときは、委員長がスイッチすることを決めていた。

 彼女は杖やローブに土魔法を付与できるので、防御力ならば橘の次だが、オーガに通用するとは思えない。

 たしかに作戦通りだが、これは判断ミスだ。


 オーガ自身も正面に現れた委員長を標的に定めた。

 腕を上げて、その拳を彼女に振り下ろそうとする。

 しかし強風が戦場を駆け抜けた。


「芽衣! 無理をするな!」


 スカイボードに乗った由樹が、委員長の名を叫びながら、すんでのところで抱えて離脱した。

 拳の軌道を変え、ボードに手を伸ばそうとしたオーガだったが、大量の式神たちに前方を阻まれた。

 遊撃ポジションの由樹と胡桃は、攻撃面以外でのサポートを任せていたが、上手くまった。


 そして再び、この隙をリゼットは確実に突いた。

 全速力で突撃する彼女は、あえてオーガの胴体ではなく、四肢狙う。

 そこからは凄まじい連撃が終わるのを、俺たちは茫然と眺めることしかできなかった。


 彼女の動きを目で追うことが出来ず、オーガの野太い叫び声だけが反響した。

 1回目の衝突で右の太い腕がごとりと落ちた。

 次に左腕、そして片足の腱をそぎ、胴体が地に伏したところで、止めを刺した。


 リゼットの奮闘によって、俺たちはなんとか生き残ったが、まだ気を抜くには早く、すぐに状況を確認した。

 委員長を抱えた由樹は勢い余って、顔面から木に激突していたが、大したケガではない。

 胡桃の方は、式神の多用で疲労が見えたが、大事はなさそうだ。

 盾ごと吹き飛ばされた橘も、自力で起き上がっていた。


 しかし安心しているのもつかの間だった。

 地面には瀕死状態の公社の魔法使いが2人横たわっていた。

 俺と胡桃がそれぞれに近づき、呼吸を確認すると、まだ息があった。

 委員長を呼ぼうとするが、俺が近づいた男が何かを言おうとしている。


「……今すぐ、この場を離れろ」


 何を言っているのだ。

 オーガは俺たちが倒した。

 俺はオーガの死骸に目を向けた。

 その時、不意に月明かりが強まり、辺り一面を照らした。

 そこにはオーガの死体がいくつも転がっていた。

 オーガは複数いたのだ。

 いくら奴らが強いといっても、プロ2人が簡単に敗れるわけがない。


(ならば逃げろと言う意図は……)


 俺はすぐにある考えに辿り着いた。

 先ほど倒したオーガが最後の1体とは限らない。

 暗くて気がつかなかったが、リゼットの後方に新たなオーガが接近していた。

 いつもの彼女ならば何ら支障がないはずだが、先ほどの攻撃の反動で動きが鈍い。

 橘もまだ盾にもたれていて、立ち上がれていない。


(いったいどうすれば……)


 ふと脳裏に芙蓉ともの姿が浮かび上がった。

 そして俺はがむしゃらに駆け出していた。

 ゆっくりとリゼットに近づいたオーガは、片手で丸太のような物を持ち、大きく振り上げていた。

 俺は咄嗟に彼女の前に体を滑り込ませた。

 魔法銃を持たない左腕を前に出し、前腕を額よりも上の位置に構えた。


 オーガが繰り出す丸太を、正面から受け止められるわけがない。

“目にしたのは数回だが、瞼の裏に焼き付いた動き”

 振り下ろされた丸太が左腕にぶつかる瞬間に、膝の力を緩めて衝撃を地面に逃がす。

 さらに腕を曲げて、丸太の軌道を外側へと逸らそうとする。

 しかし勢いを殺しきれない。

 腕に掛かる力で、体ごと押し潰されそうだ。

 刹那的に思考が加速していく。

 左腕に砕けるような激痛が走るが、ここで退くわけにはいかない。

 足に力を入れ直して、ぐっと踏ん張る。


(違う! 勢いを殺すのではなく、利用するんだ)


 左腕が弾き飛ばされるのと同時に、右足を一歩前に出す。

 踏み込んだ足を軸に左腕を後方下へ、銃を握る右腕を前方上へと回転させる。

 オーガの腕力を銃身に載せて、そのまま顔面を殴り付けた。

 さすがの奴も、声をあげながら少しだけ後退した。

 しかしまだだ。

 叩きつけた銃は壊れていない。

 本来、魔法銃は軽量化するのがセオリーだが、俺にとって軽過ぎると照準を合わせ難いので、デザートイーグル本来の重さにカスタムし、その分頑丈に仕上げている。


 左腕が動かないので、右腕だけで生物の急所のひとつに狙いを定めた。

 たとえ片腕でも外さない。

 放たれた弾丸は、狙い通りオーガの左目に着弾した。

 さすがのオーガも、眼球は筋肉でできていない。


 奴は首を振りながら、残された右目で状況を確認する。

 そして俺を視界の中心に捉えて動きを止めた。

 その一瞬を見逃さない。

 魔法銃が火薬式の銃より優れた点のひとつは装填リロードを必要としないことだ。

 撃ったら自動で握っているグリップを介して魔力が充填される。

 狙うのはもちろん残った右目だ。

 銃口からの射線と的が重なった瞬間に、指を引き金に掛けた。


 しかしこの数秒の無茶な動きに身体が追いつかず、着弾を確認する前に足下から崩れ落ちた。

 普段なら有り得ないが、反動リコイルに負けて仰向きに倒れてしまった。


 突然、目の前にいたオーガが丸太を振り回し始めた。

 どうやら視界を奪うことに成功したようだ。

 むやみやたらに攻撃しているが、倒れている俺には当たらない。

 そして遅れて巨体が地面に倒れこんだ。

 俺が間に入ったことで、時間を稼いでいるうちに復帰したリゼットが、止めを刺した。


「的場君!」


 橘が俺の背中から手を回して、上半身を起こしてくれた。

 左腕がまったく動かない。

 肩が外れ、骨が折れているかもしれないが、アドレナリンが出ているせいか左腕の感覚がない。

 なんとか誰も失わずにオーガを倒すことができた。

 それでも腕を1本持っていかれて、最後はリゼット任せという、無様な姿だ。


「やっぱり、芙蓉あいつみたく上手くできないか」


 つい口から漏れ出た言葉だったが、誰も聞き返さなかった。

 さすがにこの負傷は委員長では治せない。

 これで俺たちの班は戦線離脱を余儀なくされる。

 由樹が右側から肩を貸して、立たせてくれた。

 まだ足下がおぼつかないが、歩く程度なら1人でもできる。

 公社の魔法使いを連れて、天幕が並ぶエリアまで避難するのが、最後の仕事だ。

 1人は由樹が肩を貸し、もう1人は橘と委員長が両側から支えた。

 本来、ポジションとしては、橘とリゼットの負担を減らすべきだが、胡桃の身長が足りなかったので、橘が代わった。

 小型の魔獣を6体、オーガを2体。

 1年生の班としては上々の戦果だと思う。

 しかし勝利の凱旋にはまだ早かった。


「最後にこれかよ。あんまりだぜ」


 腕を犠牲にまでしたのに、まだ終わりじゃなかった。

 2体じゃなかったのだ。

 そう。

 新たにその数、8体。

 しかも中央の個体は、ひと回り大きく、背中に太刀を背負っていた。

 正式名称は分からないが、オーガの上位種なのは間違いない。

 他の魔獣と違って、オーガが集団で行動していたのは、こいつがいたからだ。

 あのリゼットですら顔が強ばり、動揺を表にしている。


 また銃を撃てば倒れてしまうかもしれないが、それでも残された右腕で銃口をオーガたちに向けた。

 絶望的な状況なのは、理解している。

 しかし今ここで俺が諦めれば、みんなの心が折れかねない。

 絶対に引くわけにはいかない。


 みんなが動けない中、俺は前に踏み出した。

 まだだ。

 俺は誓ったじゃないか、みんなのことを任せろと。

 芙蓉は異変の震源を目指して、調査に向かった。

 渦中に飛び込んだ彼が帰ってきてみれば、全滅していましたなど、たとえ死んでも合わせる顔がない。

 俺の役割はみんなの柱になることだ。


 さらに1歩前に踏み出す。

 自殺行為なのは、分かっている。

 しかしこれはプライドの問題だ。

 もう惨めな思いはしたくない。

 これ以上、俺は俺自身をおとしめたくない。

 それに俺たちが生き残れる可能性はゼロじゃない。

 別に奇跡にすがろうというわけではない。

 俺が縋ったのは、黒髪とスカートを靡かせて、神出鬼没な目の前・・・の少女だ。


“どんなに絶望的な状況でもけっして諦めないで……私がいるから"


「次からはもっと早く来てくださいよ」

「言うようになったわね。まぁ、良く耐え抜いたわ。後は任せなさい」


 会長は背中を向けたまま俺の軽口に答えて、オーガの群れに向かって行った。


 この日俺たちは、初めて九重紫苑の本気の戦いを目の当たりにした。

 それは一方的な蹂躙劇じゅうりんげきだった。

 彼女の魔力が跳ね上がったと思ったら、1体のオーガが霧散していた。

 文字通り肉片も血の1滴すら残さず、蒸発していた。

 そして恐ろしいことに誰1人、彼女が使った魔法を認識することすらできなかった。

 それはオーガにとっても同じで、次々と消されていく同胞と彼女のプレッシャーに押し潰されて、残された者たちは泣き叫びながら失禁していた。

 そして最後に戦場に立っていたのは、まさに『絶対強者』その人だった。


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

蓮司視点ということで、3、4話ほどで書くボリュームを1話にまとめて投稿させていただきました。

相変わらず、葛藤や苦戦すらも絵になる二枚目キャラでした。

久しぶりの戦闘を楽しんでいただけたなら嬉しいです。


次回はいよいよ芙蓉が吸血鬼と対面します。

そして彼の秘密の一端が明らかになります。

さらには工藤凛花が参戦します。

ぜひご期待ください。


 ***

『おまけ』

的場蓮司のヒロイン候補


これまでに予兆のあった人物

橘由佳

工藤凛花

奈瀬深雪

芙蓉・マクスウェル


今回新たに追加された人物

リゼット・ガロ

九重紫苑


コメント欄で何度かお答えしていますが、筆者の中ではすでに決めてあります。

まだまだまだ秘密です。

ヒントは2ー19.5のおまけと、番外編の由樹回にありますが、これだけで当てられる読者がいたら脱帽です。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893620045


ちなみに本作は芙蓉✕紫苑ルートですが、筆者としては芙蓉✕リズも捨てがたいです。

もし分岐ルートを書く機会があれば、芙蓉✕リズ、蓮司✕紫苑もありかなと思っております。


由樹ですか?

当たり前のことを聞かないでください。

どの世界線でも彼の相手は変わりません。

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