28 会長と行く林間合宿は、晴れときどき☆☆
『まえがき』
いつもアクセスありがとうございます。
今回の視点は蓮司、ダニエラ、芙蓉の順です。
『あらすじ』
魔獣の異常発生
魔界への扉が原因
芙蓉の犠牲で扉を分解
***
林間合宿の3日目は朝食を終えると、救援に来た第1公社の魔法使いたちと共に下山を始めた。
来たときと同じように、クラスごとに時間を分けて行軍している。
すでに1時間以上歩いているが、昨晩の魔獣たちの襲撃が嘘のように1度も戦闘がない。
本来はこちらが正常なのだが、昨日の興奮が未だに収まらない。
オーガとの戦いで負傷した左腕はすっかり治っていて、移動にはまったく問題がない。
大丈夫だと言っているのだが、橘が強引に俺の荷物を背負っている。
食料などを消費して大分減ったとはいえ、それなりの重量がある。
ちなみに彼女自身の荷物は、物資を持つ必要がない上級生の工藤先輩が運んでいる。
先輩の気づかいには申し訳ないが、今の俺には橘の想いに応える余裕はない。
今すぐ帰って自身を鍛えたい気分だ。
昨晩の魔獣の異常発生は、表向きには会長が解決したことになっている。
彼女は俺の腕の治療を終えてしばらくしてから、負傷した芙蓉と工藤先輩を連れて帰還した。
しかし2人の怪我は、魔獣との戦いによるものには思えない。
工藤先輩には鋭い刀傷があり、委員長が付きっ切りで治療に当たった。
芙蓉の方はより重症で、まるで上空から突き落とされたかのように、全身の打撲と複数の骨折があった。
2人の負傷については会長から軽く口止めされたが、今回の事態に何らかの黒幕がいたことは容易に想像できる。
何かを隠していることは明白だが、3人とも口を開かなかった。
彼らがしゃべらない限り、真相が明らかにされることはない。
霊峰の中を第1公社の魔法使いたちが調査しているが、その結果を俺たちに知らされることはないのだろう。
せっかくオーガたちとの戦いから生き延びたのに、中途半端なやるせなさが残っている。
しかし俺の力が及ばなかったのだから仕方がない。
次こそは友の隣に立ちたい。
今回の戦いで少しコツが掴めた気がする。
帰ったら色々と試したみたいことがある。
考え事をしながら、黙々と歩いていたら、前を進む由樹が唐突に工藤先輩に質問した。
「先輩、そういえば芙蓉を置いてきても良かったのですか?」
今朝の段階で芙蓉の傷は大分癒えていたが、体力が戻っておらず、下山を遅らせることになった。
彼は見た目に比べて不自然に衰弱しており、由樹曰く何らかの代償を支払う魔法を使ったのかもしれない。
救護所は公社の人に引き継いで、彼もそこに託してきた。
芙蓉ならば体力さえ回復すれば、1人でも下山できると思うが、東高としてその対応は容認されるのだろうか。
そんな俺の疑問にまで先回りして、先輩が答えてくれた。
「まぁ、紫苑が一緒だから心配ないだろう。それに高宮はあれでも、紫苑の扱い方を分かっている。霊峰の中腹で帰りのバスが来る頃には追いつくだろう」
あの会長の扱い方って。
親友はとうとうその域に達したのか。
今度から芙蓉ではなく、高宮師匠と呼ぶか。
***
全身の傷が痛む。
こんな感触はいつ以来だろうか。
ガウェインと引き分けたときだって、ここまでボロボロにならなかった。
この世界に我を楽しませる者など、もう残っていないと思っていたが、まさか極東の地であれほどの逸材たちに出会うことができるとは。
物質に息を吹き込む少女に、全てを分解するローズ様の作品、さらにはとてつもない魔力を帯びた化け物がまとめて現れるとは思いもしなかった。
再戦が楽しみだが、今は公社の人間たちを撒かなければならない。
とりあえず魔力が回復するまでは、霊峰の中に隠れているしかない。
さすがの我でも、強行突破にはリスクがある。
太い樹木に背を預け、呼吸を整えて自然界から全身へと魔力を取り込んでいく。
そんな最中、視界に異物が紛れ込んできた。
それは赤い目をした黒猫。
幾度となく求めた、あのお方の転変した姿。
疲労のせいだと1度は自身の目を疑ったが、間違いではない。
もしかしたら、魔界への扉を開けば駆けつけてくるかもしれないと思っていただが、本当に現れるとは。
黒猫は我の前まで来ると、人の言葉を発した。
「全て覗かせてもらったわ。私の息子にちょっかいをかけたようね」
猫の姿でも、それは紛れもなく彼女の声色だ。
しかしまさか孤高の真祖の口から、息子などという言葉が出るとは思わなかった。
それが指すのは、あのシキもどきしかない。
吸血鬼という種族にとって、真祖という存在は絶対だ。
我ら眷属たちは血の盟約によって、祖に絶対服従を強いられている。
返答をひとつでも間違えれば、命はない。
「別に怒っていないわ。それに扉の件だって、資料を処分しなかった私にだって落ち度がある」
魔界への扉は彼女が開発して、我はその術式を真似たに過ぎない。
しかし彼女は何を思って、扉を作ったのか気にはなる。
結局、我はその先を見ることが叶わなかった。
「ローズ様はあの扉の向こう側へ、行かれたことがあるのですか?」
「用事があって少し行ってすぐに帰ってきただけよ。でもあなたが追い求めるような魔界の王はもういないわ」
術式があっても、その存在が半信半疑だった魔界だが、彼女は実際にたどり着いたようだ。
しかし我の求めた魔王はいないのか。
どうにも、“もう”という言い方に含みがあるように感じる。
「あなた様は、魔王をご存知なのですか?」
しかし彼女は何も答えなかった。
猫の姿から表情は読めないが、どこか悲しそうな雰囲気を醸し出していた。
しかし今の我は魔王よりも気になることがある。
「それにしてもご子息や、一緒にいた娘たちも末恐ろしいですな」
「あなただって血を受け入れれば、まだまだ戦えたでしょうに」
彼女の指摘通り、我々吸血鬼は他者の血を取り込むことで、莫大な生命力を得ることができる。
しかしそれは理性を麻痺させる。
酩酊状態のように意識が抑えられ、本能のままに戦うことになる。
それは騎士のとしての美学に反する。
たとえ枯渇によって、肉体が衰えたとしても血を受け入れることは容認できない。
「お言葉ですが、
「最強の吸血鬼が
彼女の言葉にした最強とは、決して正しくはない。
吸血鬼たちの多くは、その強大な力と本能の赴くままに戦う。
そんな奴らにたとえ身体能力で劣ったとしても、武芸や魔法の研鑽を積んだ我は遅れなどとらない。
しかし吸血鬼の長い歴史の中で、我のような物好きが他にもいなかった訳がない。
目の前の真祖の君だってそうだ。
「何をおっしゃいますか。ローズ様が控えておられるのに、某が最強などおこがましいです」
「過度な謙遜は相手に失礼だけど、
たしかに彼女は長い生を研究に注いでいるが、決して弱くなどない。
吸血鬼の社会では、人間から祖へと至った数体の王と、その眷属たちが互いの領地を取り合っている。
しかし彼女は領地を持たず、他の真祖たちと相いれず、独立を保っている。
そんな自由が許されるのは、彼女が他の同胞たちよりも一歩抜きん出ているからに他ならない。
我が吸血鬼になったときの主は他にいたが、
これまでに面倒な命令は1度もなく、基本的に放任されている。
そもそも彼女自身に放浪癖がある。
時折、魔法の実験に同席させていただいて、多くの知識を得ることを許された。
彼女は常に新しい魔法を作り続けている。
中でも得意とする幻影魔法は、世界の認識をズラして力の有無にかかわらず相手を手の平で転がすことができる。
今の黒猫の姿だって、実際にその姿になっている訳ではなく、幻影魔法によって認識を変えている結果に過ぎない。
単純な魔法のようだが、その完成度はとてつもない。
手で触れても、目で見えているような猫の抱き心地しかしないし、写真を撮ってもそこに写るのは黒猫の姿だ。
彼女の魔法は催眠術のようなちんけなものではなく、世界の事象すらも欺く。
そんな彼女が息子と呼んだ作品は、我の魔法どころか、肉体までも分解して膨大なエネルギーへと変換した。
あれは従来のシキのスペックを大きく超えている。
彼が真祖の実の息子な訳がない。
我ら吸血鬼に子を残すことはできない。
あくまで人間を吸血鬼に変えるか、新たな真祖を生み出すことでしたか種を増やすことができない。
「それにしてもご子息に刻んだ魔法式はなんですか。分解のシキに似ておりますが」
「そうね。あの子たちの事を教えてあげるから、あなたにも少し協力してもらおうかしら……」
それから我は、ローズ様と彼女が誓いを捧げた少女の物語を聞かされた。
それは現在の魔法社会を根底から覆すものだった。
すでに精霊王たちは、この世界に幾重もの大きな根を張っている。
奴らが100年以上掛けて準備した計画を打ち破るのは、並大抵のものではない。
そして彼女たちの物語は、悲劇として1度幕を下ろした。
しかし終わり間際に当初の計画を変更して、次の世代に希望を託すことに成功した。
そして託された2人の新たな幕は、すでに上がっている。
あとは結果を待つだけなのだが、ローズ様はそこに再び介入しようとしていた。
「芙蓉は実の息子同然よ。私たちの計画のせいで、あの子を失うなんて耐えられない。前回、私は彼女たちを守りたかったけど計画を繋ぐために、感情を押し殺して見殺しにした。でも今回はもう我慢しない。あの子の未来を守るためならば、どんな犠牲でも払う。紫苑ちゃんには悪いけど、第5の精霊王の力は私がいただくわ」
それにしても第5の精霊王など、その存在を考えたこともなかった。
ならば我が遅れを取ったのも頷ける。
あの2人の争いに、我らが真祖も参入するのか。
戦力は別として、真相の君は老練だけあって手札が多く、特に搦め手が得意だ。
当分、彼女と共に行動すれば退屈しないだろうし、もし真祖相手に自身の道を貫いたならば、奴らは本物だ。
その後にでも、じっくりと楽しめば良いことだ。
***
「かいちょ~、もう戻りましょうって」
「後輩くん。私たちの林間合宿は、まだ終わっていないわ」
なぜか俺と会長は霊峰の奥へと足を進めていた。
吸血鬼との激戦を終えて、今朝ベースキャンプで目を覚ました俺は、全身の傷が癒えていたが、なぜか仲間たちから憐れみの眼差しを送られた。
昨晩の事件で、俺と工藤先輩は奥の手を使ってしまったが、互いの手の内を伏せることで合意した。
そうすると吸血鬼との戦いを説明できないので、会長が全てを解決したことにして、強引に
その後は『魔法狩り』の反動の回復が、出発まで間に合わず、9班のメンバーたちとは1度別れて、帰りのバスの時間ギリギリに間に合うように、最後の8組が出発した後に下山することにした。
そんな俺のお守役として残ったのが、我らが会長様だった。
彼女は担当のクラスや班がないので、自由に動くことができた。
しかしなぜこのことに抗議をしなかったのだろうか。
会長と2人きりなど、受難の兆ししかない。
むしろ俺1人の方が安全に下山できる。
そして出発のタイミングで彼女は口を開いた。
『後輩くん。私はとても重要なことを忘れていたわ。聞いてくれる?』
『なんですか。急に改まって』
『まだ温泉に入っていないの……』
この一言で今に至る現状が伝わっただろうか。
「後輩くん、ここほれワンワン」
「もうこれで何回目ですか。だいたいこんなデタラメに進んで帰りはどうするのですか」
少しの携帯食料と一振りのスコップを装備して、俺たちは霊峰の奥へ奥へとあるかも分からない秘湯の探索をしていた。
ちなみに会長の巨大なリュックに入っていた荷物は、第1公社の職員に預けてきた。
彼女曰く、本格的なサバイバルがコンセプトのひとつらしいが、付き合わされるこちらとしては堪ったものじゃない。
せめてスコップを2本用意して、会長も掘ればいいのに。
「いいから犬は黙って掘る!」
「俺が掘るなら、会長が犬の方じゃないですか。それよりもここまで無計画だと最悪の場合は遭難しますよ」
「えー。後輩くんはお姉さんを犬扱いしたいの? さすがにちょっと引くわ〜」
「理不尽だ! そしていい加減、質問に答えろよ!」
それでも素直に穴を掘る俺は、完全にこの人の尻に敷かれているのだろうか。
『拝啓
9班の皆さん、会長に連れられて秘湯を探しに行っていたら、帰りのバスに乗り遅れました』
「もう終わりだけど今回のサブタイいくよ。『会長と行く林間合宿は、晴れときどき
「やっぱ、遭難しているじゃねぇかぁ!」
俺たちが捜索隊に救出されたのは、これから1週間後のことだった。
『会長と行く林間合宿は、晴れときどき吸血鬼』完
***
『あとがき』
いかがでしたか。
以上で2章完結です。
応援コメントに『面白かった』、『もっと読みたい』など一言だけでも書いていただけると、筆が捗ります。
蓮司視点の結びでデジャブを感じた方は、かなりの『チーかま』マニアです。
(2-15の結びをアレンジしております)
強敵だった吸血鬼ダニエラは、血を拒んでいるため衰えた状態でした。
それでも純粋な戦闘技術は、ローズに認められるほどです。
彼女たちは水面下で動くので、再登場は当分先になりそうです。
さて林間合宿で芙蓉と紫苑の仲は深まったのでしょうか。
なんだか今の関係のままでも十分に楽しそうです。
***
『今後の予定』
SSは1話完結というだけで、今後の展開に重要(?)な本編です。
以下のエピソードを予定しております。
・秘湯入浴
本編で自粛した温泉回をギリギリまで攻める?
・入学式(生徒会side)
会長が殺し合い宣言をした入学式だったが、その裏側のエピソード。
・ランキング戦初戦
最下位スタートの芙蓉だが、新人戦でのオッズを下げないために、目立たず勝つ必要があった。会長Pの奇策が映える!?
・由樹の大浴場覗き作戦
サブタイの通り。なんと会長様が覗く側で参加?!
・第5公社の副長
単位取得のため、公社の依頼を受けに行った芙蓉だったが、なぜか第5公社の副長から指名依頼が来る。副長の正体とは……そして依頼の内容とは……
・入部届
会長に振り回されていた芙蓉だったが、いつの間にか9班メンバーたちは部活を決めていた。そして入部届の提出期日まで残りわずか。
・会長による2章……
登場人物紹介がパワーアップして再登場。
などなどです。
まだ執筆を始めていないので、変更になる可能性があります。
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