20 会長と行く林間合宿は、晴れときどき××××
『まえがき』
いつもアクセスありがとうございます。
林間合宿2日目の開始です。
『あらすじ』
林間合宿は魔獣討伐
第9班にはクセがある
1日目終了
***
暗イ、寒イ、渇ク
アルベキ贄が足リヌ
ワレの飢エを満タセ
ソナタの祈リを捧ゲヨ
同列に語ラレルのは不愉快ダ
ワレは何も授ケナイ
タダ喰ラウノミ
供物トシテ……
***
霊峰に来て、最初の夜が明けた。
昨晩は会長たちの天幕(?)で騒いで、解散した後は各々の天幕に戻りそのまま就寝した。
朝は、日の出と共に目が覚めてしまった。
蓮司と由樹はまだ寝ていたが、俺は日課のランニングに出かけていた。
ベースキャンプの周囲を回った後に、魔獣の区域にある泉に訪れていた。
昨日、食料調達の際に見つけた場所だ。
泉の周囲には高い木々が減り、草花が増えている。
おそらく水質の影響だと考えられる。
山の上から下へと流れる水が、ここに一時的に溜まっているようだ。
ベースキャンプに流れている水路より澄んでいて、泉の底まで透けて見える。
俺はランニングのついでに、泉の水で顔を洗っていた。
運動で火照った体には、とても心地良かった。
よく覚えてはいないが、昨晩はひどい悪夢を見たような気がする。
この感覚は、ステイツで任務をしていたときにもたびたびあった。
悪夢の翌日には何か大きな事件に出くわした。
例えば、狂信者たちが解き放ったベヒモスと戦うことになった前夜もそうだった。
そのときだけでなく、華国系のマフィア
もしこれがジンクスとかいうやつならば、今回も何かが起きる前触れなのかもしれない。
由樹の言っていたフラグという言葉はこういうときに使うのかな。
フレイさんの情報によると、数日前に第1公社の支部が襲撃されたようだが、東高やこの霊峰も第1公社の重要拠点だ。
襲撃犯が次に狙ってくる可能性が無いと、どうにも楽観視できない。
林間合宿への参加ということで、装備が制限されている。
俺の武器は学校の認可を得ていない。
わざわざ自分の得物を申告するわけがなく、そのため武器の使用は法律に抵触する。
そもそも俺の所属する組織自体が条約違反だがな。
念のため、荷物の奥にナイフとリボルバーを潜ませてあるが、普段は持ち歩くわけにはいかない。
心許ないが手元にあるのは、懐に忍ばせた2つの白い魔石だけだ。
ステイツからの支給品の魔石は寮のクローゼットに隠してあり、会長から渡されたものだけを持ってきている。
会長からは、工藤先輩との模擬戦でひとつ、魔獣討伐でもうひとつ使うように言われていたが、節約することができた。
元々無いはずの物なので、経費を気にせず気軽に使える。
ちなみにステイツの支給品は使用したら、経費の一部が給料から天引きされるという、スーパーブラックな組織だ。
意思とは関係なく魔力を吸収してしまう俺の体質でも、魔石ほど強固に魔力が物質に定着していると、触れただけではあまり吸えない。
実際に使うときには砕いて、中の魔力を取り出す必要がある。
このことが、魔石が使い捨てにされる原因のひとつだ。
俺は根拠の乏しい一抹の不安を抱きながら、ベースキャンプへと戻った。
***
朝食を調理する余裕はなく、保存食で簡単に済ませた。
人類の叡智を集結させたお湯を入れるだけで、暖かいご飯やラーメンが食べられる保存食だ。
余談だがニホン製が最も美味しいと思うが、未だにステイツの部隊で採用されない。
朝食を終えた俺たち9班は、工藤先輩に招集されていた。
現在、俺たちが集まっているのは、ベースキャンプと魔獣の出現領域の境界付近だ。
昨晩のバカ騒ぎで活気が戻ったように見えたが、また実習が始まるということで、メンバーたちの表情が強張っている。
いつもなら由樹辺りが空気をぶち壊してくれるところだが、流石の彼も緊張しているようだ。
工藤先輩がきびきびと本日の予定を説明し始めた。
「昨日のうちに全員がノルマを達成したので、本日は希望者のみ、私と共に魔獣討伐を行う。討伐数が今回の実習の成績で、大きなウエイトを占める。ちなみに昨日の時点で高宮とリゼットの不参加は聞いている」
そのようなことは言っていないが、工藤先輩の意図を理解している俺は何も口を挟まない。
リズの方に目を向けたが、彼女も分かっているようで眉ひとつ動かさなかった。
一方、他の5人は俺たちの選択の真意が気になっていたようだが、すぐにそんな余裕はなくなる。
「本日の討伐に参加するのか、今ここで決めろ」
工藤先輩の急な要求に対して、一同は沈黙した。
この実習は2泊3日で行われる。
しかし単純に魔獣を1匹狩るだけならば、移動時間を考慮しても1日余分だ。
俺たちだけでなく、ほとんどの班が初日でノルマを達成している。
5人のうち最初に答えを口にしたのは蓮司だった。
「俺は降ります」
昨日、魔獣に左腕を噛まれて軽傷を負った彼だが、十分に回復している。
もちろん昨晩の馬鹿騒ぎによるダメージも癒えている。
「なんだ。初めての実戦を経験して臆病風に吹かれたのか」
「昨日は実習だからといって、一方的に生き物を殺した。でも今の俺は、そのことに納得できていない。こんな状態では戦えない」
工藤先輩の挑発に対して、彼は包み隠さず、率直な意見を述べた。
それはまるで自分自身に言っているようだった。
蓮司の言葉は正常な人間ならば正しいかもしれないが、現場に出れば選択の余地などない。
他のみんなも安堵の表情を浮かべ、蓮司の意見に同調しそうな気配がある。
そんな彼ら彼女らに対して、工藤先輩がもう1度通告した。
「東高では実習の評価が特に大きい。ここでの成績は将来の魔法使いとしての道に直結するぞ」
俺やリズにしてみれば、東高で任務を続行できれば構わないので、成績など気にならない。
そもそもこの実習の意図は他にある。
「必要以上に魔獣を殺して、成績を得るくらいなら、俺は評価などいりません」
工藤先輩からの忠告を受けても、蓮司は自身の考えを曲げる気は無いようだ。
臆病とも捉えられてしまうが、彼は頑なに断った。
そして彼の言葉に他のみんなも追随した。
「弱い者イジメしたって、かっこ悪いだけだし」
「そうよ。力を示す機会は、これからいくらでもあるわ」
「他でいい成績を得ればいいのです」
「魔獣を殺さなくたって、私たちは強くなれます」
由樹、橘、胡桃、野々村の順に不参加を表明した。
蓮司の言葉がきっかけにはなったが、各々が自分の意思を口にした。
これ以上、魔獣を殺さないと決めたことで、みんなの表情は幾分か柔らかくなった。
しかし工藤先輩は無言のまま、ひとりずつ目を合わせていく。
誰1人声を発せず、沈黙が流れていた。
昨日のような鋭い殺気こそないが、彼女は重たいプレッシャーを放っている。
誰もが彼女と目を合わせることで、不安や迷いで動揺を露わにしていたが、それでも前言を撤回する者は1人もいなかった。
「分かった。そういうことならば仕方がない。現時刻をもって9班全員に、今回の林間合宿の合格を言い渡す」
「「「えっ?!」」」
5人から気の抜けた声が漏れ出る。
工藤先輩から先程までのプレッシャーはなくなり、その表情には軽い笑みが現れる。
「私は魔獣1匹をノルマと言っただけで、合格条件とは言っていない」
ちなみに俺とリズは昨日の時点で合格をもらっている。
すぐにノルマをこなした俺たちは、工藤先輩に狩りを続けるのか聞かれたが、断っている。
「この課題の目的は、殺しの経験を積むこと。そして血に溺れないことだ。魔法使いたるもの、冷淡さと倫理観の両方を持ち合わせていないといけない。この実習は、一線を越える意味と踏みとどまることを知ってもらうために行なっている」
矛盾のある実習課題。
しかしそれは魔法使いという職業が、そのあり方に矛盾を抱えているからだ。
彼らは社会の奉仕者だが、聖職者とは程遠い。
現代社会での主な業務は、インフラ工事や災害地、事故現場における救命活動、要人の護衛だ。
その一方で、魔獣が現れれば討伐するし、道を外した魔法使いを処断することだってある。
しかし人間社会で生きていく以上、その度に狂気に囚われず、日常に戻ってこなければならない。
これは魔法使いの自戒についての問題だ。
もしこれがなくなってしまったら、現行の社会システムは簡単に崩壊してしまう。
このことは公社の魔法使いに限らず、俺のような裏側の人間でも同じく抱えている問題だ。
東高が実習にこの霊峰を選んだのは、決して学生の安全のためだけではない。
この資質を試すためには、この実習場所はとても適している。
霊峰の魔獣は、そのほとんどが出現区域に留まる。
つまり人類にまったく害がなく、しかも弱い。
このような相手を一方的に殺し続ける者は、魔法使いとして人格に欠ける。
しかし殺しといっても、魔獣と人間では違う。
命の重さの優劣について談義するつもりはないが、やはり同族殺しには忌避感を覚える。
魔獣を殺せても、人間を殺せない者は多い。
俺ですら、任務で殺人をするたびに何度も吐き、眠れぬ夜を過ごした。
さすがに学生のうちに殺人を経験することはないだろう。
昨日の工藤先輩の殺気は鋭かったが、あれは人を殺したことのない者のそれだ。
1度でも経験したことのある者の殺気は、あんなに真っ直ぐではない。
もっと様々な感情が入り乱れておぞましいものだ。
工藤先輩が今回の実習の狙いについて詳しく説明を終えて、最後に締めた。
「これから明日の下山までは自由行動だ。ただし魔獣の出現領域に入る場合は上級生の許可を得るように」
この指示によって、一同は解散することになった。
こうして無事に林間合宿は 終了するかに思えた。
***
2泊3日の林間合宿だったが、俺たち9班は2日目の朝にやることを失ってしまった。
上級生の許可を得れば、霊峰の中を進むこともできるが、わざわざベースキャンプの外に出ようとする者はいない。
9班に限らず、ほとんどの1年生がベースキャンプの中を暇そうに
俺たちも昼食を済ませて、だらだらと過ごしていた。
同じ班の女子4人はどこかへ行ってしまい、俺は蓮司、由樹と一緒に
天気がいいので、特に意味もなく3人で芝生の上で仰向けになり、のんびりしていた。
「女子と絡みたい。こういう課外活動ならば、普段の教室よりもハードル下がるはずだし、イベントボーナスで好感度を高めやすいはずだ」
「止めとけって。どうせ上手くいかないし、こんなにいい天気なんだしのんびりしようぜ」
もちろん由樹と蓮司の会話だ。
昼食を終えて腹も満たされ、ぽかぽか陽気が睡眠へと
「いや……でも……そうだな。なんだか、もうどうでも良くなってきたな」
行動力のあるオタクであり、欲望に忠実な由樹までもが屈してしまった。
このままだと、ぐうたら人間が3人も出荷してしまいそうだ。
しかし彼の希望は別の形で叶うことになった。
「暇そうね」
俺たちに声をかけた人物も、生物学的には女性に変わりない。
見た目だって、とびきりの美人だ。
しかしこの人と関わると、ろくでもないことに巻き込まれる。
それに俺たちは今、お昼寝で忙しい。
「後輩くん。人のことを見て、嫌そうな顔をしないの! お姉さんだって傷つくわ」
傷つくと言いながらも、その表情は笑みを浮かべていた。
会長は本日も山の中で、1人だけスカートを履いている。
「いつまで、転がっているのよ。私のスカートの中を覗かせてあげよっか~」
俺はサッと体を起こして、座った。
会長さまのスカートの中を覗くなど、その後の代償が怖すぎる。
立ち上がらないのは、せめてもの抵抗だ。
2人も察したようで大人しく体を起こした。
腕を組み、スカートをなびかせながら、仁王立ちする会長さまの前に座る俺たち男子3人。
傍から見れば、完全に会長の尻に敷かれているな。
あれっ、立った方が良かったのかもしれない。
そして俺の影に隠れようとする蓮司と由樹。
「(何しているんだよ)」
「(昨晩の一件でますます会長が苦手になった)」
誰に対しても人当たりの良い蓮司がブルブルと震えていた。
俺が厨房で料理をしていた際に、会長の理不尽の餌食になったらしい。
そういえば、蓮司が女性からひどい扱いを受けるのは珍しいことだな。
「(会長の担当は芙蓉さ)」
いつ俺が会長の担当に就任したのだ。
モテたがりの由樹もさすがに、会長は対象外のようで俺に押し付けてきた。
彼らの目には、俺と会長がどのように映っているのやら。
仕方がないが代表として、会長の対応をするしかないようだ。
「暇そうなあなたたちに朗報よ。霊峰といえばやっぱり秘湯でしょ」
ベースキャンプの近くに泉は見つけたが、温泉まであるのか。
それは確かに嬉しい情報だ。
会長も偶には、いい仕事をするものだ。
「それでその温泉はどこあるのですか?」
「もちろん、これから探しに行くのよ」
あれっ、天気は晴れているはずなのに、雲行きが怪しくなってきた。
「誰が……」
すでに察していても、漏らさずにはいられなかった。
「もちろん私の信者たちが」
会長の信者だなんて、そんな物好きがいるとは思えない。
ましてや広い霊峰の中で、あるかもわからない秘湯を探すことなんて。
怪しげな宗教団体の方が、もっとまともに(?)信者を集められそうだ。
「少なくともここに3人いるわ」
3人もいるのか。
意外に多いな。
しかしここには、俺と蓮司と由樹しかいない
気配を探るがやはり誰もいない。
やはりこれは予想できるパターンか。
しかし希望を捨ててはならない。
駄目押しだが、俺は諦めずに会長に質問を続けた。
「会長冗談はやめてくださいよ。俺と蓮司と由樹しかいないですよ」
「そうね。私に忠実な3人だと信じているわ」
ダメだ。
完全に確定だ。
察してはいたが、どうやら会長さまは俺たちに温泉を掘らせる魂胆のようだ。
そんな面倒なことに従うわけがない。
こんな広い山の中で、あるかも分からない温泉を掘り当てるなど地獄でしかない。
たとえ力づくでも、絶対に抵抗してやる。
俺は心の中で己に誓いを立てた。
すぐに立ち上がり逃走のための準備をする。
もちろん正面戦闘を挑む愚行など、元より選択肢に存在しない。
必要とあらば蓮司と由樹を見捨てて、1人で走りさる覚悟だってできている。
さて、どう出る会長さまよ。
俺はあなたに振り回されることはないぜ。
しかし彼女はいきなり
「さぁ、下僕1号、2号、3号。最初に温泉を見つけた子には、10秒だけお姉さんのおっぱいを触らせてあげるわ」
なんてことを言い出すのだ。
たしかに性格に難ありの彼女だが、外面はたわわに実った2つの果実を抱く美少女だ。
「下僕1号いっきまーす」
由樹がスカイボードで飛び出していった。
霊峰の奥に入ってしまい、あっという間に見えなくなってしまった。
(待て! 下僕1号、お前は貧乳信者じゃないのか?! この異教徒めが!)
魔獣の出現領域に入るには、上級生の許可が必要だが、一応会長の指令だから大丈夫なのかな。
そんな由樹を見送っていたら、隣で蓮司が上下に屈伸し始めた。
その後も、手足を曲げたり、伸ばしたりと準備運動を続ける。
「待て、蓮司。おまえはそういうキャラじゃないだろ」
「面白そうだし、今はなんだかモヤモヤしていて、何も考えずに体を動かしたい気分だ。それに触らせてくれるなら、ありがたくその権利をいただこう。それじゃあ、下僕2号発進するぜ!」
なぜか彼が口にすると爽やかに……いや、やっぱり無理があるな。
2枚目から下僕2号へと
「後輩くんはやっぱりムッツリね。素直になりなさい。本当は触りたいのでしょ。ほらほら、後輩くんなら特別に揉みしだいてもいいのよ」
(揉みしだくだと!!)
「なんなら、ブラとパットを外してからでもいいわよ」
(防具なしの状態にダイレクトアタックだと?!)<注:服があるのでダイレクトではありません>
「さぁ、下僕3号はどうするの?」
「そんな呼び方をするな。俺は下僕3号じゃない」
そうだ。
会長の下僕3号になんて、なってたまるか。
すっかり会長相手に敬語が無くなっていた。
しかし刹那的な衝動のために、そんな不名誉な肩書きを受け取るわけにはいかない。
俺は芙蓉・マクスウェル。
その正体はステイツのエージェント。
さらには『魔法狩り』と呼ばれる対魔法使いのエキスパート。
そんな俺こそが……
「俺こそが、会長の下僕1号だー!!
なぜだか分からないが、心の奥底から湧き上がる使命感に駆り立てられて、気がついたら走り出していた。
***
俺は何をしていたのだ。
山の中を全力疾走すること、約10分。
軽い倦怠感と共に煩悩が吹き飛んで、冷静さを取り戻していた。
制服の内ポケットから学生証を出して、タップで起動した。
「さてと、蓮司と由樹はどこかな」
さらに
ベースキャンプでは見かけなかったが、工藤先輩と橘たちが近くまで来ているようなので、とりあえずそっちに行ってみるか。
草をかき分けてしばらく進むと、女性陣5人がいた。
戦闘を想定していないためか、みんなジャージ姿だった。
一応武器は手にしているが、工藤先輩はバットをケースにしまったままだし、橘は大盾を背負いバックラーのみを装備している。
野々村に至っては杖を持ち歩いていない。
彼女の場合はソロでなければ、武器は邪魔なだけだ。
遅れて、向こうもこちらに気がついたようだ。
「みなさん、何をしているのですか」
工藤先輩もいるので、一応敬語で質問した。
そんな当たり障りのない挨拶に対して、工藤先輩がその目的を堂々と答えた。
「もちろん。霊峰といえば温泉発掘だろ」
(何それ、流行っているの?)
工藤先輩の発想って、実は会長と同レベルなのか。
昨晩のバカ騒ぎもだが、彼女が会長と上手くやっていけている理由が、なんだが分かったような気がする。
しかしこんな広い霊峰で温泉を探すとは、工藤先輩には何か策があるのだろうか。
5人で行動しているが、手分けした方がまだ効率がいいと思うが。
そしたら質問する前に橘が俺の疑問に答えてくれた。
「工藤先輩が土魔法で地面の底にある水脈と、熱源を探知しているのよ」
ふむ。
つまり実質、工藤先輩が1人で温泉を探していて、残りの4人はおまけということか。
それにしても彼女は探知までできるのか。
知覚系の魔法は素質が大きく影響する。
たとえ上級の土魔法を使えたとしても、地下の探知はできない者は溢れかえるほどのレアスキルだ。
工藤凛花という魔法使いは、その見た目や性格に反して、器用で多才で多彩な少女だ。
単純に魔力が大きく、シンプルに強い会長とは対照的だな。
正面戦闘ならば会長に軍配が上がるが、様々な現場で役に立つのは副会長のようなタイプだ。
一長一短だが、後者の方が仕事を得やすい。
残念ながら俺も会長と同じ一芸に秀でたタイプで、対魔法使いに特化している。
もちろん、組織としてはプロフェッショナルが求められているので、上手く当てはまれば、前者の方が優遇される。
俺が11歳でステイツからスカウトされたのも、このような背景があるからだ。
それにしても、後輩3人を使って闇雲に温泉を探させる会長様に対して、魔法を使って確実に掘る場所を探査する工藤先輩。
発想が同レベルなどと思って、ごめんなさい。
会長のは行き当たりばったりでただのわがままだが、工藤先輩の方は現実的だ。
このまま彼女らに同行した方が、温泉を見つけられる可能性が高いな。
***
「徐々に近づいているな」
地面に手を当てたまま工藤先輩が呟いた。
これで5回目の探知魔法だ。
合流した時点で、すでに彼女は熱源と水脈を探知していて、交わる地点に向かっているところだった。
どうやら火山性の温泉ではなく、地下水が地熱により温められた温泉がありそうだ。
10分ほど歩くたびに、彼女は今していたようにしゃがみ込み、地面に手を当てて、進む方向の修正をしていた。
ここまでは魔獣との遭遇もなく、順調に進んでいるように見えた。
しかしここで、いよいよ魔獣の気配を感じ取った。
メンバーで最初に気がついたのは俺だった。
安易に声を上げるようなまねはせず、手を腰の辺りまで下げ、ハンドシグナルを出した。
それに気づいた工藤先輩とリズが気を引き締めた。
空気が変わったことを察して、他のメンバーも身構えた。
別に魔獣の出現領域にいるので、遭遇戦はおかしくない。
このメンバーならば、少し強い個体が現れたとしても、なにも心配ない。
しかし何故か身震いが止まらず、背中が汗ばんでいる。
エージェントとしての俺の勘が、けたたましい警報を鳴らしている。
相手は不用心にも足音を隠す気がないようだ。
地面が揺れるような音を発しながら近づいてくる。
向こうもこちらを認識して、接近してきているようだ。
足音からの推定できるのは四足歩行で、草食動物よりも肉食動物に近い骨格だ。
そして音の大きさからかなりの大物だと予想できる。
身構える俺たちの前に奴が現れた。
真っ先に形容すべきは、鋭い瞳を持つ
それは餌を見つけた捕食者の目ではなく、目障りな虫ケラをただただ蹂躙しようとする目だ。
顔こそネズミに似ていて出っ歯だが、その額には角があり、全長8メートルを優に超える体格。
首や足首などの要所以外にはほとんど体毛がなく、そのかわりにゴツゴツとして筋肉質な肌が素顔を晒している。
その魔獣の学術名を『ベヒモス』という。
それでも以前、ステイツで倒した個体より一回り小さい。
対峙してから一瞬だけ静止したが、先に動いたのはベヒモスの方だ。
俺たちの方へ向かって突進してきた。
奴は特定の個人を狙っている訳ではなさそうだ。
1番近くにいた橘が背負っていた大盾を素早く構え、地面に突き刺し、両手で支えながら防御しようとする。
それでは無理だ。
ベヒモスは膨大な魔力で身体強化されているので、見た目以上の
強化した盾で防御しても、今の橘の実力では止めることなどできない。
俺は走り出すのと同時に、ブレザーの内ポケットに潜ませた2つの魔石のうち片方を取り出し、右手でぎゅっと握りしめて、魔石を割った。
手の中で粉々になった石の破片と共に、純度の高い魔力が解き放たれる。
すぐに魔力は取り込まれ、意識とは関係なく全身へと循環されていく。
身体強化のギアが何段も駆け上がっていく。
橘とベヒモスの間に滑り込むと、両足をしっかりと踏ん張る。
奴が迫りくるが、一切躊躇してはいけない。
俺1人ならば、受け流すか回避行動を選ぶが、そうすると周りに被害が出る。
受け止めるならば、前に突き出た頭部しかありえない。
ベヒモスは顎を引いて、角をこちらに向けて突進してくる。
俺は奴の頭を両手で受け止めた。
腕の力だけでは勢いを殺せず、角が俺の顔面に迫り来る。
すんでのところで、首を曲げて躱した。
奴の角は、先ほどまで俺の顔があった空間に突き刺さる。
ベヒモスの顔と俺の顔の間には、腕1本分の隙間しかない。
衝突により減速したのは一瞬だけだった。
いくら肉体を強化しても、体重が違いすぎる。
足と地面の結合は、いとも簡単に引き剥がされていく。
ズルズルと押し込まれて、背中が壁にぶつかった。
いや、壁ではない。
橘の大盾だ。
しかしそれでも完全に静止することはなかった。
最後に駄目押しとばかりに、ベヒモスは自身の首を振り上げた。
俺はとっさに両腕を頭部から離して、横に退避したが、風圧だけで橘は後ろへと飛ばされた。
最悪の相性だ。
魔獣であれ、魔法使いであれ、身体強化系の魔法の分解には時間を要する。
それだけでなく、攻撃を捌くことはできても、火力が足りなすぎる。
限界まで身体強化した状態で、手刀を抜刀の型で繰り出しても、奴には致命傷を与えられない。
『魔法狩り』を使うか。
そんな考えが頭を横切る。
しかし切り札をこんなところで、見せるわけにはいかない。
『魔法狩り』は強力な切り札だが、弱点も多すぎる。
何より発動条件を知られるわけにはいかない。
胡桃と野々村は完全に飲まれていて、戦闘に参加できる状況じゃない。
吹き飛ばされた橘も致命的なダメージは免れたが、体勢を立て直せず、これ以上は無理そうだ。
俺とリズ、それに工藤先輩の3人で対処するしかない。
この場面では、ゴーレム創生にタイムラグがある工藤先輩よりも、瞬発的な火力のあるリズの方が頼りだ。
小声で、さらにイタリー語で打ち合わせをする。
不審な行動だが、この混乱の状況なら、ごまかせる。
『リズ。ベヒモスとの戦闘経験は?』
『単独、無理。攻撃に専念できれば、なんとか』
『なら、俺が前に出る』
役割分担を手早く済ませた。
俺は守りに専念して、リズが仕留め役。
それに何も言わなくても、工藤先輩が保険としてゴーレムの準備をしてくれるはずだ。
両足を広げて、腕を前に構えた。
俺の構えに対して、ベヒモスも俺を敵として認識してきた。
奴らは獰猛で言葉を発しないが、戦闘に関して知恵が回る。
敵して認めれば、手当たり次第に攻撃するのではなく、フェイントを絡めた駆け引きもしてくる。
とにかくこちらからは攻めずに、防御に専念するしかない。
突進は受け止め損ねたが、足が止まっている今の状態ならば、正面防御だけでなく、受け流しという選択肢もある。
周りの光景など目に入らない。
今は、敵の一挙手一投足に集中することが、1番のチームワークだ。
しかし状況は悪化の一途を辿る。
「きゃー」
野々村の声だ。
悲鳴を聞いたからといって、不用意に振り向くことはない。
一瞬でも目を離したら、その先には確実な死が待ち受けている。
今の配置ならば、振り返って状況確認をするのは、リズの担当だ。
そんなリズから想定外の情報をもたらされた。
『芙蓉、後方、もう1体ベヒモス』
たしかに、後方からも同様の脅威を感じる。
そう俺たちは挟み込まれたのだ。
仕方ないが作戦を変更するしかない。
「前方は俺が抑える。まずは2人で後方の1体を仕留めてくれ」
2人とは、もちろんリズと工藤先輩だ。
戦力を割くならば、1対1でも時間稼ぎができる俺が残るしかない。
1人ならば、間違いなく逃走を選ぶが、そういうわけにもいかない。
これは時間との勝負だ。
しかも『他人に委ねた』という言葉が頭につく。
それは何も単純に1体を抑えるだけではない。
魔石から補充した魔力は、現在進行形で消費している。
これはいよいよ『魔法狩り』の発動を決断する必要があるかもしれない。
ここで犠牲者が出れば、任務の続行は不可能だ。
たとえ『魔法狩り』を使っても、まだ任務失敗にはならない。
ならば出し惜しみせずに、決断は早い方がいい。
しかし状況は、さらに目まぐるしく変化していく。
なんと3体目の猛獣が茂みから現れた。
それもベヒモスとは比べものにならない怪物だ。
「誰が怪物よ! 後輩くんは後で、おしおきね」
ぞんざいな物言いで普段は迷惑極まりないが、こういう場面では最も頼もしい人物だ。
ベヒモスが魔獣の上位ならば、こちらは東高の頂点だ。
でも、おしおきは勘弁してほしい。
「さぁというわけで、もう終わり間際だけど、今回のサブタイトル『会長と行く林間合宿は晴れときとぎベヒモス』の開幕だよ。ねぇねぇ、もしかしてシリアス回だと思った? ねぇ思った?」
会長様は、いきなり破壊力抜群のウザったい言霊をかましてくれた。
というか誰に向かって言っているのやら。
そんな状況で後方の1体が、まだ体勢を崩したままの橘に飛びかかろうとした。
しかしそれは悪手だ。
会長様の前で、そんな愚行を働くなど。
「はーい。ワンちゃんは、大人しくおすわりね」
彼女はその体重を感じさせないほど、ふわりと飛び上がり、ベヒモスの頭部に手を置いた。
そしてそのまま力に任せて、地面に叩きつけた。
ベヒモスの顔が地面にめり込んでいく。
まだ息はあるようだが、あっという間に昏倒した。
一連のやりとりから、俺と相対していた個体は、すぐに会長を脅威として認識した。
そして来た方へと振り返り、駆けぬけようとする。
しかし
すでにベヒモスの進路に彼女が回り込んでいる。
どうやら意を決したようで、ベヒモスがその前足を払いのける。
しかし会長とパワー勝負で勝てるはずがない。
「お手!」
ベヒモスの前足は会長の前で静止した。
会長が掴んで、止めているのだ。
いくら力を込めても微動だにしない。
「きゅ、きゅい〜ん」
ベヒモスが子犬のような弱々しい声を上げて、尖った両耳は垂れてしまった。
まるで降伏宣言だ。
完全に戦意喪失し、逃亡も諦めたようだ。
3人掛かりでも苦戦を予想した魔獣をワンターンキルした(殺してないけど)。
会長様にとって、犬もベヒモスも大差ないようだ。
すでに何回目かわからないが、この人に護衛が必要なのか?
“しかしこの戦闘は、これから起こる激戦の前触れでしかなかった。俺だけでなく、魔獣を狩らないと決めたみんながその日のうちに、戦火に身を投じることになるとは、誰1人予想していなかった”
***
『あとがき』
いかがでしたか。
まだコメディー要素が抜けきっておりませんが、2章のクライマックスへ向けて物語が動き始めました。
更新ペースが遅くなっておりますが、1話あたりのボリュームが増しているのでご容赦ください。
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