19 夜食でも命懸け!?

『まえがき』

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『あらすじ』

 林間合宿は魔獣討伐

 初めての殺しに戸惑う9班

 由樹が貧乳好きを暴露

 ***


 林間合宿初日は無事に終了しようとしていた。

 時刻は20時だが、あたりは暗く、電灯は水飲み場と簡易トイレの付近にあるだけで出歩くには不便だ。

 天幕の中では、懐中電灯の明かりだけが頼りだった。

 まだ寝るには早い時間だが、1年生たちの多くが憔悴しきっていて、どの班もおとなしく天幕に入っていた。

 それは俺たち第9班も例外じゃない。


 今はスカイボードの手入れをして、ひと通り寝る用意を済ませたところだった。

 蓮司なら同じ天幕にいるが、芙蓉は夕食の後から見かけない。

 実習中は制服だったが、今は各々私物のジャージ姿だ。

 さすがの俺でも、推しの風香お姉さんのイラストが描かれたパジャマを持ってくるのは自重した。

 それに水分補給やトイレなどで、天幕の外を歩く事を考えたら、シンプルにジャージが妥当だろう。


「トイレに行くついでに、芙蓉を探してくるわ」


 もちろん芙蓉を探すつもりなどないが、ちょうどいい言い訳に使って、天幕を抜け出そうとした。

 夕食のときに2人しんゆうたちがした仕打ちを忘れたわけではないが、今はそれよりも優先事項があるのさ。


「おぉ、スマホと学生証は持っていけよ」


 蓮司はこちらを振り向かずに、魔法銃を磨きながら生返事をした。

 彼はいつも銃の手入れに余念がない。


 天幕を出た俺は、ペンライトをポケットに入れて、ランタンに火を灯した。

 なぜランタンかって?

 懐中電灯よりこっちの方が雰囲気出るじゃないか。

 問題があるとすれば、天幕の中での使用は火災の恐れがあるので、2人に反対されたくらいだ。

 これで暗闇の中で怯える女の子の足元を照らしてあげれば、落ちること間違いなしさ。

 もちろん芙蓉や蓮司が隣にいれば、女子はそっちに群がるので、あえて別行動をした。

 とりあえず、天幕の張ってある区域を端から端まで歩きますか。


 ***


 歩くこと15分。

 何度か他の班の学生とすれ違うことがあったが、作戦の実行には未だ至っていない。


 俺は重大なミスに気がついた。

 それは天幕の外を1人で歩く女子などいないことだ。

 女子は意味もなく、なにかと団体行動したがる。

 そして俺は女性が好きだが、群れられると苦手だ。

 こればっかりは、現在進行形で何度もひどい仕打ちを受けてきたから、体が拒絶反応を引き起こしてしまう。

 数の暴力には何人たりとも抗えない。

 失意のまま俺は最後の天幕を横切り、ベースキャンプの端まで来てしまった。


“このときはまだ、これから始まる悪夢の舞台が、待ち構えているとは知らなかった”


 1軒の家。

 天幕でなければ、小屋でもない。

 第1公社の研究施設なら逆方向だ。

 しかし俺の目の前には2階建ての1軒屋があり、カーテン越しに中から灯りが溢れてくる。

 近づいてみると、複数の女性の声が聞こえてきた。

 明らかに不自然なのに、近くの天幕からは誰も様子を確かめようと出てこない。

 1歩踏み出すと、先ほどまでの芝生を歩いていたときとは違う感触があった。

 足元を照らしてみると、急に芝生がなくなり地面がむき出しになっていた。

 周りを注意深く確認すると、家を中心に芝生のないエリアが広がっている。

 引き返すか迷うが、聞こえてくる女性の声に足が吸い寄せられてしまった。


 しまった。

 これは大人版ヘンゼルとグレーテルというやつか。

 でもどうせ現実世界でモテないならば、こっちに突撃してしまうか。

 そうだ魔女に捕まる前に、逃げればいいだけじゃないか。

 決断は早かった。

 鍵が掛かっているかは分からないが、とりあえずノックもせずに玄関の戸を開けようとしたら、いともたやすく開いた。


「侵入者。侵入者。侵入者」


 下の方から単調なデジタル音声が響きだした。

 足元を見ると、見覚えのある小型版ゴーレムが同じ言葉を放っていた。


「なんだ、冴島か。入っていいぞ」


 家の中から現れたのは、なんとジャージ姿の凛花お姉さんだった。

 しかもお招きいただいてしまった。

 家の中は、飾り付けが少ないことを除けばシンプルだった。

 玄関でスリッパを履き、リビングへと通されたら、そこはパラダイスが広がっていた。

 大きめのテーブルを囲って、お姉さんたち5人が床に座り、宴会をしていたのだ。


「えっと、凛花が面倒みている班の子だよね」


 最初に声をかけてきたのは、なんと九重会長だった。

 工藤お姉さんを含めた4人がジャージなのに対して、なぜか会長だけ白い布地に紫色の花が描かれたパジャマを着ていた。

 ここはなんていい場所なのだ。

 東高に来て、こんなシチュエーションに巡り会えるなど、考えてもみなかった。

 すでに感激している俺に工藤お姉さんが、さらなるありがたい恵みをくださった。


「とりあえず、座りな。料理を作ったはいいが、女所帯だと食べきれなくて余っているから」


 工藤お姉さん、あなたは女神ですか。


「もちろん、不肖、冴島由樹、空腹であります」


 お姉さんたちのためならば、いくらでも食べられるのが男というものだ。

 先輩たちが席を詰めて、開いた場所に座らせてもらった。

 テーブルにはジュースやお菓子、そして中央にはカセットコンロの上に置かれた鍋があった。

 鍋の中を確認しようとしたが、工藤お姉さんがさっと蓋を閉めてしまった。


「すぐに温めなおすから、少し待ちな」


 そう言って、カチッと火をつけた。


「紫苑以外の3人は初めてだな。私たちと同じ2年2組の、」

「凛花、ここでしか出演しないキャラに名前を振るのは、作家泣かせだわ」


 いつも通りの会長のメタっぽいよく分からない発言が、工藤お姉さんの紹介を遮った。


「紫苑ちゃんひどいじゃない」


(あの会長をちゃん付け!)


 もちろん軽い冗談だが、お姉さんの1人が会長を非難した。

 これまでは生徒会長としての姿しか見てこなかったが、クラスメイトからは違った扱いを受けているのかもしれない。

 東高では進級に伴うクラス替えがないので、絶対強者と呼ばれる以前からの知り合いということになる。

 

「小林先輩に、遠藤先輩に、富岡先輩ですね。1年2組の冴島由樹です」


 軽く目を合わせたあとに背筋をぴったり伸ばして、きっちり45°の礼を見せる。

 顔を上げるときに、ちらりと上目遣いを忘れない。

 どうだ、先輩を慕う純粋な後輩キャラの演出は。

 工藤お姉さんは紹介しようとしたようだが、東高の女子生徒のプロフィールは大方インプットできている。

 作家の事情?

 そんなこと知ったことか。

 俺に好意を抱く女性を登場させない制作サイドなんて、むしろ敵だ。

 名前を言い当てられたことで、お姉さんたちが目を白黒していた。

 そして徐々に嬉しそうな表情を醸し出してきた。

 よしっ、作戦成功だ。

 今日という日はこれからだ。

 そんな俺に会長が水を差した


「キモっ、なにそのキャラ。狙いすぎでしょ」

「えぇそうなの?」


 まだだ。

 お姉さんの1人が会長に同調しなかった。

 まだ挽回できる。

 俺は並列処理の天才だ。

 ここから逆転する選択肢を考えろ。

 しかし会長はすでに次の1手を決めていた。


「女子寮の残り湯は、美味しかったかしら?」

「最悪だぁー!!」


 このタイミングでそれを暴露するか。

 俺の前科ぶゆうでんがお姉さんトリオに知られてしまった。

 会長は2年2組、ここにいるお姉さんたちも2年2組、そして新入生歓迎会で俺たちが押し入った女子寮にいたのが1年2組、2年2組、3年2組というわけだ。


「あぁこの子がそうなの。私たちは参加していなくて、後から聞いただけだったから」


 もちろんあの場にいなかったこともすでにリサーチ済みだ。

 むしろあのとき俺をボコボコにした女たちは、アプローチリストから除外してある。

 とりあえず話題を変えて、1歩引こう。


「この家って工藤先輩が作ったのですか?」


 さすがの俺でも本人の目の前で、お姉さんなんて呼ぶ愚行は犯さない。


「そうだ。1年生と違って、上級生は魔法で寝床を確保しても構わないからな」

「本当は私が、戦闘要塞『マグナムジェットボンバー』を造る予定だったのに~」


 会長が1人むくれているが、工藤お姉さんが普通の家を作ってよかったと思う。

 土魔法には土木作業に優れたものが多く、ゴーレムを使えば人手を増やせる。

 それにしても俺たちの実習に付き合った後に、このレベルの家を作るのはとんでもない。

 まだ会話を楽しみたいところだが、鍋の方がぐつぐつと煮詰まっていた。


「そろそろいいだろう」

「私がよそうわ」


 工藤お姉さんが鍋の蓋を開くとのと同時に、会長がお玉で取り皿にスープと具を入れていく。

 本当ならば会長ではなく、他のお姉さんたちにお願いしたかったが仕方がない。

 ハーレム状態の今夜の由樹様は、細かいことでガタガタ言わないのだ。

 しかしそんなこと考える余裕はすぐに消え去った。

 

 鍋の中身だ。

 端的に表現するとスープが“深く濃い紫"だった。

 具材も鳥なのか、豚なのか、牛なのかよくわからない肉に、野菜は緑が少なく、茶色の根菜ばかりが入っている。

 しかも時折、ぼこっと気泡が現れることから、かなり粘り気があるように見える。

 そして鍋の中を何かが泳いで(?)、うごめいている。

 それでいて煮えたぎった鍋から、異臭を発していないことが逆におぞましい。

 この鍋について、いくらでも表現できそうだが、審判のときがすぐそこまでやって来ていた。

 会長が取り皿を俺の目の前に持ってきた。

 テーブルに置こうとしないので、反射的に手を出して受け取ってしまった。


「どうぞ。きがいい、いえ、熱いうちに食べてね」

(なぜ言い直した! 活きがいいってなに?)


 やっぱり何か生き物がそのまま入っているのか。

 いや、しかし見た目が悪くても、実は美味しいというパターンは、昨今のヒロインに見かけるぞ。

 そうだよ。

 お昼のお弁当だって、夜のカレーだって美味しかったじゃないか。

 ここで料理下手な展開はないだろう。

 明らかにおかしな論理ロジックだが、そう自分を奮い立たせないと、今にも逃げ出しそうだった。

 そしてお姉さんたちがみんな、俺が食べるのを、ジッと見ている。

 会長に至ってはキラキラした目で俺を見ている。

 そんな純粋そうな目で俺を見るんじゃねぇ。

 ここで食べなきゃ漢じゃない。

 ハーレムエンドは目の前だ。

 俺は意を決して、口を取り皿に付け、一気に流し込んだ。

 味を感じる間もなく飲み込むつもりだったが、スープが予想以上に粘ついていて、喉を通らない。

 臭いがしなかったように、覚悟していたきつい味は広がってこない。

 最初に甘味が広がってきた。

 次にしょっぱいような、酸っぱいような、苦いような、辛いような、痛いような、苦しいような、悲しいような、そして最後におぞましい味が口内を蹂躙した。


 まさかのここでストレートにベタなのキター。

 口の中もだが、胃の中で何かが笑っているような気がする。


「どうだ。美味しいか?」


 こんなものを食わせておいて、常識人の工藤お姉さんが無茶な感想を求めてきた。

 会長なんて、目をぱっちりと開き、期待に満ちた眼差しを向けてくる。

 お姉さんたちが作った料理だぞ。

 不味いなんて言えるわけないだろ。

 そんなことしたら、俺のモテモテ街道に影響が出る。

 何より会長の機嫌を損なうのは、恐ろしすぎる。

 むしろ料理下手な異性の食べ物を美味しいと言って好感度を上げるのが、主人公ってやつだろ。

 並列処理で味覚情報を隔離する。

 脳の一部が阿鼻叫喚しているが、全体の処理能力の減少は1割にも満たない。

 それでも脳が悲鳴を上げ、熱を発し、隔壁を破ろうとする。

 しかし俺のモテたい願望はこの程度では敗れない。

 そして爽やかな表情(自称)を作り、決め台詞を放った。


「美味しいですよ」


 未だに隔壁を破ろうとしてくるが、俺の意思は負けない。

 しかしこれで俺の時代がやってくる。


「……凛花、思ったより面白くないよ」

「まさか、冴島が耐えきるとは」


 あれっ、何かが違う。

 いつも女子が俺に向けてくる蔑みではなく、男子が向けてくる残念なものを見たときの表情だ。

 工藤お姉さんが俺の肩にポンと手を置いた。


「冴島、無理しなくていいぞ」


 なにその優しさ。

 逆に辛い。

 なんだか涙が出てきた。

 その瞬間、気が緩んだせいで、隔壁に亀裂が生じた。

 先ほどまでの味覚情報が俺の全身を襲う。


「あばばっ、あばばば……」


 こうして、俺の意識は強制シャットダウンした。


 ***


 目が覚めた。

 意識を失う直前に残した情報領域にアクセスする。

 どうやら気絶していたのは、数分程度のようだ。


「ほらっ、水だ」


 そう言って、工藤お姉さんがガラスのコップに入った水を手渡した。

 俺はゆっくりと口に流しながらも、咥内にへばりついたスープを流しこんだ。


「結局、中身は何ですか?」

「ふふ~ん。これよ」


 会長がなぜか自慢げに後ろから、食材を取り出した。

 それを目の当たりにした瞬間、吐き気がこみ上げてきた。


 まずは(゚Д゚)かおがついた根菜。

「朝鮮人参ね」

 いや、今にも叫びそうだし、手足のように根が4つに分かれている。

 テンプレ通りのマンドラゴラにしか見えない。


 次に現れたのは節足動物。

「毒サソリよ」

「どく?!」


「大丈夫よ。毒の部分は避けているわ」

(そういう問題じゃねー!)


 見たことのない筋ばって、獣臭い肉。

「ウサギ型の魔獣の肉?」

(なぜ疑問系!)


 そして謎の白い塊。

「燕の巣ね」

(ここで、高級食材!?」


 最後に紫色のキノコ。

「とりあえず何かの茸ね」

(いや、名称がわからないものを鍋に入れるな)


 なんだか腹の中がチクチクしている気がする。


「あのねあのね、最初はの闇鍋だったけど、だんだん調子にのってね」


 いや、普通の闇鍋って時点で、会長の発想が恐ろしい。


「それでも、ちゃんとAmaz◯nで☆☆☆☆★だった××社の醤油ベースの鍋の素を使っているのよ! なのになんで不味くなるのよ!」


(いや、Amaz◯nと××社に謝れ! そして☆☆☆☆★というチョイスがリアルで怖い)


「そもそもどこの世界の台所に、マンドラゴラやサソリがあるんですか?」

「もちろん。後輩くんに取りに行かせたのよ」


 会長が胸を張って言い放った。

 もちろんって……だから夕食の後から芙蓉を見かけなかったのか。

 いや、これらを食材として、会長に手渡したあいつも大概だな。

 そしてさらりとマンドラゴラだと認めたな。

 しかし会長1人がこの暴挙を行ったのか?


「工藤先輩は止めなかったのですか?」

「私は結構こういうの好きだぞ」


 現在、ブレーキ故障中!

 工藤お姉さんは良くも悪くも体育会系。

 面倒見がいいが、一方でノリや興を好む人だ。


「それにしても渾身のできだと思ったのに、冴島のリアクションは微妙だったな。失望したぞ」


 会長どころか工藤お姉さんまで、理不尽な駄目出し。


「どうする? 凛花、もう捨てちゃう?」


 待てよ。

 これは使えるかもしれない。

 普段から酷い目にあっている俺と違って、親友たちあいつらやわな精神力では耐えられる訳がない。

 やはり親友として、夕食のときの借りは返さないといけない。


「会長……」


 俺は会長に耳打ちした。

 もちろん本当に耳元で喋ったわけではない。


冴島えちごや、お主も悪よのう」

「いえいえ、会長おだいかんさまほどでは」


 これが後の東高迷惑ツインズ(仮)のファーストミッションであった。


 俺はスマホ(GPS以外の機能は正常に作動する)を取り出し、蓮司に電話した。

 呼び鈴が鳴っている間にハンズフリーモードへと切り替えた。

 電話がつながると、作戦スタートだ。


「会長やめてください。これ以上したら芙蓉が壊れてしまいます」

 ガシャガシャ


「後輩くんは、私のオモチャだから、何をしても、私の自由でしょ」

 バキバキ


「蓮司、助けてくれ! 芙蓉が芙蓉がー!」

 ドンドン


「無駄よ。ここは。誰も助けになんて来ないわ」

 バンバン


「ぎゃああぁぁぁ!」

 ブツッ、プープー、プープー


「こんなもんですか、会長」

「なかなかやるわね」


 俺と会長は悪い笑みを浮かべあった。


 ***


 数分後、家の扉が開いた。

 もちろんわざわざ鍵などはかけていない。

 親友を誘い出すためのものだから。


「由樹、芙蓉は無事か」


 ジャージ姿の蓮司が居間に入ってきた。

 なんでこいつはジャージでも様になっているのか、なんだかムカついていた。


 紫色の鍋を囲む俺と会長とお姉さんズ。

 状況を察した彼はすぐに顔色が悪くなり、逃げ出そうとするが、一瞬早く工藤お姉さんのバットが退路を塞いだ。

 勢いよく蓮司の腹筋がバットにぶつかる。


「ぐふっ」


 しかし腹を押さえながらも、蓮司は逃げ出す機会を伺っていた。


「的場、諦めろ」


 ここでもまさかの工藤お姉さんからもたらされた死刑宣告。

 俺たちだけでなく、彼女も結構乗り気だ。

 彼女はそのまま蓮司の肩に手を載せて、無理やり座らせた。

 意外と工藤お姉さんが1番楽しんでいるのかもしれない。


「的場くんは身体が大きいから、多めがいいかな」


 会長がノリノリで、お玉を装備した。


「いえ、俺は小食なので」


 蓮司が苦し紛れの言い訳をした。


「そっかそっか、大盛ね」


 そして人の話を聞かない会長。

 初めて会長のことを頼もしく感じた。


 ちなみに俺たち3人の食事量は多い順に芙蓉、蓮司、俺だ。

 といっても、食べ盛り若者なので、大して差はない。

 会長がお玉で具材を掬うたびに、蓮司の表情が固くなっていく。


「さぁ蓮司、夕飯のことを謝罪するならば、許してやってもいいぞ」


 今なら蓮司を取り巻くうるさい女子たちがいやはいない。

 圧倒的に有利な立場だ。


「由樹、俺が悪かった。すまん、この通りだ」


 蓮司はすぐに手を合わせて謝罪したが、親友の俺には分かる。

 こいつの目はまだ死んでいない。

 俺の味わった恥辱に至っていない。

 せっかくの優位を生かして、もう1手、畳み掛ける。


「じゃあ、何か面白いこと言って」


 彼の顔に、絶望の色が増して行く。

 無理だろ。

 イケメンのお前に、こんな泥を被るようなことできる訳ないよな。

 しかし俺の予想とは裏腹に、蓮司は覚悟を決めた面構えを見せた。

 まさかこいつ、やるのか?

 蓮司が片膝をついて、俺の手を握った。


(なんだ? 謝罪なら、もう受け取らないぞ)


 蓮司は真っ直ぐな眼差しで俺の双眸を捉えた。

 そして小さく、だけど力強い声で言った。


「由樹、愛している」


 愛している……あいしている……アイシテル……I love you……


「「「きゃ〜」」」


 お姉さんトリオがなぜか悲鳴ではなく、桃色の声援を送った。

 蓮司は真っ直ぐに、俺を見つめている。

 そのせいで目を逸らせない。

 彼の整った顔立ちは、同じ男なのについ見惚れてしまいそうだ。


 そして蓮司の手が俺の顔に優しく触れた。

 顔を横に向けて接近しながら、俺の顎を軽く引く。

 もちろんくっついてはいないが、お姉さんたちの方からは、キスしているかのようなアングルだ。


「「「きゃ〜、きゃ〜、きゃ〜」」」


 面白いかどうかは置いておいて、蓮司の渾身のネタは俺も巻き込んで、お姉さんたちの心を鷲掴みにしたようだ。

 そして蓮司は力を抜いて距離を置いた。

 ふと一息つくと、いつもの彼に戻っていた。

 大分無理をしたようで、かなり消耗している。

 ここまで身を張ったのだ、許してやるか。

 そのように傾いていたら、会長が蓮司の前にあるものを差し出した。


「男同士のキスの何が面白いの?」


 会長がキョトンとしながら、例の鍋から取り分けた器を蓮司に勧める。


「いや会長、蓮司はもう十分やりましたよ」

「そう。じゃあ食べなさい」


 会長の十八番おはこ、人の話を聞かないが発動された。

 その効果により前後の文脈は全て無視され、会長中心に世界が再構築される。


「蓮司、南無」


 何をしても無駄だ。

 俺は彼を救うことを早々に諦めた。

 そして彼自身も自分の死期を悟って、自ら受けいれた。

 ためらいの表情を見せもするが、すぐに覚悟を決めて一気に流し込む。

 しかし粘り気のあるスープは、彼の口内を蹂躙する。

 そして蓮司は陸に揚げられた魚が跳ねるように、痙攣して意識を失った。


「これよ。これ。こういうリアクションを期待していたのよ!」


 会長のテンションがやたらと高いな。

 さっき俺が気絶したときもこんな感じだったのかな。


「君の場合は、もっとブサイクな痙攣だった」

(ブサイクな痙攣ってなに?!)


 痙攣の仕方にすら、イケメンとブサメンがあるとは、思いもしなかった。


 ***


 意識を取り戻した蓮司は、洗面台で口をゆすいでから戻ってきた。

 なぜ洗面台があるかだって。

 そんなの会長だからとしか、答えられない。


「さてと、次は後輩くんたちの班の女の子たちを呼ぼうか」


 会長様は次なる標的に飢えている。

 いつも女子からぞんざいに扱われている俺でも少し気が引ける。


「会長、流石に女子は、」

「何言っているの、あなたがこれまで受けた仕打ちを思い返しなさい。報復は許された権利よ」


 そっか、そうだよな。

 別にフェミニストがモテる時代は終わったのだ。

 女に対して強く出られる男こそが新時代のトレンドだ。

『やられたら、やり返す』これこそが新時代……あれっ、なんか原始時代に戻っているような気がする。

 それにしても報復が許された権利ならば、会長はあちこちに権利をばらまいているな。

 しかし彼女への報復なんて、その後が恐ろしくて権利を行使できない。


「よしっ的場、女子たちをここに呼べ」


 工藤お姉さんも女だからと、容赦したりなどしないようだ。


「いや工藤先輩、それは流石に……」


 なんと蓮司が抵抗の意を見せる。

 あの鍋を口にして、まだそんな力が残っていたとは。


「お前は、クラスの女子と先輩の言うことどっちが大事なのだ」


 工藤お姉さん、絶賛アクセルとブレーキを踏み間違え中。

 念のためもう1度、工藤お姉さんは良くも悪くも体育会系です。

 そして体育会系で、先輩後輩の関係は絶対だ。


「はい、喜んで」


 流石に蓮司も我が身可愛さに、女子たちを新たな生贄として差し出すことを選んだ。

 完全にミイラ取りがミイラになる負の連鎖だ。


 ***


 数分後。


「工藤先輩、素敵なお家ですね。呼んでくださってありがとうございます」


 蓮司に電話で呼ばれて、橘が喜んでやって来た。

 その後ろに、胡桃、委員長、リゼットがぞろぞろ続いた。

 大所帯になってきたので、お姉さんトリオは寝室の方へと移動していった。

 ちなみに寝室は2階で、1階には大きめの居間とトイレ、風呂がある。

 キャンプってなんだろうなぁ……。


 もうあまり時間(ページ数)がないので、さっそく実食タイム。


 ***


 工藤お姉さんが橘に鍋からよそった取り皿を渡す。


「工藤先輩の料理。工藤お姉さんの料理。工藤お姉さまの料理。いただきます」


 橘は一気に全て流し込んだ。

 こんなときでも彼女は男らしかった(女だけど)。

 そして無事に気絶した。


「おねえしゃま。おねえしゃま。おねえしゃま」


 何かうわ言を呟いているが、気にしたら負けだ。

 甘美な気絶を邪魔するのはいけないよね。


 ***


「胡桃ちゃんは食べ物を残すような悪い子じゃないわよね。残したら、静流に言っちゃうよ」


 悪い顔をした会長が胡桃に手渡した。


「静流お姉さま、胡桃は悪い子じゃないのです。遠くから修行の成果を見守っていてください」


 一口食べて、修行の成果とは関係なく気絶。


 ***


「冴島、野々村の分だ」


 お姉さんあくまたちから遠い位置に座っていた委員長に手渡すように工藤お姉さんが俺に取り皿を渡した。

 ここで逆らえるほど、俺は男前じゃない。

 無言で委員長に渡した。

 すまん、俺にお前を守ることはできない。


「冴島くん。私、頑張るから見ていてね」


 委員長が何か言っていたような気がするが、振り返ったら気絶していた。


 ***


「さて、後輩くんに手を出そうとした銀髪貧乳ちゃんには、私が引導を与えよう」


 そうしてリゼットに取り皿を手渡す。

 彼女は口を軽くつけて、スープを啜るように味見する。

 相変わらず表情は固く、眉ひとつ動かない。

 さすがに落ち着き様というか、貫禄が他のみんなとは違う。

 しかし具に手を出す気配がなければ、啜っているスープが減る気配もない。

 あれっ……

 いつものように表情が固いのではなく、口をつけた状態で、静かに気絶していた。


 ***


 死屍累々の地獄絵図から数分後。

 女子全員が意識を取り戻したが、俺たちの中央には未だに紫色の闇鍋が置かれている。

 結局まだ半分以上残っている。

 しかしターゲットは後1人しか残っていない。


「後輩くんはこれよ」


 そう言って会長はここに至って新しい食材を取り出した。

 なぜか水槽。

 しかも水がほとんど入っていない水槽。

 そして中には……


「ゲコゲコッ。ゲコゲコッ」


 というわけだ。

 茶色くて、岩のようにゴツゴツしたのが、1匹。


「会長、これを鍋に入れるのですか」


 蓮司が恐る恐る質問した。

 食するのかという意味と、大きすぎるという意味と、生きたままという意味がある。


「鍋に入れるなんて、そんなことしたら後輩くんが可哀そうでしょ」


 なんだ。

 さすがに冗談か。

 こんな大きなカエル入れるわけないか。

 ではなぜこのタイミングで、これを取り出したのだ。

 俺たちの疑問に答えるように会長が同じ台詞を繰り返した。


「後輩くんは、これよ」


 あれっ、なんかおかしくない。

 俺の勘違いかな。

 会長が3度みたび繰り返す。


、こ、れ、よ」


 えっ!?

 可愛そうって……もしかして。


「別に私のせいじゃないわ。後輩くんが口うるさいのが悪いのよ」


 会長がどこか遠くを見ながら呟いた。


「えっえー?! このカエルが芙蓉?」

「ゲーコ。ゲーコ」


 俺の言葉に反応した気がした。


「芙蓉なのか」

「ゲコ」


「なんでカエルになっちまったんだよ」

「ゲコゲコッ」


「俺が悪かったよ。ちょっと無茶振りされたからって、復讐なんて考えるんじゃなかった」

「ゲコッ」


「許してくれるのか」

「ゲーコ」


「そうか。カエルになっちまっても、俺たちは親友だからな」


 俺はカエルにされてしまった芙蓉しんゆうに改めて友情を誓った。


「会長、冗談はよしてくださいよ」


 居間の奥の方から芙蓉が現れた。


「あれっ、芙蓉が2人?」

「そんなわけあるか!」


 俺の疑問に素早いツッコミが返ってきた。

 こっちが本物か。


「会長に何か作れと言われて、奥の台所で調理していただけだ」


 よく見ると、芙蓉は制服の上から黒色のエプロンをかけていた。

 さらに彼の手にはザルが乗っかっていた。

 俺たちは座っているせいで、立っている芙蓉の持っているザルの中身は見えない。

 しかし彼が、それをテーブルに置くことで、すぐにその姿をあらわにした。

 ザルの上に1枚の紙を敷き、そこには大自然が油という衣をまとって広がっていた。


「山菜の天ぷらです。軽く塩を振ってあるので、そのままどうぞ」


 俺たちはみなが無言で箸を伸ばし、口へと運ぶ。

 サクッとした食感とともに、森の風味が口の中、いや全身に広がる。

 ほんのり苦いが、先ほどの鍋とは違う。

 全てを浄化してくれるような、優しいほろ苦さだ。


 芙蓉が奥の台所から、どんどん料理を運んでくる。

 俺たちは至福のときを過ごすのであった。


 ひと通り料理を運びこまれて一段落したら、芙蓉も俺たちと一緒になってテーブルを囲んだ。


「高宮くんって、意外と料理上手なのね」


 最初に褒めたのは橘だった。

 こういうフォローが早いところは流石だと思う。


「いや、取れたての食材と会長がいい油を用意してくれたからだな。さすがに野営では作れない」


 芙蓉は謙遜しているが、一般家庭では出せない味だと思う。

 今日の仕打ちから清算しても、お釣りが出る出来栄えだ。

 俺たちは芙蓉きゅうせいしゅに感謝をしていたが、ここのまま平和に終わる訳がなかった。


「後輩くん。鍋の方も食べる?」


 もちろん、芙蓉を後輩くんなんて呼ぶのは、偉大なあの御方しかいない。

 しかしあまりにも酷くないか。

 俺たち全員が体験したとはいえ、本日のMVPへの対応としては間違っていると思う。


「そうですか。それじゃあ、いただきます」


 厨房で料理に集中していて、ここで起きた惨状を知らない芙蓉は、安易に会長の勧めに従ってしまった。

 紫色の鍋と再びご対面だ。

 俺たちはみんなこれにやられた恨みがあるが、さすがにこの仕打ちはあんまりだ。


 芙蓉は顔色ひとつ変えずに会長から取り皿を受けとって食べ始めた。

 しかし本日のMVPは俺たちの予想の1歩先を行っていた。


「会長って、料理上手ですね」


「「「えっ?」」」


 こいつの味覚は大丈夫か。

 意識を失うレベルだぞ。

 味以前に毒物じゃないのか。


「マンドラゴラをここまで調理できるなんて、魔獣の肉も臭みがほどよく残っていますし、サソリの毒抜きもしっかりしながら食感を損なっていないですね」

「おぉー後輩くんは、この手間を良く分かっているね。料理が得意な者同士で語ろうじゃないか」


 会長はノリノリだが、この鍋と芙蓉の作った料理を並べて語ることなど、神をも恐れぬ所業だ。


 断片的な情報だが、芙蓉は幼少期に各国を旅して辛い経験をしたそうだ。

 しかしそれは俺の想像をはるかに超えているようだ。

 あんなものを平然と食べるなんて。

 芙蓉、お前はどれだけ壮絶な人生を歩んできたのだよ。


 今度から、ちょっと無茶振りされたくらいで怒るのはやめよう。

 俺はあいつにもっと優しくなれる気がする。

 俺だけではない、俺たちは心の中で誓った。


(((芙蓉にもっと優しくしよう)))


 それにしても、芙蓉はマンドラゴラやサソリに魔獣の肉まで嬉々として食べるとは。

 林間合宿では、普段の生活では見られない一面が見えてくるな。

 そういえば、食材確保の使いっ走りをしたのも、確か芙蓉だったよな。


 並列思考がかつての会長との会話を呼び起こす。

『そもそもどこの世界の台所に、マンドラゴラやサソリがあるのですか』

『もちろん。後輩くんに取りに行かせたのよ』


 あれっ……

 

 これって……


「今回の闇鍋の元凶は、芙蓉おまえじゃねぇか!!」


 こうして俺たちの林間合宿の初日は、平和(?)に過ぎていった。

 このときはまだ、霊峰で起きている異変に気がつく者は誰もいなかった。



***

『あとがき』

いかがでしたか。

幼い頃から世界を旅した芙蓉くんは、調理にうるさい一方で、素材の味を素直に楽しむゲテモノ食いでした。

これで林間合宿1日目が終了です。

2日目に入る前に番外編を1話入れます。

次回「その頃の静流さん」の予定です。

ぜひよろしくお願いします。


***

『おまけ』

芙蓉「このカエルも食べられるぞ」

由樹「カエルふようを鍋に入れるな」

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