18 林間合宿は命懸け? 他2

『あらすじ』

 林間合宿は魔獣討伐

 9班メンバーには癖がある

 初めての殺しに戸惑う9班

 ***


『林間合宿は命懸け?』


 蓮司と橘が出発したあと、俺たちは胡桃の舵取りに従って、でふたつ目のテントを張った。

 すでに資材を運んであり、最初からいた3人はひとつ目を作ったことでコツを掴んでいたので、あっという間に終えることができた。

 荷物をテントの中に移動したら、夕食を作って、本日のスケジュールは消化となる。

 そんな気が緩んだときに、あの事件が起きた。


 それは唐突に地面を揺らした。

 いや揺らすという表現は適切ではない。

 揺らすとは、何度も振り動かなければならない。

 しかし地面に衝撃が走ったのは1度だけだった。

 さらにほぼ同時に飛んできた轟音が霊峰中を木霊こだました。

 空気中の魔力濃度が一気に高まり、意識しなくても身体強化のギアがどんどん上昇していった。

 明らかに緊急事態だ。


 俺は自身の安全よりも、原因の究明を優先した。

 衝撃の震源地はベースキャンプの端の方だ。

 強化された肉体で、規則的に並んだテントを避けながら、小回りを利かせて駆け抜ける。

 震源に近づくにつれて、どんどん空気中の魔力が濃くなっていく。

 そしてすぐにテントの列を抜けて、かの光景が俺の目に飛び込んできた。


 そこにあったのは、クレーターと少女であった。

 少女を中心に大きく地面が窪み、草木は消失して、地面があらわになっていた。

 クレーターの中で唯一生きている生命体、彼女は地面に膝をつき呆然としていた。

 その光景を目の当たりにした俺は、無意識に小さく声を漏らしてしまった。


「一体何があって……」


 1拍遅れて、俺以外にも徐々に野次馬が集まってきた。

 彼らの彼女らの間で様々な憶測が交錯する。


「なんでも最強の天幕を作ろうとしたらしいぜ」

「俺は移動要塞だって聞いたよ」

「拙者は天守閣付きの城だと」

「私は空飛ぶ家って聞いたわ」

「僕は合体する変形ロボを」

「私はデス・☆って」


 噂が食い違っていて、真相は定かではないが、ひとつだけ言えることがあった。

 先刻のように言葉を漏らすのとは違う。

 衝動を理性で抑え切れない。

 そして俺の魂が爆発する。


「どれも会長の自業自得じゃねぇかー!!」


 俺の叫びは、先ほどの衝撃音と同様に、霊峰の中を木霊した。

 そして俺の声に反応したのか、クレーターの中心にいた会長様が起き上がった。


「くやしい。くやしい。くやしいー!!」


 どうやら会長様はご立腹のようだ。

 その煮えたぎった双眸がこちらを捉えた。

 あれはいつもの悪ふざけをしている会長の目じゃない。

 殺気こそないが、瞳の奥に荒々しい炎が見え隠れしている。


 よし、見なかったことにしよう。

 俺が立ち去ろうと後ろを振り返ったら、周囲にはすでに誰もいなかった。


(やばい。逃げ遅れた)


 気配だけで、後ろから会長様が近づいてくるのが分かる。

 恐る恐る振り返ると、まだ距離があった。

 俺はゆっくりと後退しながら、挨拶した。


「会長、ご機嫌うるわ」

「不機嫌よ」


(ですよね〜)


 しかしその言葉を最後に、会長から力がふわりと抜け落ちた。

 おぼつかない足取りで、俺の方へ向かってくる。

 顔を下げている会長の視界には、俺が入っていないようだ。

 今ならば、別に身体強化がなくても、逃げられそうだ。

 しかしそんな彼女が気がかりで、俺はその場を離れられなかった。

 むしろ俺の方からも会長へと足を運んでしまった。

 その距離は数歩にすぎないが、俺たちにとってはとても長く感じた。

 それでもいずれ埋まる距離だ。

 そう、いずれ。


 会長の目の前で俺は足を止めたが、前かがみになった会長はそのまま進んでくる。

 彼女の頭が、俺の胸にトンとぶつかった。

 咄嗟に両手を広げて、受け止めるべきか迷った。


 これは俺の力の代償みたいなものだ。

 触れた相手から無意識に魔力を奪ってしまう。

 吸収速度の調整はできるが、完全にオフにすることができない。

 5秒触れれば、相手の魔法を解除して発動を封じることができる。

 さらに10秒あれば、ライセンス持ちのプロが相手でも、魔力を根こそぎ奪いつくすことができる。

 魔力が大きい人間は、急速に魔力を失うと失神してしまうので、他人に軽々しく触れることができない。

 まるで呪いだ。


 しかしそんな俺の考えを、知ってか知らずしてか、会長は横へとよろめいた。

 反射的に腕を伸ばして、たぐり寄せてしまった。


「あつっ、」


 触れた瞬間に膨大な魔力が流れてきて、反射的に手を引っ込めてしまった。

 しかし彼女の方から、俺の腰に手を回してきた。

 それに呼応するかのように、自然と俺の方も腕が伸びた。

 俺たちの距離は、いとも簡単に埋まってしまった。

 久しぶりに他人の温もりを感じた気がする。

 彼女は頭を下げたままなので、表情はまったく見えない。

 俺が支えてやらないと、倒れてしまいそうなほど体に力がない。

 普段は横暴な振る舞いをしているが、彼女の腕は年相応の女の子のもので、とても華奢だった。

 現在進行形で魔力を吸収しているので、あまり長くは支えていられない。

 このままいけば会長の魔力が枯渇するか、その前に俺のキャパがオーバーしてパンクしてしまう。

 俺の精神の方もキャパオーバーで爆発しそうだ。

 もうそろそろ離れなければならない。


 よく見ると彼女の肩は、怯えるかのように震えていた。

 俺は彼女の背中に回していた腕のうち、片方を肩に置いた。

 震えが収まることはなかったが、徐々に彼女へと俺の温もりが伝わっていくように感じた。

 想いに応えるように彼女は、腰に回していたもう片方の俺の腕をぎゅっと握りしめた。

 少し握る力が強くて痛く感じたが、今の彼女を見ていると、指摘するのは無粋に思えた。

 そして会長はに体を半回転して溜めを作り、一気に元に戻す。

 いやそれ以上に回転して、唸り声と共に腕に振り上げた。


「うあぁーあっ!」


 そして腕が真上に到達したタイミングで、握っていた俺の腕を離した。


 そして俺は無重力の世界に放り投げられる。

 いや無重力を体感したのは、一瞬だけだ。

 俺は上空50メートルという現実に叩きつけられる。

 肉体は重力によって、その質量とは関係なしに無情に真下へと加速していく。

 着地の態勢など制御できない。

 ただ頭部を保護するように腕を回したら、あとはその瞬間までに覚悟を決めるだけだった。

 地面との激突によって、俺は母なる大地へと帰還した。


 みっともない着地だったが、幸い魔力で身体強化されていたので、怪我はなかった。

 よろよろと膝をつきながらも、体を起こす。

 しかし戻ってきた俺を、会長様は迎えることはなかった。

 彼女はクレーターの方へ向かっていく。

 そして背を向けたまま、振り向いて最後に言い残した。


「おかげですっきりしたわ。後輩くんは相変わらずチョロいね。でも良いご褒美になったでしょ。よーし、また初めから頑張るぞ!」


 地面に叩きつけられたせいで体はボロボロだったが、俺の魂は再び叫ばずにはいられなかった。


「り、り、理不尽だー!!」


 俺が女性不信になったら、会長のせいに違いない。


 結局この後も何度か爆発音が聞こえたが、最後には誰も気にすることなく普通に作業を続けていた。

 人間の慣れとは、恐ろしいものだな。


 ***

『芙蓉、橘に敗北す!?』


 しばらくすると蓮司と橘が戻ってきて、由樹、胡桃、野々村が最後のメンバーとして工藤先輩と共に実習に向かった。

 事前に完成したテントの中で、胡桃は狩衣に着替え、野々村もローブをまとっていた。

 4人パーティで男は由樹ひとりだけなので浮かれていたが、初めての魔獣討伐でそのような余裕は、すぐに消え失せるだろう。

 現に戻ってきた2人は、無事1匹ずつ仕留めたようだが、その表情はあまりにも暗かった。


 この林間合宿は決して訓練などではない。

 いくら格下の弱い魔獣が相手とはいえ、殺し合いには変わりない。

 場外やギブアップによる勝利などなければ、敗北は死を意味する。

 もちろん実力的に死ぬことはありえないが、殺しに来る相手に飲まれることなく殺すことができなければ、魔法使いとしてやっていけない。

 たとえ将来、戦闘をメインにしないとしても、魔獣が現れた場合プロの魔法使いは、優先的に戦わなければならない。

 むしろ殺しの恐さを知らずにプロになることがないので、東高のこのカリキュラムは、ある意味学生想いだ。

 ここで耐えられなければ、魔法公社のライセンスは諦めた方がいい。

 もちろん魔法高校を卒業して、プロの魔法使いになる以外の進路だってあるが、東高はあくまでも即戦力の育成を念頭にしているので、今回の実習でを退学処分にしている。

 入学して最初にこの実習を行うのも、乗り越えられない人間は、いつまで経っても無理だと判断してのことだと思われる。

 傷が浅いうちに他の道を考えた方がその人のためだ。

 とにかく、憔悴しょうすいしきった蓮司と橘は休ませることにした。

 どうせ残りは夕飯の支度だけで、俺とリズだけでも十分だと判断した。


 ベースキャンプの調理場は、コンクリートでできた火を起こせるスペースと、調理台に、簡易の洗い場が用意されていた。

 テーブルの上には、各班で分担して運んだ食材や調理道具がある。


 献立は共通でカレーライスだ。

 なぜかニホンのキャンプの献立の定番のひとつがカレーライスらしい。

 ニホンともアウトドアともまったく関係ない気がするが、みんな納得しているようだ。

 それでも軍のメニューとしてなら定番のひとつで、俺もステイツの部隊で強化演習のときに何度も作った。


 ちなみに水に関しては上級生が水魔法で、いくつものポリタンクに純水じゅんすいを入れてくれた。

 近くに水源があるが、やはり調理用となると綺麗に越したことない。

 しかし他の問題がある。

 水魔法で出した純水は綺麗だが、不味いのだ。

 一般家庭の水道水や市販のミネラルウォーターには、少量のカルシウムやマグネシウムといったミネラルが含まれている。

 そして水魔法で出した純水は、これらを含まないので人体に害だ。

 そのため、最低限のミネラルのパウダーを加えて溶かす。

 しかし国によって好む水の硬度(ミネラルの濃度)は異なり、このパウダーを溶かした水は、はっきり言って美味しくない。

 結局何が言いたいのかというと、俺は自分の荷物の中に市販のミネラルウォーターを詰めて持ってきたのだ。

 俺がそれを取り出すと、リズの目が輝いた気がした。

 きっと彼女もこの水の問題に苦心したことがあるのだろう。

 たとえ荷物が重たくなったとしても、持ってきた甲斐があったと思う。

 何はともあれ、このミネラルウォーターさえ抑えれば、ご飯もカレーも失敗する要素などない。

 スパイスにもこだわりたいところだが、あまり贅沢は言えない。


 基本的なレシピは、ルーのパッケージの裏に書いてある通りだ。

 野菜の皮を剥いて切る。

 肉、野菜の順で炒めたあとに、水を入れて煮込む。

 市販の固形ルーを入れて、さらに煮込めば完成。

 失敗する方が難しい。


「リズ。野菜を洗っておいてくれるか。俺は火の準備をする」


 そう言い残して、俺は資材置き場に燃料になる木材を取りに向かった。

 そういえば、お昼のお弁当を作ったときは、橘が頑張ってサポートしたらしいが、結局料理が下手なのは誰だったのだろうか。

 そんなことを考えていたら、急に不安になってきた。

 最低でも可能性は3分の1だ。

 最悪の場合3人とも下手ということだってありえる。

 俺はリズを1人にしたことを後悔しながら、持ってきた木材を端に置いて、洗い場へと向かった。


 洗い場にはなぜか人だかりができていた。

 嫌な予感がどんどん高まっていく。

 そして残念ながら、その中心にリズが居た。

 しかしみんな見ているだけで、彼女のに対して、口を挟むのを躊躇ためらっていた。

 リズはニンジン、玉ねぎ、じゃがいもをボールに取り、洗い場に持ってきている。

 ここまでは、問題ない。

 しかし彼女の手に装備されているものが、注目を集めている原因だ。


「さてリズさんあなたが左手に持っているものは?」

「洗剤?」


 正解。

 そう、その名も食器用洗剤。

 その用途は食器や調理器具を洗うため中性洗剤で、(稀に使う潔癖な人もいるが)野菜を洗う用途には使わない。


「さてリズさんあなたが右手に持っているものは?」

「たわし?」


 たわし。

 そう、それはニホン発祥のブラシだ。

 手で握れるサイズで、食器や鍋を洗うための道具。

 椰子の繊維で作られたその固いブラシは、決して野菜を洗うための凶器ではない。


 きっと俺の勘違いだ。

 リズは食器や調理道具を事前に洗おうとしただけだろう。

 最後に彼女の自白を聞くまでは諦めなかった。


「芙蓉、野菜、洗えって言った」


 リズは料理がまったくできないことが確定した。

 実際はもっと高い確率かもしれないが、俺は3分の1のドボンを引き当てたらしい。

 そして彼女の周囲の人間は、誰も口を挟もうとせず、傍観している。


 想像してみてくれ。

 クラスで言葉を発しない白髪の留学生が、洗剤とたわしを手に野菜を洗おうとする。

 誰が止められるものか。

 気まずさが優っても俺は不思議に思わない。

 とりあえず、未遂だったようで、野菜たちが無事で良かった。


「野菜は皮を剥くから、水で軽く洗い流せば十分だよ」

「なるほど。芙蓉、天才」


 なぜ感心する。

 そんなこと常識だ。

 どうして俺の周りの女子は、どこか残念な一面を持っているのか。


 とりあえず、これ以上周りからの好奇の目が増さないように、俺がぱぱっと洗って調理台へと移動した。

 そこにあったのは、まな板と包丁のみで、ピーラーなどはない。

 俺が皮を剥き、切るのをリズに担当してもらった。

 カレーの野菜など、少し不恰好でも、だれも文句を言わないだろう。


 皮を剥き終えた1本目のニンジンを、隣にいるリズに渡した。

 心配だったので、最初だけ見ておこうと判断して、俺は自分の作業を中断した。


 まずリズは左手を猫の手にしてニンジンを押さえて、右手にはを握っていた。

 俺の見間違いかと思ったが、2本しかない包丁は俺の目の前と、リズのまな板の隣にあり、彼女の腰に差さっていたレイピアが留守だ。

 魔獣との戦闘があった後だが、なぜか汚れ1つない新品のように綺麗な彼女の得物だ。

 いやいやいや、レイピアで野菜を切るのは無理だろ。

 しかしリズはレイピアを真上からニンジンへと叩きつけた。


 一刀両断。

 なぜかニンジンがふたつに裂けていた。

 風魔法か何かを使ったと思われるが、それにしても見事な技量だ。

 そしてこの上ない魔法の無駄使いだ。

 しかしもうツッコミを入れる気力も失せた。


 リズが2刀目、3刀目を入れるとニンジンが小さくなっていく。

 切るリズムがどんどん良くなっていく。

 彼女も慣れてきたようで、最初のような全力ではなく、トントンと軽く音を奏でながらニンジンを切っていく。

 意外と大丈夫かもしれない。

 そして30秒後、ニンジンはみじん切りどころか、すり潰されたように細かくなっていた。


「なぜだ!?」


 俺はつい口に出してしまった。

 声に反応してリズがこっちへと振り向いた。

 そしてなぜか褒めて欲しそうな表情をしている。

 しかしこれ以上の暴挙を許すわけにはいかない。


「リズ、ニホンに来てからカレーライスは食べたことあるか?」


 カレーと一括りに言っても、インディアから世界中に広まり、国によって異なった発展を遂げている。

 しかし今回の食材は、完全にニホンの家庭料理向けのものだ。

 俺の言葉に対して、リズはハッと何か気が付いたようだ。


「芙蓉、天才」


 なぜかキラキラした眼差しを俺に向けてくる。

 別に天才でもなんでもない。

 幸いまだ材料はあるので、巻き返せる。

 最初から俺が見本を見せればよかったと後悔した。

 結局、ひと口サイズより少し小さめに、ニンジンをで切って見せてからは、リズも普通にで切り始めた。


(なぜ最初にレイピアを使った!?)


 俺は疑問を残しつつ、火起こしを始めた。

 特に魔法に頼ることなく、着火剤にマッチで点火して、木材に火を移した。

 火が安定したら、飯盒はんごうに米と純水とミネラルウォーターを入れた。

 貴重なミネラルウォーターは全て使わず、純水と混ぜることで節約した。

 そしてご飯を炊き始めるが、同じ火でカレーも作るので、飯盒が均等に温まるように、定期的に横方向に半回転させる。

 そしていよいよカレーを作ろうとしたら、リズが鍋を持ってきてくれた。


 なぜか鍋の中に、切った野菜が敷き詰められており、そのうえに固形状のルーが添えられていた。

 何からコメントすれば良いのやら。

 俺の困惑を察したようで、リズが短く独白した。


「私、料理、無理」

「もう、知っているよ!」


料理できないNon so cucinare

「なぜイタリー語!?」


「芙蓉はダメダメね。由佳はしっかりと私に料理を作らせたのに」

「いきなり流暢になった。そしてなぜ貶された? そして橘はスゲェよ!」


 こんな状態のリズの面倒を見ながら、朝早くからお昼のお弁当を作ったのか。

 俺は橘に負けを認めるしかなかった。

 そしてリズは何も学習しなかったのか。

 基本的に料理が苦手な人の多くは、そもそもやる気がないというパターンだが、なぜかリズにはやる気だけはあるようだ。

 結局、隣で手伝わせろオーラを出す彼女を無視して、俺が最後まで調理することになった。

 ちなみに、すり潰されたニンジンも、しっかりカレーの中に投下して、食材を無駄にすることはしなかった。



 ***

『由樹、漢になる』


 魔獣討伐に出かけた3組目、由樹たちが帰ってきた。

 3人とも怪我などはなく、無事に1匹ずつ狩ることができたようだ。

 予想通りだが、由樹と野々村の表情は暗かった。

 いつもふざけている彼でも流石に堪えたようだ。

 一方、胡桃の方は平気そうだ。

 2人に合わせて、物静かにしているが、顔色は決して悪くない。

 彼女はニホンで有数の陰陽師の一族、草薙家の出身だ。

 おそらく実家で、すでに魔獣討伐の経験を積まされていたのだろう。


 工藤先輩は本日の残り時間は、ベースキャンプ内で自由行動と告げて、立ち去っていった。

 ここにいる限り、結界の影響で危険はないので、引率の先輩が場を離れても問題ないという判断だ。

 時刻は17時前後で、いつもの寮ならば夕食にはまだ早いが、日が出ているうちに済ませた方が良い。

 胡桃と野々村の着替えを待っている間に、残ったメンバーで配膳を行なった。

 芝生の上にレジャーシートを敷き、人数分のカレーライスと飲み物を準備した。


 特に誰かが号令をかけるわけでもなく、俺たちは無言のまま食事を始めた。

 カレーの味はまぁまぁ、どちらかというと良いできだと思う。

 しかし場の空気はとても重く、暗かった。

 俺、胡桃、リズが静かだが確実に食べ進めているのに対して、蓮司、由樹、橘そして野々村は顔色がすぐれず、一応は食べ物を口に運んではいるが、一向に減っていない。

 初めて自分の意思で命を奪ったのだ。

 暗くなるのも無理ないか。


 俺も初めてのときは、食事などまともにできなかった。

 彼らとは違って、デビュー戦は魔獣ではなく人間が相手だった。

 事が済んだ後は、何を口にしてもまるで血の味がするような気分で、何度も戻した。

 魔獣相手ならばいくらか耐性が付いたが、任務で人を殺したときは今でも同じようなものだ。

 むしろ慣れることの方が怖い。

 それでも、たとえ辛くても食べなければ、体が持たない。


 仕方がない。

 事態を好転させるために切り札を投入することにした。

 俺はしぶしぶだが、伝家の宝刀を抜くことを決意する。

 これは卑劣な手だが、この場を打開できるのならば、敢えて汚名を受けようじゃないか。

 俺の口から、最強の呪文が唱えられる。


「由樹、なんか面白いこと言って」


 突然の俺の発言に、全員が目を白黒させていた。

 当の由樹にもしっかりと聞こえていたはずだが、まだ処理が間に合っていないようだ。

 さすがの並列処理の天才でも、この無茶振りは厳しいか。


 そう、俺は悪魔に魂を捧げ、親友を生贄にしたのだ。

 しかしもう1人の親友も魂を差し出すことを選択した。


「由樹、あと10秒」

「芙蓉だけでなく。蓮司まで!?」


 蓮司も俺の意図を察したようで、無茶振りの難易度を上げる。

 これによりピンチヒッターに指名されて、戸惑っていた由樹の意識が戻した。

 そして俺と蓮司が交互にカウントダウンをする。

 数字が減るにつれて、由樹の表情が先ほどとは、別のベクトルで張り詰めていく。

 由樹お前ならできる。

 作戦は常に『ガンガンいこうぜ』だろ。

 こんなピンチを何度も乗り越え、いや砕け散ってきたじゃないか。


 しかしこれは由樹にとっても、ある種のチャンスだ。

 この状況を打開できれば、女性陣の彼に対する評価はうなぎ上りだろう。

 勝手にだが、お膳立ては済ませた。

 彼が漢を見せられるかは、本人次第だ。

 すでにさいは投げられている。

 そして審判のときがやってきた。

 彼の口から渾身のネタが飛び出る。


「俺、実は……巨乳より貧乳派なんだ」


 真っ先に野々村が反応した。

 下を向いていた彼女がさらに下を向いて、泣きそうになっていた。

 なに自分の性癖を暴露してやがるこいつは。


「冴島くん最低!!」


 橘が俺たち男子から、野々村を隠すように壁になりながら、言い放った。


「芽衣ちゃんに謝るのです」

「冴島……ひどい」


 まぁ、野々村は“巨”でもなければ、“貧”でもないな。

 会長には劣るが、この中では大きい。

 1番慎ましいリゼットですら、“微”といったところだ。


「高宮さんもジロジロ見ないのです」

「芙蓉……同罪」


 まさかの俺にも誘爆。

 しかしここで視線を逸らせば、彼女たちの指摘を認めるようなものだ。

 針のむしろでありながらも、俺は前を向き続けた。

 由樹、野々村が重傷、俺が軽傷を負うことと引き換えに、場の空気は明るくなっていった。

 蓮司だけは上手く逃げ切った。

 いつも由樹が、イケメンはずるいと豪語している気持ちに、少しだけ共感を覚えた。


***

『おまけ』

Ifストーリー 「もしも芙蓉が身体強化できなかったら」


1−10 魔法狩り VS 絶対強者にて

紫苑「そうね。じゃあ、まずは軽くいくよ」

1死

紫苑「わたしって負けず嫌いなの」

2死


1—12 生徒会長は「絶対強者」にて

芙蓉「俺にとって生徒会長は『絶対強者』です」

3死


2−18 林間合宿は命がけ? 他2にて

紫苑「うあぁーあっ!」

4死


ここまでの会長様による撃墜スコア

1位 ☆4 芙蓉

2位 ☆3 由樹(教室、食堂、新入生歓迎会)

3位 ☆1 蓮司(教室)、教師その1(入学式)、その他大勢のエージェント(生徒会ハウス前)


***

『あとがき』

いかがでしたか。

前回の苦戦のシリアスな後味は払拭できたでしょうか。

9班のメンバーも少し明るさを取り戻せたようです。

残り1話で林間合宿1日目が終了になる予定です。

次回は由樹視点に挑戦させていただきます。

天才によるコミカルな復讐劇(?)が始まります。

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