17 洗礼

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

今回は蓮司を中心に進めて行きます。

R15程度の残酷な表現があります。

苦手な方は飛ばしてください。


『あらすじ』

林間合宿は魔獣退治

芙蓉とリズは合格

凛花に睨まれる

***


 魔獣討伐に出かけた芙蓉ら3人を、俺は由樹たちと共に見送った。


 魔獣討伐のトップバッターに工藤先輩は、芙蓉とリゼットを指名した。

 他のメンバーは不自然な組み合わせだと思ったようだが、俺からしてみれば別に意外でもなんでもない。

 工藤先輩はランキングなど関係なしに、俺たちの中で芙蓉とリゼットの2人が優れていると判断したからだ。

 俺は魔法に関して素人だが、ゴーレムとの戦いで、あの2人は特に突出していた。

 みんなはまだ手の内を明かしていないようだが、それを踏まえてもかなり余裕があるようだった。

 それに何というか、ゴーレムと対峙したときに気迫のようなものがあまりなく、涼しげに見えた。


 それだけではない。

 あの晩、俺の目の前で芙蓉は、生徒会長と互角に格闘戦を繰り広げた。

 あの光景を目撃した者は数名だけだ。

 単純な魔力ならば、誰だって会長には敵わない。

 しかし彼は拳を交えて平然と、むしろイキイキとしていた。

 そのさまは強いというより、上手いと感じさせた。

 親友ふようはとても戦い慣れしていたのだ。


 まだ入学して2週間だが、そこには歴然とした差がある。

 この業界で魔法使いとしての優劣は残酷だ。

 華やかな職業だが、その一方で魔法公社のライセンスは狭き門だ。

 エリート校と呼ばれる東高でも、ストレートでプロになれる卒業生は毎年10名にも満たない。

 さらにライセンスを得た後も、報酬は結果主義だ。

 そこに努力賞は存在しない。

 いや、それは大なり小なり、どの仕事でも同じことか。

 俺だって夢を諦めきれずに、すがりつく思いで、東高に入学したのだ。

 こうなることは、最初から分かっていたことだ。

 そう、覚悟していたことだ。

 今は入学したばかりで、まだまだこれからだ。


 さてと、気持ちを切り替えて、リーダーとして天幕の設営を指揮しますか。

 残った9班のメンバーを見渡して最初の指示を下す。


「とりあえず全員で、ひとつずつ天幕を建てるぞ。まずは小屋から資材の運搬だ。重い荷物は俺と由樹が優先的に運ぶが、女子も軽いものや、2、3人で持てるものは手伝ってくれ」


 女子だからといって、特別扱いするのは逆効果だ。

 こういう所では、できることに関して頼った方が彼女たちもやりやすい。

 それでなくても、うちの班は男子が1人少ないところに、芙蓉が抜けちまっている。


「なぁなぁ蓮司、俺たちが作ったテントに女子が寝るんだぞ。なんか興奮しないか」


 いやむしろ、どこに興奮する要素があるのだ?

 親友へんたいのことは置いておいて、俺たちは天幕の設営に着手した。


 ***


 資材を運び終え、ちょうどひとつ目のテントが完成した頃に、芙蓉たちが戻ってきた。

 それは出発から30分ほどで、予想していたよりも早い帰還だ。

 戻ってきた2人の表情は少し固かったが、無事にノルマを達成したようだ。


「次は的場と橘、お前たちだ。準備しろ。班の指揮は胡桃。お前に任せる」


 偉く大胆な指示だな。

 俺ならば、芙蓉を選ぶが、まさかの胡桃か。

 たしかに彼は戻ったばかりなので、現場を把握している者に任せた方が良いか。

 工藤先輩は特に胡桃を信頼している節がある。


 みんなの心配よりも、まずは自分のことだ。

 俺は制服の内ポケットの魔法銃を取り出して、確認してからもう1度懐にしまった。

 荷物は学生証と水筒といったところだ。


 工藤先輩の元へ向かうと、ちょうど橘もやってきた。

 彼女は昨日と同じく、2枚の盾を背中に背負っていた。

 制服のブレザーの上から、肩に掛けた専用のベルトで固定してある。

 俺と同じように、荷物は武器と水筒だけのようだ。


「よし。さっきの2人はまだ最初だったから、すぐに獲物が見つかったが、そろそろ他の班とのバッティングにも注意する必要がある。学生証での位置の確認を怠るな。私はピンチになるまで手出ししない。それと作戦に関しては2人で決めろ」


 作戦とは急な話だ。

 橘の戦い方は昨日見たばかりだし、今回の実習は個人でのノルマと聞かされていたので、連携については一切考えていなかった。

 座学で魔法使い同士の連携についての講義もあるが、入学してまだ1週間の俺たちが使って、実戦で通用するとは考えられない。


「とりあえず、ポジション通りの配置でいいか?」

「えぇ、私が前で、的場くんは後ろをお願い」


 彼女は周りを引っ張っていく性格だが、俺や工藤先輩のように他に指揮をする人間がいるときは、一歩引くところがある。

 そうなると、俺が考えを巡らせなければならない。

 大変だが、船頭が2人いるよりはましだ。


「工藤先輩、2人がかりで戦うのはいいのですか?」

「ノルマは1人1匹だ。トドメを刺した方にカウントする」


 ということは個別に戦うよりも協力して、それぞれのノルマをこなした方が効率的だ。

 橘も表情から、俺と同じ考えのようだ。


「ならばとりあえず1匹目は2人がかりで倒して、トドメを刺せなかったほうがメインで2匹目と戦うでいいか?」

「それでいいわ。先にどっちがトドメを刺しても恨みっこなしよ」


 俺たちの作戦に、工藤先輩は一切口を挟むことはなかった。


 ***


(高宮とリゼットもオーソドックスにポジションに従った配置だったが、奇襲作戦を立案し、さらに獲物によって4通りの行動パターンを瞬時に組み立てた。それに比べるとこの2人はまだまだだ。しかし1年生ならば、本来この程度か。むしろ連携を前提に戦うだけマシな方だ。さて、今年は何人洗礼を乗り越えられるかな)


 ***


 橘を先頭に俺たちは、舗装などまったくされてない山の中の道を歩いていた。

 彼女は大盾を背負って、左手に丸い小盾、バックラーを装備していた。

 バックラーは腕に固定してあり、持ち手から手を放しても、落ちない構造になっているようだ。

 固定は完全ではなく、少しだけぶらぶらとしていた。

 ある程度自由がないと、衝撃を逃せないし、細かい角度を制御するためにも必要だ。

 あくまで戦闘中に手を離しても、盾を落とさないための金具だ。

 もう1枚の大盾は背負ったままなのは、木々が生い茂っている森の中では、振り回すことが困難だからだ。

 足を止めてからの戦闘ならば、使えるかもしれないが、移動中は邪魔でしかない。

 俺だって魔法銃を手に持たずに、懐に入れたままだ。

 決して安定した足場とは言えないので、両手は空いていた方が良い。

 それにウェスタンスタイルの早撃ちも苦手じゃない。


 歩きながら魔獣を探索しているが、気配だけで察知できるような芸当はできないので、視覚に頼る部分が大きい。

 銃を扱う俺は視野が広い方だが、さすがにこの林の中では見通しが悪い。

 橘の方は、どうも索敵は苦手なようで、正面の方にしか注意が向いていない。


 しばらく歩くと視界の端で、何かを捉えた。

 俺は足を止めて、懐に手を入れ魔法銃を取り出す。

 銃身を視界の左側から、ゆっくりと右へと流していく。

 この動作で視力が上がるわけではないが、動いているものと、そうでないもののコントラストが大きくなる。

 そしてある所で、銃身が止まった。

 最初の直感めいたものとは違い、今度はしっかりと敵影を捉えた。

 この俺の動作に合わせて、橘と工藤先輩も同じ方向を警戒し始めた。


 距離にして200メートル。

 しかし木々が生い茂っているせいで、もっと遠くに感じる。

 射線上に銃弾を妨げるものはない。

 それでも俺の銃の有効射程の外だ。

 有効射程とは、厳密には最大有効射程距離のことで、その銃が命中精度を保ちながら、威力を発揮できる最大の距離という意味で、銃そのものに付随する性質だ。

 一般的な拳銃の有効射程は50メートル前後で、デザートイーグルならば80メートル程度だ。

 魔法銃は魔力を込める量で威力、射程を調整することが可能だが、俺の持つ銃ではできない。

 魔力の扱いに不慣れな俺が扱う魔法銃は、1発の規格を固定してある。

 有効射程は本来のデザートイーグルよりも少し長く100メートルで、1時間で30発撃つと魔力の大半を使い切るように威力を調整してある。

 しかしいくら威力があっても当たらなければ意味がない。

 それだけでなく、俺の適正は火属性であるため、獲物に当たらず草木に着弾すれば、山火事になりかねない。

 他にも実戦では、的の大きさ、遮蔽物、風向き、高低差など様々な要因で威力も命中率も変化する。

 少なくとも、100メートルは距離を詰める必要があった。


 俺は魔法銃を構えたまま敵影にゆっくりと近づく。

 それに合わせて、橘は俺の射線上に立たないように平行に歩いた。

 工藤先輩は、俺たちより1歩遅れて付いてきている。


 ここまでは順調に十分な距離を詰めた。

 魔獣の頭部は木の枝で隠れており、赤い毛並みに四足歩行の小動物、という程度しか確認できない。

 橘と一度だけ視線を合わせると、先制攻撃を俺に譲ってくれた。

 まぁ、当然といえば、当然か。


(今度こそ、しくじらない。あの頃の自分とは違う)


 俺は自分に言い聞かせて、しっかりと獲物を視界に捉えた。

 動物を撃った経験はないが、動く的を撃つ訓練なら何度もしてきた。


 確実に当てるために両足を止めて、踏ん張りを効かせる。

 右手で握った銃把グリップに左手を添えた。

 安全装置セーフティレバーは存在しない。

 銃把を握ると、弾倉の中で魔力が圧縮される。

 あとは引き金を引くだけだ。


 しかし俺が撃つ前に、獲物がこちらを振り向いた。

 踵を返して、一気にこちらへと向かってきた。

 その動きは生物としての枠の内だが、想像していた速さを大きく上回っていた。

 獣の牙が俺の目に映る。

 そして奴の瞳は明らかに俺たちを攻撃対象として認識していた。

 奴は単なる獲物じゃない。

 捕食者でもある。

 これは互いに喰うか、喰われるかの戦いだ。

 時間がゆっくり流れていくように感じ、息が苦しくて、いくら吸っても酸素を上手く取り込めない。

 射線上を真っ直ぐに接近してくる獣に対して、引き金を引いた。

 いや引かされた。


 銃声と共に、獣から目を逸らしてしまった。

 しかし1秒も経過せず、意識を持ち直し、周囲を見渡すと、地面に奴が横たわっていた。

 どうやら無事に銃弾は当たっていたようだ。

 それは犬に近いが、長いたてがみを持ち、四肢は細長く、狼に近い形態をしていた。

 銃弾が当たったため、毛が焦げつき、半身が爛れていた。

 とりあえず、これで俺の分のノルマクリアだ。


 後ろからやってきた工藤先輩が俺に指示を下した。


「的場、獲物の死亡確認をしろ」


 いったい何を言っているのか。

 もう十分に決着はついただろう。

 銃弾はしっかりと命中して、奴は倒れているじゃないか。

 俺は自分が命の駆け引きから生還した安堵で気が緩み、不用意に銃身を下げた状態で近づいてしまった。


 そう、この俺の気の緩みを奴は待っていたのだ。

 仕留めたと思った狼が急に立ち上がり、飛びかかってきた。

 俺は咄嗟に銃を持たない左腕を前に出すと、奴の顎が食らいついてきた。


「きゃー!」


 この惨状に橘が悲鳴を上げるが、振り向く余裕などない。

 左手に牙が突き刺さり、激痛が駆け抜ける。

 しかし一気に食いちぎられることはなかった。

 相手は瀕死の身体で、必死に抵抗しているのに過ぎない。

 左腕を上下左右に振り回すが、その顎はしぶとくて外れない。


 俺は無我夢中で、右手に持った魔法銃の銃身を奴の頭部に叩きつけた。

 当たった瞬間に、衝撃で左腕も一緒に軋む。

 そして一瞬だけ顎の力が弱まるが、激痛と共にすぐに元に戻る。

 もう1度銃身で殴りつけた。

 それでも必死の抵抗は止まない。

 2度、3度叩きつけて、ようやく力が弱まった隙に、顎から腕を外した。


 奴はそのまま地面に落ちたが、その目はまだ死んでいない。

 俺はまた飛び付かれるかもしれない恐怖に駆られて、再び銃で殴りつけた。

 1発殴ってもまだ息がある。

 2発殴りつけてもまだ足りない。

 さらに殴打を続けても、立ち上がろうとする。

 殴るたびに、銃身と右腕の返り血が増していく。


(頼むから、もう死んでくれよ)


 何回目かの殴打で、獣は地面に叩きつけられて、ぐったりとした。

 しかし再び立ち上がる姿が頭の中をチラついてしまう。

 相手の生死を確認する余裕などなく、殴ることを止められなかった。

 銃を握る手が汗と返り血でベタベタになっているが、今はそんなことどうでもいい。

 そしていつの間にか、その獣が事切れていることに気がついた。


 左腕の痛みや、恐怖よりも安堵の感情が大きくて、俺は呆然と立ちすくんでいた。


「的場、腕を見せろ」


 その声に俺は、何も反応できなかった。

 工藤先輩が俺の左腕を触診し、治療をしているようだが、意識がどこにあるのか分からなく、ただされるがままだった。

 どうやら、狼の牙は俺の皮膚を傷つけただけで、骨には達していなかった。

 奴が弱っていたことと、東高のブレザーの耐久力が高かったことが幸いした。


 腰を下ろして、しばらくすると俺は徐々に落ち着きを取り戻した。

 その間、橘が周囲の警戒をしてくれた。

 そんな俺に工藤先輩が叱咤した。


「ゲームのようにHPを削り続ければ、倒せるとでも思ったのか。トドメを刺さない限り奴らは死なない。追い詰められれば、死に物狂いで抵抗してくる。それはどんな生き物でも当然のことだろ」


 そんなこと言われなくても、分かっている。

 いや、分かったつもりになっていただけだ、

 そしてたった今、本当の意味で、分からされたのだ。

 今日、俺は初めて自分の意思で生物を殺した。


 それは無意識に蟻を踏みつける行為ではない。

 子供が無邪気に生き物を殺すこととも違う。

 害獣を駆除したわけでもない。

 ましてや、食べるために家畜を絞めることですらない。


 俺は東高の単位、魔法使いとしての経験を詰むためだけに、理不尽にその命を奪ったのだ。

 そして殺したことを悔いるよりも、生き残ったことに安堵している自分に対して余計に気持ち悪くなった。

 昼に食べた胃の内容物が飛び出しそうになるが、必死に堪えた。

 きっと今の俺の顏は最悪だろう。


 結局この後、橘も俺と同じように泥臭い倒し方をして、生き延びた。


***

『長めのあとがき』

もしよろしければ、お付き合いください。


いかがでしたか。

楽しい林間合宿で吸血鬼の登場前に、まさかのシリアス展開で驚いた読者も多いと思います。

しかしどうしてもこの話を加えたかったです。

的場蓮司はクールなイケメンで、同じ学年ですが年上の頼れるアニキです。

一方魔法に関しては素人で、芙蓉に対して憧れや嫉妬のような念を抱いているとてもアンバランスなキャラです。

そんな彼ですが、作者のなかではこの物語の第3の主人公として捉えています。


主な視点の芙蓉・マクスウェル。

物語の軸になる九重紫苑。

この2人は開始時点でほとんど完成された主人公なのに対して、蓮司は物語を通して成長する主人公です。

彼の苦悩そして成長は、いつか芙蓉と同じ舞台に立つために必要なものです。

そして彼が芙蓉と肩を並べることがなければ、芙蓉は間違った道へと進んでしまうことでしょう。

本日は情けない姿を見せた蓮司でしたが、彼の成長を期待して暖かく見守ってください。

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