15 ランチタイムの襲撃者

『あらすじ』

林間合宿は魔獣退治

女子がお弁当を準備

巨大な何かが接近

 ***


 その歩みを一歩進めるたびに山はざわめき、遅れて動物が騒ぐ音がこだまする。

 そしてついに、俺たちの前に姿を現す。


「ようやくお出ましたか」


 緑茶で唇を湿らせた工藤先輩がそう呟いた。


 俺たちの前に現れたのは、リュックサック。

 ただし3メートルを超える巨大なリュックだ。

 昨日、模擬戦をした工藤先輩のゴーレム以上の大きさがある。

 パンパンに膨らんだリュックは、青をベースに白色で縁取られたポケットが大量についている。


 そして巨大リュックサックが宙を浮いている。

 いや、背負って、というか担いでいる人影がある。


 ふいに昨晩、フレイさんが残した最後の言葉が頭をよぎった。


“イタリーの子にうつつ抜かす余裕はないと思うわ。それじゃあ紫苑ちゃんによろしくね”


 俺の心の安息は、半日を越すことができずに終わりを迎えた。

 そう、リュックの持ち主は会長こと、九重紫苑その人だった。


「りんかぁ〜。なんで起こしてくれなかったの!」


 俺達は緊張が解け、反動で腰を下ろしてしまった。

 会長が頬を膨らませながら向かって来る。

 けたたましい音を立てながら、巨大リュックがこちらへと迫る。


 肩まで伸びた真っ直ぐな黒髪に、細い四肢、そして黙ってさえいれば美人な会長は、登山路を歩いてきたにもかかわらず、1人だけスカートに黒いローファーを履いていた。

 彼女は両肩に掛かったリュックのショルダーベルトをそれぞれの手で握りしめ、少し前かがみになりながらも、背中の荷物の重さに負けず接近してくる。

 足を一歩進めるたびに、地面が揺れ動く。


 俺達が食事するレジャーシートの前、厳密には俺と工藤先輩のかたわらまでたどり着くと、ようやく荷物を降ろした。

 その一撃は、地面をえぐるかのごとき轟音を鳴り響かせる。

 そして会長は腕を組み直立不動で、俺達を無言で見下ろしてきた。


 再び緊張の糸が駆け巡る。

 その獲物を狙うような眼光から生み出される圧力に、俺たちは呼吸すらままならない。


 そしてようやく会長の一言で、俺達は解放された。


「お腹すいた〜。もう動きたくない」


 会長はそのまましぼむかのように、レジャーシートへと倒れこむ。

 厳密には、ちょうど俺と胡桃ちゃんの間に、うつ伏せになるように倒れこんだ。

 そして動こうとしない会長の代わりに、お腹の音が主張を引き継いだ。


 今の会長なら簡単に倒せるんじゃないか。

 いやいや、任務は護衛だったか。

 むしろ彼女が弱っているならば、周囲を警戒しないならない。

 この状況で会長のランチへの参加を、拒否できる人物はここにいなかった。


「もしよろしければ、九重会長も一緒に食べますか?」

「わーい。ありがとう。優しい後輩達にお姉さんは感激だわ。胡桃ちゃん、食べさせて〜」


 目まぐるしく変化する状況の中で、かろうじて橘が大人な対応でお誘いした。

 一方、会長様は完全に子供の応対で返した。

 どっちが年上なのか分からないな。

 会長は、なぜか俺と話すときはお姉さん振るが、工藤先輩がいる場面では急に子供っぽくなる。

 どっちも九重紫苑なのだが、相手をするこちらはとても疲れる。

 そんな会長に対して、胡桃は文句ひとつなく、新しい取り皿におかずをよそった。


「あぁ〜ん」


 会長はうつ伏せの状態から体を起こそうとせず、口を大きく広げて胡桃にねだった。

 いやいや、会長様さすがに後輩に対して甘えすぎでしょ。

 胡桃は特に抵抗もなく、あっさりと会長の口へと卵焼きを放り込んだ。

 みんなの視線が集まる中、会長は静かにそしてゆっくりと咀嚼して、飲み込んだ。

 その後、ムクッと体を起こして、そのまま俺と胡桃の間に座った。


「美味しい! そしてワタシ復活ふっか~つ!! 凛花や後輩くんばっかズルい。私もいっぱい食べる」


 そう言って会長様は右手におにぎり、左手に味噌汁を装備した。

 そこからは彼女の独壇場の始まりだ。


 ***


「つぎ、からあげっ! からあげっ!」

「はいなのです」


 両手が忙しい会長様に代わって、胡桃がおかずを取って食べさせている。

 とても行儀が悪く、あまり褒められた行為ではないが、誰も指摘しない。

 唯一苦言をていしそうな工藤先輩が何も言わないということは、彼女にとって、この所業は許容範囲ということなのか。

 いや、先ほどから工藤先輩の箸が止まっている。

 さらに左手は、バットケースを握り占めたままプルプルと震えていた。

 これは後輩たちの前だからなのか、単純に興を削がないためなのか、とにかく彼女は耐えているのだ。


 しかしそれにしても、あんな食べ方で、意外と会長の口元は汚れていないし、食べかすも落ちていない。

 器用な食べ方をするものだ。


「後輩くん、お姉さんの口元なんか見てどうしたのかな?」

「いえ、別に」


 いきなり一人称をお姉さんに変えたところで、本日はすでに色々と台無しの彼女だ。

 特に他意はないが、余計なことを言うと、変な言いがかりをつけられる可能性が高いことは、これまでの経験で十分に承知している。

 俺は視線を逸らして、ごまかすように右手に持ったおにぎりを口にした。

 一口目では具に到達しなかったが、米にほんのりと塩が振ってあって、まさに良い塩梅だ。

 米の中からそっと顔を出したおにぎりの具は、焼き鮭のようだ。


「後輩くん、そのおにぎりの具はなんだった?」

「鮭ですが」


「ふぅ〜ん……」


 会長は聞くだけ聞いておいて、なぜかリアクションがやけ薄い。

 彼女の質問に答えている間に、俺の前を何かが通過したような気がした。

 自然の中だし、虫が飛んでいてもおかしくない。


 俺は具に向かって、二口目をかじりついた。

 しかし口の中に、鮭のアクセントが広がることはなかった。

 手に持ったおにぎりを確認するが、具はすでにない。


 左では俺に対して顔を背けながら、幸せそうに咀嚼している会長。

 そして右を向くと、さらに苛立ちを増している副会長。


「会長。何かしました?」

「別に後輩くんのおにぎりの鮭なんて、


 ん?

 今のニホン語、何かおかしくなかったか。

 とりあえず、自白したと捉えればいいのか。

 そもそも両手が塞がっているのに、どうやって俺のおにぎりから具だけ強奪したのだ。

 未だにこの人のことはよくわからない。


 俺が文句を言おうとしたら、隣の工藤先輩が立ち上がった。

 左手でバットケースを持ち、まるで鞘から刀を抜くように、右手でバットを解き放った。

 もしかしてこのままだと入学式の再現か。

 ところで俺は2人の間にいるので、工藤先輩がバットを振り抜いたら、俺まで巻き込まれるのですが……。

 いつでも身を屈めて、避ける心構えをしていたが、フルスイングが来ることはなく、工藤先輩はバットの先端で、会長の頬をグリグリし始めた。


「紫苑、流石にはしたないぞ。後輩たちの前で見っともない」

「だってだって、凛花が起こしてくれなくて、朝ごはん食べられなかったし、美味しいお弁当がたくさんあるんだもん」


 さっきまで自身のことを、お姉さんとか言っていたが、やはり工藤先輩に対しては子供っぽくなる。

 それにしても、言い訳がまったく言い訳になっていない。

 そして会長の口答えに対して、工藤先輩の中で何かが弾けた。


「正座」

「えっ、凛花?」


 工藤先輩がバットを地面に振り下ろした。

 地面は柔らかい土のはずなのに、金属にでもぶつかったような、激しく甲高かんだかい音が鳴り響いた。


「……いいから正座」

「はひ〜」


 そして俺を間に挟んだまま、工藤先輩の説教タイムが開始した。

 この状況はとても気まずいのだが、周りを見渡しても誰1人俺と目を合わせようとしない。


(ちくしょう、裏切り者ども。完全に無視を決め込んでやがるな)


 ふと由樹の方へ目を向けてみると、焦点が定まっておらず、どこか遠くへ行ってしまっていた。

 会長が現れてから、完全に輪の外だったもんな。

 工藤先輩も会長に気を取られて、由樹への食料供給を止めていた。

 よし、俺も無視を決め込もう。

 2人を気にせず、黙々とお昼ご飯を味わった。


 工藤先輩の説教は数分続いた。

 きっと今日だけでなく、いつも溜め込んでいたのだろう。

 絶対強者の会長様が、正座で涙目になっている。

 会長様の1番の弱点って、工藤先輩かもしれない。

 いや、むしろ常識人の彼女を爆発させた会長はさすがと言うべきなのか。

 結局、スラッガーのスイングを見ることなく、事を終えた。

 そして最後に会長は、俺に向かってひと言告げた。


「いつもこういう感じで、凛花は私のオカンなの」

「こんな大きい子供はいりません」


 どうやらオカンに捨てられてしまったらしい。

 というか毎度のことなのか。

 工藤先輩も怒って発散したみたいで、スッキリした顔をしていた。


 ***


 会長は大人しく正座をしながら、右手に箸を持ち、左手は口元を隠すかのように上品に食べていた。

 姿勢がいいからなのか、静かにしていると大人びて見える。

 、この中で最も綺麗だと思うのだが、絶対に本人には知られたくない。

 落ち着いたところで、俺は気になっていた事を口にした。


「そういえば会長は引率でもないのに、なぜ1年生の合宿に参加しているのですか」

「よくぞ聞いてくれた後輩くん。これは学園側の陰謀なのだよ」


 “陰謀なのだよ”って、会長はまた唐突にわけのわからない事を言い始めた。

 まずいことを聞いたかもしれない。

 これって、もしかして長くなる?

 しかし工藤先輩が間から割って入って、簡潔に説明してくれた。


「紫苑は、入学式での悪ふざけのペナルティーで、荷物持ちとして同行することになった」


(((入学式のネタってまだ生きていたのか!)))


 入学式以来、俺たちの心が再びひとつになったのを感じた。


 まだ今月の出来事だが、とっくに過去のこととして思い出の彼方へと浮遊させていた。

 たしかに壇上で工藤先輩に叱られて、その場で反省していたが、学園側の対応は別というわけだ。

 さすがの会長も学校のめいには逆らわないのか。


(……陰謀って、完全に会長の自業自得じゃねえか)


 工藤先輩は、会長と草薙先輩が1年生の引率はしないと言っていたが、合宿に参加しないとはひと言も漏らしてなかった。

 確認が甘かった。

 それに昨晩のフレイさんの口ぶりは、知っていながらも俺に隠していたような節がある。

 しかし新たな疑問がふたつほど浮かんだ。


「俺たちは東高が準備したバスで来ましたが、寝過ごした会長は、どうやってここまで来たのですか?」

「もちろん、高速道路を走ってきたに決まっているでしょ」


 一瞬、高速道路を全速力で駆け抜ける会長の姿を思い浮かべてしまったが、そんな訳ないか。

 そもそも公道での魔法の私的利用は、法律で固く禁じられている。

 単純にを走ってきたということだろう。


「東高の先生が車で送迎してくれたのですか?」

「何言っているの。もちろん自分で運転してよ」


「運転って、会長の年齢では、まだ車の免許取れないでしょ」

「えっ?」


「「「……えっ?」」」


 まったく同じタイミングでみんなの声が重なった。

 何も聞かなかったことにしよう。

 この件に関しては、これ以上誰も追及しなかった。


 ちなみに俺も免許はないが、軍の基地で自動車とバイクの乗車訓練を受けているので、一応運転できるし、任務で何度か公道を走ったこともある。

 しかしそれは『魔法狩り』としてであって、東高に在学する高宮芙蓉としてではない。

 そして俺はふたつ目の質問を口にした。


「どうやってこの場所が分かったのですか?」


 霊峰の場所は第1公社の機密事項だ。

 いくら会長でも、自由に出入りはできないはずだ。


「それはもちろん、凛花の臭いをたどっ……」


 工藤先輩が再びバットを握り、視線を飛ばしたため、会長は言葉を躊躇ためらった。


「えっとね、えっとね、凛花と私は一心同体だからどこにいても分かるのだよ」


 無理やり誤魔化されたが、どうやら会長は独力で霊峰の場所までたどり着いたようだ。

 そういえば会長、というか生徒会には、学生証のシステムをハッキングした前科がある。

 そうなると霊峰の場所を知っていてもおかしくない。

 1度はぐらかされてしまったので、素直に聞いても教えてくれるわけがないか。


 そして今更ながら、会長の後ろの巨大なリュックサックに目が行った。

 3メートル以上の巨体でありながら、その形状は崩れることなく、リュックとしての形を保っている。

 そもそもこんなリュックどこで手に入れるのだ。


「じゃあ、このリュックの中身が学校側のペナルティーってことですか」


 いくら会長が規格外とはいえ、学校側がいち生徒にこんな荷物を持たせるのだろうか。


「3分の1くらいが学校の物資よ」


(((えっ、残り3分の2は?)))


 いや3分の1だとしても、俺の荷物の倍はありそうだ。

 誰も口を出さなかったが、会長は独りでに自慢するかのようにその中身について語り始めた。


「テレビに、冷蔵庫、電子レンジ、ゲーム、そしてモン◯ンは定番でしょう。あとあと、今晩はみんなでマリ◯カー◯するからね。それともトランプがいい? ポーカーだったら全部巻き上げるよ! それに、それに花火だってあるよ!」

「いやいや。あんた何しに来てるの? 完全にレジャー気分じゃないですか。しかもほとんどがインドア系だし」


 誰もツッコミを入れないので、つい隣に座っていた俺が口を挟んでしまった。

 テンションに任せて、会長のことを“あんた”呼ばわりしてしまった。

 しかし彼女はそんな俺の言葉には動じず、あたかも諭すように静かに返してきた。


「後輩くん、お姉さんは荷物を運んだら、後は暇なのよ。それとも後輩くんが相手してくれるのかしら?」

「いえ。1年生は課題があるので、遠慮させていただきます」


 咄嗟に口に出たが、課題って最高だな。

 これさえあれば、会長から逃れられる。

 会長の相手という、名誉なお仕事は辞退させていただこう。


「というわけで、後輩くんはさっさと課題を終えて、私の暇つぶしに付き合うこと」


 なんですと。

 意地でも課題を引き延ばしてやろうと思ったが、よく考えたら俺の任務は会長の護衛だったか。

 早めに課題をこなして、会長の側にいるしかないようだ。

 なんだかせっかくの林間合宿が段々と憂鬱になってきた。


「ちなみに生徒会の備品の魔力発電機を拝借してきたので、電気の心配はいらないわ」


 魔力発電機とはその名の通り、魔力を動力として、電気を作り出す装置だ。

 携帯タイプならば数千エンほどで手に入るが、テレビや冷蔵庫を動かすとなると数十万エンはかかる。

 そんなものを生徒会の備品として持っているなんて、久しぶりに東高の財源の潤沢さを垣間見た。

 しかし工藤先輩からの補足で、印象が一変した。


「この発電機は生徒会の会計が空席なのをいいことに、紫苑が勝手に発注したものだ。おかげで部活動の予算を削ることになって、クレーム対応が大変だった」


 工藤先輩の目がどこか遠くを見ていた。

 相変わらず、ご愁傷様です。

 彼女の苦労する姿が目に浮かぶ。


「いや〜、クレームを乗り切った価値は十分にあったわ」


 いや、会長様は、まったく反省していない。

 何を誇らしげに言っているのだこの人は。

 どうせクレーム対応も工藤先輩に押し付けたのだろう。


「後輩くん。その目は何? 私だってちゃんとクレーム対応したわよ」


 だからなんで俺の心を読めるんだ。

 しかしクレーム対応する会長なんて想像できない。

 会長は両手を腰に添えて胸を張って、自身たっぷりに言い放った。


「もちろん。文句を言う奴らは、全員デストロイよ!」


(この人にクレーム対応なんて、1番させちゃいけないやつじゃん)


 何を自慢げに胸を張っているんだ。

 部活動の代表の方々、申し訳ございません。

 そして会長のお胸様、ご馳走様です。


 勝手に予算を使い込む生徒会長って、よく降ろされないな。

 いや、降ろしたくても、誰も逆らえないのか。

 東高の実力主義が完全に、会長の独裁政権に利用されている。


「これでも紫苑は生徒会長として、意外と支持率が高いのだがな」


 ここで工藤先輩が会長の擁護ようごをし始めた。

 彼女と草薙先輩のサポートもあって、会長様は生徒会の仕事自体はしっかりとこなしているらしい。

 さらに東高では実力主義の校風のせいで常に揉め事が絶えないが、会長様は就任直後、喧嘩をしていた男子生徒をひん剥いて一晩中、校庭のオブジェにすることで両成敗した。

 これをきっかけ学生同士の私的な争いは減り、会長自身も自分の楽しみを邪魔されない限りは手を出さないので、学内の治安は比較的安定して、支持する学生も多い。

 その結果揉め事を引き起こすのは、当の本人だけというのが現状だ。

 ちなみに学内での争いを取り締まる風紀委員の仕事は、目下もっか会長の悪巧みの阻止らしいが、芳しくないようだ。


 そんな話をしながら、楽しい(?)昼食の時間が過ぎていった。


 ***


 昼食を終えたら、次のクラスが来る前にここを発つ必要がある。

 今は橘を中心にランチボックスやレジャーシートの片付けをしていた。

 手持ち無沙汰になった俺は、巨大なリュックサックの隣に立つ会長に何気ない質問をしていた。


「こんなにたくさん荷物を入れてよく形を維持できますね。このリュックって特注ですか?」

「おぉ、後輩くんは目の付け所がいいね。さすが私が見込んだTHE後輩くんだ」


 俺の質問に対して会長は、上機嫌に返事をした。

 ところで、THE後輩くんってなんだよ。


「リュックは大きいって意味では特注だけど、作りは普通だよ」


 会長はそう言うが、これだけ巨大で中身がパンパンだと、布を突き破って飛び出してもおかしくはない。

 なにより持ち上げたときに底が抜けてしまいそうだ。


「後輩くん、リュックの周囲の魔力を見てみて」


 俺は普段は魔力を視覚からは認識できない。

 しかし身体強化を発動すれば、捉えることができる。

 息を吸って、取り込んだ魔力を全て、視覚強化へと配分する。


 リュックの周りを魔力が覆っていた。

 おそらくリュックの外殻を魔力で強化して、形を保っている。

 しかしそれだけの魔力を込めて維持し続けるのは、並大抵のことではない。


 本来、魔力は魔法の発動のためのエネルギーでしかない。

 魔力の方向性を決めるために、詠唱、スクリプト、魔道具、魔法式、魔法陣などの手段が存在する。

 しかしこれらを使わなくても、意思の力で魔力を魔法へと昇華することができることも、広く知られている。

 一概にも言えないが、修行の末に会得できる固有魔法の多くがこの意思の力によるところが大きい。

 俺の身体強化も魔法式によるサポートと、自身の意思による制御を併用している。

 そして野々村が得意とする付与魔法は詠唱を必要とせず、意思によって魔力を直接制御している。

 会長も魔力をリュックへと付与して、強度を高めたのであろう。


 それ自体は対した技術ではないが問題は昼食の間、会長は1度もリュックに触れていない点だ。

 体から切り離した物体の付与の維持は難しい。

 付与魔法は時間経過と共に、魔力が拡散して、その効力は徐々に減衰していく。

 長時間付与を維持するためには、より多くの魔力を込めることと、付与を強固にすることが必要だ。

 前者は魔力の練りこみが甘いと、リュックの方が弾け飛んでしまう。

 後者は1度放出した魔力を拡散しないように保持させるという、異なるベクトルの技術を要する。

 両方をこなせても、これだけ大きなリュックを強固にする付与魔法を維持するのは一流の魔法使いでも難しい。


 会長は俺がこのことに考えが至ったことに気がつくと、胸を張っていた。

 このまま認めるのも癪なので、俺は少しだけ意趣返しをした。


「会長って、壊すこと以外もできたのですね」


 しかし会長は、俺の口撃にまったくめげなかった。


「後輩くんもお姉さんのスゴさが理解できたみたいだね。私の場合は魔力がいくらあっても、四元素魔法と相性が悪かったせいで、魔力の操作で勝負するしかなかったのよ」


 会長はいたって明るく話しているが、それは決して並大抵のことではない。

 魔力の操作は他に比べれば、努力で挽回できるが、適正の影響は十分に存在する。

 さらに一般的に、魔力の貯蔵量が大きいほど、その扱いが難しいとされている。

 たとえば9班の中で、魔力量が比較的大きいのは蓮司とリズだが、2人ともシンプルな魔法しか使わない。

 もしかしたら、会長は俺と同じかそれ以上の逆境から、今の位置にいるのかもしれない。

 俺の場合は魔力をほとんど生成できないので、母さんの魔法式と様々な戦闘技能を組み合わせるしかなかった。

 それに比べて会長は、せっかくあの膨大な魔力があっても、四元素魔法が使えないならば、使える魔法が限られてくる。

 本人曰く唯一の固有魔法は、制約が大きくて普段は使えない。

 もともと魔力のない俺に比べて、魔力の多い会長の方が自身の適正について、絶望したのではないだろうか。

 しかし模擬戦では、大きな魔力に振り回されることなく、身体強化、広域への圧力、そして回復まで使いこなしていた。

 それに今だってよく見ると、登山路を歩いて来たにも関わらず、スカートや靴は魔法によって保護されて、汚れひとつない。


 ここまで技術を会得するのに、途方もない努力をしたに違いない。

 なんだか無性に会長のことを応援したくなってきた。

 いやいや、一時の気の迷いで、取り返しのつかないことになるかもしれない。


 俺の感情とは裏腹に、得意げに話す会長は、どうもお昼を食べて機嫌がいいようだ。

 せっかくなので、もう少し情報を聞き出すことにした。


「そのスゴイ会長は、このリュックをもっと楽に運ぶこととかできないのですか?」

「後輩くんったら、スゴイだなんて。例えば魔力で圧縮してポケットに入れて運ぶとかかな」


(じゃあ、それ使えば良くない?)


 わざわざ口に出さなくても、会長は俺の疑問に答えてくれた。


「ひとつ欠点があって、1度圧縮すると、もう2度と元の大きさに戻せない」


((意味ないじゃん))


 あれっ、誰かと被った?

 由樹が隣で俺と会長の魔法談義に聞き耳を立てていた。

 魔法談義は彼の大好物だ。

 そんな彼が俺に続いて、次の質問を投げた。


「会長なら、余次元よじげんポケットとかアイテムボックスみたいな魔法使えないのですか?」


 どちらも現実には存在しない空想上の産物だ。

 余次元(Fourth dimensionではなく)ポケットは物を亜空間に保管するタヌキ型ロボットが使う魔道具で、アイテムボックスは同じく物を亜空間に保存する魔法だ。


「うーん。魔力で無理やり亜空間を開いて、そこに物をストックすることならできるよ」


((できるのかよ!!))


 さきほどまで、会長のことを不憫に思っていたが、やはりこの人は底が知れない。

 四元素魔法などなくても、この人の多彩さには目を見張る。


「問題は1度亜空間を閉じると、同じ空間に繋がる確率が天文学的数字ってことだけだよ」


((それって結局、使えないじゃん))


 1度物を入れたら、もう取り出せないのか。

 いやそれだけでも、十分な研究成果かもしれないが、実用的ではない。


 そんな会話を続けていたら、出発の時間がやってきた。


 ***


 これからベースキャンプまで再び登山路を行軍するが、ひとつ問題があった。


「やだやだ、1人で歩くなんて寂しい。凛花も後輩くんも人でなしよ! 鬼よ! 悪魔だわ! DI◯ディOさまよ!」


 最後のひと言は良くわからないが、誰の言動かは今更説明する必要ないだろう。

 行軍の隊列は決まっていて、俺ら9班は中央後方だ。

 それに対して、巨大な荷物を背負う会長様は、最前列か最後尾の2択しかない。

 むしろ何かあった時に荷物が道を塞ぐので、会長は集団から離れていた方が好ましい。

 会長が1人だと危ないって?

 この山で会長に勝てる生物なんて存在しないだろう。

 むしろこの地球上にどのくらい存在するのか、聞いてみたいくらいだ。

 会長の護衛の警戒レベルは現在最低ラインで、フレイさんから1度も警戒レベル引き上げの指示は下されていない。


「紫苑お姉さま、わがままは、めっ! なのです」


 工藤先輩が説得するかと思いきや、まさかの胡桃が止めに入った。

 胡桃は生徒会書記の草薙先輩の従姉妹で、俺らよりも会長との付き合いが長いらしい。

 そんな彼女の苦言に対して、会長様は困った行動を選択した。


「胡桃ちゃんは可愛いな。よしっ、君に決めた」


 いったい、何を決めたんだ会長様は。

 そういうとリュックを背負った会長様は、可愛くお説教する胡桃の横に回り、彼女の腰へ腕を回した。

 そのまま、腕に力を込めると、胡桃の足が徐々に地面から浮き上がっていく。


「あれっ、あれなのです」


 別に魔法で浮いているわけではない、単純に会長が胡桃を脇に抱えているのだ。


「それじゃあ、しゅっぱ〜つ」


 そう言って、会長は胡桃を脇に抱えたまま、登山路へと先に入っていった。

 これって大丈夫なのか。

 しかし工藤先輩は特に止めることもせずに見送っていた。


「紫苑がいれば危険はないだろう。それにあれでも、胡桃は紫苑の扱い方を分かっているから大丈夫だ」


 会長の扱い方?

 何それ俺も知りたい。

 今度から胡桃ではなく、胡桃と呼ぶか。


 この先の行軍では、ひとつだけ異様に深い足跡があったことを除けば、特に波乱はなく、ベースキャンプへとたどり着くのであった。


***

『おまけ』

紫苑「ニホンでは車の免許は15歳から取れるようになっております。日本との関係は一切ございません。りんか〜、これで大丈夫かな?」

凛花「いや。無理があるだろ」


紫苑「じゃあ、じゃあ。本作の登場人物は全て18歳以上です。車の運転および工□本の購入に制限はありません」

凛花「メインヒロインとして、その発言に制限をかけられるべきでは? それに私たちはちゃんと16歳よ」


紫苑「も〜。思春期の男子の工□本所持を法律で規制しきれないように、私の爆走は何人も止められないわ!(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾」


***

『あとがき』

いかがでしたか。

2章に入ってようやく2回目のメインヒロインの登場でした。

会長様が登場するとなかなか話が前に進みません。

中身がほとんどないのに、今までで1番長い話になってしまいました。

皆様が気に入ったネタがひとつでもあれば嬉しいです、


次回はいよいよ魔獣との戦闘です。

今回とは対照的にシリアスな展開を予定しております。

ご期待ください。

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