14 ランチタイムの駆け引き
『あらすじ』
林間合宿は魔獣退治
9班のメンバーは癖がある!?
女子がお弁当を準備
***
登山路をただひたすら歩くこと2時間、ようやく見晴らしが良い場所に出てきた。
途中で魔獣と遭遇するなどのトラブルはなく、予定通り順調に進んでいる。
ここまでの道のりは四方を木々に囲まれており、山からの景色を眺めることができたのは、バスを降りて徒歩で出発した中腹以来。
遠くを展望できるが、観光地ではないので、柵などはなく急な崖になっている。
そして眼前には50人近くが腰を下ろしても、狭く感じない十分平らな地形が広がっている。
昨日から天気が良く、地面がぬかるんでいるなどということはない。
「よしっ。ここが休憩地点だ。少し早いが昼食にするぞ」
工藤先輩が2組全体へとアナウンスをした。
クラスごとに同じルートで登山しているので、休憩地点に到着して昼食になるのは、必然と前の方のクラスからになる。
そのため俺たち2組は比較的早めのお昼という訳だ。
先行している1組はここで、昼食を済ませて、すでに出発している。
学園から支給された食材は夕食以降のためのもので、このランチタイムは各人で用意することになっている。
昨晩、橘からのメッセージにあった通り、9班の女性陣がお弁当を作ってくれたので、俺達男子3人は昼食を準備していない。
由樹はキョロキョロと周りを見渡したり、意味もなく何度もスマホを眺めたりしている。
あまりの熱気に、眼鏡が薄っすらと曇り始めている。
彼のように露骨ではないが、俺も女の子の手料理への期待でそわそわしてきた。
お店以外では初めての女性の手料理だと言っても過言じゃない。
俺たちは、食事と関係のない荷物を端の方に下ろし、女子達が陣取っている場所へと向かった。
橘を中心に女子4人がテキパキと、お弁当を食べる準備を始める。
レジャーシートが広げられていて、その上にいくつものランチボックスやタッパが配置されていた。
そして取り皿やコップ、箸が人数分、円を描くように並べられている。
すでに女子4人が橘、野々村、リズ、胡桃の順に座っていた。
空いた残り3つが俺達の分の席。
「的場君はこっちね」
橘があからさまに蓮司を自身の隣へと誘導する。
彼自身も特に拒んだりしなければ、舞い上がることもなく言われるがままに平然と座る。
こういうしれっと大人な対応をとるところが、カッコいいんだよな。
実際のところ、蓮司は橘のことをどのように思っているのだろうか。
さて空席は残りふたつ。
由樹が視線で俺を牽制する。
彼の血走った眼のせいで、俺も現状を意識してしまった。
俺と由樹が隣に座ることはすでに確定だが、どちら側に座るかで、隣が蓮司か胡桃になるかが決まる。
真ん中に座ってしまうと両サイドが
別に俺はどちらでもいいが……
どちらでも不満はない。
女子の手料理が食べられるのだから、決して不満などはない。
断じて、親友達と胡桃&リズを天秤にかけて、彼女らに傾いているわけではない。
しかしせっかく女子の手料理をいただくのに、
これまで人生、戦いに明け暮れたのだ。
このくらいのワガママを
というわけで、俺も由樹へと視線による牽制を返す。
由樹の眼光は、今にも眼球が飛び出て自身の眼鏡を割りそうな勢いだ。
しかし今、目を離したら、席を取られてしまう。
直立不動で睨み合う俺ら2人。
「高宮さん達も、立ったままでいないで早く座るのです」
(高宮さん達だと?
胡桃の声に誘われて、俺は自然な流れで彼女の隣へと着陸した。
許せ由樹。
裏切り者と
そして悔しさが表情に隠しきれていない由樹が、俺たち男子2人の間に腰掛けようとするが、
「工藤先輩、こちらへどうぞ」
なんと俺と由樹が互いに牽制している最中、橘が工藤先輩を連れてきて、あろうことか俺と蓮司の間に残された最後の席を勧めた。
「私まで馳走になっていいのか?」
「どうぞどうぞ、多めに作ってありますから」
工藤先輩は、少し遠慮気味に俺達の間に腰掛けた。
こうして残念なことに、由樹の席は埋まってしまった。
「冴島君はこっち」
橘はそう言って彼を俺たちの輪の外、レジャーシートの端に座らせた。
厳密に言うと、野々村の後方だ。
そういうことか。
これまでの橘の誘導は、全てこのため布石だったのだ。
普通に考えて、シートの上の人数が7人から8人に増えたなら、少し輪を大きくすれば済むだけのことだ。
しかしわざわざ由樹を隔離したのは、野々村とくっつけるため。
そうなると胡桃が俺を隣に座らせたのも、橘とグルだったということか。
このランチタイムに、このような仕掛けが隠されていたなんて。
工藤先輩が俺達だけ見えるように、こっそりと親指を立てた。
いくら由樹の扱いが酷いからって、この人が図々しく席を奪うとは考えられない。
おそらく先輩は、最初から橘の作戦に気づいていたのだろう。
いくらなんでも急な送球に対して、察しが良すぎる。
伊達にあの気まぐれな会長様の下で、副会長をやっていない。
「あの、冴島君……そこからだったら届かないでしょ。私がお皿によそってあげるね」
野々村が身体を横に向けながら、小さい声で照れ臭そうに由樹に言う。
普段の彼女は橘ほど積極的ではないが、消極的とか、引っ込み思案というわけでもない。
しかし由樹が絡むと、急に声が小さくなり、言葉も詰まりやすくなる。
コミュ力の高い蓮司や橘でなくても、当の本人以外は彼女が由樹を意識していることが分かる。
ここで彼女が
改めて配置を説明すると、上空から見て時計周りに
野々村、橘、蓮司、工藤先輩、俺、胡桃、リズ、野々村、橘……
そして野々村の後ろに由樹といった具合。
このゴールデンポジションに対して、由樹が大声で訴え出す。
「さすがに今日はまだ何もやらかしてないぞ。蓮司どころか芙蓉まで女子に挟まれて、俺だけ隅っこかよ。俺はただのおまけなのか!」
(そうだ。今日のお前はまだ何も悪いことをしていない。気がつけ由樹。この布陣は全てお前のための配置。おまけじゃない。お前こそが
しかし野々村は彼の大声にびっくりして、背中を向けてしまった。
いや、今の発言はやらかしたかもしれない。
せっかく勇気を振り絞った野々村だったが、この残念な空気の中で、彼女が再び由樹の方を振り返ることはなかった。
いくらなんでも、かわいそうだ。
もちろん野々村の方がだ。
しかしここで下手に由樹をフォローしたら、俺まで巻き込まれかねない。
自爆は1人でやってくれ。
折角の女子の手料理なのに、こちらまで誘爆されたら堪らない。
みんなが同じ結論に辿りつき、無言で箸を手に取る。
とりあえず、女子の作ったお弁当にありつけるのだ。
奴の犠牲は無駄じゃないさ。
並んでいる料理は、特に奇抜なものはなく、お弁当の定番ばなり。
ご飯ではなく、手で取って食べられるおにぎりやサンドイッチが主食だったのはありがたい。
しかもおにぎりはひとつひとつが小さめで、様々な具を楽しむのにちょうど良かった。
男が作った拳骨大のおにぎりとは違って、想像上の女子の手料理が現実に目の前にある。
おかずの唐揚げ、卵焼き、ウインナーはどれも一口で頬張れるような大きさになったいる。
人参やキュウリ、大根などの野菜はスティック状に切られていて、小さな容器に入ったドレッシングが添えられている。
さらに紙コップには、具が少なめで飲みやすい味噌汁が、まだ暖かい状態で注がれていた。
いたるところに、外で食べることを想定した気遣いがある。
俺もそこそこ料理はできるが、こういう気づかいはなかなかできない。
これがニホンの崇高なるオモテナシ精神ってやつなのか。
全体的に塩っ気があって、荷物を持っての行軍で疲れた身体に染み渡る。
味も母さんやフレイさんの作った料理と、比べることがおこがましいほど美味。
ささやかではあるが、ニホンでの任務が役得に感じてきた。
あれから野々村がなかなか動かないので、隣の橘が由樹の取り皿におかずと野菜を盛り付けて、おにぎりとサンドイッチを別の皿に置いて渡していた。
橘は
この中だと彼女と蓮司、そして工藤先輩がコミュ力高い組。
この3人は誰とでも、仲良くできるタイプだ。
そんな彼女からの恵みを享受していた由樹が、本日2度目のやらかし発言をするのであった。
「意外とどれも美味しいな。こういうのって、1人くらい料理が下手な子がいるベタな展開の方が萌えるんだけどな」
これに対して、女子を代表して橘が真っ先に反応した。
「そんなわけないでしょ。朝早くから4人で一生懸命、料理したんだから。冴島君ひどいわ」
こうして橘からの怒りを買った由樹は、唯一の補給路を絶たれてしまった。
彼女に嫌われるなんて相当だぞ。
そんなことを考えていたら、俺の隣の胡桃がこっそりと耳打ちする。
「(実は由佳ちゃんが頑張って、私達のフォローをしてくれたのです)」
そうだったのか。
頑張ったんだな。
それを4人からだと言って、俺たちに施したのか。
橘は舞台裏でもイケメンだった(女子だけど)。
そんな彼女を怒らせる由樹のスペックはマイナス方向に高レベルだ。
いや、違う。
橘は口で言うほど、そんなに怒っているようには見えない。
むしろ今の発言は自分が怒って泥を被ることで、由樹へのヘイトをこれ以上落とさないように保ちつつ、残り女子3人の名誉も守ったのか。
やはり彼女はイケメンだった(女子だけど)。
改めて9班のメンバーを見渡すと、野々村は由樹に好意があるし、橘が蓮司にアタックしているのは見え見えだ。
あれっ、俺が1番出遅れていない?
もしかして、俺って由樹以下だったのか。
いやいや、俺にだって胡桃&リズがいる。
2人はタイプこそ違うが、クラスで1、2位を争う美少女。
ついつい箸を休めて、隣の2人を眺めてしまう。
胡桃は可愛いなぁ。
おにぎりの端を両手持って、少しずつ頬張る何気ない仕草が小動物みたいだ。
思わず頭を撫でたくなってしまう。
リズも同業者であることを除けば、人形みたいに整った顔立ちで、まっすぐで綺麗な白く輝く髪をなびかせている。
いわゆるクールビューティーってやつだ。
いかんいかん、男子寮で蓮司や由樹達と寝食を共にしているせいか、思考がおかしくなったのかな。
1度クールダウンだ。
俺はステイツのエージェントだぞ。
さすがに羽目を外しすぎ。
あまり2人のことをじろじろと見るのは良くない。
しかし隣の胡桃と目が合ってしまい、一時停止してしまった。
そんな俺に彼女からひと言添えられた。
「大丈夫なのです。ちゃんとわかっているのです」
なんのことだ!
橘曰く、胡桃は可愛い顔をして勘が鋭いところがある。
今のやりとりだけで彼女はなにを、どこまで察したのだろうか。
そんなことをしていたら、俺と工藤先輩の間を横切る物体があった。
それは50センチほどの大きさで、二足歩行、そしてレンガ造り。
そう、昨日戦ったゴーレムのミニュチュア版が、おかずの載ったお皿を持ってトコトコ歩いていた。
大きく蓮司、橘の後ろを通って、由樹の前に皿を持ってきた。
由樹は周囲にバレないように、ゴーレム相手にサイレント土下座でお礼をしている。
いや、お礼をするなら工藤先輩にだろ。
そして皿を置いたゴーレムはうつ伏せになり、
やたらと芸が細かい。
このような点からも、彼女のスクリプトを組む技術の高さがうかがえる。
ゴーレムの形状がレンガ造りなところもそうだが、工藤先輩はゴーレムの創成に実利だけでなく、遊び心を大事にしている。
こういうのを芸術肌と表現するのかもしれない。
そして背後を、ゴーレムが通過しているのに、全く気がつかない蓮司と橘。
いや、あの2人のことだから、気がついていても見て見ぬ振りをするだろう。
こうして楽しい食事の時間が
***
それは唐突にやってきた。
最初はあまりにも小さい音だったので、気がつかなかった。
しかし徐々に大きくなるにつれて、1人2人と反応し始めて、それが近づいて来ていることが誰にもでも分かるようになった。
巨大な足音が、俺たちが歩いて来た道からこちらへと向かっている。
乱れのないふたつの音が交互に聞こえることから、二足歩行であることが読み取れる。
俺達は立ち上がり、音の方を向いて気を引き締める。
しかし戦力の中心のはずの工藤先輩は、座ったまま緑茶を味わっている。
登山路は森の中なので、ここからでは樹木が邪魔をして出口しか見えず、近づいてくる何かの影を全く捉えられない。
音がかなり大きくなってきているのに姿を現さないことから、まだ距離があって、かなりの巨体だと推察できる。
その歩みを一歩進めるたびに山はざわめき、遅れて動物が騒ぐ音がこだまする。
そしてついにそれは、俺たちの前に姿を現した。
「ようやくお出ましたか」
緑茶で唇を湿らせた工藤先輩がそう呟いた。
***
『おまけ』
紫苑「出番欲しい、出番ほしい、出番ほし〜い!」
芙蓉「会長、後もう少しなので、舞台裏では大人しくしていてください」
紫苑「嫌だ、いやだ、イヤだ。後輩くん、勝負よ! 勝った方が次回から主人公ね」
芙蓉「この上ない無茶を、言わないでください」
紫苑「ちなみに負けた方がメインヒロインだからね」
芙蓉「この上あった!」
紫苑「私が主人公になった暁には、後輩君をメインヒロインに添えて、凛花、静流、胡桃ちゃんのキャスティングでハーレムを作ることを、ここに宣言します」
芙蓉「もう、無茶苦茶以外のツッコミが思いつかないのですが……」
紫苑「無茶じゃないわ。みんなハーレム大好きだし、最近ではT◯だっけ? そういうのも需要があるみたいね」
芙蓉「えっ、メインヒロインってそういう事ですか! 俺が◯Sして誰得なんですか?」
紫苑「私が楽しければいいのよ! というわけで後輩くんのを取ったら、私の勝ちね!」
芙蓉「……という夢をみたんだ」
蓮司「主人公って、ストレス溜まるんだな」
芙蓉「蓮司、お前だけだよ。俺がツッコミを入れなくていいのは」
蓮司「よしよし。今夜は一晩中、俺が慰めてやるぜ♡」
橘「……という夢をみた」
草薙「由佳ちゃん(ㆀ˘・з・˘)」
野々村「(//∇//)」
リゼット「(・_・?)」
***
『あとがき』
いかがでしたか。
徐々に芙蓉くんが男子高生寄りの思考になってきております。
男子寮での生活って恐ろしいですね。
シリアスシーンでは、しっかりとエージェントモードになるのでご安心ください。
お弁当回はまだ続きます。
次回サブタイトルは「ランチタイムの襲撃者」です。
襲撃者は
A、 吸血鬼
B、 O型の魔獣
C、 会長様
D、 ジオ×軍
のいずれかです。
ご期待ください。
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