8 双盾と魔法銃
『あらすじ』
林間合宿は魔獣討伐
ゴーレムとの模擬戦
次は橘由佳
***
「次は同じブロッカーの橘だな」
あっという間にゴーレムの修復を終えた工藤先輩は、次の対戦カードに橘を選んだ。
橘は背中に大小2枚の盾を背負っているが、その重さを感じさせない足取りで、リングに上がって行く。
客席からはリング全体を良く見下ろせて、すでに完全に修復されたレンガ造りの不格好なゴーレムが待ち構えている。
橘と入れ違いで、工藤先輩が舞台から俺達のいる客席へと戻る。
戦場に立った彼女は背負っていた2枚の盾を下ろし、左手にカイト型の大盾、右手に半球状のバックラー型の小盾を装備した。
この場合は二刀流、いや二盾流になるのか。
「橘由佳は高宮と同じ前衛・ブロッカーで、土魔法と登録武器が大小2枚の盾だな」
工藤先輩が橘のプロフィールを説明した。
これって俺のときも話していたのだろうか。
俺の考えを察したのか、偶然なのか、由樹が教えてくれた。
「さっきの芙蓉の試合中も工藤先輩が解説してくれなければ、なにが起きているのかわからなかった」
ちなみに俺の隣にいる彼はゴーグルを額に当てながら、いつもの眼鏡を掛けるという奇妙な格好をしている。
彼のセリフの後に、工藤先輩が俺にだけ分かるように目配せをしてきた。
俺は、『無粋なことは喋っていないという』、意思表示として受け取った。
同じ班のメンバーが戦うのを見るのは初めてだし、彼女が解説をしてくれるのならば、素直に聞くのも悪くない。
それにしても由樹は工藤先輩のことを、内輪で“凛花お姉さん”と呼んでいたが、さすがに本人の前では、わきまえているようだ。
「始め!」
工藤先輩が戦闘開始の合図をした。
橘も俺と同じブロッカーなので、最初は攻撃を受けて見せる展開。
ゴーレムの最初の攻撃は、俺のときと同じ。
正面に突き出された右腕は、身長差のせいで斜め上から橘に迫りくる。
彼女は左手に装備した大盾を素早く前に出す。
大盾と表したが、彼女の持つシールドはセラミックのように非常に軽くて動かしやすい。
それだけだとゴーレムの重たい拳を正面から受け止められるのか不安だ。
橘が大盾の底を地面に叩きつけると、ズシリとした音と共に、カイト型の大盾がリングに突き刺さる。
本来、カイトシールドでは想定していない使い方だか、たしかに地面に突き刺すならば、同じ大盾の中でも長方形のタワーシールドより優れている。
盾の底を軸にしながら少し傾斜を加えて、迫りくるゴーレムの拳に対抗する。
俺のように受け流すのではなく、正面から衝突した。
しかし大盾はびくりともせず、後ろにいた橘には衝撃がほとんど伝わっていなかった。
「より硬く、より重くは土属性の基本だな」
工藤先輩の端的な補足。
橘は軽くて面積の大きい盾を、土魔法で一時的に強化したのだ。
属性付与は詠唱がいらないので、戦闘中でも使い勝手がとても良い。
そして工藤先輩の解説が短かったのは、まだゴーレムの攻撃は終わっていないからだ。
ゴーレムは攻撃に使っていないもう片方の腕を、横から大盾ごとなぎ払おうとするモーションに入っていた。
今から大盾の向きを変えていては、とてもじゃないが間に合わない。
彼女は右方向、つまり迫りくる左腕に体を向けと、今度は右腕に装備したバックラーを斜めにしながら、ゴーレムの太い腕の下に滑り込ませる。
そのまま盾の球状のフォルムに沿って、レンガの腕は上方向へと流れていく。
さすがに今回は橘にも衝撃があったみたいで、少し後ろへと吹き飛ばされた。
俺のときとは異なり、力の流れを変えただけなので、ゴーレムを転ばせるには至らなかった。
橘は吹き飛ばされる勢いを利用して、大盾を回収しながらそのまま後ろに下がった。
大盾には地面に突き刺したときのような重さが見られない。
すでに魔法は解除されているようだ。
距離をとった橘だが、なにやら口元が動いている。
魔法を詠唱しているようだ。
四元素魔法の発動において、詠唱は必須だが、わざわざ周囲に聞こえるように唱える必要はない。
しかしターゲットとの間合いが離れたせいで、ゴーレムは
俺のときは常に至近距離を維持したので、ゴーレムの選択肢になかった攻撃。
あの巨体で助走をつけてぶつかってきたら、先ほどのような大盾では防げないかもしれない。
ゴーレムは短い足を交互に前に出して進みだした。
俊敏ではないが、体を前のめりに倒しながら、どんどん加速する。
しかし橘は盾を構えるどころか、詠唱を止めようとしない。
2人の距離は次第に詰まっていく。
そしてゴーレムが到達するより先に、橘が魔法を完成させた。
「アーススパイク」
それほど大きな声で叫んではいないが、しっかりとした彼女の声が発動する魔法の最後のトリガーを宣言した。
ゴーレムが半分の距離を踏破したところで、地面から十数本の石の杭が巨体へと向けて打ち出される。
そのまま杭の先端がゴーレムの胴体に突き刺さる。
しかし表面を少し削っただけで、勢いを完全に殺す前に折れてしまった。
しかし1本を突破してもまだ次がある。
2本目がゴーレムの腕を捉える。
鈍い音を立てながらな巨人は、力任せに前へと足を進める。
土塊の巨人は、自身の身体に刺さる杭に痛みを感じない。
しかし1本、また1本突き刺さるたびに、前へと進む推進力が失われていく。
「カウンターに有効な土の中級魔法だな」
工藤先輩は橘が発動したアーススパイクについて補足した。
四元素魔法は大きく下級、中級、上級の3種類に分類されるが、正面戦闘では下級魔法が使い勝手が良くて、中級以上の魔法は詠唱に時間を要する。
橘が後ろに下がったのは詠唱のためと、相手を誘いだすためだった。
そしてとうとうゴーレムは彼女に接触することなく、その歩みを止めた。
「橘、とりあえず十分に戦い方を観させてもらったが、残り時間まで続けるか?」
俺のときには、しなかった提案を工藤先輩が持ち掛けた。
「いえ、魔力を大分使ってしまったので、明日からの合宿に備えて下がります」
そうか。
派手に立ち回っていたが、かなり魔力を消耗していたようだ。
工藤先輩もそのことを見抜いていたので、中断を提案したのだ。
リングから降りる彼女にはダメージこそないが、その表情には疲れが見えた。
タイプの違った2枚の盾に、カウンター系の土魔法か。
ブロッカーとして良いものを持っているし、戦闘中に中級魔法を詠唱する大胆さもある。
魔力切れの不安は残るが、まだ15歳なので伸び代は期待できる。
経験を積めば、化けるかもしれない。
まだ橘の戦いの熱が冷めていないが、次の戦いの準備が始められた。
「次は的場。おまえの番だ」
どのような順番か分からないが、蓮司が指名された。
橘と入れ違いでリングに上がった工藤先輩は、ゴーレムの修復だけでなく、アーススパイクで出現した杭を土魔法であっという
蓮司は懐に手を入れると、俺の見立ての通り拳銃を取り出した。
ほとんど使われた形跡はない。
また弾倉らしきものがないことから、
「ハンドガン型の魔法銃か」
「あぁ、俺には詠唱よりこっちの方が性にあっている。それじゃ、行ってくるか」
片手が銃で塞がっていたが、リングに上がる姿は、無駄のない身のこなしだ。
「よしっ、冴島。魔法銃について説明してみろ」
工藤先輩が急に由樹を指名して、説明を求めてきた。
解説にはそういうパターンもあるのか。
「さすが先輩、俺に見せ場を回してくれるんですね」
「いいから、的場君の試合が始まる前に、さっさと説明しなさい!」
さっきまで戦っていた橘が、不機嫌そうに彼を急かす。
由樹の説明を整理すると、魔法銃は銃に魔力を込めて、トリガーによって魔法弾を撃ち出すことができる。
トリガーは魔力で操作するタイプと、物理的に引き金を引くタイプがある。
蓮司が使っているのは後者だ。
魔法弾は本人の属性に依存するので、彼の場合は火属性になる。
単純な操作に詠唱はいらないが、魔法銃にスクリプトを書き込むことで、追尾や拡散、連射、貫通などの特殊効果を加えることが可能になる。
もちろん効果を加えると、その分1発の消費魔力が増す。
またスクリプトは外注できるが、自分で書いた方が戦闘中に調整ができる。
というのが冴島先生の講義のダイジェストだ。
蓮司の場合は東高に入るまでは、普通科の高校に通っていたそうなので、自身でスクリプトを書くほどの知識はないだろう。
リングの中央にいるゴーレムに対して、蓮司は中央と端のちょうど中間の位置で足を止めた。
彼の戦闘の準備が整ったのを確認して、工藤先輩が合図を出した。
「的場蓮司は後衛・アタッカーで、属性は火。登録武器は片手魔法銃。それでは試合開始!」
先に動いたのは蓮司。
下げていた右腕を素早くあげて、銃口を敵に向ける。
構えた銃に左手を添えて、狙いを定めるために一瞬だけ静止してから、すぐに引き金を引いた。
赤い弾道がまっすぐと伸びていき、ゴーレムの足へと着弾する。
弾道が見えたので遅く感じるが、それは残像に過ぎず、火薬式の銃と同等の弾速が出ている。
しかしゴーレムは、何事もなかったかのように動き始めた。
土くれの巨人に対して、火の魔法弾ではダメージが通らない。
ゴーレムは橘のときのように、離れた敵に対して突進の態勢に入る。
後衛である蓮司には、彼女と違って避けるしか選択肢がない。
彼は足を止めたまま、もう1発ゴーレムの足元に魔法弾を叩き込む。
しかし巨人の足取りは全く変わらない。
かなり近くまで引き寄せてから、蓮司は体を前に倒しながら横方向に飛んだ。
器用なことに銃を手に持ったまま両手を先について、身体を前に引き寄せることで、ぎりぎりの間合いでゴーレムの突進を避けた。
態勢を立て直した蓮司は、再び魔法銃に左手を添えて、しっかりと狙いを定めて撃ち出す。
ようやく突進の勢いを使いきったゴーレムは向きを変え、ゆっくりと蓮司へと距離を詰めていく。
どうやら同じ突進攻撃を連続で使うことはないようだ。
彼の方は先ほどと同じで、足を止めたままもう1発撃った後、距離をとる。
蓮司の行動には不可解な点がある。
ゴーレムくらい大きな的ならば、動きながら片手で撃っても、命中させることは容易なはずだ。
俺が反動のある火薬銃を使ったとしても、そのくらいはできる。
しかし彼は毎回足を止めて、魔法銃を両手で構えて発射している。
そのせいで、回避動作がギリギリになっていまい、危うい場面が続く。
「なるほどな。的場の魔法銃には特別なスクリプトこそないが、彼は銃器の扱いに
工藤先輩は1人納得して、解説をしようとしなかった。
周りはハラハラと観戦しているが、俺も彼女の言葉をヒントに蓮司の意図に気がついた。
魔法弾が効かなかった時点で、貫通や連射などのスクリプトを書き加えるべきだが、彼にはそれができない。
前衛を置くか、リング端から攻撃するのが、魔法銃本来の戦い方だ。
これが実戦であったならば、撤退を選択肢に入れる必要がある。
彼はまだ舞台にいるが、俺が自身の戦闘スタイルを見せるために戦いを長引かせたのとは違う。
俺と工藤先輩、そしてリズを除いたメンバーは心配そうに見ているが、彼は誰が見ても納得する形で、勝つつもりだ。
その時はすぐに訪れた。
これで何度目か蓮司が再び、魔法弾をゴーレムの足元に撃ち込んだ。
すると金属が破裂するような音が一瞬響き、続いて不規則な低音と共にゴーレムの巨体が沈んだ。
目の前では巨人を支えていた短い足の片方が、胴体から離れていた。
「そこまで!」
工藤先輩が戦闘終了の判断を下した。
ゴーレムの胴体と、壊れた足の付け根は赤色を帯びて溶けたような跡がある。
それを見た俺は彼の狙いが、予想通りだと確信した。
隣で見ていた由樹もはっと気がついたようだ
「集弾というやつか」
「正解だ」
リングから客席に戻った蓮司が返事をした。
蓮司がわざわざ足を止めて狙いを定めたのは、一点への命中精度を高めるため。
魔法弾の威力が足りなくても、着弾箇所には熱が残る。
その熱が逃げる前に、彼は何度も同じ箇所に弾を集めたのだ。
そしてゴーレムの足の関節が高温に耐えられなくなって、最後には溶けたというわけだ。
本来ならば、スクリプトで追尾やマーキング、連射などを組み込むことで可能になるテクニックだが、彼はその銃の腕前だけで成し遂げた。
先ほどの橘に比べると、魔法使いとしては
「次は草薙胡桃」
ゴーレムを修復した工藤先輩が次に指名したのは、小柄な陰陽師の胡桃だった。
***
『おまけ』
紫苑「凛花、2章に入ってから私の出番が少なくない?」
凛花「2章は副会長こと私、工藤凛花のターンだからな」
紫苑「なにそれ。この小説の主人公は私なのに。ずっと私のターンじゃないの? 私も林間合宿に行きたい。行きたい。行きたーい!」
凛花「紫苑には後輩の引率は無理だろ。今回は大人しく留守番していなさい!」
紫苑「嫌だ。嫌だ。2章のタイトルだって『会長と行く林間合宿は晴れときどき◯◯◯(仮)』って私が全面に出ているじゃない」
凛花「(仮)だからな。2章が完結した時点で、副会長に変わる予定らしいぞ」
紫苑「なによ(仮)ってそれに◯◯◯って無計画すぎるでしょ。ちょっと作者絞めてくるね」
凛花「ちょっと紫苑、どこに行くんだ!」
***
『あとがき』
いかがでしたか。
ちなみに橘由佳と的場蓮司は9班の中では、比較的素直な戦い方で戦闘能力は低めです。
しかしリーダーシップを発揮して皆を牽引してくれる役割を担っております。
双盾はオリジナルだと思っていましたが、他の作品でも使われているようですね。
「そうじゅん」と読むそうです。
また二盾流はなんと読めばいいのでしょうか。
ご意見を募集したところ『ついたてりゅう』というのが、筆者の好みでした。
次回のタイトルは「陰陽道と付与魔法」を予定しています。
今回とは違ってトリッキーな2人が現れるので、表現に苦労しております。
ぜひ期待してぐうおおおぉぉぉ
紫苑「とういうわけで読者の皆さん、私も林間合宿に参加することになったわ。タイトルも『会長と行く林間合宿……』で続行よ。私の活躍を期待してね」
つづく?
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