7 レンガの巨人 VS. 無手の愚者

『あらすじ』

林間合宿で魔獣退治

装備を整えて演習場に集合

工藤先輩の到着

 ***


 工藤先輩は相変わらず男子の制服を着こなし、バットケースを肩にかけていた。


「今回の実習は1人1匹以上の魔獣討伐がだ。連携よりも個人技がメインだな」


 なるほど。

 これは確かに高校生には厳しい課題に違いない。

 1匹と聞いて、俺とリズ以外のメンバーの表情からは、安堵の色が見えた。

 どうやらこの課題の本当の意図にまだ気がついてないようだ。


 もちろん俺には魔獣討伐の経験があるし、リズもイタリーから任務を帯びて来た騎士である以上、最初の関門を済ませているはずだ。

 午前中に後藤先生から受けた説明によると、今回の合宿で挑む魔獣は、魔法使いであれば誰でも簡単に倒せるクラスらしい。

 1匹以上討伐するというこのノルマには、二重の試練が潜んでいる。

 しかしみんながそのことを理解させられるのは、現場で直面したときであろう。


「個人の課題とはいえ班で行動するので、味方撃ちフレンドリーファイアや不慮の事故を防ぐために、これから各人の戦闘スタイルを見せてもらう。特にこの班は、型破りな使い手を集めて構成してあるので、教科書通りの連携は望めないだろう」


 それは初耳だ。

 東高での魔法の実習は、それぞれの適正に合わせた四元素魔法の選択科目がメインだ。

 無属性の俺は受講していないので、クラスメイトの魔法を見る機会はこれまでになかった。


 陰陽道を扱う胡桃と俺以外は、四元素魔法の講義を受けているはずなのであまり気に留めなかったが、特別な魔法使いを意図的に集めているならば、班員が1人足りないことも納得できる。

 俺の考えを察してなのか、工藤先輩が補足した。


「別にこのような班構成は珍しくない。東高には各国から人材が集まるので、毎年いくつかの班はトリッキーな生徒達で固められる」


 この人も会長と同じで人の考えを読めるのか。


 そして彼女はそのまま説明を続けるが、課題の意図については教えるつもりがないようだ。

 個人での課題だが魔獣の生息する霊峰に入る以上、班で行動した方が安全だろう。

 弱い魔獣しかいないとはいえ、危険がないわけじゃない。


「この打ち合わせは、上級生に一任されていて、私のやり方でやるぞ。1人3分、私の創ったゴーレムと戦ってもらう。最低でも1度は攻撃を当てな」


 そう言って、工藤先輩はバットケースを足元に置いて、俺達の正面にあるリングに上がった。

 リングの中央にたどり着くと、ひと呼吸置いて、詠唱を始めた。


 少し拍子抜けだ。

 工藤先輩と模擬戦をするのかと思ったけど、どうやら相手はゴーレムのようだ。

 いや、でもこれだと会長に指示された通りに能力を隠すのは、難しいかもしれない。


 彼女の詠唱が進むと、リングのコンクリートが固める前のように緩くなって、1点で盛り上がっていく。

 まず短い足のような形態が完成し、その上に大きな胴体が造られていく。

 せっかくコンクリートを溶かしたのに、なぜかレンガを無造作に積み重ねたような造形。

 次に太い腕が2本生えてきた。

 腕は足より長いが、しっかりとバランスを保って立っている。

 最後に頭部が完成して、正面の2箇所のくぼみは影になっているが、そこに目があるかのように鈍く光っていた。


 急造でいかにもゴーレムと呼びたくなる、寸胴ずんどうで角ばった巨体が出来上がった。

 身長は3メートル超えており、腕の太さは成人男性の胴体ほどある。

 上半身が圧倒的に大きいが、短い足でも巨体をしっかり支えられている。


 工藤先輩の詠唱は終わったが、魔法はまだ完成していない。

 次に彼女とゴーレムの間に光る文字の羅列が現れた。


 スクリプト。

 これはゴーレムの行動パターンを決めるプログラムで、多くの文字を使うと細かい動作を指定できるが、余計に魔力を消費する。

 熟練のゴーレム使いなら、少ない文字で最適な行動パターンを入力する。

 先輩は何もない空中で、キーボードを叩くような動作をしながら、スクリプトを打ち出していく。

 そして彼女はゴーレムを創り始めてから、1分ほどで完成させた。

 不格好だが、この早さは驚異的だ。

 本来、ゴーレムのスクリプトは数時間、下手をしたら数日かけて作成するものだ。

 いくつかの基本パターンは使いまわしているだろうが、目的に合った設定を即興で組み立てたのだ。

 彼女は運動能力の高さと、派手なゴーレム創生が目立っているが、このスクリプト作成の技術も侮れない。


「耐久力は高めだけど、スピードはないから、いい的になるぞ」


 工藤先輩は謙遜けんそんするように口にしたが、盾として運用するならば、完成度がかなり高い巨人だ。

 あっという間のことで、誰からも少なからず動揺が感じとれる。

 いくら動作が遅くても、3メートルの巨体に立ち向かうのには勇気が要る。

 先輩はそんな俺達の顔をひと通り眺めてから、判断を下した。


「そうだな。高宮、とりあえずお前からだ。リングに上がりな」


 まずは俺に戦わせて、ゴーレムの動きをみんなに見せるつもりのようだ。

 俺が態度をあまり変えていないこともあるが、彼女は会長との模擬戦に立ち会っている。

 実力の一端を知っているので、指名したのが正しいところだろう。


「芙蓉、本当に大丈夫なのか?」


 普段はお調子者の由樹だが、本心から心配してくれている。

 俺は自身の魔法について話したことがない。

 学年最下位の順位に、魔力がほとんど無いので、心配するなという方が無理な話しだ。


「トップバッター務めてこい!」


 一方、蓮司はまったく心配する素振りを見せていない。

 そういえば彼には新入生歓迎会のときに、女子寮のバルコニーで会長と格闘戦をしているところを見られている。

 俺を残して9班のメンバーは、リングとは逆側の観客席の階段を上っていく。

 客席からならば、他のリングを含めて、闘技場全体を見下ろすことができる。


 リングに上がるといっても、そんなに高くない。

 階段を一段上がる程度。

 近くで見ると、ゴーレムはより大きく感じる。


 工藤先輩が近づいてきて、すれ違いざまに小声でささやいてきた。


「すぐに決めるなよ。3分間じっくり動きを見せてやりな」


 そう言うとリングから降りて、みんなのいる客席へと上っていった。

 やはり、最初に俺にやらせて、他の緊張をほぐす時間を作る算段のようだ。

 会長の思惑通りに動くのは、なんだか気乗りしないが、本気を出さずに軽くやることにするか。


 俺の唯一の能力は、魔法を分解、吸収して、身体強化に回すことができる。

 分解能力は瞬時に遂行されるので、ダメージを負うことはない。

 しかしゴーレムのような物質に魔法がかかっている場合は、5秒程度触れていないと分解できない。

 何より魔法を解除してしまったら、勝負が決してしまい、演習に支障をきたしてしまう。

 会長の言いなりになったわけではないが、彼女の望んだ形にならざるおえない。


 俺は呼吸をゆっくり、そして深くしていく。

 自身の魔力は皆無でも、空気中の微小なエネルギーを呼吸とともに取り入れる。

 全身に回る血流に乗せるイメージで魔力を流し、身体能力を増強していく。

 全身に均等に配分すれば、最初のギアでもプロアスリートに匹敵するパフォーマンスを引き出すことができる。


 両腕を上げ、肘をコンパクトに畳んだファイティングポーズをとる。

 片方の足や腕を前に出すことはなく、真っ直ぐと体を正面に向ける。

 普段の俺ならば、左半身を前に出して、右からの攻撃の溜めを作りやすくすることを好む。

 しかし今回は防御を重視して、左右どちらから攻撃が来ても、安定して対処できる構えを選んだ。


 みんなから心配と好機の視線を浴びる中、工藤先輩が開始を宣言した。


「それでは、始め!」


 合図とともにゴーレムは、先制攻撃の態勢に入る。

 腕を1度引いて、勢いをつけてから正面へと突き出す。

 実際には身長差があるので、前というよりも斜め上から拳が降ってくる。


 いつもの俺ならば、紙一重でかわすか、横から小突いて軌道を変える。

 しかし東高で俺の登録しているポジションは前衛・ブロッカーであり、周りに仲間がいると仮定するならば、そのような行動はナンセンス。


 正面から受け止めるしかない。

 もちろん生身で、ゴーレムの拳を受け止めることはできない。

 今の強化では不十分なので、魔力を腕と両足へと集中させた。

 ボディーが無防備になるが、動きの鈍いゴーレム相手ならば怖くない。


 降ってきたゴーレムの拳を、強化した腕で受け止める。

 インパクトの瞬間に足を曲げて、威力の大半を地面に流す。

 鈍い音と共に、足元のリングが沈んだ。

 周りには、派手に受け止めたように見えるが、実際には威力のほとんどを殺してある。

 身体強化だけでは攻撃を受け止められないし、受け流しの技術だけでも不十分だった。

 両方を合わせて可能にした防御方法。


 しかしゴーレムはすぐに腕を引いて、次の攻撃の態勢に入ろうとしていた。

 反撃に転じるには、十分な隙だったがあえて見逃す。


 今度は右腕を前に、左腕を後ろに回す予備動作から、元に戻す勢いを載せて、横から払ってきた。

 これは避けても、後ろに被害はでない。

 それても横にいる仲間を直撃するので、そのままにするわけにはいかない。

 俺は右足を1歩踏み込ませると、前に出した足に重心を移動させながら、深く腰を落として、迫りくる腕よりも下に体を滑りこませた。

 右足の踏ん張りを効かせながら、身体を浮上させる勢いを全て拳に込めて、横からきた腕にドンピシャのタイミングで下からアッパーを合わせた。


 もともと上半身が大きくて、アンバランスな巨体である。

 自身の腕の勢いと俺の拳の威力で、バランスを崩し盛大に尻もちをついた。


 たった2回の攻防で、転ばせてしまった。


「やっちまった」


 誰にも聞こえない小さい声で呟いた。

 客席に声は届いていないが、工藤先輩は首を振って呆れた表情をしていた。


 倒れたゴーレムは完全に無防備になっているが、追撃をするわけにもいかない。

 3分間じっくり動きを見せる予定だ。

 大気中の魔力で身体強化したギアの1段階目だと、どうしても手加減をする余裕がない。

 能力はしっかりと隠しているが、傍目には圧倒しているように演出してしまった。


 仕方がないことだが、俺はゴーレムが立ち上がるのを待つしかない。

 完全に会長の要望通りになってしまうが、3分間ゴーレムの動きと、俺のブロッカーとしての実力を見せる必要がある。



 ***


 起き上がったゴーレムに対して、再び受けの姿勢で攻撃を流した。

 同じような攻防を何度も繰り返したが、こちらから仕掛けることはなく、あくまでも防御に徹した。


 魔法使いの攻撃は一撃必殺が多いので、1対1の決闘において3分も対峙することは滅多にない。

 そもそも全力で戦えば、すぐに魔力切れを起こして3分も保てない。


 それでもブロッカーのポジションは、攻撃を受ける瞬間に必要最低限の魔力を使って、温存しながら戦うことが理想的とされている。

 チーム戦において、ブロッカーのガス欠は全滅に直結する。


 俺の場合は特殊で、大気中の魔力を吸収しているので、燃料切れの心配はない。

 さらにこの演習場では他の班も魔法を使っているので、空気中の魔力濃度が上昇しており、どんどん戦闘効率が良くなっていく。


 そろそろタイムリミットの3分が近づいてきたところで、戦闘思考が最終フェイズへと移行した。

 再びレンガ状の無骨ぶこつなゴーレムに尻餅をつかせた。

 これで6度目。

 残り時間も少ないので、最後にこちらから攻勢に出たい。


 俺の格闘術はあくまでも、自分の能力を活かすためのものだ。

 この身体に刻まれた魔法式は、相手に触れることで、魔法を封じて魔力を奪うことができる。

 触れている時間が長いほど、魔封じも、吸収もその効果を増す。

 そのため関節技、寝技を極めて、次に投げ技を学んだ。

 打撃が最後になったが、これをおろそかにする訳にはいかなかった。


 魔法戦においてイレギュラーというのは、常につきまとう。

 そのため、打撃の必殺技をひとつ持つことは、エージェントとしての任務の成功率を格段に高めることに繋がった。

 その中でもお気に入りは手刀。

 それもとびきり切れ味のいいやつ。


 右手の五本の指を真っ直ぐ伸ばして、全身に配分していた魔力を指へと集中させる。

 強化が不十分だと、指の骨がこれからの技の威力に耐えられなくて折れてしまう。


 魔力を集中させて、手刀を放つだけでは芸がない。

 イメージは日本刀による抜刀術。

 右手を正面から左側の腰まで引いて、左手でしっかりと右手首を掴む。

 腕を前に放つように力を込めるが、もう片方の手でしっかりと抑え込む。


 すでに歯を食いしばっているが、まだ溜めが足りない。

 腕が震えてしまうのは、余計な力が入っている証拠。

 あくまで自然体でありながら、解き放つ一歩手前の力を抑え込む。

 狙うのはゴーレムの腕と胴体の付け根、つまり肩だ。

 左右のどちらを狙うのかは、相手の出方を見てからその場で判断する。


 起きあがったゴーレムが再び攻撃を始めようとした。

 一瞬のタイミングを逃さないように、集中して観察を行う。

 ゴーレムが左腕を上げた瞬間、一気に距離を詰めて、左手の鞘から手刀を解き放つ。

 腕だけでなく、地面を蹴り上げながら体を回転させて、全身のエネルギーを一太刀に載せる。


 高速の刃がゴーレムの左肩を一閃した。

 金属がぶつかり合ったような、鋭く甲高かんだかい音が演習場全体に響き渡る。

 肩を完全に切り落とす威力はなかったが、半分近くをごっそりと削りとった。

 遅れて残された左肩は、重たい腕を支えることができずに自ら崩れ落ちた。


「そこまでだ。高宮、ちょうど3分だ。ブロッカーとしての立ち回りに、攻撃への転じ方も十分に見せてもらった」


 工藤先輩は客席から文字通り、ひとっ飛びでリングの中央にやってきた。

 彼女が魔法を詠唱するとゴーレムの左肩の修復が始まった。

 俺はリングを降りて、班のメンバーがいる階段状の客席へと登った。


「お疲れさん」


 すでに俺の戦い方を見たことある蓮司は普通に声をかけてきたが、他のメンバーは何も口にせず固まっていた。

 魔法使いが身体強化で近接戦をする場合は、会長のように威力任せに大振りするのが道だ。

 俺のように技に頼る魔法使いは、かなり異質。

 結果的に派手さはないが、相手を翻弄したように映ったのであろう。

 なにより会長から貰った魔石を使わずに、乗り越えたのは儲けものだ。


「次は同じブロッカーの橘だな」



***

『おまけ』

If ストーリー

工藤凛花「この打ち合わせは、上級生に一任されていて、私のやり方でやるぞ。1人3分、と戦ってもらう」


九重紫苑「最低でも1度は攻撃を当てなさい」


9班メンバー「「「いや、無理っす」」」

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